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■オープニング本文 ●朝日山城への道程 芹内王の命を受けて、緋赤紅は一路、朝日山城へと向かっていた。 弓弦童子との戦いの後もアヤカシが篭城していた様だが、何とか奪還に成功したらしかった。 紅達、瑞鳳隊は、その倒すべき敵の居なくなった朝日山城へと向かっていたのだった。 果たして何の為に、と紅自身も最初は思っていたが―― 「魔の森の焼討か。件の城は、その為の拠点って訳ね」 今作戦の概要を聞けば、納得がいった。確かに、朝日山城は前線の拠点とするにはお誂え向きである。 瑞鳳隊は先遣隊として、其処に派遣されたのだ。 「見えてきましたね、隊長」 「あれが朝日山城だろう…んでもって、噂の斜命山脈ってのがあれか」 隊員と紅の見据える先、其処には朝日山城、そして国境を跨いだ山脈がその存在を主張していた。 「反対側には東房の拠点在り、と…延石寺ねぇ」 作戦書を懐から取り出すと、紅は書かれた文字を読み上げるのであった。 ●伊宗 東房と北面から届いた書状を文机に戻すと、傍らに控えていた女が軽く頭を下げる。 下知を待つ女を一瞥して、開け放した窓へと近づいた。 眼下に見える伊宗の街は、一国の都とは思えぬ程に静かで、そして質素だ。雑多な人の流れも無ければ、華やかな色合いもない。一見すると、ありふれた山間の集落のようだ。 けれど、この街は間違いなく陰殻の都。 部外者の立ち入りを一切禁じた、シノビの国の中心とも言うべき街。 「‥‥天輪王と芹内王からの要請です」 風に乗って子供達の笑い声が聞こえて来る。 「我が国も、魔の森掃討に協力致します。急ぎ、皆に伝えるよう」 己の一言が、あの屈託ない笑い声をあげる子供達の親兄弟、そして彼ら自身をも死地へと向かわせる事になる。「王」の重さを感じるのはこんな時だ。 そんな感傷めいた気持ちは、それこそ「王」には必要ないと分かってはいるけれども。 「それから、ギルドにも依頼を」 「ギルドに‥‥でございますか?」 大人しく頭を下げていた女が怪訝そうに問い返す。 「弓弦童子が滅した今、彼の者が根城にしていた魔の森が如何様に変化しているのか、確かめたいのです」 しゅるりと帯を引き抜けば、女は畏まって手を伸ばす。その手に帯を落としながら続けた。 「供は不要です」 ●魔の森へ 慕容王からの依頼は、すぐに開拓者ギルドに貼り出された。 「魔の森を拓く、か」 魔の森の恐ろしさは開拓者ならば誰でも知っている。「拓く」と一言で済ませられる程簡単ではないという事も。 「‥‥なんだ? 怖いのか? 開拓者というのも、噂ほどではないのだな」 壁に寄りかかっていたシノビが顔を上げた。 跳ねるがままの長い髪、ところどころが擦り切れた衣服から覗く肌は至るところに傷がついている。男とも女とも判別しづらいが、強い輝きを放つ目が印象的だ。 「怖い奴は来なくてもいい。足手まといになるだけだからな」 「なに‥‥?」 挑発的な言葉に色めきたつ仲間達を制して、男はシノビに向き合った。 「そういうお前は腕に自信があるのだろうな? 同行するのならば、我々の足手まといになられても困る」 にぃとシノビの薄い唇が吊り上がる。 瞳の色に面白がるような色が混じったのは、男の見間違いでもなさそうだ。 「‥‥北面の瑞鳳隊が朝日山城から魔の森に向かう予定だと聞く。我々は北之庄を出、そのまま魔の森を南下する事になる。生半可な気持ちでは死ぬぞ」 魔の森はアヤカシの巣窟だ。 雑多なアヤカシも多いが、もっと厄介な、知能を持つ連中もその奥に潜んでいる。 「今更、だな」 そんな事は当然、覚悟の上だ。 肩を竦めて答えた男に、シノビも笑みを深めた。 「ところで、同行するならお前の名前を聞いておこうか。名無しでは色々と不便だ」 しばしの沈黙の後、シノビは口を開く。 「‥‥焔」 偽名だなチクショウめ。 シノビ‥‥焔が向けていた視線の先に、炎を意匠した飾りを見つけて開拓者達は口元を大きく引き攣らせたのであった。 |
■参加者一覧
柚乃(ia0638)
17歳・女・巫
橘 天花(ia1196)
15歳・女・巫
羅轟(ia1687)
25歳・男・サ
ジークリンデ(ib0258)
20歳・女・魔
溟霆(ib0504)
24歳・男・シ
ケロリーナ(ib2037)
15歳・女・巫
羽喰 琥珀(ib3263)
12歳・男・志
ディディエ ベルトラン(ib3404)
27歳・男・魔 |
■リプレイ本文 ●境界線 天儀を蝕み続ける魔の森。 人が立ち入る事を拒むように生い茂った怪しげな木々と、絡みつく蔦が作った、彼らの世界と人の世界を隔てる境界線の前で、彼らは息を吐き出した。 魔の森に立ち入る事を嘆いているわけではない。そんな事を思うぐらいなら、この依頼を受けてはいない。 ただ、依頼に同行するシノビが1名、準備やら何やら理由をつけて魔の森に入る直前まで姿を現さなかったとか、合流したらしたで謝罪の一言もなく、悪いとさえも思っていないような態度で無愛想にそっぽを向いて下さるものだから、先行きを案じて溜息も出る。 「え、えーと、焔さん」 気まずい雰囲気に戸惑いながら、それでも笑顔を崩さず、橘天花(ia1196)が果敢に話しかけた。 がしかし、その呼びかけも何も聞こえなかったかのように無視されてしまった。 「あー、焔さん」 見かねたディディエ ベルトラン(ib3404)が口を挟みかけたその時に、 「魔の森討伐は天儀の民の悲願です。一緒に頑張りましょうねっ!」 「はじめましてですの〜!」 「よっく見るとキレーな目してんなー」 まるっきり気にしていない様子の天花が、きらきらと瞳を輝かせながら詰め寄り、ケロリーナ(ib2037)が抱えたカエルのぬいぐるみと共に自己紹介を始め、さらに羽喰琥珀(ib3263)が焔の顔を覗き込んで呑気な感想を述べる。 「‥‥ある意味、最強ですよね、あの子達」 苦笑混じりに呟いたジークリンデ(ib0258)に、ディディエも肩を竦めた。 「ええ。‥‥ああ、ほら、焔さんも降参するようですよ」 焔が困ったように此方を見ている。冷たく振り払ってはいても、纏わりつく子犬を邪険に扱う事は出来ないようだ。 そこに登場したのは、引率の先生‥‥ならぬ溟霆(ib0504)であった。 彼は軽く手を叩くと、焔の周囲でじゃれている子供達に向かって声を張り上げる。 「はいはい、君たちぃ、注目〜」 途端に、ぴたりと騒ぎが静まった。 おお、とジークリンデとディディエは感嘆の声を漏らす。 「遅れて合流した焔君に聞きたい事はいっぱいあるだろうけど、一度に話しかけちゃ、焔君だって返事が出来ないよ? 皆、順番にね?」 「助け舟になっているのかいないのか、これまた微妙な‥‥」 そう思ったのはディディエだけではないようだ。どことなく恨めしそうな眼差しで溟霆を見遣ったのは、再び子犬達の相手をさせられる事となった焔だ。溟霆はと言えば、澄ました顔で彼らを見守っている。 「確信犯ですね」 「‥‥確信犯ですね」 そんな仲間達の遣り取りは、柚乃(ia0638)の耳にもちゃんと届いていた。 届いていたが、その輪に入る余裕は、今の彼女にはなかった。 「やはり、こちら側とは比べ物になりません」 瘴索結界「念」を使い、生い茂った植物の壁の向こう、魔の森を探っていた柚乃は表情を曇らせる。分かっていた事だが、魔の森はアヤカシの領域。今、探れる範囲だけでも無数の反応がある。少し歩いてみたが、その結果は変わらなかった。 もちろん、アヤカシだけではなく瘴気も含まれているであろう。 だが、それにしても多い。 「この中を行くのですね」 「‥‥今は‥‥進む‥‥のみ」 呟きに含まれる不安を感じ取ったのか、柚乃の傍らに立った羅轟(ia1687)が言う。 「後続も‥‥来る‥‥だろうし‥‥魔の森の‥‥中‥‥これで‥‥少しでも‥‥明らかに」 こくんと柚乃は頷いた。 ●合間の休憩 魔の森に入った途端、彼らには無数のアヤカシが襲い掛って来た。 さほど攻撃力もないアヤカシも数が多ければ脅威となる。 最初は余裕のあった戦いも、そのうち疲労が積み重なり、動きも鈍くなってくる。そのうち、細かな傷も増え、彼らは満身創痍の体となった。 「大丈夫ですか?」 覗き込んで来る天花に、琥珀はぶんと腕を振ってみせた。 「ったたたた」 「無理はなさらないで下さい」 彼の腕を押さえると、天花は傷の状態を確かめる。幸い、それほど深くはなさそうだ。 ごそごそと懐を探った琥珀は薬草を取り出して笑う。 「平気平気! これですぐに治るから!」 魔の森では、薬は勿論、食事や水に至るまで補給もままならない。このような時に役に立つのは巫女の力だ。しかし、それも限りがある。有事に備えて、出来るだけ薬草等の治療用品で補うというのが、彼らの間での約束事になっていた。 「それにしても、もう何度目かなあ、ここ」 あーあ、と琥珀は頭の後ろで腕を組んで空を見上げた。 不気味な葉で覆われ、視界を遮られてはいたけれど、その向こう側には、きっと気持ちよく晴れた空が広がっているはずだ。ここに入った日から見てはいないそれが、琥珀にはひどく懐かしく思えた。 ごろりと地面に寝転がると、傍らの木の肌に大きくつけられた白いバツ印に目を遣る。 それは、彼自身がつけた、目印だ。これがついているという事は、彼らが同じ場所を通っている証だ。 「困りましたね。森に入って、相応に時間は経ってはいますが、我々の損害が大きくなる一方です」 同じ場所をさ迷っている間にも時間は過ぎて行く。時間が過ぎれば、それだけ消耗も激しくなる。 溜息混じりのジークリンデの言葉に、羅轟も頷いて同意を示した。 「体力‥‥練力‥‥限界が‥‥ある‥‥。状況に‥‥よっては‥‥退く事‥‥も‥‥肝要‥‥」 常に仲間達の様子を気遣い、アヤカシとの戦闘を引き受ける彼の言には重みがある。泣き言ではなく、彼らの状態を正確に把握しているが故の言葉だ。 「うーん、焔君はどう考える?」 お目付け役を買って出た溟霆に、視線だけを動かして焔は口元を歪める。 「さして力もないアヤカシを幾ら倒した所で、魔の森に蚊ほどの打撃も与えない。‥‥が、それを認める事は己の矜持に傷をつける。それでも撤退を提案するか。‥‥暗黒魔王になる為、日々研鑽しているというだけのことはある」 「‥‥え?」 溟霆はまじまじと焔を見た。毛一筋ほども表情を動かさず、焔は羅轟を見ていた。 「えーと、‥‥目指していたんだ?」 「‥‥‥‥」 どこ情報だとか、普通に考えておかしいだろとか、恐らくは本気で賞賛しているだろう焔に突っ込むのは不毛だ。溟霆はただ、労わりを込めて羅轟の肩を叩いた。 「例え魔王様でも、精霊様でも、これだけの瘴気に満ちた場所だと、ご加護を頂くにも限度があります!」 「そこ拾っちゃうんだね」 今にも仲間に背を向けて蹲りそうな羅轟と、ぐっと拳を握り締めた天花とを見比べて、溟霆は小さな笑いを漏らす。 もう、どうでもいいや。 そんな彼の心の声が聞こえてきそうだ。 「でも、実際のところ、調査は進んでいません」 話を無理矢理元に戻したジークリンデに、柚乃がこくりと首を動かす。 彼女の手に握られているのは、この森の詳細を記した地図だ。それぞれが気付いた事、見つけたものを書き込んでいくそれには、所々、空白がある。 アヤカシに襲われ、戦闘しながら移動する事が多かったからだ。 「これまでに倒された‥‥炎羅や弓弦童子がいた頃と、今と。状況は刻一刻と変化します。今を知る機会は今しか‥‥ないのです」 小さな声で、それでもはっきりと言い切った柚乃に、ディディエが言葉を付け足す。 「これまでの焼き討ちに関する資料は、あまり我々の目に触れません。失敗の理由は大なり小なりあると思いますが、資料がない以上、同じ轍を踏まないよう、情報を持ち帰らなければなりません」 「ですが、無理をすれば、何も持ち帰る事が出来ずに全滅という事態も起こりかねません」 目を伏せたジークリンデに、柚乃も俯いた。 少しでも多くの情報が欲しいが、撤退の時期を見誤るわけにはいかない。それは、皆、理解していた。 「も〜! 暗いですの〜!」 重くなりかけた空気を打ち払ったのは、ぷぅと頬を膨らませたケロリーナだった。仲間達の間に割って入り、彼女はぴっと指を立てる。 「疲れているから、暗くなるんですの。今、必要なのは休憩ですの」 唐突な提案に、仲間達は互いの顔を見合わせた。 「休憩‥‥ですか。しかし、今の状況では」 戸惑った様子のジークリンデに、ケロリーナは立てた指を振った。 「ムスタシュイルを使うから大丈夫ですの〜」 それならば、とディディエが微笑む。 「少し休む事は出来そうですね。確かに、我々も疲れていますし」 「ですの」 ケロリーナが胸を張れば、仲間達の表情も和らいだ。 思い思いに体を休める中、天花が疲れによいのだと梅干しや汁粉を取り出し、干飯も皆に回される。 ほんの一時の和やかな時間が始まろうとしていた。 「あの、あの、お聞きしてもよいですの?」 その一角、開拓者達から少し離れた場所に座った焔に、ケロリーナが近づく。輝かんばかりの笑顔に、焔の頬が引き攣った。恐らく、森に入る前の騒動を思い出したのであろう。 「焔おねえさま? おにいさま? あれ? どちらでしょう‥‥?」 今、気付いたと言わんばかりのケロリーナに、溟霆も首を傾げる。 「おねえさまですの? おにいさまですの?」 「‥‥どちらでも構わない。性別など、さして問題ではない」 「いやいや、大有りだと思うよっ!?」 即座に突っ込んだ溟霆を華麗に無視して、ケロリーナは全開の笑顔を見せた。 「ですの? じゃあ、おねにぃさまで」 「どこから突っ込めば!?」 可哀相に。 折角の休憩なのに、溟霆には心休まる時間はなさそうだ。 生温かい憐憫の眼差しに気付いていない振りをして、溟霆は軽く咳払った。 「と、ともかく、何か聞きたい事があるんじゃないのかい?」 「あ、そうでした。焔おねにぃさま、おねにぃさまは陰殻のシノビさんですのよね? 慕容おねえさまや薫くんはお元気ですの?」 「やっぱりそう呼ぶんだ? って‥‥え? ケロリーナ君は我らが麗しき王を知っているのかい? 薫君‥‥というのは」 「鈴鹿の薫くんですの」 けろりと答えたケロリーナに、溟霆は額を押さえた。 この少女、存外大物かもしれない。 「‥‥いや、今回の年少組は、かな」 魔の森に入ってからこちら、疲れをみせる大人組に比べ、年少組は笑顔を絶やす事なく元気いっぱいだ。 「年のせいとかだったら、どうしようかなあ‥‥」 「上の事は知らない」 黄昏れた溟霆が現実逃避する暇も与えずに、焔がケロリーナの問いを切って捨てた。冷たすぎる程の声音に彼女が傷ついたのではないかと、溟霆の方が心配になる。 しかし。 「そうですの? じゃあ、おねにぃさまの恋のおはなしが聞きたいですの」 少女は強かった。 溟霆が脱力したその時、ケロリーナが息をのんで立ち上がる。同時に、柚乃も体を強張らせて周囲へと視線を走らせた。 「どうかしたのかい?」 問う溟霆の声も固い。 休んでいた仲間達が、それぞれの得物を手に身構えた次の瞬間、これまでにない無数のアヤカシ達が彼らに襲い掛って来たのだった。 ●異変 「ここは‥‥我が!」 言い捨て、吠えた羅轟の斬竜刀「天墜」が一閃し、群がるアヤカシ達を切り裂く。だが、破ったと思った直後、穴は塞がれて再びアヤカシ達で視界を奪われる。 琥珀の瞬風破も同様だ。 崩しても崩しても、アヤカシは湧いて出る。数が減るどころか増える一方だ。 「これは、今までにない数ですね」 このままでは危険だ。 そう判断したジークリンデがディディエと頷きを交わす。その様子に、琥珀は天花と柚乃を、ケロリーナは焔が抱え込むようにして身を伏せた。 熱気を孕んだ風が逆巻いた。 大地から吹きあがった炎がアヤカシ達を焼き尽くす。 そして、その炎は周囲の木々にも燃え移った。 「火の勢いが強い‥‥」 呟いたディディエに、ジークリンデは安心させるように笑う。 彼女が手にした千早「如月」から氷混じりの突風が放たれ、炎の壁を割いて彼らの道を作る。 「さあ、こちらから‥‥っ!?」 振り返ったジークリンデが声にならない悲鳴をあげた。 全てを焼き尽くす勢いで燃え広がっていた炎が、燻った煙だけ残して消えていた。そして、その宙に浮かぶ、漆黒を纏った異形。 手甲で覆われた手のひらを見つめていたその男は、口元を邪悪な笑みに象って開拓者達に視線を向けた。 「‥‥ちっ!」 渾身の力を込めた羅轟の一撃も、男には、そよと風がそよいだ程度にしか感じていないようだった。だが、軽く振られたその手に巻き起こされた衝撃が、木々と同時に開拓者達を薙ぎ倒す。 「我らが領域で好き勝手する事を、我が許すとでも思うたか」 圧倒的な力の差。 男の力は桁違いだ。 「薬草‥‥いえ、精霊様のご加護を‥‥傷を」 倒れ込んだ仲間達に、天花は震えながら這い寄った。気持ちは逸るのに、体がついていかない。あまりに邪悪な気にあてられて、まるで暑気に中ったかのように頭がぼんやれとして、体がふらつく。嫌な汗が、背中を流れる。 仲間達の体に手を置いて、閃癒を願う。その時にも恐怖は拭えなかった。 恐る恐る、宙に浮く男を見る。 毒気にか、それともこれまでに感じた事のない恐怖からか、ガクガクと壊れた人形のように天花は震えていた。けれど、男を見上げる。 金色の瞳は、まるで獣のよう。 容貌は死の国の住人のように血の気がなく、肌は透き通っている。口元に酷薄な笑みを浮かべ、天花を見下ろしていた。 あまりにも自分達を超越した存在に、心が麻痺してしまったらしい。 「綺麗‥‥」 思わず漏らした天花の手を、琥珀が強く握り締めた。 「惑わされちゃ駄目だ! あれは‥‥あれは」 気付けば、ジークリンデが焼き払ったアヤカシ達は、それまで以上の群れを成して男を中心に集まっていた。どこに潜んでいたのかと思う程の大群だ。まるで、森が‥‥いや、とディディエは頭を振って、その考え払った。 ともかく、今は逃げる事、無事に戻る事が先だ。 腰が抜けたように歩く事も出来ない少女達に肩を貸し、ジークリンデが作った氷の道の残骸の上を走る。 戦える者達は、かつてない数で迫って来るアヤカシを斬り捨てつつ、彼らの後を追った。 ●警告 どうやって、あの恐怖と混乱の中で魔の森を抜けて来たのか分からない。 気がつくと、彼らは魔の森と人の世界の境界で放心したように座りこんでいた。 「あ‥‥あれ‥‥は」 乾いてしまった唇を舐めて潤し、ジークリンデは体をぎゅうと抱き締めた。 あれほどに、強大なアヤカシが存在していたとは。 「かつて炎羅や弓弦童子が魔の森にいました。彼らの力は強大で、アヤカシ達は彼らに従って‥‥」 呆然としつつ、柚乃が呟く。 魔の森、炎羅、弓弦童子‥‥そして、あの男。 開拓者の手で消えたアヤカシ達に勝る数を、いとも容易く呼び出した男。 「あれは‥‥とても危険です」 ガチガチと歯が鳴る。 あの男の邪気にあてられたようだ。 「魔の森には、とても危険なものが‥‥!」 そう書き記して、柚乃は昏倒した。 |