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■オープニング本文 年頭に催されるトプキの冬市は、ジルべリアの気候的な条件のために夏ほどでは無いと言っても、やはりそのにぎわいは大したものなのだ。 農民も貴族も、ご婦人がたも徒歩で、馬やロバに乗って買い物に、また鶏や牛を売りに、またあるいは大市見物にやってくる。しかしそのにぎわいも、もうしばらくは先のことであり、準備期間である今トプキで喧騒を放つのはもっぱら、宿屋に酒場に料理屋、売春組織、そして商人だった。 当然、最もせわしないのが商人だった。すでに市に入った商人の徒弟たちは朝から晩まで、縫ったり、掃除したり、分類したり、仕上げ加工したり、倉庫にしまったり、修理したりである。 そうでない商人たちも今なお、トプキへ続く街道の上を砂埃をあげるようにしながらこの町へ向かってきている。 ここにも一人、せわしない男がいる。しかし商人ではなかった。 「開拓者ギルドの者たちと、俺が。一人でですか」 「だからそう言っている、マラト」 「どういうことか、分かりません」 「伯のご要望だ。それで十分ではないか」 「いえ、分かりません。トプキ周辺のアヤカシへの警戒が必要なのは分かります。しかし、わざわざ開拓者ギルドの手を借りる必要が分かりません。我々で、それこそ十分ではありませんか」 「疑問を口に出さぬまま従うのも時には美徳と、そうは思わないだろうか」 「‥‥‥」 「いいだろう。君は、まだ若い。‥‥やれやれ、こうした面倒を口にするのは得意ではないのだが」 ため息をついた男は、マラトの巡邏隊の隊長だった。くたびれたような話し方よりは、若く見える。 「市で得られる利益というのは相当なものだ。そしてそれを支えているのが商人たちだ。伯としては、商人たちに安心して商売をしてもらわねばならない。だから、盗難や強盗、詐欺に交渉時の問題にと、あらゆる形で保障をしている。分かるだろうか、信用を得るためだ。ここでなら商売して安心だ、と。我々もその手段の一つ」 「だったら」 「我々で外へ出るわけにはいかない。城壁の外で起こったことと、城壁の中で起こったこと。伯の責任がより問われるのはどちらか。我々はあくまで市内の巡邏が任務だ。騎士は、貴族の威容を誇るのにいい。しかし、分けられるほど人数も居ない」 「なら、アヤカシのことは開拓者ギルドに任せてしまえばいいではありませんか。なにも俺が一人、付いていくことはない」 「街道は商人たちの往来も多い。君は彼らにこう思わせるのだ。ああ、伯の命令で騎士がギルドの人間を使って役目を果たしている、と」 「‥‥何です、それは」 「しかし君のことだ、よく分かっただろう」 「もう一つだけ。なぜ俺なんでしょう」 「君が一番若いからだ。それだけだよ」 マラトはそれ以上何も口にしなかった。理屈さえ分かってしまうと、案外すっきりしてしまう性質なのだった。 大したアヤカシが出るとは思っていない。今はもう、やってくるであろう開拓者たちとどうやって楽に時間を潰そうかと、マラトはそんなことを考えていた。 |
■参加者一覧
三笠 三四郎(ia0163)
20歳・男・サ
赤鈴 大左衛門(ia9854)
18歳・男・志
ユリア・ソル(ia9996)
21歳・女・泰
クラウス・サヴィオラ(ib0261)
21歳・男・騎
トカキ=ウィンメルト(ib0323)
20歳・男・シ
羽喰 琥珀(ib3263)
12歳・男・志
レティシア(ib4475)
13歳・女・吟
ウルグ・シュバルツ(ib5700)
29歳・男・砲 |
■リプレイ本文 衛兵の立った門をくぐると、広い大通りが彼らの目の前に広がった。 「おー、これがトプキですか。中々にぎやかですね」 レティシア(ib4475)は興味津々といった風である。居酒屋のカラフルな看板や、それぞれの職業を示す店のシンボルが通りの両側に続いている。土地の特色、名産品、そして出会いの予感。仕事を終えたあとはぜひとも町を歩いて旅行記を埋めなくてはなるまい。 「あン時よりも賑ってきとるだスなァ。てェしたモンだス!」 赤鈴 大左衛門(ia9854)はつい先日、依頼でよその町から商人の一行をここトプキまで護衛してきたのだった。そのときよりも町を歩いている人数そのものが多くなっているように見える。 「冬市か‥‥皆が活気付いていて、いるだけで楽しくなりそうだ」 「ホントだよなー! 終わったら市見物しにいこーっと」 「ああ、今はまだ準備期間のようだが。それでも見られるものも多いだろうな」 クラウス・サヴィオラ(ib0261)は羽喰 琥珀(ib3263)の楽しげに揺れている尻尾を見ながら頷いた。しかし、これだけ人が集まるとなればアヤカシもその気配を察して出てくるかもしれない。 「被害が出たら冬市も台無しだ、気を引き締めていこうぜ」 やがて、衛兵が一人の若者を連れてきた。いかにもな騎士、という装いをしている。 「どうぞよろしく、開拓者の皆さん。なに、どうということのない楽な仕事です。街道に立って、時間が過ぎるのを待つというだけ。むしろ開拓者の皆さんの最も嫌う退屈というものを与えてしまうのではないかと、それだけが心苦しいのですが」 本気で言っているのか、それとも軽く不貞腐れているのか。ユリア・ヴァル(ia9996)は、笑った。 「あなたが、マトラ」 「そう、マラトです」 「したらマラトさぁ、よろしく頼むだス」 「短い間ですけど、一緒にがんばりしょう」 こちらの顔ぶれをしばらくうかがう様子を見せたあと、若い騎士は存外に屈託の無い笑顔でもう一度、よろしく、とそう言った。 三笠 三四郎(ia0163)は早速、銃士隊との打ち合わせに入っていた。 「それでは、アヤカシが出た時の合図は旗と笛でということで。それと、今までのアヤカシが出た時の状況などが分かるとありがたいんですが」 「んーそうだな、大したアヤカシはほとんど出たことないんだが。ゴブリンスノウやフローズンジェルなんかは出るけどな。ゴブリン共はたいてい森側から来る。あとはアイスゴーレムだが、雪原の上に気づくと居たって感じだったからな」 あの時は慌てた、と銃士の一人は苦い笑いを浮かべて顎に生やした髭をなでている。 三四郎は少し意外な思いもした。開拓者が来たとなれば平時から警護にあたっている彼ら銃士隊などはいい顔をしないと思っていたのだが。もちろん歓迎という感はないが、会話の調子は自然なものである。 「一目で騎士の管轄内にあることが分かるようなものを用意して貰えればと思うのだが。印入りの腕章など」 ウルグ・シュバルツ(ib5700)の言葉に、一瞬マラトは軽く喉を詰まらせるような、微妙な表情を見せた。 「‥‥それは、なんというか。こちらの事情をよく察して頂いているようで」 「そうでもないと思うが」 「腕章なら、すでに用意してあります。しかし、こういうものはこちらの勝手な都合で、皆さんがそう気を使われるようなことでは」 「それが仕事というものだろう。おまえこそ気にするな」 「‥‥‥」 ウルグの話しの調子といえば随分と素っ気ないものだが、マラトには何やら感じ入るところもあったらしい。 「騎士にも色々と事情があるのだろうな」 「それは、きっと誰にとってもそうでしょう」 「違いない」 マラトから腕章を受け取り、身に付けた。琥珀などは、 「へー、これが紋章ってやつか」 としばらく面白そうに眺めていた。 「それでは、東と南のそれぞれの街道に二班に分かれて警備、ということで構いませんか?」 トカキ=ウィンメルト(ib0323)の問にマラトは問題無い、と頷く。 「それじゃ、南班の皆もしっかりね。マラトは私たちと一緒に東班よ、いきましょ」 「え、ああ、はい。お願いします」 ユリアに引かれるようにして去っていくマラトたちの背をしばし見送ると、三四郎たちも東門へ向かって歩き出した。 「ああ、思いだした」 三四郎は振り返った。 「アイスゴーレムが出た時、雪が降ってたな。今は曇ってるが、降ってもおかしくねえ。出るかもしれねえぞ、気をつけな」 本気ではないのだろう、髭の銃士は意地の悪い笑いを向けている。 三四郎は軽く微笑って「どうも」と応えたが、背を向け歩き出した時には黙って空を覆う厚い雲を見上げていた。 三四郎は、気象の知識に明るい。白い吐息をのぼらせながら見上げる表情は明るくなかった。 「おつかれさまー。せいだして商売してね♪」 ひらひらと手を振るユリアに、商人たちは陽気に挨拶を返しながら通り過ぎていく。 「買い物しに行くから、値段まけてくれな」 「なんだボウズ、女向けの細工なんぞに興味あんのか?」 「なーんだ、いらねーや」 「はは、まあ女に贈りたくなったら来るこった」 琥珀も随分気さくに言葉を交わしている。商人たちにしても、ジルベリアでは珍しい獣人である琥珀に目が引かれるようなところもあるのかもしれない。 馬車を見送ったウルグは後ろを振り返った。 「ヴォトカ飲みます?」 「任務中ですから」 「防寒対策ですよ。体が冷えていてはいざという時に困ります。暖まりますよ」 「そういうことでしたら。いただきます‥‥トカキさんは、ジルベリアですか」 「ええ、久しぶりの帰郷といったところで。自分の生まれ故郷ながら、さすがにこの時期は寒い」 「しかしそれだけにヴォトカはうまくなります」 「違いないですね」 「ははは」 ウルグは軽く目頭を抑えた。ゆるい。 「あら、いいもの飲んでるのねー。ところで、マラトはなんで貧乏くじ引くはめになったのかしら」 ユリアはちょっと意地の悪い笑顔を浮かべている。 「俺が一番若いからだそうで‥‥あ、いえ、別に皆さんといることが貧乏くじだとは」 「いいんですよ。しかしマラトさんも不遇ですね」 「いえ、妥当だと思うんです。別に僻んじゃいません」 「あら、そうなの。もう少し落ち込んでても面白いと思うわよ?」 「はは、あまりいじめないで下さいユリアさん」 「まあ、なんか知らねーけど元気出していこーぜマラト」 「はい」 冷えた風にまじり何か頬に触れるものがあって、ウルグは空を見上げた。 「‥‥雪か」 やがて城壁の上に掲げられた旗が風に翻るのが彼らの目にとまった。 「少し遅くなっただス」 「どちらへ?」 「なァに、前の依頼で一緒ンなった商人さぁたちンとこへ顔出して来たまでだス」 そう言って大左衛門が銃士隊から借りられたらしい紋章入りの旗を担いで戻ってきてから、しばらくが経った。 レティシアは笑顔で町へ向かう馬車を見送っている。穏やかな風に舞う雪は細やかである。手袋をした手で顔をちょっとさすってみる。こうも寒いと自慢の笑顔も固まってしまいそうだ。にこにこ、問題無し。 寒いなかにずっと立っていると、頭が呆、としてくる。温かい時も同じか。白い景色。見なれた景色。あまりにも白が多すぎて、あらゆるものの境というものが、あいまいになってくるよう。 そんな白い景色に真っ直ぐの線を通すような、無機質に高すぎる笛の音。振り返ったレティシアの青い瞳に、激しく振るわれる旗が映った。 クラウスはすでに駆けている。一気に駆け抜け、前足をあげて荒立つ馬の横を抜ける。 「あ、あんたは」 「もう大丈夫だ、ここは俺達に任せろ!」 護衛の開拓者らしい男を背に立つ。注意をこちらに引きつけて見せる。 (でかいな) 自身の身の丈の倍はあるアイスゴーレムに対し、クラウスはウィングド・スピアをくるりと回すと一足の踏み込みと共に突き出した。槍を氷塊に突き立てるのと変わらない。穂先で氷を砕き削りながら、痺れるような手ごたえがした。 「こちらで対処いたしますので落ち着いてくださいな」 平静を装って商人たちを行かせると、レティシアは勇壮な歌を奏でる。その騎士の魂が、大左衛門の胸に染み入るように響いた。 「ぬうぅ!」 アイスゴーレムがその巨体に似合わぬ速度で繰り出した拳が大左衛門の体を槍ごと吹き飛ばす。しかし引かない。槍から紅葉の燐光を散らしながら、大左衛門は足を雪の上で滑らせながらも耐えた。 拳を振り切り刹那に静止した隙に、三四郎の放った矢が突き刺さり氷粉がぱっと散って足元に居たクラウスの頭にかかった。 アイスゴーレムの激しい格闘をクラウスと大左衛門が受け、抑えながら、ざくざくと氷を削るように攻撃を加えていった。 「あそこ、右胸の下のあたりです」 奴隷戦士の葛藤を蔑むように奏でていたレティシアが声をあげた。削れた氷からのぞいている、赤い核。それまで激しく攻撃を繰り出していたアイスゴーレムが、俄かに背を向けるようなそぶりを見せた。 「おっと、逃げるなよ?」 素早く回り込んだクラウスはとことん不敵な笑み。槍を振りかぶる。突ではなく斬、点ではなく線で捉える構え。燃焼させた気力が血流に乗って一気に全身を駆け廻るイメージ。 「核ァ抉り出したるだス!」 対して大左衛門はとことん突、点の構え。全ての体重、膂力、そして精霊力を一点に注いでみせる。 繰り出された二連の槍がはしった時、氷塊の人形は崩れ落ちてただの氷塊となり、やがてその瘴気は風に乗り消えて去った。 「なんとか‥‥東班の皆さんが来る前に片付けてしまいましたね」 「来られないんだろう」 三四郎は城壁の上を見た。旗は東班が交戦中であることを告げていた。 「面倒なゴブリンスノウ片付けたと思ったら、今度はアイスゴーレムってわけね」 避けた拳の風圧が長い髪を舞いあがらせる。拳の一撃一撃が存外に重く強い。長引かせたくない。ユリアは槍の狙いをゴーレムの足に定めた。 「大丈夫ですかマラトさん」 「‥‥ありがとうございます」 拳の直撃を受けたマラトの体を、トカキのプリスターが発する仄かな光が包んでゆく。中級アヤカシとやりあうにはマラトはいささか力不足、とトカキは見た。そも、格闘戦に強いアイスゴーレム相手に接近戦では分も悪い。しかしマラトはしばし息をつくと再びゴーレムに向かっていった。 (まあ、騎士なんでしょうね。せいぜい俺もしっかり支援させてもらうとしますか) 微笑うトカキの掌中で赤く燃える火球が渦を巻いた。 鋼を打ち合わせるような音と一緒に、琥珀の平突がゴーレムに突き刺さる。 「さっさと核だせってのっ」 突き刺したままに繰り出した雷鳴剣が氷を削っていく。ゴーレムはたまらず巨木のような腕で刀を小柄な琥珀の体ごとに振り払う。琥珀は身軽にかわしている。一撃の火力を持つユリアにとどめを刺させるためにも、なるだけ攻撃を引き付けたい。 (‥‥遅いな) ウルグはマスケットの射線にゴーレムを乗せながら思った。そろそろ南班が駆け付けて来てもいいはずである。向こうも何かあったか、という疑念はしかし引き金を落とす時には消えている。射線の上から琥珀が消えゴーレムのみが残ったところへ放った空撃砲が、ようやくゴーレムの巨体を転倒させた。 「それじゃ一気にいくわね、援護よろしく!」 「ああ」 「いっちまえっ!」 距離をとったユリアが槍をまっすぐに構え、ゴーレム目掛けて疾走する。まとったオーラは鮮やかな朱金。その後の防御を捨て、圧倒的な瞬発力を以って己自身を槍とするその突撃を、騎士であるマラトは知っていた。 「‥‥カミエテッドチャージ」 致命的な一撃が、接触の瞬間に突き出したゴーレムの片腕を吹き飛ばしなお止まらず胴に突き刺さった。 「あら、ちょと逸れちゃった」 赤い核を露出させたゴーレムは大半の氷を吹き飛ばされ、情けない格好になった。二まわりは小さくなった体で跳ねるようにして逃げ出した。 「あ、待てこらっ!」 琥珀がすばやく後を追っていく。 ウルグはもう追わなかった。ゴーレムの逃げる先から向かってくる四人の人影が見えたのだった。 「お疲れ様ですマラトさん。気分はどうです」 「分かりません。体が痛い気もしますが、そうでもない気もします」 「隊の方たちに自慢できるのでは?」 「いえ、自分は何もしてません。しかし、いい経験と、勉強になりました」 「まあ、さっさと強くなることね。そうすれば他のことも自然とあとからついてくるでしょ」 「はい。強く、なります。なんというか、皆さんと会えて本当によかったと思うんです」 「ヴォトカはどうです」 「いただきます」 その後、全員そろって町の門をくぐり、広場ではレティシアが皆の勇姿をたたえる歌をうたった。多少の脚色を加えられ、歌の中心になっていたマラトは慌てたりばつが悪そうにしたりしていたが、レティシアの温かく、澄んだ歌声はいずれ訪れる春を予感させた。 聴衆から得たおひねりが彼女のお土産代の足しになったかどうかは、最後まで謎であった。 |