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■オープニング本文 ●芹内の思案 北面においてアヤカシからの攻撃が急増は、理穴における魔の森活発化の報と時を同じくしていた。 「‥‥」 前線から寄せられた報告を前に、芹内禅之正は腕を組む。 報告書の多くは、守備隊の戦勝を報せるものだ。にも関わらず、彼は眉間に皺を寄せた。彼の懸念は、勝敗にあったのでは無い。問題は、報告書の多くに共通する敵の動きだった。 敵はいずれも、守備隊と一戦を交えるや否や、躊躇なく退却しているのだ。あまりに、逃げっぷりが良過ぎる。 「‥‥ふむ」 敵の目的は、陽動か。あるいは、威力偵察や準備攻撃の類であろうか。 思案し、正座する彼の膝前には、そうした報告書の他にもう一枚、書状が置かれている。理穴よりの援軍要請だ。 (陽動か。陽動であろう‥‥が) 問題は確証である。 援軍を送るのは構わぬ。 構わぬ、が。援軍を送るとしても、おいそれと出す訳に行かぬ理由がある。 というのも、理穴より届けられた書状によれば、彼の地では補給物資が不足がちであると記されている。である以上、大軍を送りつける訳にはいかない。援軍を送るとしても、援軍は少数精鋭でなくてはならないであろう。 だがもし仮に、昨今の攻撃が威嚇で無く全面攻勢の為の下準備であったなら。精鋭を引き抜く事による即応力の低下は、そのまま被害の増大に直結する。 「打てる手は、打っておかねばならんな」 こくりと首を傾いで、彼は座を立った。 ●緋赤紅からの書状 「か、開拓者ギルドに依頼でございますッ!」 ギルドに飛び込んで来た途端、何の障害物もない三和土で蹴躓いた男は、思いっきりぶつけた額をさすりつつも、何とか死守した書状を高々と差し上げて、もう一度声を張り上げた。 「開拓者ギルドに北面派遣部隊瑞鳳隊、緋赤紅殿より依頼でございますッ!!」 北面派遣軍瑞鳳隊。 それは、芹内王の命により理穴へと派遣される精鋭部隊だ。 その隊長ともなれば、さぞや統率力に優れた武勇の人であろう‥‥と思われるのだが‥‥。 「ちなみに聞くけど、アンタも北面派遣部隊の一員?」 尋ねた女開拓者に、額にでっかいたんこぶを作った男が誇らしげに胸を張る。 「当然です! 私は、緋赤殿より直々に命を受け、ギルドへとやって参りました隊員です!」 うーん、と開拓者達は腕を組んで首を傾げた。 「‥‥「これ」の親玉‥‥かあ」 開拓者の中で、精鋭部隊の印象が低下。 それを肌で感じ取ったのか、男は慌てた様子で受付へと走りより、受付嬢へと書状を手渡した。 「北面から理穴への部隊派遣は、芹内王のご決断によるもの。派遣部隊は我が北面の「精鋭」が選出されました」 「本当かぁ〜?」 胡散臭げに使者を見遣る開拓者達の冷たい視線にもめげず、男は言い募った。 「しかし、芹内王の要請が届いているにも関わらず、我関せずを決め込んでいる者達がおりまして‥‥。緋赤殿は、彼らからも援軍を引っ張り出したいと考えておられまして、皆様にその役目を引き受けて頂きたく‥‥」 「芹内王っていやあ、その実力を誰もが認める北面の王だろう? その要請を無視する奴らなんざ、実力もないくせに自意識過剰でひ弱なお貴族様じゃねーのか? そんな奴らに協力を求めたって、何の足しにもなりゃしないって」 はたはたと手を振った開拓者に、男の表情がどんより暗くなった。何か重たいものが乗っかったかのように、その肩が落ちる。 「確かに、貴方のおっしゃる通りです。彼らの中には、自意識過剰なんて言葉じゃ足りないぐらい、とんでもなく自尊心が高いお貴族様もいらっしゃって‥‥」 「いるんだよなぁ‥‥そういう何とかの威を借るって奴ら」 深く同情したふりで、開拓者が男の肩を叩く。だが、男は更にどよんと沈み込んだ。 「‥‥にも関わらず、志体持ちが多く、教養もあって頭もいい人達が多いって、どれだけ恵まれてるんですかね。その全てにおいて足下にも及ばない私なんて‥‥私なんて‥‥」 蹲ってしまった男に、開拓者達は呆気に取られた。 いじけてしまった男の行動もだが、彼の語った内容が大事だったのだ。 「ちょっと待て? その、緋赤隊長とやらが引っ張り出せって言ってる奴らってのは‥‥」 静まりかえったギルドの中、誰かがごくりと生唾を呑む音が響く。 「まさかとは思うが‥‥天護隊‥‥?」 ざわ、と開拓者達がざわめいた。 天護隊。 それは、朝廷への忠誠心や実力、立ち振る舞い、そして出身や家柄といった血筋の全ての面において認められた士分のみが集められた由緒ある組織だ。 朝廷からの信任も篤ければ、相応の実力もある。 だがしかし、もともと家の格の高い者達で占められた組織であることと、選ばれた存在であることから、彼らの自尊心は高い。実力に裏付けされた自信だけに、ちょっとやそっとの事では折れたりしないのだ。 そして「朝廷直属の組織」であるが故に、北面の王も彼らに「命令」は出せない。 「そ、その天護隊を引っ張り出すっだって!?」 思わず声がひっくり返った開拓者に、床にのの字を書いていた男が、くすんと鼻を啜る。 「そうです。小隊だけでも引っ張り出す事が出来れば、戦力増強は確実。けれど、瑞鳳隊から何度交渉に赴いても、彼らはまともに取り合ってくれません。ですから、実力行使あるのみ! ‥‥と緋赤殿が」 男の視線が、受付嬢の手にした書状へと向けられる。 「ちょっとそれ貸せ!」 引っ手繰るようにして奪うと、開拓者は力強い字でしたためられた書状に素早く目を通し‥‥、 「なんだってーーッ!?」 仰天した。 『天護隊に果たし合いを申し込んだ。隊員が助力の価値有りと認めたならば、援護隊に協力するとの約定を得てある。開拓者の真髄を見せてやれ!』 「つ、つまり、天護隊とやり合え、と」 何を? どうやって? 詰め寄った開拓者に、男は平然と答えた。 「果たし合いと言っても、正式なものではありません。あちらは、自分達が力を貸すに値するか見極めるだけ‥‥なので‥‥」 「あああっ! 落ち込むなっ! 落ち込むなら全部説明が終わってからにしろ!」 再び膝を抱えて暗く沈み込みかけた男を揺さぶって、開拓者はその耳元で叫んだ。その勢いに押されて、男はぼそぼそと言葉を続ける。 「あちらから選出された‥‥というか、面白がって名乗りをあげた相手に心、技、体、皆様の力量を示せばよいだけです。実際に剣を交わすもよし、説得するもよし‥‥だそうで」 「まだ燃え尽きるなッ! それで、相手はどんなヤツなんだッ!?」 ふふ、と男は疲れ切った表情のまま、自嘲めいた笑みを浮かべた。 「皆様のお相手に名乗りを挙げたのは、高遠重衝殿です。家柄良く、教養深く、雅も解する御方だそうですが、噂では剣の腕もたち、傲岸不遜で一筋縄では行かない御方だと聞き及んでおります」 そんな相手に何をしろと? 力尽きた男と、生命力が溢れ出している書状とを見比べながら、開拓者達は途方に暮れた。 |
■参加者一覧
野乃宮・涼霞(ia0176)
23歳・女・巫
犬神・彼方(ia0218)
25歳・女・陰
香坂 御影(ia0737)
20歳・男・サ
鴇ノ宮 風葉(ia0799)
18歳・女・魔
鬼灯 仄(ia1257)
35歳・男・サ
蛇丸(ia2533)
16歳・男・泰
黎乃壬弥(ia3249)
38歳・男・志
沢村楓(ia5437)
17歳・女・志 |
■リプレイ本文 ●出迎え 「高遠重衝様でいらっしゃいますね?」 約束の時間間近、天護隊の詰め所から1人で出て来た男に、沢村楓(ia5437)は丁寧に頭を下げた。 腰まである艶やかな黒髪に、たおやかな風情。黙って立っていれば、良家の娘にしか見えない。そんな楓を睥睨すると、男は目を細める。 「貴様は‥‥開拓者か」 「はい。高遠様をお迎えに上がりました」 ふんと鼻で笑う気配が伝わって来て、楓はそろりと顔を上げた。自分を見下ろしている冷たい瞳と目が合うと、何故だか途端に体が動かなくなる。気圧されていたのだと知ったのは、後日、楓が開拓者として色んな経験を積んでからのこと。 「あ、あの!」 迎えに来た楓を置いて、すたすたと歩いて行く重衝を小走りに追いかけながら、それでも楓は必死になって訴えかけた。 「北面におけるアヤカシの動きは、理穴の魔の森の活発化とほぼ同じくするもので」 聞こえてないはずがないのに、無視して先を行く男に、楓の眉間に皺が寄る。 「今回の件は天護隊の皆様にご協力頂き、得た情報をもとに都の守りも万全にする! そのために一隊を‥‥」 「‥‥うるさい」 「は?」 突然に呟かれた言葉に、楓は思わず立ち止まって瞬きをした。言われた一言の意味は分かる。分かるが、思考が瞬間的に停止してしまったかのようだ。 「そんな事ぐらい、緋赤からの再三の書状で知っている‥‥」 言い捨てて、歩く速度を上げた男に、楓の中で何かが切れる音がした。 ‥‥ようだった。 ●緒戦 「さて、どんな奴が来るんだか」 もうすぐ約束の刻限だ。期待半分、面白半分といった様子の鬼灯仄(ia1257)に、野乃宮涼霞(ia0176)は苦笑した。 「高遠様と申せば、朝廷の政治にも関わっておられるお家柄。本来ならば、話すら聞いて貰えない所を、よくお受け頂けたものです」 「けど、「高遠」の人間としてじゃぁなくて、天護隊の物好きとして来るわけだぁろ? 家柄なんざ、気にする必要はないんじゃないのかぁねぇ?」 煙管から煙をくゆらせながら、犬神彼方(ia0218)が肩を竦める。その隣、橋の勾欄に腰を掛けていた蛇丸(ia2533)が複雑そうな表情で足をぶらつかせている。 「どのような心積もりで果たし合いを受けたかは知らないが、依頼である以上は必ず増援を認めさせてやる」 香坂御影(ia0737)の呟きに、それぞれの思いを込めた頷きを返したその時に、鴇ノ宮風葉(ia0799)が、あっと声を上げた。 「来たよ!」 蛇丸の傍らから身を乗り出すようにして、風葉は川沿いを歩いて来る人影を指さした。宮廷の重要な施設の周囲で必ず見る、あの隊紋を背負った白い羽織姿ではない。上物の着物を着崩した男がゆったりと歩いて来る。だが、その後ろには一生懸命について来る楓の姿がある。 あの男が天護隊の高遠重衝に違いなさそうだ。 「なんだ? 想像していたのより優男が来たなぁ。あれで俺達を相手に果たし合いなんて出来るのかね?」 顔を顰めた黎乃壬弥(ia3249)に、涼霞が頬に手を当てて怪訝そうに首を傾げる。 「私、あの御顔をどこかで拝見した気がするのですが‥‥」 そんな涼霞の疑問に答えられる者はいない。 「どっかで出動した天護隊ん中にいたんでないかい?」 そう言い残して勾欄から飛び降りた蛇丸が、男の前に立つ。 「お待ち申し上げておりました。高藤殿」 作法に則った完璧な礼で迎えた蛇丸に、男はただ頷いただけだった。 ーーああ、人を見下す事に慣れた奴だ‥‥ そんな人種を、蛇丸はよく知っている。だから腹も立たないけれど‥‥ 「感じ悪いですよねッ」 迎えに行った楓がぷんぷん怒りながら、蛇丸に小声で囁く。どうやら、道中もずっとこんな感じだったらしい。 「へぇ、あんたが高遠殿かい」 物珍しそうに遠慮なく、頭の天辺から足の先までを観察した彼方が軽く口笛を鳴らす。でも、一応、彼女なりの敬意は払っている。 「結構イイ男だねぃ」 「面白がって名乗りを上げたって言うから、どんな酔狂な奴が来るかと思っていたが、こりゃあ‥‥」 興味津々と観察して来る開拓者達に、重衝は冷笑を浮かべた。 「貴様らが緋赤の書状にあった開拓者か。どんな輩かと思えば、女子供までいるとは。これで果たし合いが出来るのか」 不快感が顔に出たのは、御影だけではなかっただろう。 それでも、それは相手の興を買っただけに過ぎなかったようだ。 「で? 果たし合いはどうするつもりだ? 1度に全員でかかって来ても構わんが?」 「自信ありげだな? 俺達を1人で相手にして勝てると思っているのか?」 相次ぐ暴言に、仄は口元を引き攣らせた。険悪な雰囲気が流れ始めた開拓者と重衝の間に、壬弥が間に割って入る。 「まあまあ、そう急がなくてもいいだろ。戦いの前に一献‥‥天儀酒、やるかい?」 掲げて見せた徳利に、重衝は口元を引き上げて見せた。 「‥‥酒は‥‥勝った後に呑む事にしている」 「うわ、可愛くない‥‥」 ぼそり、小声で呟いた御影とは逆に、彼方は突然に吹き出したかと思うと大笑いを始めた。 「捻くれもんだぁね、あんた。嫌いじゃないよ、そぉいう男は。でもね、俺ぇは大事な命を幾つも背負ってるんでね。大きな戦になれば、俺ぇの子供達も戦いに加わる事になる。あいつらの為にも心強い味方が少しでも増えて欲しぃんだよ」 とん、と煙管に詰めた煙草を捨てて、重衝を指す。彼方の挑発めいた仕草と真摯な言葉に、開拓者達の表情も変わった。 「その通り。というわけで、果たし合いの方法だが」 相手は1人、こちらは8人。直接戦闘よりも後方支援の巫女から、戦闘の専門家まで揃っている。団体戦に持ち込む事を壬弥は躊躇った。そんな躊躇いを面白がるかのように、重衝は腕を組んだ。 「遠慮する事など無いんだぜ? まとめて掛かって来てくれた方が、俺としても早く終われて有り難い」 「つまりは俺達全員を相手にしても、勝つ自信がおありだと?」 蛇丸の丁寧な言葉に刺が含まれる。無視されても仕方がない申し出を受けて貰えただけで十分だと思っていたが、こうまで歯牙にかけられないと、さすがにカチンと来る。 「俺としても、大事な非番の時間を割いているんでね」 「よーし、分かった」 再び険悪になりかけた空気に、仄がぱんと手を打った。 「女を口説くんなら言葉を重ねるのもいいだろうが、男を口説くのに言葉はいらんだろう。話していても埒があかないなら、やるしかないよな?」 重衝は軽く眉を上げた。その満足げな表情から、仄の言葉への同意が読み取れる。 「とりあえず、お前さんが仲間を連れているならともかく、1人に対して全員総掛かりじゃあ、俺達も居心地が悪い」 「別に1対多でも、俺は構わ‥‥」 「俺達が構うんだ! というわけで、1番手は‥‥」 仲間達を見回した仄の視線が、風葉の上で止まる。途端に、風葉はぶんぶんと頭を振った。 「1対1なら、アタシは止めとく。だって勝てないもん! お手玉で勝負してくれるなら別だケド」 ずるりと仄の肩に羽織っていた着物が落ちる。 「お手玉って、風葉‥‥」 「構わんぞ」 あっさりきっぱり答えた重衝に、開拓者達の間に衝撃が走った。 「お、おい‥‥あんた‥‥?」 先ほどまでの丁寧口調はどこへやら。いつもの言葉に戻りかけている蛇丸の動揺を余所に、風葉は俄然、燃えて来たらしい。戦闘勝負でないなら、自分にも勝ち目がある。輝きを増した風葉の瞳がそう告げていた。 「いいわ! 受けて立ちましょ、お手玉勝負! アタシの名は鴇ノ宮風葉! 劫火絢爛の姫巫女にして、いずれは東房は天輪王をも超える焔使いになる女よ!」 いやいや。 思わず顔の前で手を振るのは壬弥。 お手玉に焔、関係ないから。 「今からでも団体戦にした方がよくないか? あっちもそれでいいと言っているわけだし‥‥」 何かが逸れた。間違いなく。 そんな確信に、御影は額に手を当てる。 彼らの心配を余所に、風葉は自信満々にお手玉を操ってみせた。満面の笑みを浮かべる風葉からお手玉を受け取った重衝は、迷いのない手つきで次々にお手玉を宙へと放り投げる。 「あ! あんな高度な技まで!」と、食い入るように重衝の手元を見つめているのは楓と涼霞だ。 だが、これまでの人生、お手玉とはさほど縁のなかった男達には、何がどう凄いのか分からない。 「お、おい、分かるか?」 尋ねてくる壬弥に、蛇丸は頭を振った。 「わっちゃ、見た事はあるけんど、よう分からんで‥‥」 「彼方に聞いてみちゃどうだ? 「姐」じゃなくて「オヤジ」らしいが、分類的には女だし」 「そぉこ、聞こえているんだぁよ」 ぎくりと体を強張らせた仄の肩を叩いて、彼方は「ふふ」と小さく笑みを漏らした。それと同時に、風葉ががくりと膝をつく。 「ま‥‥負けたわ。皆、ゴメン‥‥」 「仕方がないです、風葉さん」 「そうです。まさか重衝様があのようなお手玉の使い手とは‥‥」 「いや、お手玉は使い手とか言わないから」 風葉を慰める楓と涼霞に、御影が冷静に突っ込みを入れる。 と、彼の髪を掠めるように何かが飛んだ。 咄嗟に後ろへと飛び退った重衝の着物の端を切り裂いたのは、彼方が放った斬撃符だ。 「次の相手は、俺ぇだぁよ」 続けて打ち込まれる斬撃符を避けることなく、重衝は逆に彼方の懐へと飛び込んだ。 にやり、と彼方の口元に笑みが浮かんだ。最初から、これを待っていたのだ。長槍「羅漢」に式の力を纏わせながら、間近まで接近していた重衝に向かって振り下ろす。確かな手応えがあった。 「俺ぇの勝ち‥‥」 「気を抜くのは早い」 鞘に入ったままの刀で羅漢を受け止めていた重衝が、不意に腕の力を抜く。槍に全身の力を乗せていた彼方の体がぐらりと傾いだ隙を逃さず、足払いをかける。何が起きたのか分からないままの彼方の喉元に鞘の先を突きつけて、重衝は酷薄な笑みを浮かべて宣告した。 「俺の勝ちだ」 ●見極め 「やはり‥‥面倒だ。まとめてかかって来るがいい」 くいと顎をしゃくる重衝に、御影は軽く頭を振った。 「参りましたね」 「ま、1人で開拓者3人相手にどこまでやれるか、お手並み拝見と行くか」 壬弥の言葉に頷きを返したが早いか、御影が鯉口を切り、体を低くして走り出す。反対側からは、一気に高めた気で体を赤く染めた蛇丸がジルベリアの短槍で重衝の足を狙う。 真正面から珠刀を振り上げて斬りかかるのは壬弥だ。 「ほらほら、どうする、重衝さんよ!?」 だが、重衝は余裕の表情を崩してすらいなかった。その事を壬弥が怪訝に思うより先に、腹に鈍い痛みが走った。鍛えられた腹筋を伝う重い衝撃。拳を叩き込まれたのだ。 反射的に仲間を確認すると、御影は刀を弾き飛ばされ、蛇丸の槍は大地に突き立てられていた。その横には、割れた鞘が転がる。 2人とも、何が起きたか分からないような顔をしていた。 「大したもんだ」 一部始終を見ていた仄が、木刀を手に取って立ち上がる。刀身に赤い焔を纏わせ、その切っ先を重衝に突きつける。 「だが、手の内は読ませて貰ったぜ?」 「‥‥生憎、読まれて困る程浅い手は持ってはいない」 減らず口を、と仄は持てる力も魂も、託された想いも全て木刀に乗せて、重衝へと叩きつけた。 重い一撃。 それまでの手合わせとて、軽いものではなかったはずだ。 ただ、重衝がそうと見せないだけで。 にも関わらず、彼は仄の木刀を受け止めた。押され気味になるのを、刀身に手を添えて押し返す。その額に薄く汗が浮かんでいるのに気付いた瞬間、仄は木刀に込めていた力を抜いた。 「負けだ、負け」 両手を挙げた仄に、重衝が眉を寄せる。 「‥‥相手を見下すだけの戦いぶりなら、とことんやってやろうかと思っていたがな、‥‥そうじゃないだろ」 「下に見ていたのは貴様らではないのか?」 口元を歪めて、重衝は涼霞の手当てを受ける者達を見回した。 「朝廷直属、良家の子息を集めたお飾り志士。自尊心は高いが、やっているのは朝廷施設の警護。‥‥内心、そう蔑んでいる輩も少なくはない。だがな、いつ何時、朝廷を狙う痴れ者やアヤカシが襲って来るやも知れん。どのような状況下でも対応出来るよう、隊士は訓練を欠かさん。勿論、1人で何人もの相手をする事も想定内だ」 言われてみれば、その通りかも知れなかった。仄は、大きく息を吐き出すと再び両手を挙げた。 「さて、残るは2人だが」 言いつつ、重衝は楓と涼霞に視線を向けた。 その鋭い視線に、楓の体が震える。経験豊富な仲間達と対等に渡り合う実力者だ。経験の浅い自分が勝てるはずがない。けれど。 ぎゅっと唇を噛み締めると、楓は刀を抜き放ち、重衝と向き合った。 「一手、ご指南の程、よろしくお願い致します」 無理だと言われても、このまま引き下がりたくなかった。いや、引き下がれやしなかった。 1、2度、刀を交わしただけでも分かる。まるで子猫が獅子に向かっていくようなものだ。 「もう止めておけ。怪我をするだけだぞ」 からかうような重衝に、初めて会った時から蓄積されていたものが、一気に爆発する。 「確かに! 覚悟や何かを語る事もおこがましい腕かもしれません! ならば、覚悟に決意を乗せましょう!」 言うや否や、楓は長い黒髪に刀を宛てた。 「楓!」 「楓さん!」 風葉や涼霞の焦った声を聞きながら、一気に断ち切る。 「これは私の過去の10年。至らずと言うなら、こちらを進呈致しましょう」 握り締めた黒髪をずいと突き出して、楓は重衝に向かって宣言した。 「そして、今日から1年後のこの日、この時、貴方を超えさせて頂きます!」 楓の突然の行動に、さすがに驚いた様子を隠せなかった重衝が、その宣言にふっと口元を緩めた。 「1年後を楽しみにしておこう。で」 覚悟を決めて、涼霞は真っ直ぐに重衝を見つめた。 「私は戦う術を持ちません。戦い以外でも構わないのであれば舞いましょう。ですが、どうか聞いて下さい。先日、避難民を受け入れる村で、僅かな手助けしか出来ず歯痒い思いを致しました。今尚多くの民が不安な日々を送っております。民を救う為ならば、我が身がどうなろうと構いません。一刻も早く事態を収束させる為に、何卒、天護隊のお力添えをお頼み申し上げます」 深々と頭を下げた涼霞に、重衝は苛立たしそうに舌打ちをすると、彼女の襟を掴み上げる。 「良く言った。だが貴様に何が出来る。舞など見飽きた。ならばどうする? 色仕掛けで俺の女にでもなるか?」 「なっ!」 侮蔑の言葉に、かっと頬を染めた涼霞へ、重衝はそのまま顔を近づけた。 呆気に取られ、動けなくなった開拓者達の耳に、頬を張る乾いた音が届く。 「ふ‥‥。開拓者には、骨のある奴らが揃っているようだな」 「じゃ‥‥じゃあ」 我に返った仄に、重衝は踵を返した。 「瑞鳳隊への援軍派遣を進言する。それでよかろう?」 言い捨てて去って行く重衝の姿を、開拓者達はそれぞれ複雑な面持ちで見送ったのだった。 |