【神乱】アヤカシの空
マスター名:桜紫苑
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: 普通
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2010/03/27 19:27



■オープニング本文

●事の起こり
 天儀暦1009年12月末に蜂起したコンラート・ヴァイツァウ率いる反乱軍は、オリジナルアーマーの存在もあって、ジルベリア南部の広い地域を支配下に置いていた。
 しかし、首都ジェレゾの大帝の居城スィーラ城に届く報告は、味方の劣勢を伝えるものばかりではなかった。だが、それが帝国にとって有意義な報告かと言えば‥‥
 この一月、反乱軍と討伐軍は大きな戦闘を行っていない。だからその結果の不利はないが、大帝カラドルフの元にグレフスカス辺境伯が届ける報告には、南部のアヤカシ被害の前例ない増加も含まれていた。しかもこれらの被害はコンラートの支配地域に多く、合わせて入ってくる間諜からの報告には、コンラートの対処が場当たり的で被害を拡大させていることも添えられている。
 常なら大帝自ら大軍を率いて出陣するところだが、流石に荒天続きのこの厳寒の季節に軍勢を整えるのは並大抵のことではなく、未だ辺境伯が討伐軍の指揮官だ。
「対策の責任者はこの通りに。必要な人員は、それぞれの裁量で手配せよ」
 いつ自ら動くかは明らかにせず、大帝が署名入りの書類を文官達に手渡した。
 討伐軍への援軍手配、物資輸送、反乱軍の情報収集に、もちろんアヤカシ退治。それらの責任者とされた人々が、動き出すのもすぐのことだろう。

●男の浪漫
「とまあ、そういうわけなのよ」
 受付嬢からの説明を受けて、重はふむと考え込んだ。
 噂だけは小耳に挟んでいたが、これほど大掛かりな事になっているとは思っていなかった。楼港に出向している間に、何だかぽつーんと取り残された気分だ。
「森に迷い込んで、村に戻って来たら300年経っていたっつー、昔話がなかったか? なんかそんな気分」
 黄昏れて、重は忙しないギルドの中へと視線を向けた。
「なんかさ、一気に白髪になりそうだぜ」
「何言ってんの。重の髪はもともとそーゆー色じゃない」
 ばしんと一発、背中を思いっきり叩くと、受付嬢は重の目の前に1枚の紙を突きつけた。どうやら、入ったばかりの依頼のようだ。
「今から貼り出す依頼なの。昔、乗ってた事があるって聞いたけど?」
 一通り目を通すと、重は苦笑いを浮かべた。
「もう何年も前の事だけどな。しかも、すげぇ短い期間だった」
 依頼は、ジルベリアに向けて、更なる武器を輸送する飛空挺船団の船長からのものだ。
 天儀からジルベリアへの予定空路の途中に、最近、飛行型アヤカシが頻繁に出没する空域があるという。まるで、ジルベリアへ向かうのを阻止するかのように、奴らは飛空挺目掛けて襲い掛かって来るらしい。
「‥‥そのアヤカシ共をテキトーに引き付けて、輸送船団を無事にジルベリアに送り出せって事か」
「そういう事になるわね」
 言わば、囮。
「本隊は飛空挺3隻。囮の飛空挺は依頼主が中古を提供、か。‥‥落とさなければ貰えたりすんの?」
「へ? 重ってば飛空挺が欲しいの?」
 手早く依頼状を貼り出した受付嬢が驚いたように振り返る。
 この男から、そんな前向きな野望を聞かされる日が来ようとは、思ってもいなかった。
「そりゃあ、空は男の夢だしなっ」
 意味が分からない。
 曖昧な笑みを返すに留めて、受付嬢は咳払った。
「中古を下げ渡して貰えるかどうかは、重が依頼主に交渉すれば? ギルドはそこまで面倒はみてくれないと思うわよ」
「よっしゃ、その為にも、この依頼受けるしかねぇな! 昔取った杵柄だ。本職には負けるが、囮になるぐらいには動ゥせると思うぜ」
 だが、中古飛空挺1隻で囮になるのは、心許ない。
「敵は飛行型アヤカシか。「飛べる」連中がいりゃ、心強いんだが‥‥」
「皆、一連の依頼で結構出払ってるものね」
 うーん、と受付嬢と2人、腕を組みつつ考え込んだ重の袖を引っ張る者がいる。
 最近、いるのが当たり前になってしまった重の預かり物、桔梗だ。
「なあ、重。飛空挺って、空を飛んでいるあれか?」
「ああ、そうだ。それがどうかしたか?」
 物知らずの少女は、途端に目を輝かせた。
「重! 私も乗りたい! 空、飛びたい!!」
 やっぱりそう来たか。
 連れてけと、重の髪や服、頬までも引っ張って駄々をこねる桔梗にも、もう慣れっこになってしまった。何事もなかったように、重は受付嬢に手を差し出した。
「ふひぇひょひゅひぃ(筆と墨)」
 こちらも慣れっこな受付嬢は、重の言わんとしている事を読み取って、その手にそっと筆を乗せたのだった。


■参加者一覧
中原 鯉乃助(ia0420
24歳・男・泰
柳生 右京(ia0970
25歳・男・サ
橘 天花(ia1196
15歳・女・巫
若獅(ia5248
17歳・女・泰
沢村楓(ia5437
17歳・女・志
神咲 六花(ia8361
17歳・男・陰
煌夜(ia9065
24歳・女・志
白 桜香(ib0392
16歳・女・巫


■リプレイ本文

●浪漫への道のり
 囮用にと開拓者達に与えられた飛空挺は、依頼人である商人が長く使っていたという中型船であった。見た目はボロいが、手入れ次第ではまだまだ十分に飛べそうである。
「落ちなければ、後は好きにしていいだなんて、気前のいい商人さんでしたね」
 交渉に同行していた白桜香(ib0392)の言葉に、重は上機嫌で頷いた。
「可愛い女の子達が一緒だったから、あのおっさん、良い所を見せようとしたのかもしれねぇぞ。なら、桜香と煌夜には感謝しなきゃだな」
「‥‥あ、あの‥‥」
「あら、それなら何かの時に乗せてくれたらいいわ」
 肩を叩かれて、ぽっと頬を染めた桜香と、くすくす笑いながら片目を瞑った煌夜(ia9065)、それぞれの反応に重はふむと顎に指を添える。
「使用前と使用後‥‥ぐっ!?」
「今、何か言った?」
 いらない一言を不用意に呟いた重の足をだんと踏みつけて、煌夜はにっこりと笑いかけた。彼が飛空挺を譲り受けられるよう、必要であれば依頼料から資金を提供しようと申し出てくれた彼女に、あまりの言い草である。
「か、開拓者として経験を積み重ねたお姉さんは素敵だなあ、と‥‥」
「ふぅん?」
 冷や汗だらだらの重と満面の笑みの煌夜と。間に挟まれた形となった桜香はどちらにも加勢出来ず、おろおろするばかりだ。
「‥‥馬鹿か」
 呆れたように呟いたのは沢村楓(ia5437)だ。その手には長細く撒かれた布が抱えられている。
 追い打ちの言葉の刃はぐさりと重に突き刺さったらしい。傾いだ重の体に、桜香は口元に手を当てて息を呑んだ。これから飛空挺の操船をするはずの重が立ち直れなかったら、この依頼は自分達の相棒だけで行わねばならないのか。いや、それでは「囮」の役目を果たす飛空挺が‥‥。
 様々な想像が桜香の脳裏を駆けめぐる。
「ほら」
 息を吐いて、楓は手にしていた布を重へと放り投げた。ふわりと柔らかく解けた布が花嫁の綿帽子のように重の銀色の頭を覆う。
「将来の船には掲げる旗が必要だろう? 貴殿なら、どんな印を描く?」
「え? あっ」
 布をよく見れば、芯になっていたのは竹の中骨。布は何も描かれていない無地。楓の意図を悟って、重は感極まったように瞳を潤ませ、旗を握り締めたまま、腕を広げて飛空挺にへばりついた。
「っくしょーっ! いいかーっ! 俺は、絶っ対、お前を俺の船にしてやるぞーッ!」
 傷心一転、やる気全開となった重に、煌夜が乾笑いを浮かべて額を押さえる。
「‥‥単純」
「まあまあ」
 こちらも苦笑を浮かべつつ、神咲六花(ia8361)は呆気に取られていた桜香の肩を叩く。
「桔梗が船の中を見てまわるって言ってるんだ。一緒に行くかい?」
「はい!」
 大騒ぎしている船内探検組を示すと、桜香は嬉しそうに頷いて駆け出して行った。
「うん。子供は無邪気でいいね」
「あらぁ? それって、無邪気じゃない大人は駄目って事?」
「いえいえ、そんな事は」
 わざとらしく顰めっ面を作ったすぐ後に笑い出した煌夜に、六花も芝居じみた悪戯っ子の表情で応える。
「でも、あれが重かぁ‥‥」
「重がどうかしたの?」
 煌夜の問いに、六花は俯き加減に小さな呟きを漏らす。
「‥‥どんなお人好しかと思ってさ」
「ああ、そうね。確かにお人好しだわ」
 くすりと、六花は笑った。
「さっき、桔梗に聞いたんだ。鷹風重太郎長幸健人萩生ってどう読むのかって。そうしたら、そのまんまの答えが返って来たよ」
 これには煌夜も笑うしかなかった。
 シノビの血を血で洗う争いの中心、朧谷の長を「あなたの子です」と預けられてギルドに子守の緊急要請を出した重と、それに応えて巻き込まれた開拓者が、それぞれに付けた名前を全部くっつけたのが始まり。
 それでも、桔梗は律儀に全部の名前を呼んでいたらしい。
 朧谷秋郷という本当の名を知った後でも。
「桔梗が皆で付けた名前だから変えないって言ったら、重は分かったって頷いて、それに付き合っているらしいよ」
「重らしいわね」
 そう言って、何事もなく歩き出した煌夜を、六花は静かな笑みを浮かべながら追い掛ける。
 出航の前に、船内探検の引率を引き受けていた事を彼が思い出したのは、ぷぅと頬を膨らませた桔梗にぽかぽかと背中を殴られた後の事だった。

●準備万端‥‥?
「さて、と。天気は快晴微風、絶好の飛行日和だな」
 アヤカシが屯する空域に向けて飛ぶ飛空挺は、中古とは思えぬほど威風堂々と、悠々と空を進んでいる。それもこれも、少しでもアヤカシの目を惹き付ける為にと張り切って外見を飾り付けた橘天花(ia1196)と、それに付き合わされた自分達のお陰だろう。
「この年になって、ああいう、おままごとみたいな飾り付けをする事になるとは思わなかったよな」
 ふ、と遠い目をするのは酔龍の背に跨った中原鯉乃助(ia0420)だ。
「いや、俺より‥‥」
 先を行く飛空挺の甲板、相棒の羅刹と出撃に備えているであろう柳生右京(ia0970)の憮然とした顔を思い出して、鯉乃助は微苦笑を浮かべた。我関せずを決め込んでいた右京も、アヤカシを惹き付けるという大義名分と天然無敵流免許皆伝と重に言わしめる天花の邪気の無い「お願い」を無視する事は出来なかったらしい。
 無表情に、けれど眉間に皺を寄せつつ、割り当てられた飾り付けを淡々とこなして行く右京に、鯉乃助は同情の涙を禁じ得なかったのである。
「右京に花飾りを作らせるたぁ、本っ当に無敵だぜ‥‥って、おい!? 酔龍!?」
 いきなり方向を変え、速度を増した酔龍に、鯉乃助は慌てて相棒の首筋を叩いた。けれども、蚊に食われた程も感じていないらしい酔龍は鯉乃助の意図に反して、雲の中を突き進んで行く。
「ちょっ、待てって言ってるだろ! 今日は酒入ってねぇんだろ!? なに素面で酔っぱらってんだよ!」
 その言葉が癇にさわったのか、酔龍は背中の鯉乃助を振り落とそうとするかのように、くるりと体を回転させた。
「わわわっ!? こらっ! ‥‥って、あれは!」
 雲の中に見え隠れするのは、アヤカシの群れ。
 鯉乃助と酔龍を追うように、若獅(ia5248)と華耶も姿を見せる。
「さすがだな! こいつらの動きにいち早く気付くとは!」
「い、いやあ‥‥」
 酔龍の隣に華耶を並べた若獅の言葉に、鯉乃助はあははと笑って頭を掻いた。不満そうに酔龍が体を揺らすが、そんな事はお構いなしだ。
「奴ら、囮に引っ掛かってくれたようだ。‥‥だが、相当な数だ」
 鯉乃助と酔龍の水面下の遣り取りには気付かず、若獅は目を眇めた。これらのアヤカシが輸送船団を襲えば、商船の備えでは太刀打ちが出来ないだろう。
「だな。だが、まだ遠い。もっと引き付けないと」
 囮船の仲間達は、アヤカシの接近に気付いているだろうか。
 甲板には今にも飛び立ちそうな羅刹がいたが、他の仲間達は?
 船から離れた今となっては、連絡の手段がない。仲間を信じて、彼らは彼らの仕事をするしかなかった。

●開拓者とその相棒
 その頃、龍に乗った時とは違う空を楽しんでいた天花と桜香も、問題の空域が近づいたという知らせに表情を改めていた。
「いよいよですね」
「はい」
 互いに頷き合い、きりりと表情を引き締める少女達の様子を微笑ましく見遣ると、六花は置いてきぼりを食らって、ぽつねんと佇む桔梗の頭を一撫でした。
「じゃあ、僕達は行って来るから。重がサボらないように、ちゃんと見張っていてくれるかい?」
 役目を割り振られて、桔梗の顔が明るくなる。
「分かった! 皆も気をつけろ。龍から落ちても地面はないんだからな!」
「うん。気をつけるよ。‥‥桔梗の為にも、この船も落とすわけにはいかないしね」
 ほのぼのしたやりとりに背を向けて、楓は甲板へと向かった。
 その後を、慌てて天花と桜香も追い掛けて行く。
「わぷ」
 甲板へと続く扉を開けた途端に吹き込んで来た風に、体が押される。体勢を崩し、倒れかけた天花と桜香を六花が支えた。
「‥‥遅かったな。来ないなら、俺と羅刹だけで出るつもりだったのだが」
「残念だったな」
 右京と楓が小さな棘まじりの軽口を交わしている間に、天花と桜香は甲板の隅っこで縮こまっている梅と真勇を見つけ、慌てて駆け寄っていた。
「どうしたのですか? 梅?」
「真勇? 何かありました?」
 けれども梅と真勇は2人の姿を見つけて嬉しそうにするだけだ。怪訝そうに顔を見合わせた天花と桜香に、右京が「ああ」と思い出したように声を上げる。
「先程から羅刹が戦いの気配を感じ取って、ひどく荒ぶっていたな」
 恐らく梅と真勇は触らぬ神に祟りなしとばかりに、羅刹から離れたのであろう。
「‥‥犬や猫って飼い主に似るって言うけど、龍もそうなのかしら?」
「‥‥さあ? 煌夜のレグルスはどうなんだい?」
 雲の向こうに視線を飛ばしながら煌夜が呟く。それに答える六花も雲の海を見つめていた。だが、2人して黄昏れているわけではない。雲海の合間に、見え隠れしながら近づいて来る妖しの影を見出したからだ。
「鯉乃助と若獅は奴らの背後に回り込めたかな」
「どちらにしても、暴れるのはまだだ、羅刹。ギリギリまで奴らをこの船に引き付ける。
 アヤカシの気配を感じて昂ぶる羅刹に言い聞かせる右京も、戦いの予感にうっすらと笑みを浮かべていた。
「‥‥うーん。やっぱり龍も似るのかもしれないな‥‥」
 思わず呟いてしまう六花であった。

●頑張れ
 だがしかし。
「よし、見えた! 行くぜ、酔龍! 奴らを全力で追い立てろ!」
 囮船が目視出来た事を確認して、鯉乃助は酔龍の首筋を叩いた。その瞬間、それまで順調にアヤカシの後を追い掛けていた酔龍の動きが止まる。
「てめっ、なに止まってんだ! 突っ込めって言ってるだろ!?」
 言う事を聞いてくれない相棒に手を焼く鯉乃助の隣を、若獅と華耶が駆け抜けていく。こちらは息の合った様子で、アヤカシ達の背後を突く。
「まだだ、華耶! もっと、どこまでも疾く、強く!」
 突然の襲撃に驚いたアヤカシ達が分散するのを許さず、若獅は華耶と連携して逃げ場を奪っていく。ただ1つ、囮船への道だけを残して。
 その時を狙っていたかのように、宥め賺したり、怒鳴ったりと相棒を動かすべく四苦八苦していた鯉乃助をまたも無視する形で、酔龍が急加速を始めた。
「わわっ!?」
 若獅と華耶の手から逃れ、群れから抜けようとするアヤカシに鋭い蹴りの一撃を食らわせる。動きの素早い大怪鳥も油断していた所を襲われては逃げる事も出来なかった。甲高い泣き声を残して消えて行く大怪鳥に、振り返った若獅がにっと笑って親指を立てる。
「へへっ! 中原鯉乃助、只今参上だッ! って、勝手に飛び回るんじゃねぇぇぇぇぇっ!」
 若獅に鯉乃助が応える間にも、酔龍は全速力で逃走するアヤカシを追い掛けて行く。
「‥‥頑張れ」
 思わず、そう呟かずにはいられない若獅であった。

●空の戦い
 若獅と華耶、そして鯉乃助と酔龍の苦労の甲斐あって、アヤカシの群れは真っ直ぐに囮船に向かっていく。
 誘導されているなどと考える頭を持たないものがほとんどだ。
 うっとおしい襲撃者を躱していたら、獲物を見つけた。彼らは単純にそう思ったらしい。餌を見つけた野獣の如く、囮船へと襲い掛かる。
 しかし‥‥。
「‥‥狩りの時間だ、羅刹」
 羅刹の上で斬馬刀を構えた右京の妖しい微笑みが、我先にと飛空挺に飛び掛かった彼らを待ち受けていた。
 狂喜の雄叫びを上げた羅刹の最初の獲物は、鷲の頭に獅子の体を持つ、鷲頭獅子と呼ばれるアヤカシだ。この瞬間を待ちわびていた羅刹は鷲頭獅子の首の付け根に過つ事なく牙を突き立てた。
 鷲頭獅子は決して弱いアヤカシではない。
 だが、羅刹の狂気にも似た闘志‥‥いや、戦いへの執着心が鷲頭獅子を抑え込む。藻掻けば藻掻く程、深く突き刺さる。
「相変わらず敵に飢えているのか。‥‥それでいい。それでこそ、私と共に空を飛ぶ資格がある」
 笑みを浮かべたまま、右京は斬馬刀を一閃し、羅刹が抑え込んでいた鷲頭獅子の頭部を切り落とした。
 霧散していく鷲頭獅子に、戦い足りない羅刹が不満げに吠える。
「怒るな。敵はまだ山程いる。好きなものを選ぶがいい」
 若獅と鯉乃助の誘導で、この空域のアヤカシ達のほとんどが飛空挺に群がっているのだ。羅刹は、再度雄叫びを上げて、空へと舞い上がった。
 羅刹と右京の戦いを間近で見ていたのは、この依頼が初陣となる梅と天花であった。
「だ、大丈夫ですよ、梅。わ‥‥わたくしが付いています」
 などと言いつつ、梅の首筋を撫でる天花の表情も強張っている。
 天花と梅には、少々刺激が強すぎたようだ。
「橘! 上だっ!」
 楓の声と共に放たれた矢が、天花と梅を狙って襲い掛かって来たアヤカシに突き刺さる。
「口!?」
 それは巨大な口だった。
 龍をも丸呑みに出来る程の口が、驚く天花の目の前で霧散していく。
「はわ‥‥。世界には私の知らないアヤカシがまだまだ沢山いるんですね、梅」
 天花の呟きに応えて一声鳴いた梅が、次なるアヤカシの襲来を察知して翼を広げた。迫り来るのは巨大な火の玉だ。
「梅!」
 舞は間に合わない。せめてと梅の爪で一撃を仕掛けた天花と楓の矢が同時に火の玉を襲う。
 次の瞬間、火の玉が弾けた。
「きゃっ!?」
「くっ!!」
 咄嗟に回避したそれぞれの相棒のお陰で、天花にも楓にも大きな打撃はない。
「自爆‥‥したのか? それにしても、お前は私よりも冷静だな、轟」
 苦笑混じりの労いをかけると、楓は爆煙に覆われた飛空挺へと相棒を寄せた。至近距離での爆発である。船体が傷ついた可能性が高い。
 案の定、飛空挺の側面に穴が開いている。
「船は私と真勇が守ります。皆さんはアヤカシ達を!」
 爆発の衝撃で傷ついた煌夜の傷を風の精霊の力を借りて癒していた桜香の言葉に、楓と、同様に船を心配して戻って来た六花が頷く。
「そうだね。こいつらを全部片付けて、依頼を終わらせる事が船を守る事に繋がる。‥‥桔梗と約束したからね。船は絶対に落とさないって」
「じゃあ、手っ取り早くやっちゃいましょう。乙女の柔肌を傷つけてくれた罪は倍返しで払って貰うわ」
 ‥‥傷つけたアヤカシは既に自爆してるよ‥‥などとは、言わぬが懸命だろう。六花は頷きを返すに留めた。
 そして、彼らは再び相棒と共に空を翔けた。
 やがて、若獅と鯉乃助も、彼らと合流を果たした。挟撃の役割を担っていた彼らの合流は、すなわちこの空域のアヤカシが、船の周囲にいる数匹だけになったという事だ。
 存分にアヤカシを屠った羅刹も、一時の満足を得たようだ。
 最後の数匹を仕留め、依頼主の船団が無事にジルベリアへと向かうのを見送った後、彼らは高度を下げていく飛空挺を守るように囲んで共に地表へと向かった。
 土手っ腹に穴が開いた飛空挺は修理が必要となるだろう。
 重がこの船で自由に空を飛べるようになるのは、もう少し先の話になりそうだった。