【俊馬先生】少年開拓団
マスター名:sagitta
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: やや易
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2010/02/08 15:28



■オープニング本文


 北面の国のとある都市。そこに一軒の屋敷があった。
 豪華、とは言えないがそこそこの広さを持つその屋敷の門扉は、日中は常に開かれており、門にはこんな表札が掲げてある。
「寺子屋 俊馬」
 その名の通り、俊馬という名の一人の志士が、都市の子供たちを相手に学問を教える手習所だ。


「さて、本日は算術の授業を・・・・ああ、これ桃子、立ち歩かないで下さい。ああ、朱吉、蒼太をいじめない! 黄平は、居眠りをしない! ・・・・ああ今日も、言いつけた課題をやってきているのは翠だけですか?」
 うららかな朝の日差しを受けた畳敷きの部屋で、ひょろりと背の高い男が、困ったような声を出している。年の頃は、外見からはよく分からない。若者と呼べる歳ではないことは確かだが、さりとて老人にも見えない。細い眉をハの字にした見るからに頼りなさそうなこの男が、寺子屋の主、俊馬であった。
 彼のその頼りない声は当然、腕白盛りの子供たちに届くわけもなく、部屋にいる五人の子供たちは思い思いに過ごしている。
「ふぅ。と、とにかく授業をはじめますよ・・・・」
 俊馬はため息をついて、静かに書物を開くのであった。


 さてこの「寺子屋俊馬」だが、実は普通の寺子屋ではなかった。「志士である」という以外に俊馬自身の経歴がはっきりしないというのもあるのだが、集まっている子供たちもまた、普通の子供ではないのだ。
「志体持ち」。
 それがこの寺子屋で学ぶ子供たちの、共通点であった。
 普通の親から生まれた彼らが、特殊な力の持ち主であることがわかった時、その驚きと戸惑いは、計り知れぬものであった。
 もちろん、特別な才能を持って生まれてくることは本来ならば歓迎すべきことであり、輝ける未来が開けていると考えることも出来るはずなのだが、必ずしもそればかりではない。
 それは俊馬自身の体験でもあった。彼はその口から語りたがらないが、かつてはずいぶんと荒れていたこともあったらしい。
 だからこそ。
 彼らと同じ境遇の子らが道を誤ることのないよう、導いていきたい。
 俊馬が志体を持つ子供のための寺子屋を開いたのは、そういう思いからだった。


「あら俊馬センセ、どうされたんですか?」
 困ったような顔をして開拓者ギルドに訪れた俊馬の姿を認め、受付係の女性が首を傾げる。
「実は・・・・開拓者に仕事を頼みたいのです」
 俊馬が細い眉をハの字にして、ため息をつく。
「うちの子供たち・・・・寺子屋で学問を教えている五人の子供たちが、近くの小さな村の墓地にアヤカシが出るという噂を聞きつけたらしいんです」
「ああ、その噂でしたらあたしも聞きました。幽霊やら人魂やら。死者が動いているなんて話も。あ・・・・もしかして、子供たちが」
「ええ。自分たちでアヤカシを退治しに行くんだ、と言っています」
 俊馬が心配そうにため息をつく。
 志体を持って生まれた子供たちが、必ず陥ってしまうことのひとつが「自分の力を過信してしまうこと」だった。まだまだ心身ともに未発達な状態でありながら、大人たちにも出来ないようなことを成し遂げてしまう能力を持って生まれた彼らは、「自分はなんでも出来る」という万能幻想を持ってしまいがちだ。
 まして周りから「お前たちは将来開拓者になるんだろ?」などと言われて育つと、アヤカシの噂を聞いただけで、「それを退治するのは自分たちの役目だ」などと思い込んでしまう。俊馬も、身に覚えのあることだった。
「いくら志体があるとは言え、彼らはまだ十やそこらの童です。本当にアヤカシが出たらかなうはずもない。かといって、私が口で諭したところで聞くものでもありません。夜中に抜け出されたりでもしたら厄介だ。ですから、経験豊富な開拓者の方に同行していただいて、子供たちにアヤカシの恐ろしさを体験させてほしいのです。子供たちの自尊心が増長して、取り返しがつかなくなる前に」
「なるほど、事情はわかりました。ところで、謳カは一緒に行かれないのですか?」
「わ、私は・・・・幽霊が、苦手なのです」


■参加者一覧
橘 一輝(ia0238
23歳・男・砂
六道 乖征(ia0271
15歳・男・陰
久万 玄斎(ia0759
70歳・男・泰
ロウザ(ia1065
16歳・女・サ
礼野 真夢紀(ia1144
10歳・女・巫
ジェシュファ・ロッズ(ia9087
11歳・男・魔
夜光(ia9198
20歳・女・弓
木下 由花(ia9509
15歳・女・巫


■リプレイ本文


「いいですか。今回は調査が主目的であって、必要に応じて退治です。其処を忘れない用に、目的場所では静かに行動を心がけて下さい、ね?」
 子どもたちに向かってそう言って、橘 一輝(ia0238)は微笑んだ。
「はい、分かりました」
 素直に答えたのは翠だけだ。
「つーかそういうのだるくねー? アヤカシなんて、俺たちにかかればイチコロだし! あんたの方こそ、ビビってんじゃねえの?」
 朱吉の無遠慮な言葉に、一輝の表情が凍り付く。温厚そうな見た目に反して、意外と短気なようだ。
「開拓者は、周囲が思っているほど華やかなものではないです、分かってくださいね? ・・・・え? 怒ってませんよ。フフ、嫌だなぁ・・・・怒る訳ないじゃないですか。ええ、怒りませんとも。相手は子供、子供・・・・そう、子供ですよ?」
 怒りを押し殺した笑顔に、朱吉が唾を飲み込みながらおそるおそるうなずいた。
「ほっほっほっほ、やはり子どもは元気が一番じゃのう。じゃが、元気すぎるのもちと困るか」
 好々爺然とした表情で、明るく笑ったのは久万 玄斎(ia0759)だ。
「でもさ、あたしたちって志体持ちよ? たいしたことない雑魚のアヤカシだったら、簡単に倒せるんじゃない?」
 自信満々に口を尖らせたのは桃子だ。
「・・・・開拓者はただ志体だけでなるものじゃない・・・・」
 桃子の言葉に、六道 乖征(ia0271)が思い詰めたような表情で首を振る。
「・・・・技や術・・・・才能の上に鍛錬と知識を積まないと・・・・アヤカシは・・・・人の喧嘩とは勝手が違う・・・・」
「志体持ちだって一人じゃ大した事出来ないよ〜。みんなで協力し合う事で大アヤカシだって退治出来るんだからね〜」
 子どもたちと同世代のジェシュファ・ロッズ(ia9087)が、のんびりと呟く。
「出発前に、みんなの役割分担を決める必要がありますわ」
 知的な表情でそう言った礼野 真夢紀(ia1144)も、子どもたちとほぼ同じ歳だ。
「朱吉さんは他の子を守る為に皆の先頭に立ち、すぐ守れるよう皆から離れない事。黄平さんは、男の子だし前で頑張ってください。桃子さんは小さく可愛いから皆が守れるよう真ん中に。蒼太さんと翠さんは、一番後ろで後ろから怪しいものがついてこないか、前を歩く三人が見落とした事がないか注意して歩いて」
 一人一人の顔を見ながら、すらすらと指示をしていく真夢紀の姿を、子どもたちが感心したようにみつめている。開拓者になったばかりの木下 由花(ia9509)も、子どもたちと一緒になって感心しながら話を聞いていた。
「みんな、開拓者さんたちの言うことをしっかりと聞いて、決して無茶なことをしないようにするんですよ、いいですね? 今回の体験は、きっとあなたたちのこれからの役に立つはずだと、私は信じています。くれぐれも、無謀なことだけはしないように」
「わるいこ おしり ぺんぺん する!」
 俊馬の言葉の続いて、ロウザ(ia1065)がそう言って、腕を振り回しながら、白い歯をニイィッとむき出して見せた。
「・・・・私が、一緒について行ってあげられないのは心苦しいですが」
 俊馬がそう言って情けなそうにため息をついた。墓場に行く勇気を持てずにいる自分のふがいなさを悔しく思っているようだ。
「わはは! しゅんま やさしーな!」
 明るい声で言って、ロウザが俊馬の方をポン、と叩いた。彼のことを励ましているらしい。
「みんな いく! がう!」
 ロウザの元気いっぱいの宣言で、子どもたちと開拓者は、一斉に立ち上がった。


 夜光(ia9198)は、子どもたちに先行して墓場に向かい、下調べをしていた。
「正直、を言え、ば・・子供が、いない、うちに・・済ませた、くも有り」
 途切れ途切れの嗄れ声で、小さくつぶやく。
 「退治・護衛」の仕事に華々しさ等まるで無い。彼女はそう考えていた。子どもたちを危険な目に合わせようとは思わない。アヤカシを見せるだけで十分だろう。
 とはいえ、まだ日も暮れぬ墓場には、さすがに幽霊やらなんやらといったアヤカシは出ないらしい。夜光は、子どもたちがここに辿り着いたときのために墓地の地理を頭に入れ、「守りやすい場所」を探しておくことに専念することにした。

「あ、その紐飾り可愛いね! みんなはどんな着物が好きかな〜?」
 夕焼けに染まって墓地に向かって歩きながら、由花が女の子達に向かって話しかけている。
「えへへ、えっとね、桃子は、桃色が好きなの!」
「私は・・・・あまり派手すぎないものが」
 桃子と翠がそれに答えている。近所の子どもたちとよく遊んでいたという由花の親しげな話し方がよかったのか、なかなか打ち解けはじめているようだ。
「あ、そうだ、二人は、俊馬先生のこと、どう思う?」
「とても尊敬しています。たくさんのことをご存じですし、色々なことを教えてくださいます」
 由花の問いかけに、翠がはっきりと答える。
「桃子ちゃんは?」
 振り向くと、桃子が、なぜだか頬を赤くしてうつむいている。そして彼女は、由花の耳元に口を寄せ、小さな声で囁いた。
「おねえちゃんにだけおしえてあげる。・・・・ももこはね、しゅんませんせぇのことが好きなの」
「あらあら。おませさんね」
 いつも生意気な口をきいていたのは、桃子なりの照れ隠しだったのか。可愛らしい打ち明け話に、由花は微笑んだ。
「・・・・ほっほっほ、若い娘っ子たちを見ているのはいいものだのぉ」
 少し離れたところで、鼻の下を伸ばしながら呟いたのは玄斎だ。
「うわ、あの爺さん、目が助平だぜ!」
 朱吉が玄斎を指さしつつ叫ぶ。図星を指された玄斎がぴくり、と耳を動かす。
「余計なことをいうでない。全く最近の童は・・・・ぶつぶつ」
 一方ロウザは、黄平と食べ物の話で盛り上がっていた。
「ろうざは くだもの だいすき! きへー なにすき?」
「まんじゅうとか、あと、ご飯とか・・・・ああ、お腹すいた〜もう動けないよぉ〜」
 そう言って黄平が駄々をこねる。そんな彼に、真夢紀が干飯を差し出した。
「ほら、これあげるから泣き言言わないでくださいな」
「わーい、ありがとう!」
 すっかり上機嫌の黄平。
「蒼太くんは、勉強が得意なんだね。すごいな〜」
 一方ではジェシュが、蒼太に話しかけていた。彼の言葉に、蒼太はおどおどと首を振る。
「僕なんて身体も弱いし、ぜんぜんダメです・・・・こんな僕が志体持ちなんて、きっと何かの間違いなんだ」
「志体持ちだって苦手なことはあるよ。武器で戦うのが苦手な人もいれば術が得意な人もいるしね〜。きっと蒼太くんは、術とかの方が向いているんじゃないかな〜」


 いつの間にか、日は暮れていた。
 薄闇色の空の下、開拓者たちと子どもたちは墓地へとたどりついた。
 先に下見を終えていた夜光も彼らに合流している。
「隊列は覚えていますね?」
 真夢紀の言葉に、子どもたちが神妙な顔でうなずいた。
 朱吉と黄平が前列、桃子が真ん中、蒼太と翠が後列。それを囲むように開拓者たちが配置に着く。玄斎とロウザが最前列に立ち、真夢紀と夜光がその後ろ。その後に子どもたちが続き、ジェシュと由花、一輝が子どもたちの脇を固める。乖征がしんがりをつとめ、列からそれる子どもが出ないように気を配っている。
 さまざまな不測の事態に対応可能な、考え抜かれた配置をとって、一行は夜光があらかじめ調べておいた「子どもたちを守りやすい道筋」を通って墓地の奥へと進んでいく。
「目撃証言があったと言われる場所を入念に調査します。ね、意外と地味でしょう? でもこういう小さな積み重ねが、守りたいものを守れる力になるんですよ」
 一輝があたりに気を配りながら、子どもたちに語りかける。
「みんなの動きもよく見ていてくださいね。自分と一緒に行動する人の力量と、能力がわかって協力出来たら、強いですよ〜」
 由花も言う。子どもたちは、さすがに緊張しているらしく、だまってうなずきながら進んでいく。
「・・・・出たみたいだね」
 不意に、ジェシュが呟いた。一行が、同時に足を止める。
「鬼、火に幽霊、怨、霊・・・・」
 夜光が冷静にアヤカシの種類を分析する。
「・・・・強力なのはいなそう・・・・でも、数が多くて、囲まれてる・・・・」
 乖征も小さくつぶやく。
「で、出た〜っ!」
 たまらず、といった様子で、蒼太が悲鳴を上げた。彼以外の子どもたちも蒼白な表情をしている。志体持ちだからこそ、才能があるからこそ感じる、本当の戦いの空気に当てられて息もできないようだ。
「落ち着け、小童共」
 夜光が一喝する。
「静かに、落ち着いて、一箇所に集まり離れないように!」
 一輝が刀の柄に手を掛けて叫んだ。
「さて、少しはいいところを見せておくかの」
 そう言った玄斎の表情が少し険しくなる。
 彼らが臨戦態勢に入ったのを確認したのか、彼らを囲んでいた青白く光る人型の影や、火の玉が、ゆらり、とこちらへと向かってきた。
「ろうざ ここだ! がるうう!」
 飛び出したロウザの咆哮を合図に、戦闘が始まった。
 接近してきたアヤカシたちに、先制とばかりに夜光が焙烙玉を投げつけ、真夢紀が攻撃の術を放つ。ひるんだ敵に、ロウザと玄斎が駆け寄り、肉弾戦を展開し確実に敵を消滅させていく。あえて連携を意識した戦闘を行い、子どもたちに印象づける狙いもあった。
「斬ったり殴ったりだけが・・・・戦いじゃない。みんな違うから・・・・色んな戦い方ができる・・・・」
 子どもたちのすぐ側で術を放った乖征が静かに言った。
 だが、ひらりひらりと自在に浮遊する幽霊が一体、前衛たちの頭を飛び越えて子どもたちに――一番後ろにいた蒼太に、襲いかかろうとする。
「させるかっ!」
 蒼太の隣で、注意深く戦況を見ていた一輝が、居合で幽霊を切り裂いた。同時に、ジェシュと乖征の術が、幽霊に炸裂する。幽霊はあっという間に消滅した。
「し、死ぬかと、思ったよぉ・・・・えぐっ・・・・ひっく・・・・」
 すっかり腰を抜かした蒼太が泣き出す。つられるように、桃子も泣き出した。他の三人も、すっかり怯えてしまって言葉を発することが出来ない。
「ろうざ そばいる! だいじょぶ!」
 そう言って桃子を抱きしめたのは、ロウザだ。いつの間にか全てのアヤカシは一掃され、戦闘はおわっていた。前衛たちの傷はせいぜいかすり傷程度で、由花とジェシュの術ですっかりと治ってしまった。
「少しは勉強になったじゃろ」
 そう言って玄斎が、泣きじゃくる蒼太の頭をごつい手でわしゃわしゃと乱暴に撫でてやる。
「自分に出来ない事を知るのも、大事な事です。敵に向かっていくばかりが勇気じゃありません。時には引く事も大事なんです」
 真夢紀の言葉が、何も出来なかった子どもたちの心に沁みる。
 戦闘の勝利の高揚感はなかった。
 あるのは、なんとか生きのびたことへの、安堵。
 その事を、子どもたちは、身をもって知ったのだった。
「家に帰るまでがアヤカシ退治・・・・全員無事に帰って・・・・初めて勝ち・・」
 乖征がそう言うと、子どもたちはゆっくりと立ち上がった。


「ありがとうございました。子どもたちは、開拓者の仕事の大変さをよく分かったようです。しばらくは、自分たちの力を過信することもないでしょう」
 俊馬がそう言って、開拓者たちに深々と頭を下げる。
「これに懲りて、開拓者になる事をあきらめるものもいるかもしれません。あるいは、その大変さを理解した上で、開拓者になれるよう努力するものも。どちらにしても、私はあの子たちが巣立つまで見守っていこうと思っています」
 俊馬の優しそうなまなざしに、ジェシュが思わず呟く。
「素敵だなぁ。僕も、寺子屋で色々と学んでみたいです」
「私も寺子屋行きたいなぁ〜」
 由花も感慨深げに呟く。
「学びたい、という気持ちさえあれば、私はいつでも歓迎します。小屋に顔を出せなくても構いません。この時点でお二人は、すでに私の生徒だと思っていますよ」
 気弱そうな笑顔で、俊馬はそう言った。