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■オープニング本文 ●狭間にて 開拓者なんて嫌い。 仲間をいっぱい消しちゃうし、ひぃ様にひどい事をするし。 途端、ふみゃあと泣き出した赤子に、彼女は仲間が連れて来た人間の女の背を蹴飛ばした。 「ほら、泣いてるじゃない! 早く黙らせなさいよ!」 慌てて女が赤子を抱き上げる様子を見ながら、爪を噛む。 この小さい赤子の中には、寂しさと不安が詰まっている。小さいけど、十分に美味しそうだ。だから、ひぃ様に持って行った。なのに。 『赤子ごときでは足りないわ。でも、この赤子はね、もっと大きなものを私にくれるの』 泣き叫ぶ赤子を手にぶら下げて微笑まれたひぃ様の胸元には、大きな傷。 綺麗なひぃ様にあんな醜い傷をつけた開拓者なんて、大嫌い。 だから、ひぃ様のお言いつけ通りにするわ。 そうしたら、ひぃ様のお望みのものが手に入るのだもの。 「その時まで、煩くても我慢してあげるわよ」 人間の女が見上げて来る視線が煩わしい。その目をえぐり出してやろうかと思ったけど、そんな事をしたら、また赤子の世話をする人間を連れて来なくちゃいけないし。 「ああ、そうだ。おまえ、ひぃ様が最後にお母さんに会わせてあげるっておっしゃってたわよ。ありがたく思うのね」 ●赤子救出作戦 馴染みの開拓者から事の仔細を知らされて、重は桔梗を伴って開拓者ギルドを訪ねていた。 楼港での仮住まいと定めた長屋の前に、「あなたの子です」などと、人聞きの悪い事が書かれた紙と一緒に置かれていた赤子。 親探しをすればシノビがオマケについて来る、挙げ句の果てはアヤカシが連れ去られると、騒動の連続だったが、数日でも世話をすれば情が移るというものだ。 あれから桔梗は汚れてもいないおむつを洗ってばかりだし、重自身も手掛かりを求めてあちこちを探し歩いていたのだ。 その赤子が、重が仮住まいを楼港に構えるきっかけとなった「賭け仕合」に深く関わりを持つ朧谷の現里長であり、更には重の元に置いていった女が旧知の輝蝶だと聞かされて、重の中で全ての糸が繋がった。 「道理で、何の気配もなくなったわけだ」 赤子のオマケでついて来た気配。シノビのものだと感づいてはいたが理由が分からず不気味だった。けれど、守るか為か見張る為かは知らないが、秋郷についていたものだったのだ。 そしてー。 「母親の氷雨という女が、秋郷を盾に取られて何かやらかそうとしているわけか」 報告書と、既に出ている依頼を眺めて、重は考え込んだ。 「‥‥秋郷はアヤカシに連れ去られた。それを母親は知ってるのか?」 氷雨の関係者らしき者達の密談を開拓者が聞いている。その内容からして、密談を交わしていた者達は秋郷の行方を知っているのではないか? だとしたら、どうやって秋郷の行方を掴んだ? そして、それをネタに母親を脅しにかけると言う事はー。 「どっちにしても、放っておけねぇや。なあ、桔梗」 「当然だ。鷹風重太郎長幸健人萩生はきっと泣いている。助けておしめを替えてやらないと」 「‥‥いや、桔梗、あいつには秋郷っつー名前が‥‥」 だがしかし、熱く燃えた少女に重の言葉は届かない。 「待っていろ、鷹風重太郎長幸健人萩生! すぐに助けに行くからなっ!」 「てか、それって人の名前? 人の名前か!?」 赤子が連れ去られて以来、どうにも沈みがちだったが、ようやくいつもの調子が戻って来た。ぐ、と拳を握り締めて、重は報告書と関連する依頼とを真剣に読み返す。 「重? 何してんだ?」 「あいつを取り戻す算段してんだよ」 よし、と小さく頷くと、重は受付へと向かった。 「依頼だ。朧谷氷雨の行く先に秋郷もいる。氷雨が秋郷の無事をネタに脅されているなら、先回りして助け出す」 「先回りって、出来るのか?」 はて? 首を傾げた桔梗のおでこをぴんと弾いて、重は書き上げた依頼状を示した。 「だから、依頼を出すんだろうが。賭け仕合に立会う為に、氷雨は楼港の料理屋に現れる。そこから先の行動を監視しておけば、氷雨がどこへ向かおうとしているか、割り出せんだろ、開拓者なら」 横で聞いていた開拓者が思わずツッコミを入れる程に他力本願な言葉だ。 しかし、彼らは本気だった。 「秋郷はアヤカシに攫われた。今度も絡んで来る可能性が高い。氷雨の事は他の連中に任せて、俺達は秋郷を見つけ、アヤカシをぶっ飛ばして、取り返す事に専念すんぞ」 「おー!」 こんなので大丈夫なのだろうか。 放っておいては危険だと、周囲の開拓者達は引き攣り笑いを浮かべつつ、依頼受理の手続きをした。 自分達が軌道修正をしないければ、恐らく秋郷を救い出すどころか、見つけ出す事も出来ないだろうから。 |
■参加者一覧
滋藤 御門(ia0167)
17歳・男・陰
虚祁 祀(ia0870)
17歳・女・志
橘 天花(ia1196)
15歳・女・巫
羅轟(ia1687)
25歳・男・サ
弖志峰 直羽(ia1884)
23歳・男・巫
水月(ia2566)
10歳・女・吟
楊・夏蝶(ia5341)
18歳・女・シ
璃陰(ia5343)
10歳・男・シ |
■リプレイ本文 ●接触 「結構、大胆な事をしてくれますね」 音も立てずに現れた3つの人影に、橘天花(ia1196)は声を上げかけた口元を手で押さえた。そんな天花を守るように、羅轟(ia1687)が一歩前に出る。 「‥‥最近、この辺りの子供達が」 口元を隠したシノビの表情は分からない。けれど、開かれた口から漏れるのは女の声。女は淡々と言葉を続ける。 「親の言う事を聞かない子を暗黒魔人が迎えに来たと怯えているようですが‥‥」 「‥‥」 ちらりと天花は羅轟を見上げた。厳つい仮面に隠された顔は、口元を隠したシノビ以上に表情を読み止る事が出来ない。 「‥‥あなたですね?」 更に続けられた言葉は疑問形ではなく、確信に満ちた問いかけであった。 対して、羅轟ははてと首を傾げた。関節部に布を挟み込んだ隠密仕様の鎧は、特有の軋み音が軽減されている。 「あなたですね?」 「風音、風音、それはいいから」 最初に声を発したシノビが、片方の袖を引いた。彼女らの後方で腕を組み、木に凭れていた人影が大きく溜息をつく。 アヤカシに攫われた朧谷の里長の行方を探す開拓者と、以前、開拓者に接触して来た犬神のシノビ達の秘密の会合はこのようにして始まったのだった。 ●三笠屋 秋郷は赤子だ。大人の手が無ければ1人で生きて行く事も出来ない。そんな赤子をいつまでもアヤカシの、敵の手元に置いてはおけない。 アヤカシに攫われてから時間が経つ。もはや一刻の猶予もないのだ。 「ごめんください」 暖簾を潜ると、虚祁祀(ia0870)はにこやかな笑顔で主との面会を求めた。困惑する店員に、更に笑みを深めて面会を要求する。笑顔の祀の背後に「否とは言わないわよね」という文字が見えた気がして、店員は目を擦った。 「店先では他のお客様のご迷惑になります。どうぞ奥へ」 「旦那様」 これまた笑顔の主に促され、彼らは奥の部屋へと通される。 にこにこ笑顔の祀と、目をギンギンに光らせ、口をへの字にした璃陰(ia5343)と桔梗、袖口を口元にあて、じぃと探るような視線を主に注ぐ水月(ia2566)、不機嫌全開の重という、何やら怪しげな顔ぶれだ。 彼らに茶と茶菓子を出した店員の足音が遠ざかって行くのを確認し、「さて」と主が切り出した。 「ご用件は何でしょうかな」 「分かっておられると思うのですけれどぉ?」 互いに笑い合って交わす言葉の中には、棘が含まれている。祀が静かな戦いを繰り広げている後ろでは、むすっとした顔のまま、璃陰と桔梗が茶菓子に手を出していた。だが、手に取った菓子は重に叩き落とされる。 「重?」 「兄やん、どないしたん?」 怪訝そうな2人に、重は険しい表情のまま「食べるな」と一言告げる。 「水月、茶も飲むな。何仕込まれてるか分からねぇぞ」 茶碗を手に取っていた水月が、その言葉にそっと椀を茶卓に戻す。 「これはこれは‥‥。何とも失礼な物言いでございますね」 「あら、じゃあ何も仕込んでないの? あなたが食べられる?」 険悪な雰囲気にもかかわらず、笑顔の応酬は続いているようだ。主は戯けた様子で頭を叩いてみせた。 「1本取られましたかな。ですが、あなた方も分かって、ここに来られているわけですから」 笑う主が纏う雰囲気が変わる。穏やかな表情のまま、漲るのは殺気だ。 「ええ。分かっているわ。あなたが犬神一族と繋がっている事は」 「さようでございますか」 その一言と共に、主の手から何かが飛んだ。それは祀の腕を掠め、床柱に突き刺さる。 「っ!」 「祀!」 袖が裂け、薄く血が滲む傷に血相を変えて、重は傷口に唇を当てた。 「ちょっと! 何してるのよ! 重!!」 顔を真っ赤にして動揺し、腕を振り解こうとする祀に、重は吸い取った血を吐き捨て、一喝した。 「馬鹿野郎! 何が仕込まれてるか分からねぇと言っただろうが!」 その言葉に主が笑う。 「命に関わる程のものではございませんので、ご心配なく」 「って! 本当に仕込んでたの!?」 祀が仰天する間もなく、主の背後に黒い影が現れる。黒い布で覆われ、人相風体は分からないが、犬神のシノビであろう事は想像に難くない。 璃陰と桔梗がそれぞれに身構え、水月も2人を支援する準備を整え、優しい顔に険しい表情を浮かべている。 「ここで戦われても構いませんが、私が楼港の商人である事をお忘れなく。開拓者が無理難題をふっかけた挙げ句、大暴れした、という噂が流れましたら、皆様のお仲間が肩身の狭い思いをなさいましょう」 そう言われて、水月が息を呑む。確かに主の言う通りだ。三笠屋が犬神と通じている事など、世の人々は知らないのだから。 「‥‥こっちが不利か」 言うが早いか、重は祀の体を肩に担ぎ上げた。 「ちょっとーーーっ!」 「うるさい。璃陰、桔梗は1人で大丈夫だ。水月を連れて来いっ」 「分かった!」 重の意図を察した璃陰が水月を抱える。背格好は似たり寄ったりの2人だが、さすがに男の子である。ぽっと頬を染めた水月を抱えた璃陰が、素早く庭に飛び出す。追いかけようとしたシノビを桔梗が牽制し、次いで祀を担いだ重が部屋から脱した。 「兄やん!」 庭の土壁の上に乗った璃陰に行けと促し、桔梗も壁を越えさせる。 「善良な商人の三笠屋が犬神のシノビを雇っていると知られたくねぇよなぁ? 今、騒ぎになって変な噂が流れるのはアンタも同じだぜ?」 言外に追って来るなと告げると、重は庭石を踏み台に、そう高くはない壁に飛び乗った。 ●お仕置き 楼港で動いている開拓者達との繋ぎを取る為に、高台近くに設置された「情報統制室」を訪ね、現在の状況を確認した後、滋藤御門(ia0167)と楊夏蝶(ia5341)は高華楼にいるという輝蝶を訪ねた。 「‥‥から、千鳥屋に1人‥‥ん?」 御門が高華楼の主に丁寧に頭を下げる隣で、夏蝶が輝く笑顔を輝蝶に向ける。 「ど、どうした?」 さすがに2人の来訪を不自然と感じたのか、輝蝶が問う。 最初に口を開いたのは、夏蝶だった。 「あの時、嘘ついてたわね、輝蝶さん?」 笑顔の夏蝶の一言に、輝蝶から僅かに目を逸らした御門が続ける。 「僕も驚きましたが、でも、それで色々繋がりました‥‥ 」 「事情は仕方ないけど、嘘は嘘よね? 一度は貴方、お前と呼び合った仲でひどいわ」 「待てぃ! 最後のは何だ最後のは!」 くすんと泣き真似をして見せた夏蝶に、即座にツッコミが入る。 「本当の事じゃない。それはともかく、嘘をついてた罰は受けて貰わないとねっ」 「テ‥‥ティエ?」 ふふふと妖しく笑いながらにじり寄る夏蝶に、じりじりと後退する輝蝶。 「依頼中だから、今はこれで済ませてあげるわ」 宣言と共に、夏蝶の手が輝蝶に伸びる。 「必殺! 擽りの刑♪」 「ちょ、やめ‥‥、俺はそれに弱‥‥っ! あっ!」 目の前で繰り広げられている馬鹿馬鹿しくも、見ようによっては危ない男女の攻防戦に頬を染めながらも、御門は主にもう一度、深々と頭を下げた。 「大変ですね」 「お騒がせして申し訳ありません‥‥」 いやいやと主は笑ってみせた。 「彼が持ち込んで来る厄介事を、我々も楽しんでいるんですよ。志体を持たない我々も開拓者の仲間になったような気がしてね。それに、今回は事件自体が他人事ではありませんから」 茶を口に運びつつ、温かい理解と信頼を示してくれる主に御門も微笑みで応えたのだった。 ●その身を案じて 「はいはい、静かにー」 ぱんぱんと手を叩いて、赤子救出班の保父‥‥もとい、纏め役を何故だか押しつけられた弖志峰直羽(ia1884)は仲間達の注意を引いた。 ちなみに、場所は陣幕の準備が進められている仕合会場近くの旅籠である。どこでシノビが聞いているか分からないような、油断の出来ない場所だが、今の楼港ではどこも同じだ。 「えー、とにかく集まった情報を纏めるとー、氷雨さんを連れてったみぞれというのは、犬神の女の子達の先生みたいなもんで、でも、犬神がこのままシノビの小氏族で終わるのを良しとしない考えの人」 確認するように見れば、天花と羅轟がこくんと頷く。 「で、現在の居場所は不明。氷雨さんも以下同文。三笠屋は祀ちゃんへの攻撃からして、シノビの一味と考えるのが妥当な所かな」 「ゆりゃんしてごぺんなさい〜」 奥に敷かれた布団の中から祀がひらひらと手を振る。 三笠屋の放った刃に仕込まれていた毒のせいで、熱を出してしまったのだ。 怪我は水月が風の精霊の力を借りて癒したが、体に回った毒の全てを消し去る事は出来なかったらしい。三笠屋の言葉を信じるなら、命に関わるものではないとの事なので、そのうち熱も下がると思われる。 「秋郷の行方は分からず終い。賭け仕合当日に動くのを待つしか無さそうだ」 ふぅと直羽は息を吐いた。 赤子の泣き声がするとか、アヤカシが現れるとか、そんな噂のある場所は調べたし、あちこちで瘴索結界も試した。けれど、雑魚は引っ掛かっても、肝心の秋郷に関わりそうなものは出て来ない。 「頭の切れるアヤカシかぁ。やだねぇ」 知能の高いアヤカシは、相応に力を持っている。今、この楼港に潜伏している力のあるアヤカシとなると、考えられるのは1匹だけ。 「でも、なんで鷹萩秋郷に狐妖姫が関わって来るん? アヤカシって赤ちゃんの世話出来るん?」 璃陰の素朴な疑問に、そこにいた者達の脳裏に赤ん坊をあやしている狐妖姫の姿が過ぎる。でんでん太鼓を振っていたり、赤子を背負っておむつを洗っていたりと、想像の内容はそれぞれ違っていたが、彼らは一斉に口元を押さえた。だが、こみ上げて来る笑いは止められない。わざとらしく咳き込む者、突っ伏して肩を奮わせる者、悶絶する者、反応は様々だ。 「? どないしたん?」 原因を作った本人は、急に様子がおかしくなった仲間達に不思議そうに首を傾げたのだった。 ●楼閣爆破 目の前の光景に彼らは絶句した。 探し求めていた秋郷。夜もまだ明けぬ内に投げ込まれた文の情報から、秋郷を連れた敵が氷雨に接触する可能性が高いと踏んで、氷雨の行動を追い、救出の機会を窺っていたのだが‥‥。 「狐妖姫‥‥」 楼閣の屋根、突如として現れた女アヤカシの手にぶら下げられている赤子の姿に、彼らは血が滲む程に唇を噛んだ。 「鷹萩秋郷の泣き声や!」 泣き叫んでいる。璃陰の耳には、聞き覚えた秋郷の泣き声がはっきりと聞こえていた。 「はよ助けてやらな!」 「ええ、勿論です。今度こそ、絶対に助けます。この身と命を賭けても」 決意の籠もった御門の言葉が、仲間達の胸にも響く。 すぐにでも助け出したい。けれど、下手に攻撃を仕掛ければ、秋郷まで巻き込んでしまう可能性がある。 ここで手をこまねいているしか出来ないのかと、不甲斐なさに羅轟は歯ぎしりした。 「秋郷‥‥生かし‥‥返す!」 「勿論です! 皆さん、その時の為に精霊様のご加護を!」 天花が神楽舞を舞う。敵に気付かれる可能性があったが、屋根の上にいる狐妖姫は彼らの事も既にお見通しだろう。その証拠に‥‥。 「‥‥」 祈るように手を組み、屋根を見上げていた水月が、不意に背後を顧みた。 低く唸りながら迫って来るのは犬アヤカシだ。 「こんな時に邪魔しに来んじゃねぇよ!」 叫びと共に抜き放たれた重の刀が、犬アヤカシの首を撥ねる。 「重! 騒ぎは‥‥。今更よねっ」 重の行動を制止しようとした祀も、泉水を構えた。受けた毒の影響はまだ残っているようだが、そんな様子は微塵も見せない。 雷閃を放って犬アヤカシを撃退しながら、上空の狐妖姫を確認した御門が驚きの声を上げた。同時に、直羽も叫ぶ。 「秋郷くんが!」 「皆、伏せろッ!」 氷雨が投げた小さな珠と、狐妖姫が手を放した秋郷。 その2つの事実が結びついた時、夏蝶の体は自然に動いていた。 「ティエさんに精霊の加護を!」 水月の声と激しくなる舞が夏蝶を後押しする。 「‥‥行かせぬ!」 夏蝶の行く手を阻もうとした犬アヤカシの牙が羅轟の腕で硬い音を立てる。 「ティエちゃん!」 直羽と御門、そして璃陰も夏蝶の後を追った。夏蝶目掛けて襲い掛かる犬アヤカシを、体を張って止めるべく立ち塞がるのは羅轟だ。 「ティエさん!! 萩生くんを!!」 神楽舞を踊り続ける2人の少女を守るのは重と祀、そして桔梗。 全て、一瞬の間の出来事だった。 視界が白く弾けた。 一度に押し寄せて来た激しい風と熱に、彼らは為す術もなくなぎ倒された。 「う‥‥ティエちゃん? 秋郷?」 体を起こせば、降り積もった土や石がぱらぱらと落ちる。ごうと炎を上げている楼閣に、警護に回っていた者達が水をかけ、中の者達を助け出している。 けれど、肝心の夏蝶と秋郷の姿がない。 悲鳴を上げる体を引き摺りながら、直羽は駆け出した。爆風に吹き飛ばされた璃陰と御門も、彼らの盾代わりとなった羅轟も、己の事を忘れて走り出す。 吹き出す炎に炙られながら、焼けた瓦や崩れた壁を素手で掘り起こす彼らの姿に、水月や天花はただ祈るしか出来ない。ぎゅっと目を瞑り、組んだ手を灰で汚れた額に当てて、彼女達は祈り続けた。 「鷹萩秋郷‥‥」 瓦礫を掘り返していた璃陰が呟く。 「どうかしましたか?」 振り返った御門に、璃陰は真っ黒に汚れた顔を泣き笑いの形に歪めて、足下を指さした。 「声や。鷹萩秋郷の泣き声が聞こえる!」 その叫びに、直羽と羅轟も駆け付け、共に瓦礫を退かし始める。無理だという重の制止を振り切って、天花と水月も作業を手伝った。 「ふにゃああっ」 やがて、体を丸めて気を失っている夏蝶と、その腕の中で元気に泣いている秋郷の姿が発見されーー、そして‥‥。 ●訪れる季節 「結局、狐妖姫が犬神の強硬派と呼ばれる連中の負の心に付け込んでたって事か」 解散寸前の情報統制室に集った包帯だらけの者達が、事の顛末を‥‥彼らが関わった、その後の話を聞かされていた。 「みぞれの話を信じるなら、氷雨の夫殺しも、元は但馬が秋郷を殺そうとしたから‥‥と言う事になる。俺達の報告書を読んだ慕容王と頭領達の仲裁で、朧谷も氷雨への態度を軟化させたみたいだな」 朧谷が賭け仕合に勝った事もあって、氷雨親子は再び朧谷に迎え入れられたらしい。 「全ては丸く収まった、か。いや、狐妖姫には逃げられたっけ」 一連の結果を纏めた資料を閉じると、直羽は窓の外、焼け跡も生々しい楼閣を見た。 「お2人に会えなくなるのは寂しいですけれど、これで、また母子が一緒に暮らせるのですから、我慢しないといけませんね」 笑う御門に、しょぼんと項垂れていたお子様達が渋々と頷く。 秋郷と会えなくなるのが寂しいらしい。 壁際に並んで膝を抱えているお子様達の隣には、何故か羅轟までいる。 そんな彼らの姿に、祀と夏蝶は顔を見合わせて笑った。 「大丈夫。きっといつか会えるわ。その時を楽しみにしましょ?」 窓から入り込んで来る風に花の香りが混じる。 ようやく、長かった冬も終わりを告げたようだった。 |