【武炎】撃破せよ!
マスター名:桜紫苑
シナリオ形態: イベント
危険
難易度: 難しい
参加人数: 25人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2011/09/02 04:53



■オープニング本文

●蟲の置き土産
 守将鍋島何某は、やれやれといった様子で床机に腰を下した。
「ふむ。まず第一波は撃退、といったところかな」
 部下が桶に水を汲んで現れ、差し出す。
「しかし、平野部での激突もはじまったとお聞きしました」
「うむ‥‥そちら次第だ、まだ警戒を緩めるなよ」
 柄杓で水を煽り、守将は口元を拭った。
「南郷砦が陥落したとの報もあった。アヤカシどもめ、本腰を入れて攻勢に出ているのかもしれん」
 やがて、彼は櫓に登って連なる山々を見回した。
 偵察も必要だが、何より――余裕のあるうちに、はぐれアヤカシだけでも始末しておくべきかもしれない。頭の中で頷き、彼は新たな指示を飛ばした。


 森の中、アヤカシが草木を揺らす。
 木々の付け根には、白く丸い物体が多勢並んでいたり、繭に覆われた物体が張り付いていたりする。じわりと空気が重くなった。周囲に暗き気配が漂いはじめる。
 やがて、その一角を食い破って現れた蟲は、がちがちと歯を噛み鳴らして鳴いた。
 アヤカシの卵――瘴気から生ずる筈のアヤカシの卵。面妖である。何故かは解らない。どのような妖術を用いたのかも。しかし眼前に突きつけられた事実は覆しようも無い。
 ひときわ大きなどす黒い卵が、どんと脈動した。

●迫り来る蟲
 ゆっくりと首を巡らせ、男は開拓者達を見回した。
 彼が提示して来た依頼は、緊急かつ危険が伴う内容だ。けれど、状況を説明する男の口調は穏やかで柔らかい。
「というわけですから、なんとかして来て下さい」
「ちょーっと待て!」
 さすがに、にこにこ笑って「なんとかして来い」で締められては堪らない。
 何しろ、一旦は撃退したアヤカシ達が、大挙して花ノ山城を目指しているのだ。それも、四方八方から押し寄せている。既に、それらを撃退すべく、いくつもの依頼がギルドに届けられ、仲間達が対処に当たっていた。
 そんなこんなの状況で、昨日、開拓者達が遭遇した指揮官と思しきアヤカシを先頭に花ノ山城を目指している一群を退治して来いと男は言うのだ。
 あっさりと。
 のほほん笑顔で。
「はい? 何か問題でも?」
「‥‥いや、問題とかじゃなくてさ、なんつーか‥‥深刻な状況なんだから、相応にさ‥‥」
 はて?
 開拓者の言葉に、男は首を傾げてみせた。
「一応、必要な情報はあるだけ揃えておりますが?」
 男の言う通り、彼らの前にはアヤカシ達の進軍路と、既に出発した仲間達が向かった場所まで記された武州の地図をはじめ、一連の依頼で判明したアヤカシの情報、更には色々と書き込まれた指揮官アヤカシの姿図まである。
「そうじゃなくて、緊張感とか緊迫感とかさ、そういうのが欠けてるってゆーか‥‥」
 口元を引き攣らせた開拓者に、男ははてはてと先程とは反対側に首を傾げた。
「私が、ここで慌ててあなた方に「急いで出発して下さい!」とか言えば、状況は変わるのですか?」
「‥‥っ!」
 言葉を失った開拓者に、男は笑みを深める。
「変わりませんよね?」
 そして、笑顔のままで続けた。
「なら、問題はありませんね。とにかく、現在も花ノ山城へ向けて爆走中の指揮官アヤカシ‥‥「紅炎金剛巨鎧蟲」を討てば、他の団体さんはただの化鎧虫の集団になります」
「‥‥化鎧虫もかなり厄介だろうが」
「なにかおっしゃいましたか?」
 開拓者のツッコミを光り輝く笑みで封じ込めると、彼は指揮官アヤカシの説明に移る。
「これまでの情報から、指揮官は「紅炎金剛巨鎧蟲」と呼ばれるアヤカシと思って間違いないでしょう。文献によると、「紅炎金剛巨鎧蟲」は緋色の背中を持つ大甲虫で、全長は約50尺ぐらいでしょうか。甲虫の角に当たる部分に、金剛石の角を持つ女性体が生えています。かなりの難敵な上に、周囲を「緑青貴石巨鎧蟲」が守っているようです。この一群に花ノ山城へ雪崩れ込まれると、ちょっと厄介です。と言いますか、花ノ山城は最悪の場合、壊滅。高橋の里もまずい事になるかもしれません」
 化鎧虫だけでも面倒なのに、それより強力なのが指揮官を守っているとか。
 思わず頭を抱えたくなった開拓者達に、男は涼しい顔で言い放つ。
「ああ、ですが「緑青貴石巨鎧蟲」は相手にしなくても構いません。先ほど確認したところ、それらの駆逐は別の依頼が出ているようですから。あなた方は、とりあえず「緑青貴石巨鎧蟲」にぶつかった時には出来るだけ消耗しないように回避、親玉を倒す事に集中して下さいね」
 また難しい事を‥‥。
 顰めっ面になる開拓者達に、彼は微笑みながら激励を贈った。
「‥‥というわけですから、あなた方は文字通り最後の砦です。頑張って下さい」


■参加者一覧
/ 野乃宮・涼霞(ia0176) / 音有・兵真(ia0221) / 鷲尾天斗(ia0371) / 天河 ふしぎ(ia1037) / 礼野 真夢紀(ia1144) / 橘 天花(ia1196) / 喪越(ia1670) / 羅轟(ia1687) / ペケ(ia5365) / 涼月 怜那(ia5849) / バロン(ia6062) / 和奏(ia8807) / ジルベール・ダリエ(ia9952) / アルーシュ・リトナ(ib0119) / 琥龍 蒼羅(ib0214) / ジークリンデ(ib0258) / 羊飼い(ib1762) / ディディエ ベルトラン(ib3404) / アルマ・ムリフェイン(ib3629) / 針野(ib3728) / 鉄龍(ib3794) / 長谷部 円秀 (ib4529) / 黒木 桜(ib6086) / 玖雀(ib6816) / 羽紫 稚空(ib6914


■リプレイ本文

●囮の務め
 情報通りだ。
 土埃をあげながら走り抜けて行く巨大な甲虫に、羅轟(ia1687)はその鉄仮面の下で微笑んだ。
 ジークリンデ(ib0258)が算出した、化甲虫の親玉‥‥依頼人の話に間違いがなければ、「紅炎金剛巨鎧蟲」というアヤカシ‥‥の予想進路と到達時間は、羅轟が考えていた以上に正確だった。
「‥‥ならば‥‥後‥‥は」
 紅炎金剛巨鎧蟲が羅轟の咆哮の範囲から外れ、その取り巻きである緑青貴石巨鎧蟲どもが、もっとも多く範囲内に入る瞬間を待つだけだ。ジークリンデの計算では、紅炎金剛巨鎧蟲が羅轟の眼下を通り過ぎてから幾ばくか、数を数えた後とのことであった。
「羅轟さん、頃合いでしょうか」
 問うてくるアルーシュ・リトナ(ib0119)に重々しい頷きを1つ返し、羅轟は一心不乱に紅炎金剛巨鎧蟲を追いかけていく無数の化甲虫や化鎧虫、そして、周囲の木々を踏み倒して進む緑青貴石巨鎧蟲を見降ろした。
「さて‥‥割と‥‥命懸けだが‥‥やるか」
 羅轟の呟きにびくりと肩を揺らしたのはアルーシュだ。
「ら、羅轟さんってば、そんな大袈裟な事をおっしゃって」
 引き攣りながらも笑ってみせたアルーシュに、羅轟はぎぎぎと金属の軋む音を立てながら首を振ると、腹の底からの雄叫びを上げた。
 慌てて、アルーシュも彼の咆哮に合わせて、怪の遠吠えを奏でる。
 咆哮と怪の遠吠えの二重効果は、覿面、現れた。
「‥‥ら‥‥羅轟さ‥‥」
「ここ‥‥動かない。‥‥気をつけて」
 押し寄せて来るアヤカシ達の量と勢いとに、瞬間的に硬直したアルーシュにそう言い残して、羅轟は足場にしていた岩場から飛び降りた。そして、そのまま花ノ山城とは逆方向へと走り出す。
 当然ながら全力疾走だ。
 迫るアヤカシ達を見れば、余裕などありはしない事は一目瞭然だった。
「逃げ切れねば‥‥‥‥死ぬ‥‥‥!」
 がっちゃがっちゃと重たい鎧が音を立て、その音に迫りくるアヤカシ達が立てる地響きが重なる。岩場の上のアルーシュは、ただただ祈りを込めて竪琴を奏でるしかなかった。音が美しければ美しい程、精霊達の加護も大きくなると信じて。

●足止め
「囮班はうまく行ったようですね」
 じぃと状況を見つめていたディディエ ベルトラン(ib3404)の静かな声に、ジークリンデも真剣な表情で頷きを返す。囮班の働きによって、だいぶ減ったが、それでも紅炎金剛巨鎧蟲を中心としたアヤカシの数は多い。
「うまくいくでしょうか。‥‥いいえ、必ず、成功させなくては。私達の後ろには、花ノ山城が、そして高橋の里があるのですから」
 静かな決意と共に顔を上げると、ジークリンデは先ほどよりも近くなったアヤカシの群れをまっすぐに見据えた。
「その通りです。それに、あの手の蟲が多数いるとも思えないのですよ。つまり〜」
 少し間延びした言葉に、ジークリンデがアヤカシの群れから視線を外す。
「岩屋城を囲む蟲の統率が乱れる可能性があると思われますです」
 何度か瞬きをした後、ジークリンデは微かにその唇を綻ばせた。
「ならば、ますます失敗は出来ませんね」
「ですね〜」
 のほほんと同意したディディエは、その口調のままで、何度も打ち合わせた段取りをもう一度復唱する。
「仕掛けたフロストマインが発動したら、親玉の後方にメテオストライクを打ち込んで後続との分断を図る、と。そろそろですかねぇ」
 予想進路を算出した折に、周辺の地形も調査済みだ。アヤカシ達の動きを封じ、仲間達の攻撃に有利となる場所を選んでディディエと2人でフロストマインを埋め込んだ。
 息を詰め、見守るジークリンデとディディエの足元の地面が揺れる。
 いよいよ、その時が来たのだ。
「かかりました!」
 罠にかかったのは、紅炎金剛巨鎧蟲ではなく、その周囲にいた化鎧虫だったが、足止めの効果は十分にあった。警戒したのか、それまで激走を続けていた紅炎金剛巨鎧蟲の動きが止まる。
 紅炎金剛巨鎧蟲に続くアヤカシ達も、徐々に速度を落として行く。その隙を待っていた彼らが、それを見逃すはずがない。
「お呼びでない方々は、舞台を降りて下さいね!」
 凛と透き通った声が響くと同時にジークリンデが薄く白い光を纏う。
 ほぼ同時に、ディディエも聖杖「ウンシュルト」を掲げた。
「ふむ、3分の2といったところですかね。上々です。後は‥‥」
 ディディエは再度、聖杖を振り上げた。
 爆発で後方に吹き飛ばされたアヤカシと動きを止めた紅炎金剛巨鎧蟲達との間に、巨大な壁が出現する。
「ま、気休めですけどねぇ。紅炎金剛巨鎧蟲なら一跨ぎかもです」
「それでも、攻撃班の助けになりますわ」
 作戦がうまくいった事に安堵したのか、ジークリンデの表情にようやく柔らかな笑みが戻る。
「ですね〜。さて、後は攻撃班に任せて、我々は一時撤退ですよ〜」
 後は、攻撃班と、突然の爆発と発生した鉄の壁の向こうで怒り狂っているであろうアヤカシ達を引きつける者達に任せて、2人は素早くその場を離れた。

●囮の孤独
「む〜しさんこちらっ!」
 からかいを滲ませて、アルマ・ムリフェイン(ib3629)は歌うようにアヤカシ達を挑発した。火の玉に吹き飛ばされ、行く手を遮られて、アヤカシ達は理性を失ったらしい。それまでの一糸乱れぬ行軍が嘘のように、それぞれが暴れ出している。
「う〜ん、このままじゃ、被害が広がるばかりだなぁ」
 逆方向に向かうアヤカシ達との距離と、打ち合わせにあった岩場との距離を目で測ると、アルマは宝珠銃「皇帝」を取り出した。これで足りなければ、力の歪みも追加だ。
「うまく餌に食いついてよねっ、と!」
 緑青貴石巨鎧蟲の足に狙いをつけて、引き金を引く。
 化甲虫や化鎧虫に指示を出しているのが、あの50尺はあろうかという紅炎金剛巨鎧蟲なのは間違いないだろう。だが、一回り小さいとはいえ、緑青貴石巨鎧蟲も同形態。うまくいけば、こちら側に残った連中を引きつけられるかもしれない。
 ‥‥などと考えながら、2発目を緑青貴石巨鎧蟲の人型部分の顔に打ち込んだアルマは、次の瞬間、げ、と呻いた。
「やだなー、僕、お兄さんと見つめ合う趣味なんてないんだよねー」
 緑青貴石巨鎧蟲は、完全にアルマを敵と認識したようだ。
 吹きつけられる糸を避けつつ、アルマは駆け出す。彼の姿を隠してくれる木々のお陰で、粘液や糸に動きを阻まれる事はなかったが、それでも木ごと踏み潰されたらただでは済まない。
「このまま岩場に行くのは危険‥‥かなぁっと!」
 鋭い爪の生えた足が、アルマを掠めた。地面を転がって一撃を躱すと、小さく舌を打つ。考える時間もあまりなさそうだ。覚悟を決めたその時、どこからか雄叫びが響き渡る。その声に惹かれるように、アヤカシ達が方向を変える。
「助かった‥‥のかな?」
 跳ね起きて、アルマは走り去って行くアヤカシ達を見送った。彼らが奇妙な進み方をしているのは、十中八九、咆哮を発した羅轟を追い回しているからだろう。
「じゃあ、僕が回復役にまわってあげないと」
 服についた土を払うと、アルマは岩場へと向かう。アルーシュも1人で心細い思いをしている事だろう。
「‥‥お姉さんに会えないのが、ちょっと残念かな」
 遠くになった鉄の壁をちらりと顧みて、アルマは悪戯っぽく笑った。壁の向こうでも、既に戦いは始まっているようだ。
「仕方ないから、お姉さんのお相手は、皆にお任せするよ」
 アルマなりの激励が、巨大な甲虫と戦う仲間に届いた‥‥かどうかは不明である。

●先手必勝
 妨害を受けて、さしもの紅炎金剛巨鎧蟲も驚いたようだ。指揮系統も混乱したらしく、壁のこちら側に残された化甲虫や化鎧虫の動きも出鱈目だ。
 けれど、その効力も切れかけているらしい。少しずつ、群れに戻っていく化甲虫を見て、音有兵真(ia0221)は仲間を振り返った。
「奴らが態勢を立て直す前に一気に行くぞ!」
「任せな!」
 攻撃班の仲間達に先んじて、1人飛び出したのは鷲尾天斗(ia0371)だ。
「一番乗りは貰ったぜ!」
 言うが早いか、天斗はまだ動きの鈍い化甲虫を足場にして、紅炎金剛巨鎧蟲に迫る。
「ハァイ、害虫駆除に来ちまいましたァ!」
 長槍「蜻蛉切」に精霊の力と己の体重とを乗せ、足の節を狙って突き込む。だが、その渾身の一撃は、紅炎金剛巨鎧蟲の前で盾となった化鎧虫に阻まれた。
「ちっ!」
 勢いのまま、化鎧虫の鎧に覆われた部分の継ぎ目に狙いを変えて一突き。深々と刺さった穂先を引き抜くと、天斗はその体を捩じるように反転させた。
 痛みに我を忘れた滅茶苦茶な攻撃が、それまで彼の居た場所を襲う。
「ざぁ〜んねん」
 暴れる化鎧虫に、天斗は蜻蛉切を振り上げた。が、体に巻き付いた無数の糸が、彼の動きを封じてしまう。
「鷲尾さん! このぉ!」
 樹木を伝って紅炎金剛巨鎧蟲に近づいていた天河ふしぎ(ia1037)が、天斗の危機に予定よりも早く攻撃に転じた。雷の力を宿した霊剣「御雷」で天斗を捕えた紅炎金剛巨鎧蟲の糸を断ち切る。
「余計な事すんな!」
「でも、ぐるぐる巻きじゃ何も出来ないしっ!」
 襲って来る化甲虫の攻撃を防ぎながら、ふしぎはにっこりと笑ってみせた。
 女子と見紛うその笑顔に、男だと忘れて、ついうっかりときめきかけた自分に喝を入れつつ、天斗は蜻蛉切でふしぎを狙って突きだされた角を止める。
「鷲尾さん‥‥」
「これで貸し借りは無しだ‥‥って!」
 感動したように瞳を潤ませるふしぎに、天斗の理性は再び試される事となった。
「‥‥青春だなぁ」
「馬鹿な事言ってんなよ? おい」
 地道に化甲虫や化鎧虫を排除していた兵真の場違いな感想に、天斗は思わず拳を握り締めた。しかし。
「ん? 何かおかしな事言ったかな?」
 問題発言をした当の本人は、至って真面目に首を傾げていたのであった。
 化鎧虫に重い一撃を打ちこみながら。
「ちょっとちょっと、なんね、あれ」
 後方で弓を構えていた針野(ib3728)が呆れたように声をあげる。
 背丈よりも大きな弓、「幻」で、いつでも射る事が出来るように待機していたバロン(ia6062)が盛大に溜息を漏らす。
「でも、戦闘が始まったわけですし、少しでも数を減らさないと」
 涼月怜那(ia5849)は、覚悟を決めたようにアヤカシの群れを見据えると、待機していた小高い崖の上から、えいと飛び降りる。転がらないようにうまく均衡を保ちながら、斜面を滑り降りると、アヤカシ達の目が怜那を捉えた。
「怜那さんっ!」
 慌てて助けに行こうとした針野の腕を鉄龍(ib3794)が掴む。
「なんでさ! 助けにいかなぁ!!」
「落ち着け、針野」
 化甲虫達が数匹、怜那目掛けて突撃して来る。
 だが、怜那は冷静だ。
「いっけぇっ‥‥!」
 間近まで迫ったその瞬間を狙って、乱射を使い、化甲虫達の目玉を射抜く。
 と同時に、崖の上からバロンから援護射撃が入り、飛び降りて来た鉄龍と針野が怜那の前に出た。
「まったくぅ! 無茶しすぎなんよ、怜那さんは」
「あいつらのトドメは俺達に任せて、後ろへさがれ。戦いはこれからが本番だぞ」
 笑って片目を瞑った針野と、淡々と告げた鉄龍に小さく頭をさげて、怜那は崖の上を見た。そこにいたはずのバロンの姿は既にない。援護の射撃も止んでいる。
「次の行動に移ったのですね」
「そういう事さー。怜那さんも」
 分かりました。
 言うやいなや、怜那は踵を返して走り出す。傷を受けて怒る化甲虫の目が、その後ろ姿を捉え、追いかけようとするの鉄龍と針野が阻む。
「前哨戦だ。この程度で怪我をするなよ」
「あいさー、分かってるよ〜」
 針野のおっとりした口調は普段と変わらない。楽しげですらある。そんな針野に鉄龍は口元を引き上げた。

●攻撃班
「ん、だいぶ数が減ったみたいやね」
 アヤカシの足止めが発動した場所の程近くにある雑木林の中、ジルベール(ia9952)が呟いた。
「皆さん、無茶ばかり‥‥」
 仲間の回復支援を行っていた野乃宮涼霞(ia0176)が、頬に手を当てて息を吐く。
「見ているこちらは、気が気ではありません」
「まあまあ。そう言わんといて。‥‥今からは俺らが無茶するんやし」
 悪戯っ子のような顔したジルベールの言葉に、首肯した和奏(ia8807)が呟く。
「アイアンウォールの壁を乗り越えて逃走されると面倒ですね‥‥」
「だよねー。あの大きさだもんねー。ここからだと、角の所に体があるのが分かるぐらいだしー。あーあーオバサンきもいのですぅ。趣味悪いのですぅ」
 素直に感想を口にした羊飼い(ib1762)に、ちっちっちと舌を鳴らしながら指を振るのは喪越(ia1670)だ。
「まだまだ女を見る目がねぇなぁ。ここからでも分かる、あのないすばでぇ! 想像するに、さぞかし美人なおねーさんに違いないぜ」
「喪越さんは、以前の依頼で遭遇したと伺いましたけれど?」
 ちょこんと首を傾げた礼野真夢紀(ia1144)に、喪越は近くの木に腕を突くと、ふっと黄昏れた。今はまだ見えない空のお星様を探しながら、口元を歪めて笑みらしき形を作る。
「あれはあれで魂を削ったからな。‥‥くぅぅっ! 美人を前に真っ白に燃え尽きるとは喪っさん、一生の不覚!」
「‥‥‥‥」
 がんがんと木肌に拳を打ちつける喪越に、真夢紀は説明を求めて周囲を見回した。
 誰も目を合わせようとしない所を見ると、説明したくない状況なのだろうか。
 更に真夢紀が首を捻った時、がばっと喪越が顔を上げた。
「いや、まだ間に合う! 魅惑の曲線の先に待つのは如何なる美女か! 喪っさんの想像では妖艶系、でも清楚な美女も好きよ」
 喪越の頭の中は、既にお星様より遠い所に行ってしまったらしい。
「えっと、喪越さんにも精霊様のご加護をお願いした方がいい‥‥のですよね?」
 自信なさげに小さくなっていく声は橘天花(ia1196)のものだ。
 眉をハの字に寄せて悩む天花に、琥龍蒼羅(ib0214)がそっと首を振る。
 和奏は真夢紀を喪越の側から離し、涼霞の方へと押し遣った。
「ま、美人かどうかは後のお楽しみ言う事で。‥‥でも、うーん、美人かぁ。俺は甲虫も女の人も嫌いやないからなぁ」
 ざわっ‥‥。
 まさかのジルベールの発言に、集っていた者達の間に戦慄が走る。
 ジルベール、お前もか‥‥と言いたげな眼差しに気づいているのかいないのか、飄々と彼は続けた。
「けど、やりにくいとか言うてる場合やないよな」
「俺も女には手をあげない主義なんだがな‥‥アヤカシとなれば話は別だろ?」
 木にもたれた玖雀(ib6816)が皮肉めいた笑いを浮かべて、ジルベールに問う。
「あれ。いつの間に来とったん?」
「先ほど。壁の向こうはアヤカシ達が一点集中してくれたお陰で手が空いたのでな。こちら側に残っている奴らを引き受けよう」
「一点集中? 一体、何があったのかしら」
 怪訝そうな黒木桜(ib6086)に、羽紫稚空(ib6914)が首を振る。
「ともかく、だ。美女かどうか議論している暇はない。今がその時だ。行くしかない」
 力強い玖雀の宣告に、仲間達も大きく頷く。
 その中で、
「ところで、玖雀さんはいつからここにいたのですか?」
 冷静に突っ込むのは長谷部円秀(ib4529)。
 本人は至って真面目。ただ気になった事を聞いただけのようだが、周囲の空気が緊張を孕む。
「俺もシノビのはしくれだ」
「それって、つまり、ずっと‥‥?」
 見上げて来る天花の頭に手を置いて、玖雀は目元を和らげた。
「なかなか出て来る機会がなくてな」
 緊張していた空気が「なるほどな」「仕方ない」と同情的に変わるのは何故か。
 他人事のように仲間達を見ていたジルベールが、そんな事を考えていたその時、一際甲高い絶叫が轟き渡った。悲鳴ではない。憎しみのこもった、怒りの絶叫だ。
「あら、お怒りのようですよ」
 大人しく傍観していたペケ(ia5365)が、暴れ出した紅炎金剛巨鎧蟲を振り仰いで仲間達に示す。
「デカくて名前からしてやたら硬そうな相手ですが、信念を込めた拳は誰にも負けない筈です! 褌締めて頑張りますよー!」
「ああっ、涼霞さん!? どうされました!?」
 額を押さえてよろめいた涼霞を天花が慌てて支える。そんな2人の様子を見遣ると、真夢紀は大人びた表情でペケを見上げた。
「女の子が褌なんて言葉を使うのは、あまりよろしくないと思います」
「んーと、‥‥真夢紀さんも褌言ったよ?」
「っ!!」
 ペケからの指摘に、真夢紀は真っ赤になって地面にへたり込む。
「あー、そこ。戦いの前から仲間の気力を奪わんよーに」
「ふざけている場合か。残った周囲のアヤカシ達を引き離す。先に行くぞ」
 苦笑するジルベールの真横を、玖雀がすり抜ける。
「では、我々も参りましょうか」
 鞘から抜いた虎徹の刃の輝きを確認すると、円秀も玖雀に続く。
 それまで冗談を言い合っていた者達も、真剣な表情に戻ってそれぞれの役割を果たす為、散って行ったのだった。

●死闘
「稚空!」
「俺のフェイントはどんな技よりも磨きをかけてんだ! ここで使わずにいつ使えってんだ」
 稚空の体を狙う鋭い爪先が空を切った。
 安堵して、桜は舞を【神楽舞・攻】に切り替える。稚空の攻撃がより強くなるようにと願って舞う桜の隣では、真夢紀がその小さな手に精霊の力を集中させ、白霊弾を放っている。
 玖雀の働きで、残っていた化甲虫や化鎧虫の壁もはぎ取られ、紅炎金剛巨鎧蟲と開拓者を隔てるものはなくなった。
「んじゃ、行くで」
 小さく呟いて、ジルベールは焙烙玉取り出した。紅炎金剛巨鎧蟲が身動きをすれば巻き込まれる距離だ。慎重に様子を見ながら、焙烙玉を腹の下へと転がし入れ、飛び退った。
 爆発と同時に紅炎金剛巨鎧蟲の体が揺れる。体に大きな打撃を与える事は出来なかったようだが、後ろ脚が一本ぐらついている。
 十分だ。
 息をするのも辛い痛みに呻きながら、ジルベールは笑った。
 爆発の際、脚で弾き飛ばされて、強かに打ちつけた背中が痛い。視線だけ動かして周囲を確認すると、果敢に攻撃を繰り返していた天斗とふしぎが倒れている。
 彼らも、衝撃に足掻いた紅炎金剛巨鎧蟲に吹き飛ばされたのだろう。
 紅炎金剛巨鎧蟲に気づかれたら、それで終わりだ。
「‥‥あ」
 何本もの矢が飛んで来る。
 矢は、紅炎金剛巨鎧蟲の角‥‥人型の部分を狙っているらしい。痛みを堪えて首を巡らせようとすると、痛みが静かに和らいでいくのを感じた。天斗やふしぎも呻きつつ体を起こす。涼霞が閃癒を使ったのだと気付くと同時に、小さな影が彼らに駆け寄って来た。
 羊飼いだ。
「今ので傷ついた脚の関節部に攻撃を集中させて、もぎりましょう‥‥あー、きもいですぅ。それだけで殺意沸くわ」
「きもくてもやれってんだろ。やってやんよ」
 掌に拳を打ちつけた天斗に、こくりと頷いて羊飼いが続ける。
「それで、体勢を崩したら、一気に行っちゃうそうですぅ。既に、皆さん動いてますぅ」
「僕達が脚を狙う間、あいつの気を逸らしてくれるよう、バロンさん達にお願い出来ないかな」
 ふしぎの頼みに、羊飼いは頷くとすぐさま駆け出した。
「バロン、俺も前衛の攻撃に回る」
 戦弓を斬竜刀に持ち替えると、蒼羅は途切れる事なく矢を放ち続けるバロンと怜那を振り返る。
「後は任せるがいい。‥‥体勢が崩れた時、狙うはあの角の部分。あからさまに怪しい。あまりにも目立つ故、まさか弱点などという単純な事もなかろうが、狙ってみる価値はあるだろう」
 1つ頷いて、蒼羅が斜面を滑り降りて行く。その後ろ姿を見送ると、怜那は弦を引き絞った。
「皆は簡単にはやらせないよ! これでもくらって!」
 強射で放たれた矢は、角を目掛けて飛んでいく。
「やったか!?」
 バロンも身を乗り出す。
 だが、角に届く寸前に叩き落される。
「次こそは!」
 再び矢を番えようとした怜那は、瞬間、凍りついた。
 紅炎金剛巨鎧蟲が怜那を見ていた。
 なまじ美しい女性の形をしているだけに、憎悪に満ちた表情は迫力がある。
「いかん、怜那!」
 バロンの声に怜那が我に返るより早く、針野は彼女を地面に引き倒した。勢いのまま転がって行く2人を追うような放たれた粘性の液体を、鉄龍が身をもって弾く。オーラもバリィも咄嗟には間に合わなかった。距離がある事を甘く見ていたのか、針野の危機を察して体が先に動いたのか。
 苦痛を堪え、次の攻撃に備える鉄龍。
 だが、次はなかった。紅炎金剛巨鎧蟲の体が大きく揺らぐ。脚に集中した者達が成功したようだ。
「今だ!」
 その瞬間を逃す開拓者ではない。
 次々と攻撃に移る仲間達の中、懐から石清水を取り出した稚空が桜に視線を送る。それだけで良かった。
 意図を察した桜は、前脚に向かって投げつけられた石清水を氷霊結で凍らせる。続けて自分の持っていた石清水も同様に。
 動きの鈍った所を逃す手はない。関節の継ぎ目に差し込んだ和奏の鬼神丸が梅の香りを纏う。
 絶叫が響いた。
「やっぱり、物理攻撃よりこっちの方が効果があるみたいですね」
「そうらしいな!」
 和奏の隣を駆け抜けた蒼羅が、腹の鎧と脚の接ぎ目を狙って、梅の香が香る斬竜刀を振り上げる。
「‥‥のれ‥‥」
「?」
 頭上から聞こえて来た怨嗟の声を振り仰ぐと同時に、和奏と蒼羅は地面に叩きつけられた。
「桜!」
 桜目掛けて振り下ろされた脚を稚空は桜の体を抱え込み、己の身を盾にする。肉が抉られる感触に、唇を噛む。
「稚空っ!?」
 慌てて傷を確認しようとする桜を、抱き締めた腕に力を込めて動きを封じる。
「まだ‥‥危ない」
「でも、稚空が!」
 大きな目を潤ませる桜に、稚空は笑いかけた。
「俺は平気だって。桜が傷つく方がよっぽど痛い」
 傷ついた開拓者達に、甲高い嘲笑が浴びせられる。誰の、と考えるまでもなかった。
「愚かな人間風情が‥‥」
「そんなつれない事言わないでよ、おねーさーん!」
 ふしぎの背に突然、重みが掛る。それは一瞬の事で、状況を確認しようとしたふしぎは、巨大な甲虫の体を駆け上がる喪越の姿を見つけた。
「ぼ‥‥僕を踏み台にした!?」
 唖然となるふしぎの肩に、再度重みが掛る。
「今度は何だ!?」
「喪っさーん、ずるーい! ペケも行くんですーっ!」
 ふしぎの肩から跳躍するペケ。はらりと落ちて来た布を咄嗟に掴んだふしぎは、それが何かに気づいて、言葉にならない悲鳴をあげたのだった。
 そんな片隅で起きた不幸(?)など知る由もない喪越は、硬く滑りやすい甲虫の体をものともせずに駆け上がる。
「予想通りの美人!」
「な、なんだ、貴様は!?」
 最後の一歩に力を込めて、人型目掛けて跳躍する。
 両手を広げ、抱きつこうとしているかのような喪越に、見上げる仲間達も呆気にとられてしまった。
「な、何をしているんだ、喪越は‥‥」
 理解不能。
 誰かが呟く。
「よ、寄るなっ!」
 紅炎金剛巨鎧蟲も、本気で拒絶しているように見える。
「喪越、恐ろしい奴‥‥」
 更に誰かが呟いた。
 いや、もはやこれは全員の心の声に違いない。
「そんなつれない事言わないでよ、おねーさーんっ、と!」
 喪越の手が人型の肩に触れた途端に、紅炎金剛巨鎧蟲がその巨大な体を捩ってのたうち始めた。
「へへへ、仕事も忘れてないんだぜ」
 ぐっと立てた親指を仲間に向けた喪越に、援護が入る。
「臨、兵、闘、者、悩、倫、粋、散、笑!」
「な、何の呪文‥‥」
 恐る恐る振り返った喪越の目に、鋼拳鎧「龍札」を装着したペケの拳が映る。
「ちょちょちょ、ちょっと〜?」
「龍札顔面パ〜ンチ!」
 その威力は言葉にするまでもなく。人型は己の硬い鎧に叩きつけられ、鎧にはひびが入り、喪越は吹っ飛ばされた。
 あまりの展開に、さすがの開拓者達も言葉を失ってしまう。
「この好機、逃すな!」
 残ったアヤカシを片づけた玖雀の声に、我に返った蒼羅が暴れる紅炎金剛巨鎧蟲の腹の下に飛び込み、白梅香を乗せた斬竜刀を胴体の接ぎ目に突き立てる。
 和奏は同じく白梅香を纏わせた鬼神丸で、触覚と思しき部分を断ち斬り、真夢紀と涼霞が精霊砲を放ち、彼女らの為に天花が【神楽舞「心」】を舞う。
 死に物狂いの攻撃を避けつつ、円秀はアゾットを接ぎ目に突きこんでそれを足場とし、紅炎金剛巨鎧蟲の背に飛び乗った。
 紅炎金剛巨鎧蟲の攻撃を円秀から逸らす為に、バロン達が傷だらけの人型に矢を打ちこむ。
「大きければいいというものではない。強ければ勝てるというものでもない」
 静かな宣告と共に、円秀は紅桜焔で威力を増した虎徹を振り下ろした。
 人型の白く細い首が宙を飛ぶ。
「円秀! 一気に首を落とすぞっ!」
 立つ力が残っている者達が、頭部と胴体の接ぎ目に攻撃を集中させる。
 彼らの攻撃により、巨大な頭部がずるりと落ちた。
「や‥‥やったのか?」
 問うた蒼羅に返ったのは、満身創痍の仲間達の輝かんばかりの笑顔。
 花ノ山城に迫っていた脅威の1つは完全に排除された。
 無傷というわけにはいかなかったが、力を出し尽くし、皆で勝ち取った勝利だった。