遠征と紅雪
マスター名:遼次郎
シナリオ形態: シリーズ
危険
難易度: やや難
参加人数: 10人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2013/07/06 02:04



■オープニング本文

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 ゼムクリン城、中庭にて。メイエルゴリトの姉弟。
「このようなところで。気分でも優れませんか」
「いえ」
「ではなんです。今にしても闘技会の間にしても、もう少し楽しいような顔をされてはどうです」
「槍や剣で、あんなめちゃくちゃに殴り合うことの何が楽しいのかしら」
「……まあ、そんなものなのです我々は。そこは大目に見て、愛想でも作ってさしあげなさい。その方が皆、安心する」
「余計な噂も、立てられない?」
「……」
「私が神教でも信仰しているのでは、と。皆思っているようだけど、そんなことないのよ。開拓者のエリアス殿には、色々と面白い話をして頂いたけれど。それがどんなものなのかさえ、私は知らないのだもの。ええ、たしかに。まったく無関係ではないのだけれど。……お父様はいまでも、私が何も知らないでいると思っているのかしら」
「十年前、騎士たちが神教会派の魔術師たちの集落を襲ったこと。姉上がそれを気に病んでいるらしいことは、私も薄々知ってはいました。大方、朝の祈りというのもそのとき亡くなった者たちへ向けてのものでしょう」
「きっとたくさん死んだわ。子供もいたはずよ。アストル、あなたはなんとも思わないの」
「それまでに騎士たちも、ずいぶん殺されたということです。やむを得ない」
「でも、この地に先に住んでいたのは彼等よ」
「およしなさい、それ以上は。ジルベリアを貶めることになる」
「ジルベリア。それがそんなに大事。ねえ、アストル。あなた変ったわ。ついこの間まで姉上、姉上って私のあとについて歩いていたのに。それが今ではアヤカシに、きっと人にもその腰にぶらさげた剣を振ることも出来るのね」
「変わらなければなりません。我々はこの地の民に対し責任がある。我々は万能ではない。十のために一を捨てることも、やむを得ない。為政などは。貴方の着ている服も、口にする物も、すべてその民から与えられたものです。報いなければならない。そう、責任がある」
「お父様やケイが聞けば泣いて喜ぶでしょう。変わったわ、アストル。やはり男は父に似てしまうものなのかしら」
「姉上の憂いや美しさは、母上に似たのかもしれないと、私は思うことがあります。お顔さえ、私は覚えてはいませんが」
「……」
「……そろそろ晩餐です。中にお入りなさい。冬は過ぎたとはいえ、冷える」

 並んだ食事はパンに肉類が多かった。また、蔵人(ia1422)やヘルゥ(ib6684)にとってはボルシチの鮮やかな紅色などは珍しかった。他にも豆のミルク煮などといったものもある。もちろん酒も。
「天儀と比べるとジルベリアの食は粗末などと言われるが。この時期は新鮮な肉も食べられるのでな。召し上がって頂こう。―では、此度の闘技会での開拓者諸君をはじめ皆の勇姿と健闘に。乾杯」
 肉は鹿や雁など、野生のものが多い。騎士の誰かが狩猟で得たものかもしれない。
「今度こそほんまにタダ飯にタダ酒やー!」
「なに、食の粗末さでいえばアル=カマルも負けておらんぞ」
「なぜ胸を張るヘルゥ。時に、どなたかカッシングという名に覚えは」
 ウルシュテッド(ib5445)は周囲を見回してそう言った。それは以前に依頼で同行した女性開拓者の名だった。カッシング、とその名に応えたのは騎士ケイだった。
「その者なら少し前に訪ねてきた。カッシング。私の知己の名だが、その娘が生き延びていたとは驚いた。地方への騎士の駐在を融通した。ゼムクリンに留まるようにも進めたのだが、断られたな。やることがあると」
「そうですか」
 体格の良い騎士たちは口に放り込むように食べているが、それ以上に強い酒を水のように飲んでいるのをレント(ib9488)は眺めている。レントも酒は口にしているが、相変わらず顔に出ない。
「しかし、闘技会は開拓者の諸兄にやられたと言わざるを得ない。ここにいるパルシヴなど特に、貫徹殿やユリア(ia9996)殿には手痛くやられた」
「はっは、つまらん相手であれば当てる気にもならなかったが」
「勝負のみならず、ユリア殿には驚かされた。兜の下にこれほど美しいご婦人が隠れていたとは」
「あら、ありがとう」
「パルシヴ、以前より見知っていたのであれば何故私に教えない」
「黙るがいいグウァル」
「……そう、集った顔ぶれはいずれもこの地に留められればと惜しまれるものばかりだった。貴殿も、ガルヴィス殿。我々は常に優れた騎士の力を求めている。貴殿の腕は闘技会で見せて頂いた。聞くところによるとアヤカシのため故郷を失い、今は諸国を巡り歩いているという。ぜひゼムクリンの騎士となってその力を貸しては頂けないだろうか」
 伯の言葉に、ガルヴィスという騎士は落ち着いた顔つきで微笑してみせた。
「願ってもないお言葉です。しかし、私程度の者が皆様のお力になれるかどうか」
「そうおっしゃるようでは貴殿に敗れたこのグウァルは立つ瀬がありませんな」
「いえ、あれはあくまで試合。実戦での力を、何より求めておられるはず。その力を実際にお見せしないことには、お誘いを受けるわけには参りません」
「なるほど、道理というもの。では、次に遠征を必要とするアヤカシの報告が出た時には貴殿に同行いただく。そこでその腕を改めて見たうえで判断させて頂く。よろしいか」
「おそれいります」
 ガルヴィスは深く頭を垂れた。
「報告はすぐに入るだろう。明日にでも。そのアヤカシの数や程度によっては開拓者の方々の助力も頂きたく思うが、いかがかな」
「そいつは、わざわざお聞きになる必要もないことですぜ。開拓者で食ってる身、ご依頼はなんなりとお受けします」
 頂けるものを頂きさえすれば、とウォッカを旨そうに飲んでいたエドガー(ic0471)は、笑ってそう言った。
 食後、席をたったレオニス(ic0362)とブリジット(ib9549)の元に、騎士モルドゥムが寄ってきた。
「遠征に同行されるのであれば、あのガルヴィスにご注意ください」
「どういう意味だ?」
「……上手く、ご説明出来ません。胸騒ぎがするのです」
「実直な方、という印象でしたが。先ほどはエレナ殿と積極的にお話されていたようで。エレナ殿は若干、面倒な様子でいらっしゃいましたが。何か心配であれば、モルドゥム殿も同行されては」
「はい、そのつもりでいます。……ともかく、お気を付け下さい」
 怪訝に思う二人を残し、モルドゥムは足早に広間を去って行った。


■参加者一覧
鬼島貫徹(ia0694
45歳・男・サ
八十神 蔵人(ia1422
24歳・男・サ
ユリア・ソル(ia9996
21歳・女・泰
ウルシュテッド(ib5445
27歳・男・シ
ヘルゥ・アル=マリキ(ib6684
13歳・女・砂
ヴァルトルーデ・レント(ib9488
18歳・女・騎
ブリジット・オーティス(ib9549
20歳・女・騎
エリアス・スヴァルド(ib9891
48歳・男・騎
レオニス・アーウィン(ic0362
25歳・男・騎
エドガー・バーリルンド(ic0471
43歳・男・砲


■リプレイ本文

 色を持たない、白々とした朝だった。
 城にもたらされた情報によれば、半日ほど掛かる場所にある山を背として、その麓におよそ三十という数のアヤカシの群が巣食っているという。直近の村にもまだじゅうぶんな距離はあるが、その数からしても早々に取り除くべき脅威には違いない。
「闘技会では開拓者に譲ったが、今度はそうはいかん」
「退いては我が氏族の名折れ、私は出るぞっ」
 騎士と開拓者とで赴くにも手頃だと、騎士やヘルゥ・アル=マリキ(ib6684)などは足早に遠征の準備に取り掛かるのだった。
 ヘルゥの弾むような背を見送りながら、ウルシュテッド(ib5445)と八十神 蔵人(ia1422)は回廊の一隅で立ち止まった。モルドゥムがいる。彼が何か不安を抱えているらしいことを、聞いていた。
「そういう勘はわしは杞憂とは思わん…。ここ、血生臭い土地でもあるしなあ」
 蔵人はこの地の騎士と、神教系の魔術師たちとの争いのあったことはエドガー・バーリルンド(ic0471)から聞いている。また蔵人の北面にある実家は東房の強硬派の僧達と争った経験を持ち、自然、そういったものが極めて長く尾を引くものであることも知っている。
 蔵人は自分たちが先だって現地へ偵察に赴くことを提案した。
「何かあったら儲け、無かったらわしらがちと功を焦った、でええわ。それとなくガルヴィスには伏せて、ケイやアストルには上手く伝えといてや」
「分かりました。お心遣い、痛み入ります」
 そう口にするモルドゥムを、ウルシュテッドはその緑色の瞳で眺めていた。
「しかし、こう度々遠征に引っ張り出されていたのでは騎士たちも手が足るまい。特に、ここのところ魔将という厄介なモノも現れているのでなおさら、な」
「おっしゃる通りです。だからこそ開拓者の方々に助力頂いていますが、これはこの都市の経緯にも依ります。グルボイ全土の治安よりも、まず帝国の治政の確固たる拠点足らしめるために一点に力を注いだ…。それもここ数十年で落ち着き、この先はより地方全体に行き届く治政が必要であることは確かです。このことは、機会を改めて」
「そうか……俺も蔵人と行く。では、現地で」
 レオニス・アーウィン(ic0362)はその場に留まった。自分は、騎士たちと同行するつもりでいる。
「聞けることがあれば、聞くが」
 モルドゥムはうつむいていた顔をあげた。その表情にはどこかつきつめたような色があるのが、レオニスは気にかかっていた。
「……レオニス殿は、己が騎士であることをどう思われていますか」
「漠然としているな」
「すいません」
「どうだろうな。私などは、旅に暮しておよそ忠義を尽くしているとは言えない身かもしれないが。それでも、それを許してくださっている主には報いなければならないだろう。己の力が必要な時すみやかに捧げる。もっとも、土壇場にならなければそうした真価は、分かるものではないが」
「はい。……私も、そうありたいものです」
 浮かべてみせた微笑には年相応の無邪気さがあった。

「またよろしくね」
 ユリア・ヴァル(ia9996)は闘技会で乗った馬に再び跨った。馬は落ち着いて、少し頭を振るとその豊富なたてがみがはらはらと散っていた。
「祝宴の料理、楽しみにしておるぞーっ」
 霊騎にまたがってぶんぶんと手を振るヘルゥを含んだ遠征の一行を見送ると、残った鬼島貫徹(ia0694)は城のなかを眺めながら歩き回っていた。貫徹個人にはまた一つの目的があった。珍品の蒐集である。その各々の土地が生み出す、他には認められぬ価値を宿した品々。それを我が物とし掌中に据え置き、存分に愛でる。至福の時である。
「やあ、鬼島殿」
 回廊を歩いているとグウァルと出くわした。遠征には同行しなかったらしい。
「ガルヴィスの件もあり、ケイ殿が同行されましたからな。城を丸きり空にするわけにもいきません。執務などもある」
「なるほど」
 土地の物を知るには土地の者から情報を得なければ始まらない。このグウァルという騎士はパルシヴのような極端に武張った者よりは何かと知っていることもあるかもしれぬと、貫徹は思案しつつ言葉を交わしていった。
 ヴァルトルーデ・レント(ib9488)とエリアス・スヴァルド(ib9891)は広間でエレナと共に居た。城の使用人に供された茶のほのかな香りがしている。エレナも、同じ年頃のヴァルトルーデに対しては特に話もしやすいようだった。
「このように話せて、安心しました。だって、闘技会では鎌を枝みたいに振り回して、男たちを次々倒してしまうから」
「そればかりが取り柄なので、な。エレナ様はどうだろう。たとえば、料理などは」
「だめよ。誰も私に包丁も持たせてくれないもの。編物や刺繍はするわ。その台の敷物などは、私の刺繍したもの」
「上手いものだ」
 そんな女二人の会話をエリアスは黙って眺めている。手には茶がある、酒ではなく。茶などを落ち着いて飲むのは久しぶりのような気さえする。そうでもない気もする。気にもならぬ、他愛もない味がやはりする。他愛ない味に、取り留めもない会話の、そぞろな時間。意味さえ持たぬだけに、造作なく壊れそうで聞くでもなく眺めていた。特に、自分のような人間は。
「エリアス様には、闘技会で天儀の話などして頂いて楽しかったわ。また何か、お話して下さらない」
「……では、お見知り頂くため私のことなどまず簡単に」
 エリアスは努めて他愛なきよう、言葉を選びながら語りだした。

 馬の蹄に武具のたてる音。ブリジット・オーティス(ib9549)はそのなかで父や兄と森や山に赴いた日々を思い返した。
 騎士たちとの道中には自然、闘技会のことが話題にあがった。
「しかし、ブリジットの戦い方は観客には受けなかったらしい」
「手管の貴賎など瑣末な話。得るものに向かっているのであれば構いません」
「違いない。なに、観衆とはそういうもの。気にすることもない」
「いえ、元より一向に気にしていません。本当ですよ」
「はっは、たくましいことだ」
 男所帯じみた笑いのなかで、さして居心地の悪くないのはやはり父兄の影響だろうか。いいのかどうか。
「ガルヴィス殿は…仕官がなった暁にはゼムクリンに骨を埋めるつもりで?」
「無論、一身を捧げるつもりです」
「エレナには気があるのかしら」
 不意をつくようなユリアの問いに、ガルヴィスは苦笑してアストル達の様子をうかがったが、彼等は別段気にもしない風でいる。
「美しい方です。何も感じるものが無いと言えば、男として嘘になりましょう」
「姉はあれで強情なところがある。相手にするなら、アヤカシよりも手強いかもな」
 ユリアは笑うガルヴィスの瞳を見ている。恋とはどうしても己の手の届かぬ奥底から湧き上がる一種の熱量である。御しきれぬ、熱に浮かされた部分というものが、程度の差こそあれ必ず存在していなくてはならない。この怜悧な男の周囲をうかがう落ち着いた様子には、その瑣末な浮薄の色さえ、ユリアは感じない。
 真実、単に色恋であればよいと、ユリアは瞼を閉じた。そっとである。
「しかし、この行き先じゃ飯も酒もねえなあ、と」
 エドガーは広げた地図に視線を落としている。人気からは遠く、平坦な地形から入って、両脇に森を抱えるかたちの山の麓に向かっている。
(ちぃと嫌な地形だぜ)
 待ち伏せでもするには都合がいい。偵察に向かった二人は何か見つけるか、どうか。
「おうおう、うじゃうじゃしとるな」
 身を隠した蔵人が先の景色をうかがいつつ呟いている。報告に違わず、アヤカシの群れである。
「情報自体に嘘は無かったが……どないや、ウルシュテッド」
「聴こえる範囲にアヤカシ以外の気配はないが……。見てくれ、アヤカシのみのものではない」
「人間が通った痕跡か。新しいし、村人一番、二番、て感じでもないわな。待ち伏せがある、と見てわし等は動くか」
「……位置からして、アヤカシの向こうに回り込みたいな。時間が掛かるが。あの面子であれば、アヤカシには遅れをとるまい」
「決まりやな。よっしゃ」

 開拓者と騎士達は速やかにアヤカシの群れへと打ち掛かった。
「アル=カマルの軽騎兵術を見せてやるのじゃ!」
 駆け抜ける霊騎ラエドの背に一体となるほど身をかがめるイェニ・スィパーヒの姿勢から、ヘルゥはすれ違いざまにサバーガカラヴァにシャムシールを見舞ってみせた。名刀「ベイエルラント」はその名に恥じぬ切れ味でアヤカシの太い腕を切り落としたが、ヘルゥはそれを返り見ることもなくラエドを駆け再びアヤカシ達から距離をとっている。
 アヤカシの編成はサバーガカラヴァとゴブリンを中心とし、やはりその後ろには黒い鎧姿のディアヴォルの姿がある。
 その姿はレオニスもまた見覚えるものであり、未だ判然としないとはいえ指揮能力を有するあのアヤカシは叩いておくにこしたことはない。
 その道筋を開くべく、レオニスはゴブリン達を蹴散らしながら押し進み、二体のサバーガカラヴァに向かいジルベリア盾を構えて突進した。
「行け!」
 レオニスの背を騎士たちが行くなか、競り合うサバーガカラヴァも手にした巨大な棍棒を大きく振り上げた。その腕は山に木霊した一発の銃声のために動きを止め、逆にレオニスの振るった片手剣が水晶の輝きの軌跡を引いた。
「支援はさせてもらいますよ、と」
 後方にてマスケットを構えたエドガーは単動作の装填によってレオニスの周囲、さらに騎士たちに群がるアヤカシ達に向け次々と引き金を落としてゆく。乾いた銃声が鳴るたびゴブリンは倒れ、サバーガカラヴァはその動きを硬直させた。それを押し分け、騎士たちが進んでゆく。
「これだけ騎士様がいると壮観だねえ。楽な仕事になるかい」
 エドガーは心にもなくひとりごちていた。
「よーしいい感じじゃ! こらアストルそこじゃない敵の薄いのは右じゃと言うに!」
「いつの間にかチビ指揮官に使われる身か!」
 ヘルゥはアヤカシ達の陣形を乱して駆け回る。その中でよく位置を把握できるものだとブリジットは感心した。
 集団での肉弾戦はいい。皆の中で己を知覚する。飛び交う呵成に気も昂ぶってくる。
「その程度で私の前に立つかっ!」
 割るような気合で盾を押し切り、体を崩したサバーガカラヴァ目がけて振り下ろされた紅蓮の刀身は、その気合いに紛うことなくその肉を袈裟に断ち切った。
「おお、ブリジット姉ぇ凄い気合いじゃ。ラエドも震えたぞ」
 なだめるヘルゥだった。
 ユリアが槍を振るうたび神槍は重厚な輝きを放ち、その周囲にユリアの青銀の長い髪が水のように散った。耳には激しい剣戟、肉を断つ音。それら散り乱れてしかるべき戦いの音の中で、ガルヴィスの音のみが整然としている。それは強力な作為によって配置され、そこから踏み外すことを許さぬ冷徹さえ感じさせた。
 それは確信である。この男は強い。遠征までの隙に僅かに手を合わせたユリアは、この男は手の内を些かもさらしていないと。
 しかし、その整然たる音は突如として途絶え、冷徹が暴力的な反転を経て激情へと取って代わったかのように、ガルヴィスの剣が荒れ果てた軌跡で翻るのを、ユリアは見た。

「開拓者というのは耳も早いものでしょうか」
 グウァルは少しばかり苦い顔をしたが、隠し立てることもなく貫徹との会話に乗った。
 十年前、騎士たちによる魔術師集落の襲撃。これには年若かったグウァルも参加したという。後味の悪い仕事だった、とグウァルは言う。
「ならば話は早い。打ち明けてしまうが、俺の興味があるのは事の経緯よりも魔術師達の術具よ」
 異端と呼ばれた者たちの所有には相応の価値が宿ることがままある。貫徹はそこに目を付けた。
「成程、面白いところを。しかし、果たして残った物があるかどうか。私も何分若かった。当時は頭が回りかねたが、その類も伯やケイ殿が魔術師達と一緒に焼却してしまったと考えるのが妥当でしょう。仮に現存するとすれば、現地よりもこの二人が隠して所蔵しているか…。特に伯はそうした嗜好を持たぬでもないようだ」
「ほう」
 貫徹は思案に老けるように髭を少し乱暴に撫でている。
 そのとき、衛兵が慌ただしくグウァルへと駆け寄ってきた。
 エリアスは酒場にいる。やはり酒はいい。薬にしろ毒にしろ、利く。エレナは思いのほか話を聞いてくれた。同情はむなしさも呼ぶが、優しい人だ、とエリアスは思う。
 会話の後、許可を得て資料を手にこれまでのディアヴォルの出現場所をあらってみたが、出現はグルボイ全体に渡っている。しかし、これらを時系列に並べていったとき、その出現範囲が時間の経過と共に緩やかに移動しているようにも見えた。次の出現場所も絞れない漠然とした範囲と傾向だが、何かあるのか。
 酒場はただただ、雑然としている。年嵩の者をつかまえた。自分は外部の者だが、ここの騎士は十年前まで魔術師とやりあっていたらしい、生き残り等は居ないのか、と少しずつ会話を寄せていく。
「そりゃあ、騎士様方が生かしてはおかんでしょう。少なくとも私はそれらしい話はこの十年確かに聞かない。ただ、あんたは他所の騎士様だから言うが、まだ村には神教の抜けていない者が案外いる。そうした者が生き残りを匿っただとか、あのだだ広いシチェクの森のどこかにまだ生き残りが居るに違いないだとかいう噂は、そりゃああるがね。やはり、噂、噂」
 店の外が、騒がしい。火事か、とエリアスは気に留めない。しかしそれが騎士の邸から火が上がっているのだと知ると、すぐさま店を飛び出し、城へ向かって駆け出した。
 複数の騎士の邸から火が上がっているのを、ヴァルトルーデは大広間で聞いた。
「エレナ様は!」
 自室のはずと聞くや駆け出したが、途中でエレナの侍女が向こうから駆けてきた。息を切らしている。
「エレナ様はどうした」
「そ、それが、どういうわけかお部屋から急に飛び出して、こ、このような時に……」
「莫迦な、何故だ!」
 駆けるヴァルトルーデの胸の鼓動は不吉の予感に濡れていた。

 城内の男。
「騒がしいねえ。慌てちゃって可愛いもんだ。せいぜい騒ぐさ。騒いで歌え。それか踊れ。騒いだ分だけ楽しめる。静かでいるよかずっといい」

 翼の音。
 アヤカシの背後に出た蔵人たちが、自分たちの上をゆくグリフォンとそれを駆る男たちに気付いたとき、一瞬の静寂を覚え、そのグリフォンの行く先、仲間たちのなか、騎士ケイの胸にガルヴィスの剣が深々と突き刺さっていた。
 助からん、と漏らしかけたとき、モルドゥムとユリアがガルヴィスに打ち掛かり、隣のウルシュテッドがすでにシノビの疾さで向かったのを見、蔵人はただ歯を軋らせて土を蹴っていた。