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■オープニング本文 一歩、土や草を踏みしめる毎に気の晴れ渡るような思いがする。 本当に、この季節は旅をするためにある。足元を阻む雪も氷もない。どれほど喜ばしいことか。 街道は商人たちの馬車の往来も増えている。先ほどの商人たちは実に気の良い人たちで、馬車に乗せてもらったうえに演奏に少しばかり心付けも寄こしてくれた。軽い足取りはちゃりちゃりと小銭をささやかに鳴らしもする。その音にふと、師との対話が思い起こされる。 「得ることが目的にならぬよう心がけよ。所詮、本物の詩などというものはそこには生じん」 「詩に対価を要求するのは邪道でしょうか」 「そうまでは言っておらん。金、大好きじゃわしは。・・・・・・しかし、お前が真に詩の本質に迫りたいという極めて奇特な欲求を持つならば、得るための詩と到るための詩は分けるがよかろう。・・・・・・よし、今から旅に出よ」 「え」 あれからしばらく経つが、先生は元気にしておられるだろうか。また酒を飲み過ぎて暴れて人様に迷惑をかけていないだろうか。 詩には旅というものが必要なのだろう。それは詩が他者を必要とするのと同義と言っていい。旅は他者との出会いと別れ、そしてその合間に孤独を置いている。 さきほど商人達の前で謳った騎士物語。あれは私の詩ではない。もちろん謳い手の上手下手はあれ、それ以上に元となった騎士の生と死そのものがすでに詩情を宿す。騎士は己の生死を一個の詩にする。 では詩人が自己によって真に詩を生み出すときは如何なる時か―。 「シッ・・・・・・シシシシ」 風を吸うような、おそらくは含み笑いと一緒に、木々の合間からケモノが顔を覗かせた。周囲はすでに森。ずいぶん歩いていた。 「お住まいの森をお邪魔しております。ご用でしょうか」 「シシ・・・こリョ・・・・・・待て、シシ、人間の言葉は久シシシぶりだ。シシ、シシシ、よシ。・・・この人間は私の姿に驚かない。あるいはシシ詩人か」 「おっしゃる通りです」 「では話もしやすい。・・・うむ、舌が回ってきたぞ。一つ頼みを聞く気は無いか」 「私に出来ることなら」 「あの山を見よ。近頃あの山にアヤカシの群が住み着いて、この森のケモノや精霊が難儀している。常ならば皆で追い払うが、奴らは空を飛ぶから始末が悪い。奴らを始末できる者を、我らは求める」 「お話は分かりました。生憎、私はそれだけの力を持ちません。しかし、あの山であれば私が先まで滞在していた村とも近場。開拓者ギルドも受ける案件でしょう。数日、ご辛抱いただければ力のある者達が参るかと」 「シシ・・・待つのは苦ではない。長すぎなければ。・・・・・・この先に泉がある。体を休めていくがいい」 「お心遣い、痛み入ります」 ケモノや精霊。吟遊詩人は精霊との出会いを最も重んじる。 精霊。彼等を詩にするのは難しい。完全なものはそれ以上、手の加えようがないように。しかし、それでも我々が彼等との出会いを重んじるのは、彼等が完全な他者だからかもしれない。彼等との、彼らを知る存在との出会いは、自己の内には存在しない完全が、外の世界に存在するという事実を否応なしに私に突きつける。それは、私を私の中から外へ歩み出させる力ある接触。そして詩は、私から歩み出た私でなければ、おそらく掴むことは−。 「シシ、どうした」 「いえ」 焦ることはない。時間はある。時間をかけなければいけない。空は久しぶりに晴れている。ともかく今は、ギルドに連絡を入れるために次の都市へ少しばかり急いで向かうとしよう。 |
■参加者一覧
からす(ia6525)
13歳・女・弓
一心(ia8409)
20歳・男・弓
ジルベール・ダリエ(ia9952)
27歳・男・志
フェンリエッタ(ib0018)
18歳・女・シ
アーシャ・エルダー(ib0054)
20歳・女・騎
明王院 未楡(ib0349)
34歳・女・サ
无(ib1198)
18歳・男・陰
ローゼリア(ib5674)
15歳・女・砲
椿鬼 蜜鈴(ib6311)
21歳・女・魔
ヘルゥ・アル=マリキ(ib6684)
13歳・女・砂 |
■リプレイ本文 ■リプレイ本文 晴れていながら、常にどこか青と白に曖昧に霞むような模様を示すジルベリアの空に対し、険しく隆起する山々の稜線は筆で描いたような明瞭さで開拓者たちの視界の先に鎮座していた。 「やっぱり貴方には砂漠よりもジルベリアの空が似合うわ」 フェンリエッタ(ib0018)はアウグスタの毛並みを眺めて微笑した。重厚な灰から雨土色への階調的変化は、耐え忍ぶ冬の厳しさをも含めたようで、それが風を切って駆ける姿はやはりグリフォンだけあり、このジルベリアの空によく馴染んだ。 「おおーっ、ジルベリアは天儀と違って涼しいのじゃー! どうじゃヤークート、お前には寒いくらいではないか」 対してヘルゥ・アル=マリキ(ib6684)の炎龍ヤークートは、異郷の空にその赤い体躯を浮き彫りにしていた。触れれば燃え出すような赤は、烈日の降る砂漠にこそ相応しいに違いないが、この空にあっても龍の一種の壮麗さを失わないのは、ヤークートが異郷の空にわずかな物怖じもせず力強く羽を打っているからだろう。 アウグスタのジルベリア的色調に、ヤークートの赤。色というものもまた、己の内に秘められた何かしらの意味の表象であろうか。 「ふむ。その辺り彩姫、きみを見ているとさもあらんという気にさせられるよ」 「美しいグリフォンですわね」 「そのせいか我が強くて選り好みも激しくてね。彩姫という。私はからす(ia6525)」 「私、砲術師のローゼリア(ib5674)・ヴァイスですの。よろしくお願いしますわね。こちらはガイエル」 彩姫は並んで飛ぶガイエルの様子をうかがうように喉を鳴らしている。鳥のさえずるように鳴いているあたり心配ないのだろう。気に入らないものを前にした時の彩姫の気性は、激しい。 「しかし、これだけグリフォンや龍が揃って飛ぶとさすがに壮観ですね」 无(ib1198)は風を受けてずれそうになった眼鏡を押さえながら周囲を眺めて言った。无もまた普段から理智というものを通して外界と接することの多い性分の一人であったから、視覚から直接に己の芯に働きかけてくれるような光景との出会いというのは珍しい体験、楽しみでもあった。もっとも、楽しんでいるのは无だけではなかった。 「ちょっと、風天また……!」 无の視界を反転させながら、駿龍の風天は悠々と曲芸飛行を楽しんだ。 「おー、縦宙返りから背面ロール、三回捻り入れながら急降下、急上昇……って、あれ大丈夫なんかな无さん」 不思議軌道を描いていく風天の背に乗った无にかかる重力を軽く心配しながら、ジルベール(ia9952)はふむ、と再び手にした望遠鏡を覗き込んだ。 「あー、やっぱうじゃうじゃおるなぁ……」 望遠鏡の筒状に細まった視界の中には山の腹から頂にかけて、蜜に群がる虫のようにアヤカシたちが蠢いていた。近場の村に被害が出ないうちに依頼が出たのは幸いだった、とジルベールは望遠鏡を掌にとんと叩いた。アヤカシは所詮、放っておけば人という蜜に群がると知れている。 「空も森もあれば村もある。アヤカシどもにはこのままひっそりご退場願おか」 「居座られると厄介この上ない客ですからね。……風天、こっからは遊びは無しね。ほんとに」 いつのまにかジルベールの横を並走していた无が、やはり外れた眼鏡を片手で弄びながら、もう一方の手でぽんと風天の背を叩いていた。 椿鬼 蜜鈴(ib6311)の眼下に、背の高い針葉樹の森が広がっている。南の風土に根差した森のような、滴るほどの温気と緑の芳醇に満ちたものとは違い、それは青く静謐に乾いた森だった。 (美しい森じゃて、アヤカシに蹂躙させるにはちと勿体無いのう) 群立って飛び向かってくるアヤカシ達の黒い影と森が重なるのが気に入らず、蜜鈴は眉をひそめて手にしたジルベリアの儀礼剣に己の感覚を集約させた。 「露払いといかずとも足止めは出来ようて。皆お行き」 アゾットから放射状に放たれた白い吹雪は、蜜鈴の軽やかな声音とは裏腹に容赦ない苛烈さに満ちていた。アヤカシたちの黒影は一瞬にして森の上から皓白に塗りつぶされている。 「うむ、やはりアヤカシよりは雪の白妙の方がこの森には随分よいのう、天禄」 「せっかく作っていただいた道。行きますよ、珂珀?」 満足げに笑う蜜鈴の横を一心(ia8409)たちが勢いよく飛び抜けてゆく。吹雪の白からぽつぽつと浮上していく斑を数えながら、一心は己の手にした長弓に矢を番える。気を凝らすにつれ、風の音は耳に弱まって代わりに弓の撓りが鳴り、弓懸の下の指先は引き絞った矢が放たれるのを待つ微細な震えを亮として伝えた。自身の感知から余剰が隈なく消え去ったとき、放たれた矢は稲光の地に落ちる必然さを以て大怪鳥の十字の体の中心を射抜いた。 一心の射が矢継ぎ早に降るなか、低級のものなどは一射絶命に撃ち落されながら、数のあるアヤカシたちは群をなして押し進んでくる。 「さあ斬閃、私たちのお役目を果たしましょう。頼りにしていますよ」 アヤカシたちの向かってくるなか、明王院 未楡(ib0349)の含んだような艶のある声が空、そして山に響いて木霊した。その咆哮によって律儀にこちらへ向かってくるアヤカシたちを前に、斬閃は主人の黒髪に似た、その黒曜色の駿流の翼をわななかせている。それはおそらくは己の翼を存分に打てることへの身震いであり、このところ未楡の穏やかな性根に感化されてきているとはいえ、その様にはやはり戦いに臨む龍の威容とでもいうものが備わっていた。 空に弧を描き旋回する斬閃にアヤカシたちが追い縋るが、駿龍の速度に比肩しうるものは限られる。多くは距離の開いてゆくばかりであったが、その群の中から突出して未楡と斬閃の背に迫る個体を、中高度に旋回するからすは見た。 「ふむ、アヤカシグリフォン。瘴気によってアヤカシ化しようとも性能は生前に準ずるか。―しかし」 貌は我々の駆るグリフォンと同じであろうと中身はしょせんアヤカシ。他者の持ち得た主体の悉くを剥奪しその外皮を被るアヤカシという存在は、たしかにあらゆる存在の敵にしかなりえまい。 「そのような、もはや理念もなき者たちにはセルム、負けられませんね。それが人々の暮らしを害する可能性があるのならなおさらです」 眼前に構えた青翠の剣の輝き、そして己の心奥の隅にまで曇りないことを認めると、アーシャ・エルダー(ib0054)は風のなかに一際大きく呼吸し心身に力を込めた。 「我こそは帝国騎士アーシャ・エルダー。いざ勝負ー!」 未楡の背に迫っていたグリフォンの一体めがけて降りおちるセルムの風を纏った突撃は、周囲の風を押し割って自身を一個の新たな風と化した。垂直に落下する暴風は背に乗るアーシャの纏うオーラにまばらに煌めき、頭上から己に迫るその異常にアヤカシグリフォンの激しい哮りが響いた。 膂力、慣性、重力。あらゆる力を集約したアーシャの一振りは、激しく挙動するグリフォンの頭部を逸れ固く密集した肩口の羽毛に突き刺さった。頭部を捉えていれば間違いなく一刀に絶命させたであろう一撃は、グリフォンの肉を根から断ち切ってその体から瘴気を噴出させた。 「よっしゃあ、わいらも突っ込むでぇヘルメス!!」 アーシャの果敢にあてられたか、上空より鬼面鳥たちに槍を投擲していたジルベールも降下姿勢をとる。飛翼翔でヘルメスが強く翼を打って向きを変えるなか、投擲に貫かれ木葉のように落下してゆく鬼面鳥からまっすぐに手元へ戻ってくる魔槍をジルベールは振り向きざまに受け止め、代わりに抜きはらった天儀刀に紅焔を宿しヘルメスを駆け降っていった。 「ヤークートと私をそこらの炎龍と騎手と思うでないぞ!」 国は違えど、戦いのあるところにはその術が発達する。一心やからすも心得る天儀の安息流騎射術、ローゼリアのカザークショットに対し、アル=カマルのイェニ・スィパーヒと呼ばれる軽騎兵戦術が、ヘルゥの属する砂の民たちが出した騎乗戦闘への解答の一つだった。上体を極端に相棒に密着させる姿勢は、天儀の流儀とはまた異なる人獣一体の表れであり、縦横に空を駆け業火炎の息吹で寄り集まった大怪鳥達を片端から焼き払うヤークートの姿は炎龍という存在そのものの体現だった。 「うむ、相変わらずよく燃えるのじゃ……熱っ!」 炎に払われて開いた宙域の先をフェンリエッタは見据えた。アヤカシグリフォンの性質、戦い方が多分に獣的であるのに比べ、より人寄りの知性と呼ぶべきものを、やや後方より戦いをうかがうようなガーゴイルたちの飛び方には認めることが出来る。しかし。 「真っ当な判断だけど嫌らしい…」 あるいは忌まわしいと言うべきか。その忌まわしさがガーゴイルの魔的な姿に人寄りの性質が宿っていることに対してだとすれば、それは人と魔の容易につながりうることへの忌避的な直観であるかもしれなかった。しかし、フェンリエッタはその蒙昧に迷わない。手には光輝の剣の煌めきがある。我が心性はこの剣が指し示す。 「この国の空も大地も、お前たちの好きにはさせない……行くぞ」 アウグスタと共に暴風を纏い突撃するフェンリエッタの姿は苛烈に満ちていた。それは握る剣を己の血で染めようと振るい続けるだろう者が宿す、研ぎ澄まされた静謐の苛烈さだった。 初撃に浴びせた乱射を皮切りに入り乱れて飛ぶガーゴイルたちへ、からすは狙い澄ました精緻さで矢を放つ。 一射、二射、三射。動体上より動体を射抜くという最も難しい作業を、綾姫との呼吸の合致によってこなしていく。 飛来する射に人とも獣ともつかない忌まわしい声で喚きあげるガーゴイルたちへ、フェンリエッタ、そしてローゼリアが向かってゆくのを見、からすはつと息を吐いた。 「ふむ、数は足りるか。……どうした綾姫」 激しく猛る綾姫の望むままに飛べば、からすの矢に翼を射抜かれ落下するままに戦場から遠ざかろうとするガーゴイルが眼下にいる。 「生憎だった」 「ガカ……カカッ」 人語を解するのか、命乞いでもしようというのかガーゴイルは奇妙な声をあげた。からす、そして綾姫の知ったところではない。 「彼女は仲間を置いて独りで逃げる者が特に嫌いでね」 火のついたような激しさで嘶きをあげるや、彩姫の鋭い爪が、ガーゴイルの灰色の固い皮膚に果実を潰すように突き立てられていた。 「……っ」 无が息を詰めている。久しく呼吸をしていない気がする。遊びは無しと言ったが、まったく風天の全力の飛行は風も重力も敵に回しすぎている。面倒なガーゴイル達を引き付けながら飛ぶ。機動力で上回ろうと、四方八方に散って襲ってくるガーゴイル達を回避しようとすれば当然、無茶な立体的軌道を強いられるが生憎、風天はそんな飛び方が好きだった。付き合う无は眼鏡の下で顔をゆがめざるをえないのだった。 声も立てず、无は舌を打った。軌道の中途、出会い頭に近接した一匹のガーゴイルの爪が、黒い外套を通し无の左腕の肉を裂いた。短刀で捨てるように振り払えば、風天が甲高い一鳴きと共に翼を打ち、すでに距離が開いている。 視界の端を、何かが過ぎ去った。ほとんど勘としか言いようのないそのかすかな一瞬の知覚に、あるいは己の思い違いかと无が思う間もなく、背でガーゴイルの耳障りな叫びが響いた。前方にはローゼリアが、黒い銃をこちらに向けている。一瞬驚くも、すぐさま合点がいく。 「弓もよろしいですがジルベリアの銃もお見せしなくては。……鴨撃ちにしてさしあげますわ!」 腕でローゼリアに礼を言いながらすれ違う。クイックカーブって心臓に悪いですね、と无は思った。 ローゼリアの白いしなやかな指が、黒いマスケットの引き金を落としてゆく。その指先のわずかな挙動が、死という生物の極限に帰結する。生死は指先が落ちた時に決定し、故に弾道はその決定に基づいて描かれる極めて惰性的な手続きにすぎない。故に、「魔弾」の名を冠したマスケットを手にしたその射手たるローゼリアの放った弾丸はあらゆる軌道を可能にした。 鳥、鳥、鳥の啼き声。啼血。 「杜鵑もこれほどには鳴くまいに」 蜜鈴は風の中で苦笑交じりに呟く。大怪鳥、鬼面鳥、アヤカシ鷲獅鳥、ガーゴイル。これらが戦いの中で入り乱れて啼き喚く様は耳に心地よいものではない。特に、静謐の似合うこの森には騒がしすぎる。 蜜鈴の意をくみ黒紅の翼を打つ天禄は未楡に近接するアヤカシグリフォンの一体に狙いをつける。 「泣く子ならぬ啼く鳥を黙らせるには、これが悪くなかろうて」 長い黒爪の生えた手と共に振り下ろされた雷槌は、閃光と雷音を伴ってアヤカシグリフォンを飲み込んだ。閃光と雷音は、その一瞬に比して長い静寂を呼んだ。やや遅れて硬直から解かれた未楡が視線で蜜鈴に言う。 「……びっくりしました」 「すまんのう、付き纏われるのも難儀と思うたからに」 囮役となっている未楡と斬閃はすでに少なからず傷を負っている。 「無理をさせますね。もうひと頑張りお願いします」 応えるように喉を鳴らしたかと思うと斬閃は急激に体を宙で返した。皮をかすめるように逸れたアヤカシグリフォンの爪の一振りは、完全な死角からの攻撃と思われたが、その瞬間的な身のこなしは駿龍特有の俊敏さ、そして状況把握による回避力に相違なかった。 息をつく間もなく斬閃はさらなる攻撃に備え回避体勢をとり、その動作の上ですれ違うグリフォンに、未楡は普段の緩やかな物腰とは裏腹の疾さですれ違い様の薙刀の一撃を見舞ってみせた。 下級アヤカシたちはすでに散り散りとなり、ガーゴイル達も大方戦意を失ってぽつぽつと逃げる個体が出るのを、无たちが逃がすまいと追うのが見える。あとは未楡、アーシャ達の周辺に集まるアヤカシグリフォン達だったが、これらの戦いは極めて激しく、最期の一撃をくわえねば止まらないことは容易に知れた。 「そっちがその気なら、最後まできっちり面倒見たるわ!」 「その意気や良し。全力を以て迎え撃つまで」 ジルベール、アーシャが各々の相手取るアヤカシグリフォン目がけ、一気に突き進む。二人が駆るのはいずれもグリフォン。都合、四体のグリフォンが相打つ姿は壮烈なものがあった。それを終止させるべく、翼をはためかせて距離を取る。アーシャはオーラの燐光、ジルベールは紅焔を刃に宿す。この一撃が最後と決めてかかった、グリフォンたちの暴風をも巻き込んだ突撃は、アヤカシにさえ覚悟を迫る。風から精神に至るまでの全力を伴った衝突は、轟音となって放出され尽くし、瘴気へと還ったに違いない二体のアヤカシは渦巻いた風に、一瞬にして消え果てたようだった。 「……」 翼を打ってその場に浮遊するセルムの上で、アーシャは開いた己の掌を見た。アヤカシを断った、刹那の凄まじい手応えが、跡形もなく消え去った敵とは裏腹に、いまだこの中に置き去りにされている。その感触の鮮烈さにアーシャは思わず体の内で震えるものを覚えた。 息を吐いてその微細な震動をおさめ見上げれば、まだわずかに残るアヤカシ、それを相手取り、追う仲間たちの姿が映る。無論アーシャは再び剣を握って加勢にセルムを駆けたが、己にとっては、すでにあの掌こそが今日の戦いと呼ぶものの頂点であることを、言葉ならず、感じていた。 戦いの後、降りた泉はやはり清らかな静謐に満たされた空間だった。 「おー、はっちゃん元気やったか?」 「グルルル」 「……え、なに、威嚇しとる?」 「ふふ、戦いの直後で興奮してるだけですよ」 そう言ってフェンリエッタが手渡した水筒を、ジルベールは喉を鳴らすも黙って撫でられているアウグスタを見やりながら受け取った。 「なんやー、俺のこと忘れたかと思ったではっちゃん。お、何やヘルメス。ヤキモチ妬いてるんか? わ、わ、冗談やって」 外套の背を、ぐいっと嘴で引っ張られて後退するジルベールを眺めながら、一心も隣で共に木陰で休む珂珀の鱗にぽんと手を置いてみた。珂珀はすでにのんびりモードらしかった。 「うむ、フェンリエッタ姉ぇは空での戦いぶりもさすがじゃった」 「ヘルゥさんこそ。砂迅騎の名は伊達では無いわ」 「はっはっは、聞いたかヤークート。フェンリエッタ姉ぇもこう言うのじゃ。そろそろ私こそお前の主じゃと認めて」 ぱくっ、とくわえてぺいっ、とヤークートに放られてヘルゥは宙を舞った。戦いの中でこそ見事な連携を見せていたのだが、この主従の力関係はまだ微妙なところがあるらしかった。 そんな様子を酒の肴に眺めながら、微笑して蜜鈴は泉に足をつけ休んでいる。 「美しいのう……森の者には騒がしゅうして申し訳ないが、少しばかり休ませてもらおうて」 「シシ……遠慮せず休んでいくがいい」 「うわっ」 一心の肩の上から、木を伝って頭を垂れているのは白い大蛇だった。龍と蛇というのはなんとなく危ない組み合わせな気もするが、珂珀は目の前で垂れ下がっているのが敵ではないのが分かるのか、相変わらずのんびりしている。その大蛇が、今回の依頼主に違いなかった。 「シシシ……戦いは見ていた。この森に住むものとシシシて礼を言う」 「ご丁寧にどうも」 无は職業病的に、現れたケモノに興味を持たざるをえない。雑談程度でよいから言葉を交わしたいものだ。 「シシ……ここの泉は我々も傷を負った時は休みに来る」 「ありがとうございます……斬閃、よく頑張ってくれましたね」 未楡は斬閃の傷口を水で丁寧に洗ってやっていた。今回の戦いでもっとも傷を受ける役回りだった斬閃は、傷がしみるらしく時折身じろぎしたが、此度の己の戦いを誇るように、喉を鳴らして未楡の手に体を委ねている。やがてそれが済んだ頃、からすが呟いた言葉に未楡は頬を緩めた。 「ここなら、良い茶が淹れられそうだ」 「お手伝いします」 ジルベリアの森に薫る天儀の茶の匂いは、定められた茶葉を和わせたような不思議な調和で、開拓者とその相棒たちの休息のなかに広がった。 |