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■オープニング本文 ● 「くっ・・・・うっうっ・・・・」 必死で逃げ込んだ屋根裏でうずくまりながら、蒼太は嗚咽を必死でかみ殺していた。 「ガアウァッ!」 「たすけて、おにいちゃん! そうたにいちゃん!」 床の下からは、六才の妹、葵の悲痛な叫び、そして恐ろしい吠え声が聞こえてくる。蒼太は目を閉じ、耳を塞いでガタガタと震えていた。 「ガルルルルルルッ!」 「やめて、たすけて! いやあぁぁ!」 背筋が凍るような咆哮と、葵の悲鳴。そして乱暴な足音を最後に、床下の音は聞こえなくなった。 顔中を涙と鼻水でぐしゃぐしゃにしながら、蒼太がそっと床の板を外し、下を覗き見る。 「あおい・・・・?」 問いかけてみるが返事はない。乱暴に踏み荒らされた床と、破壊された扉。そして抵抗した時に破れたのだろう、葵の着ていた着物の切れ端。 「あいつらが、葵を、連れていったんだ・・・・」 蒼太の言葉が震える声で呟く。状況と物音を考えればそれは明らかだった。突然、家に押し入ってきた獣のような姿をした人型の化け物――おそらくは、俊馬先生に習った、「鬼」という種類のアヤカシだ――が、彼の妹である葵を、さらっていったのだ。 「僕が、僕が助けてあげなくちゃいけなかったのに、葵のことは、お兄ちゃんがちゃんと見ててあげるのよ、って母さんに言われていたのに」 蒼太が悲痛な表情で呟く。やつらが家に押し入った時、危険を感じた蒼太は、とっさに屋根裏に逃げ込んだ。あまりの恐怖で、隣の部屋に葵がいることまで頭が回らなかった。両親は仕事に出かけていて、家には二人しかいなかったのだ。 そうして、葵が助けを求めて悲鳴を上げるのを無視して、蒼太はただ恐怖にガタガタと震えていたのだ。 「僕は長男なのに、僕は志体持ちなのに、何の役にも立たずに、震えていただけだなんて・・・・」 蒼太は自分の臆病さを呪った。葵を犠牲にして自分だけが助かった、そんな自分が憎らしかった。このまま消えてしまいたい、とさえ思った。だけど。 「葵を、助けなくちゃ」 今はそれだけが大事だ。 蒼太は瓶から水を汲んで頭から浴びた。そうやって涙と鼻水を洗い流してから、彼は家を飛び出した。 ● 北面の国のとある都市。そこに一軒の屋敷があった。 豪華、とは言えないがそこそこの広さを持つその屋敷の門扉は、日中は常に開かれており、門にはこんな表札が掲げてある。 「寺子屋 俊馬」 その名の通り、俊馬という名の一人の志士が、都市の子供たちを相手に学問を教える手習所だ。 ここに通う子どもたちの共通点は、「志体持ち」であること。年齢も性別もばらばらの、五人の門弟たちはみな「志体持ち」であった。 「先生、俊馬先生!」 夕餉を終えて、書物の頁をめくりながらうとうと仕掛けていた俊馬は、騒々しい声にはっと我に返った。 「どうしたんです、蒼太」 「先生、助けて! 妹が、葵が鬼にさらわれちゃったんだ!」 「なんですって!」 蒼太の真剣な様子に、俊馬はすぐに立てかけてあった刀を手にとって立ち上がる。 「相手はどんなやつです?」 「背丈は先生と同じくらい、丸太の棍棒を持ってた」 「どちらに行ったか分かりますか?」 「足跡は森の方に向かっていて、途中でもう少し小さい他の足跡と合流してるみたいだった」 俊馬の問いに、蒼太はすぐに応える。その的確さに、俊馬は感嘆の思いだった。 妹を助けるため、強い決意を固めてきたのだろう。いつも泣いてばかりいる臆病者の蒼太の表情は、泣きそうではあったがしっかりとしていた。 「わかりました。森の方へは私がすぐにむかいます。あなたはすぐに開拓者ギルドに行って、応援を呼んできてください。できますね?」 俊馬の言葉に、蒼太はしっかりとうなずく。 「では、いきます。頼みましたよ」 「・・・・俊馬先生!」 駆け出そうとした俊馬の背中に、蒼太が声を掛ける。 「?」 「僕、妹を見捨てたんです。目の前でさらわれていったのに、自分だけ隠れて、震えてたんです。僕はお兄ちゃんなのに、僕は志体持ちなのに・・・・」 蒼太の目から、大粒の涙が流れ落ちていた。その身体は恐怖と後悔に震えていて、今にも崩れそうだった。俊馬は、息を一つ吸って、穏やかに話しかけた。 「あなたがこうして駆けつけてくれたからこそ、私や、開拓者たちが葵さんを助けるために動くことが出来るんです。ギルドで応援を呼んでくることが今、あなたに出来る最も大事なこと。大丈夫・・・・葵さんは必ず私達が助けます」 その言葉に大きくうなずいて――蒼太は全力で走り始めた。 |
■参加者一覧
礼野 真夢紀(ia1144)
10歳・女・巫
露羽(ia5413)
23歳・男・シ
贋龍(ia9407)
18歳・男・志
メグレズ・ファウンテン(ia9696)
25歳・女・サ
ベルトロイド・ロッズ(ia9729)
11歳・男・志
シュヴァリエ(ia9958)
30歳・男・騎
紅狼(ib0589)
20歳・男・魔
琉宇(ib1119)
12歳・男・吟
噛雨(ib1322)
29歳・男・泰
海神 雪音(ib1498)
23歳・女・弓 |
■リプレイ本文 ● 「蒼太さんがすぐに連絡をくれたので、迅速に対処することができました。ありがとうございます」 真剣な表情で言った露羽(ia5413)の言葉に、蒼太は泣きそうな顔になる。 「僕は全然ダメだったんだ。怖くて、震えてて、何にも出来なくて、葵を、妹を助けてあげなくちゃいけなかったのに、勇気がなかったんだ・・・・」 「・・・・勇気と無謀は違う。あなたが鬼に向かって飛び出したとしてもそれは勇気ではなくただの無謀…助けるどころか返り討ち、下手すれば殺されてた。だからあなたの行動は正しかった」 蒼太の目を真っ正面から見据えてそう言ったのは海神 雪音(ib1498)だ。 「・・・・それでも悔やむのなら強くなればいい・・・・幸いあなたは士体持ち、今は無理でもいずれ妹さんを守れるよう強くなればいいこと」 淡々とした口調ながら、思いのこもった言葉に、蒼太は黙ってうなずいた。 「急ぎましょう。一刻も早く行かないと2人が危険です」 贋龍(ia9407)が葵と俊馬の安否を気遣ってそう口にすると、開拓者たちがそれぞれにうなずいて瞬時に出発の準備を整える。 「ぼ、ぼくは・・・・」 一秒でも早く葵たちの元にたどりつこうと身構える開拓者たちの背に、蒼太が泣きそうな表情で声を掛ける。その声に静かに振り向いたのは蒼太と同年代のベルトロイド・ロッズ(ia9729)。 「自分の行動に納得していないなら、一緒に来るかい? 足手纏いになると思う。それでも行くと言うのなら、俺が身体を張ってでもあんたを守るよ。危険は全くない訳じゃないけど、それでも行くと言うのなら、ね」 正直で容赦のない、だけど想いに溢れた問いかけ。いつも双子の兄弟であるジェシュを守ることを自らに課している彼には、妹を守りきれなかった蒼太の思いが痛いほど分かる。真っ直ぐに見つめる彼から目をそらすことなく、蒼太ははっきりとうなずいた。 「お願いします。僕も、連れていってください。鬼を見たのは僕だけだし、この森のことなら僕が一番知ってる。足手まといにはならない、とは言えないけれど、でも少しでも力になりたい」 しっかりとした言葉に内心で感心しながら、礼野 真夢紀(ia1144)が険しい表情を向ける。 「わかりました。ただし護衛の皆さんの足を引っ張らないように、指示には従って下さる事を約束して下さい」 キツイかもしれないけれど、万一妹の死体と対面、などと言うことにでもなれば、恐慌状態に陥りかねない。それで、蒼太までもが危険にさらされては元も子もない。そう考えて真夢紀はことさらに強い口調で尋ねる。 蒼太も真剣な表情を崩さないまま、しっかりとうなずいた。 「正しい選択じゃないかも知れないし、先生は怒るだろうけど、一緒に叱られてあげるからさ」 ベルトーが蒼太に耳打ちをする。 「いいか、無茶だけはすんじゃねぇぞ」 そう言ってがしっと蒼太の頭に手を置いたシュヴァリエ(ia9958)の心の中には、いざという時には自分が身を挺して彼を庇うという、確かな決意が秘められていた。 決意を込めてうなずく蒼太を、メグレズ・ファウンテン(ia9696)が無言のままに見つめていた。ついてくるかどうかは本人に任せ、自分からは決して誘導しないように、と思っていた彼女も密かに、彼を守る決意を新たにしたのだった。 「ねぇ、蒼太くん」 歩き出した蒼太に、琉宇(ib1119)が声を掛ける。 「僕よりも年下の蒼太くんがこんなに必死になっているのを見たら、負けられないって思っちゃったよ。僕も戦うのは怖いけど・・・・いっしょにがんばろう」 琉宇の素直な言葉が、蒼太を勇気づける。自分の行動を後悔するよりも、いまできることをするべきだ。彼にはもう、迷いはなかった。 ● 「先生! 俊馬先生!」 はじめに気がついたのは蒼太だった。少し離れた茂みの陰にうずくまる人影。地味な色の着物をまとった、俊馬の姿だ。 「蒼太・・・・やはりあなたも。心配する気持ちは痛いほどわかりますが・・・・」 そう言った俊馬の顔は引きつっている。よく見れば、彼は左腕から血を流している。かなり深手のようだ。あたりには激しく争った形跡があり、何体かの小さな鬼の骸も転がっていた。 「敵の数が思ったよりも多く、不覚でした。葵さんを助けられず・・・・やつらは葵さんを連れて、あの中に」 悔しそうに唇を噛みしめた俊馬が指し示した先には、そそり立つ岩壁にぽっかりと口を開けた、天然のものらしい洞窟があった。 「葵さんは、無事なのですか?」 心配そうな真夢紀の言葉に、俊馬は穏やかにうなずく。 「ええ、おそらくはまだ無事だと思います。ですが、いつまでも大丈夫だという保証は出来ません。急がないと・・・・」 彼の言葉に、その場にいた誰もが真剣な面持ちでうなずく。 「葵さんを救出する組と、囮になって戦う組と二手に分かれて、アジトの外で注意を引きつけるようにしましょう」 露羽の提案に、琉宇がリュートを抱えて応える。 「注意を引きつけるなら、僕に任せて!」 そう言って、リュートの弦を指で強く引っ張り上げて離す。リュートの本体に勢いよく叩きつけられた弦が、バチインッと大きな音を響かせる。普通の演奏よりも激しい音を出すことが出来る特殊な奏法だ。それを何度か繰り返す。森の中に、そして洞窟の奥に、独特の余韻を含んだ音が響き渡っていく。 「来よったで」 小さくつぶやいたのは、紅狼(ib0589)だ。魔術師である彼は蒼太のすぐ近くで杖を構え、いつでも魔法を発動できるように身構えている。 「ガウワウッ!」 耳障りな唸り声を上げながら姿を現わしたのは、蒼太やベルトーと同じくらいの背丈の、小さな鬼が数匹だ。手に手に汚れた棍棒や、錆びた斧を持って武装している。 (ククク、少々歯ごたえがありませんが・・・・まぁ、皆様のお手前を拝見させていただくのも悪くないでしょう・・・・) 囮組の後方で、にやにやと不気味に笑いながら、噛雨(ib1322)が心の中で呟く。 「鬼さんこちら♪ さあ、私たちと遊びましょうか」 露羽が手裏剣をもてあそびながら挑発する。 「葵ちゃんは・・・・いないみたいですね」 真夢紀が呟く。どうやら音に驚いた鬼たちが、下っ端を様子見に送り込んだようだ。 「しかし、とりあえずは倒すしかないですね」 贋龍がそう言って二本の刀をすらりと抜く。 「・・・・射抜く」 海神 雪音(ib1498)の放った矢が、戦いの始まりを告げる合図となった。 メグレズと贋龍、それに露羽がそれぞれの刀を抜いて前衛に立つ。雪音は弓を構えてその後ろから援護し、真夢紀はいざという時のために治療の術を準備している。彼女の隣では琉宇がリュートで勇壮なる騎士の曲を奏でて、開拓者たちの士気を上げる。噛雨だけは腕組みをしながらニヤニヤと戦いの様子を見つめている。 蒼太と他の者たちは、「救出組」として、はやる気持ちを抑えながら葵が姿を現わすのを待って、茂みに身を隠している。 「ギョエエエッ!」 たった数匹の小鬼など、歴戦の開拓者たちの敵ではない。彼らは様子を見に来た下っ端を軽々と蹴散らした。小鬼は哀れな叫び声を上げて、洞窟の奥にむかって援軍を求める。 「・・・・葵!」 思わず叫んで飛び出しそうになった蒼太の身体を、ベルトーが抱きしめて止める。救出組である彼らが、ここで飛び出してしまっては作戦が崩れてしまう。 洞窟から小鬼たちに囲まれて姿を現わしたのは、大人の男性と同じくらいの背丈の、堂々とした体躯の鬼だ。その太い腕に抱えられているのは、泣き疲れてぐったりとした様子の少女――蒼太の妹、葵だ。 「やはり、人質を取ってきましたか・・・・」 メグレズが顔をしかめる。鬼は抜き身の刀を葵に向け、残忍そうな笑みを浮かべながらこちらを睥睨している。 「くそ・・・・卑怯な」 贋龍も、悔しそうに呟く。人質を取られるかもしれないと予想しながらも、具体的な対策を用意できなかったのが悔まれる。それぞれの武器を握りしめながら、誰もが手を出しかねていた。 「グヒヒヒヒヒッ!」 野卑な吠え声を上げて、鬼が刀を葵の首筋に当てる。白く柔らかい肌に、一筋の紅い線が走った。 その時。 「うわああああっ!」 激しい叫び声。葵の危機に耐えかねた蒼太が、抜き身の短刀を握りしめて茂みから飛び出したのだ。そのまま、全速力で走って鬼にぶつかっていく。 「ギャヒッ!」 予想もしないところからの突撃に、さしもの鬼も一瞬たじろぐ。だがすぐに気を取り直し、刀を振り上げて蒼太を切りつけようとする。 「蒼太っ!」 「させるかっ!」 「その名、凍てし空気の如く・・・・身を凍す・・・・フローズ!」 ベルトーとシュヴァリエ、それに紅狼。動いたのは三人同時だった。振り下ろされた刀を、シュヴァリエがその身で受け、緩んだ鬼の腕から転がり出た葵を、ベルトーが抱き止める。腰を抜かして座り込んだ蒼太に襲いかかろうとした小鬼に紅狼のフローズが飛び、動きを止める。徹底して蒼太のことを気にかけていた三人ならではの、連携。 「しゅ、シュヴァリエさん、大丈夫?」 青ざめた蒼太に、シュヴァリエはニヤリと笑ってみせる。 「頑丈なのが取り柄だからな、こんなのは何でもないさ」 「神の、ご加護を!」 すぐに駆け寄った真夢紀が、シュヴァリエの傷を癒した。 これで、開拓者たちの体勢は万全になった。 「貴方の相手は私達です」 メグレズが毅然たる口調で宣言し、蒼太や葵を守るように鬼たちの前に立ちはだかる。 「ここからは本気で行きます・・・・」 贋龍もそう言って、刀に霊力を込める。露羽も白鞘を抜き放って静かに構えた。 「ククク・・・・ハハハ、ヒャハヒャハヒャハヒャハヒャハ!」 仲間たちから少し離れたところで噛雨も、その破壊衝動を露わにして周囲の小鬼たちに拳を繰り出している。ずいぶんと変わった性格の彼は、敵を痛めつけることに陶酔しているようだ。 他方では雪音の放った矢が、着実に小鬼たちに傷を負わせている。 「さぁ、ここからが反撃だよ!」 琉宇の勇壮な演奏も、最高潮だ。 「妹を助けるのは、お兄ちゃんの役目だからね」 そう囁いて蒼太に葵を任せ、ベルトーも槍を構えて立ち上がった。 葵という切り札を失った鬼たちと、制約から解放された開拓者たち。戦いの行方は、明らかだった。小鬼たちは軽々と蹴散らされ、最後に残った親玉の鬼も、ベルトーの槍に貫かれた。 開拓者たちの、勝利だった。 「やったぁ!」 琉宇がはしゃいだ声をあげて、即興曲を演奏する。ジルベリア風のファンファーレ。勝利のテーマだ。 戦闘で負った傷は、真夢紀とジェシュが術で癒し、後には残らない。 救出された葵は、疲れてしまったのか、真夢紀に渡されたもふらのぬいぐるみを抱きしめてすやすやと眠っている。穏やかな表情だ。 「戦えないから屋根裏に行った判断は正しいけど、次は気をつけて。頭良いから、もう忘れないですよね?」 「今度はちゃんと君が守ってあげるんだよ、蒼太君」 真夢紀と贋龍が口々に蒼太に声を掛ける。 「それにしても蒼太さんは機転がよく利くのですね、すごいです。ひょっとすると、私などよりシノビに向いてるかもしれませんね・・・・」 なにやら真剣な顔つきで、そんなことを呟いているのは露羽だ。 「蒼太について来いって言ったのは、俺なんだ」 ベルトーが俊馬にそう言って、頭を下げる。蒼太も、それに習って頭を下げた。ベルトーが俊馬目を見つめながら口を開く。 「このまま何もしなかったら心に傷が残ると思ったんだ。御免なさい」 「・・・・私こそ、申し訳ありません。ですが、お願いですから、もう危険なことはしないでください。貴方は私の、大切な教え子なんですから」 「俊馬先生・・・・!」 蒼太が俊馬の胸に飛び込んで泣く。ようやく、年相応の感情を見せることができたのだった。 |