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■オープニング本文 さてその日、菓子屋の若旦那は悩んでいた。悩む余り、全く周りが見えて居らずにあっちこっちに頭をぶつけ回っていたのだが、そんな事も気にならない位に悩んでいた。 思い返すのは最前、父から言い渡された話。つまり―― 「‥‥新作のお菓子、ですか?」 「そうなんだよなぁ」 店頭に立つ妻ヒヨリがひょいと首を傾げるのに、深い溜息を吐いて頷く。若旦那、と呼ばれはしても所詮は小さな町の小さな菓子屋兼甘味処、店員はヒヨリの他にお手伝いが2人きり。 その小さな店内に置かれた菓子を眺め渡し、若旦那こと玲一郎はまた、物思いに沈んだ。 『そろそろ、お前に店を譲ろうと思うんだよ』 父は、玲一郎を呼んでそう言った。父が店の殆どを玲一郎とヒヨリに任せ、隠居生活を決め込んでから3年ほど経つ。だが、今でも店に並ぶ菓子の味の最終チェックをするのは父だし、その他の、例えば大きな催しごとに参加するとか言う重要な事も、決定するのは父だった。 それを、玲一郎に譲ろう、と言う。ただしその条件が、先ほどヒヨリも言った新作の菓子。玲一郎が、これならばお客様に喜んで頂ける、と自信を持って店に並べられる夏の菓子を一つ、持っておいで、と。 現在店に出している菓子は、年中通して定番のみたらし団子と、見た目も涼しげな葛餅やわらびもちに水羊羹、一緒にやっている甘味処で出している葛きり。どれもこれも、父が蜜や餡の配合を色々工夫して、今の形にしたものだ。 ここに並べられる、と自信を持って出せる夏の菓子。 早くも頭を抱えて唸り出した玲一郎に、ヒヨリがふぅわり微笑んだ。 「あなた、どなたかお手伝いの方をお頼みになったら? お店の方は私達だけでも何とかなりますもの、あなたはお義父さんの仰ったお菓子の方に専念なすって」 「だがなぁ‥‥」 「お義父さんもきっと、あなたになら出来ると思いなすって仰ったのに違いないわ」 だが1人で考えるのには限界もあるし、生憎ヒヨリは菓子屋の若奥さんとはいえ菓子に詳しくはない。なら詳しい人に一緒に考えてもらった方がずっと良いだろう。 ヒヨリの言葉に玲一郎はしばし、迷うようにうんうん唸っていた。だがやがて、そうしよう、と頷いた。 |
■参加者一覧
紗耶香・ソーヴィニオン(ia0454)
18歳・女・泰
玖堂 柚李葉(ia0859)
20歳・女・巫
玖堂 羽郁(ia0862)
22歳・男・サ
剣桜花(ia1851)
18歳・女・泰
柏木 くるみ(ia3836)
14歳・女・陰
水無月藍(ia4409)
12歳・女・陰
相宇 玖月(ia4425)
18歳・男・泰
夢乃 鬼灯(ia4689)
14歳・女・サ |
■リプレイ本文 町の小さな菓子屋兼甘味処は今日も、大盛況で目が回る程――と言うわけではないが、ポツリ、ポツリと暖簾を潜る人々でそこそこ賑わっている。店の奥の調理場には2人の店員が出たり入ったり、甘味処のお客様にお茶と葛きりを運んだり、食器を下げて洗い桶に放り込んだり。 その調理場に通された開拓者達は、慌しくってすいませんねぇ、と微笑むヒヨリと、眉間の辺りに悩みを張り付かせた玲一郎に出迎えられた。 「玲一郎さん、ヒヨリさん、初めまして佐伯 柚李葉です。どうぞ宜しくお願いします」 「僕達も協力するので、素敵なお菓子を作れるように頑張りましょうね」 丁寧に礼をする佐伯 柚李葉(ia0859)と、自分よりそれ程年上にも見えないのに大変だとにっこり笑う相宇 玖月(ia4425)に、ご丁寧に、とヒヨリが愛想良く頭を下げる。それからちょいと夫を突付くと、ハッと気付いた玲一郎も頭を下げた。 どうやら開拓者に手伝いを頼んでからも、新作お菓子を考え続けているらしい。そんな夫を心配そうにヒヨリは見たが、取り立てて何を言うでもなく「それじゃ私はお店の方を」とまた開拓者に頭を下げ、調理場を出て行って。 残された玲一郎が、無意識に身についた客商売の愛想の良さで「宜しくお願いします」と開拓者達を順番に見回す。調理場の隅には玲一郎が試作したらしい幾つかの菓子が置かれていたが、この様子では彼の納得の行くものではなかったのだろう。 玖堂 羽郁(ia0862)が腕まくりをして頷いた。 「へへ‥‥今回の依頼はアヤカシ退治より腕が鳴るぜ!」 普段から家事全般担当する料理好きの彼にとって、この依頼はある意味本領発揮といった所だった。 ◆ 紗耶香・ソーヴィニオン(ia0454)は調理人である。祭で自慢の料理の屋台を出した事もある彼女にも、こういう依頼は得意分野と言えよう。 その彼女が夏の菓子と言われて思いついたのが、やはり見た目も涼しげな寒天ゼリー。とは言え季節の果物の果汁を絞って溶かした寒天と混ぜ、型に入れて冷やす――と言う過程で出来上がるので、それほど手間もかからない。 なので、寒天を流し込んだ型を冷水に浸した彼女が次に取り掛かったのは、羽二重餅。と言って、もちろんただの羽二重餅ではない。中に包むのは良く洗った葡萄。餅粉と砂糖、水飴を練って薄く延ばした生地の中に、葡萄の紫がほのかに浮き上がる、見た目にも美しい一品だ。 餅を伸ばして包んでいた紗耶香の傍を通りかかった柏木 くるみ(ia3836)が、ふと冷水の中の寒天の器に目を留めた。 「あの、これ、少し頂いていも良いですか?」 「たくさん作ってあるからどうぞ〜」 にっこり笑顔で頼まれたのに、気前よく返事する。ありがとうございます、と笑顔で頭を下げた少女を見送って、次は秦国の餡饅頭でも作りましょうかね〜、と紗耶香は小麦粉を探し始めた。夏の、と言う趣旨には外れるかもしれないが、簡単に作れるし、中の餡を挽肉と椎茸を炒めた物に変えれば肉饅頭にもなるから、皆のおやつには良さそうだ。 一方のくるみが作ろうとしているのは、有志の皆で協力して作ろうと提案した天儀風フルーツ寒天。せっかくだから皆で何か作れれば、と言う彼女の言葉に、結構賛同者は多く。 「くるみちゃん。フルーツソースが出来たぜ。ばっちり冷えてる」 「あ、ありがとうございます! こちらももう少しですから」 羽郁が腕によりをかけて作った葡萄とワインのフルーツソースに、大きく頷いた少女は冷やしておいた寒天を型から取り出し、包丁を握る。紗耶香から分けて貰った物と、彼女が季節の果物を潰して混ぜた物、どちらも丁度良い具合に固まっている事を確認し、手頃な大きさに角切りする。 その間に玖月と水無月藍(ia4409)が、最初はやり方を聞きながらおっかなびっくり、だが段々面白くなってきたらしく真剣な眼差しでコネコネとこねた白玉の生地を、夢乃 鬼灯(ia4689)、剣桜花(ia1851)、柚李葉が適当な量を取って、コロコロ掌で転がした。ここでの整形が、茹で上がった白玉の見た目を左右する。 「しかし‥‥これは面白いものじゃのう」 「こんな形も可愛くないかしら?」 白玉生地をこねるのがかなり楽しかったらしく、くるみに言って新しく用意してもらった生地を一心不乱にコネコネする藍の横で、丸ばかりでなく違う形も、と空豆型や勾玉型の白玉団子も作ってみて仲間に見せる柚李葉だ。たまにはこんな白玉も良いでしょう、とにっこり微笑む彼女に、確かに可愛い、と返る声も多数。 丸め終わった白玉団子は、鍋にたっぷり沸かしたお湯でじっくり茹で上げる。まん丸の団子は見た目も美しいが、案外芯まで茹で上げるのが難しい。だがその辺りはさすが本職、くるみと玲一郎がしっかりタイミングを見計らって火の通ったものから引き上げ、冷水に晒していく。 その玲一郎は変わり団子という発想はなかったようで、果たしてちゃんと茹で上げられるのだろうか、と若干不安そうに鍋の中を見つめていた。形が変わると所要時間も変わったりするし、空豆型はともかく勾玉型になると場所によって火の通り方も変わるので、うっかりすると先の方が煮崩れてしまう。 だがそこを何とかするのが自分の役目、と色々試しながら白玉と格闘し、何とか茹で上がった白玉を、切り終わったフルーツ寒天と一緒に器に盛る。別に作っておいた、小さなジャム入り葛饅頭もセットで。 ひんやり冷たいフルーツソースをトロトロかけるのを見ていた玖月が、ヒョイ、と手を出した。 「うーん‥‥白玉と寒天は一緒の方が、彩りが良くないですか? 白が引き立つと言うか」 「両方用意しても良いかも知れん」 「私の抹茶蕎麦も完成です! 食べごたえもあって甘味もばっちり!」 同じく茹で上がった白玉を添え、桜花が自信満々に器を見せた。抹茶で色と風味をつけた鮮やかな蕎麦に、白玉が雪のように添えられている。あえて歯ごたえを求めて新鮮な果物ではなく干果実を水で戻したものを添え、たっぷりの粒餡で甘みを補った。 この為に白玉製作を手伝った桜花の瞳が、キラキラ輝いているのは甘味好きゆえ――ではなく、日頃あまり良いものを食べていないから、らしい。何しろ一番最初、普段食べてるゲテモノ料理(失礼)に餡子を添えれば、と言った位だ。 そこから思えば随分マトモだ、と藍は抹茶蕎麦を見た。彼女は料理は不得手だが、甘味へのこだわりは人一倍ある。先ほども玲一郎を捕まえて、 「確かに茶菓子と言う言葉もある通り、濃いめに淹れたお茶と味わうならあの甘さも必要なのじゃろうとは思う。じゃがのぉ‥‥こうお天道様が頑張ってるこの時期には少々厳しいものじゃ。わしなどはそうじゃのぉ‥‥しつこ過ぎない甘さ‥‥のどをするりと滑り落ちる滑らかな感触‥‥食べ終えた後爽やかな後味が微かに残り‥‥という感じの菓子があったらなぁ、と思っておるのじゃが」 「成る程‥‥お持ち帰りの菓子はやはり日持ちがするよう、どうしても味は濃くなってしまいますので、茶屋の方でお出しするものになるでしょうか‥‥」 「考えてみてはくれぬか。無茶な注文じゃとは思うが」 「勿論です。お客様のご意見は金を頂戴したと思え、と言うのが父の教えです」 と甘いモン談義(?)に花を咲かせていた。その彼女のこだわり甘味に、果たして桜花の抹茶蕎麦は到達しているのだろうか、と期待の眼差しだ。 涼やかな見た目を求めて、葛や寒天を使ったお菓子が多い。どんな料理でもそうだろうが、見た目は涼しく、冷たい食感であったとしても、製作過程はかなり火を使って熱が篭るものだ。気を利かせたヒヨリが時折、厨房に井戸水で冷やしたお茶を持って来てくれるのに、息をつく。 いつも以上に冷たく感じられるお茶を一気に飲んで、羽郁は自作麩饅頭の続きに取り掛かる。先のフルーツソースと同時進行で葡萄の色味と味をつけた生麩は、皮を剥いた葡萄を包み、さらに葡萄の葉で包んで。白胡麻を練りこんだ生麩には刻んだ胡桃を混ぜたこし餡を包んで笹の葉で、紅を練り込んだ生麩には干し棗の蜂蜜煮を包んで猿捕茨で包む。 命名はそれぞれ、『紫』『秦国の調べ』『手毬遊び』。女性にも喜ばれそうな見た目の、繊細で華やかな菓子である。 と、少し困った様子で鍋の中を見ている少女に気がついた。 「鬼灯ちゃん、どうしたんだ?」 「うーん‥‥うまくいかないんだよねぇ‥‥」 飴が好きでいつも懐に忍ばせているほどの鬼灯は、今回の新作お菓子も、金平糖を寒天に閉じ込めれば見た目も綺麗で美味しそう! と挑戦する事にした。のだがしかし、その金平糖を入れるタイミングがなかなか難しい。 寒天はお湯を沸騰させた状態で数分煮立て、完全に溶けた所で他の材料を混ぜ合わせる、と言うのがセオリーだ。実際、同じ様に牛乳寒天に餡と小豆と抹茶を混ぜたものを入れ、抹茶金時を作ろうとしている玖月も同じように、まずは煮立てた寒天が溶けた所で牛乳を入れ――としている。 で、その金平糖にしても、小豆にしても、入れるタイミングが早過ぎれば熱で溶けてしまって跡形も残らなくなるし、遅すぎればうまい具合に混ざらない――という訳で。 「でも、うまくいけば綺麗で美味しそうだよな!」 「寒天にも何か味が付いていると良いよね」 「柚李葉さんが作っておられる練乳を掛けて甘さを補ってみても、面白いかもしれませんよ」 頭を悩ませる開拓者に、聞いていた玲一郎がそう提案した。柚李葉は牛乳と砂糖を煮詰めて練乳を作り、薄く焼いたどら焼きの皮に寒天や季節の果物を切ったものを載せ、練乳を掛けて巻く、と言うお菓子を作っている。それと同じ要領で、あえて寒天の甘さは控えめにして、練乳で調節してみても面白い、と言うのだ。 聞いていた柚李葉が、美味しそうね、とにっこり微笑んで鍋の中の練乳を幾らかよそって鬼灯に分ける。その間に、程よく冷えたタイミングを見極めた玖月が「今なら大丈夫でしょう」と寒天に抹茶金時を練り込んだ。後は冷やして固まったら、切り分けた際にまた抹茶を振り掛けたり、餡を添えても良いだろう。 後は冷や水をこまめに取り替え、葛や寒天が固まれば、お菓子は完成だった。 ◆ ズラリ、と並んだお菓子を前に、玲一郎はじっと考え込んでいた。お菓子と言うのは見た目は勿論だが、味が何より重要だ。故に作られたお菓子をすべて1口ずつ試食して、その度に何か考え込んでいる。 もしかして余り、受け入れられなかったのかも知れない――と柚李葉は心配した。彼女達が考えてきたお菓子は、ベースは定番の夏の菓子だが、そこからかなりアレンジを加えた物が多い。対して店に並ぶ商品は昔ながらの古き良き菓子、そういった物を守り続けてきた人は、得てして新しいものは拒絶しがちだ。 そんな風に、チラチラと反応を伺いながら濃茶や冷茶を飲む者が居る一方で、皆でも食べられる様にとたっぷり作ったお菓子を前に、試食を重ねる者も居る。 「どれも美味しいですね‥‥甘味なんて食べたのは1年ぶりくらいでしょうか‥‥わが生涯に一辺の悔い無しです‥‥」 「あはは、大げさですよ、桜花さん。それは葡萄の甘露煮を餡の代わりに葛饅頭に入れて、蜜に浸したんです。‥‥この栗の葛饅頭は餡が縞になってて綺麗ですね。甘さも丁度良いです」 「抹茶蕎麦が甘味になるのは意外でしたね〜。もう少し抹茶味は濃くても良いかと」 「玲一郎さんの練乳で寒天の甘みを補うってのは、意外に良いアイディアだな」 「そ、そんなに片っ端から食べては、わしの分がなくなるではないかッ。ゼリーは喉ごしが良いが‥‥」 「ゼラチンって言うのが使えれば、抹茶金時はもっと美味しくなったの?」 「もう少ししっかりした食感になるらしいですけれど、やはり珍し過ぎるようですね‥‥と、いけません、どれも美味しそうで、つい食べ過ぎてしまいそうに‥‥」 わいわいお菓子の感想を言い合いながら、見る見るうちに卓の上に並んだ甘味を制覇していく。ヒヨリがにこにこ笑いながら、空になったお茶碗にお茶を注ぎ足した。 それから、誰もが聞けなかった核心をあっさり尋ねる。 「あなた、お気に召すお菓子はあったんですか?」 「うん‥‥金時はどうだろう。抹茶は、中にまで練り込むと味が牛乳と混ざってしまう様だから、仕上げに掛けて甘味を抹茶で締めるんだ」 「あら、麩饅頭も可愛らしいのではありません?」 「うん、でも、夏限定、と言う程ではないと思う」 葡萄は季節限定だが、胡麻や干棗は通年で手に入るものだ。同じ理由で、紗耶香のまるごと葡萄の羽二重餅や、柚李葉の包みどら焼きも、中の果物を変えれば季節季節の応用は利くが、夏でなければ、と言うものではない。葛を利用したお菓子も見た目が涼しげで良いが、すでに葛餅にわらび餅、葛きりが商品にある事を考えると、店に並べて見劣りがしないかが不明。 と言って餡饅頭はそれこそ、みたらし団子と同じく通年の甘味。寒天の中に金平糖を入れたものも星屑を閉じ込めた様で見栄えがするが、決め手には欠ける、と言ったところ。 故に、抹茶金時。そう言う夫に、そうですか、とヒヨリは微笑み。 「天儀風フルーツ寒天は如何です?」 「うん、甘味処で出せば若い娘さんに喜ばれると思う。‥‥正直を言えば、どのお菓子も店に並べても良い位だが、親父の舌に適うものを1つ、と言われるとな」 「あら、良いじゃありませんか。きっとお義父さんも、本当は全部召し上がりたいと思いなすってるわ」 そうだろうか、そうですよ、と微笑み合う若夫婦に、開拓者達の顔にも知らず、甘味のお陰だけではない微笑が浮かんだ。玲一郎なりにアレンジした抹茶金時を出した結果、彼が無事に店を継ぐ事が出来るのかはまだ判らないけれど、どんな結果になろうともきっと、ヒヨリが玲一郎を支えていくのだろう。 なら早速試作だ、と急き立てられるように厨房へと消えていった夫に苦笑するヒヨリに、見事試作品制覇を果たした羽郁が声をかけた。 「今度は姉ちゃんと一緒に客としてお邪魔しますね♪」 「ありがとうございます。是非お出でなすって」 楽しみだわ、とヒヨリがにっこり微笑んだ。久々に晴れやかな夫の顔に、彼女も本当に嬉しそうだった。 |