【負炎】嗤う声に惑う。
マスター名:蓮華・水無月
シナリオ形態: ショート
危険
難易度: やや難
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2009/09/26 10:20



■オープニング本文

 里は、1つの町ではない。近隣にはいくつもの村や町があり、人々はそれぞれの生活エリアを維持している。そして、街の周囲には、行く筋もの細い道が走り、人々が交差する‥‥筈だった。
「おかあさん、おなかすいた‥‥」
「ごめんね。これしかないのよ」
 道の端々に広がる光景。父親の姿は無いところも多い。理由は、村の外に広がる荒れた田畑と、そこかしこに見える大きな獣、さらには崖の向こうにまで迫る瘴気を纏った森を見れば、一目瞭然だろう。
 里そのものは、細い街道の両側に広がる崖や、背後の山によって何とか里の形を保っている。しかし、その里では、少ない食料をめぐるいさかいがあとを絶たず、家を追われた人々が路上に溢れ、荒廃していた。
「酷いな、これは‥‥」
 その街角で、戦装束に身を包んだ女性が、数人の男性に囲まれながら、街の様子を見ていた。一見すれば、どこぞの有力者が雇った志体の持ち主に見える。しかし、携えた弓には、ここ‥‥理穴国の紋章が記されている。
「重音様、ここばかりではありません。里の周囲では、度重なるアヤカシとケモノの襲撃により、それ以上の被害を被っております」
 そう報告を受ける彼女の顔立ちは中性めいていた。知識のある者が見れば、彼女こそこの理穴国を治める女王、儀弐王だと知れるであろう。
 その彼女の見ている前で、炎に包まれた獣のようなものの旗印を身につけた一団が通り過ぎて行く。人々は、彼らを見ると、逃げる用に路地の裏側へと散って行った。
「最近のアヤカシどもの動向、やはり無視出来ませんね」
 伝説の大アヤカシの名を冠した一団がいる事を知り、彼女がギルドへの使いを出したのは間もなくの事である。





 この村を守るのは、孝太を始めとする若い男衆の役目だ。もちろんアヤカシ相手では歯が立とうはずもないが、畑を荒らす獣や野盗、そういうものが現れたなら武器と呼ぶのもお粗末な棍棒を手に、全力で立ち向かうのである。
 だがこの所あまりにも増えた獣の姿に、すでに村の若い男衆だけでは対処が追いつかなくなっていた。数にせよ、強さにせよ。
 村に、飢えた子の泣き声が響く。獣を追い払おうとして、酷い怪我を負ったものが居る。聞けば近隣の町や村は、いずれも同じような状況なのだという。
 一体どうしてこんなことに、母親がぽつりと嘆いた言葉が孝太の胸を突いた。母親にそんなつもりがない事は解っていたが、それでも己の不甲斐なさを責められた心地がした。
 飢えた子の泣き声が。ひっきりなしに何かを訴えるように鳴く猫の声が。苛立つ人々の恨みつらみの一つ一つが、獣に畑が荒らされるのに手をこまねいている孝太達を責め立てている。

「クソ‥‥ッ」

 毒付き、苛立ちのままにそこらに転がっている桶を蹴っ飛ばした。ビクリと身を震わせた子供が、一瞬の沈黙の後、火がついたように泣き出す。ギャッ! と非難の声を上げて猫が逃げていった。それにまた込み上げる、言い様のない怒り。
 ――不意に、女の声が聞こえた。

『思いしらせてやれば良いのよ』

 耳の中にスルリと忍び込んできた、それはあらがい難い魅力を持った声。疑念が心の片隅に沸き上がり、形にならないまま霧散した。

『あんたはこんなに頑張ってるのに、連中ときたらあんたの苦労なんか、なぁんにも知らないで。ねぇ、思いしらせておやりなさいよ。あんたはこんなに頑張ったのだもの、誰にだって文句を言われる筋合いないわ。そうでしょ』

 女の声は耳に心地良く、心を揺さぶった。そうだ、と無意識に頷く。孝太はこんなに頑張ってるのに。
 クスクスクスと、忍び笑う女の声が妙に大きい。
 夢に落ちるのを拒むように、孝太はかろうじてうめいた。

「あんた、何者だ‥‥」
『あたしはあんたの味方。あたしだけがあんたの味方。さぁ、棍棒を持って。あんたを理解しない村の連中に、思いしらせてやりましょう?』

 クスクス笑う女の声に、今度は拒まず頷いた。獣や野盗を打ち、追い払ってきた棍棒をしっかり握りしめる。
 こんなにも、頑張っているのに。どうして孝太が責められなければならないのだ!?
 怒りがふつふつ込み上げる。耳ざわりな子供の泣き声がかんに触った。そうやってこいつらは何もせず、ただ獣を追い払えない孝太を責め立てる!

「ヒ、ヤァァ‥‥ッ」

 悲鳴が上がった。構わず、手にした棍棒を力一杯振り下ろし、鉄臭く生暖かい液体を全身に浴びて哄笑する。
 耳の奥に、クスクス笑う女の声がこびりついていた。


■参加者一覧
朧楼月 天忌(ia0291
23歳・男・サ
皇 輝夜(ia0506
16歳・女・志
玖堂 柚李葉(ia0859
20歳・女・巫
氷(ia1083
29歳・男・陰
神無月 渚(ia3020
16歳・女・サ
橘 楓子(ia4243
24歳・女・陰
荒井一徹(ia4274
21歳・男・サ
狼(ia4961
26歳・男・泰


■リプレイ本文

 その依頼がただの暴動ではないとは、村に向かう開拓者達全員が感じていた。

「村人が村人を襲う‥‥妙だな」

 狼(ia4961)が首をひねったのも、だからだ。突然豹変して村人を襲い始めた若者達。飢えに苦しむ村。開拓者ギルドで幾つか見た、似通った不穏な依頼――
 恐らく、その裏にいるのはアヤカシだろう。そこまでは彼らの意見は一致している。だが、アヤカシが一体どうやって若者達を凶暴に駆り立てたのか、その方法が未だ、見当がつかない。そしてどこに居るのかも。
 ったく、と荒井一徹(ia4274)が怒りの息を吐いた。怒りに任せて動いてはいけないと、解ってはいる。その程度の自制は働くけれども、こみ上げる怒りを押し殺す事までは出来ない。

「随分と陰湿な奴がいたもんだ‥‥今回の敵は随分コソコソしてやがる」
「だねぇ。ん〜、のんびり自己紹介してる暇はなさそうだなぁ」

 十分のんびりと欠伸なぞしながら、氷(ia1083)が手を翳して遠くに見えて来た村を眺めた。周囲に広がっていたと思しき畑は遠目にも明らかに荒らされ、この秋の十分な収穫は見込めないだろう事が解る。それは秋のみならず、これから来年の収穫まで続く苦しみを約束されたも同然で。
 その上に、この騒ぎ。踏んだり蹴ったりと言うべきか、泣きっ面に蜂と言うべきなのか。
 いずれにせよ、彼らがこの村で出来る所は目下、一つだった。

「さてさて、一丁やりますかぁ」

 気負った様子なく神無月 渚(ia3020)が腰の刀に手を伸ばす。目下、彼らに出来る事はただ一つ、村を騒がせ若者達を狂わせたであろうアヤカシを見つけ出し、騒ぎを鎮める事だった。





 村に辿り着いた開拓者達は、2班に分かれて行動を開始した。別の方向から暴れる若者達を探すと言う朧楼月 天忌(ia0291)らに軽く手を上げ、皇 輝夜(ia0506)らも村へと足を踏み入れる。
 踏み入れて、村の様子を見回した橘 楓子(ia4243)は、つい、と眉を寄せて首を振った。

「とんだ御時世だね、まったく」

 一目で荒れているのが判る村を、さらに若者達を利用して荒らそうとするアヤカシが一体、この村のどこに潜んでいると言うのか。正体も何も、まったく掴めていない状態ではすべてが疑わしく見える。
 その横では佐伯 柚李葉(ia0859)が己の財布を覗き込み、落ち込んだ表情でまた懐に仕舞い込んだ。少しでも役に立てればと思ったのだけれど、やっぱり、自分の所持金くらいじゃ到底足りそうになくて。
 落ち込みかけた柚李葉は、ハッと道端にぐったりと横たわり、虫の息の村人に気付いて目を見開いた。幸い、急所への一撃は免れたようだが、明らかに全身に打撲を負い、恐らく何本かは骨も砕けている。
 泣きそうな顔で、神風恩寵で癒す。周囲に村人の姿はない。気付いていないのか、不用意に姿を見せて今度は自分が襲われる事を恐れているのか。
 ようやく口が聞けそうな辺りまで回復し、岩清水を飲ませると、村人はそれをごくごくと一気飲みした後でハッと我に返り、怯えた眼差しで素早く辺りを見回した。周りに居た、見知らぬ開拓者達と、彼らが持つ武器に真っ青な顔になる。
 今にも腰を抜かして逃げ出しそうなその村人を、ようやく引き止めた一徹が尋ねた。

「俺達は若い奴らが暴れてるって聞いて止めに来たんだ。何か、きっかけとかは判らねぇか?」

 だが村人は、まったく心当たりはない、と首を振る。彼は腐っている若者の一人に声を掛けようとして、突然目の前で態度を豹変させたその若者に、抵抗する間もなく棍棒で滅多打ちにされたのだ。
 それを聞き、ふぅ、と輝夜がため息を吐いた。

「若者たちの暴走原因がアヤカシなら放っておくわけにいかない。もっともアヤカシじゃなくても、暴走は止めなきゃならんな」
「ああ‥‥ッ、楓子さん、危ねぇ‥‥ッ!」

 同意の頷きを返しかけた一徹が、不意に家の影から走ってきた影に気付き、楓子の前に躍り出た。ブンッ! 風を切って振り下ろされる棍棒を、咄嗟に腕で受け止める。
 若者の目は血走っていて、およそ正気というものが感じられない。柚李葉が術視で若者を確認してみたが、何かの術にかけられている風でもない。
 だがとにかく知らせようと、呼子笛を取り出し吹き鳴らした。その間に楓子が若者から距離を取り、符を構える。
 若者が吠えた。

「お前ら、俺を馬鹿にしやがってッ!」

 明らかにそんな事実はなかったが、多分言っても無駄だろう。恐らくは渾身の一撃だっただろう棍棒を受け止められた若者は、まったく怯まず再び棍棒を大きく振り被った。
 常人にしては早い攻撃。だが相手は開拓者だ。
 輝夜は安々とその軌跡を見極め、振り下ろされた棍棒を捌いた。勢い余ってたたらを踏んだ若者を、すかさず楓子が呪縛符で拘束する。
 一徹が悲しみと憤りの籠った声で吐き出した。

「あんた‥‥棍棒を向ける先が違うよ」

 狂気を瞳に宿した若者は、応えず何とか見えない戒めから逃れようとうごめいている。先程助けた村人は、どこかへ逃げてしまったのだろう、気付けば姿が消えていた。
 どこかで猫の鳴き声がする。





 一方、別方向から村の探索を始めた開拓者達も、早々にその場面に行き合った。
 聞くに耐えない罵声を吐き散らし、明らかに常軌を逸した高笑いを上げながら、棍棒を振り下ろす若者。その足元には子供がぐったり横たわり、動く気配を見せない。
 ピク、と狼がこめかみの辺りを怒らせた。

「子供にまで容赦はなしか! 拘束させて貰うぞ!」

 若者達の変容は、アヤカシに憑かれた可能性もある。その場合は手加減すればこちらがやられる危険もあり。
 だが、狼の気迫もまったく意に介した様子もなく、棍棒片手に突っ込んで来た若者は、フェイントにもならない開拓者の体捌にあっさり翻弄された。拍子抜けで腕を捻り上げると、怒りと苦痛の呻きが漏れる。
 念のため警戒は解かないまま、渚が語りかけた。

「一体どうして、こんな真似を?」
「アァ‥‥ッ、お前ら思い知らせてやる‥‥ッ」
「ふむ‥‥取りあえず、アヤカシ憑きではなさそうな」

 まともな返事を寄越さない若者の精神状態はともかく、それは確かそうだと氷が首を捻りながら、ぐったりした子供の方へ向かった。アヤカシ憑きでないなら、急ぐのは怪我人の方だ。
 子供は治癒符を取り出す氷に任せ、狼が荒縄で若者を縛る。その間も若者は「思い知らせてやる」と呟き続け、暴れようとし続け。

「ムカついてきたぜ‥‥何暴れてんだテメェ‥‥!」

 見るに耐えない姿に、天忌が縛られた若者の胸ぐらを掴み上げた。
 元々は、若者達は村を守ってきたという。盗賊から、獣から、棍棒を武器に村を守り続けてきた。
 それが突然、村人を襲い出した。その理由は不明だが、恐らくアヤカシの仕業なのだろう。
 だが。

「――待ってんだろうがよ、腹空かしてるガキ共がよ‥‥! だったら歯ァ食いしばれよ! 無理でも無茶でもアヤカシなんぞに負けんな!」

 これまで頑張ってきたのは、アヤカシに良いように利用される為じゃない筈だ。何の為に頑張って、働いて、戦って、苦労して村を、守ってきたというのだ!?
 天忌の言葉に、一瞬、若者が虚を突かれた様に動きを止めた。だが血走った目が狂気を湛え、間近に迫る男の顔を睨み上げる。

「俺はッ! 馬鹿にされる為に戦ってきたんじゃねぇッ!」
「誰がテメェラを馬鹿にしたってんだ!?」
「うるさいッ! 俺はもう騙されねぇッ!」

 若者の怒声に被さる様に、遠くから呼子笛が聞こえた。ピピッピピッと聞こえるそれは、若者達が術にかかっている様子はない、と言う知らせ。
 ならばこの若者も術にはかかっていないのか。術に拠らず、若者達が突然、狂気に血走る瞳で村人を襲い出したというのか?
 周囲を見回してみたが、氷が助けた子供以外に人の気配はない。その子供が捕えられた若者を見て、恐怖で火のついた様に泣き出したのにまた、ギリギリと歯軋りをして若者が暴れだそうとする。
 その騒ぎの間中、誰も村人は出てこなかった。みゃぁ、と猫の鳴き声だけが響いた。





 村で暴れ回っていた若者達は、大して手間もなく取り押さえられた。開拓者達が負った傷と言えばせいぜいが、不意打ちやまぐれ当たりで受けた棍棒程度。術を使って補助をする氷や柚李葉、楓子などは錬力の消耗が大きかったものの、それだけだ。
 途中、人の気配のする家屋の扉を叩いて呼びかけてみたものの、やはり返る答えはなかった。ただでさえ村の若者の変貌に怯える村人にとって、開拓者を名乗る見知らぬ相手は警戒するに足るものだったのだろう。
 出て来ないものは仕方ない。ならば、彼らがこの騒ぎの裏を知るには何としてもこの、捕えた若者達から情報を聞き出すより他はなく。
 比較的マトモそうに見える若者を相手に、尋ねてみる。

「うーん、若気の至りで片付けるにゃ数が多いし、皆おかしくなったのはほぼ同時だったんだろ?」
「なにか、切欠みたいのはなかったか?」
「畜生‥‥腕っ節しか役にたたねぇだと‥‥畜生、思い知らせてやる‥‥」

 ダメだった。まったく話にならなかった。
 やれやれ、と楓子が一歩進み出た。無造作に振り上げた拳を、これまた無造作に若者の頭に振り下ろす。ゴスッ! なかなか鈍い、良い音がした。ショック療法という訳ではないが、多少痛い目を見させて正気付かせよう、という訳だ。

「イデェ‥‥ッ!?」
「ちょっとはマトモになったかい」

 幾ら非力な陰陽師とはいえ、一般人相手では十分過ぎる威力を発揮する楓子の一発に、盛大に悲鳴を上げた若者は、涙目で非難がましく自分を殴った女を見上げた。あまり、マトモに戻った様子ではない。
 だがギロリと狼が睨みつけると、ビクリと肩を揺らした。相手との力量差を感じられる程度に、理性は戻ったようだ。

「ぁにすんだテメェ!?」
「お前達、何かに唆されたんじゃないのか」

 輝夜が淡々と刃を突きつけるような声色で言ったが、知るもんか、と若者はそっぽを向く。みぎゃぁ、みぎゃぁと煩く鳴く猫の声に眉を顰め、知るもんか、ともう一度言った。
 ふぅ、と開拓者達の誰もからため息が漏れた。この調子では、アヤカシ憑きではないにしても、専門の医師に任せるなり何なり、別の対策を講じない事には話を聞き出す事は出来そうになかった。わずかに聞けた村人の話でも、若者達の変容の理由がまったく不明だと言うし。

「‥‥魔の森に行って、アヤカシが居ないか調べてみるか」

 やがて、幾人かがそう言い出した。この付近にもあると言う魔の森は、アヤカシの巣窟のようなもの。心眼である程度アヤカシの居場所を特定すれば、それほど危険はないのではなかろうか。
 ならば自分が使ってみると輝夜が言い、ならば自分もと渚が名乗り出る。一徹や狼も同行し、術を使う間に仲間が襲われない様に護衛する事にした。それに、楓子も同行する。
 だが、魔の森の近くまで行って心眼を行使してみても、念の為にと渚が咆哮を試してみても、たまたまアヤカシがその辺りから消えていたものか、有益な反応を得る事は出来なかった。念の為、周囲を全員で捜索し、しばらく待機して時間を置いて試してみるが、やはり同じ。
 こうなるとお手上げだった。最初から、この事件の裏幕にアヤカシなど居なかったのかもしれない、とすら思う。だが不自然な若者の変容、この頃辺りで跳梁跋扈すると言うアヤカシの噂、そんなものを考え合わせれば、アヤカシが原因であると言う方が自然とも思え。

「これはアヤカシの仕業だから」

 魔の森が空振りに終わり、意気消沈して帰ってきた開拓者達は、残った仲間達がようやく恐る恐る顔を覗かせた村人を相手に、今回の騒ぎは若者達の本意ではないのだ、という事を強く主張している所に行き会った。帰ってきた仲間に気付き、柚李葉が目で首尾を伺う。小さく首を振ると、残念そうにため息を吐いた。
 一徹が村人の一人に、若者達の変容について何か知らないか、改めて尋ねる。だがやはり答えは変わらない。彼らは何も知らず、何か変わった事があった訳でもなく、怪しい人影や物音にも気付かなかった。
 せいぜい収穫があったとすれば、若者達はこの頃の村の荒れ様を随分気に病み、苛立っていた様だったが、一瞬棒立ちになったように見えた後、突然村人を襲い出したのだという話だろう。だがそれとて、その瞬間に何があったのかは解らない、と村人は首を振った。
 荒縄に縛られ、姿を見せた村人に向かって再び罵声を浴びせながら暴れようと身体を揺すり始めた若者の前で、こうたぁ、と泣く女が居た。恐らく母親だろう。と思うと村人達に向かい、申し訳ないと額を地にこすり付けて謝り始める。
 アヤカシの仕業なのだと、強調していたのは恐らく彼女の為でもあったのだろう。これからこの村で暮らしていく彼女や他の若者の家族の為。そして願わくは、正気に戻るかもしれない若者達の為。
 泣きながら謝る母親の為にも、どうか正気に戻って欲しい。そんな願いを込めながら、天忌が若者の肩を強く叩いた。

「しっかりしろよ大将、テメエ等の村だろ?」
「畜生‥‥ッ、テメェら全員殺してやる‥‥ッ!」

 柚李葉が辛そうにその光景から視線を逸らした。アヤカシが見つけられなかったのなら、せめて。

「どこかに、避難する事は出来ませんか?」

 この村にこのまま住み続けたのでは、もしかしてアヤカシが村の中に潜んでいた場合、同じ悲劇が繰り返される事になる。そうならないよう、仲間達が魔の森に向かった後も枯れた水路や納屋の中、色々な場所を探してみたけれど、どうしてもアヤカシは見つけられなかった。
 だから、最後の手段。開拓者ギルドで、村人が避難する護衛を、と言う依頼も見た事がある。それもやはりこの近辺の村だったから。

「沢山人が集まったら、余計飢えてしまうかもしれないけれど、人が集まって守れば流れが変わるかも知れないし‥‥」
「そうだね。それも案かも知れないねぇ」

 楓子が同意した。人が集まって流れが変われば、今はどこにいるか判らず、手も出せないアヤカシを引きずり出す事が出来るかもしれない。或いはもっと別の解決策が生まれるのかもしれない。
 村人達は突然の話に戸惑ったようだったが、やがて、考えてみる、と頷いた。そうして、若者達を止めて下さって、と頭を下げる。
 悔しそうに一徹が歯噛みした。それを猫が黄色い目で見て、うにゃぁ、と鳴いた。





 村人をせめても励ます笛の音を残し、開拓者達は村を後にした。どうかこれ以上何事も起こりませんように、若者達が元に戻りますように、と祈りながら。
 そして、去っていく開拓者達の後姿を見送った猫は、ニィと笑い、村へと消えていったのだった。