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■オープニング本文 雪かとおもった。 頬にしみるような冷たさがあったのだった。 顔を向けると、よく緑に色づいた木の葉が一枚、風に流されていく。 さしものジルべリアといえど、しばらくは雪と氷は鳴りをひそめる季節が訪れている。 それでも雪、と思ったのは、やはり天儀よりどこか物寂しいような、涼やかすぎる景色がそうさせたのだろうか。 いつだか聞いた音色が景色と重なる。この景色をそのまま形にしたような音色を弾く、三弦からなるこの国の楽器―。 「退屈でいらっしゃいましょう」 荷馬車をひいている男だった。 「街道をゆくこの時間が私どもにとっても一番退屈でございます。ただ長いこと商人などやっておりますと、この時間もまたかかせぬものと通暁いたします。街についたときの楽しみをひとしおにいたします。めりはりなのでございますね。それに何より、アヤカシや盗賊にでも襲われて損をみるより、退屈の方が随分安くすみます。もっとも」 慇懃で、少々口数の多い男だった。 「もっとも、開拓者の皆様には、そこが腕の振るいどころなのでございましょうが」 雪に妨げられないこの季節は当然、街道の往来もさかんになる。街道をもっとも利用する彼ら商人が自分たちのような開拓者を雇う機会も、当然増える。 吹いた風に外套の中で軽く体を震わせた。彼ら商人たちの身に着けていないものの感触が確かにある。 顔をあげた。 街道は薄く灰のかかった空の下でただ続いている。 「おうおう、あの御一行さまは積荷もたんまり抱えてそうだなあ」 「あの人数の様子だと、開拓者も連れているか」 「いいじゃねえか。そんだけ価値のある荷てこったろ。なあ、イサイ」 「ああ。腕のたつ奴らだといいな」 「……けっ、相変わらずずれてやがる」 「イサイにしてみれば、ずれていないんだろう。軸はたっている」 「その軸自体がずれてるってんだ。そりゃあよ、名誉を求め誠実に重きを置きそのために心身常に厳しく陶冶したる、麗しきモノホンの騎士さまの軸だ」 「……」 「だが俺たちはモノホンじゃねえ。かといってただの盗賊にもなりきれねえ。はずれ者ははずれ者らしくしてりゃあいいんだよ」 |
■参加者一覧
川那辺 由愛(ia0068)
24歳・女・陰
荒屋敷(ia3801)
17歳・男・サ
野乃原・那美(ia5377)
15歳・女・シ
フェンリエッタ(ib0018)
18歳・女・シ
フォルカ(ib4243)
26歳・男・吟
カメリア(ib5405)
31歳・女・砲
ラグナ・グラウシード(ib8459)
19歳・男・騎
乾 炉火(ib9579)
44歳・男・シ |
■リプレイ本文 故郷に帰ろか。果てまで行こか。短い夏が終わる前に―。 (馬車に揺られながら、お上手に弾かれますねぇ) と、カメリア(ib5405)は感心した。フォルカ(ib4243)の歌と故郷の景色とは彼女の中で意外なほどの調和をみせたが、ともすれば望郷の念に傾きすぎるきらいもして、自分の胸に抱いた銃にやがて気を移した。カメリアの身の丈近い艶のある銃身は、単一の黒ではなく常にその漆黒の奥に仄かな青を含み、見るたびに異なる流動的な色様をたたえていた。 (ああもう、なんでこんなに美人さんなんですかねぇ、この子は) 幸せそうなカメリアだった。 ふいにフォルカの演奏が途絶えた。馬車が一際大きく揺れたのだった。失礼いたしました、と商人が馬の手綱を寄せながらいった。 「フォルカ様はジルべリアの出身でいらっしゃいますか」 「祖父がな。俺は血でいえば四分の一になる」 「私などはそちらの道にはとんと疎うございますが、旅が長いと吟遊詩人と出会うことなどもございます。フォルカ様の音の響きにはやはりこの国のものがあるように思われますな。随分長く目にしておりませんが、腕のいい吟遊詩人を思い出しておりました。楽器は似ておりますが、こう、擦るのではなく弾く三弦の……」 「バラライカだな」 「おっしゃる通りです」 馬車について歩くフェンリエッタ(ib0018)の顔を、かすめるようにして飛んで行ったものがあった。蜂の姿ではあったが、すぐに式と分かって振り返ったフェンリエッタに川那辺 由愛(ia0068)は、用心よ、と含みのある笑みを返した。 「……それにしても此の辺りは隨分と肌寒いわねぇ。夏も近いってのに」 外套のえりをただしながら由愛はぼやいたが、その言葉には一種の頑なな無関心が含まれているようにもフェンリエッタには思われた。彼女の眼にはこの風も、さしたる意味を持って映ることはなく、その赤い瞳は奥深いところで全く異なるものを求めて瞬いているのかもしれなかった。 「ここまではまずまず順調な旅……だが、油断はできないな」 言いながらラグナ・グラウシード(ib8459)は馬に揺られてうとうとといかにも眠たそうな荒屋敷(ia3801)が目に入って苦笑したが、そうなるのもやむを得ない旅になっていることはまずまず、幸いともいえた。 「何もないにこしたことはないけどな。……なあ、うさみたん?」 そしてラグナは背負ったうさぎのぬいぐるみの頭をぽふぽふする。 (……ツッコミ待ち、というやつなのかしら) 少し悩んだが基本的に真面目なフェンリエッタのジャンルではなかった。 ラグナのうさみたんぽふぽふはそれからしばらく続いた。 「うおおいなんか来るぜええ!」 野乃原・那美(ia5377)と共に先行していた乾 炉火(ib9579)の太い声が響き渡る。 馬車がゆく街道の左先方に広がる針葉樹の背の高い森の影から、こちらへ一直線に目がけてくる気配に炉火は皮膚の下で何かが這うようなざわめきを覚えた。ささやかでありながら煮沸するほどに熱い猛りへの変化を予感させるそのざわめきは、外部の何かに対する肉体の純粋な反応であり、それはすなわち敵意に対した肉体の戦いへの順応の起りだった。 「へっ、初仕事から美男美女に囲まれて幸先いいと思やあ、そう楽にゃいかねえかい」 森から現れた集団は野卑た怒声をあげながら襲い掛かってくる。その様子に、那美は常絶やさぬ笑顔をさらにほがらかにさせた。 「あは、盗賊さんってことでいいんだよね」 那美は忍の技に違わぬ速さで盗賊の一人との間合いを一息で殺してみせた。 「剣を構えて向かってくる以上、死ぬ覚悟はもちろん出来てるよね。ないなら…先に降伏してよ?」 「ひっ!?」 見切れぬ速さで迫った者からさらなる疾さを以って放たれた刃を見切れる道理はない。那美は刃を伝う確かな肉の感触を期待したが、意に反して訪れたのは鉄の衝撃だった。 「あれ、志体持ちさんだあ」 「相手させてもらう」 割って入った鉄は那美の細身の忍刀と比べれば酷く分厚い両手剣だった。身にまとった鎧の重厚な輝きも、他の盗賊然とした者たちとは明らかに不等だった。身のこなしと装備は騎士のそれであり、そしてそれは那美の刀を受けた者の他にも盗賊たちに混じって数人見受けられた。そのうちの一人が怒号を飛ばす。 「お前らは開拓者には構うな! 積荷を奪え!」 「ちっ…案の定、盗賊か!」 馬車へ目がけて襲い来る盗賊の数は十五。 すでに目測で網を張ってある。その網の中に十五の盗賊が収まるまで充分に引き付けると、カメリアは銃の引き金を落とした。 「皆さん…ぴかっとします、よ!」 駆ける盗賊たちの中心で炸けた弾が閃光を放出する。一瞬の閃光はしかし、視界に留まり盗賊たちの世界を皓白に変え彼らの進撃の速度を減じた。 「へっへ! 盗賊風情にサムライが負けっかよ、掛かってきやがれえええ!!」 荒屋敷が咆哮しながら盗賊を馬車から引きはなすために駆けている。長大な魔槍砲を手に景気よく駆ける姿にはすでにさきほどまで馬の上でまどろんでいた面影はない。 カメリアの閃光弾に続き、荒屋敷の咆哮によって意識を完全にかき乱された盗賊たちはすでに統御の行動などとれようはずもなかった。咆哮に引き寄せられる足取りすらも覚束ない。 しかしなお確固たる意志を宿した視線をフェンリエッタは感じていた。その視線の持ち主はやはり騎士らしき姿をしている。 いかなる素性の者たちかフェンリエッタの知りえるところではないが、世が乱れ窮すれば民や兵も盗賊行為にはしることをフェンリエッタは身をもって知っていた。あるいは力ある者が真に立ち向かうべきは彼らよりも、その後ろから彼らを追いつめる何かであるという可能性をも―。 鍔迫る鉄の衝撃に意識が引き寄せられる。その衝撃は確かに力ある者の重みを宿していることがむなしかった。 「むっ」 不意に相手の表情が強張った。提琴の音が響いている。 「どうした。防具の使い方を忘れちまったのかい」 奴隷戦士の葛藤を奏でるフォルカの声音は曲と同期するかのように不敵さをかもしていた。それもまた音の感性を持つものの一種の戦いへの順応の形なのかもしれない。 「……かなりの人数のようですな」 「心配ない」 傍らの商人のもらした不安げな声にこたえる。さすがに先ほどまでの饒舌さはなりをひそめているようだった。 (しかし開拓者がついてると分かってて仕掛けてくるとはな……) 「ぎゃあぎゃあ吠えられると迷惑なんだよ」 「……ってぇな!」 咆哮によって盗賊のほとんどを使いものにならなくさせた荒屋敷に、叩き潰すようにして振り下ろされた剣が荒屋敷の体を魔槍砲のうえから弾き飛ばす。 「はいはい、回復するわよ。怨念よ、我が意を受けて形となれ…!」 後方から由愛が行使した治癒符の式が飛来する。蟲の姿をした式はぺたりと傷口にはりつくと、うぞうぞと蠢きながら荒屋敷の体の一部になってゆく。 「ちょっと待てなんで蟲っ!?」 「かわいいじゃない」 「えー」 回復と引き換えに精神的な数値がちょっと下がったかもしれない。 「ああんもう固いなあ。斬り心地よくないよきみ〜」 那美が心底不満そうな声をあげる。剣と鎧でかためられた防御のうえを切りつけたところで楽しくもなんともない。欲しいのは肉の感触だった。 「そうか? 悪い」 その受け答えにやけに邪気がなく、炉火は毒気を抜かれるような思いがした。 「お前さんどうも盗賊っぽくねえが、好きでこんなことやってんのか? 望んでねぇならこんな事とっとと止めちまえよ、世の中もっと気持ちいい事一杯あるぜ? なんならオイチャンとそこの茂みで…」 「遠慮しとく」 「そうかい。残念。まあ、こっちも仕事中だしな」 「それと、妙な気遣いはしないでいい」 「そっか、それじゃそうさせてもらうね」 弾むような口調は那美のもの。視覚の底辺にはりつくような体勢から繰り出される一撃。水に濡れたような細長い刃は、まさしく水に変じたと思わせる精緻さで堅牢な剣と鎧の隙間をすり抜けるようにして突き立てられた。 刃が引き抜かれると共に鎧を鮮血で濡らす盗賊に、銃口が向けられている。傷を負い硬直する盗賊の眼に、短銃にほどこされた飛龍の細やかな装飾が、やけに鮮明に映った。 「悪りぃな。殺すつもりはねえからよ」 炉火の気さくな言葉と同時、乾いた銃声が鳴った。 騎士風の志体持ちらしき盗賊は五人いるらしかった。そのうちの二人が、馬車の目前にせまっている。 「ふん、この私に戦いを挑むとはな…後悔させてやろう!」 オーラの奔流が、馬車の前で立ちはだかるラグナの体を覆っている。目に見える精神の燃焼は、鍛えられた肉体のなかを新たな血流として脈動し力をみなぎらせた。 正面から衝突した二振りの大柄な両手剣はその質量と込められた力のために、撃剣の鉄を弾く音よりは、金属を急激に屈曲させたような粘性の高い音をとどろかせた。 受けながらすぐさまラグナは二人目の攻撃に備えるべく意識をはしらせたが、その二人目は一人目と切り結んだ自分を横目に駆け抜けるつもりと知り、思わず舌打ちがもれた。 馬車に乗り込んだ盗賊の前に、商人の一人がいた。 体が硬直したらしい商人は短い悲鳴を出したきり逃げることも出来ずにいる。 「させはしない!」 フェンリエッタの放った雷撃の刃は剣を手にした盗賊の腕を射抜いてその動きを止めた。それはカメリアには十分な時間だった。すでに挙動を開始させていたカメリアは、それまで構えていた身の丈近い銃を己の体を回しながらぐるりと右腕で背に担ぐと、銃士用外套の下から出てきた左手には短銃が握られている。 「ぐっ」 至近から鎧の隙間を縫って腕を立て続けに射抜かれた盗賊は、苦悶の表情と共に手にした剣を取り落すと、代わりにでもするように落とした剣の隣の積荷を抱え駆けだした。フェンリエッタたちは追撃をかけるが、騎士の技を使っているらしい盗賊は攻撃を受けながらも足を止めない。 しかし勝敗はすでに決していた。 ほとんどの盗賊たちは荒屋敷の咆哮とフォルカの夜の子守唄によって無力化し、戦闘に及んでいる志体持ちに対しても着実に追いつめている。 「喰らえッ、盗賊風情があッ!」 ラグナの体を覆うオーラの奔流が一気に掲げた剣に流れ込み、振り下ろされた一撃は盗賊の身体を弾き飛ばしてその重厚な鎧を割った。 相克の音はなおやまない。 「受けられるもんなら、この一撃、受けてみやがれ!!」 荒屋敷の魔槍が盗賊の身体を貫かんと一足の踏込と共に繰り出される。堅牢な剣の構えで受けた盗賊に、荒屋敷は確信を含んだ笑みを見せた。それは盗賊には真実、不吉な笑みに違いなかった。 轟音が響く。それまでの剣戟の音とは似ても似つかない、凝固した力の暴力的な解放の爆音。槍と砲、二つの性質をもった魔槍砲は解放させた熱量のなごりを荒屋敷の手の中にとどめていた。 「……くそったれめ」 毒づく盗賊の鎧は、重厚な輝きも見る影無く無残に割られている。 「ほほお、今のでまだ立ってられんのか。それとも誇り高き騎士様の意地かい?」 「生憎そんなもんはうちじゃ扱ってねえ……引くぞてめえら!」 「ま、待て話が違うぞ! 俺らはどうなる!?」 「約束は襲う時に面倒な奴を引き受けるのと取り分だけだ。逃げる時のことまで話しちゃいねえ。てめえで逃げるんだな」 盗賊たちが散り散りになって逃げてゆく。 手近にいた盗賊を、炉火が抑え込んでいる。他の盗賊たちもフォルカの歌に眠りに落ちたりつかまったりしている。ただその向こうには、仲間の追撃から逃れ、森に伏せていたらしい馬に飛び乗って遠ざかってゆく志体持ちたちの背が見えた。 「……ちっ。なんか盗賊っぽくなかったんだよなぁ、あいつら。まあ、どこぞの騎士くずれってとこかい」 ひとりごちた炉火の下で抑え込まれた盗賊が毒づき、炉火はきゅっとわずかに力を加えた。あとにはやはり提琴の音だけが残った。 「おかげさまで助かりましてございます。さすが腕に覚えのある方々ばかりですな。皆様の勇姿に、私も年甲斐もなく武者震いいたしました」 腰が抜けていただけのようだったけれど、と由愛は口にはださなかった。 「申し訳ない。積荷を少々持っていかれたようです」 「いえいえ、持っていかれた分は微々たるものにございます。また稼げばようございます。そのための物種も、この通り。ほれ、お礼申し上げなさい」 かたわらにいた若者は深々と頭を下げた。フェンリエッタは曖昧な微笑を浮かべたが、気になることがあった。 「で、あいつらは何もんだ」 「知るか。腕に覚えがあるようだから利用してやろうとしただけだ」 「だっはっは、逆に利用されてこのありさまかい」 視線の先では炉火たちが捕えた盗賊たちを片っ端からふんじばっていた。 「……この辺りにはああいった者が多いのですか」 「と申されますと?」 「志体を持ち、騎士の技を身につけた盗賊です。逃がしてしまいましたが」 「はて、この街道でそういった話を聞いた覚えはありませんでしたな。盗賊が出るということではありましたが。もっとも、騎士紛いだか騎士くずれというのは時折見受けられるものではございますが。世知辛いものでございます」 言いながらいかにも人好きのする愛想を浮かべかけた商人は押し黙った。フェンリエッタの眼に何とも言えない深い憂いの色を見てとったのだった。強いて苦悩を表情にあらわさないフェンリエッタの整った顔立ちに、その瞳だけが異様な色を宿して浮かんだだけに、商人にはそれがかえって何か凄惨なものを見るような思いがした。 由愛は相変わらず、やはりその赤い眼で盗賊を一瞥すると、それきり興味を丸ごと失ったようにかたわらの那美に微笑を向けた。 「那美、町についたら飲むわよ〜。寒い日は飲むに限るわ」 「美味しいお酒をいっぱい飲むのだ〜♪」 ラグナはいきり立った様子の馬をひとしきりなだめると、馬車の周りを見て回った。 やがて馬車の中に立ち入ったラグナの足元に、逃げた盗賊のものと思しき両手剣が横たわっていた。 剣。自分は結局はただこれだけのために己を捧げているが、彼らにしてみればまた異なった意味を持つものだったのだろう。あるいは意味など見出さなかったか。どちらにせよ、奪った積荷の代わりに置いていくくらいには、彼らにはこの剣が重荷だったのだろう。 「やれやれ哀しいな、人は道を過つものだと言えども……」 横たわる剣を手に取りひゅんと回したラグナの背には、うさぎのぬいぐるみがしっかりと背負われていた。誰一人ツッコミを入れてくれる者のないまま、ラグナは誰のためとも知れない切ないため息をついた。 |