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■オープニング本文 アル=カマルのベドウィン達にとって、都市と各オアシスを結ぶ交易路の管理は、自分たちの死活に直結したこのうえない生命線である。 それはアジズー達のような小規模な部族にとっても変わりないが、しかし最近になってその生命線上に無視できない厄介事が浮上してきている。 「アヤカシが増えたな」 十分な戦力を抱える部族であれば部族内の志体(ジン)を揃えて多少のアヤカシの群れならば狩ることも出来るだろうが、アジズー達の部族にいるジンの数は片手で足りる。そのためもあって、アヤカシやサンドワームといった危険からは商隊のガイドを務める時も含めて、とにかく逃げの一手なのであった。 逃げて、逃げて、逃げまくる。少しずつ発生するアヤカシ達。敵と呼べるのもサンドワームくらいといった環境の中、徐々に徐々にその数を増やしてきているのである。つい先日、そんな増えたアヤカシの隙間を縫うようなルートを取らせた挙句、サンドワームの縄張りも突っ切ってどえらいスリリングな思いをさせた商隊に苦情に加えてガイド料まで値切られて、押しなべて鷹揚な性格のアジズーの部族も気付いたのであった。このままじゃまずい。 商隊の不信をかえば砂漠で生きていくことは出来ない。かといって、自分たちの乏しい戦力でアヤカシ達を狩るのは心許ない話である。関わりのある部族に協力を仰ぐといったことも可能ではあるのだが、そうした見返りは高くつくうえ、借りをつくっておくのも何かと具合の悪いことである。そして協議の末、 「噂の開拓者を雇ってみるとしよう。アジズー、お前がついてけ」 「うん」 という運びになったのであった。 とはいえ、交易路上の増えたアヤカシ達を一度に片づけることは出来ない。ある程度目標を絞って少しずつ減らしていくほかなく、まずはその影響範囲と被害が広範におよぶイウサール・ジャウハラを討伐してもらうのがよさそうだと年長者たちは結論し、それを受けてアジズーは一人、都市の開拓者ギルドへと走龍を駆けるのであった。 |
■参加者一覧
羅喉丸(ia0347)
22歳・男・泰
レイア・アローネ(ia8454)
23歳・女・サ
スレダ(ib6629)
14歳・女・魔
ケイウス=アルカーム(ib7387)
23歳・男・吟
シリーン=サマン(ib8529)
18歳・女・砂
リドワーン(ic0545)
42歳・男・弓
アズラク(ic0736)
13歳・男・砂
サラーム(ic0744)
17歳・女・巫 |
■リプレイ本文 羅喉丸(ia0347)はラクダに水を積んでいる。部族の逗留するオアシスにはヒツジも放されていて、天儀の田舎とはまた違った、慣れない獣の臭いが少々鼻をつく。空を仰げば太陽がひたすら砂の大地を焦がし続けている。初めてではなくとも、この砂漠は常に苛酷に出来ている。 「では、よろしくお願いしますな。このアジズーを、お伴に。アジズー、しっかりな」 「うん」 「お任せください。自分もベドウィン、仕事の重要さは理解しています。アジズーさん、よろしく」 そんな調子で族長と滞りなく挨拶を交わしているアズラク(ic0736)をサラーム(ic0744)は、良い子ぶっちゃって、という思いで見ている。そうは思いながら、開拓者になって間もないアズラクのこれからが心配でいるのも確かなのである。二人は幼馴染だった。危ない依頼ばかりに行かなければいいのだけれど。 「何してるサラ、早く準備手伝え」 「わかってるわよ!」 そんなサラームの思いをよそに、アズラクはいつもの調子でいる。 開拓者たちの移動は主に部族に借りたラクダになるが、ケイウス=アルカーム(ib7387)は自身の走龍ルドラを連れてきている。ルドラはしきりに砂を蹴ってみたりと、少々落ち着かない様でもある。故郷に戻ってはしゃいでいるのだろうとケイウスは思った。アジズーも走龍を使っていて、二体の走龍は初めのうちは互いに威嚇したりと、少々落ち着かなかった。元々獰猛な性格の龍である。それでもやがて落ち着いた。 砂漠に出ると広大な地平がひろがっている。砂以外に目に留まるものといえば、遠くに見える岩場の起伏に、オアシスと思われるわずかな植物の影くらいのものである。 まずはアヤカシの捜索からである。時折、リドワーン(ic0545)が鏡弦によって周囲のアヤカシを探るために長弓を弾くのを、アジズーが覗くようにうかがっている。 「……気が散る」 「ん」 リドワーンが矢を放つと、何もないように見えた砂山が魚のように飛び跳ねた。砂に擬態したシュラムだった。 分からないものだ、とリドワーンは先ほどの部族の集落を思い浮かべている。ろくな戦力も持ちそうにない、あのような部族のガイドする商隊など、盗賊団に身を置いていたころはいいカモだった。そんな自分が今では人助けである。金のためだが。 土台、自分に出来るのは狩ることである。その対象が人だった事もあれば、アヤカシになることもあるだろう。 アズラク、そしてシリーン=サマン(ib8529)はバダドサイトを使って広大な砂漠に目を凝らしている。今回の標的である砂漠の竜巻、イウサール・ジャウハラはその姿さえ捉えることが出来ればその探索は難しくないだろう。 「アジズーさん、他にはどのようなアヤカシが多いんでしょうか」 シリーンは時折アジズーと会話も交わしている。自分と似たような境遇にあるのも、少し気にかかるらしかった。また、アヌビスであるシリーンと同じく、アジズーも灰色の毛にふさふさと覆われた耳をしている。 「色々いる。けど、岩場で特に増えてる。アクラブとか」 サソリ型のアヤカシである。 「リドワーンさんの様子だと、シュラムも大分いやがるようです。基本的には雑魚ですが、でけーのは津波みたいに襲って来たりと侮れねーです」 と、リドワーンが矢を放つのを眺めながらスレダ(ib6629)が言う。スレダはアル=カマルを行き交うキャラバンの一員でもある。砂漠歩き、ラクダの扱いなどはさすがに慣れたものである。 「あとは、んー、数は少ないけどナール・デーウとか、カスルゴーレムとか。こいつらは強いから、見かけたら僕たちはすぐ逃げる」 「たしかに、ある程度戦力を整えて当たらないと危ない相手ですね。……そう言っているうちに、今回の目的を見つけたようです」 シリーンはそう言って、緑色の瞳の先で砂を巻き上げながら奔る黒く細い影を指差した。 広大な地平と遥かな距離があればこそ、細く小さかったあの影は、しかし近づくごとに際限なく膨らんでいき、眼前に対峙した時にはすでに空を見上げるほどになっていた。 「この風、うざい…」 アズラクはイウサール・ジャウハラの中心に向かって吹く風にマントを激しくはためかせながら、防塵マスクの下で顔をしかめた。ベドウィンでこの竜巻アヤカシを面倒に思わない者はいないだろう。被害が広範に及ぶ上に砂嵐と共に現れることも多い。近寄ればあらゆるものを巻き上げ、或いは手当たり次第に攻撃する。そのくせ、竜巻の中心には核である宝石がきらきらと不必要に美しい煌めきをのぞかせている。 (力が強いってだけで粋がってるガキみたいじゃん) 「ルドラをよろしく、アジズー」 「うん」 相棒とラクダをアジズーに預け、開拓者は各々の位置取りに展開する。そんな中、スレダは竜巻の進行してくる地面にうずくまってぶつぶつと何やらいじくっていたが、それが済むと羅喉丸とアローネの背後にまわった。 やがて竜巻がちょうどその場所に差し掛かった時、地面に封じられたフロストマインの吹雪が爆風の如く地から吹き上がった。吹雪と竜巻は激しくせめぎ合った末、イウサール・ジャウハラはその場に動きを止めた。 「よし、仕掛ける」 「とっとと退いてもらうよ!」 すでにケイウスが詩聖の竪琴の弦を弾いている。一音一音においては意味をなさない。しかし特定の意思によって配列され奏でられたそれらの音は旋律という連続となり、その旋律は重力の爆音という目に見える力となってイウサール・ジャウハラに叩き付けられた。 攻撃を受けた竜巻は呼応するようにやたらめったらに真空刃を放ち出す。その矢面に羅喉丸とレイア・アローネ(ia8454)が立つ。巨大な盾を構えた羅喉丸の体からは八極門の気が立ち上っている。 「背中お借りするですよ」 「ああ」 背にはスレダをはじめとした仲間たち。明瞭である役割は迷いや躊躇を生むことなく、羅喉丸の足は確たる力で地を踏み放たれる真空刃を防いでいた。 意味。鳥のさえずりさえも絶え風の音のみが吹き荒ぶこの地であればこそ、人が生きるには自ら歌い奏でる他ありはしないのだろう。 (……音楽、か) 人並み、と呼ぶに多くを欠いた自分にとってそれがどれほどの意味を持つか。抱いた空虚なる念とは裏腹に、ケイウスの剣の舞によって得た確かな力を感じながら、リドワーンは矢継ぎ早に矢を放ち続けた。 後方より火縄銃を構え仲間たちの援護に徹するアズラクを含め、遠距離から絶え間なく放たれる開拓者達の攻撃に、竜巻は少しずつその回転の力を削がれ、やがてその風に覆われた核である宝石の、わずかなきらめきを覗かせるにすぎなかったその姿を露わにさせていった。 「よっし、今のうちー!」 砂流無の杖を振るい力の歪みを生じさせるサラームの攻撃を皮切りに、開拓者たちは一気にその宝石めがけて攻撃を浴びせていた。 一行は再び次の標的を求めて砂漠を彷徨っている、一体目を滞りなく仕留めた後だというのにスレダが何やら考え込んでしまっている様子であるのにアズラクが気づいた。 「スレダさん傷でも受けていました? 浮かない顔です」 「いえ、羅喉丸さんとレイアさんのおかげでそんなこともねーんですが」 先ほどの戦いのなかでスレダはホーリーアローを放ち続けていたが、そのうちの何発かをイウサール・ジャウハラは風の障壁で弾いて回避していたのが気にかかるのだという。魔術師や吟遊詩人のスキルには放てば必ず命中する、その性質から自動命中とも呼ばれるものが存在している。しかし、あの竜巻はそれを回避した。 「自動命中を無効化するスキル、というよりそういう特性かもしれねーです」 「だとしたらますますうざい……何してるサラ」 げんなりするアズラクの視線の先には何やら頬張っているサラーム。 「腹ごしらえ。アジズーの集落でちょっと持たせてもらったの。一日仕事だもん。もちろんみんなの分もあるわよ」 「ふむ、アル=カマルではこういった時どういったものを食べるんだ?」 レイアは面白そにサラームの手元を見ている。 「持たせてもらったのは、パンとチーズ」 「……アル=カマル、それも都市部はまだしも遊牧民の食なんてものは貧しいもんだ。パンにナツメヤシ、羊やラクダの肉はよほどのご馳走だ。天儀とは比べられん」 ひとりごちるようなリドワーンの言葉に、様子をうかがっていたアジズーは首をかしげる。 「向こうは違うの?」 「食べ物だけじゃなくて、何もかも違っているですね。何より私たちには信じられねーくらいに青と緑が深い、自然豊かな国ですよ」 「……オアシスが、多い?」 「ちょっと違うですが、オアシスの周りのような緑がずっと続いている、というか」 「えー」 にわかには信じられないという顔だった。そんな無邪気さをしばし認め、リドワーンは黙って瞼をおろした。 二体目を打ち倒した後、消耗の具合が気になりだした者の回復を兼ねて岩場の陰で休息をとっていた。前衛に立つ羅喉丸とレイアはもちろん、ケイウス達の練力も気にかかるところではある。 「たいしたことはないんだが」 「連戦になりますから、これくらいはさせて下さいね」 レイアのよく鍛えられた身体に、シリーンが用意していた薬草を当て包帯を巻いている。 「節分豆なんかもあるから、よかったら食べてね」 「さっきからお前、食べ物のことばっかだな」 「アズ、そんなこと言ってると分けてあげないんだから」 そんなやり取りをしていると、岩場にのぼっていたアジズーがイウサール・ジャウハラを見つけたという。 「太陽の方から来る。かなり大きい。だいじょうぶ?」 「約束の三体目だからね。日も傾きだしてる。行こう」 そういってケイウスは走龍ルドラの背に再びとび乗った。 羅喉丸の盾が真空刃を弾く。変わらずその堅実な守備を見せる本人の表情はしかし厳しいものである。 「なかなか、当たりやがらねーです」 スレダの放った矢が、風に阻まれかわされる。先の二体に比べて一際巨大なこの竜巻は、巻き上げる風の威力も回避力も一段と高く出来ている。 その相手にリドワーンは風の隙を突くように精緻な射撃で竜巻の核へとその矢を通してゆくが、一人で与えられる打撃には限界がある。そして羅喉丸の守備がいかに巧緻であろうとそのすべてを防ぐことは出来ず、戦いが長引くにつれ少しずつ開拓者達の体が切り裂かれていく。 「火力が足りませんか」 短筒での射撃を試みていたシリーンが魔槍砲「パニッシュメント」の宝珠に練力を送り始めたとき、イウサール・ジャウハラはしばしその動きを止めたかと思うと、その回転を急速に加速させはじめた。 「引きずり込まれるぞ!」 叫ぶリドワーンの声に開拓者たちは即座に体を退くが、羅喉丸、レイア、シリーンの三人はどうしても位置が近い。 「ぬぅ……」 羅喉丸は盾を地面に打ち込んでかろうじて耐えている。自分がどこぞへ放り投げられては仲間の盾となることも出来ない。 レイアとシリーンが宙に浮き、竜巻の中心へと引きずり込まれる。この後はただ上空へ巻き上げられて投げ出されるのを待つのみであるが、しかし己を呑み込む激しい砂塵の風の中でレイアの青い瞳はなお闘志に燃えていた。 「くらえっ!!」 レイアの身の丈をはるかに超す深紅の大剣。風に乗り竜巻の中心にもっとも接近したその瞬間に振るわれた一か八かの渾身のその一撃は、燃えるような輝きをもって核である宝石のきらめきに叩き込まれた。 風の勢いが、わずかに衰える。 その機を逃すことなく力の歪みを行使するサラームに続き、アズラクも練力、そして精霊力をねりあげている。サラームの術で風の壁に開いた穴に、ダナブ・アサドの力を宿した銃撃は狙いたがわず宝石に命中し金属の砕ける硬質な音が風の中に響いた。 機を読むこと、そして獲物との位置取りは狩人にとり必須の技である。たたみかけるべきこの機をリドワーンが逃すはずもなく、サラームとアズラクの間を後方より貫き通す軌道で放った矢が宝石に突き刺さる。そして風によって地に投げ出され、体勢を整えたシリーンが込め続けていた魔槍砲の力を解放したとき、轟音と共にその宝石が完全に砕かれるや、それまで吹き荒れていた風は嘘のように止んでゆき、その名残りであるわずかなそよ風がシリーンの頬を流れた。 戦いの終わったとき、いつも胸の鼓動を置き去りにされたように大きく感じる。 「終わったよ。面白いものは見られた?」 ラクダとルドラを連れて心配そうな顔で急いでやってきたアジズーに、ケイウスは笑って言葉をかけた。 |