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■オープニング本文 ●凍土の夜 吐き出す息さえも凍り付きそうだ。 月明かりが積もった雪を白く照らし出して、辛うじて道を示してくれている。誰もいない、真夜中の道を彼女はひた走った。ただ1人で。 目指すは、ヴァイツベルク城だ。 そこに、あのお方が‥‥コンラート様がおられる。 1度だけ、あのお方に会った。 森の中、野犬の群れに襲われていたあたしを助けて下さった。 金色のお髪が太陽の光を受けて、きらきらと輝いていらしたわ。ううん、体全体が淡い光に包まれているようだった。 あの時、確信したのよ。 この方は精霊‥‥神様の祝福を受けたお方だって。あたし達を真に導いて下さる方だって。 なのに‥‥。 雪の中から飛び出していた木の根に足を取られて、彼女は冷たい絨毯の上に倒れ込んだ。髪も、サラファンも雪まみれだ。けれど、凍り付くような寒さも、冷たさも気にならなかった。 ただ、一刻も早くあのお方の陣へ、あのお方と、あのお方と共に戦う同志がいる城へと辿り着きたかった。 村を出る時、あれほど怖かった狼の遠吠えも、今はもう、怖くはない。 ただ、ただ、あのお方の元へ。その一心で、彼女は走り続けた。 ●招かざる‥‥ 軍議や様々な雑事を終えて、就寝しようとしていたコンラート・ヴァイツァウは、近習からその報を受け取った。 「若い娘が? たった1人で?」 「はい。敵方から送り込まれた者かもしれないとの事で、現在、詮議中と‥‥コンラート様?」 近習の報告を遮って、コンラートは身を翻した。 「こんな真夜中に、たった1人で我が軍に身を投じようとやって来た娘を詮議にかけると聞いて、黙ってはいられない」 慌てて彼の後を追う近習。 「コンラート様、上着を!」 そんな言葉にも耳を貸さず 、彼は真っ直ぐに兵士の詰め所を目指した。 火の気もなく、冷たい地面の上に、彼女は膝をついて震えていた。濡れた髪や服も冷たかろうが、周囲を囲む者達からの視線の方が更に冷たいに違いない。 眉を顰めると、コンラートは手で彼らに道を開けるよう指示した。 コツンと鳴った踵の音に、娘が顔を上げる。 涙に汚れた顔に、喜色が浮かんだ。 「コンラート様!」 「こんな真夜中に女の子1人でやって来るなんて、無茶をする」 部下達が止めるのも構わず、彼は娘の傍らに片膝をつき、頬に流れる涙を拭ってやった。 「あ‥‥あたし、コンラート様がっ、神様の‥‥! なのにっ」 「ああ、落ち着いて。大丈夫だから、私にも分かるように話してくれるかい?」 頷くと、娘はぽつりぽつりと語り出した。寒さと緊張とで震える言葉は聞き取り辛かったが、コンラートは根気よく彼女の話を聞いている。 以前、コンラートに助けて貰った事、その時に、コンラートこそが神の恩寵を受けて自分達を導く者だと思った事、なのに、村々に伝わって来た話ではコンラートの軍が反乱軍として扱われおり、周囲の人々が悪し様に言うようになった‥‥それらに我慢出来ずに、村を飛び出し、少しでもコンラートの役に立ちたいと城を目指した、と彼女は語った。 「村の皆は‥‥父さんまでひどい事を言って‥‥だから、あたし‥‥あたし‥‥」 「分かった。1人で辛かったね」 涙ながらの娘の言葉を遮ると、コンラートは天使の微笑みを浮かべた。 「でも、安心おし。ここには、君と志を同じくする者達が集まっている。でも、今日はもう遅い。これからの事は明日、考える事にして、ゆっくり暖まってお休み」 その場にいる者達からの非難めいた視線に気付いてもいないのか、コンラートは娘に暖と食事をとらせるよう指示すると、詰め所を出た。 「コンラート様、あの娘をここに置かれるおつもりですか?」 側に控えていた近習の言葉に、コンラートは頷いた。 「僭越ながら、あの娘は親元に帰した方がよいのではないかと思われます。親も心配しているでしょうし‥‥」 それに、今は平時ではないのだ。皇帝軍との戦闘中であり、冬季という事もあって、兵の糧食にも限りがある。役立たずの娘の分、兵の糧食が減れば、それだけ兵の不満も募ろうというもの。 たった1切のパンでさえ、今は貴重だ。 「今、親元に帰した所で、あの娘が辛い思いをするだけだ」 ぽつりと、コンラートが呟いた。 「私とて分かっている。皇帝軍が、疑う事を知らぬ善良な人々に私の事を何と吹き込んでいるか。そのような人々の元で、あの娘があのように私を擁護する行動を繰り返せば、周囲から冷たい仕打ちを受けるに違いない。そのような場所に、私を慕ってくれる者を帰すわけにはいかない」 きっぱりと言い切ったコンラートに、近習は複雑な表情でただ頷くしかなかった。 ●猪突 「マーリア! マーリアを取り返してくれッ!」 厳つい髭親父に肩を掴まれ、ゆさゆさ揺さぶられて開拓者は閉口した。 扉を壊さんばかりにギルドへ飛び込んで来たと思ったら、手近にいた開拓者を捕まえて、突然にコレだ。 「あー、えーと、マーリアって誰?」 揺さぶられ続けている開拓者の顔色が悪くなっていくのを横目に見ながら、別の開拓者が髭親父に尋ねる。 「わしの娘だ! 一途で優しい、わしの自慢だッ!!」 あ、さいですか‥‥。 髭親父のあまりの勢いに、尋ねた開拓者はすごすごと引き下がるしかなかった。 「娘さんが、どうかしたの? どこかの野盗にさらわれたとか、アヤカシに連れていかれたとか‥‥」 「その方がまだマシだっ! どっちもゴメンだがッ!」 「じゃあ、何があったの? 娘さんはどこに連れていかれたの?」 不甲斐ない仲間に変わり、肝の据わった女開拓者が、娘がいなくなる前の状況から、現在いると思われる場所の話まで、具体的な内容を巧みに聞き出していく。 「‥‥なるほど、つまり娘さんは反乱軍のコンラートに心酔して、「コンラート様は悪くないわぁ!!」と叫んで飛び出して行った、と」 「マーリアは騙されているんじゃああああッ!!」 髭親父は、更に激しく捕まえた開拓者を揺さぶった。 猪娘に猪親父‥‥。 その場にいた者達が思い浮かべた言葉は、ほぼ同様のものだ。 だが、揺さぶられている開拓者の顔色から察するに、そろそろ危険域だろう。助けてやらねば悲惨な結末が彼を待っている。 「わ、分かりました。出来るかどうか分かりませんけれど、とにかく落ち着いて下さい。まずはギルドに正式な依頼を出して頂かないと」 何とか宥めすかして、髭親父の手から瀕死状態の仲間を救い出すと、一部始終を唖然としながら見ていた受付嬢があたふたと紙とペンとを用意し始める。 かくして、反乱軍に連れさらわれた(?)娘、マーリアの救出依頼が開拓者ギルドに貼り出される事となったのである。 |
■参加者一覧
滋藤 御門(ia0167)
17歳・男・陰
香椎 梓(ia0253)
19歳・男・志
フェルル=グライフ(ia4572)
19歳・女・騎
神鷹 弦一郎(ia5349)
24歳・男・弓
レートフェティ(ib0123)
19歳・女・吟
狐火(ib0233)
22歳・男・シ
ライオーネ・ハイアット(ib0245)
21歳・女・魔
ロック・J・グリフィス(ib0293)
25歳・男・騎 |
■リプレイ本文 ●ギルドにて 反乱軍の現在位置を確認するのは、そう難しい話ではなかった。 ギルドに行けば、関連する依頼は山ほどあったし、帝国軍との戦いの情報も次から次に舞い込んで来ていたからだ。 「コンラートはメーメル城にいるようだな」 そう呟いたロック・J・グリフィス(ib0293)の声は厳しい。 同じく情報を得る為にギルドに出向いた神鷹弦一郎(ia5349)と香椎梓(ia0253)も難しい顔をして黙り込んでいる。 帝国軍と開拓者の軍勢がメーメル城へと向かっている。メーメル城が戦場になるのは時間の問題だ。 「‥‥何とも素晴らしい行動力だ」 ぽつりと漏らした弦一郎に、ロックが肩を竦めてみせる。 「恋は盲目と言うが、いつの世も恋する乙女の力は凄まじい」 「これが戦時で無ければ、苦笑で済ませる所なんだが‥‥」 2人の口から零れる重い溜息は、状況が芳しくない事を物語っていた。 「年頃の娘にありがちな熱狂、盲信ですね。熱病のような‥‥。でも、いつかは醒める」 きっぱりと言い捨てた梓に、ロックと弦一郎は互いの顔を見合わせた。 自分達よりも年若い梓の言葉だが、妙に説得力がある。 「どう思う? ロック」 「あれは、相当の修羅場を潜り抜けて来たと見た。泣かせた女は星の数って奴かな」 ひそひそ交わされる会話に、梓はこほんと咳払った。 「私の事よりも、今は「彼女」の話でしょう?」 おっしゃる通りで。 素直に白旗を揚げた2人に梓は頷き、集めた情報を書き留めた紙を畳んで懐に収めると立ち上がった。 「皆の元に戻りましょう。現地での情報収集も必要ですし、彼女に接触する為の手段も考えなくては」 「そ、その通りだな。コンラートの甘さと紙一重の優しさをあまり良く思わない者はいるだろう。この件、周囲を叩けば色々と出て来そうだ」 懐から取り出した高貴なる薔薇の花弁を一撫ですると、ロックも席を立つ。 「なるべくなら、彼女の気持ちを傷つけずに連れて帰りたいものだな」 それに続いた弦一郎が立ち上がると同時に、先に歩き出していた梓がふと足を止めた。 「そう言えば‥‥」 「?」 怪訝そうな2人を振り返ると、にこやかに笑む。 「泣かせた相手は女ばかりではありません。‥‥何事も経験です。泣いてみますか?」 笑顔で怖い事を言った梓に、ロックと弦一郎はぴきりと固まった。 「じょ、冗談じゃねぇぞっ」 「‥‥遠慮しておく」 先程まで落ち着き払っていた弦一郎があわあわと動揺し、ロックが頬を引き攣らせる様に、梓はくすくすと笑いながら踵を返した。 ●父親の気持ち 仲間達がギルドを訪れていた頃、レートフェティ(ib0123)、ライオーネ・ハイアット(ib0245)の両名は依頼人の元にいた。 「娘さんが戻られたら、頭ごなしに彼女を否定しないで、気持ちよく迎えてあげられますか。お嬢さんを信じてあげられますか?」 問うたレートフェティに、父親は何とも奇妙な顔をした。 顔色を赤くしたり、青くしたりと悩んでいる様子の父親に、ライオーネもそっと言葉を添える。 「若い時には、何かをどうしようもなく信じて止まぬ時があるものです。少し前の私もそうでした。‥‥きっと御父上にも」 「うー」 唸る父親に、2人は顔を見合わせて微笑む。 「マーリアさんが戻る事に同意したとしても、お父さんが歓迎してくれないとなれば‥‥彼女はどこに戻ればよいのかしら」 「困りましたわねぇ。コンラートを信じ、一大決心で飛び出したわけですから、それを翻して戻って来ても居場所がないなら、また‥‥」 聞こえるように交わされる小声の会話に音を上げたのは父親だった。 「分かった! 分かったよ!! マーリアが戻って来てくれるなら、わしは何も言わん! 悪い男に騙されたのはマーリアのせいではないッ! マーリアが素直で優しい娘だったからだッ! だから、わしはマーリアには何も‥‥ぐっ」 とりあえず、テーブルの上に置かれてあったパンを父親の口にねじ込んで、ライオーネは、ほぅと溜息をついた。 「とにかく、マーリアさんへの思いを綴って頂けますか? 手紙を読めば、きっとマーリアさんにも御父上のお気持ちが伝わるはずです。ただし」 口一杯にパンを頬張って、目を白黒させる父親の肩を押し、テーブルに座らせるとライオーネは念を押す。 「コンラートや反乱軍の事は一切ッ!! 書かない事。御父上の辛い思いをありったけ、思う存分、ぶつけて下さい」 紙とペンを用意していたレートフェティが苦笑するのを横目に見つつ、ライオーネは額を押さえて再び溜息を零したのであった。 ●メーメル城潜入 汚れた質素な服にボロ布をマント代わりに纏ったフェルル=グライフ(ia4572)がメーメル城の門を叩いたのは、太陽が真上に昇った頃の事だった。 「父も母も‥‥全て帝国に‥‥。何卒、士官の口を」 毅然と顔を上げ、自分達を真っ直ぐに見返して来るフェルルに、門番達は顎をしゃくる。ついて来いという事だろうか。 その先に何が待っているのか分からない。 理想を掲げ、正義を語るコンラートの本陣とは言え、末端の兵にまでその考えが浸透しているわけではないと、近くの村の酒場で兵士達と接触をしたロックや狐火(ib0233)から聞かされている。 何が起きても対応出来るように、フェルルはボロ布のマントの下、レイピアの柄を握り締めた。 「我が軍に士官したいというのであれば、その力量を見せるこった」 裏庭らしき場所で、乱暴に突き飛ばされる。 「おい、そこの新入り。こいつと戦ってみろ」 やれやれと首を振りながら振り返った男に、フェルルは声を上げそうになった。 仲間のからかいの言葉に呆れ顔で応える男は先に潜入していた狐火だったのだ。 「隊長〜、こいつ女ですが〜?」 気怠げな口調は、いつもの彼とは違うけれど、ここでは「それ」で通しているらしい。 「ひゅ〜、羨ましいねぇ」 飛んで来る野次を軽く流しながら、無表情の狐火がフェルルの前に立つ。 ー私も知らない人の振りしなくちゃ。 気持ちを切り替えると、フェルルはレイピアを構えた。 「お願いします!」 「いいけど‥‥。怪我しないでよ〜?」 やる気無さげに構えた刀は、狐火の愛刀「天邪鬼」。 様子見に振り下ろした天邪鬼を受け止めたフェルルに、狐火は笑んだ。彼女は経験を積んだ開拓者だ。そこいらの雑兵などよりも遙かに強い。 後ろに飛び退り、紙一重で一撃を避けると、即座に手首を返したフェルルのレイピアを天邪鬼で抑え込み、狐火は上官を見た。 「こいつ、なかなかやりますよー? もういいっスか?」 顔を上げたフェルルを視線で止めて、狐火は天邪鬼を鞘に仕舞う。フェルルの腕が立つ事は、上官にも伝わったはずだ。 「あーあ、あいつも腕が立って可愛いなら、俺らも歓迎したんだけどなぁ」 屯していた兵の呟きに耳を留め、狐火は怪訝そうな顔をして見せた。 「なんスか、それ」 「ああ、お前がここに入る前の話だっけ。コンラート殿を慕って、飛び込んで来た娘がいるんだよ」 へぇ、と気のない返事を返しながら、狐火は兵士達の会話に耳を澄ませた。 「出来るのは飯炊きと掃除洗濯‥‥って、もう手が足りてるっての」 「手際も悪くて、役立たずらしいぜ」 「あんなのに食わせる余裕があるなら、俺らに回してくれよ〜」 思った通り、兵士には娘‥‥恐らくはマーリアであろう‥‥に対する不満が蓄積されているようだ。 「それって、確かコンラート殿ご自身が受け入れたって娘ですよねぇ?」 マーリアが受け入れられた経緯は、既に調べてある。彼女に不満を持つ者は、思っていた以上に多い。 「だから、俺ら下っ端は口出し出来ねぇの」 「まあまあ。交替の時、ヴォトカ奢りますんで、今は腐らないで下さいよ、先パイ」 言いつつも、狐火は近くで上官から説明を受けているフェルルと目を見交わした。 「あ? なんか音楽聞こえませんか〜? 寒さで俺の耳、イカレちまったかなぁ」 「大丈夫だ。俺にも聞こえる。慰問団が来てるってさ」 ふぅん、と相槌を打ちながら、狐火は頭の中でこれからの段取りを組み立てた。予定では、仲間達が娘と接触する頃だ。後は、その時を待てばいい。 ーそれまで、もうしばらくボンクラ兵を装っておくか‥‥。 ●慰問団 窓の外を吹き抜けていく寒風が奏でるのは聴く者を凍えさせる冬の音色。 けれど、城の広間を満たしているのは、春の陽射しのような柔らかな笛の音だ。 メーメル城を慰問に訪れたのは、数人の楽師と用心棒の青年。 城内のギスギスとした雰囲気が笛の音に押し流され、緊迫した状況下で苛立っていた将兵達の心が解けていく。その様が、笛を吹き続ける滋藤御門(ia0167)にも感じ取れた。 静かに静かに余韻を残して曲が終わる。沸き上がる拍手の中、御門はゆっくりと一礼した。 「素晴らしい演奏だった」 「光栄です」 階段を下りて来た男は、手に小さな革袋を携えていた。中に入っているのは、恐らく金だろう。 「僅かだが、コンラート様から‥‥」 「いえ」 言葉を遮ると、御門は真っ直ぐに男を見返した。 「我々は、皆様の慰問に参りましたが、それはお金を頂きたいからではありません」 やんわりと、けれどもはっきりと断った御門に、男は僅かに目を細めたようだった。 「優しそうな方。あの方はどなたですか?」 近くにいた兵士に尋ねると、兵士は意味深な笑みでレートフェティを見た。 「ヴィンドオヴニルは、ああいうのが好みなのか?」 「そういうわけでは‥‥」 ぽっと頬を赤らめたレートフェティに、周囲の兵士達がやんやと囃し立てる。 「コンラート様の身の回りのお世話をしている方だ。兵士じゃなくて、文官ってやつだな」 「コンラート様の‥‥」 しばらく御門と話をしていた男が去って行く。弦一郎と頷き合って、レートフェティは彼の後を追った。うまく誤解してくれた兵士達が、彼女の為に道を開けてくれる。 「コンラートが執務室にいるのは分かりましたが、この状態では人魂を飛ばすのも難しそうですね」 傍らに戻って来た御門の呟きに、弦一郎も頷く。 いつ、もう一度笛を吹けと言われるかわからないのだ。 そして、慰問団の用心棒という触れ込みの弦一郎も、そうそう動く事は出来ない。 「仕方がありません。「彼女」に接触するのは他の人に任せて、僕達は兵士達を引き留めておきましょう。コンラートに会えないのは残念ですが‥‥」 2階へと続く階段をちらりと見て、御門は弦一郎に苦笑を向けた。 「あの!」 声を掛けたレートフェティに、男が歩みを止めた。何事かと振り返る男に、ぺこりと頭を下げる。 「私達の演奏を聴いて下さってありがとうございます」 「いえいえ、こちらこそ。コンラート様も兵士達も喜んでおりましたよ」 穏やかな気性のようだ。 うまくいけば、との考えがレートフェティの頭を過ぎる。だが、慎重に切り出さねば疑われる。どうすべきかと逡巡したその時、柱の影から泣声と、慰める声とが聞こえて来た。 「芋の皮を厚く剥き過ぎだって‥‥そんな事ぐらいで怒らなくても」 「でも、仕方がないのかもしれないよ? さっき聞いたの。食糧が底を尽きかけてるって。帝国軍がそこまで迫っているのに、兵士のお腹がすいてちゃ、ロクに戦えないって」 1人はフェルルだ。すると、もう1人がマーリアなのだろう。 様子を見ていると、男が重い息を吐いた。 「あの娘は、コンラート様を慕ってやって来た農民の娘なのです。‥‥遅かれ早かれ、帝国軍はこの城にやって来るでしょう。今のうちに家に帰してやりたいのですが」 「帰してあげたらいいのでは?」 レートフェティの言葉に、男は困った顔をして言葉を濁す。 「コンラート様が、帰り辛いだろうとおっしゃるので‥‥」 「でも、戦いが始まったら、あの子も危険なのですよね? ‥‥帰り辛くなくなれば、コンラート様もお許し下さるのかしら? もしよろしければ、私達がお預かりしても構いませんが」 男は、しばらく考え込むと、やがて頷いた。 「分かりました。コンラート様に相談して参ります。この城には夜まで滞在されるのですよね?」 「はい」 確認をして去って行く男の後ろ姿を見送ると、レートフェティはフェルルと話し込んでいる娘を振り返った。 夜が来る前に、仲間達が動き出す。 それまでに、彼がコンラートを、フェルルが娘の心を動かしてくれる事を、彼女は祈った。 ●見送られて 「我らは民間人の依頼を受けた開拓者です」 「開拓者」という言葉に門番の兵士が反応するのは、開拓者が帝国軍に加担していると下層の兵士にまで伝わっているからだろう。 敵意を見せる門番に、梓は静かに語り続けた。 「娘が貴方達に連れ攫われた、助け出してくれと、父親から依頼がありました。本当に連れ去ったのならば別ですが、正義という旗印を掲げている貴方達は、悪評が広まる事は不本意でしょう」 門番と睨み合うこと数分。 城の中から男が姿を現した。彼は1人の娘を伴っていた。そして、その後に続くのは慰問団として城に潜入した仲間だ。 「マーリアさん?」 尋ねたライオーネに、娘が頷く。 「御父上から手紙を預かって来ているの」 父親に書かせた手紙をマーリアの手の中に押し込むと、男が持っていたカンテラを翳す。父親の手紙を読み進めるマーリアの表情は硬い。 「お父上は何と?」 穏やかな声色で尋ねた男に、マーリアは俯いたまま口を開く。 「心配で夜も眠れないと‥‥」 「そうですか。‥‥マーリア、帰る場所があるというのは幸せな事です」 不満げに、マーリアはぼそぼそと呟いた。 「私がいると邪魔だって兵隊さんが言っていました。コンラート様も‥‥そう思われているのですか」 「コンラート様のお言葉は、あなた自身がお聞きになったでしょう。以前とは状況が違います。ここにいると危険なのです。コンラート様は、あなたを戦いに巻き込むのは心苦しいとおっしゃった。今のうちに家に帰るのがあなたの為なのです」 黙り込んでしまったマーリアの背を、男が押す。 「彼女をよろしくお願いします」 「‥‥分かりました」 梓がマーリアの肩に手を置いたのを確認して、御門は男に微笑みを向けた。 「僕達も彼女の村まで同行する事にします。どうぞご安心下さい」 笑みを見せた男に頭を下げて、彼らはマーリアを伴って歩き出す。駆け戻らぬようにと彼女の背後を固めた梓とロック、沈み込む彼女に明るく声を掛けるライオーネから少し離れて歩きながら、ふと弦一郎が呟く。 「そういえば、狐火とフェルルはどうするんだ?」 「彼らなら、うまく抜け出して来ますよ、きっと」 くすくすと笑って、御門はメーメル城を振り返った。つられるようにレートフェティも背後を見る。 男は、まだ佇んで彼らを見送っていた。 彼の協力が無ければ、こうもあっさりとマーリアを連れ戻す事は出来なかったかもしれない。 御門とレートフェティは、彼に向かって、もう一度、深々と頭を下げた。 |