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■オープニング本文 ●それぞれの事情 寒い日が続いている。 世の中、何かと慌ただしいが、それでも人は生きていかねばならぬ。 人が生きるには、何かを食べなければならない。 そして、食べ物を手にするには金が必要だ。 働かざる者、食うべからず。 この言葉は、ある意味正しい。 食うだけ食った挙句、好奇心に任せて暴走しまくる厄介も‥‥もとい、被保護者を抱える身としては、心の底からその言葉を突きつけてやりたくなるのだ。 「働かざる者、食うべからず! だから、おかずは頑張ってるおにーさんが大きい方!」 がしかし、下手にやる気を出されても、また困るのも事実。 ちょっと目を離すと、すぐに揉め事を起こす上に大食いな少女、桔梗のお陰で、彼の懐は火の車だ。手当たり次第に賃仕事を引き受けてはいるが、それでも足りない。 「あー、そういや、そろそろ米買わねぇとな。‥‥金、ねぇけど」 「あら、重さん。お金が必要なら、いつでも貸すわよ。十一で」 金の入った袋を重の目の前で揺らすと、静流は高らかに笑う。 「いらねぇ。てか、てめぇも桔梗と同じだ、この居候がッ!」 「やぁねぇ。居候だなんて人聞きの悪い。払えない家賃を代わりに払っている時点で、居候はそっちだと思うんですけどー?」 痛い所を突かれ、ぐぅの音も出なくなる。 そんな重を面白そうに見遣ると、静流はほかほかと湯気を立てる蒸籠をじぃっと眺めている桔梗に声を掛けた。 「欲しい?」 「いいのか!?」 目を輝かせた桔梗は、だがすぐに表情を曇らせる。 「‥‥でも、重が人に物を買って貰っちゃ駄目って」 「あら、そんな事を? 心配しないで。アタシはアナタ達と暮らしてるも同然なんですからね。変な遠慮しないの」 確認するように見上げて来る桔梗に、重も苦笑を返すしかない。 「仕方ねぇな」 その一言に、桔梗は大喜びで饅頭屋の元へと駆けていく。やがて、戻って来た彼女の手には温かな饅頭が3個。うち2個を重と静流へと差し出すと、桔梗は自分の手に残った饅頭に美味しそうにかぶりついた。 「ったく、ガキが気を遣いやがって」 どこか嬉しそうに呟いて肩を竦めると、重は饅頭を口元へと運んだ。 ‥‥のだが。 「‥‥‥‥‥‥‥」 ぶら〜ん。 饅頭の先にぶら下がる謎の物体。 軽く振ってみても、それは離れない。 「‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥」 強めに振ってみても、やっぱり離れない。 「何なんだよッ! 一体ッ!」 「重さん、それ、獣人の子供じゃないの?」 がしっと重の腕を掴むと、静流は必死に饅頭に食いついている物体をまじまじと観察した。 「ほら、やっぱり。耳も尻尾もある。まだ小さいのね。親御さんとはぐれたのかしら?」 ぶらぶらと揺れる子供の首根っこをがしりと掴むと、重は自分の目線に持ち上げて眉を顰める。 着物は泥と埃で薄汚れていて、あちこちが破けている。怪我もしているようだ。 大きな目をうるうるさせながら、それでも饅頭を離さない子供には、静流の言う通り、猫に似た耳と尻尾があった。 「こら、ガキ」 もぐもぐと口を動かしつつ、子供は視線だけを動かす。 「‥‥うまいか」 こくんと。 頷いた子供に、重は重い溜息をついたのだった。 ●この子どこの子 そのうち、暮らしが落ち着いたら開拓者としての仕事を再開するつもりだった。 ギルドの依頼を受けるとまとまった金が入るが、相応の日数、拘束される。その日暮らしに近い重の経済状態では、数日、家を空けられる程の余裕はなく、仕方なしに日銭を稼げる賃仕事に精を出していたのだ。 「なのに‥‥」 くっ、と重は唇を噛み締めた。 「なんで、俺ァ、依頼を出してるんだよッ! ちくしょうめッ!」 「重さん、大声出さない。この子がびっくりしているでしょ。それに、依頼料を出すのはアタシなんだから、別にいいじゃない」 桔梗と手を繋いで、物珍しそうに辺りを見回している子供に頬を緩めながら、開拓者が問う。 「この子の親を探せばいいんだな? 獣人だが‥‥猫族か? それとも神威人。肌の色からしてアヌビスの可能性は低いか」 「ねぇ、僕。お名前は何て言うの?」 頭を撫でて女開拓者が尋ねると、子供はかくんと首を倒した。 「お名前、君のお名前よ」 「わからないにゃ」 返って来た答えに、その場にいた開拓者達の目が点になる。 「えーと、お名前が分からないの?」 「にゃにゃにゃ?」 「そいつ、何も覚えてねぇみたいなんだ。俺達も、いろいろ調べてみたんだが‥‥」 見かねた重が口を挟んだ。 子供は名前も、親の事も覚えておらず、手がかりを求めて近場の宿を当たってみたものの、親らしき者も見つからなかったという。 「だから、依頼を出したんだよ。調べてるうちに、嫌な噂も聞いたしな」 「嫌な噂?」 話を引き継いだのは静流だった。 「最近、子供を誘拐して売り飛ばしている連中がいるらしくてね。近隣の村ではあまり被害は出ていないけど、歓楽街の下働きに年端もいかない子供が使われているという噂もあるわ」 なるほど、と開拓者達は顔を見合わせる。 「子供がこの街に売られているなら、街道沿いにそいつらの手がかりがあるかもしれねぇ。こいつとそいつらが関係なくても、親の手がかりが掴めるかもしれねぇ。というわけで、頼む」 撫でられて幸せそうに笑う子供の姿を見つつ、開拓者達は力強く頷きを返した。 |
■参加者一覧
滋藤 御門(ia0167)
17歳・男・陰
音有・兵真(ia0221)
21歳・男・泰
橘 天花(ia1196)
15歳・女・巫
弖志峰 直羽(ia1884)
23歳・男・巫
楊・夏蝶(ia5341)
18歳・女・シ
煌夜(ia9065)
24歳・女・志
フレス(ib6696)
11歳・女・ジ
玖雀(ib6816)
29歳・男・シ |
■リプレイ本文 ●心づくし どさりと重たい音を立てて置かれた物に、重は言葉を失った。 「腹が減ると、動けなくなって参るからな」 肩に担いでいた荷をおろし、腰に手を当てた音有兵真(ia0221)の背後から楊夏蝶(ia5341)も顔を出す。 「あ、私も少しだけど。余らせた支給品ばっかりだから遠慮しないで」 にこにこと笑顔で告げられた言葉に、桔梗が歓声を上げる。 「わ! 凄いぞ、重! 米がいっぱい! それに、刀みたいな飴もあるぞ!」 はしゃぐ桔梗を微笑ましく眺めていた弖志峰直羽(ia1884)は、障子に映る小さな影に小さく笑んだ。 「こんにちは〜」 「にゃにゃっ!?」 そっと近づいて声を掛ければ、驚いた体が弾み、一目散に逃げ出そうとする。 「おっと。驚かせちゃったかな? ごめんね? おわびに飴箱あげるねー」 小さな体をひょいと片手で掴み上げ、自分の膝の上に座らせた。 そのまま箱を開ける手伝いをしていた直羽に、大きな瞳をキラキラと輝かせたフレス(ib6696)が近づいた。その頬は紅潮して、そわそわと落ち着きない。 「な、直羽兄さまっ、わ、私もミィを撫でてもいいのかな?」 「ミィ? ああ、にゃん君のことか」 はい、と少年の脇を抱え上げてフレスに預けると、直羽は大量の差し入れ品を前に嬉しそうで、それでいて困ったような顔をしている重の首に腕を巻き付ける。 「重ちー、相変わらずの苦労性よのぅ」 「ぅわっ!? な、なんだっ!?」 腕を引き剥がそうと足掻く重の耳元で囁く。 「何も気にしなくてもいいんだよ。俺達、仲間だろ?」 ぴたりと動きを止めた重に、兵真も苦笑した。 「重さん、持って帰れなんて言わないでくれよ。これ、結構重かったんだからな」 ぱしりと米俵を叩いた兵真に、重はばつが悪そうに頬を掻く。 「‥‥ありがと、な。皆の気持ちは凄ぇ嬉しいんだが、こーゆーのにはちょっと慣れてなくてな」 「お、別にタダとは言ってないぞ? 今度、何かで返して貰うからな」 おどけて言えば、重も吹っ切れたような顔で笑う。 「おうよ、何倍にもして返してやらぁ!」 「期待しないで待ってるよ」 持って来た天儀酒を握らせて、直羽はぽんとその背中を叩いたのだった。 ●推測と誤解 「はい。お外は寒いですからね、ちゃんと暖かくして行きましょうね、葛紀くん」 甲斐甲斐しく少年の世話をしていた橘天花(ia1196)が、ふと手を止めた。 もふらの耳あては少年の耳を覆う役目を果たさない事に気付いたのだ。 「うーん。仕方がありません。これは桔梗ちゃんがつけて下さい」 もこもことしろくまんとで包まれ、毛皮の手袋をつけた少年は、何やら更に動物に近づいたような気がして、滋藤御門(ia0167)は思わず口元を押さえる。 「可愛いわね、本当の猫みたい。‥‥それはそうと、噂はばらまいておいたわよ」 煌夜(ia9065)の声に、緩んだ口元を引き締めて御門は頷いた。 重達が既に少年の親を探して動いている。勿論、彼らとて開拓者だ。素人のような探し方はしていないだろう。だが、だからこそ気付く者達もいる。 「重さん達の事を調べている動きも探ってみたんだけどあやしい動きは無し」 でも、と煌夜は言葉を切った。 静流の話から場所を絞り込み「一斉摘発」の噂をばらまいた。子供を買っている連中が動揺すれば尻尾を見せる可能性がある。 「‥‥噂を流した時の雰囲気は微妙だったのよね。だから、多分、黒」 なのに、子供の親を探す重達の周囲には何の気配もない。 動きがあったとすれば、自分達も、重も気がつかないはずがない。 「奴らと「彼」が無関係なのか、それとも‥‥」 考え込んだ煌夜の目の端に、ぴょこぴょこと跳ねる白い生き物。しろくまんとが余程嬉しいらしい。煌夜がくすりと笑ったその直後、少年は天花の背中に隠れてしまった。 「?」 視線の先を辿れば、そこには苦虫を噛み潰したような顔で佇む玖雀(ib6816)の姿がある。 子供が懐きやすいとは言い難い彼の雰囲気に怯えてしまったようだ。 「これでは動きにくくて仕方がない」 「ふふふ、まずは仲良くならないとね。名前で呼んであげたらどうかしら?」 煌夜の勧めに、憮然とした表情のまま、玖雀は天花の背後に隠れた少年に手を差し伸べる。 「おい、ちび」 「それじゃあ駄目ですよ、玖雀さん」 天花から駄目出しを食らって、玖雀はそれもそうかと考え直す。 しばしの思案の後、いつもの彼からでは考えられない、自信の無さげな小さな声でその名を呼んだ。 「‥‥たま?」 「‥‥あのね」 額を押さえた煌夜の声に我に返ると、玖雀は慌てて頭を振る。 「いや、その、これは‥‥ッ!」 「まあ、他の人も似たり寄ったりだけどね」 漏らされた大きな溜息に、成り行きを見守っていた御門も苦笑した。皆がそれぞれ違う名で呼んでも、少年はてけてけと駆け寄って来る。自分への呼びかけである事は認識しているらしい。 天花の後ろに隠れたままの小さな頭を撫でて、御門は「さて」と仲間を見回した。 「ミヤの事をお願いします。音有さん達は情報収集の為に歓楽街の調査に向かわれるのですよね。玖雀さんは‥‥」 物問いたげな視線に、玖雀は「行かん」と素っ気ない言葉を返す。 「女に興味はねぇ」 「‥‥‥‥」 「‥‥‥‥」 不自然な沈黙が流れる。玖雀がその沈黙の意味を悟るよりも先に、首を傾げた天花が口を開いた。 「女の方に興味がない‥‥ですか。では、男の方に興味があるのですか?」 ひゅっと息を飲んだ御門と、天を仰ぐ煌夜。 天然は怖い。 それは分かっていた。分かっていたのだが、未然に防ぐ事が出来なかった。2人は心の中で玖雀に手を合わせつつ、天花の口を押さえ、少年の耳を塞いで緊急避難を開始する。 「やだー。玖雀っち、だ・い・た・ん〜」 「ま、俺に害さえ及ばなければ、人の趣味にとやかく口出しするつもりはないよ」 ぽむぽむと、直羽と兵真から肩を叩かれ、玖雀が我に返ったのは、それからしばらく過ぎた後の事だった。 ●囮 少し離れた場所に感じる気配。 付かず離れず、見守ってくれているのは御門と夏蝶だ。危険を承知で囮を買って出たけれど、不安がないわけではない。だが、彼らが近くにいてくれるだけで、勇気が湧いてくる。 「だから、大丈夫なんだよ!」 自分に気合いを入れるように、ぐっと拳を握るとフレスは走り出した。 兵真や直羽が向かった歓楽街の裏手にあたる通りは、息を殺しているような静けさが満ちていた。逢魔ケ時の、人気ない通りをフレスの足音が響く。その足音に、別の足音が混じったのは、路地を幾つか越えた辺りからだった。 −もう少し、なんだよ! 地面を蹴る足に力を込めて、フレスは速度をあげた。 背後から聞こえて来る足音の感覚も速まる。間違いなく、フレスを追っている者のようだ。 走りながら、フレスは考える。 彼らは、一体、何に食い付いて来たのだろうか。 子供をさらって売り飛ばす連中をひどいと詰った事か。 さらわれた獣人の子供の話か。 それとも‥‥。 ●仕事だよ 日が暮れて賑わいを増すのが歓楽街だ。 どこからか景気の良い三味線の音が聞こえてくる。笑い声に客引きの声、漂ってくるのは食欲をそそる匂いと、すれ違う女の白粉の香り。 「さーて、どの辺りから始めるかなぁ」 「始めるって何を」 「やだなぁ。これも関係あるかもしれないし、立派な調査デスヨ? ね、兵君」 ジト目の重は無視して、兵真は顎に指を当てて考え込んだ。 「そうだな、ちゃんとした店なら、訳ありの子供なんて使わないだろうから、やみに近い店、か。売られて来た子が1人でも見つかれば楽なんだがな」 「だよねぇ。借金のカタかなんかで奉公に出る子を斡旋する商売の人もいるし」 絞り込むとなると難しそうだが、煌夜が前もってばら撒いた噂の効果も、そろそろ出ている頃だ。 「俺達を摘発の役人だと思ってくれたらいいんだけどな」 だが、周囲を見回しても、怪しい人影はなく。 「もう少し、寂れた通りに行ってみるか。‥‥あれ? 直羽さん、どこ行った?」 「は?」 怪しい人影もない代わりに、仲間も1人消えているという事態に、兵真と重は言葉を失い、雑踏の中に立ちつくした。 ●そして、問題発生 「はふ。夜も遅いですし、後は他の皆さんにお任せして、私達は戻りましょうか。ね、葛紀く‥‥」 手を繋いでいた少年に笑いかけたまま、天花は固まった。 つい先ほどまで一緒にいたはずの少年の姿がどこにもない。音を立てて血の気が引いていくのを感じながら、天花は桔梗の手を引く。 「き、桔梗ちゃん、葛紀くんが、い、いなくなってしまいました‥‥」 「餌で釣るか?」 それはどうかと。 言葉を濁して、天花は背後を振り返った。 はぐれてしまったとしても、僅かな時間のはずだ。まだ近くにいるかもしれない。 けれど、人の増えた大通りの中、しろくまんとを着た少年の姿を見つける事は出来なかった。 ●掛かった獲物 狭い路地裏で周囲を囲まれて、フレスは外套の下に隠し持っていた胡蝶刀を確かめた。御門と夏蝶も近くで有事に備えているはずだ。あとは、この男達が探していた者達であるかどうかを確かめて、一気に捕獲すればいいだけ。 小さく頷いて、フレスは怯えた様子で一歩、後退った。 怯えるフレスに、男達の表情に下卑た優越感が浮かぶ。 「こりゃあ、いい。獣人の小娘だ。役人の手が回る前に一稼ぎ出来るぜ」 「へへ、お嬢ちゃん、そっちはもう行き止まりだぜ。諦めな」 こつんと、フレスの踵が壁に当たった。 それも予想のうちだ。でも、まだだ。まだ、決定打が足りない。 「わ、私をどうする気‥‥」 「そうだなあ。お嬢ちゃんなら、その手の愛好家に高く売れるかもしんねぇなぁ。ま、買い手がつかなきゃ、そこら辺の女郎屋にでも売り飛ばすか。その辺りは親分の胸先三寸だ。俺たちにゃ、分かりゃしねぇよ」 こくりと喉が鳴る。 間違いない。 「御門兄さま、夏蝶姉さま‥‥」 その唇から洩れた名が男達の耳に届くよりも早く、夏蝶が忍者刀「風魔」を振るう。 突然に倒れた仲間に驚いた彼らが、それぞれの得物に手を伸ばす前に、御門の呪縛符がその自由を奪う。 そして、彼らの退路は断たれた。 「て、てめぇら、何者だ!」 優勢から劣勢へ。 立場が逆転した男達に焦りが見えた。その中の1人がそろりと手を伸ばし、フレスの腕を掴む。 「こ、この娘の命が惜しけりゃ、大人しく‥‥」 だがしかし、その脅迫は喉元に突きつけられた胡蝶刀に虚しく途切れる事となってしまったのだった。 ●揉め事 一体、どうしてこうなった。 額に手を当てて、玖雀は気を鎮めるべく深呼吸を繰り返す。 子供達を常に視界に入れつつ、彼は彼なりに探りを入れていた。世間話をし、脈があると思えば矛先を向け、相手が疑念を抱く前に他愛のない話に戻す。そうして、誰にも怪しまれる事なく情報収集作業を続けていたのだ。 なのに、今、見るからに胡散臭そうな男達に囲まれている。 原因は、彼の足にしがみついているちびっこい生き物だった。 「おい、兄ちゃん、そのガキを渡せ」 「‥‥たま、知り合いか?」 ぷるぷると首を振る少年に、玖雀は息を吐き出した。 「なんだ、ガキの身内か? なら、このオトシマエ、てめぇにつけて貰おうか」 泥で汚れた着物の裾を叩きつつ、男が吠える。凝った刺繍を入れた裏地をわざと見せるように返すのは、それが高価な着物である事を示す為か。 「その程度の汚れ、普通に歩いていてもつくだろうが。洗えば落ちる」 「んだと!? これは、そのガキが‥‥ん?」 玖雀の足元の少年を指差した男が眉を寄せる。 「獣人のガキ? どこかで見た事があると思えば、兄貴が娘と間違えて連れて来た奴じゃねぇか」 男は仲間達を振り返ると、顎をしゃくった。 「ガキすぎて使えねぇって親分が捨てさせたあのガキですかい?」 「確か親も‥‥」 口を滑らせた男の腹に、別の男が肘をめり込ませる。どうやら、他人に聞かれてはいけない内容だったようだ。玖雀には、それだけで十分だった。 「そうか、お前達が」 足にしがみつく少年をひょいと片手で抱え上げて、玖雀は懐に手を入れた。指先に触れた朱苦無を掴み、男達との間合いを測る。 と、その時に。 「あ、よかった〜。俺、兵君達とはぐれちゃってさ〜。あれ? なになに? もしかして、お取り込み中?」 明るい声が響いた。 ひらひらと手を振るのは、歓楽街の調査に出たはずの直羽だ。 「こら、直羽さん。お取り込み中? じゃないだろう。全く」 直羽が現れた路地とは別の場所から、兵真と重が姿を見せる。計算づくか、それとも偶然か。3人の登場で男達の逃げ道が塞がれた形となる。 「ね、どうする? 暴れたいなら暴れてくれてもいいけど、痛い目するだけ損だと思うわよ」 玖雀の後ろから現れた煌夜の言葉に、男達はぎりと歯ぎしりをした。 ●この子どこの子 抵抗する気配を見せた男達を縛り上げ、自警団に突き出して、彼らは重の長屋に戻って来ていた。 一仕事終えた後だというのに、その表情は冴えない。 「ずらかる準備をしていたみたいだし、親玉は逃げちまうだろうな」 兵真の呟きに、煌夜が肩を竦める。彼女が撒いた噂が少々効き過ぎたらしい。 「葛紀くん、可哀相です‥‥」 怯えていたのが嘘のように、少年は玖雀から離れなくなった。玖雀の頭にしがみくような体勢で眠っている少年を見上げて、天花は涙ぐんだ。 彼を探す親がいなかったのは、犯人達によって始末されていたからだ。身勝手な理由で親から引き離され、捨てられ、そして天涯孤独の身となった少年の身の上を思い、開拓者達は沈痛な面持ちで黙り込む。 「ったく、しゃーねぇな」 玖雀の頭から熟睡している少年を引き剥がすと、肩に担ぎ上げた。 「重? どうする気だ?」 目を眇めて問う玖雀に、頬を掻く。 「ま、これも何かの縁だ。今更、1人ぐらい増えたところで、別にどうってこたァない。‥‥お前らのお陰で、当座はしのげるしな」 顔を輝かせた夏蝶とフレスを見遣って、煌夜は「ところで」と切り出した。 「親元に返すつもりだったから、名前は1つに決めてなかったけど、これからどうするの?」 「猫重」 即座に答えた兵真を裏手で突っ込んで、重は口元を引き上げる。 「ミヤ。今は愛称でいいだろ。元服する時にちゃんとした名前をつけてやりゃあいい」 「元服って‥‥」 苦笑する仲間達の中、ミヤの頭をわしゃと軽く撫でた玖雀が、手にした包みを重に渡す。 「饅頭だ。起きたら食わせてやってくれ」 この先の幸多からんことを。 すやすやと眠る少年に、開拓者達はそう願わずにはいられなかった。 |