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■オープニング本文 叙任式は慎ましやかに執り行われた。 身につけられた武具は薄明るい儀礼の間の窓から差し込む光に照らされ、その鉄の硬質な光沢は差し出された外套の、目にも痛い真紅によって覆われた。その赤は、紛うことなくこの身の内に流れる血汐という色を示していた。 伯の手にした剣が肩を叩いた。 「貴殿は騎士となった。立たれるがいい、モルドゥム卿。歩まれるがいい、その足で。あらゆる戦いが貴殿を待つだろう」 単なる形式に過ぎないはずのそれらの一連は、しかし確かに自分の内に何かを深く刻み込んだ。それは僕を間違いなく騎士として生かし、間違いなく騎士として死なせるだろう。 それがどのような形のものになろうと、それらとは一切関わりのない、より深い場所で。 「やあ、ここにおられましたか。ケイ殿が直接当たられては、兵たちの訓練も休まる時がありませんな」 「何かあったかね」 「グラウス殿が亡くなりました。例のアヤカシということです」 「そうか。良い騎士だった」 「始まる騎士もあれば、終わる騎士もある。この間の叙任式はよいものでしたな。私などは、戦場にて叙任されたくちですからな。ああいった趣は、なに、羨ましい限りです」 「それも貴殿の武勲のうちだろう」 「そういえば、件のアヤカシについて報告があがっておりましたな」 「魔将(ディアヴォル)などと、大仰な呼び方をするものだ」 「ケイ殿にとればさもありましょうが中々、厄介なモノ。あの報告は開拓者ギルドからきたものでしたな」 「開拓者、か」 「ケイ殿はお気に召さないかもしれませんな。しかし、おそらく彼等との付き合いはこれから出てくるでしょう」 「私には向かんな。やはり、そういうことは若い者に任せるとしよう」 「若きモルドゥムですな。早速、開拓者と共にディアヴォルを含むアヤカシ達の討伐に出るようで。叙任されての初の遠征に一人で出ねばならぬというのも酷ですが。なにぶん今は手が足りません」 「モルドゥムならば問題はあるまい。…しかし、私の言った若い者、というのは君も含んでいるつもりだがグウァル」 「かないませんな」 |
■参加者一覧
鬼島貫徹(ia0694)
45歳・男・サ
クルーヴ・オークウッド(ib0860)
15歳・男・騎
クロウ・カルガギラ(ib6817)
19歳・男・砂
ジェーン・ドゥ(ib7955)
25歳・女・砂
破軍(ib8103)
19歳・男・サ
エリアス・スヴァルド(ib9891)
48歳・男・騎
トラムトリスト(ic0351)
28歳・男・吟
レオニス・アーウィン(ic0362)
25歳・男・騎 |
■リプレイ本文 若さというものは、それ自体が回顧的に出来ている。それはあらゆる者が過ぎ去った己の過去の姿の投影であり、故にそれは、共通する要素を多く含む者ほどより強く語りかける力を持ちうるのだろう。 (…若き騎士、ですか) トラムトリスト(ic0351)はレオニス・アーウィン(ic0362)と共に受けた叙任の日を思い出す。 騎士への叙任。主の前に跪いた、己の低い視線。そこに差し出された多くのものは光に満ちたものとして思い返される。今の己には、眩しすぎるほどに。 騎士としてはいられなかったトラムトリスは現在の自己を確かめるように吟遊詩人然とした羽根付き帽子のつばに触れ、エリアス・スヴァルド(ib9891)は何かを断ち切る如くただ瞼を落とした。エリアスが目にしてきたものは或いは、光と対になるものだった。 赤い外套の若き騎士は乗り入れた馬を下りると、エリアス達の前に進み出た。 「開拓者の方々ですね。ゼムクリンのモルドゥムと申します」 「クルーヴ・オークウッド(ib0860)です。お見知りおきを、モルドゥム卿」 「卿などと。見たところ、騎士の方も多く居られるご様子。若輩の私など相手にどうぞ畏まられませんよう」 「ハッハ、では互いに上辺のみの礼儀などは無用でゆこうではないか。その方が仕事もはかどるというものよ」 端々にも豪気に満ちた鬼島貫徹(ia0694)の言葉に、モルドゥムは微笑と共に頷いた。 鳶色の巻毛が印象的なその若者を、ジェーン・ドゥ(ib7955)は一歩退いて眺めていた。あれもまた、騎士というものの正道を行く者なのだろうか。思い起こされるのは、いつかの騎士と従者に見たもの。それを何と呼ぶべきかは分からない。或いは、魂とでも。いずれ傭兵である己には無いものだと、ジェーンは人知れず息を吐いた。それでも、持たぬ己にこそ守れるものもあるのだという信は、いまだ胸中にある。 「それじゃ、早速村の人たちに話を聞こうか」 クロウ・カルガギラ(ib6817)は村の顔役への挨拶をモルドゥムにうながし、森の地形やアヤカシについての情報を集めて回った。 「まだ村の者に被害が出ていないのは、全くの幸運です。風下から、遠目にその姿をうかがうことが出来たのです。サバーガカラヴァは鼻が利くうえ、大層残忍です。かつて凄惨な目にあって亡くなった者達もあります」 「心配ない。俺たちがきっと叩き潰してやる」 「……ようやく冬も終わり、我々にとっては生活の大切な季節なのです。ジルベリアの小麦はこの時期に種を播きます。騎士様方もこれほどいらして下さるとは、大層心強いことです」 「任せていただこう。村の者は討伐まで、なるべく出歩かないように頼む」 レオニスは書き留めていた羊皮紙を収め、真摯な声音でそう言った。 雪のわずかに残る土を踏み、森をゆく。モミやトウヒといった背の高い針葉樹の森は、乾いていながら、曇天の空からの光をさらに遮り、薄暗い世界を形成していた。 そのなかで、クルーヴはモルドゥムと積極的に言葉を交わしていた。 「例の魔将ですが、鬼型よりは陰陽師に近いスタイルではないかと思っています。取り巻きを排除するとこちらの接近を阻む範囲知覚攻撃を仕掛け撤退するのではないかと。いかが思われますか?」 「……そうですね。陰陽師については浅学ですが、我々ゼムクリンの騎士は魔術師を相手にした基本的な戦闘法は心得ています。要は接近戦に持ち込むという単純なものですが、しかし魔将は接近戦においても騎士と互角以上の打ち合いを演じています。人間に例えれば魔術もある程度扱える騎士、というのが私の印象です。そして、騎士少数と一般兵というこれまでの遠征の基本単位が概ね敗北を喫している。必勝を期すのであれば、どうしても複数の騎士を当てたいのですが」 「それだけの手は足らず我々開拓者を、というわけですね」 言いながらトラムトリストは竪琴の弦を弾く。奏でられる筈の音は鳴らず、アヤカシにのみ聞こえるというその旋律はいかなるものか、知る由は無かった。 アヤカシが目撃されたという場所は森の、村からはかなり距離のある場所だった。風は森の奥から吹いてくる。 ジルベリアの森。薄暗く、乾いた大気を隔て、そこに確かに逍遥するであろう敵の気配。その予感に、破軍(ib8103)は粟立つような期待を覚えた。 「森といっても、天儀の森とはまたずいぶん様子が違うがな。しかし何だ、こう歩いていると狩りの趣ってものも出てくるじゃねぇか。……そのジルベリアの騎士団様を手古摺らせるほどのアヤカシってのに、ぜひお目にかかりてぇもんだよな?」 ちょっと意地の悪いように笑って見せる破軍にモルドゥムは、頼もしいことです、と頷いた。 途中、川に突き当たった。あふれるように豊富なその流れを破軍は掬って飲んだが、つい今しがた氷から解けだしたかのようにひどく冷たい。 「商いをされる鬼島殿にとっては、このグルボイなどは魅力のない土地でありましょう」 「なに、分かり易い絢爛な品などはそろそろ見飽きたわ。どのような土地にも、独自の色を持った品はあるものであろう」 「そういうものでしょうか。城下には鍛冶や、特にガラス作りには優れた職人がいるようですが。ご興味を惹くものがあるかどうか」 やがてトラムトリストは手を掲げて一向の動き、そして音を制した。訪れた静寂は安寧を与えることなく、その後に待ち構えるものをあからさまに暗示していた。 急速に張りつめてゆく静寂の中、エリアスは重い呼吸と共に己の黒い剣の鞘に手を掛けた。 装薬、弾丸、火薬。クロウは背を木に預けたまま、それらを一瞬の手際で装填する。幾度と繰り返された動作はもはや思考を伴わない。背からは意味をなさないゴブリン達の喚きが聞こえてくる。およそ二十は居るか、とクロウは勝手に動く手をよそに思考する。再び木から半身を乗り出し、狙いを定める。どの個体を。間断なくうごめく群の中から思考とも呼べぬ、勘という一瞬によって弓を持った個体を探し当てるや引き金を落とす。十分な火薬を含んだフリントロックは激しい火花を散らして後方のゴブリンの額を射抜いた。 背から放たれるクロウとジェーンによる銃の援護を受けながら、クルーヴは果敢に敵目掛けて踏み込んでゆく。狙うは群の後方に悠と佇む黒い鎧姿。その兜の中から感じる視線。何を、見ている。 「邪魔だっ!」 その視線との間に割って入るゴブリン達を、クルーヴは森の暗がりに紛れるような黒い斧で一気に薙ぎ払い突き進む。直後、眼前に現れたサバーガカラヴァが振り下ろした棍棒の一撃が、盾を掲げた腕に突き抜けるような衝撃となってクルーヴの身体を襲った。 「うむ、頭を狙われるは敵も承知か」 ならば、と貫徹は岩を転がすように視線を走らせる。それは紛れもなく獲物を前にした捕食者の睨みであり、一瞬にして被食者となったゴブリン達は震いあがるように浮き足立ち喚いている。 「ならばまずはその手足をもぎ取るまでよっ!!」 己の周囲に群れるゴブリン達を戦斧で蹴散らす様は眼前に立ちはだかる一切の障害を許さぬと言わんばかりであり、その迸る剣気こそが鬼島貫徹に違いなかった。されど、貫徹のそれはいわば常に身に纏った自己という性質とすれば、破軍のそれは闘争という自然に晒されてこそ露わとなる、身の内に宿した獣性だった。研ぎ澄ました感覚は己の肉体の中をも明瞭にする。血流の速度。肉体の可動域。あらゆるものが戦いの中においてのみ可能となる領域へと踏み込んでゆく。 「失せろ…雑魚が…」 静止の中で破軍の腕のみが局部的に跳ね上がった時、右後方に回り込んでいた敵が燃えるような太刀筋で斬り捨てられていた。 サバーガカラヴァの振り上げた大刀を前に、エリアスは足元のゴブリンを思い切りに蹴とばしてみせた。真っ二つになるゴブリンの体を煩わしげに払い、木の背後に回り込む。木の陰から不意に現れるサバーガカラヴァ達のために魔将には容易に近づけない。鼻も利くためか、こちらが身を隠そうとしても中々思うようにゆかない。エリアスやジェーンは嗅覚を狂わせるものを用意していたようだが、生憎奴らの鼻は確からしい。と、エリアスに付きまとっていた一体に、横合いからモルドゥムのオーラを纏った長剣が振り下ろされた。薄暗がりに光を曳くその一撃に、敵は耳障りな呻きをあげて後退する。 「地の利は敵にあるようですが、確実に仕留めてゆきましょう」 グレイヴソードと呼ばれる、そのジルベリア騎士の上級剣技は確かな腕を要する。ゼムクリンの騎士達の質が高いのか、或いはこの叙任後間もないモルドゥムという騎士が秀でているのか。負けてはいられない、とレオニスは戦いの中でわずかに口元を綻ばせた。振り下ろした剣を受け止められるや、鍔競る間もなく身体をひるがえしてサバーガカラヴァに己の盾を叩き付ける。 ゴブリン、サバーガカラヴァと順に突き崩してゆく。やがて貫徹があらかたのゴブリンを蹴散らし、レオニスが一体のサバーガカラヴァの一つ目に水晶の刃を突き立てて瘴気の塵へと還して大勢が開拓者達へと傾いたとき、魔将をはじめ敵勢が撤退の動きを見せ始めた。 追撃をかけるレオニス達に、もっとも後方にいたクロウがシャムシールを抜いて駆けながら、己の見た戦局に声をあげる。 「一体、横に回り込んでるのがいるぞ!」 「俺が抑える。行ってくれ」 サバーガカラヴァ、そしてその周囲には複数のゴブリン。追撃の横合いから向かってくる敵達にレオニスは盾を掲げ突進する。地を蹴る脚に一切の躊躇はない。 魔将が大剣を地に突き立てる、それを事前に察したトラムトリストが竪琴を奏でる。騎士ではいられなかった。しかし剣のみが力ではないことも知った。この世に満ちるあらゆる力の、これもまた一つ。荘厳な霊鎧の歌の響きは光の衣となって開拓者達を吹き上がる瘴気から守っていた。 その光、そして己のオーラによって瘴気の噴出をものともせず弾いてみせたジェーンが魔将に肉薄する。なお留まらぬオーラを宿した刃が、魔将の鎧の隙を貫く。浅い、と見たジェーンの肩の装甲に、地から振り上げられた大剣が叩きつけられた。 その攻防によって足の止まった魔将に、クルーヴ達が追い縋っている。大剣、斧、盾。打ち鳴らされる剣戟、その轟音は森の静寂を際限なく突き抜けてゆく。大剣の一撃を避け、受け流し、向かい撃ち、何とか喰らいつくクルーヴがついに間合いから弾かれる。 戦いの中で高まる心技体。戦いというものが極まる、その刹那に自己の持ち得るそれら全てを投入することがどれほど可能か。クルーヴを弾いた魔将に生じた、刹那の隙。兜の死角。そこへ一足に踏み込んだ破軍は、凝縮された一瞬に爆ぜるような閃光を己の内に見出し、渾身の示現流剣術の一太刀をその閃光と共に振り下ろした―。 最後に残ったサバーガカラヴァに突き立てた己の剣が、その肉が瘴気の塵に還るにつれ弛緩してゆくのを、エリアスは長く見つめていた。風の抜けたとき、黒い刃には何一つ残ってはいなかった。 「魔将も仕留め、戦果は申し分ありません。……大丈夫ですか」 「深手は負っていない」 「そうでしょうか。そうは見えません」 若い騎士の妙に静かな声音が、気に障る。 「だとしてどうだ。……いずれ、成長というものは一歩ずつ死へ近づいてゆくことだ」 「さもありましょう。ただ、その中で死ぬに相応しい場所というものが誰にしもあります。騎士の道とは、その場所に一歩でも近づこうとする歩みであると、私は信じています」 「お前は、幸せだ」 「……貴殿にも、それが訪れますよう」 相応しい死に場所。自分にそんなものがいまだ残されているとは思えず、仲間達の元へ向かう若き騎士の背を見つめ、エリアスは短く自嘲した。 |