花嫁の君に最高の衣装を
マスター名:旅望かなた
シナリオ形態: ショート
危険
難易度: 普通
参加人数: 6人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2011/02/21 22:10



■オープニング本文

「…………気に入らぬ!」
 秦国が都、朱春の街。
 高級官僚たる逢全史の力によってすら、彼の気に入る花嫁衣裳は見つからなかった。
「でも父上、もうお嫁入りまでは一週間。私はこの衣装で……」
 結婚式の当事者である彼の娘、玲琳はそう言うのだが。
「ならぬ!」
 晴れの舞台には地味すぎる衣装と、全史は首を振る。
「そうですとも玲琳。結婚式で着ない衣装は、持参品にすればいいのですもの。ここまできたら最高の衣装を求めなければ」
 母親までがそう口を添えれば、玲琳にはもう何も言えなかった。
 父が良いと言えば母が首を振り、母が良いと言えば父が首を振り、大抵のものはどちらも否と言う。そんなやり取りが、ここ一年は続いただろう。
「……そうだ。天儀から取り寄せてはどうだろう」
「天儀?」
 玲琳が首を傾げれば、さもいいことを思いついたとばかりに全史は頷いた。
「そうとも。何故今まで思いつかなかったのだろう! 天儀の理穴には、素晴らしい染色技術と美しく唯一の図案を考えてくれる絵師がいる。そこで新しく作ってもらえば、お前の花嫁衣裳にぴったりではないか」
 理穴の布地自体は、貿易の街たる朱春でも珍しくない。
 しかしそう玲琳が言えば、「一品物の図柄に勝るものはないだろう!」といいことを思いついた子どものような、輝く目でそう返されて。
「ですが、理穴といえばとても遠く。一週間ではとてもとても……」
「なぁに、そんなことなら」
 どん、と全史は胸を叩く。
「金なら幾らでも積もう。開拓者に頼むのだ!」

『急ぎ! 理穴まで買い物。金に糸目はつけず。衣装の目利きに自信ある開拓者募集』
 そう書かれて壁に貼られた依頼書のことを尋ねれば、「これですか」と受付の女性は苦笑で応え。
「今日の午前に来たばかりの依頼なのですが、大至急ということで。衣装選びに自信はありますか?」

 買い物の内容は、美しき花嫁衣裳。
 金に糸目は付けないが、一週間後には婚礼、しかも図案からの考案となれば、それなりに店も探さなければならないし、図案を描いてくれる絵師、染めてくれる紺屋、仕立ててくれる呉服屋、それぞれを見つけなければならない。
 絵心のある者がいれば、図案は描いて持ち込むことができるかもしれないけれど。
「それも、うるさいお父上、お母上のお目にかなうものを。お嬢さん自身の好みもありますからね」

 ちなみに好みの内容は以下の通り。
・父上……派手好みで大きな図案を好む。一品物にこだわりあり。
・母上……仕立ての丁寧で、色の優しいものを好む。金糸、銀糸の縫い取りも好き。
・お嬢さん……花の柄を好む。あまりけばけばしくないものが好き。

「期限は余裕を見て五日。精霊門は使えますので、移動についてはあまり考えなくて結構です」
 かなりの量の金と、逢全史の紹介状を渡して、受付の女性はにっこり笑う。
「花嫁の君に、どうか誰もが納得できる衣装を届けてあげてください。よろしくお願いしますね」


■参加者一覧
和奏(ia8807
17歳・男・志
村雨 紫狼(ia9073
27歳・男・サ
アルーシュ・リトナ(ib0119
19歳・女・吟
美郷 祐(ib0707
27歳・女・巫
袁 艶翠(ib5646
20歳・女・砲
Kyrie(ib5916
23歳・男・陰


■リプレイ本文

「君達が衣装の調達を請け負ってくれる開拓者か! よろしく頼むよ、なんせ私のところの使用人達では、いい衣装が見つけられなくてな」
 今回の依頼人たる逢全史とその妻は、開拓者達を前に機嫌が良いようだった。
 当事者たる玲琳も、父親が開拓者に依頼するということで納得してくれて安堵したのか、ほんのりと笑みを浮かべている。
「まずはお嬢様のご結婚おめでとうございます。どうぞ末永くお幸せに‥‥」
 お祝いの気持ちを込めて頑張らせていただきます、とアルーシュ・リトナ(ib0119)が言えば、「どうぞよろしくお願いします」と玲琳が楚々と頭を下げた。
 逢親子に挨拶を済ませ、早速朱春の開拓者ギルドへ。
 精霊門が開くまでには、まだ時間がある。
「泰国でもついギルドを覗いてしまいますとは。衣装のご用意となると、つい引き受けたく」
 裁縫が趣味なので、と言った美郷 祐(ib0707)は、「花中の王、牡丹‥‥白牡丹はどうでしょう」と案を出す。
「彩る葉は黄金ですよね」
 アルーシュが頷き、牡丹の図柄の下絵を、祐と二人丹念に描き始める。大柄の柔らかい花弁に、淡い薄紅色。図案自体は、割と無難なものだ。
 ううむ、と袁 艶翠(ib5646)が唸り、首を傾げた。
「おばさん、かれこれ20年以上泰にいて商売もやってたけど、結婚の衣装とかってよくわからないのよね。専門外だったから」
 それでも、「まぁ駄目駄目言ってても仕方ないし、きっちりやりましょうか」と、艶翠は頷く。
「うーん、まずは聞き込みよね。泰の結婚衣装について詳しい場所と言えば、服屋とか、書店とかかしら」と考えを巡らせて。
「意匠は天儀のものを探すとして、お仕立ては朱春の職人にお願いできるでしょうか。泰風の衣装ですし、ご贔屓の呉服屋さんの顔も立ちますし‥‥」
 贔屓にしている呉服屋を聞きこんでおいてよかったと、和奏(ia8807)は笑みを浮かべる。
「こういう時だから、こういう依頼が大事なんだよなー!」
 村雨 紫狼(ia9073)がにかりと笑って、借りてきた花嫁の没衣装の包みを開く。
 これがあれば何が好みに合わないのかもわかるし、採寸の手間が省けるという寸法だ。
「御三方を満足させる衣装を作るのはなかなか難しいかもしれませんが、最善を尽くしましょう」
 Kyrie(ib5916)が微笑んで、ペンを手に取る。彼が作るのは衣装の上にまとうロングショール、化粧に慣れているからと、自分で図案を作ることを提案した。
「こっちで調達できるものは調達しておきたいわね」
「柔らかくて質の良い白の絹地が良いですね。探してみましょう」
 艶翠と和奏が頷いて、席を立つ。精霊門で移動する前に、布地を調達しておこうという寸法。
「それじゃ、俺もデザイン考えるけど‥‥正直、泰国風衣装ってのが想像つかん」
 だからありったけの(萌え)知識を投入し、和洋中折半のステージ衣装‥‥もといウェディングドレスをと、紫狼がデザイン案を考える。
「薔薇の図案ですか? 色は優しいピンクにして、足元に大輪を、上に蔦を伸ばしてその周囲に小さな花々を配置するのはどうでしょう?」
「おお、それはいい! だが俺としては薔薇の色は真紅にしたいかな」
 Kyrieの案を取り入れつつ、衣装の画まで描き上げて。
「ふ、伊達に浪漫ニストは名乗っちゃいねーぜ!」
 完成した衣装の画を手に、紫狼は満足げに笑った。

 仕立てまで朱春で頼んでしまおうと、和奏は残ることに決めた。
 逢家ご贔屓の店に持ち込んだところ、仕立屋は難しい顔。
「逢さんのところのお仕立てですか‥‥あそこはなかなか気が難しくてねぇ。それに今回は時間が‥‥」
 それでも今回の依頼は自分達の責任だと。頼み込めば、仕立屋は頷いて。
「では最速でお引き受けしましょう」と告げる。
 昼夜通して仕上げ、二日後の朝には出来上がると。
「それでは、どうかよろしくお願いします」
 仕立て上がりまでに染めや刺繍をしてくれる店を探そうと、和奏は再び仲間達と合流する。

「ううむ、確かに元は泰国風ですが‥‥ここまで違う意匠になりますと‥‥」
 図案を見せられて考え込む仕立屋に、「そちらの腕ならできると思ったんだ」と紫狼は頼み込んで。
「それに、白無地というのは難しく」
「あぁ、それなら衣装を作ってもらって、それにこういう刺繍や染めを入れるんだ」
「ほう‥‥もう少し詳しく」
 最初は乗り気ではなかった仕立屋も、紫狼の熱を込めた話に、だんだん身が乗り出して。
「‥‥わかりました。お引き受けいたしましょう」
「ありがとう!」
 話が決まって、仕立屋と紫狼は固い握手を交わした。

 舞台は変わり、奏生。美しい歌声が広場に響く。
「遠き泰国 朱春の父が求めしは
 この世に唯一つの花嫁衣裳
 豪奢にて 優しき色彩 花の柄
 積まれた望み、金子も山積みなれど
 迫る式は七日後
 真白の生地に咲かせる祝いの牡丹 異国の薔薇
 我と思しき絵師、紺屋はいらっしゃいませぬか‥‥♪」
 集まった人々に、アルーシュは衣装の絵図や柄の図案を見せて。
 アルーシュの提案した方法なら、あまり格式の高くない、これから有名になるはずという絵師に、自発的に来てもらえるだろうと踏んだのは祐。
「俺はこれでもいろんなお屋敷から図案の注文を受けてるんだが‥‥」
 ほら、一人。
 それからもちらほらと、見ただけでは才能はわからぬが芸術家達が集まって。
 アルーシュと祐は顔を見合わせて頷き合い、腕を見るために彼らを引き連れ場所を変える。
 
 その間に和奏は、問屋街で常連客に話を聞く。
「そういう祝いものだったら、いい店知ってるんだけど‥‥」
「ありがとうございます!」
 何人もの人に聞き、複数がいいと言った店に当たりを付ける。

 大きな劇団を訪ね歩き、その衣装を請け負う呉服屋を探すのは、Kyrie。
 いくつかの舞台を巡れば、やがてその衣装を大きく取り扱う店に行き当たる。
「このような意図で意匠を描いたショールなのですが‥‥」
 Kyrieの相談を親身になって聞いた仕立屋は、「ほう、面白い」と笑って。
「図案もありますし、締切にはしっかり間に合わせましょう。大丈夫、急な仕事は慣れております」
 どんと胸を叩いて請け負った。

 図案は無事、まだ目立ちはしないが腕のいい絵師に頼むことができた。
「絵師さん、お知り合いの職人、いらっしゃいませんか?」
 祐が尋ねれば、絵師が頷いて「よく注文を受けるんです」と言う職人を紹介してくれる。
 和奏と合流して話し合えば、良い評判の集まる店でもあった。
「ここは‥‥頼みたくなりますね」
 アルーシュと悠、和奏が頷き合う。
 そして、店の主人との交渉を持ちかけた。
「‥‥期間が、短いですね」
 悩むそぶりを見せた主人に、祐が頭を下げて。
「貴方の腕に、このお金をかけたいのです」
 アルーシュと和奏も「どうか、お願いします」と一礼する。
 うむ、と考えてから、店の主人は頷いた。
「わかりました。やらせて‥‥いただきましょう!」
「ありがとうございます」
 そう礼を言ってから、祐は「お届の時に着たいので、出来合いのものを一着」と注文し、自分の柄を選ぶ。
(ちょっとお高いけど‥‥うん、この仕事終わったらもう少しあちらで観光したいし使えるからいいですよね)
 図案が出来たらすぐに頼むと約束して、祐は真新しい着物を抱え、アルーシュと和奏と共に店を後にした。

 和奏と紫狼が朱春で頼んだ仕立ても、無事に出来上がって。
「やっぱり白は映えるわよね。汚れがあると目立つけど」と艶翠が呟く。まだ無地ではあるが、美しい出来栄えだった。
 アルーシュと祐の注文した図案も、完成した。
 染めや刺繍の作業が始まる。「必要であれば仕立てのお手伝いを」と申し出たアルーシュには、「店の矜持があるから手伝いは頼めませんが、機会があったら腕を見せてください」と店の主人が頭を下げる。
 Kyrieの頼んだロングショールも、無事に出来上がり。
 そして五日目の夜、精霊門が開く少し前。
 大きな包みを持った一同は、慌てて開拓者ギルドに駆け込んだ。

「ほう、出来上がったか!」
「楽しみですわね、あなた」
 朝早く訪れた開拓者達を、逢夫妻は満面の笑みで浮かべた。
 玲琳だけは、この衣装も父が気に入らなかったらどうしようかと思っているのか、少し不安げな顔。
「それでは、見てもらうよ!」
 艶翠の言葉で一斉に取り出されたのは、三着のドレス。
「おお‥‥」
「まぁ‥‥」
「わぁ‥‥」
 三人から、三つの感嘆のため息が漏れる。

 祐の衣装は、大輪の白い牡丹を金箔の縁をつけて着物の柄のように配した、真紅の華麗な衣装。泰国での仕立てではないせいか、どことなく天儀風の雰囲気が風情を誘う。
 紫狼の衣装は、襟元は泰国風だがフレアスカート風になった純白の清楚な衣装。真紅の薔薇が大きく描かれ、上に伸びる蔦には小さな薔薇が散る。
 和奏の衣装は、薄紅色の大輪の牡丹と蝶を配し、朱鷺色から薄紅色、そして純白へと変わる上品な衣装。縁取りを銀の糸で刺繍した衣装が心憎い。
 どれもアルーシュの思いつきで、水晶やパールのビーズを縫いつけて、光を映す工夫がされている。
「どれも素敵‥‥」
 最初にうっとりと呟いたのは、当事者である玲琳。それに開拓者達はほっとする。
「素晴らしい出来ですな。やはり開拓者の皆さんに頼んでよかった!」
 全史が太鼓腹を揺らし、うんうんと頷く。
「それで、玲琳。あなたはどれを着てお嫁に行きたいの?」
「そうそう、嫁に行くのはお前なんだからな、お前が決めなさい」
 両親の言葉に、玲琳は「まぁ、お父様もお母様も散々今までの衣装は駄目だと言ったのに」とくすりと笑い、「でも、私は‥‥」と選んだのは――。
「この牡丹と蝶、それに紅と白が美しくて、素敵だと思います」
 和奏の順に色が変わる衣装を、手に取って玲琳はにっこりと微笑んだ。

 他の二つの衣装も、「絶対に着させてもらいます、素敵なお出かけの時などに!」と玲琳は言って、全員と握手を交わす。
「これならば、ドレスに合うでしょう」と差し出されたKyrieのショールを、「まぁ、蝶が飛んでいるみたい!」と嬉しそうに手に取って。
 結婚式当日、臨席した開拓者達は眩しげに花嫁を見つめる。
 紅は豪華に、白は清楚に花嫁を彩って。
 小さく手を振った花嫁に、開拓者達は精一杯の祝福を送る――。