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■オープニング本文 長い冬の間、大地一面が雪と氷に覆われるジルベリアにとって、その覆いが解かれる夏という季節はもっとも貴重なものに違いない。そして貴重、と名の付くあらゆるものに目がないのが商人という人々である。 たしかに、彼らはこの短い時間が自分たちに与えてくれる恩恵というものを正しく理解し、それを最大限利用しようと血道をあげるのであった。 そんな商人たちの思惑を裏付けるように、都市と都市を結ぶ街道をゆく荷馬車は、雪解けと共にすぐさま砂埃をあげる勢いで数多く往来するのであった。 そしてそこに多くの事件が巻き起こるのも、やはり無理からぬこと。 そのジルベリアの商人の家は町の通りの一つに面している。 一階には部屋が二つあり、通りに面している作業場には徒弟たちが詰めている。 奥にあるのが執務部屋で、主人であるボリスはそこで険しい顔をしながら計算板をにらんでいるのが常だった。各地で開かれる市、それらに送り込む品物の管理、そして市での売り上げに関する書簡のやり取り……。 「旦那ぁ、悪い知らせだ。ゼムクリンに向かってた荷馬車がやられたよ」 「畜生!!」 ボリスは瞬時に顔を赤らめ文具類をぶちまけながら事務机を激しく叩いた。 「冬市での毛織物が上手くいったと思ったらすぐさまっこのざまっ! なんでこう丸っと全部うまくいきやがらねえっ!!」 「仕方ねえよぅ。ウチはよくやってる方さ。なんでもかんでも上手くやろうなんてのは欲ってもんだ」 「商人が欲張らねえでどうする馬鹿野郎! ……盗賊か、アヤカシか」 「アヤカシ。で、さらに悪いことにウチの商品に憑りついたっぽい」 ボリスは顔を覆った。積んでいたのは甲冑や剣といった武具が多く含まれていた。アヤカシと化した商品が人を襲ったとなれば、評判に直接関わる話である。 「……とっとと開拓者ギルドに行って依頼出してこい」 「報酬は値切らないでいいんで?」 「それで失敗でもされたら目も当てられねえ」 徒弟は肩を竦めて部屋を出て行った。 |
■参加者一覧
十野間 空(ib0346)
30歳・男・陰
杉野 九寿重(ib3226)
16歳・女・志
テト・シュタイナー(ib7902)
18歳・女・泰
ラグナ・グラウシード(ib8459)
19歳・男・騎
島野 夏帆(ic0468)
17歳・女・シ
エドガー・バーリルンド(ic0471)
43歳・男・砲
ユーディット・ベルク(ic0639)
20歳・女・弓
イルファーン・ラナウト(ic0742)
32歳・男・砲 |
■リプレイ本文 「あれが荷馬車ですか。なるほど、派手にやられていますね」 十野間 空(ib0346)の視線の先には街道をはずれて横転した荷馬車があった。馬の姿は無い。アヤカシに襲われたときに逃がしたのかもしれない。 ここへ向かってくる途中もこの街道を往く荷馬車といくつかすれ違った。ジルベリアの夏は短い。時間的に限られた経済活動が滞ることは領民の暮らしにも直結する。特に街道というものはその動脈である。アヤカシと被害が増え街道封鎖など、より大きな問題となる前に素早く病根を取り除かねばならない。 と、ジルベリアの地方領主の娘を妻に持つ空は思案した。 「なるほどねー。当の商人にしても大変よねー。評判ひとつで売り上げに影響出るってんだから」 気楽な様子で言いながら、島野 夏帆(ic0468)はぴんと立たせた狼の耳でアヤカシの気配を探っている。 「だな。おまけに商品をアヤカシなんぞに漁られた日にゃ、泣くに泣けなくなっちまうからな。さくっと退治して、取り返してやろうぜ。そういや、その商品ってどんなのがあったんだ?」 テト・シュタイナー(ib7902)の言葉に、エドガー・バーリルンド(ic0471)がちょっと待ちねぇ、と手元の紙をめくっている。ギルドを通して寄越させた積荷の目録であった。 「主に剣や鎧の武具が多いようだが、生活用品も含まれてるな。家具や毛織物といった調度品、人形も少々……」 「に、人形? 動くのか?」 「そりゃあ、瘴気が入り込んでアヤカシになってんなら動くだろうぜ」 「そ、そうか、アヤカシか。幽霊の類ではないのだよな、はは、はははは」 何故だか乾いた笑いをあげるラグナ・グラウシード(ib8459)は背負ったうさみたんをぎゅっと抱きしめる。 「ハッ、要は動いてるやつを黙らせりゃいいんだろ? アヤカシでも幽霊でも構わねぇさ。とっとと行こうぜ」 イルファーン・ラナウト(ic0742)の口元にはナーガの獣人らしい鋭い犬歯がのぞいている。そしてその笑みも、訪れた異国の地ではやく暴れたいという獣染みた期待の色を帯びていた。 ユーディット・ベルク(ic0639)が手にした弓の弦を弾き、鏡弦によってアヤカシの気配を探っている。荷馬車には残された商品が散乱するばかりで、アヤカシの姿は無い。おそらくはその姿を隠すために街道に面した森に潜んでいると見、そちらへ歩を進めていった。 曇天のなかで背高く並ぶ針葉樹が日をさえぎり、ますます森を薄暗くしている。 「な、なにか出そうだな」 「いえ、出るんですけどねきっと」 若干ヘタレ化しているラグナに若干雑な感じでツッコんでいたユーディットは、やがて森に反響する鏡弦の音にまじる異質の気配を耳にする。 「います。前方周囲に散っています」 その言葉通り、木の陰から剣や鎧といったものが姿を現してくる。剣や短剣といったものが、持つ者もおらず宙に浮遊し、スライムの入り込んだらしい鎧はがちゃがちゃ音をたてながら不規則に動いている。 「スライムのマリオネットか…ハハッ、粘泥の分際でしっかり頭使ってるじゃねぇか」 「ふむ、アヤカシも手を替え品を替えという感じですね。ともあれ、引き受けた仕事にかかりましょう」 そういって杉野 九寿重(ib3226)は己の背丈ほどもある野太刀「緋色暁」を抜くと、眼前のアヤカシ達へ向かって駆け出した。目標は粘泥甲冑(スライムアーマー)。未だ潜んでいる可能性もあるが視認できているものは三体。鎧や小手といったものを着込んだスライムの一部が所々にのぞいている。およそ知能といったものを感じない動きだが、しかし九寿重を敵と認識した途端にその動きは敏捷さを増した。 繰り出してきた剣の一太刀は鋭く、加えて人の肉体の動作から外れているために筋が読み辛い。特にそれは剣術の正道を修める九寿重には面倒にも思われるが、しかし本人は落ち着いた顔で足を捌き、繰り出される剣をかわしてゆく。 「ちょいと突っ込んでくる。射撃援護の方、宜しくな」 「いってらっしゃい」 突き進むテトの背から、ユーディットの矢とエドガーの銃弾が抜いていく。 「背中に当てるほど初心じゃねぇから安心しな」 そのおどけた調子とは裏腹の早業で、身に着けた短銃を次々と抜き打ったエドガーの弾丸が、テトの前方で宙に浮いた剣の群れに命中し鉄を弾く音を連続させた。 走り込んだテトの周囲にはぐるりと付喪怪の姿。剣に短剣はもちろん、絨毯に鍋や食器などというものまで浮いている。 「数だけは多いな。強めに踏むからな、みんな巻き添え食うなよ!」 緩やかな動きで型をとるや一転、一気に地を踏み抜いた崩震脚により生じた円形の衝撃波は、テトを取り巻いたそれら宙に浮いた雑多なアヤカシ達を地から吹き上げるごとくに呑みこんだ。 その様を見ると、全身からオウガバトルによるオーラを立ち上らせて戦闘態勢を整えたラグナが、テトを追って一気に躍り出た。 「さあッ! 終わらせてやろう、お前たちのその偽りの生ッ! そこかッ!」 視界の端に映ったその気配目がけて即座に大剣を振り下ろす。オーラを纏った深紅のフランベルジュは造作もなくそのアヤカシを切り捨てる。はずであった。 「く、くまたんだとぅッ!?」 ジルベリア産熊型人形・テディベア。その衝撃的な邂逅に、振り下ろした大剣の質量を全身の筋肉が断裂しそうな勢いで急停止させる。硬直したラグナの体にくまたんの拳が叩き込まれる。 「何してるのかしら」 「ほっとけ、存外余裕あんだあれは」 あっさり見捨てるエドガー。戦場で不確定要素のために戦力が機能しなくなるのはよくあることなのだった。 開拓者たちは大きく粘泥甲冑と付喪怪の対応に分かれている。 イルファーンの視線はマスケットに沿って、九寿重と夏帆の周囲の粘泥甲冑に注がれている。その瞳は漆黒でありながら放つ光は炎のように燃えている。獲物を狩るという行為は野蛮や粗野といった性質とは一致しない。むしろ獲物を仕留めるというその単一の目的のために、戦術を組み自己のあらゆる全力を注力する冷酷とも呼べる冷静を、獣を含め狩猟者は有することが多い。イルファーンのその瞳はその両性を表し、放たれた空撃砲は粘泥甲冑の足元をとらえて大きく転倒させた。 イルファーンは荒々しい笑みで次弾の装填にかかる。 「甲冑の重さじゃ、簡単に起き上がれねえよなぁ?」 「よっしゃ、チャーンス!」 少なくとも夏帆には十分すぎる隙である。倒れた粘泥甲冑に一足で跳びかかり、忍刀を鎧の隙を縫って粘泥部分に突き立てた。ぞぶり、と人の肉とも違う沈み込む独特の感触が、忍刀を通じて手を伝わった。 「うっわ、なにこの感触気持ち悪っ…!!」 粘泥甲冑が剣を振るって起き上がるのよりも早く、飛び退いた夏帆は研ぎ澄ました練力を忍刀に集中させる。 「あんま触りたくないんでまとめてやっちゃうから!」 取り巻く粘泥甲冑たち目がけて、夏帆の振るった忍刀から風神の刃が次々と放たれる。頑強な性質の粘泥たちも、その真空の刃を防ぐ術を持たず、その硬い肉を裂かれていった。 「さて、このくらいですか」 空が己の召喚した結界呪符「白」の壁を見据えて呟いていた。こちらが粘泥甲冑と付喪怪の対応で分かれようと、アヤカシたちはそんな意図とは関係なく雑然と入り混じっている。そこに目星をつけてこちらが対応しやすいように適度に分断するのが狙いであった。召喚した壁によってある程度上手く分断することが出来たと見た空が攻勢に加わる。 「やむなしとはいえ商品をやたらに傷つけるのもね。物理的手段よりかは術の方がいくらかましですか」 召喚された蛇神の式は細長い白蛇となって、粘泥甲冑の粘泥部分に食らいつく。蛇を振り払おうとするかのようにのたうつ様子は中々に不気味なものがある。 アヤカシの全体の数では粘泥甲冑より付喪怪が圧倒的に多い。隠密性に優れるのか、ユーディットの鏡弦に引っかからなかった物も現れていると思われる数である。 「ああもう、邪魔!」 いつのまにか忍び寄っていた食器類にユーディットは豪快なとび回し蹴りを食らわせると、即座に矢を放ち撃ち落とした。再び前方を見据えるユーディットの視線に、前衛で立ち回るラグナの死角に潜む大剣の姿が映る。距離がある。しかし、矢継ぎ早に放たれた瞬速の矢はその距離を無にするが如くの疾さで大剣を撃ち落していた。 「おいおい、さっきから動きが悪いぜ。だいじょうぶかアンタ?」 背拳の技によって死角からの攻撃にも堅実に対応して立ち回っているテトに比べ、ラグナの動きが平素より明らかに精彩を欠いている。 「し、仕方ないだろう私にくまたんを斬ることは出来ん!」 「言ってる場合かい!」 言ってるそばからくまたんの拳はやまない。ラグナの正面のガードを固めさせておいての側面への回し蹴りというコンボまで見せ始めている。何気にやばい。 乾いた銃声。 終わりは常に唐突である。飛び掛かったくまたんは額を綺麗に撃ち抜かれ、その場にぽとりと落ちてそれきり動くことはなかった。 「く、くまたーん! 何をするエドガー!」 ラグナの視線の先でピストル「アクラブ」 を構えたエドガーが薄ら笑っている。 「悪ぃな、こちとら傭兵。不安要素はさっさと潰すのが癖になっててよ」 「貴様、それでも人間か!」 「情を捨ててなんぼの飯種だしなぁ」 そんなやり取りをはいはい、と聞き流しながらテトは魔槍砲で上から降ってきた鍋を叩き落としていた。 一体の粘泥甲冑が空の蛇神を受けて崩れ去る。途中あらたに出てきた個体を含めて残りは三体。それまで後衛たちの盾となるよう専ら受けに回っていた九寿重だが、およそ相手の攻撃はすでに見て取った。 剣が迫る。単に躱してはならない。躱した体を粘泥の腕が追って伸びてくる。太刀で受け、いなしてその筋を逸らす。しかし、そこから人間の関節に当て嵌まらぬ軌道で返してくる。それさえも九寿重は弾き、そのとき両者の間合いはすでに消え、九寿重は敵の懐に低く腰を据えていた。 野太刀「緋色暁」が紅蓮紅葉の燐光を纏う。緋に橙をまぶしたような刀身は、その光のなかに炎そのもののごとくあらゆる赤橙に揺らめいて見えた。九寿重に振るわれたその炎は堅い粘泥を溶かすように両断してその腕を落とし、返す刃をその腕を失った鎧の穴に深々と突き刺した。確かな感触はやはり溶けるような手ごたえで弛緩し続けて無となったとき、瘴気の塵となり粘泥の消えた鎧はかんかん、と鳴り響いて地に落ちた。 付喪怪の方を見やる。 「次に私の大剣の斬れ味を知りたい奴はどいつだあああッ!!」 なにやら深い怒りと悲しみに濡れた様子のラグナが鬼のようにアヤカシ達をめったやたらに切って捨てていく。その奮迅の働きを少々いぶかしみながらも、 「問題ないようですね。もう一息ですか」 と、残る敵に刃を向ける九寿重であったが、すでにイルファーンが飛び掛かっている。勝機に即座に体が動いたのだろう。マスケットを豪快に奮って兜を弾き飛ばし、押し倒してその首元、鎧の中に詰まった粘泥に素早くマスケットを押し付けた。 「ハハッ、物理攻撃に強ぇようだが、こんな詰まったところを思い切り叩き込まれたらどうだろうなあ?」 至近距離から轟音と共に放たれた弐式強弾撃は異質な音で粘泥に着弾し、銃を持ったイルファーン自身がその衝撃で大きく宙に浮く。イルファーンは楽しげである。派手に上方へ打ちあがった鎧が地に落ちた時、その中身はやはり空洞であり、ただ鉄の落ちる重い音が森に短く鳴り響くばかりであった。 戦いが終わると、瘴気も消え元の状態に戻った商品を開拓者たちは拾い集めていた。多少の傷はついたが、気をつかったこともあって大きな損傷は無い様子であった。一部を除いては。 「あぁ…、アヤカシが入り込んでなければ、この人形欲しかったのに…」 ユーディットが頭を撃ち抜かれたテディベアを抱いている。くっ、と打ちひしがれた様子のラグナ。 「私たちはあまりに大きな代償を……」 「いやあ、良い仕事してたぜ。俺の判断も捨てたもんじゃねぇな」 「お、おのれ」 「まあまあ、頭だけ縫い付ければまだなんとかなりそうじゃねぇか。必要な犠牲だったと思って勘弁してくんな」 「さって、散らばってた商品はだいたいこれで集めたか。…しかしよ、その商人はこのアヤカシに憑かれてた商品をそのまま売るつもりかね」 「私は嫌だなー鎧とか特に。気持ち悪いって」 そういってイルファーンと夏帆は運んだ商品たちを見回してみた。これらがさっきまで動き回って自分たちに襲いかかっていたと思うと妙な心持にならないでもない。 「それは商人の商才次第じゃねぇか。この鎧なんかも、開拓者が本気出してようやくこの傷っつって宣伝にできるかもしれねぇだろ?」 「物は言いようってか。屁理屈捏ね回してみるのも悪くねぇか。スライムだしな」 「上手くないー」 「ハッ」 |