|
■オープニング本文 グルボイ地方、都市ゼムクリンにおいて催される闘技会はこの地を治める、平素質実を以って是とする騎士たちにとり最もはれやかな舞台になっている。 開催の日が近づくにつれ人々は競技場、観覧席の設営や騎士たちの用いる武装の準備、また婦人たちは自分を美しく着飾る衣装を求めて活気づく。闘技会は騎士のみならず観衆をも興奮に駆り立てる娯楽だった。 騎士あるいは戦士であるならば、ゼムクリンの者のみならず広くその参加は許され、むしろ観衆には異国より飛び入る強者を歓迎する風さえある。 故にあらゆる人々の交じり合う闘技会は多くの出会いの場でもある。試合場では旧友に再会することも、また新しい友人を作ることもあった。また、そこは男女の見合いの席にもなった。 むろん、それらの出会いが好ましいものに限られる訳ではなく、たとえば試合そのものが流血沙汰へと繋がる禍根となることも、往々にありはしたのだが。 城内。グルボイ伯メイエルゴリトと騎士ケイの姿。 「ここのところ、アヤカシ達の討伐に追われ危惧しておりましたが、なんとか、あらかた片付いて例年通り開催することが出来そうで何よりです。……なにか?」 「いや、常日頃騎士の責務を第一と掲げる貴殿も安堵の息を吐いたかと思ってな。冗談だ。そんな顔をするな」 「は」 「この時節になると心も踊るが、それだけにこの高鳴りを共有出来なかった者たちのことも偲ばれる。今年に入り二人逝ったな」 「我らの常とはいえ、慣れませんな」 「慣れるべきではない。それを常ならざる非常とする世のために我らは剣を取っている。……開拓者にはずいぶん助けられたようだ」 「彼らの助力がなければ、おそらく二人では済まなかったでしょう」 「今度の闘技会には開拓者も正式に招く」 「開拓者は剣を持つものばかりではありません。魔術師、のように」 「参加の仕方は好きにさせればよい。騎士たちにも経験になるだろう。それだけに、出来れば我が息子にも参加してもらいたかったが」 「アストル殿の遠征は、生憎間に合いませんな。……エレナ様は、いかがです」 「娘とはもうまともに口を交わすことはない。観戦に出向くよう伝えてはあるが。顔をあわせても互いに上辺の言葉をかけるばかりだ。何を考えているか、土台男親には分からん。……侍女達の話ではこの頃、明け方なにかに祈るような姿を見せることがあるらしい」 「……それは。穏当ではありませんな。何に祈っておいでか」 「それこそ、神にではないことを祈るばかりだ」 |
■参加者一覧
鬼島貫徹(ia0694)
45歳・男・サ
八十神 蔵人(ia1422)
24歳・男・サ
ユリア・ソル(ia9996)
21歳・女・泰
ウルシュテッド(ib5445)
27歳・男・シ
ヘルゥ・アル=マリキ(ib6684)
13歳・女・砂
ヴァルトルーデ・レント(ib9488)
18歳・女・騎
ブリジット・オーティス(ib9549)
20歳・女・騎
エリアス・スヴァルド(ib9891)
48歳・男・騎
レオニス・アーウィン(ic0362)
25歳・男・騎
エドガー・バーリルンド(ic0471)
43歳・男・砲 |
■リプレイ本文 ●ゼムクリン ウルシュテッド(ib5445)達の眼前には城塞都市ゼムクリンをぐるりと取りかこむ高い囲壁がそびえ立つ。開け放たれた門を多くの人々が行き来し、門の奥をまっすぐに抜ける通りには出店も並び、いかにもにぎわいを見せている。 競技会場は囲壁の外に設営されている。円形の競技場は日の光を受け乾いた土を白く輝かせ、観覧席はそれを階段状に囲み、風が吹くたび色鮮やかな旗が翻り、競技場の奥には出場者の控え場となっている天幕が数多く張られ、その至る所に槍や剣が林立していた。 「なるほど。たしかに騎士たちの街、といった風だな。どう思うヘルゥ」 ウルシュテッド自身、幼少より騎士の家に馴染んだ者としても興味のひかれるところである。傍らには彼の姪の友人であるヘルゥ・アル=マリキ(ib6684)がいる。長身のウルシュテッドと並び立つとその小柄な体が一層際立つヘルゥであったが、しかしその眼は新しい街、そしてきたるべき戦いへの期待にかがやいて見えた。 「うむ! さすが、ジルベリアの戦士達が集まる場所なだけあって勇壮な気配じゃなテッド兄ぃ! どんな勇者に会えるか今から楽しみじゃ」 「はっは。よく申された、砂漠の騎士殿。やあ、知った顔もあって何よりだ」 「おお、でかい男じゃ」 知った声にユリア・ヴァル(ia9996)が振り向くと、そこにはゼムクリンの騎士パルシヴが相変わらずの大きい体躯をして立っていた。 「あのとき以来ね。ちゃんと森から戻っていて安心したわ」 「おかげさまで働かされている。……ふむ、どうしたブリジット殿。何やら浮かない顔ではないか」 「あ、いえ。なんと言いますか」 ブリジット・オーティス(ib9549)はばつが悪そうな顔でいる。ブリジットには同じく騎士である父がいる。そんな父からつい先日届いた一通の手紙。 『わしが中央で娘を自慢できるように闘技会で暴れてくるがよい。わしの可愛いブリジットなら闘技会の花となることも容易いだろう』 がっはっは、と高笑いでも聞こえてきそうな文面であった。親ばかなのである。 「ならば迷うことはあるまい。父御の為にもこの場で存分に武勇を誇られることだ」 がっはっは。脳内でシンクロする高笑い。この男も或いは父と同種の人間なのかもしれない。 『追伸。婿も見つかるかもしれん。一石二鳥だな!』 せつなさしか湧いてこない。あの父が欲しがっているような脳筋の跡取りとは或いはこういう男なのか? いやあ。 「パルシヴも競技には当然出るんでしょう。私は馬上槍試合に出たいのだけれど。どう、一緒にデートでも」 「婦人の誘いは断れんな。望むところ、楽しみにしている。向こうに騎士たち、そして我らの仕えるメイエルゴリト伯も居られる。引き合わせよう」 「おう、グルボイ伯。これは有難い。ぜひともこの名、この顔を覚えてもらわねば」 「鬼島の旦那も精の出るこったな。こんな押しの強い商売人が横で売り込んでたんじゃ、俺なんぞは簡単に押しのけられちまう」 「何を言う。かく言う傭兵という者は誰よりも早く己の飯の種を嗅ぎ付けるではないか。大方、この地へもその手の臭いに誘われてやってきたのだろう。油断ならんわ」 「さぁて、そいつはどうかね。まあこれ以上はお互い様としとくさ」 しばし視線を交えた後、鬼島貫徹(ia0694)とエドガー・バーリルンド(ic0471)は互いに哄笑した。 ● いでませよ 誉れ高き戦士の面々 意気高らかにいでませよ 競技は単試合から開始された。 (誉れ、か。我が家はそういったものとはどうしても縁遠く在るな) 出場するヴァルトルーデ・レント(ib9488)は控えの天幕に用意された武器を物色していた。 競技場の方から、笛や太鼓の音に伝令官の口上、観客たちの熱気が伝わってくる。それらは日向を行く者に浴びせられるものであり、代々レント家の負った責務というものは、おそらくそれらの背に不可避に暗澹と浮かび上がる影を踏み歩くものである。しかしヴァルトルーデがこの闘技会に一人の騎士として静かに胸を高鳴らせているのも、確かであった。 用意された武器を眺める。剣、槍、斧、槌、フレイル、モーニンスター、棍、刀、十手、手裏剣、煙管……? そのほかにもガラクタにしか見えないようなよくわからない物の数々。 「…ずいぶん品ぞろえがいいな」 「城下の鍛冶屋や工房ギルドが納めたものだ。趣味人やら天儀かぶれやらが多いようでな。必要以上に集まって置き場に困る」 嘆息する騎士ケイの言葉を背で聞きながら、やがてヴァルトルーデはその内の一つに目を留める。自身の持つサイズ「モウイング」より一回り小さい大鎌である。内にはしる刃は丁寧に潰されている。 「これでいい」 倒れた騎士の首元の地に、ヴァルトルーデは大鎌を深々と突き刺した。 「…まいった」 歓声がわき起こる。メイエルゴリト伯も、貴賓席で拍手を送っている。 「レント。なるほど、処刑人の家系であったか。やはり開拓者というものは個性に富む。それだけにこの場に息子の居ないことがやはり悔やまれる」 「御子息があられる」 「そう、生憎遠征に出ていて間に合うまい。居れば知見を広めるよい機会になっただろうが」 伯と貫徹が言葉を交わしている場からやや間をおいた席で、エリアス・スヴァルド(ib9891)は周囲を見回した。他の観客席より高く据えられた貴賓席からは多くを見渡すことができ、しかしそれだけに、よく出来た劇場を前にしているような心持ちになってくる。 観客の歓声が遠ざかる。厚みのある雲から時折差し入る日の光に視界が明滅し、時間の感覚が曖昧である。不意に朦朧する感覚の中で細切れにされた短い時間は、眼前に実存する景色を映像へ、映像から平面的な一枚絵へと順次落とし込んでゆく。 それはひどく壊れやすい絵に見えた。 「酔ってらっしゃるの」 気づけば目の前にタムタリサがいた。 「祭りには酔えない風でいらっしゃるのに。酒には酔うのかしら」 「……貴方は四六時中酔っているようだが」 「愛ほど人を酔わせるものはありませんもの。お分かりでしょう」 愛。相手の死という事象は、この女にとっては結末ではなく、永劫への転化だった。それを誠実と呼ぶか、詭弁と呼ぶか。いずれにせよ何らかの答えをこの女は与えてくれるのではと、エリアスには思われるのだった。愛を失った者の、無明の闇にも似た度し難い孤独というものを払う、その答えを。 剣戟の音にレオニス・アーウィン(ic0362)は耳を傾けている。鉄を打つこの粗野で激しい音を、ともすれば心地よいものとして捉える自分もいるのが少し可笑しかった。 「レオニス様は出場されないのですか?」 「ええ、またの機会に」 無論、レオニスも騎士として惹かれるものは多分にあるが、このような、衆目のなかでの華やかな舞台というのはどうにも苦手である。大人しく観戦を楽しむことにしている。そうして観ていると気になる騎士がいくつか目につく。そのうちの一人は名を伏せ、さらに兜を終始かぶりっぱなしであるために顔も分からない。しかし、次々に勝ち続けるその姿から中々の腕であることは確かである。やがてこの騎士と、モルドゥムが当たった。 結果モルドゥムが敗けたが、レオニスにはその戦いにいささか腑に落ちない所があった。モルドゥムは観覧席のレオニスに気付くと、挨拶をしに寄ってきた。 「先日は、どうも。生憎負けを喫しました」 「手を抜いたのではないか」 伏名の騎士とモルドゥムはレオニスの目にはそれまで互角の打ち合いを演じていたはずである。しかし、鍔迫り合いになって二人が至近に密着した後、モルドゥムの動きが急に精彩を欠いたように見えた。 「いえ、相手が上手であったというだけです」 「何者かな、あれは」 「私の口からは。ただ、直ぐにお分かりになると思います」 「よう、騎士のお二人さん。調子はどうだい」 振り向けばエドガーがいる。競技にはやはり参加するつもりはないようで、気楽にあちこちぶらついているように見える。 「モルドゥムです」 「エドガーだ。若いのに有望だってそこらで聞いたぜ。それに見な、麗しい騎士様が二人並んで話してるもんだからご婦人方の視線も集めてるじゃねえか」 「私などは」 「今しがた剣を振るっていたモルドゥムに対しては、そうでしょう。私には妻もいる」 「獲れるもんは獲っとくに越したことはねぇがな。まあいいさ。たしかに、女ばかりは勘定が出来ねぇ。次の試合が始まるらしいな」 ヴァルトルーデと伏名の騎士との戦いになった。この両者がこれまで最も勝ちを得ている。 「ヴァルトルーデ・レント。……貴公は名乗られる名を持たぬのかな」 「この試合が終われば改めて名乗ろう」 若い男の声としか分からない。 「ならば、その前に私がその兜を脱がせてみようか」 「出来るものならな」 振りかざした大鎌が、死の手の如く騎士を誘う。その独特の間合いを測るように騎士はしばし土をにじっていたが、ついにその円周のなかに飛び込んだ。薙がれる鎌の軌跡と騎士の突進の軌跡が交差する。勝敗を大きく左右するその一瞬の接触は、鈍い鉄の衝突の音と共に、騎士の差し入れた剣と鎌の柄で鍔競り合う両者の姿を導いた。本来、先の一瞬を以って致命とさせるヴァルトルーデには不利の形である。 「なまくらの鎌を持った処刑人か。少々滑稽だな」 「同意だ。が、少々油断が過ぎるのではないか」 鍔迫る接点を中心に、鎌を一気に旋回させる。重量のある鎌の先端を後方に回し、入れ替わりにその遠心力をすべて受けた石突が、地に低く身をかがめたヴァルトルーデよりユニコーンヘッドの鋭い刺突となって繰り出される。 刺突の入る寸前、騎士の身体より金色のオーラが激しく噴出するのをヴァルトルーデは視た。鉄の鎧による守りを、さらに堅牢なものとする騎士という者が纏う闘気。放たれた刺突は鋭く肩を打つも決定打とはならず、騎士の返す剣が届く前に、ヴァルトルーデは鎌をおろした。 「私の負けだ」 「真剣であれば違ったろう。初合の一撃で、私も無傷では済んでいない」 そう言って騎士は兜を脱いだ。短い金髪が汗に濡れて光り、そのやや鋭く力のある瞳は、濃い青色をしていた。 「アストル・メイエルゴリト。騎士たちから開拓者の話は聞いている。これからも貴殿のような者に助力願いたいものだ」 どっと湧く歓声のなか、アストルは貴賓席の元へと歩み寄った。メイエルゴリト伯がそれを立ち上がって迎えている。 「アストル! いつ戻った」 「つい今朝方に。アヤカシの討伐が思いのほか早く片付いたので、龍を借りて急いだのです」 「隊の者たちを置いてか。まあいい、今度ばかりは大目に見よう」 決勝はこのアストル、そしてウルシュテッドとの戦いになった。ウルシュテッドもまた、そのシノビの独特の動きによって騎士たちを次々と手玉に取り勝ちをあげていた。 「伯の御子息だったか。さて、こういう時どうすべきか」 「手を抜くのは勝手だが、その程度の男と見る」 「それも面白くないな」 絶え間ない、鉄の音の連なりが会場に響き渡る。ウルシュテッドの両の手に握られた一対の短刀が常人にはおよそ把握しきれぬ速度と手数で振るわれる。しかしそれは未だ極みにあらず、なおその速さを徐々に増してゆく。アストルもその攻撃についてゆくが、剣のみで弾いていたのを籠手、肩当て、そしてオーラによる防御もまじえてと少しずつ捌ききれなくなってくる。やがてオーラを纏い、被弾の覚悟で決定打を打ち込んできた。受けるわけにいかないウルシュテッドはシノビの俊敏さでそれを躱している。アストルはなお緩めず、剣を振るう初動でウルシュテッドを動かすと、即座に剣筋をひるがえして一撃を入れてみせた。 しかし、その手のフェイントはウルシュテッドの土壌である。素早い動きが不規則性を帯びてゆく。右と思えば左、時に地を這うように至近で死角から死角へと移るそのシノビの奇闘術の動きに、アストルの視線は追いつけなくなってゆく。そしてわずかな時間、完全に視界の外へ消えたウルシュテッドを追って大きく振り返ったとき、不知火の炎がその視界を埋めた。 「天儀のシノビの技だ」 炎の払われたとき、ウルシュテッドはアストルの首筋に短刀を構えその背後に立っていた。 「妙な心持ちだ。手品でも食わされたような」 「暗殺術と呼ぶべきものだからな」 「なるほど。完敗だ」 勝利の栄冠はウルシュテッドに与えられた。 競技の合間、ウルシュテッドやヘルゥ達は街にくりだしていた。さかえているという印象ではないが、特別貧しい区画というのも見受けられず、治政は悪くない様子である。闘技会のためだろうが、人々はにぎわっている。 そして特ににぎやかな酒場に、八十神 蔵人(ia1422)がいた。 「はっはっは、ウルシュテッド様様やー。今日はわしのおごりじゃ楽しく飲もうやないかー!」 賭博で得たあぶく銭で景気よく飲んでいる蔵人であった。 「なんやレオニス、辛気臭い顔して」 「元々こんな顔なのだ」 そして何故か絡まれているレオニス。通りで歩いているところをたまたま捕まったらしい。 「あかんて、マジメすぎるのは。マジメか。羽目外す時は外さな」 「ふむ。まあ、同僚にそのようなことを言われることもあるが」 やはり真面目に返すレオニスだった。内心では感心しているのである。蔵人は度数の高い酒も含めてずいぶんな量を飲んでいる。これだけ飲んで参加する競技に支障をきたさない自信が、蔵人にはあるのだろう。 むろん、この予測ははずれることとなる。 ●騎馬槍試合 闘技会の華であるこの競技には騎士も熱をあげているようで、婦人と声高く言葉を交わす者の姿もあった。 ところがその騎士は競技場を馬でぐるりと一周するうちに、やたらめったらに婦人たちと言葉を交わしている。その様が中々面白く、貫徹の目に留まった。 「あの騎士は?」 「グウァル。我々騎士には自身に誓約を課し、それによって力を得る者も多いが、あの男は『私は婦人と言葉を交わした数だけ力を得る』などと公言しているような男です。優秀であることは確かでケイの後任にでもと思うのだが、ああした俗なところはどうにかならないものか」 「愉快な男ではありませんか。人間、その位の欲というものが見えていた方が安心というもの。一見して欲の無さそうなものが、かえって危ない。その程度の欲で咎められていては、我ら商人などは皆等しく地獄に落ちましょう」 「はっは、なるほど」 出場するユリアは裏で準備を整えている。鎧、篭手、兜。ユリアの女性の細身を重量のある鉄がすっかり覆う。 ケイの連れてきた馬をユリアは少し撫でてやって、軽く飛び乗った。馬は落ち着いている。 「身を隠して参加するか。まあ、そういった趣向はよくあるが」 「女だからって油断されるの、嫌なのよね」 「一人、ゼムクリンではない者で相当出来るのがいる。外部からの登用の機会でもあるのでな。私としては、それと貴殿の試合を見たいところだが」 「こんな時くらい仕事は忘れたら?」 「ふむ、悪い癖だ」 試合が進んでいくにつれ、目ぼしいものはおよそ四人に絞られた。ユリアの扮する騎士「フィル」、パルシヴ、グウァル、そして外来の騎士ガルヴィス。この四人が次々に勝ちをあげていく。 伯の長女、エレナも観覧に現れ民衆の注目を集めていた。ブリジットはそれを客席の端から、遠目に眺めていた。金色によく映える髪に、やわらかい骨を手頃に整えたような目鼻だち。肌はやや白すぎるようで、一見体が丈夫でないようにも見受けられる。また、彼女を含め貴賓席の婦人たちの色鮮やかな服飾も、ブリジットの目によく映った。視線をおろす。自分が身に着けるは無骨な鉄の鎧。ため息。しばしふける物思い。 ああしたものに羨望を抱かぬわけではない。しかし、今の自分が嫌いではないのも確かである。彼女たちのような女は伴侶が戦いに出たとき、それをただ待つのだろう。ならば自分は、その者の側に果ての戦場までも侍る、そうした生き方をすればよいではないか。 (麗しいこったねぇ) エレナとエリアスが言葉を交わしているのが見える。エリアスはあれで中々の垂らしなのかもしれない。せいぜい、懇意になってくれればこちらにおこぼれもあるかもしれない。 エドガーは会場内をうろついている。あちこちに顔を売り、情報を耳に入れる。性にも合っている。習性と呼んでくれてもいい。そしてその習性は、やはりある臭いを特にかぎ付ける。火種の臭い。 「ここの騎士は、神教派の魔術師の一族と長く小競り合いが続いていたのさ。騎士の方も、毒殺されたりと随分やられたらしい。しかしそれも、十年ほど前に騎士たちが一族の集落を襲って滅ぼしておしまい、さ」 今じゃもう平和なもんさ、とその男は笑う。確かに、その争いが続いていれば傭兵であるエドガーに仕事もあっただろう。しかし、平和という状態が怖ろしいほど長続きのしない不安定な状態であることをエドガーは知っている。 むしろ戦いや争いこそが、自然で安定な姿なのだと、そう思えるほどに。 (十年、ね。短けぇな。少なくとも火種が完全に消えるまでには、まるで足りねえよ) エドガーは一人楽しげに、再び雑踏のなかにまぎれていった。 やがて、ユリアとパルシヴの試合となった。 互いに突進する両者が柵の中央で交差する。突き出した槍は互いの盾に防がれ、木製部分が粉々に土のうえに砕け散った。凄まじい衝撃に、ユリアは兜の下で声を漏らす。手放しそうになる手綱を、なんとか握りしめている。 「槍を! 早く槍を!」 すでに柵の端に戻ったパルシヴは声高に槍を求めている。ユリアも、従士からすぐさま槍を受け取っている。 (長期戦は不利ね) それでも敢えて、ユリアは再度衝突を繰り返した。パルシヴの癖を見切るためである。 そして四度目となる衝突の前、柵の両端に向かい合ってユリアは高々と槍を掲げた。槍からは極地虎狼閣の白い気功が無常に立ち上っている。歓声が起こり、パルシヴもその意を察した。 「よかろう、ならばこの一撃を以って決しようっ!」 疾走と共に、パルシヴの肉体から激しく溢れ出る赤いオーラの奔流をユリアは見た。その赤と共に繰り出された槍の燃えるような激しさに、ユリアは兜の下で我知らず凄まじい微笑をした。すれ違う二本の槍。ユリアの槍が纏った白い気がパルシヴの左肩、槍を繰り出した逆手の意識が希薄となったその一点を、赤いオーラを掻き分け、押し開くように貫いていた。 直後、ユリアを襲った衝撃。盾を押し退け、脇腹に入った一撃に意識が遠のく。密閉された鉄の空間。息苦しさ。朦朧とする意識が取り戻されたとき、ユリアはかろうじて馬の首に身体を預けていた。振り返れば、パルシヴが土のうえに大の字になって倒れている。預けた体に馬の肌の帯びた熱を感じながら、ユリアは兜の中にまで反響する割れるような歓声を、長く夢心地に聞いていた。 グウァルとガルヴィスの試合は都合二十の槍を砕く死闘になったが、勝利を得たのはガルヴィスだった。この予期せぬ外来の騎士、そしてユリア扮する謎の騎士「フィル」の決勝に観客たちはおろか他の騎士たちも期待したが、ユリアはすでに試合をこなせる状態には無く、優勝はガルヴィスの手に渡った。 「ガルヴィスをはじめ、素晴らしい試合を演じた騎士たちに盛大な拍手を!」 メイエルゴリトが口上を述べ、その長女エレナが樹の冠を、貴賓席に高く差し出したガルヴィスの槍にかけている。 「ウルシュテッドとユリアで結局とんとんかいー!」 拍手に混じってそんな声が聞こえたりもした。 ガルヴィスが、ユリアの元へ寄ってくる。黒い髪に、黒い瞳。しかしその顔立ちは彫の深い、ジルベリア人らしいものだった。 「先ほどの戦いは見事だった。ぜひ貴方と戦いたかったのだが」 ユリアは初めて兜を脱いだ。長く蒼い髪が、風にさらされる。騎士たち、観客からも動揺の声があがる。パルシヴは笑っている。どこかでおよそ見当はついていただろう。 「私もよ。ただ今日はパルシヴとのデートが先約だったから。貴方とはまたの機会にね」 「心待ちにしています」 ガルヴィスという騎士は恭しく頭を垂れた。 ●団体戦 最終日には特別に開拓者とゼムクリンの騎士による団体戦が組まれた。 「私はアル=マリキの末子、戦士のヘルゥ。私と私の氏族の名にかけて、皆が十二分に満足できる戦にすると誓うぞ!」 「噂の新大陸の砂漠の民か」 「不思議な剣ね。あの小さな体で振るえるのかしら」 このグルボイの地において、天儀よりさらに関わりの薄いアル=カマルという異国の出立ちをしたヘルゥなどは特に衆目を集めているようであった。 参加する開拓者はヘルゥ、貫徹、蔵人、ブリジット。対してゼムクリンはパルシヴ、タムタリサ、モルドゥム、そして伯の嫡子アストル。対峙する面々は顔に笑みこそ浮かべているものの、戦いに臨む意気込みというものは自然と伝わってくる。 伯が、戦いの開始を宣言する。 そんな中ひとり蔵人は周囲と若干ノリが違う、というよりも足元がおぼつかない。 「えー、ゆるゆると適当に試合すればタダ酒タダ飯ちゃうのーやだー」 「うお、蔵人兄ぃ、酔っているのじゃ」 「クハハ、この地の騎士など酒に興じながら相手取るに足る程度ということか、さもあらん。いちいち盾に鎧にと身を固める騎士など何するものぞ、貝や蝸牛でもあるまいに。そのようなもの、この鬼島貫徹が薄氷を踏むが如く叩き割ってくれるわ」 そう言って煽りながら長大な宣花大斧を振るう貫徹の姿はいかにも悪の敵役という風が堂に入っている。祭などというものは盛り上がらなければ意味がない。貫徹は存分にヒールに徹する心算であった。 そんな貫徹の思惑通りというべきか、野次もまじりはじめた歓声のなか蔵人がふらりふらりと前に出ていく。 「はっは、興を介していると呼ぶべきか」 「興じるどころか、こいつ本当に酔っているぞ。目を覚まさせてやれ」 とりあえず一通り袋叩きにされる蔵人。 「いってええ! 酔い覚めたわ!」 「早いな」 軽く頭を振る蔵人。頭痛がするのは酔いのためだけではあるまい。こめかみに剣の柄入れやがったの誰だ。痛いわ。 「は、しかしこの程度せいぜい酔い覚ましか」 それまで殴られるままにしていた騎士たちの攻撃が捌かれだしている。騎士たちも徐々に剣筋に鋭さを増してゆくが、それに合わせて蔵人の動きも冴える一方でやはりことごとく捌かれる。 山岳陣と、個人の行使する技が敢えて陣と呼ばれるだけの堅牢さがその構えにはある。 「こんななまくらでわしを倒したけりゃぺネトレイターでも撃って来い…!」 「たいした酔っ払いだ。パルシヴ」 「いいだろう」 大剣を打ち込んでゆくパルシヴとそれを受ける蔵人の攻防に、観客は湧くよりむしろ静まってゆく。剣戟と呼ぶにはあまりに遠い、鉄と鉄の衝突するその粘性を帯びた異音が一合一合の打ち合いのたびに轟いている。 それをレオニスとウルシュテッドも見ている。たまたま、伯と言葉を交わしていたおりである。レオニスは感嘆の声をあげている。 「重そうな。大した膂力だ」 「膂力ではグルボイ随一でしょう。特にあれは竜狩りを己の目的としている。ただ、それだけに人間を相手にする技の巧緻さに欠けている。御覧なさい、ことごとく芯をはずされている。いや、それにしても見事だ。鎧も兜も技も、すべてジルベリアのものとは異なる。天儀のサムライとはああしたものか」 戦いは蔵人とパルシヴばかりではない。貫徹の大斧が振るわれるたび、呻るような音が観客席まで聞こえてくる。それを紙一重で軽やかにかわしていくタムタリサの姿に歓声があがる。 「どうされたのです鬼島様。このあいだ見た貴方の技はこのようなものではなくてよ」 「なんのことやら皆目分からぬなっ!」 「ブリジット姉ぇ、行くのじゃ!」 ヘルゥと連携して位置どったブリジットが盾を構え、モルドゥムとの距離を一気に詰める。身構えるモルドゥムに、ブリジットは盾の陰から抜いた宝珠銃を構えている。 (…こうした場では歓迎されないやり口かも) そう思いながらも引き金は落とす。こちとら父兄に送り出されてからというもの諸国遍歴修行の開拓者暮らしなのである。実戦派と呼んでいただきたい。しかし耳に聞こえるぶーいんぐ。世知辛い。 モルドゥムは咄嗟に盾を構えて防ぐも、その虚をついた攻撃のため防ぐ動きに固さが表れている。そこへ間髪入れず、銃を既に捨て抜剣したブリジットは盾に蹴りを入れる。体を崩したところへ振り下ろされた一撃を、モルドゥムはそれでもかろうじて剣で防いでみせるが、それもブリジットは見越している。 (さすがに、守りが堅い) 構えた剣ごと撃ち抜くソードブレイクの一撃を、ヒールに徹する貫徹よりもにぎやかなぶーいんぐを背に受けながら、それでもブリジットの体は躊躇なく繰り出していた。父さん、兄さん。ブリジットはたくましくなりました。 「レオニス殿、ウルシュテッド殿は、アル=カマルについては」 「精通している、とは言えないが足だけは軽い暮らしなもので。見知った相手もいくらかは」 「先ほどからどうやら、ヘルゥが気になるご様子」 「ずいぶん若いようだが、仲間との連携、戦術というものを主眼において立ち回っている。騎士たちは、個々人の能力においては他に引けを取るまいと私も自負しているが、ただそれだけに集団での戦いの術というものにはどうしても欠ける。あの少女にはそれがある」 「アル=カマルの砂漠は極めて苛酷な土地です。そこに暮らすにはどうあっても相互扶助、他者の力がいる。彼女たちのようなベドウィンはそれを理解し、何より尊ぶ。自然、戦いにおいてもその精神は反映されている」 「興味深いことだ」 敵と味方の攻防。押しては引いてを繰り返すその様は波のようでもある。およそ拮抗する戦力のなかで勝利を得るには、その波をどこかで打ち破らなければならない。その機を知ることが戦いの機智であり。その匂いを、ヘルゥは今まさに嗅いでいる。 「今じゃ! 皆行くぞっ!」 開拓者達が疾走する。獲物へ向かい一斉に疾走するその様は砂漠を駆ける砂狼に似ている。しかしそこから繰り出される連撃の激しさはもはや狼にも当たらない。故に「龍撃震」とその戦陣は呼ばれた。 ヘルゥの定めた狙いはパルシヴ。彼の火力はまさにヘルゥの呼ぶ「勇者」にふさわしい激しさであった。 「来るか!」 パルシヴの赤いオーラが噴出する。受けきる構えでいる。蔵人の打ち込んだ刃の跡を、即座にブリジットの剣が軌跡を再現するように追っている。叩き込まれた連撃はパルシヴの堅い守りを割りその体勢を崩させる。しかし、この連撃は二連にとどまらない。 「技を見せるのみの心算だったが血が滾るわ! 受けてみるか我が必倒必滅!」 貫徹の全練力が振りかぶった大斧に集約する。練り上げられる膨大な力の奔流は消費しきれなかった余剰を蒸気の如く貫徹の全身から放出し、その姿は覇気を纏った鬼そのものの形相をなしていた。 「これが鬼切の一撃よおおっ!!」 振りぬかれたその一撃に、差し入れた大剣の上から鎧を割られたパルシヴは苦しい笑みを浮かべている。 轟、と振るわれた斧の音に狼の唸り声がまじって聞こえる。そしてその唸りが青い焔を立ち上らせながら迫る大曲刀、長身のパルシヴの死角となる地表から繰り出されたヘルゥのアル・ディバインの一撃であると認め、称賛の念を覚えたパルシヴの意識はしかし、非情の断絶をもって暗転した。 わずかな沈黙。 「……し、死んだかの?」 「気を失っただけだ。この程度で死ぬ男であれば世話は無い。……しかし、戦いの最中に敵を気遣うというのもいかがなものだろうなチビ指揮官?」 そう言ってアストルはヘルゥの方に剣の刃をぽんと乗せている。顔には面白そうに意地の悪い笑みを浮かげている。 「何を! そちらの要であるこの男が倒れたのだ。勝負は決したであろう!」 「それは違う。確かにパルシヴの戦力は大きいが、それは致命ではない。未だ我々三人が残っている。いずれもが例え一人の生き残りとなっても死力を尽くせる騎士だ。戦いというのは、敵を全滅させない限り終わらない。これは、よく覚えておけ。手負いの敵ほど恐ろしいものはない」 アストルはヘルゥの目の前で土に剣を突き立てた。 「ただし、どちらかが負けを認めるまではな。我々の負けだ」 「むぅ、なんじゃ。どうにも腑に落ちん感じじゃ」 「よいではないか。向こう様がこう言っておられるのだ。見世物としても十分だったと思うぞ」 「貫徹兄ぃ、やけに機嫌がよさそうじゃ。だいたい、パルシヴを昏倒させたのはほぼ兄ぃの一撃じゃぞ。いささか本気出しすぎなのじゃ。あれでは貫徹兄ぃじゃなくて貫徹鬼ぃじゃ」 「はっはは、予定とは少しばかり違ったのだが、やはり全力を出すのは清々しいものよな!」 「どやー姉ちゃんたち見てたー? いかすやろわしー!」 そんな各々のなか、アストルは観客達に向かって声を張った。 「この戦い、我々が負けを喫した! しかし、どうか此度は許されたい。この負けによって我等はまた新たな鍛錬を積み、諸兄等の期待を受けきれるだけの働きを見せることを約束する。そしてその寛大をもって、勝者である彼ら開拓者に惜しみない称賛を送っていただきたい!」 「うむ、双方ともに見事な試合だった」 割れるような歓声と拍手のなか、メイエルゴリト伯が口上を引き継いだ。これにて祭りは終わったのだった。 言い終えると踵を返し再び戻ってきたアストルが言った。 「晩餐の用意をしている。剣と槍に依らない我々の持て成しも、どうか受けて行ってもらいたい」 その場には開拓者たちのみならず、この闘技会で活躍を見せた外来の騎士も呼ばれるという。 |