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■オープニング本文 ● さんさんと太陽の光が降り注ぐ昼下がり。 桜の花びらもすっかり落ち、木々が青々とした葉を茂らせるようになった今日この頃、町中を歩く黄平少年は、汗ばむほどだった。 確実に、夏が近づいている。ちょっぴり太り気味の黄平には、夏の暑さはなかなかきついけれど、それでも彼は夏が来るのを心待ちにしていた。そのためだったら、ちょっと苦手な一人でのお使いも怖くない。 なぜなら・・・・夏には彼の大好きな、あれ、があるからだ。 「おじさん、あゆ、ちょうだい!」 なじみの魚屋に着くやいなや、黄平は元気いっぱいの声でいう。魚屋のおやじも慣れたもの、威勢のいい声で返す。 「おや、黄平くんじゃないか、久しぶりだなー。元気してたかい?」 「うん。元気だよ。だから、あゆちょうだい!」 三度の飯より飯が好き、・・・・というのはおかしいが、とにかく食べることが何よりも好きな黄平少年、その中でも一、二を争う大好物のひとつが、鮎の塩焼きだ。できる事なら年中食べていたいが、季節ものはそうもいかない。だから彼は、鮎が出回る夏になるのを、心待ちにしていたのだ。 「一年ぶりの鮎・・・・はぁ・・・・」 はやくもため息をつきながらよだれを垂らしている黄平に、魚屋のおやじがすまなそうな顔になる。 「実はな、黄平くん・・・・今年はその、鮎がまだ入荷していないんだ」 「え?」 黄平のまんまるの目が、さらにまんまるになる。 「なんでも、仕入れ先の漁師がいつも鮎をとっている川に、得体の知れない怪物が出たらしくてな・・・・」 「かいぶつ?」 「でっかい口に鋭い歯がずらっと並んでいて、ゴツゴツした鎧みたいな鱗に覆われた、見るからに恐ろしげなやつだったらしい。アヤカシだか、ケモノだかわからんが、とてもじゃないが近づく気になれなかった、って漁師のヤツは言っていたな」 「う〜!」 黄平の顔が、怒りに燃えている。いつも穏やかのほほんな彼が、こんな顔をするのは珍しい。 「そんなわけでさ、そいつを追っ払うなりするまで、鮎はお預けだな」 「・・・・ボクが、なんとかする」 黄平がつぶやく。完全に目が据わっている。 「ん? ああ、そうしてくれたら助かるな〜。もし何とかしてくれたら、おじさんのおごりで鮎料理の大宴会だ」 そんな黄平の様子に気づかず、魚屋のおやじは冗談半分に言う。 だがもちろん、黄平は本気だ。普段はぼうっとしているように見えても、こうと決めたら意外と頑固なところがある。まして、食べ物のこととなればなおさらだ。 「ボクは行く! あゆの、だいえんかいのために!」 そう言って黄平は、開拓者ギルドにむかって走った。 |
■参加者一覧
天津疾也(ia0019)
20歳・男・志
樹(ia0539)
21歳・男・巫
礼野 真夢紀(ia1144)
10歳・女・巫
水津(ia2177)
17歳・女・ジ
赤マント(ia3521)
14歳・女・泰
平野 譲治(ia5226)
15歳・男・陰
和奏(ia8807)
17歳・男・志
ジェシュファ・ロッズ(ia9087)
11歳・男・魔
夏 麗華(ia9430)
27歳・女・泰
ベルトロイド・ロッズ(ia9729)
11歳・男・志
ジークリンデ(ib0258)
20歳・女・魔
クルーヴ・オークウッド(ib0860)
15歳・男・騎
小隠峰 烏夜(ib1031)
22歳・女・シ
琉宇(ib1119)
12歳・男・吟
ミヤト(ib1326)
29歳・男・騎 |
■リプレイ本文 ● 「ということで、おいしいあゆが、たべられないの!」 一生懸命に依頼の内容を説明した黄平に、彼とは顔なじみの礼野 真夢紀(ia1144)がかわいらしい眉をひそめてうなずいた。 「お魚取れないと漁師さん大変です」 樹(ia0539)も、いつになく真剣な表情でうなずく。 「獣かアヤカシかは分からないけど、この時期に鮎が取れないと大変だよね、季節の味覚が食べれな・・・・」 「だから、ボクたちで、あゆを、すくいにいくの!」 顔を真っ赤にして主張する黄平に、天津疾也(ia0019)がばんっと自分の胸を叩いてみせる。 「おー、この時期の鮎が一年で一番うまいと言うからなあ、さっさととるのを邪魔する奴を蹴散らして、うまい鮎でも食うとするかいな」 「んっ! 承知っ! 『皐少年探偵団』三番手の名に掛けて尽力する事を誓うのだっ!」 そう言って平野 譲治(ia5226)も拳を振り上げる。 「黄平くんもうちょっとだけまっててねっ、すぐ鮎食べれるようになるからねっ」 黄平を安心させるように人なつっこい笑みを浮かべたのはミヤト(ib1326)だ。 「じゃあまずは、問題の怪物が出る場所やその姿について漁師さんから話を訊いてみよう」 琉宇(ib1119)の提案に、黄平は決意に満ちた表情でうなずいた。 ● 「あのっ! 見た怪物ってどんなのなのだっ!? どれ位居たのだっ!?」 問題の漁師の家に着いた途端、譲治が急き込むように尋ねる。 「怪物が何匹いて、大きさはどの位でしたのでしょうか?」 対照的に、優雅に尋ねたのはジークリンデ(ib0258)だ。 「オラがみたのは一匹だけだ。大きさはこーんなくらいだ!」 そう言って漁師は、自分の両腕をいっぱいに広げてみせる。 「まったく得体の知れねぇ化けモンで、オラはもう、怖くて怖くて・・・・」 「得体の知れない怪物ねぇ。よく判らないモノって恐怖心を抱いちゃうものなのかな〜?」 ジェシュファ・ロッズ(ia9087)は心の底から不思議そうな様子で、首を傾げる。 「得体の知れないモノは怖くないよ。本当に怖いのはよく知っている筈なのに何一つ理解出来ないモノなんだから」 ぼそりとつぶやいたのはジェシュの双子の兄弟、ベルトロイド・ロッズ(ia9729)だ。何とも浮世離れした二人のことばに、漁師はきょとんとしている。 「他にも目撃された方はいらっしゃるのでしょうか?」 気を取り直すように、穏やかな口調で尋ねたのは和奏(ia8807)。彼の言葉に、漁師はぶんぶんと首を振った。 「あそこに行くのはオラくらいのものだからなぁ。おそらくはいないと思うで」 「怪物というのは・・・・こんな感じでしたか?」 そう言って真夢紀が書き付けを差し出す。かつて見て「ワニ」という生き物を、記憶を頼りに絵に描いたものだ。 「おおそうだ、そんな感じだな! なんだ、知ってるのか?」 書き付けを見た漁師が何度もうなずく。 「これは、ワニ、とよばれるケモノ。肉食で危険ではあるけど、そこまで怖いってわけでもないよ」 物知りのジェシュが説明する。 「僕も前に図鑑で見たことがある。もしワニだとしたら、お金持ちの人が物珍しさから飼ってみたものの、大きくなりすぎたため、川に捨てたとかかな」 ミヤトが記憶を辿りながら言う。 「あるいはそれによく似たアヤカシか・・・・ケモノならば良いのですがアヤカシならば哀しいことですね。それは鮎の棲む清流にすら瘴気という負の澱みがあるという証拠なのですから」 ジークリンデがその美しい眉目を曇らせる。 「アヤカシならば退治するべきでしょう。もしケモノなら、なるべく捕らえて処理したいですね」 「うん、縄でぐるぐる巻きにしちゃおう」 夏 麗華(ia9430)の言葉に、ミヤトが賛同する。 「黄平君はどうするの?」 「いっしょにいく!」 真夢紀の問いに、黄平が即答する。 「そう・・・・絶対にみんなの後ろにいること、約束して。これ、自分が危ないと思ったら吹いてね」 真夢紀はそう言って黄平に呼子笛を手渡した。 「鮎釣りですか・・・・実は大好きなのですよ・・・・昔から家の生簀で囮を育てて友釣りとしゃれ込んだ物です・・・・もっとも、食べる方は流石に飽きて知り合いに配るか生簀で育てるかでしたけど・・・・」 水津(ia2177)がそういいながら、ちゃっかり釣り竿やら友釣り用の囮やらを用意して、準備万端だ。樹も楽しげに、釣り竿を肩に担いでいる。 「川のまわりは滑るでしょうから、何か滑らないためにお借りできませんか・・・・? ああ、そうですね、漁師さんが使われている履き物などを・・・・」 クルーヴ・オークウッド(ib0860)は細かいところにも気に掛けて、準備を怠らない。 「では、早速行くであります」 小隠峰 烏夜(ib1031)が、高らかに宣言した。 ● 太陽の光を反射してきらきらと輝く水面。ざぁざぁと音を立てて流れていく水。人里離れた山の中で、あふれんばかりの自然に囲まれながら、開拓者たちは目的の釣り場にたどりつく。 「ふー、おなかすいた〜」 そんなことを言いながらも、黄平もなんとかついてきていた。いやはや食べ物に対する執念はすごい。 「・・・・ええと、鮎は怪物に食べられていないのでしょうか?」 和奏が、心配そうに川の中をのぞき込む。きらりと光った銀色の姿に、ほっと胸をなで下ろした。 「爽やかなところですね・・・・このあたりにアヤカシが出そうな障気もなさそうですよ・・・・」 術を使って調査した水津が言う。 「ってことはケモノなのかな。こうやっておびき出せるといいんだけど・・・・それっ」 琉宇が、小石を拾って川面を跳ねるように投げる。 「僕も、っと。ていっ」 赤マント(ia3521)も同じように石を投げる。水音や波紋で、おびき出せないか、という作戦だ。 「たぶん奴さんは腹を減らしとるはずや」 そう言いながら、疾也は持参した生肉をくくりつけた罠を、水の中に仕掛けている。 「では僕は魚と釣り竿で試してみますよ」 樹も、小魚をくくりつけた釣り竿を水面近くに仕掛けてしばし待つ。 「・・・・何か、聞こえるであります」 術を用いた烏夜の耳が、不自然な音を聞きつける。 「水の中を歩くような、身体を引きずっているような・・・・大きな生き物の音」 「来るならこっちに来てくれよ、っと。・・・・つっ」 赤マントが、痛みに顔をしかめながら自分の指のすみを噛み、にじんだ血を川辺に垂らしておびき寄せる。 その効果があったのだろうか。水音はもはや誰の耳にも聞こえるほどに大きくなり、待ち構えている開拓者たちのど真ん中、川の中ほどにバッと水柱が上がる。 水しぶきに包まれながら姿を現わしたのは、魚というより龍のそれを思わせるごつごつとした鱗、そして大きく広げられた真っ赤な口、びっしりと並ぶ短剣のような牙。ゆうに大人の背丈の倍以上ある巨大な身体。 「これが、ワニ・・・・す、すげー」 後ろの方で覗き見ていた黄平が、呆けたような声をあげる。予想していたとはいえ、実際に目の当たりにするとものすごい迫力だ。 「口と尻尾には近づかないように。動きはそれほど速くないから焦らないで」 ジェシュが前衛に指示を出す。 「黄平くんと後方のみなさんは、私がまもります」 そう言って真夢紀が結界を張る。 「だれか怪我しても、私が眼鏡から怪光線で癒してあげますよ・・・・」 水津がそう言いながら微笑む。 「やっとおでましやな。さくさく退治するで」 疾也がニヤリと笑いながら刀を抜いた。 「試しにもってきたこの死神の鎌を使うよ。上手くいくかな?」 ベルトーがそう言いつつ、大きな鎌を重そうに抱える。 ミヤトとクルーヴがオーラを身にまとい、麗華は機械弓に矢を装填しつつ炎をまとわせる。 「がんばって!」 琉宇が奏でた精霊集積の曲に励まされた譲治の斬撃符と烏夜が無言で放った手裏剣が、戦い開始の合図となった。 前衛たちが川の中に突っ込み、水しぶきが上がる。 巨大とはいえケモノ、そして多勢に無勢。あっという間に戦いの流れは開拓者側に傾く。 ワニは自慢の顎の力を発揮することもできずに、防戦一方だ。 「そらっ、赤マント式一本釣り!」 かけ声と共に放たれた衝撃波で、ワニの巨体がぐらりと傾く。柔らかな腹部をさらして倒れかけたワニに、ジークリンデの術が飛んだ。 「アムルリープ!」 眠気を誘うその術をまともに受け、ワニの動きが緩慢になる。 「よし、いまだっ!」 一瞬で距離を詰めたミヤトが、ワニの口を足で踏みつけ、用意していた縄でその口を縛ってしまう。 自慢の武器を封じられたワニは、観念したように動かなくなったのだった。 ● 「服を乾かしたい人は言ってくださいね〜。ほら、ここにたき火を用意していますから」 樹がのほほんとみんなに声を掛ける。 「そして乾くまでは、鮎釣り鮎釣り、っと」 鼻歌交じりに、樹は釣り竿を手にする。 「鮎っ♪鮎っ♪〜♪」 「鮎って、確か香魚ってよばれるんだよね〜」 「こうやって囮をつけて、っと」 「へぇ、なるほどそうやるのか」 平穏の戻った川では、鮎釣りが得意だという水津に教わって、譲治、ベルトー、ジョシュが釣りを楽しんでいる。 「じっくりと接近して・・・・とった!」 川の隅で鮎のつかみ取りに挑戦しているのは赤マントだ。 「ふんふんふ〜ん♪ じょうずにやけましたぁ♪」 そう言ってミヤトが、できたばかりの鮎の塩焼きを満面の笑みで高々と掲げてみせる。 河原に簡易のカマドをつくり、そこで取ったばかりの鮎を塩焼きにしているのだ。 河原には漁師や魚屋、それに寺子屋俊馬の生徒たちまで呼んで、そのままここで宴会をしてしまおうということになっている。 「黄平くんの好物の夏野菜を使って、っと。あゆばっかりでこれだけの人数のお腹をいっぱいにするのは大変よね」 よく気のつく真夢紀はそう考えて、鮎以外のおかずをせっせと作っている。 「ふむ、ケモノということはこれも食えへんかなぁ」 そう言いながら疾也はなんと、ワニの体を解体しはじめていた。 「みなさま、デザートに召し上がってくださいな」 ジークリンデが、手作りの冷たくて甘いお菓子をみんなに配る。 たくさんのご馳走を目の前にして、みんなは河原に輪になって座った。 「あゆ、ついにあゆ・・・・おいち〜い!」 無我夢中で塩焼きにかじりつく黄平の顔は、幸福のあまりとろけそうだ。 「ええなぁ、今日は無礼講で、飲んで騒ぐで!」 「ああ、こんなごちそう、しあわせだなぁ」 疾也と樹が楽しそうな声をあげる。 「黄平ががんばったからこんなにおいしいものが食べられるんだよ。ほんと、ほめてあげなくっちゃ!」 「そうなのだ! 黄平の勇気に乾杯なのだっ! っとと、お刺身所望なのだっ!」 「お刺身ならありますよ、せごしというのです」 赤マント、譲治、真夢紀が黄平を囲み、鮎をつつく。 「こっちはほろ苦くてお酒の肴になると思うよ〜」 「おお、これは新しい料理ですね。ジェシュファ様、よかったら作り方などを・・・・秦料理と組み合わせたら面白いかも知れません」 ジェシュがふるまった手製の料理を食べて、料理好きの麗華が言う。 「すっごい香りがいいなぁ。こんな魚は、食べたことないや」 「季節をいただく感じですね。塩焼きもおいしいです」 ベルトーがはしゃいだ様子で言い、和奏が穏やかに微笑む。 「楽しいな〜。みんなで歌を歌おうよ〜!」 そう言って琉宇が陽気な歌を奏ではじめた。うっすらと暗くなりはじめた夏の夜の空気の中、樹が燃やすたき火に照らし出された人々の顔は、おいしい食事と陽気な歌によって、幸せに包まれていたのだった。 |