シチェクの森にて
マスター名:遼次郎
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: 普通
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2013/04/15 01:51



■オープニング本文

 それは、服と鎧の上にあらゆるものを積み上げてゆく者たちに違いない。
 武勲、礼節、名誉…。
 しかし、時には立ち返りそれらの下地たる自身の肉によって周囲を直接に感ずることが、俺にはやはり必要なのだ。

「しかし、手が足りんといってもこうも余裕がないものだろうか」
「ケイ殿には執務もありますからな。まったく、ご多忙ぶりには頭が下がります」
「…分かった。パルシヴを見んのだ。東に出していたはずだが」
「あの遠征からは役目を果たし、とうに戻っていたはずですが……遠征を共にした兵がいるはずですな。聞いてきましょう」
「ああ」
「……分かりました。どうやら城に戻って早々に、改めてシチェクの森に向かったようです」
「あの放浪者には困ったものだ」
「野生児ですからな。しかし、いい加減に連れ戻さねばいつまで森にこもっているか分かりません」
「シチェクには強力なケモノが多い。志体(テュール)を持たぬ兵では心もとない」
「かといって今は、あの広い森をあてどなく探すような務めに騎士を出す余裕はありませんな。やはり、開拓者に頼みましょう」
「…どうも、気が進まん。外部の者にそういったことを任すのは。沽券に関わるのではないか」
「なに、あれはあれで動物的な勘なのか、人を見る目に長けます。開拓者という者達と会わせてみるのも面白いでしょう」
「面白い面白くないではないが……まあいい、連れ戻してくれるなら有難いことだ」

「来ていたのか」
「久しいな」
「騎士というのはつくづく良いご身分らしい」
「面倒事も多い。妙な身分なのは確かだ」
「ではその高貴なる騎士様は、一仕事引き受けるつもりはないか」
「一仕事終えたからここに来たんだが」
「どうも、森にアヤカシがまぎれこんだらしい」
「並のアヤカシなど、自前でどうにでも出来るだろう」
「この時期、まだ冬眠中のケモノも多い。森が本調子ではないのだ。それに、少々面倒なアヤカシだ」
「竜か?」
「近いな。蛇だ。しかし、竜よりもでかいようだ」
「大違いだ。竜と蛇では値打ちは比べものにならん。放っておけ。なんなら、また城に戻ったら誰かよこしてやろう」
「なんだ、お前は引き受けんのか」
「……蛇は、好かん」
「その図体で何を言う」


■参加者一覧
樹邑 鴻(ia0483
21歳・男・泰
ユリア・ソル(ia9996
21歳・女・泰
ルシール・フルフラット(ib0072
20歳・女・騎
ニクス・ソル(ib0444
21歳・男・騎
羽喰 琥珀(ib3263
12歳・男・志
ブリジット・オーティス(ib9549
20歳・女・騎
祖父江 葛籠(ib9769
16歳・女・武
エリス・サルヴァドーリ(ic0334
18歳・女・騎


■リプレイ本文

 ジルベリア特有の背の高い針葉樹の森は、温暖な土地の溢れるような緑と濃密な生命の気配こそ稀薄ではあるが、それでもそこかしこささやかに芽吹く新緑の色は、厳しい冬の終わりと春の訪れというものを静かに伝えている。
 それだけに大気そのものの冷涼さと相まって極めて澄んだ感覚を樹邑 鴻(ia0483)は覚えていた。足元を邪魔するような低木や茂みも少なく、比較的進みやすい森と言える。しかし。
「一人でこんな所に来るたぁな。野生的にも程があるだろ」
 その言葉にルシール・フルフラット(ib0072)は同意する。ルシールは事前に森のことについて近隣の村へ情報を集めに赴いていた。人との関わりのある森もあれば、ない森もある。この森は後者に違いない。人の手が及ばない。森を海とし、村を島とするならば、人の生活からは遠く離れた外海のような。
「森を知る者、心得のある者ほどむしろこの森に関わるまいとする様子を感じました。ただ、それは怖れよりは畏れというものなのでしょう」
 森の内部に詳しい者に出会うことは出来なかった。時折感じるケモノの視線。ルシール達であればそうしたものにも正面から対峙し得るが、村人達にすればそれだけでも十分な脅威に違いない。
「村の人たちはパルシヴのこと、何か知ってたか?」
「稀に酒場に現れることがあるようです。野盗を追い払ったり、このシチェクの森から村に出てきた強力なケモノと取っ組み合いのすえ森にかえしたりという武勇も聞きましたが、人柄については大きくて静かな男、という程度しか」
「酒場に寄るってのは、この森にはよく来るのかね。放浪癖か」
「……私の友人にも似た性癖の方がおられます故、依頼主様の心中はお察しします」
 と、エリス・サルヴァドーリ(ic0334)はその友人を思い出してか軽くため息をつく。若い身でありながら、何かと気苦労の絶えない立場なのかもしれない。
「それにしても、任務から戻られて休息も取らずこのような場所へ来られるとは……よほどの御用なのでしょうか」
「さてなあ、むしろ目的なんて無いから放浪癖のような気もするけど」
「そういうものでしょうか」
 今ひとつ判然としない様子で首をかしげるエリスに、真面目なお人らしい、とルシールは微笑した。
 八人は広大な森を三班に分かれて捜索している。二人の班が一つ出てくるが、それも自然とユリア・ヴァル(ia9996)とニクス(ib0444)の二人に決まっていた。瘴索結界で周囲の気配を探りながら歩くユリアが、時折ふりかえって変化の無いことをその笑みを代わりにしてニクスに伝える。ニクスもやはりそれに一つ一つ頷いて返している。
 途中、川に突き当たった。パルシヴが森に長く籠るようならば、どこかで水の補給はしているに違いない。二人はこの川に沿って進むことにした。
「清浄な森ね。アヤカシになる前の瘴気もほとんど感じられないわ。思い切り羽でも伸ばしたい気分」
 そういうユリアをニクスは眺めている。黒い眼鏡をずらせば、森と川の色彩にユリアの青銀の長い髪がよく映えた。そんなニクスの視線に応える瞳はやはり新緑の、この清涼な春という時と場所に似つかわしいものに思われた。
 そのとき川の流れが飛沫をあげ、その中から黒い影が飛び出した。即座に身構える二人の前に、その影は緩やかな放物線を描いて川辺に降り立った。
「……鳥?」
 しかしその翼は空を舞うよりは水を泳ぐヒレに近く、その極めて短い足で直立する楕円形のシルエットは短い体毛に覆われ、触れば柔らかい弾力を返しそうで―。そのケモノはピチピチとはねる魚を口に咥えたまま、ふーと息を吐くと、『ん?』と二人に気づいて振り向いた。見つめあう二人と一匹。やがてケモノはつぶらな瞳に『邪魔したな』とでもいうような渋い表情を浮かべて再び川に飛び込んだ。静寂の中に流れる川のせせらぎ。
「行きましょうか」
「ああ」
 やはりこの森には色々なケモノが居るらしい、とニクスは眼鏡を指で押し上げた。

 甲高い呼子笛の音が森を割って鳴り響く。
 森を進む中でブリジット・オーティス(ib9549)たちが見つけた巨大な動物がのたうったような痕跡。アヤカシのものであるならば確認する必要があるとそれを追ってみれば、木々がやや開け、水を含んだ低い土壌が広がる湿原状の場所に行き着いた。
 心眼「集」で気配を探る羽喰 琥珀(ib3263)が「なんかいるぞ」と口にすると同時、広がる沼がせり上がり、大怪蛇がその巨体を現した。
「うわー大きいねー」
 率直な感想を口にする祖父江 葛籠(ib9769)に、蛇は頭をもたげて鋭い瞳を向ける。それは間違いなく獲物を見る目だった。
「言ってないで退避ー!」
 大口を開けて襲い掛かる蛇のばねが弾けるような突進を、三人は三方向に散り散りに跳んでかわしている。
「みんなが来るまでは防御に徹しようぜ。命大事に!」
 軽い身のこなしで木の上に飛び移りながら、琥珀は背にした殲刀「朱天」を抜いた。
 葛籠は木の陰に身をかくしながら大薙刀を手に瞑目し、幻出した護法鬼童の火炎によって大怪蛇を牽制する。火炎に身をくねらせて縮める蛇の様子からして、物理よりは知覚攻撃の方が効きが良いか。それに怒るかのように蛇は大口を開けて毒針を飛ばす。ブリジットは五角形の盾によってそれを防いでいる。連続する針の衝撃が腕を痺れさせるが、そのことごとくをブリジットは受け止めて見せた。防御に徹する。騎士というものほどそれに適したものはあるまい、ブリジットは自嘲気味にそう思考していた。
 やがて呼子笛を聞き駆けつけた他班の五人も言葉少なに即座に戦闘に加わった。
「でかいなおい。始末しとくって事でいいんだよな」
 鴻は放たれる毒針を掻い潜ってそり立つ蛇の巨体の下に潜り込むや、その最後の踏込と共に発勁へ転ずる。膨大な気力を一気に練り上げるその破軍によって、燃焼する気力の奔流は可視の風となって鴻を包み込む。狙いは頭部の下、人間の鳩尾の部位。跳躍した鴻の繰り出した空気撃は大木を折るような轟音と共に大怪蛇の巨体をくの字に曲げた。
 大きく下がった頭部に、機を見た琥珀達は一斉にとびかかり、撃ち込まれた幾多の斬撃は蛇を挽き肉に切り刻む勢いで瘴気の塵へと還していた。
 すでに日が傾き始めている。
「しっかし、広い森だなー」
「今日は野営して、また明日の朝から捜索を続けるとしましょう」
「よし、食事作りは任せてくれ」
 そう言ってニクスは背嚢から材料と秦包丁、そして調理器具セットを手際よく取り出すのだった。

 翌朝、葛籠は日の昇る前に目を覚ました。
 夜はさすがに冷えたが、寝るまで火を囲んでみんなと居ることが出来て楽しかった。空が徐々に白ずんでくる。差し入る日の光に、森が夜のあいだ含んだ露を輝かせてきれいだった。白い日の中を、遠く何かが飛んでいる。ルシールも起きてきた。
「おはようございます」
「うん、おはよう。……あそこ、何か飛んでる」
「ふむ……どうやら、グリフォンですね。これくらいの森であれば、居てもおかしくはありませんか。広い森です。地図を作っていましたが中々、水場くらいしか書き込めるものもありません。同じような木々の様子が延々と続いているようで、季節を越すたびにそれも変わるでしょう。それだけに、件の騎士が興味深くもありますが」
 再び、八人は三班に分かれて森の中を進んでゆく。ちょっかいを出してくるケモノを払いながら、ひたすらにただ歩く。エリスはフルートを奏でている。澄んだ音は、森を抜けるようによく響いた。やがて日が高くなったころ、川に沿っていたユリア達の前に湖が広がった。川の流れはこの湖に注いでいる。その湖畔で、一人の男が釣りをしている。ずいぶん大柄で、布を巻いただけのような半裸の格好でいる。熊みたい、とユリアは思った。ユリアの聞いている風貌とも合うようだった。
「釣れる?」
 男は黙って傍らのびくを指さして見せた。入れられたばかりのような魚たちが勢いよくはねている。
 やがてニクスの合図に気付いた他の面子も駆けつけてきた。
「初めまして! パルシヴさんですよね?」
「……違うと言ったら」
「ゼムクリンの騎士様はそんなつまらない嘘はつかないわよね」
「ふむ」
 パルシヴは釣竿を置いて立ち上がり振り向いた。やはり大きい。長身のニクスよりさらに頭一つ高いようだ。伸ばし放題にしている髭も相まって、ますます熊に見える。その体格と風貌もさることながら、ブリジットにはその眼の色が注意を引かれた。濃い灰色の瞳は、こちらのあらゆるものをうかがうような色であり、ジルベリアの犬や狼を思わせるような、どこか獣染みた色だった。
「蛇のアヤカシを仕留めたようだな。一応、礼を言っておこう。場合によってはこちらが手間をかけねばならなかった」
「見ていたのですか?」
「いや、聞いた……用件を聞こう」
「お城の人が、人手不足で困ってるそうです。すぐに戻ってあげてください」
 パルシヴは苦いような顔で顎髭をなでていたが、やがてちょっと意地の悪いような顔をしてみせた。
「……なるほどな。いかにも、俺がパルシヴだが。しかし、お前たちの言が嘘でないことを証明できるか。生憎、我々をだまそうとするような者にも幾らか心当たりはあるのでな」
「おう、持ってきてるぜ」
 琥珀はそういって手紙を取り出した。丁寧に封蝋されているその手紙を見て、用意の良いことだ、とパルシヴはやはり苦い顔をしてそれを受け取った。
「ケイ殿か。どれ……直ぐ戻れ。さもなくば」
「さもなくば?」
「……」
 パルシヴは渋い顔で手紙を丸めた。
「やれやれ、お前さん方のおかげで戻らなくてはならなくなった」
 観念したらしいパルシヴは、少し休んでゆけと勧め、そのくせニクス達の食糧をいつのまにか一緒に囲んでいた。
「火を使っているような痕跡がありませんでしたが。煙も」
「ここでは最低限しか使わんのだ。火を嫌うケモノは多いのでな」
「しかし夜は焚かねば冷えるでしょう」
「知り合いの熊のケモノの穴に厄介になればよい」
「えー」
「ここへは何しに来たんだ? 用があるなら手伝うけど」
「幼少から森の中で育った。この森では無いが。城よりは、こうした場所の方が性に合うのだ。用がまったく無かった訳ではないがな。なに、それも済ませた」
 そんな様子で食糧を口に放り込むパルシヴを眺めながら、ブリジットはつくづく思うことがあった。
「パルシヴ殿を見ていると、父を思い出します」
「ほう。それはまた、よい父上なのだろうな」
 父、そして兄は傭兵や戦士ではあれ騎士であるかといえば、特にその精神的側面から言えば疑問符がつくだろう。そうしたものは必要なのか。おそらく、必要性の尺度を持ち出すことからして、馴染めてはいない。そう、おそらく、私も。
「興味本位で聞くのですが……あの蛇のアヤカシのように、この深い森に住むアヤカシがすぐに人里へ悪さをするわけではありません。そうしたものを、貴方はどうされますか」
「放っておけばよいのではないか。俺はこの世のアヤカシを全て根絶やしにしようとは思わん。出来れば良いが、俺には出来んからだ。俺は俺の周囲と、俺に助けを求めるもの、助けを必要とするものを守れればよい。それにな、この森でも俺より強いケモノなど幾らでも居る。そうしたものまで守ろうというのは、おこがましい。気高いケモノは多い。それを傷つけようとは思わん」
「貴方がせずとも、開拓者に任せてしまえば良いと考えたことは?」
「現に、俺自身の周囲で俺の力を必要とする状況が存在するのだ。それが全てではないか」
 そうですか、とブリジットは瞳を閉じてよく考えている風だった。そんなブリジットに代わるようにして、エリスが口を開く。
「お話は私にも興味深いものがあります。私も未熟ながら隊を預かる身。隊の者たちを知る上でも、同じ志を持つ方にお尋ねしたいのですが、パルシヴ殿は何がきっかけで騎士になられたのでしょう」
「なりゆきだ」
「なりゆき?」
 エリスは拍子抜けするような思いだった。
「当時の俺という若僧が何から何まで己の意志でその道を歩み始めたとは思わん。ものを考えるのも、得意では無かったのでな。家系、志体、出来事……周囲の状況が、俺にその道を歩ませたのだろう。しかし」
 パルシヴはよく言葉を選んでいるような様子だった。
「しかし、今なおその道をゆく理由はある。理とは、俺にとっては常に先立つ肉体に遅れてやって来るものだった。騎士になった理由よりも、騎士でいる理由の方が真に近いと、俺は思いたいのだがな。……喋り疲れたな。人間と話すこと自体久しい。そろそろ行くか」
 釣り上げていた魚をその辺りに放って、パルシヴはどこぞに置いていたらしい服、鎧を身に着け始めた。
「あの魚は?」
「別れの挨拶代わりだ」
 やがてすっかり仕度を終えたパルシヴの姿に、エリス達は目を見張った。その堂々たる体躯に身につけられた鎧はいかにも重厚な趣を湛えており、緋の外套は鉄の上を壮麗な輝きで覆っていた。髭も整えたらしいその姿は、或いは美丈夫と呼んでも通るだろう。
「改めて御礼申し上げる。私も己の責務へ戻ろう。これからの季節、ゼムクリンも活気づく。平穏なれば催しもあるだろう。そのときはぜひ持て成させて頂こう」
「剣と槍の持て成しでしょうか?」
「闘技会であれば、たらふくにな」
 パルシヴの心底愉快そうな笑いに、ルシールたちもつい釣られて笑わざるをえなかった。