ねこのお宿
マスター名：桜紫苑
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| ■オープニング本文 ●ねこのお宿 村の外れ、山へと続く深い竹藪の中に一軒の小さな屋敷がある。 住んでいるのは、楚々と儚げな美しい女。年の頃は二十の後半か。立ち居振る舞いも洗練されていて、一時期にはどこかの貴族の姫様だとか、裕福な商家の箱入り娘だとか、村人達の間で噂になった事もある。 そして、彼女と共住みをしているのは、大量の猫。 １人住まいの慰みに１匹の猫を飼い始めたら、その猫がお嫁さんを連れて来て、あれよの間に増えて行ったのだと、その女――お静――は村人達に気恥ずかしげに語ったという。屋敷の猫達は、飼い主に似たのか器量良し。噂を聞きつけた猫好き達が譲ってくれまいかと頼みに来る程で。 けれど、お静は猫達は自分の子も同然と、彼女の目に適った相手にしか譲らない。その代わり、養子に出た猫達は最高の環境とたっぷりの愛情を注がれて幸せに暮らせるという。 村人達は、いつしかその屋敷を「ねこのお宿」と呼ぶようになっていた。 「ねこのお宿」の猫達は、毎日のように竹藪を遊び場にして、のびのびと自由に生きている。屋敷に戻れば、お静の作った特製猫まんまと新鮮な水が用意され、優しい手が頭を撫でてくれる。 しかし、最近、そんな穏やかな生活を脅かすものが現れた。 アヤカシである。 どうやら山に巣を作ったらしく、二日に一度の割合で降りて来る。鳥の形をしたものや、猿のようなもの、種類は様々だ。 そのアヤカシ達が、竹藪の中をちょこまかと遊び回る猫達をおやつに最適だと認識したのか、執拗に狙って来るようになったのだ。 だが、猫は逞しかった。黙ってアヤカシのおやつになる気など、全く無かったのだ。狩るように追いかけて来るアヤカシの鋭い嘴や爪を避け、竹藪の中を知り尽くした地の利を活かし、彼らは屋敷の中へと逃げ込んでいく。 猫を追って、当然、アヤカシも屋敷へと侵入する。人間がいるのは何の脅かしにもならない。アヤカシにとって、ご馳走が増えただけである。けれども、その屋敷の女主人は、楚々として儚げな美しい女は‥‥ 「おどりゃッ！ ウチの子達に手ェ出しよってからにッ！ 覚悟しぃやッ！！」 諸肌脱いで白木の鞘を払い、鬼神の形相でアヤカシへと斬りかかって行った。 ‥‥村の外れ、山へと続く深い竹藪の中にある一軒の小さな屋敷には、二日に一度、鬼が出る‥‥。 ●依頼 「なので、お山にあるアヤカシの巣を探して、退治して下され」 村長らしき老人が、皺だらけの手で依頼状と依頼料をギルドの受付へと差し出した。 アヤカシの興味が猫だけではなく人間へと移るのは時間の問題だ。一刻も早く、アヤカシの恐怖に怯える生活からおさらばしたいのだろう。 山狩りをして、アヤカシのたまり場となっている場所を探し出し、そこに集まっているアヤカシを退治する。 一見、何の変哲もない依頼である。 というか、よくある話だ。 「分かりました。大船に乗った気で、どーんとお任せ下さい！」 胸を叩いて請け負った開拓者に、老人は嬉しそうに皺くちゃの顔を更に皺だらけにして笑った。 「おお、さすがに頼もしいわい。わしらには、あの山に入る事すら無理でのぅ」 「やっぱりアヤカシは怖いですものね」 女開拓者の言葉に、老人はいや、と首を振る。 「アヤカシも怖いが、何より山や竹藪にはお静さんが仕掛けたとらっぷとやらがあって、猟師ですら正道以外は通れないという有様での。わしらには到底、無理じゃわい」 ひょひょひょ。 奇妙な笑い声を上げた老人に、開拓者達は凍り付いた。 「まあ、たまに掛かった猪やら狸やらを分けて貰えるし、盗っ人達も防げるしで、わしらも恩恵には預かっとるんじゃが。‥‥道を一歩外れたら、何が起きるかわからんで、気ぃつけていきなはれ」 |
■参加者一覧
野乃宮・涼霞（ia0176）23歳・女・巫 
橘 琉璃（ia0472）25歳・男・巫 
楊 才華（ia0731）24歳・女・泰 
相馬 玄蕃助（ia0925）20歳・男・志 
煉夜（ia1130）10歳・男・巫 
水鏡 雪彼（ia1207）17歳・女・陰 
時任 一真（ia1316）41歳・男・サ 
吉田伊也（ia2045）24歳・女・巫 |
| ■リプレイ本文 ●それはきっと不治の病 どっかーんと、轟き渡った大きな音に、誰からともなく顔を見合わせた。 「‥‥」 ついつい無言になってしまうのは仕方がない。 「ち、近かったような気が致しますね」 場を取り繕うようにぎこちなく笑った野乃宮涼霞（ia0176）の言葉に、彼らの前へと茶を出していた女主人が微笑んで頷く。 「裏の藪でございましょう。猫以上に重いものが触れますと、あのように」 ちゅどーんと、今度は別の方向から違う音が響く。 「罠が作動する仕組みになっております故」 「そ、そうですかぁ。あはははは」 と、愛想で笑ってみせた時任一真（ia1316）の虚しさよ。 正道を通れと、依頼人の村長が念押ししていた理由が分かった気がした。そんな彼らの心中を知らぬ屋敷の主は、それではと指をついて頭を垂れる。 「夕餉の支度をして参ります。皆様はどうぞごゆるりとお休み下さいませ」 「お静様、私共はこちらにお世話になる身。せめてお手伝いをさせては頂けませんか？」 涼霞の申し出に、お静は二度、三度と瞬きをした。彼女の反応に、涼霞も首を傾げる。 「何かおかしな事を申しましたでしょうか？」 「あ、いえ‥‥。ですが‥‥」 困惑した様子のお静にぴょんと飛びついたのは水鏡雪彼（ia1207）だ。 ぎゅうと抱きついて、雪彼はお静を見上げる。 「にゃんこちゃんのお世話だけでも大変なのに、雪彼達のお世話までしてるとお静ちゃん、倒れちゃう。泊まらせて貰う間は雪彼もお家のお手伝いするー」 まぁ、とお静は相好を崩した。無邪気に雪彼の上目遣い攻撃に勝てる者など石で出来た地蔵か、木で出来た仏像ぐらいのものだろう。 「手伝って頂けるのでしたら、それはとても有り難い事ですけれど‥‥」 「じゃあ、決まりねー」 うふふ、おほほと笑いながら部屋を出て行く３人の姿を見送ると、顰め面で胡座をかいていた相馬玄蕃助（ia0925）がぼそりと呟いた。 「うむ。噂に違わぬ女主人殿であった。しかも、あれは着やせするタチと見た」 「玄蕃助〜、だだ漏れだだ漏れ」 楊才華（ia0731）に煙管でぺちりとやられて、我に返った玄蕃助に、更なる試練が待ち受けていた。主のいる間はと大人しく身を潜めていた猫達が、彼が動く度に頭で揺れる髷に興味を示して一斉に襲い掛かったのである。 「のわっ！？」 いくら頑強な体を持つ開拓者とは言え、無数の毛玉、しかも小さくも鋭い爪を持った猫が頭上から降って来たら対処のしようがない。素直に押し潰されて、床に倒れ込む。 ーこれがお静殿であったなら‥‥ のし掛かって来る猫達に女主人の姿をダブらせた玄蕃助の鼻から吹き出る赤い液体。これには猫達も驚いた。毛を逆立てて、飛び退く猫数匹。気にも留めず、爪に髪の毛を引っ掻けるのに夢中なのが数匹。動かなくなった髷に飽きて、玄蕃助の体の上で欠伸をするもの、耳の後ろを掻くもの‥‥その他、多数。 「‥‥聞かなくても分かるよ、あんたの頭ン中‥‥」 畳の上、どくどくと鼻から溢れた血が血溜まりを作る。どういう言い訳をしたものかと才華が考えを巡らせた時、腰の辺りから怪訝な声が聞こえて来た。 「どうして分かるのですか、才華様？」 ぶち猫を抱えた煉夜（ia1130）が、心底不思議そうに尋ねる。 「私には分からないです」 「そうだねぇ。具体的に言うと‥‥」 ちょっと待て！ 慌てたのは橘琉璃（ia0472）だ。まだ十を越えたばかりの子に何を言うつもりだ、と。 「さっき、雪彼がお静にぎゅっとしただろ？」 「はい」 こくりと頷いた煉夜に、にっと笑いかける。 「あの時の雪彼を玄蕃助に置き換えてごらん？」 一瞬、場が凍り付いた。 その直後に、琉璃と一真が頭を抱えて苦しみ出す。 「そっ、それは想像の暴力と言うものですッ！」 「ああああっ、想像したくないものを想像してしまった〜」 悶え苦しむ琉璃と一真に、煉夜は更に眉間に皺を寄せ、首を傾げて、隣に立つ吉田伊也（ia2045）を見上げた。 「皆様、どうしたのですか？」 「‥‥そうですねぇ」 しばし考え込むと、伊也はぽんと手を打った。 「煉夜さんがもう少し大人になったら分かりますよ、きっと」 「そういう汚れた大人にならなくていいからね。さ、あたしらも手伝いに行こうか」 才華に汚れた大人と切って捨てられた男３人を残して、彼女らはあてがわれた客間を後にした。 ●とらっぷ解除 竹藪は危険地帯であった。１歩でも過つと、途端に仕掛けられた罠が発動し、竹槍が降って来たり、深ぁい穴の奥深くに沈められたり、串刺しにされたりする。 「こ、これは‥‥」 罠に掛かった狸が見事な焼き狸になってぶら下がっている姿を見て、一真の背筋に冷たいものが走る。聞きしに勝る罠の数と種類だ。昨夜のうちに、お静から罠の場所を聞き出して、皆と共に地図を作ったのだが、それでも危険だ。 先ほども、張られた縄に足を取られかけて、一瞬、冷や汗を掻いた。 アヤカシの襲撃時の追跡に備えて、アヤカシがやって来る方角の罠を解除する為に藪に入ったのだが、もう帰りたくなっている。才華が協力を申し出てくれたが断って正解だった。あらゆる意味で。 「お静さん‥‥一体何者‥‥」 女性は強いねぇ‥‥なんて言ってる場合ではなかった。 外つ国にはこのような罠を扱う事に慣れた特殊作戦の専門家達がいると聞いた事がある。お静はそのような専門家には、とても見えないが。 「‥‥と、ここには落とし穴が‥‥‥‥」 草と枝で隠された穴を興味本位で覗き込んで、一真は心の底から後悔した。 今夜、夢に見たらどうしよう。 それでも、彼は進まねばならなかった。仲間達の身を守る為に。時折、白骨化した猿らしきものが蔦に絡まっていたり、頭蓋骨だけが数珠繋ぎになって飾られていたりして、一真の気力を根こそぎ奪っていく。そんな彼の足元は、猫達が楽しげに走り回り、遊ぶ別世界である。 「あー、そういえば昔、こういう秘境を探検する探検隊がいたっけ。彼らの探検話は楽しく読ませて貰ったけど、どこまでが本当だったんだろうなぁ」 独り言を呟きながら藪を進む彼の姿は、はっきり言って怪しい。 だが、喋っていないと気が変になりそうだ。 ばしゅんと鼻先を掠めた矢が木に突き刺さる。それを引っこ抜いて、一真は深く深く溜息をついたのだった。 ●猫のお宿、朝の光景 ねこのお宿の朝は早い。 太陽が昇ると同時に、お静が用意した猫まんま目掛けて走って行き、その後は自由気ままに過ごす。 しかし、ねこ布団‥‥猫の寝床にされていた人間達は、最初こそ喜んでいたものの、季節柄、暑いし重いしで寝苦しい夜を過ごす事となり、目の下に隈を作り、ぐったり疲れ果てた様子で朝食の場に現れる事になった。 汗で貼り付いた猫の毛が何とも暑苦しさを増す。それでも猫を見ると顔が綻んでしまうのは何故だろう。 髪に絡んだ猫の毛を丁寧に取りながら、琉璃は考える。 この猫達の愛らしさは異常だ。お腹を見せて、手で耳を押さえる仕草や長閑な寝顔を見ているだけで、ついつい、何でも許してしまいそうな気がする。例え、枕もとに蛇やネズミの死骸を並べられたとしても。 「まさか‥‥これは我々人間を懐柔する為の猫の策では‥‥！」 「‥‥琉璃、寝不足って顔してるよ」 びしりと指摘して、才華は膳の前に座った。彼女の肩には、美人揃いのこの屋敷の中で唯一、ぶちゃいくな猫が乗っかっている。ずんぐりとした鞠のような体に、茶と焦げ茶のぶちがある。ぶちゃいくではあったが、妙に愛嬌のある猫だ。才華とは気が合うらしく、最初の夜から彼女の後をついて回っている。 「おはようございます、才華様」 涼霞が装ってくれたご飯に箸を付けると、肩の猫がぶにゃと鳴く。 「分かっているよ」 皿の上に乗せられた目刺しを猫に咥えさせると、才華は用意された食事を掻き込んだ。今日は、アヤカシの襲撃が予想される日だ。奴らの襲撃の前に、やっておかねばならない事が山とある。目刺しを食べて満足したのか、ぶちゃいく猫は魚臭い欠伸をすると、才華の肩を降りてどこかへ行ってしまった。 途端に、ちびっこ達がわらわらと才華の膝の上に乗って来る。 「あの子が、このお屋敷のヌシだそうですよ」 くすくすと笑って、涼霞がそう教えてくれた。 「重たいんだけどねぇ」 こきこきと首を鳴らして、才華は食後の茶を飲みながら、膝の上で遊ぶ猫達の頭を撫でてやった。庭では雪彼が数匹の猫を相手に追いかけっこをし、縁側では伊也がお手玉を使って猫達の視線を釘付けにしている。 その傍らでは玄蕃助が大の字になって朝寝を楽しんでおり、まだ眠り足りない猫達と何故か煉夜とが彼を寝床にして一緒に眠っている。 長閑な朝の光景だ。 「‥‥そう言えば、一真の姿が見えないけど、どうかしたのかい？」 「一真さんは‥‥まだお休みです」 笑って誤魔化した涼霞に、才華は息をついた。 「ご苦労さん‥‥って所だね」 夕べ、ぼろぼろの姿で戻って来た一真は、最後の力を振り絞って、仲間達に親指を立てて見せた後、昏倒したのだった。 「そういえば」 膳を片付けていた涼霞がその手を止めて呟いた。 「今朝方、裏の罠に猪が掛かっていたそうです。アヤカシを退治して、今夜は皆でイノシシ鍋に致しましょう」 「お鍋〜！？ 雪彼、お味噌で煮込んだお鍋が好きっ♪」 わぁいと大喜びする雪彼の周囲では、猫も一緒に飛び跳ねている。もうすっかり彼らの仲間として認められたようだ。 「イノシシ鍋か‥‥。となると、色々と準備が大変でござるな」 自分の上で寝ていた猫と煉夜をそっと退かしながら起きあがった玄蕃助が、腕を捲り上げた。 「どれ、解体はわしにお任せあれ」 「じゃあ、あたしはとっておきの酒を出そうか」 才華の言葉に、俄然、仲間達の気合いも上がる。 「じゃあ、鍋の為にも張り切ってアヤカシ退治をしなければなりませんね」 琉璃の一言に、頷き、拳を握り、眠っていた煉夜を高い高いと放り上げて、それぞれの決意を確かめあったのだった。 ●襲撃 屋敷の庭に現れるのは、お静が仕掛けた罠に掛からないアヤカシが多い。例えば、空を飛べるものや、知恵のまわるもの。そういったアヤカシを相手にする為に、彼らは予め準備をしていた。 決して、猫と遊んでばかりいたわけではない。 びくりと猫の耳が動いた。大きな玻璃の目が何かを探すように動く。 「来た、でござるか」 玄蕃助が刀を手に取って膝立ちになる。雪彼と伊也が猫達の避難を手伝っている間に、琉璃は蒼穹に向けて先制の一矢を放った。猫が見つめていた辺りだ。 ぐえええッ！ 鳥の形をしたアヤカシが、琉璃の矢を翼に受けて地に落ちる。それを合図としたように、別のアヤカシが木の枝を揺らして姿を現した。 「おいでなすったね」 敷地内に入ろうとする猿に似たアヤカシに、才華が鋭い蹴りを突き入れると、起きあがろうとする所へすかさず一真の刀が振り下ろされる。業物と呼ばれるだけあって、その切れ味は鋭い。 だが、アヤカシは１匹ではない。 塀を越えたアヤカシが、逃げ遅れた猫を狙う。追いつめられても、猫は毛を逆立てて、小さな爪で戦う気のようだ。尻尾を大きく膨らませ威嚇する猫をひょいと掴み上げ、玄蕃助が懐に入れる。 一瞬の隙に、雪彼の呪縛符がアヤカシの動きを封じたのだ。 開拓者達は確実に、アヤカシを仕留めていった。 だが、肝心なのはこれからだ。 琉璃に翼を射抜かれた最初のアヤカシが、再び空へと舞い上がる。攻撃の素振りを見せたアヤカシに、煉夜が力の歪みを放った。再度の攻撃に不利を悟ったのだろう。アヤカシは向きを変えた。 「今です！」 煉夜の声に、伊矢が大きく頷く。今朝方、猫を相手に遊んでいたお手玉にも似たそれには、米粉などの粉が入っている。それを逃げようとするアヤカシの背にぶつけた。呪縛が解けたアヤカシも、慌てて塀を越え、飛んで逃げるアヤカシの後を追った。 「お静さんは猫と一緒に屋敷で待っていて下さい！」 白木の長刀を手にしたお静に釘を刺して、伊矢は目印をつけたアヤカシを追う。仲間達も既に行動を開始していた。 アヤカシが逃げるのは、お静から聞いていた通りの方角。 「この先、山までの罠は全て解除してある！」 一真の一言に、慎重だった足取りも速度を増した。 後は、逃げるアヤカシにアヤカシ溜まりまで案内させればいいだけの話だ。 「今日は美味い酒が飲めそうだね」 才華の言葉に、玻璃がくすりと笑う。 「美味しいイノシシ鍋も待っていますしね」 「はい。ですから皆様、ご無事にお戻り下さい」 足場が悪い中で涼霞の舞う神楽舞が仲間達の気を高める。高まった気は、漲る闘志へと変わり、そして、アヤカシの巣‥‥アヤカシ溜まりに群れるアヤカシ達へと向かっていった。 ●縁 「仕事の後のお酒は美味しいですね」 杯を飲み干した玻璃が満足げに言えば、お酒よりもお鍋に夢中な雪彼がはふはふと熱いイノシシ肉を頬張りながら、幸せそうに笑う。 「本当に、皆様ご無事でようございました‥‥」 開拓者達の無事を信じ、猫達と共に屋敷で帰りを待っていたお静は、袂でそっと目尻を拭った。だが、一真は見つけてしまった。その袖に散った返り血を。そういえば、玄蕃助が解体途中だったイノシシが、帰って来た時には綺麗に捌かれていたような気が。 目の隅に、床の間に置かれた白木の長刀を捉えつつ、一真は何も見ていない事にした。世の中には、知らない方がいい事もあるのだ。 「ささ、一献‥‥」 玄蕃助の杯に、才華が持って来た古酒を注ぐ姿が艶めかしい。ほろ酔いの彼女の頬が赤く染まっている。 そんな姿を間近で見て、玄蕃助は慌てて口元を手で覆った。指の間からぽたぽたと溢れる血に、お静は仰天した。 「どうかなさいましたか！？ どこかお怪我でも‥‥」 「あー、大丈夫だから」 介抱しようと手を伸ばすお静を止めて、才華はさりげなく彼女を引き離す。 「しかし‥‥」 「ご心配には及びません。あれは玄蕃助様の病ですから」 完璧な笑顔から紡がれる涼霞の言葉が単調なのは何故だろう。だが、とりあえず問わない方がいいだろう。煉夜はそう判断した。彼ぐらいの年頃は、何かと吸収が早いのである。 「でも、にゃんこちゃん達とお別れするのは寂しいです」 しんみり呟いた雪彼に、その場がしんと静まりかえった。 「猫布団も今宵が最後‥‥ですか」 玻璃もどこか寂しげだ。寝不足に悩まされたというのに、別れるのは寂しい。人の心は複雑だ。 「１匹、お嫁に欲しいぐらいです」 「この子達はお嫁に出すには大きくなり過ぎてしまって。ですが、皆様のお迎えを待つ運命を持つ子が、そのうち生まれるかもしれませんね」 そうですか、と伊也は膝の上の猫に肉を食べさせてやりながら微かに笑んだ。 「いつか、私にもご縁があれば‥‥」 分かっているのかいないのか。膝の上の猫は伊也に応えるが如く、にゃあと鳴いたのだった。 |
