【隠月】月籠りて
マスター名:桜紫苑
シナリオ形態: シリーズ
相棒
難易度: やや難
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2012/08/04 00:44



■オープニング本文

●光と影の境にて
 諏訪から届いた書状に目を通して、彼は眉を寄せた。
 乱雑に切った髪をくしゃりとかき乱す様は、いつになく苛立っているようだった。
 年齢よりも大人びている彼が、ここまで感情を露わにするのは珍しい。
「諏訪は、何と?」
 差し出がましいと知りながら問うた。
 陰殻は、主要五十三家による合議制が取られる。氏族は、上忍四家――名張、鈴鹿、諏訪、北條――の分家が多く、それぞれの間で対立が無いわけではないが、表向きは慕容王の下で協力関係にある。
 もとより閉ざされた国だ。
 その実情が他国に流れる事はないが、それでも周知の事実として語られているのは、その上下関係の厳しさだ。
 下忍は中忍の、中忍は上忍の命に従うしかない。
 自分のような中忍が、頭領に直接問いかけるなど出過ぎている。
 だが、と縋るように主を見る。
 赤子の頃から仕えて来た主が苦悩する様を見て、黙っている事など出来なかった。
「若‥‥」
 数拍の後、小さく息を吐き出した彼は、いつもの表情に戻っていた。
「諏訪殿が奴らと接触を持ったとのこと」
「奴ら、でございますか?」
 ああと頷くと、彼はその名を口にする。
「裏千畳。奴らの暗器がいかに優れているか、お前も知っているだろう」
 裏で動くシノビの更に裏側で活動し、どの氏族にも属さぬ一族だ。氏族より依頼を受けて暗器を作り、その技術は秘中の秘とされている。
 そして、今、彼らの里である鈴鹿では事実上、暗器の流通は止まっていた。
「合戦にアヤカシどもの大規模な侵攻‥‥。陰殻も更なる事態に備えるべきと諏訪殿はお考えだ。鈴鹿にも、その協力を求められてきた。僕も、その考えには同意する」
 書状を握る手に力が籠る。
 だが、と彼は声を落とした。
「我らが里と交渉を持っていた裏千畳との繋がりは絶たれた。新たに契約し直すとしても、符牒が必要となる‥‥か」
 思案げに彼の視線が揺れる。
「この先、裏千畳の暗器は確かに入り用となる。‥‥致し方ないのだ」
 己に言い聞かせるかに呟いて、彼は振り返った。
 一片の感情も窺わせない、シノビの頭領の目が真っ直ぐに向けられる。
「開拓者に依頼を出し、静流という女を探せ。そして、女が持っているはずの符牒を手に入れろ。年は三十、僕と同じ年の頃の娘を連れているはずだ。それから」
 懐から古びた御守袋を取り出すと、手の上で開いてみせた。
 転がり出たのは、愛らしい花を模った螺鈿細工の帯留めだ。
「静流が見つからない場合も考えて、これを作った細工師も探せ。楼港あたりで飾り職人をしていると聞いた事がある」
「これは見事な細工でございますね。目利きならば、細工師も分かるやもしれません」
 彼はふんと鼻で笑った。
「楼港に何人の飾り職人がいるのやら。それに、食えない男らしいからな。‥‥ああ、それの扱いには気を付けろ。一応は暗器だ」
 え、と手の中の帯留めを見直す。
 花弁があしらわれた繊細な細工は、何かが仕込まれているようには見えない。
「そいつは娘の為に作った特別製だそうだ。実用向きとは思えないが」
 その娘の為の暗器を、どうして彼が持っていたのだろう。
 そんな疑問が顔に出ていたのかもしれない。
 彼の眉が跳ね上がる。
「静流はお前も知っている女だ。里では静と名乗っていた、僕の母親だ。その細工を作ったのは、僕の祖父、ということになる」
 彼は言い捨てて踵を返した。
 人が溢れる通りへと歩み去って行く背は、年相応に幼く、どこか頼りなげに見えたのだった。

●疑問
 開拓者ギルドにその依頼が貼り出されたのは、夜も更けた頃だった。
 依頼人の名は鈴鹿薫。
 依頼内容は「静流」という名の女と、帯留めを作った細工師を探す事とあった。
「代理という人が来て置いていったのよ」
 困惑した様子で、受付嬢は帯留めを差し出した。 
「取り扱いには注意してくれって言ってたわ。それだけよ」
 探し人の手掛かりとなるのは、その帯留めと依頼状に記された端的な情報のみだ。
 名前と年だけで人を探すには天儀は広すぎる。
 帯留めの方も、楼港近辺の飾り職人という事しか分からない。
「そもそも、この手の捜索はシノビの方が専門じゃないのか」
 各地に潜む草と呼ばれる下忍を使えば、情報は集まって来るはずだ。なのに、わざわざギルドに依頼したというのも気に掛かる。
 何か事情があるのか、それとも裏があるのか。
「‥‥ともかく、動いてみるしかないか。依頼人に連絡は取れるのか?」
 分からないと受付嬢は首を振る。
 開拓者達は途方に暮れたように互いの顔を見合わせたのだった。


■参加者一覧
柚乃(ia0638
17歳・女・巫
霧崎 灯華(ia1054
18歳・女・陰
八嶋 双伍(ia2195
23歳・男・陰
楊・夏蝶(ia5341
18歳・女・シ
ジークリンデ(ib0258
20歳・女・魔
劉 那蝣竪(ib0462
20歳・女・シ
ケロリーナ(ib2037
15歳・女・巫
如月 瑠璃(ib6253
16歳・女・サ


■リプレイ本文

●根負け
「若」
 わなわなと震える主に、そっと菓子箱を差し出す。
 今日の差し入れは、綺麗な瞳をした少女からだ。
 昨日は昨日で、婀娜な笑みを浮かべた女性から「情報不足で致命的な事になっても‥‥」と、言葉の端々に含みを持たせた伝言を託された。
「‥‥行けばいいんだろう。行けば! そこまで言うのならば、僕が出向いてやるさっ」

●帯留
 通された部屋に、楊夏蝶(ia5341)は溜息を漏らした。
 これまでにも豪華な部屋に通された事はある。だがしかし、この部屋は、今まで見た部屋とは雰囲気が違う。女性の部屋という事で、華やかな色合いが多用されているのかもしれないが、そう、何と言うか‥‥。
「艶っぽい?」
 例えるなら、女形が目尻にさす赤だ。
 そもそも、どうしてこんな事になったのかと夏蝶はここに至る経緯を思い起こした。
 鈴鹿の頭領から託された帯留に手掛かりを求めた仲間と共に、手分けして楼港の職人を当たるはずだったのだ。手始めに、細工物について詳しい人から情報を、と思ったのは確か。しかし、その「詳しい人」に繋がる場所を訪ねた時から、何やらおかしな方向へと事態は転がり始めた。
「御酒をご用意致しんしょうか。それとも、お菓子の方が好きでありんすか」
 楼で一番の花魁の微笑みに、何故だか頬が赤くなる。その頬をつぅっと撫でて、花魁は笑みを深くした。
「いえ、あの、私は」
 遠慮する夏蝶に、花魁は首を傾げた。いくつも差された簪が今にも落ちて来そうで、夏蝶の方がはらはらしてしまう。
「探し人、でござんしょう? ええ、ええ。分かっておりんすよ」
 近づいて来る花魁は女の目から見ても美しく、夏蝶は思わず見惚れてしまった。とその時。
 すぱぱーんと、勢いよく襖が開かれた。
 飛び上がった夏蝶の肩をそっと押さえて、花魁は殊更ゆっくりと振り返る。
「おや、お早いお着きでありんすなあ」
「たまたま巡業でなっ」
 夏蝶を花魁から引き剥がした腕は、夏蝶のよく知る人物のもので。夏蝶の尋ね人で。
 けれど、ここに現れるとは思っていなかった相手だった。
「わっちはつまらんでありんすよ。可愛い娘さんと遊べると思うておりんしたに」
「こいつで遊ぶの間違いだろうが」
 否定も肯定もせず、花魁は渋面の彼にひらと手を振った。
「聞き込みに「揚羽」は役に立たんでありんしょう。高華楼の夕霧の名、使ってくだすって構いんせんよ」
 夏蝶が高華楼の花魁に遊ばれていた頃、緋神那蝣竪(ib0462)は預かった帯留を手の上で転がして、矯めつ眇めつしていた。
「何か分かりましたか?」
 向かいで冷やし飴湯を飲んでいたジークリンデ(ib0258)が尋ねる。
 楼港は歓楽街だ。楼閣も多い。そして、華やかに着飾った女達を相手に商売をする店の数も多ければ、そこに物を納める職人も膨大な数になる。
 最初こそは店を回っていたが、それが非効率的である事に気付いて、彼女達は作戦を練り直すべく茶店に腰を下ろしたのだ。
「そうねぇ。螺鈿細工のいいものよね」
 何の変哲もない台座と、繊細な細工。丁寧に作られたものであるという事は分かる。
「私も欲しいぐらいだわ。細工師が見つかったら、1つ作って貰おうかしら」
 肩を竦めた那蝣竪が冗談めかして笑う。
「これを預けたのは鈴鹿の頭領なのよね。わざわざギルドを通して細工師を探す理由が分からないわ」
「そうですね‥‥」
 涼しげな器を卓に戻して、ジークリンデは表情を改めた。
「帯留の細工師と、静流という名の女性。開拓者を介して接触するのは、鈴鹿が動いている事を知られたくない‥‥という事も考えられますが」
「動いているのを知られたくない、ね。シノビはそれも込みで動くのが得意なはずなんだけど。探し人にしても、細工師にしても、情報が少なすぎるわ」
 思案気に、那蝣竪は眉を寄せる。その視線の先には、唯一の手掛かりである帯留。その縁を辿っていた指先に、ふいに違和感を感じる。あっと小さく声をあげたのはジークリンデだった。
「お怪我は!?」
 那蝣竪の指先に赤い玉が浮かぶ。
「‥‥大丈夫。まさか針が仕込まれているとは思わなかったわね」
 そう言えば、と那蝣竪は指先が感じた些細な違和感、僅かに爪が引っ掛かる程度の溝に触れながら呟いた。
「噂には聞いた事があるのよね。こんな風に仕込まれた針や刃を使う技の話」
「おぬしら、歓楽の都、不夜城楼港を楽しんでおるか!?」
 ぱしと乾いた音と共に現れたのは如月瑠璃(ib6253)だった。
 あまりに突然の登場に、那蝣竪とジークリンデは言葉を失って瑠璃を凝視する。
「や? いかが致した? わしの顔に何かついておるか?」
「あ‥‥、ううん。今日もお耳が可愛いわね」
 そうじゃろう、そうじゃろう。
 口元に扇を当てて笑う瑠璃の耳が、得意気にぴぴんと跳ねた。確かに、ほっこり和んでしまう程に可愛らしい。だが、当の本人は。
「そのようなことはこっちにポイじゃ」
 紙を丸めて投げ捨てる真似をして、2人に詰め寄る。
「静流という女性の居場所が分かりそうなのじゃ! じょしかいとやらの最中に悪いが、おぬしらも来てくれぬか。ほれ、土産はちゃんと買うて来た故に」
 それぞれの手に楼港名物の饅頭を乗せ、急かして来る瑠璃に、どちらからともなく笑み交わす。どうやら、彼女は歓楽の都、楼港を十分に堪能して来たようだ。
 健全な意味で。
「後でお疲れ様って言っておくべきかしら」
「そうですね。‥‥よく考えると、彼に押し付けてしまいましたね。色々と」
 調査の手を分けた時に気付くべきだった。
 さぞや苦労したであろう彼に、2人は心の中で頭を下げたのだった。

●人探し
 遡ること数刻前――。
「ほう、これが音に聞こえし楼港の歓楽街か。‥‥なかなかに面白そうなところじゃのぅ」
 往来のど真ん中で感心したように何度も頷く瑠璃に、霧崎灯華(ia1054)がきらりと目を光らせた。
「あら、あんた、楼港は初めて? なら、いいお店を知っているのよ。付き合わない?」
「なに? 良い店とな? それは、どのような」
「はい、そこまで」
 誘う灯華と興味を示した瑠璃との間に割り入って、八嶋双伍(ia2195)は笑顔のみで灯華を窘める。
「何よ。酒場で情報収集って基本中の基本でしょ」
 あえて言葉にしなかった双伍の意を察しながらも、灯華はわざとらしく膨れて反論する。どことはなく面白がっている様子なのは、双伍も分かっていた。分かってはいたが、このままでは未成年に悪影響を及ぼしかねない。
「確かに、霧崎さんのおっしゃる通りです。ですが」
 言葉を切って、双伍は咳払った。
「真っ昼間からお酒というのは感心しませんね。特に、今回は小さい方もおられるのですから」
 仲良く楼港の細見を覗き込む柚乃(ia0638)とケロリーナ(ib2037)を示せば、灯華はますます楽しげな笑みを浮かべる。だが、何をどう言われようが、双伍は引くつもりはなかった。
 臨機応変な対応は調査に必要不可欠なものだ。
 しかし、一時的な班分けとはいえ、年長者である自分は年下の少女達を預かる責任がある。
 彼女らの目を、昼間から酒を飲むという自堕落な大人達の姿で汚すわけにはいかないのだ。
 口元を結んで、彼は灯華を見た。
「一応、言っとくけど、あたしとあの子達、年なんて2つか3つしか変わらないわよ」
「‥‥え」
 けれど、灯華の口から出たのは、双伍が予想してもいなかった言葉だった。
 思わず固まった双伍に、灯華は口元を引き攣らせる。
「ちょっと。‥‥なんか腹が立つわ」
「え? あ、えっ!? ああっ、すみません。僕としたことが、つい」
 つい、何だと言うのだ。
 珍しく狼狽を露わにする双伍に突っ込んで、問い詰めようかとも思ったが、それは次の機会の楽しみに取っておくとしよう。
「ともかく、静流よね。年は三十で子連れとなると、仕事をするにも制限があるはずよ。子供の面倒を見る人がいるのでなければ、ね」
 話題が変わった事に安堵の表情を見せつつ、双伍は頷いた。
「そうですね。‥‥子供から当たるのも手かもしれません」
「寺小屋は〜?」
 2人の会話を聞いていたケロリーナが、はいっと手を挙げて話に加わる。
「あとねあとね、楼港に住んでいる人のお名前が書かれてるものがありましたら、フィフロスで調べられますの」
「人別帳のようなものですか? 楼港は人の出入りが激しいようですから難しいかもしれません」
 楼港は歓楽街だ。流れ者も多い。それこそ非合法な手段を使う者達もいる。毎日のように入って来る者がいて、出て行く者がいるこの街で、人別帳に記載されているのは、せいぜいが一部の定住者だろう。
「んと、でしたら、けろりーなは寺小屋を調べてみますの。柚乃ちゃんはどうされますの?」
「帯留の職人さんを探そうかと思ったのですが‥‥」
 手にした細見とケロリーナの顔を見比べて、柚乃はしゅんと項垂れた。
「頂いた細見が食べ物編でした」
「何を落ち込む必要がある。うまい饅頭の店、蕎麦屋の場所、茶店。楼港を訪れたならば、一度は行っておきたい場所が網羅されているではないか。これは助かる」
 柚乃が手にした細見とは、楼港の略地図。大抵は楼閣の名と売れっ子の名が入ったものなのだが、どうやら食べ物限定の食通地図を引いて来てしまったらしい。
「ええと‥‥瑠璃ちゃんが喜んでくれるなら、よかった‥‥かも」
 少女達のやりとりにほっこり和んでいた双伍は、ふと我に返った。
 楼港の詳細な情報は有難いが、それを活用する前にやらねばならない事がある。
 周囲を見渡した彼の意図を悟った灯華も肩を竦めてみせた。
「まずは、子供ね。昼のうちは」
「子供相手とはいえ、情報料は必要です。いっぱい、お菓子を用意しておきましょう」
 そうして、楼港の子供達に聞いて回るという地道な上に大変な調査を行った彼らは、その聞き込み対象を子供から母親に、そして母親から更に範囲を拡げ、一つの情報に辿り着いたのだった。

●シノビ
 帯留がただの帯留ではないと判明した。
 装飾品への造詣が深く、かつ小間物屋にも詳しい者も見つかった。
 しかし、肝心の飾り職人はまだ見つかってはいない。
「きっと、細工師さんの特徴があると思うんです」
 帯留を手のひらに乗せて、柚乃は夏蝶を見る。
 1つの型で造られる鋳物もあるが、この帯留は職人の手によるものだ。素人目には分からなくても、専門に取り扱っている店の目利きならば判別できるのではないか。
 柚乃の言いたい事は分かる。だが。
「えーとね、三笠屋さんって小間物屋さんがあるんだけど、針が仕込まれていたとかだと、ちょっとまずいかも‥‥」
 答える夏蝶の歯切れが悪い。
 三笠屋は楼港で小間物屋を営む商人だが、その実、シノビの草である。しかも他流派だ。鈴鹿に縁のある帯留を安易に見せてよいものかと躊躇するのは当然の事だろう。
 ジークリンデは軽く頭を振った。
「鈴鹿と縁が深いのは間違いないのでしょうが、彼らがその居場所を把握していない事から長らく断絶していて、市井に溶け込んでいると予測されます。だとすれば、他流派も視野にいれておいた方がよくありませんか?」
「鈴鹿、ね。彼らがあたし達に投げて来たって事は、派閥の利権に関わるとか、何か訳ありだからでしょ。あまり表立って調べるのはまずいかもしれないわね」
 灯華の意見はもっともだ。
 室内に沈黙が落ちた。
「利権、という話ではない」
 からりと障子が開く。
 そこに立っていたのは、丁寧に梳られた髪と幼い顔立ちをした水干姿の童だ。
「あれ‥‥? 薫ちゃん?」
「うん、薫くんだ〜! 薫くん〜、どうしたの〜?」
「ちょっ、ばっ‥‥!!」
 ぴょんと飛び付いたケロリーナの勢いに、薫と呼ばれた童がよろけた。驚いて怒鳴る薫を気にする事なく、再会の喜びを伝えようと顔をあげて、ケロリーナは首を傾げた。
 何故だろう。
 奇妙な既視感がある。
 それも、つい最近、同じような事があった気がする。
「あれ? あれれ?」
「まったく! どうしたもこうしたも、お前達が僕を呼んでいるというから、来てやったのだろう!」
 突然に現れて文句を並べたて始めた闖入者に、双伍は柚乃に小声で問うた。
「どちら様ですか?」
「薫ちゃんのこと? 薫ちゃんは鈴鹿の頭領さんなんです。女の子で、あんなにちっちゃいのに凄いですよね」
 ええ〜?
 鈴鹿の頭領という事より、柚乃の認識に驚く。
「‥‥男の子、ですよね?」
「よね? 美少年って噂は本当だったのね」
 こそこそと囁き交わすジークリンデと那蝣竪の声が聞こえのか、薫はき、と彼女達を睨みつけた。咄嗟に目を逸らしたが、毛を逆立てた猫のような気配が伝わって来る。
 我慢しきれず、那蝣竪は噴き出した。
「えっと、薫くん? ちょっといいですか?」
 場を取り繕う努力を早々に諦めて、双伍は薫に問うた。
「利権がどうのって話は僕達は聞いていないんですが。それ以前に、僕達に渡された情報が少なすぎて、調査が難航しているんです」
 彼は、自分達に与えられた情報以上の事を知っている。
 それは、先ほどの言葉で疑惑から確証に変わった。
 隠す事なく、真っ直ぐに問いかけた双伍に、薫は髪を掻き上げ、大人びた溜息を零した後、口を開いた。
「その帯留は、裏千畳の職人の手によるものだ」
「じゃあ、裏千畳さんを探せばいいのね?」
 今ならば「彼」が楼港を出る前に捕まえられるかもしれない。飛び出そうとした夏蝶を、続く薫の言葉が押し留めた。
「裏千畳とは、陰殻において暗器製造を請け負う一族の総称だ。我らシノビの一族は。これまでも専属の細工師と契約して来た」
「細工師さんの特徴‥‥」
 呟いた柚乃に、瑠璃が納得したように頷く。
「なるほどの。この帯留を作ったのは、その専属とやらか」
「そうだ。だが、今、鈴鹿とそいつの関係は絶たれている。新たに契約を結ぶ事も出来ない」
 どうして、と問うより先に薫は言葉を続けた。
「鈴鹿と裏千畳の間で取り交わされた契約の証が失われたからだ。そして、それを持って消えたのが静流という女だ」
 忌々しげにその名を吐き捨てると、今度は薫が問うて来る。
「静流の居場所は分かったのか?」
「こちらも情報が少なくてね。色々聞き込んで分かったのは、静流というシノビの女が神楽の都にいるらしいってこと」
 灯華は皆で集めた情報を並べた。
 最初は子供達。母親の名前が静流だという子供がいないか、友達にいないかを聞いて回ったのだ。
 けれども、静流の子は楼港にはいなかった。
 代わりに得たのは、静流というシノビの女が盗賊に襲われた両替商を救ったという話。ただし、その女はどう見ても二十代前半で、とても目を惹く容姿をしていたという。
 また、いい男を見ると目の色を変えていたらしく、やきもきした女達の記憶に残っていたようだ。
「なんだと? 馬鹿な」
 そう言ったきり黙り込んだ薫に、開拓者達は互いの顔を見合ったのだった。