【形人】傭兵とからくりと
マスター名:遼次郎
シナリオ形態: ショート
危険 :相棒
難易度: 普通
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2013/09/13 17:45



■オープニング本文

 主とは、特別長いつき合いではない。
 俺はおしゃべりな奴がなんとなく好きではないし、都合のいいことに主も口数の多い男ではなかったから、日々の仕事をともに淡々とこなしていく。そんな風な関係と生活だった。
「からくりは、飯は食えるのか」
 食えるが必要ない、と俺は言った。味が分かるなら食うべきだと、主にすすめられた飯は、まずかった。素直にそう言うと、傭兵暮らしに味なんぞいるか、とキレられた。話が違うと思った。
 疑問は無かった。しかし彼らを知るたび、彼らと似ているようで違う自分を知覚した。
「お前達を作った奴が、意味もなく人間に似せたならそいつは悪人だ。しかしお前達には意思も感情もある。なら、おそらく意味はある」
 何故だか辛い言葉だった。だが大切なことにも思えた。


 一瞬の出来事だった。主は致命傷を負った。市街地で、完全に不意を突かれた。
「戦場で死ぬさ」
 常々そう言っていた主は、ひどく無念そうな顔だった。すまん、となんとかそれだけ言い残して、息を引き取った。何がすまないのか、俺には分からなかった。
 傷を負った仲間よりまず敵の位置を把握しろ。そう教えられていた俺は、敵の姿をちゃんと追えていた。影から影へ、消える敵。先日、主と俺とで戦い、取り逃がした相手に違いない。
「か、からくりが人を殺したぞ!」
 周囲の、人間たちの悲鳴。逃げる敵。何を優先するべきかは分かりきっている。
 敵を追って駆け出した体は、今までとは見違えるような速さで、内から湧き上がってくる不思議な力に満ち溢れていた。だというのに、さらにその奥に据えられた、俺の中の何かが辛かった。



■参加者一覧
菊池 志郎(ia5584
23歳・男・シ
ヘスティア・V・D(ib0161
21歳・女・騎
アルバルク(ib6635
38歳・男・砂
ケイウス=アルカーム(ib7387
23歳・男・吟
ジェーン・ドゥ(ib7955
25歳・女・砂
氷雨月 五月(ib9844
42歳・男・弓
ラサース(ic0406
24歳・男・砂
リシル・サラーブ(ic0543
24歳・女・巫


■リプレイ本文

 乾いた大気の下、市街の中に横たわる亡骸をジェーン・ドゥ(ib7955)は認めた。
 完全な静謐の中に居るのは彼一人であり、それは周囲にざわめく者達との絶対的な断絶だった。しかし、ざわめく者達はその断絶を不躾に乗り越えて手を差し伸ばし、彼の静謐をただ違和のものとして処理しようとしている。それが、ジェーンには些細な同情だった。
「待ってください」
 差し伸べられる手を、リシル・サラーブ(ic0543)の率直な声が引き留めていた。リシルは自分たちが戻ってくるまで彼の弔いを待つよう、男たちに説いた。男たちは衛兵や、下級役人風の姿をしていた。乾いていて、よく透るいい声だと、ケイウス=アルカーム(ib7387)は耳を傾けていたリシルの言葉に己も賛同した。
「構いませんがね。私共としても死体の引き取り手がいるのであれば。身寄りも無さそうな男だ」
 下級役人風の男は淡々と言った。乾いていて、籠るものも、響くものも無い声だとケイウスは思った。リシルは短く礼を言っていた。
「身寄りも無さそう、かい。言われたような台詞じゃねえか。おう、とっとと行くぜ」
「旦那達は先行ってくれ。すぐ追う」
 男を殺害したというからくりを追って市街の東へと向かうアルバルク(ib6635)達の背をヘスティア・ヴォルフ(ib0161)は見送った。
 からくりが主を殺す? ありえねえよと、自身もからくりを相棒に持つヘスティアはギルドで依頼を耳にした時から思っている。
「何か分かりそうかい」
「少し気になるところが……」
 菊池 志郎(ia5584)は亡骸の傷口を探っている。黒く変色した血の色と、熱の失われた肉の感触。ヘスティアは下級役人の男に視線を移した。
「おっさん、目撃者はなんて」
「……男が倒れた時、その周囲にはからくりしか居なかった。それだけですがね」
「からくりが殺害してる瞬間を見た奴は」
「何が気になるってんです」
「やはり、からくりの仕業とは思えないですねえ」
 志郎は視線を落としながら言った。鋭いもので貫かれたような傷口が複数。からくりの仕業とすれば、人目のなか一瞬にして剣で複数回貫いたことになる。
「アヤカシには、難しくないでしょうけど」
「はあ、アヤカシの仕業とおっしゃる」
「例えば影鬼、とかね」
 志郎は手元の懐中時計「ド・マリニー」をかちりと鳴らした。傾く針は場に漂う瘴気の残滓をあらわしていた。

 多くのものが遮られている。
 ラサース(ic0406)はよじ登った木から、残された目でバダドサイトを駆使し、視界いっぱいに広がる背の高い針葉樹の森を見渡した。それはアル=カマルの大地とは異なる景色に違いなかった。覆い重なる木々が視界を塞ぎ、その下の何かが白日に晒されることを明確に拒んでいる。緑という表層の下に何が潜むか。不明は不安に繋がる。
 彼のことにしても。自分は彼の過去を何も知らない。或いは、心も。
「見えるモンがねェなら、とっとと降りて来い」
 氷雨月 五月(ib9844)は高い所で硬直していたラサースに下から言うとおもむろに歩き出した。どうにも、連れには彼岸に立ち行こうとする傾向がある。
 繋ぎ止めるモノが無ければ時に流れもする。心。魂の緒。それが人間の持ち物だとすれば、からくりというのは何か。ヒトのようなもの、ヒトでないもの。そんな面倒な境界が、あるかどうか。
 ジェーンがヘスティア達への目印のために白墨の印を木につけている。原初であるはずのその色は、森にあってこびり付くような違和として視界の端に残った。調和から外れたものに人間は敏感でいる。自分の場合は、特に音について。踏み外した音に自分の胸は容易に波立ってしまう。だとすれば、心というものはもとより、在るべき音というものについて既知なのかもしれない。
 風の音、葉擦れの音にまじる遠い無機質な喧噪の音が、ケイウスの胸に小石を投じるように響いた。
「人間か」
 人間のようで人間でないモノはそう口にした。吸血鬼。
 ケイウスの耳と、リシルの瘴索結界をたよりに森を進みたどり着いた場には、吸血鬼を中心に、影鬼やゴブリンといったアヤカシ達が、やはり人間のようなモノを取り巻いていた。
 傷ついたそのからくりは、手にした剣を杖のように地につき体を支えていた。それは倒れることの出来ない理由を持つ者の姿として、リシルの鳶色の瞳に映った。
「おう、お前ぇどうやらそこのからくりとそいつの主人が受けてた仕事の標的だな。この状況で、おおよその事情は分かりそうなもんだぜ」
 アルバルクは吸血鬼の顔を眺めて言った。その特徴は、ギルドの資料に載っていたものと合致する。
「人間の事情など。こいつらには危うい目に合わされたからな。始末した。それで終わりと思えば、からくりが追ってくる。しかもそれが志体のような動きをする。理屈など知ったことでは無いが、我々には邪魔だ。壊しておく」
「お前等も同じよ。出会っちまったらとりあえず片付けなきゃならねえ。こっちがその気でなくても、そっから仕事になっちまう。仕事だぜ、野郎ども」
 狼煙銃を打ち上げると共にそれを合図として戦陣をしくアルバルクの声に、ラサースは即座に反応して駆け出した。追い抜くからくりの姿が視界に入る。無機質な素材に宿る心、魂。それはいびつであるだけに、生きるという方向性を色濃く映す。生きること、生かされること。或いは彼等は我々への命題の顕れなのかもしれない。だとすれば、彼をここで死なせるべきではない。
 敵へと地を踏む足は、リシルの神楽舞の後押しを受けさらにその疾さを増した。
「……貴方たちは」
「開拓者です。…主人の仇を前に控えていろとは言えませんがせめて、私たちに護らせてください」
 リシルは手元に集めた精霊力の光をからくりの体に投げかけた。からくりに効果があるか不安であったが、降り注がれた愛束花の光は人と変わらずその体を癒してくれた。その光景は用意しておいたからくり用の予備部品を使うよりも意義深いことであるかのように、巫女であるリシルには思われた。
 からくりとリシルに注意を向けている吸血鬼に、ジェーンが一気に肉薄する。互いの息遣いさえ聞こえる至近の状態。吸血鬼が肩当てを避けて首元に食らいつこうとする。牙が肉を裂く特有の痛み。痛みなどあらゆる行為に伴う取り決められた代償でしかない。ジェーンは眉も動かさず、無銘の業物で吸血鬼の体を貫いた。
(二人欠けてるからな。戦力はどっこいってとこか)
 五月は眼鏡の下で見回した。敵戦力は雑魚のゴブリンを除けば吸血鬼と、影鬼が三体。吸血鬼はジェーンに任せるとして影鬼も面倒だ。影に潜まれると、思わぬ場所から不意打ちを喰いかねない。一歩引く気で戦場を広範に、そして漠然と見回す。その漠然とした視界のなか、僅かな鋭い挙動を見せた空間に即座に矢を放ったとき、飛来した矢はからくりとリシルの傍らに突如現れた影鬼の頭部を射抜いていた。
 戦場は混沌である。そのなかでケイウスは詩聖の竪琴を軽やかにかき鳴らす。混沌の場の中、調和した旋律を保つことは容易ではない。しかしそれが己の役目であると信じている。ラサースもアルバルクもいる。二人の力は知っている。なら、自分は彼等を信頼し為すべきことすればいい。
 紡がれる、弾むような黒猫白猫の旋律はケイウスの周囲に幻影さえ生み、場に満ちた彼の力は仲間たちの素早さを目に見えて上昇させた。力を受けたラサースは繰り出される影鬼の爪を紙一重でかわし剣を振るった。
「もう始まってるな! ミルチはやっぱり犯人じゃねえ、ってこのアヤカシ共が真犯人だなもう説明もいらねえみたいだからぶっとばす!」
 場に走り込んできたヘスティアが勢いそのままに眼前にいたゴブリン達めがけて拳を叩き込む。横合いからいきなり不意打ちを喰らったゴブリン達は深紅のグローブを叩き込まれなすすべなく放物線を描いてまとめて吹き飛ばされた。ヘスティアはそのまま、からくりミルチを庇うような位置に立つ。
「とりあえず手、貸すぜ」
「……」
 ミルチは何と応えればいいか分からないような顔をした。剣を構え、アヤカシに向かう。
(やはり、志体の動き)
 その動きに、ヘスティアと共に駆けつけた志郎は眼を見張る。明らかに通常のからくりの動きではなかった。まさしく、自分たちと同じ志体の動き。理由は分からない。しかし、そもからくりは未だその大部分が謎に包まれている。在り得ないことでは、ないのかもしれない。
 志郎は影鬼に目がけてホーリーアローを次々と放つ。影から影へと、消える能力。ミルチの主人もこの影鬼にやられたに違いない。精霊の祝福を受けた矢は入り乱れる戦いの中で仲間をいささかも傷つけることなく、アヤカシの身体のみを貫き通した。
「人数も揃ったからな。とっとと決めちまうぜ」
 アルバルクはシャムシール「アル・カマル」を振るう。緩やかに湾曲した白銀の刀身は振るわれるたび、木々を縫って差し込む日の光を受けて白々とした明滅に輝いた。影鬼を相手取っているアルバルクの足元から、突如別の影鬼が現れる。
「危ない」
 誰の声であったか。ミルチのようだったが声音が違うようにも思われた。飛び出した影鬼の爪が振るわれると同時、アルバルクがアルタイル・タラゼドの早業で抜き撃った黄金短筒の弾丸が、影鬼の額を捉えて葬り去っていた。
「……分が悪いな」
 吸血鬼はそう呟くと、己の肉体を無数の蝙蝠へと変えた。ジェーンは即座にピストル「アクラブ」を抜き打つ。サリックによって練力を集積した連射は森の中にけたたましい銃声を響かせるたび蝙蝠たちを次々と撃ち落したが、おびただしい数の蝙蝠は意に介さず四方に散りながら森の上空へと飛び立ってゆく。
「……」
 わずかな沈黙。ジェーンにはその時間で事足りる。再び引き金を落とす。それまでの連射から外れて刹那の静謐のなか響いた一発は、逃れようとしていた最後の影鬼の背を違うことなく撃ち殺していた。

 ミルチを連れ、開拓者達は街へと戻っていた。
 ヘスティアが事の次第を少し強めに説明すると、不承不承ながら役人は納得したようだった。今回の報告書を待つことにはなるが、それだけ開拓者ギルドの力は大きいとも言える。今回のことは、事実が事実として処理されるだろう。
 ミルチは主人の亡骸に寄り添った。その横顔をラサースは見つめていた。
 からくりは起動して初めて見た相手を主人とする。この世に生を受けた雛鳥を想起させるように。このミルチは主人を失い、はからずも巣立つことになるのだろうか。覚醒するからくり。或いは、主人との絆の中で手に入れる様々な感情が、鍵なのかもしれない。
 無機質でありながら、感情を拠り所とするその在り方。再びの自問。自分はどうか。俺は彼の過去を、何も知らない。修羅である彼の過去。
「五月」
「情けねェ声出すなよ。生きるなんてことには、なにぶん時間のいることだ。死なない限りな」
 しかし五月はその先は言わない。生きながら、心が死んでいる者もいる。絶望という彼岸を超え、戻れなくなった者。
 それも本来は人間の悩み事だ。なら、ヒトでないこのからくりは、何を思うのか。
「ミルチ、君は自分では気がついていないかもしれませんが、君の主のことを。本当に悲しんでいますよ」
 志郎の言葉にミルチはそうなのかなと、確信の持てないような様子でいた。志郎は頷く。
「ただ、その表し方を知らないだけです」
「……そうかもしれない。分からないことが、多すぎる」
 起動したその時から、主人のいることがからくりの当然であった。様々な感情を経験する中、今日起こったことは彼を根底から揺るがすことだったに違いない。リシルは、なんと言葉をかけるべきか逡巡した。
「あの…あなたの主人について、お教えいただいても構わないでしょうか…?」
 ミルチは緩慢に頷いた。おそらく、今の彼にとってはそれは大切な手続きに思われた。彼のこれからを、考えるうえでも。
「……ミルチ、おまえも開拓者になるか?」
 ラサースの言葉に、そうするべきなのかもしれないとミルチは応えた。
「貴方たちのような、人達に出会えるなら。主のことについて、分からないことについて、分かるようになる気がする。ただ」
 ケイウスは長く注視していた。なにか、とても大事なことが己の眼前で起こっているような、そんな気がしていた。
「ただ、分かるようになる度に、今日起こったことが、辛くなるような。そんな気がしている」
 そっと瞼をおろした、ミルチの面持ち。陶器のように、冷ややかな肌。天儀の能のように、その下にたしかに感ずる、揺り動く感情の流れ。これは、きっと音楽にもなる。彼も音楽を持っている。
「辛いって感じるのは、悲しいって事じゃないかな。親しい人を失って悲しいのは当たり前だし……そう感じる心は人もからくりも一緒だって、俺は思ってるよ」
 ケイウスは大切な友に語りかけるように、静かに言った。