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■オープニング本文 ●未来 叛は、終わった。 開拓者たちの意志と信念は万華鏡のように入り乱れ、結果として、慕容王も、風魔弾正も、共に命を繋ぐこととなった。 「叛はこれにて終いである」 即日のうちに出された慕容王の触れは、衝撃となって陰殻中を駆け巡った。 幾多の王を、誰一人として天寿を全うさせずに葬り続け、陰殻を陰殻たらしめてきた倫理が、今まさに崩れようとしている――ある者はこの青天の霹靂に唖然とし、またある者は開拓者たちの関与から薄々来るべき時が来たのだと覚悟を決めた。 狂騒が去り、後片付けが待っている。 新たなる未来の形をつむぐ為に。 ● 「惰弱」 此度の叛の経緯と慕容王の決定を、彼等の里はこの一言を以って断じた。 陰殻の国が、他国の如く産業を興し栄えることはかなわない。陰殻を陰殻たらしめているもの。人、すなわち力。その一点への曇りなき信頼であるはずだった。それだけが里の寄せ集めに過ぎぬ惣国の中にあって、自分たちが唯一共有し陰殻というまとまりをかたどっていたはず。そしてその精神は、『叛』の掟によって象徴された。 「叛はこれにて終いである」 陰殻そのものを否定する言葉である。慕容王は己の命を惜しみ、保身のために掟を曲げた。 里長は屋敷の中庭に運ばれたシノビの亡骸を苦しい貌で見やった。それは彼の常に変わらぬ面持ちであり、鼻から頬にかけて、横一文字にはしる刀傷がその色を一層厳しくさせている。 彼は亡骸に歩み寄った。慕容王へ放った刺客。仕損じるのは分かっていた。それでも自分たちの意思は伝わったに違いない。次は、彼自身が赴く心算でいる。たとえそれがいかなる結果となろうと。 「懐に、このようなものが」 亡骸を運んだものが血に濡れた紙切れを差し出した。慕容王の筆跡だった。 そこには彼等の意は理解できる事、それを咎める心算の無い事が淡々と綴られていた。これからも命を狙う心算であるなら構わない。しかし、此度の『叛』の経緯と決定には開拓者が大きく寄与している。一度、そちらに彼等を遣わせるので己の目で見、一考の助とされるが良い、と。 里長は書簡を握りしめた。中庭の岩に、掌を叩き込む。岩は中からはぜるように無残に砕かれた。散る破片の体にかかるのも厭わず、控えた者が口を開く。 「如何様に」 「知れたこと。力を以って見極めよ」 里長は深く息をつき、ふと空を仰いだ。 「力無き者に、我等の方途に関わる資格など無い。……散るも又、よし」 開拓者か、或いは己達か。どちらを指しての言葉か頭を垂れた者には判じかねた。 ひらかれた空のなかで雲雀が一羽、死に物狂いで鳴いている。 |
■参加者一覧
北條 黯羽(ia0072)
25歳・女・陰
ルオウ(ia2445)
14歳・男・サ
水月(ia2566)
10歳・女・吟
リューリャ・ドラッケン(ia8037)
22歳・男・騎
和奏(ia8807)
17歳・男・志
ヘスティア・V・D(ib0161)
21歳・女・騎
リドワーン(ic0545)
42歳・男・弓 |
■リプレイ本文 どうしてこう妙な暑さをしている。 と、アル=カマル出身のリドワーン(ic0545)は思う。四方を山林に囲まれた里の中を、歩きながら青い瞳で見渡している。素朴な里の様子は、それでもリドワーンの目には恵まれて映る。敢えて言うなら、砂漠とは異なるこの暑さ。半端に生殺しにするような暑さに嫌気が差している。 水月(ia2566)はリドワーン達の背で、小さい歩幅を時に急かして遅れないようついていく。その様子にどこか落ち着きがないのは、里の人間たちから向けられる視線がどうしても気になる為だった。農作業に勤しみながらこちらを窺う彼等。多くはシノビとしての訓練を受けているのだろう。好奇のみではない、静かに値踏みするようなそれらの視線が、水月にはなんだか怖かった。 里の奥に据えられた、里長の邸。敷地こそ広く見えるものの、邸自体は他の家屋と大差ないような見映えだった。その門の前に立てば、時経たずして下男風の男になかへ通された。 通された部屋で、北條 黯羽(ia0072)は里長と向き合った。静かで厳しい、体のどこかに常に痛みを抱えているような顔に見える。当の黯羽は書を手にし眼鏡を掛け、文官風の趣向であるらしかった。 (まあ、一応の説得に入ります、と) 黯羽は此度の叛の廃止についてを慕容王と開拓者の立場から説いた。 叛の廃止が慕容王の保身に依るもので無いこと、叛に代わる王位継承法を確立する必要のあること、そしてそれらは全て新たな陰殻を築く為にこそ必要であること。 里長は口を挟まず一切を聞くまま任せていた。やがて黯羽が一通りを語り終えて沈黙が場に満ちきったとき、ようやく口を開いた。 「……新たな形。そのような陰殻が、果たして在り得るか。これまでの陰殻はいわば、力がすべてであった。そしてそれには、相応の理由がある」 「何もそのすべてを、捨てろと言っているのではありません」 和奏(ia8807)は落ち着いた声音で言葉を継いだ。出来る限り、この場は穏便に済ませたい。 「力のみに依るのでない、それとはまた異なるものによって陰殻を築く、その可能性を模索する機会がいま、訪れています」 「……よかろう」 相変わらず静かな言葉とは裏腹に、静謐の気配が、緩やかにうつろいでいる。竜哉(ia8037)は背に回した指先で、鋼線の微かな重みを確かめた。 「仮にその通りであるとして、これまでの陰殻を変じるのに、さらにそれを保つのにも、力は必要。それが、お主達に有るか」 開け放たれた襖の背後にシノビが現れ、間髪入れず幾多の手裏剣が放たれる。竜哉は即座に腕を引く。ひそかに通していた鋼線に引かれ、部屋の畳が跳ね上がってそれらを防いだ。 「ご要望とあらば、お見せしようじゃないか」 竜哉は言った。 「たく、頭に血を上らせて何が忍ってな」 せせら笑ってヘスティア・ヴォルフ(ib0161)は中庭に面した障子を蹴破って空間を確保する。庭にもシノビの姿は見えている。開かれた空間にヘスティアの蛇鞭が躍るように奔って銀の軌跡を曳き、そのシノビ達にいつでも喰らいつくといわんばかりに激しい音で地を打った。 「よっしゃ、力を見せろってんなら、見せてやろうじゃん? 俺はサムライのルオウだ、いくぜ!」 威勢よくルオウ(ia2445)は名乗り上げる。小柄な体と、何よりその金の瞳には溢れるような活発が満ちている。先ほどの対談までついぞ静かだったのは、案外退屈していたのかもしれない。 最前に身を晒したルオウに、シノビ達は即座に打ち掛かる。 「はん、正面で相手すんなら負けねえぜ?」 楽しげな表情には邪気の無い獰猛さがある。四方から繰り出される短刀、苦無を体を捻って躱し、そのうちの一つに狙いを定めて腕を取り、相手の鳩尾に拳を叩き込んだ。腰の殲刀「秋水清光」は未だ抜かずにいる。 ルオウとの立ち回りを不利とみたか、シノビ達は開拓者達の周囲を広範に散る。させじとルオウは咆哮して一人を引きつけるが、なお二人が黯羽に苦無を繰り出さんと迫っている。 「ひ弱な使者が怪我喰う訳にはいかねェのさァ」 黯羽の手にした呪本「外道祈祷書」が怪しげな力の気配を発したかと思うと、結界呪符「黒」の壁がシノビ達の眼前に立ち塞がってその行く手を阻む。時間を稼ぐにじゅうぶんな硬度で練った筈の壁は、しかし数度の重い打撃の音と共に即座に砕かれた。 「げ」 消滅する壁の背後に、掌を叩き込んだ形の里長が現れる。 炎の燃え上がる音が、その場に轟いた。里長は黯羽を追わず一足に間合いを取って瞬時に退く。里長の消えた空間を、リドワーンの放った矢が紙一重で貫いていた。 (良い反応だ) 炎の唸るような弓音の余韻を鳴らす火炎弓「煉獄」を手に、リドワーンは鋭い眼光を向けている。気配を消した己の猟兵射の一撃を避けるのは容易でないことを知っている。積み重ねられた鍛錬。 (力、か) リドワーンには自明のものである。すなわち生き残るための手段、その一点にすぎない。それ以外に向けられるものは、余分でしかない。少なくとも自分の生には、それ以外に割り振る余裕などありはしなかった。 間合いを取った里長が掲げた腕を振り下ろす。一挙に放たれた手裏剣は、乱雑とも呼べる複雑な軌道を描いて開拓者に襲いかかる。 和奏の手にした刀「鬼神丸」が瞬間的に跳ね上がり、死角から飛来した手裏剣の一つを撃ち落としたが、その直後に別の一つが肩口に突き刺さる。 里長の手はやまない。矢継ぎ早に放たれた幾多の手裏剣は後方の水月にまで襲い掛かる。 「いけない」 思わず焦りが和奏の喉を突いて出た。たしかな殺気を纏って放たれたそれらの攻撃は致命傷となりかねない。しかし、肩口に受けた傷が和奏の瞬間的な挙動の邪魔をした。四方から迫った手裏剣はことごとく水月の体に突き刺さり、そのうちの一つが、水月の白く柔らかな喉元を貫いた。 しかし、次の瞬間には水月は何事もなかったかのごとく平然とその場に立っていた。因果を乱すヴァ・ル・ラ・ヴァの魔法は攻撃を受けた瞬間を存在しなかった現実として処理し、その不思議に敵のみならず場にいた者達は目を奪われた。 その隙をつき、里長の腕にヘスティアの蛇鞭「銀鱗裂牙」が絡み付く。 「ご自慢の手裏剣もこれじゃ投げ辛いよなあ?」 振りほどこうとしても、鞭の先端の蛇の牙は引けば引くほどに腕の中に喰いこんでいく。ヘスティアは引き寄せるべく強く引き、一直線に張られた鞭の先端で、里長の腕から吸われた赤い血が庭の砂利に滴った。 突如、鞭の抗力が失われる。里長は自らヘスティアめがけて跳躍していた。虚を突かれるも、ヘスティアは崩れた体勢を素早く戻して蹴りを繰り出した。ヘスティアの膝と、里長の気を込めた掌が互いの体に叩き込まれ、衝撃を伴って二人は振りほどかれた。 竜哉が腕を振るうたび、鋼線「墨風」が風を切り裂いた。極めて見極め辛いその細く黒い鋼線に、さすがに武器の性質を知るシノビ達はよく対応した。しかしそれは竜哉の予測の範疇でもある。再び鋼線を奔らせると見せ、隠し持った手裏剣、さらにナイフを放った。鋼線に注意をひかれたシノビはそれらに意外の色を表す。 「暗殺は別に陰殻に限った技術じゃあないよ」 竜哉はうそぶく。おそらくそれは時と場所を選ばず発生しうる、力の極まった一つの方向性であり、陰殻のみならず分け隔てというものが無い。ジルベリアについても。もっとも、そうした暗部が果たしてどれほどの効果を発揮しうるかは、定かではないが。 開拓者に傾く優勢を押し戻そうとしてか、シノビ達が攻勢の度合いを強めた。一人が放った風神の刃が開拓者達の体をまとめて切り裂き、その攻撃に乗じた一人がルオウの側面に飛び込んでいた。 「んなろっ」 側面の極めて低い位置、完全な死角からの攻撃に、ルオウは勘としか思えぬ速度で抜刀して見せた。抜かれた殲刀「秋水清光」は美しい刀身をきらりと晒し、シノビの繰り出した短刀を受け止める。だが、互いの刃はなお止まらずそのまますれ違うように駆け抜ける。シノビの短刀は無刃の技によって地から刀を遡るように迫り、ルオウの清光はタイ捨剣の一振りとなって天からシノビの首に振り下ろされる―。 「いけね」 振り下ろす寸前、ルオウは無理に体を捻って太刀筋を逸らした。シノビの短刀が、腕を貫く。 「……何の真似だ」 「死人出すつもりはねえよ。あんた強ぇから、加減し損ねた」 熟練と思しきシノビは僅かに苦渋の色を浮かべると、黙して後方に跳んだ。 ヘスティアの鞭の間合いを消し、接近戦を里長は挑んでくる。里長の気の込められた掌をどうにか受け流し、一瞬の隙をついてヘスティアは手首の内に仕込んだ暗殺者の刃を繰り出した。 その一撃を里長は組み取ってみせた。まずい、とヘスティアは直感する。この状態から繰り出される暗殺術は多い。 「そこさね」 そのとき横合いから放たれた黯羽の呪縛符が、里長の両腕に絡みついた。そこをヘスティアの蹴りが突き刺さって吹き飛ばし、里長は地に叩き付けられる。起き上がる隙も許さず、その首元に和奏の刀「鬼神丸」が突きつけられていた。 「もう十分なはずです。これ以上は、殺し合いになる」 和奏のよく透る言葉を聞きながら、里長は周囲を見回した。ある者は曲刀を手にしたリドワーンに組み敷かれ、ある者は竜哉の一撃を受け空を仰いで昏倒していた。 里長は何かに全てをゆだねるような面持ちで、しばし瞼を閉じた。 開拓者はもちろん、倒れたシノビ達の傷をも、水月は閃癒の力で癒して回っている。 その様子を見守りながら、里長や黯羽たちは言葉を交わしていた。 「いずれにせよ時期尚早、って言いたいのさァ。一人送ったコトで王に里の意思は伝わったのだし、このまま暴発して里を滅ぼすコトなく息を潜め、再び叛の頭目を任せられるシノビが現れた時に……でも、良いンじゃねェか?」 「……お主達の力は、何の為にある」 「生き残るためだ。それ以外に何がある」 リドワーンは断言する。 「この世には己の命以外に確かなものなど何もない。掟なんてものも、国を治めるために都合よく人に作られた脆いもの。それが多少綻んだところで騒ぐことではない。そんなものは後からどうにでもなる。……這いつくばっても生きる気概があればな。話はそれからだ」 リドワーンの言葉を聞くうち、場には天儀とは異なる情景が浮かび上がるようだった。ただただ、荒涼とした大地。命と呼べるものの姿さえ覚束ない彼の地で、そのわずかな命を積み上げてその屍の上に己の命を築く。まさしく、そうした生き方をこの男はしてきたのだろうと、竜哉は思う。 「不思議だね。命は何よりも大事というのは、開拓者の多くにある思想だがね。彼の言葉はそれとは全く色が違って聞こえる。ただ、アンタらは自分の命と他の物、例えば国なんてものを天秤にかけてきた。命を賭さなければ、投げ捨てなければ掴めぬ未来があると、アンタらは知っている。俺に言わせりゃ、アンタらの方が余程正常だよ」 「牙を研いどくことさ今は。だいたいだ、俺らにやられるその力で王を、国を相手取れるのか?」 辛辣なヘスティアの言葉に、里長はこたえず宙を眺めるばかりだった。そこへ水月がやってきた。 「あの……怪我を……」 「よい」 「いえ、でも……」 長いことじっと見つめる水月に、やがて里長は傷を負った腕を差し出した。閃癒の淡い光が、水月の小さな体を包み込む。 「なんでも、簡単に実現するような世の中じゃないのは……分かってるの。だけど、本当に力でしか、解決できないの、って。力も言葉も、共に人に備わった、大切なものだと思ってるの」 力を使いながら、水月はぽつりぽつりと言葉を紡いでいった。里長は、それらに一々耳を傾けている様子だった。 「……さもあらん。お主達には力がある。その中で異なる多くがひしめいている。或いは、今までに無い陰殻というものを示してくれるやもしれん。それまで、忍ぶのもよい。……しかし」 里長は視線を落とした。己の傷と皺の刻まれた手と、その先にあるものを見比べる。白く、小さい水月の手があった。何か、それが酷く痛切なものに映るような、この里長が初めて感情を露わにしたような顔だった。 「……未熟」 その一言をこぼしたきり、再び平静を取り戻していた。 それ以後は多くを語らず、此度の叛に対して里としてのしばしの静観を告げ、開拓者たちは丁重に送り返された。 「あっついなーしかし」 帰り道、里を歩きながらルオウは気軽に呟いた。陰殻西瓜、この里は作ってるのかなと、そんなことがふと気になった。 |