【伝聞屋迅助】生贄乙女
マスター名:sagitta
シナリオ形態: ショート
危険
難易度: 普通
参加人数: 10人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2010/10/09 03:55



■オープニング本文


「これは、村を守る為なのだ! お前は一人の娘のために、この村全てを滅ぼすつもりか!」
 父である村長の狂気じみた罵声が、伊蔵に浴びせられる。どう考えても、父を説得することは不可能だ。伊蔵は悔しげに唇を噛み、逃げるように屋敷を飛び出した。
(「・・・・このままじゃ、お凛は・・・・」)
 伊蔵の脳裏に、まだ十四歳のお凛の、悲しそうな笑顔が浮かぶ。
 山神の生贄として白羽の矢が立った時の、健気な、そしてはかなげな微笑。
 伊蔵の家が代々村長を務める、この山奥の小さな村には、古くから続く習わしがあった。
 十年に一度、村から汚れのない少女を一人選び、険しい山の頂に住むという山神への生贄とするのだ。生贄の乙女は両親以外には村の誰にも知らされぬまま、深夜に山の頂にまで運び出され、そしてそこに置き去りにされる。
 真偽のほどは定かではないが、そうしないと山神の怒りに触れ、村を滅ぼされるという言い伝えが、村の中では根強く信じられているのだ。
 たとえ山神の存在が迷信だったとして、山には野生の狼やクマが、たくさん住んでいる。幼い少女の足で、険しい山から生還することは極めて困難だ。
 伊蔵とお凛は、村の寺子屋で、共に学問を学んだ仲だった。村長の息子として何不自由なく育った伊蔵とは違い、お凛の家庭は貧乏だったが、苦しい時にも決して諦めず、笑顔を絶やさないお凛に、伊蔵はほのかな恋心を抱いていた。
(「・・・・それが、こんなことになるなんて」)
 お凛が生贄に選ばれたことを知ったのは、偶然だった。たまたま厠に行く途中で、父が、お凛の両親に話をしているのを立ち聞きしたのだ。
 お凛の両親は、泣き崩れていた。それでも、四人の子どもを育てる親として、これからの生活を考えれば、お凛を差し出すことを断ることができなかったのだろう。この村に生を受け、村以外の世界を知らない彼らにとって、村の掟は絶対だった。
 伊蔵だってそうだ。この村の掟に逆らうことなど、今まで生きてきて考えたこともなかった。多少理不尽なことでも、この村全体を守る為にはやむを得ないこと。村を管理する側の子どもとして、伊蔵は自然にそう考えて過ごしていた。けれど。
(「お凛を、死なせたくない・・・・!」)
 そう決意した伊蔵は、昨日、近所のおばさんから聞いた世間話を思い出していた。
 今、数年ぶりにこの村に訪れているという旅人の話を。
 村の外、という未知の世界から訪れた、異邦人のことを。


「なんつーか、辛気くさい村だな・・・・」
 村には泊まれるところがない、と断られ、村外れの草地に外套で簡易の寝床をこしらえながら、迅助はぼやくようにつぶやく。
 奇妙な散切頭を赤く斑に染めたおかしな格好の彼は、この村では間違いなく浮いていた。とにかくこの村は余所者が嫌いらしく、どこに行ってもまるで害虫を見るような視線を向けられた。人一倍の好奇心で、さまざまな噂に首をつっこんで止まず、【伝聞屋】の異名をもつ彼も、こんなにノリの悪い村人たちの中ではどうにもいつもの調子が出ない。
「さっさと、こんな村とはおさらばすっか!」
 もともと、山の中で少々道に迷って、予定外に立ち寄っただけの村だ。だいたいの場所の見当は付いた以上、長居する理由もない。
 そう思った迅助が寝床に横になった時、村の方から駆け寄ってくる人影と、なにやら焦った声が聞こえてきたのだった。
「あなたが、旅人の方ですか? お願いします、助けてください!」


「なるほどっ! 話はよーく分かったぜ、伊蔵とやら」
 思い詰めた表情で状況を語った伊蔵の肩をばんっと叩いて、迅助が言った。
「こんな辛気くせー村はさっさと出ていこうと思っていたが、そんなこと面白そうなことになっているんじゃあ、この【伝聞屋迅助】、ほっとくわけにゃーいかねーな!」
「お、おもしろそうなことって・・・・」
 迅助の激しさに呆気にとられていた伊蔵が、抗議するようにつぶやく。
「いいか、生贄の儀式がおこなわれるっつー満月の夜までに、俺っちがひとっ走り開拓者ギルドまで行って、腕のいい開拓者を連れてきてやる。あいつらにかかれば、山神だろーが、アヤカシだろーが、あっという間にズンバラリン、ってなもんさ!」
「で、でも山神さまに刃向かったりしたら、祟りが・・・・」
「いたいけな少女を生贄に差し出せ、なんつー好色野郎が、まともな神さまなわけねーだろ、んなもん、大方アヤカシの親玉だろ。それに、もし本当の神さまだとして、お前ンとこの村はいつまでその神さまのご機嫌うかがいながら、『生かされている』つもりだ?」
 真剣な表情で彼を見つめる迅助の言葉に、伊蔵は息を呑んだ。
「伊蔵、お前も次期村長ならシャキッとしやがれ! 本当に『村の為』になることを、考えりゃあ、答えは出るだろうが。俺っちだったら、『自分自身で生きる』ためなら神さまだって敵に回してやらぁ!」


■参加者一覧
小野 咬竜(ia0038
24歳・男・サ
沢渡さやか(ia0078
20歳・女・巫
阿羅々木・弥一郎(ia1014
32歳・男・泰
天河 ふしぎ(ia1037
17歳・男・シ
錐丸(ia2150
21歳・男・志
橘 楓子(ia4243
24歳・女・陰
一宮 朱莉(ia5391
18歳・女・弓
アルネイス(ia6104
15歳・女・陰
色 愛(ib3722
17歳・女・シ
針野(ib3728
21歳・女・弓


■リプレイ本文


「余所者が山神を害したとあっては、村人たちが恐慌状態になりかねない」
 依頼人である迅助と、他の開拓者たちの顔を見回しながら、阿羅々木・弥一郎(ia1014)が言う。
「その時、俺たちと伊蔵との関わりを知られては、村人たちの感情の矛先が伊蔵一人に向かいかねない。そうなったら非常に危険だ。俺たちは村人とは接触せず、伊蔵との関わりは内密にしておく方が賢明だろう」
 説得力のある彼の言葉に、迅助は、なるほど、とうなずく。
 弥一郎の提案で、一行は儀式の日まで山に身を潜めることにする。『山神』がすむといい、生贄を置き去りにするという、例の山だ。
 山のふもとで、迅助が伊蔵への合図のために煙をたく。ほどなくして彼らのもとに緊張した面持ちの若者が近づいてきた。
「迅助さん。・・・・その方たちが、開拓者の皆様ですか」
「おうともよ。こいつらがいりゃあ、必ずお凛ちゃんを救ってくれる」
「若いのが困ってるのを見るとたまーにお節介もしたくなるんだよ、オッサンとしては」
 迅助にうながされ、弥一郎が肩をすくめてみせる。
「・・・・まずは山神の、特徴を知りたいな。なるべく情報を把握しておければいいな、って」
 そう言った一宮朱莉(ia5391)に対し、伊蔵が小さくうなずいて口を開く。
「山神は、見上げるほど大きな、毛むくじゃらの姿だと伝えられています。・・・・けれど、確かなことはわかりません。村人たちは一目散に逃げ出してしまいますし、生贄にされた者は、誰一人戻ってきませんから・・・・」
「置き去りにされた人が戻ってきたという話がないのなら、間違いなくそこに何かいる、ってことだね」
 天河ふしぎ(ia1037)が、形の良い眉を寄せてうなずく。
「ところで、村では何でこうも余所者を嫌うんだい? 過去に開拓者がらみの事件でもあったとか、そんなところかい?」
 橘楓子(ia4243)に尋ねられ、伊蔵は何かを言いよどむようにうつむいた。代わりに口を開いたのは迅助だ。
「まぁ、こういう村が閉鎖的なことはめずらしいことじゃあねーやな。あいつらにとっては、村の中っつー、このちっちぇえ世界がすべてで、外の世界は得体の知れない気味の悪いもの、っつーわけさ」
「迅助さんのいうことは確かです。村長である父も、先代の祖父も、そのような考えでした。新しい、外の世界を知るものがいると、村を治めるのに都合が悪いのだ、と、父から聞かされたことがあります」
 伊蔵が悔しそうに唇を噛む。そういう村の掟が、お凛をこんな目に合わせているのだ。
「そのような村に生まれ、次期村長である伊蔵殿が、それでもお凜殿のために行動するのはなぜですか?」 揺るぎない真っ直ぐな視線で伊蔵を見つめながら、そう尋ねたのはアルネイス(ia6104)だ。
「こんなやり方では、いつか村は立ちゆかなくなってしまう。たとえ村がそれを拒否をしようとも、時代は確実に流れているのだから。・・・・いや、そうじゃないな。理由はといえば、ただ一つ――お凜を、死なせたくないのです。僕は彼女のことが、好きだから」
 少しだけはずかしそうにしながら、それでもはっきりと、伊蔵は言った。
「そのために、たとえあなたが苦しい道を選ばなくてはならなくなっても?」
 さらに畳みかけるように、アルネイスは尋ねる。
 伊蔵は小さく、しかしはっきりと、うなずいた。アルネイスの表情がゆるむ。
「伊蔵は、本当にお凜のことが好きなんだね。大丈夫、絶対助けてみせるから」
 ふしぎが、うれしそうに笑った。
「生贄、イケニエなぁ。そんなもんを引きずっておるとこも、まだあるもんじゃなあ。ま、知ってしもうたからには、放っておけまい!」
 そう言って小野咬竜(ia0038)が豪快に笑うと、沢渡さやか(ia0078)も力強くうなずいた。
「お凛ちゃんは、絶対に助けます」


 そして、儀式の当日、満月の夜。
 冷たい銀色の光を投げかける真円が、地上を青白く照らしていた。
 開拓者たちは、木の陰に身を隠していた。迅助と、村をこっそりと抜け出してきた伊蔵の姿もある。
「もう少しで、村人たちの籠が、このあたりを通るはずです」
 伊蔵が言い終わるか終わらないうちに、下の方からなにやら物音がした。
 村人たちが、儀式用の籠を担いで現れたのだ。籠にかけられた簾越しに見えるのは、女性の陰――おそらくは、あれがお凛だろう。
 気付かれないように十分に距離を取りながら、開拓者たちは密かに行動に出る。山頂を目指す村人たちのあとを尾行するのだ。
「来たぞ、どうするんだ? 村人どもをとっちめて、お凜を助けるのか?」
 迅助が、となりの開拓者に囁く。
「いや、村の関係者がいるときは極力避けてぇな」
 【心眼】の術を活性化させて村人の様子をうかがいつつ答えたのは、錐丸(ia2150)だ。
「村人たちが去ってから、動けばいい。山神を恐れているなら、早々に立ち去るだろうしね」
 ふしぎもうなずきつつ、そう答える。
 彼らの言うとおり、山頂に辿り着いた村人たちは、籠を置くと一目散に逃げていった。
 開拓者たちは彼らがいなくなるのを見計らってそっと草陰を出た。置き去りにされた粗末な籠に、ゆっくりと近づいていく。
「お凜、大丈夫か!」
 こらえきれずに籠に駆け寄り、簾を取り払ったのは、伊蔵だった。
「伊蔵さん!」
 籠の中から、細く震える声がした。月光に照らされる、白ずくめの少女の姿。
「もう大丈夫です、お凛さん。あなたは、伊蔵君と一緒に安全なところへ」
 穏やかな声でそう言って、お凛を勇気づけたのはさやかだ。彼女は、お凛の身代わりになるべく、生贄が着せられるのと同じ白装束を身にまとっている。
「もしよろしければ、私が人質の身代わりになりますわよ? 沢渡さまは何分・・・・巫女ですので、私の方が・・・・」
 心配そうにさやかに声を掛けたのは、色愛(ib3722)だ。
「私でしたら、自在棍で体を守ってみますわ」
 そういって自らの武器を示してみせた色愛に、さやかは穏やかに、けれどきっぱりと首を横にふってみせた。
「いいえ、私がお凜ちゃんと代わります」
 そういいながら、さやかは用意してきた縄で自らの手足を縛る。もちろん、いざという時には自分で外せるように仕掛けをした、偽の拘束だ。
「伊蔵、お凜をしっかり護ってて」
 さやかと入れ替わるように籠から外に踏み出したお凛に手を貸しながら、ふしぎが伊蔵に向かって声を掛ける。伊蔵は緊張した面持ちで、小さくうなずいた。
「つかぬことをお聞きしますが、好きな男性はおりますか?」
 同じくお凛を助けおこしていたアルネイスが、耳元で囁くようにして、お凛に問いかけた。
 お凜の顔が真っ赤になり、それから伊蔵の方をちらりと見て、うなずいた。
「ふふ、安心しました」
 アルネイスが満足そうに言った。
「よし、じゃあ、準備万端だな」
 迅助が言い、開拓者たちがそれぞれにうなずく。
 身代わりの生贄であるさやかのいる籠を月下にさらしながら、開拓者たちはそっと草の陰に身を隠し、息を詰めて、その時を待った。


「あらわれたみたいだね」
 小さく呟いたのは、【鏡弦】で索敵をしていた針野(ib3728)だ。
「ばっちり、アヤカシに間違いないね。全力で、倒すよ」
 そう言って愛用の弓を握りしめる。彼女の【鏡弦】に反応したということは、相手はアヤカシで間違いない。
「緊張はする。でもいつも通りにやればきっと上手くいく」
 針野の隣では朱莉も同じく弓を握りしめている。
 おそらく、籠の中のさやかも術によってアヤカシの接近に気付いていることだろう。
 準備は、万端。
 そこに、ついに山神が登場した。
 開拓者たちの誰よりも大きな、毛むくじゃらの姿。耳まで裂けた口からは、おさまりきれなかった長く鋭い牙が飛び出し、その瞳は深紅に輝いている。猿に似た姿ではあったが、筋肉隆々の太い腕には、一抱えはありそうな丸太でつくった、粗末な棍棒まで握られている。
 籠に近づいた山神が、緩慢な動作で、手にした棍棒を振り上げる――。
「山神・・・・いやアヤカシめ、お前の好きにはさせないんだからなっ!」
 そう叫ぶのと、同時。「夜」で時を止めて早駆けで籠の前に現れたふしぎが、手にした大剣で山神の攻撃を受け止める。
「おーおー、どうやらこいつがそうかァ。何やら神などと呼ばれているらしいがのう、どちらが強いか試してみるか?」
 刀を抜き放って豪快に吠えたのは、咬竜だ。
「アンタが山神か? どんだけ喰らったか知らねェが・・・・こっちも鬼の共食いに競り勝ってきた身でね。背中に背負った不倶戴天は倒した相手の恨みを背負った文字だ・・・・アンタも倒されるが、俺を恨むかどうかは好きにしな。ま、俺は屈したりしねェがよ?」
 錐丸も、長巻を構えながらニヤリと笑ってみせる。
 驚きのあまり凍り付いたようになっている山神の隙を突いて、籠の中からは縛めを解いたさやかが転がり出る。
「ギャアオオオッ!」
 山神とよばれたアヤカシの、開き直ったような咆哮を合図に、戦闘が、はじまった。
 後方から放った朱莉と針野の矢が、山神の体に突き刺さる。
「あたしがあんたを喰らってあげるよ」
 冷酷な死刑宣告と共に繰り出された楓子の【魂喰】が、山神の精神を蝕む。
「自己流棍技 風車」
 体に自在棍を巻き付けた色愛が飛びかかって、山神を打ちすえる。
 山神は、その剛力で巨大な棍棒を振り回して反撃を試みるも、前衛の咬竜、錐丸、ふしぎの三人は、それを難なくかわし、攻撃の合間を縫って山神に斬りつけている。
 阿羅羅木とアルネイスは距離を保ちつつ、伊蔵や迅助の安全も気にかけながら援護にまわっている。
「今、古き悪習を滅し、新しき時よ動け!」
 ふしぎが、必殺のかけ声と共に、大剣を山神の脳天に振り下ろした。
「ギイヤァァァッ!」
 断末魔の叫びを上げ、アヤカシの巨体が切り裂かれて、ゆっくりと煙にかえっていく。
 村に対して生贄を要求し続け、幾多の犠牲者を出した「山神」の、最期だった。


「のぅ、もしアレだったら、俺達と来るか? 外は楽しいぞ?」
 山神を退けて危険が去ったあと、ほっとした表情を見せた伊蔵とお凛に、咬竜が尋ねる。
 ほんの少しだけ沈黙があり、そして黙ったまま顔を見合わせて――伊蔵とお凜が、同時に首を横にふる。
「いいところばかりではないですが、それでも、あの村は僕の故郷ですから。なんとか、村を変えていきたい。そのためにも、僕らは残らなくちゃ」
「私も、伊蔵殿と一緒にいたいと思います」
 おそらく答えはある程度予想していたのだろう。咬竜はほんの少しだけ残念そうな顔を見せて、黙ってうなずく。
「俺らにできるのはここまでだ。あとはお前次第・・・・惚れた女と生きたいなら、誰になんといわれようとも此処ン所の思いを貫いて見せな」
 弥一郎が自分の胸を指さしながらそう言って、伊蔵の頭を撫でて髪の毛をくしゃくしゃにする。伊蔵が、くすぐったそうにうなずいた。
「これ、伊蔵さんに」
 そう言って手帳を伊蔵に差しだしたのは針野だ。そこにはわかりやすく書かれた山頂付近の地図と、いくつかの印。
「いままでの生贄さんのもんと思う、骨とか、遺品とか、そういうもんの場所を書きとめておいたんよ。必要なかったら、燃やしちゃっていいさー。でも、亡くなった人たちの思い出、何か訴えられないか、って思うんよ」
 針野の真剣な表情に答えるように、伊蔵がその手帳をしっかりと懐にしまう。
「閉め切った部屋の畳も、たまに天日干しにせんと・・・・いつか、腐り落ちてしまうんよ?」
 これで解決したわけではない。村そのものを変えなくてはならない、という針野の意志を、伊蔵はその身に受け止める。
「愛する家族を生贄に捧げた家もあるだろう。理不尽な掟に疑問を持ってるヤツも居るだろう。そういう心を声にして引き出せたならお前さんは村長として立派にやってけるさ。熱意ってのはな、理屈も損得も飛び越えて人を動かすんだ」
「何故お凜が生贄として連れて行かれたのに無事に帰ってきたか。その点は、村人に疑問を投げかけていいんじゃねェかね」
 弥一郎と錐丸も口々に言う。
「山神なんていなかった。生贄はもう必要ないということを伊蔵君達の口から村の方々へ説明していただければと思いますわ」
 人質役をやりきったさやかも微笑みながらうなずく。
「さぁ、村に帰って、みんなにこの真実を伝えて・・・・でも、本当に村が古い習慣から抜け出せるかは、二人のこれからの仕事だよ、頑張って」
 ふしぎがにっこりと微笑んで、二人の肩をそっと叩いた。


 これで、今回のお話はおしまい――と思いきや。
 村に戻った伊蔵たちを追って、ひっそりと村を訪れた姿があった。開拓者のひとり、色愛だ。
 白ずくめの装束。霊力の籠もった千早を身にまとっているおかげで、その身は雪のような燐の光に包まれている。村を見下ろす丘の上に立つ彼女の姿を、村人が見つけ、一人、また一人とそのまわりに集まってくる。
「我は山神の使いなり!」
 透き通った良く響く声。これも千早の霊力による物だ。
 山神の使いを名乗った色愛は語る。
 山神には善と悪の二つが存在していた。そのうち悪の神は、旅人たちによって倒された。自分は、善の神の使いである。いままで生贄を要求していたのは悪の神の方だった。自分は血を嫌うので生贄はもう不要だ。山に社を建て、穀物を供えれば恵みを約束する。
 そう告げて、色愛は地面を蹴った。シノビの技を駆使して飛ぶように跳ね、自分が尋常な存在でないことを印象づける。
 色愛の芝居が終わると、迅助と他の開拓者達が息を切らしながら村に現れ、口々に叫んだ。
「い、今のは山神様の使いに違いねぇ! いうとおりにしないと大変なことになるぜ!」
 いささか芝居がかっているが、効果は抜群のようで、眼下の村人たちがざわめいている。
「よ、余所者が村のことに口を出すんじゃない!」
 下では村長が、顔を真っ赤にして怒鳴っている。
「おォ、おっかない。さぁ、俺たちも逃げるとするか!」
 茶目っ気たっぷりにそう言って、咬竜が錐丸の首に手を回し、ひょい、と村に背を向けた。
「後の事は、あんたに任せるよ」
 楓子も眼下の伊蔵に向かってそう言ってきびすを返す。
 これからのことは、今度こそ本当に、伊蔵たちの仕事だ。
「俺は悪の山神が倒されたのをこの目で見たんだ!」
「私が無事に戻ってきたのが、何よりの証拠です!」
 後方から、二人の声が聞こえてくる。少しずつ、彼らに賛同する声が上がりはじめた。
「さっき見たのは山神様の使いにちがいねぇ。もう、生贄は必要ねぇって言ってた!」
「お凜も無事に戻ってきたし、悪の神さまは倒されたんだってよ! 助かった、おら達助かったぞ!」
 離れたところから開拓者達が振り返ると、そこには確かに変わりつつある村の様子が、そして、村の未来を担う、伊蔵とお凛の姿がそこにあった。