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■オープニング本文 ※これまでのあらすじ 泰国南西部の南那で発生した内乱は、ようやく治まりの兆しをみせていた。 領地の主要産業である港湾と漁業・製塩を担う南東部の椀那軍が、ついに領土最大の河川「眞江」を越えて眞那へと部隊を進めることに成功したのだ。 眞江上流側では、開拓者による「英雄部隊」の参戦により羅間橋が陥落した。 下流側では、焼け落ちていた往来橋も仮設架橋が完了。 北側からは椀那の援軍、紅風馬軍が迫っている。 南の白陽からも南那軍少数が攻め上ってきている。 もともと内乱のなかった土地だけに、もう防衛施設はない。 陸側最大の都市、眞那を統治する椀・訓陶(ワン・クントウ)はある決心を固めていた。 ●本編 「逃げてくれ」 眞那軍の中枢たる、洪・白翌(コウ・ハクヨク)の義賊団宿舎で訓陶は机に両肘をつき組んだ両手に顎を載せたまま言った。続きはない。 「逃げないのですか?」 白翌、半身で立った姿勢の聞いた。続きはない。 「この土地の者がどこに逃げる? だが君らはよそ者だ。逃げる場所もあるだろう。……私は、例え負けようと住民の声を主張し続ける責務がある」 「しかし、我々が逃げたら戦う者はいなくなりますよ?」 「この上、まだ戦いたいんですか?」 訓陶、冷たく聞く。 「ただで逃がしちゃくれんでしょう」 「君たちが去った後なら、戦闘も起きずに眞那は荒れない」 ため息混じりの返答に力強く返した。それが、訓陶の真意だった。 「負け戦になって、迷惑を掛けたね。……でも、他に我々みたいな弱者がいれば手を差し伸べて欲しい。私は、君らが好きだ」 「ありがとうございます」 白翌、振り向き正面を向いて訓陶に深々と頭を下げた。 「礼金は少ないが、なんとか生き延びて盛り返してください。……最後の出撃は、帰還無用です」 「ご無事で。……出撃します」 最後の、最上礼。 扉の閉まる音と遠退く軍靴の音が別れの曲となった。 「前然、どうする?」 香鈴雑技団の陳新(チンシン)が、リーダーの前然(ゼンゼン)に聞いてみた。 「逃げるだけだ」 「逃げるにしても……」 前然がしかめ面で言い、闘国(トウゴク)が心配そうにする。 「最終決戦だからって来てもらったのになァ」 烈花(レッカ)がぼやく。 すでに開拓者を雇って来てもらったばかりだ。休むことなく、南那脱出行の戦いに出ることとなる。 「逃げると言っても実質は南那から脱出。北の砦を突破して、開拓者たちの帰りの便に乗せてもらうか……海からの脱出しかないけど」 さすがに椀那方面に逃げるわけにはいかない。北か南かだけである。 「お館さまはどっちに出撃するって?」 「まずは羅間橋方面に精鋭を率いて一戦交えて、後は流れだって」 「俺たちは精鋭じゃないか。ありがたい話だな」 前然の声は不満そうではあるが。 「開拓者が一緒だからじゃないかな」 「どっちにしても……」 前然と陳新がやり合っていたとき、部屋の扉が開いた。 「前然、陳新。お前たちはクビだ。……生き残って雑技団として世界を回れ」 入ってきたのは白翌だった。 「え?」 「生き残って……いつか、戻って成長した姿を見せてくれ。家族ってのはそいうもんだ。里帰りしてのんびりして、また旅に出ろ。それを条件に、もう自由にしていいぞ」 白翌はそれだけ言って出撃するのだった。 「くそっ。続くぞ、陳新!」 座っていた前然、飛び跳ねるように立つ。 「家族ってのがそういうもんなら、ちょっとでも手伝っていくのも家族だろ!」 凛々しく言う言葉に迷いはない。 「そうだね」 「よっし、やるかァ」 「……開拓者にも伝えます」 頷く陳新に拳を固める烈花。闘国はきてもらった開拓者に出撃を告げにいく。 洪義賊団の離脱戦闘が、いま始まる。 |
■参加者一覧
梢・飛鈴(ia0034)
21歳・女・泰
柊沢 霞澄(ia0067)
17歳・女・巫
九法 慧介(ia2194)
20歳・男・シ
琥龍 蒼羅(ib0214)
18歳・男・シ
ニクス・ソル(ib0444)
21歳・男・騎
真名(ib1222)
17歳・女・陰
来須(ib8912)
14歳・男・弓
三郷 幸久(ic1442)
21歳・男・弓 |
■リプレイ本文 ● 洪義賊団宿舎の一室。 闘国が開拓者達に負け戦になったこと、今から脱出戦闘に移ることを説明していた。 「そうか……もしあの時、と思わなくも無いが」 三郷 幸久(ic1442)が深呼吸をしながら瞳を閉じた。 前回の出撃で、後のことを考え主戦場には行かず民の救出に向かったことに思いを馳せていた。 「予定が変わったとはいえ、やるべきことをやるだけだ」 そんな幸久とは対照的に、琥龍 蒼羅(ib0214)が迷いなく言う。「さすが『沈着の兄さん』です」と闘国は頷き、感謝する。闘国も幸久のように感傷に浸る部分もあるらしい。 「撤退戦か」 ニクス(ib0444)、荷物を担ぐ。「忙しいことだ」としか言わない。 ここで幸久、はっとした。 前回、南の民に「恩に着るから」と言われていた。海路からの脱出のために船を貸してもらえるかもしれない。 「なあ……」 「逃げるなら、北ね」 幸久の声より先に、真名(ib1222)が言った。相棒の玉狐天「紅印」と同化して狐の尻尾の毛並みを整えていたが、言葉は片手間ではない強さがあった。 無言で幸久が見た。 言葉にはしないが、「南に当てがあるだろう」と。 「雑技団のみんなは陸地をずうっと旅して来たの。敵さえ振り切れば、陸地なら万一私たちとはぐれても大丈夫」 真名、シフの黄金の髪を被り狐耳を出しながら優しい瞳で幸久に説明した。助けた民が当てにならないと言っているわけではないのだ。 「うむ。危険度は高いが、船の手配に確実性がない以上北に向かうべきだろうな」 蒼羅、言いにくいことを二人に代わってしっかりと言ってやる。 その時、前然も新たにやって来た。 「急ごう。……雪姉ェ、馬は大丈夫?」 雪姉ェと呼ばれたのは柊沢 霞澄(ia0067)だった。初めてそう呼ばれ面食らっている。 が、微笑した。 「……ええ。脱出方向は北、皆で神楽の都に向かいましょう」 霞澄、雪のような白い衣装の袂で口元を隠しつつ前然に頷く。 「逃げるのは、ま…北で決まりカ」 座っていたテーブルからひょいと下りた梢・飛鈴(ia0034)がもふらさまの面を被りながら呟く。相棒の上級人妖「狐鈴」もその横に浮かんでいる。 「大丈夫。どんな敵が相手でも蹴散らしてみせるよ」 九法 慧介(ia2194)も立ち上がり、前然や闘国の肩を叩いてやる。 「今は出来る事を迷わずするだけだ」 幸久も気持ちを切り替えた。 連れて来た相棒、駿龍の「暁」は北に迎えに来る飛空船に預けてきた。 「しかし、北の砦か……」 とはいえ、幸久に北の土地勘はない。地図を広げて最大の難所を指差し首を捻る。 「北の砦は、内乱があっても従来の守備隊が中立の立場で守っていました。ですが、椀那側の紅風馬軍が突破を試みた時に内部の旗色が鮮明となり分裂、椀那側が勝利したようです」 新たにやって来た陳新が、開拓者達の到着後に発生した事件を話した。 ここで飛鈴、ピンと来た。 「…ン? そいやアタシ英雄部隊だっけカ?」 『はじょーとーとかいうのとはでにたたかったなー』 狐鈴の言うように、破城塔というアヤカシの防衛戦で烈火の活躍をした身だ。領地の宣伝作戦により「英雄部隊」にされている。 「まあ…いざとなれば面の付け外しで何とかなるダロ」 「飛鈴さんのあとになるかな……前然たちと外から北の砦を破ったけど、あそこにはアーマーが配備されていたはずだよ」 事故解決した飛鈴の後の話を慧介が引き取った。 「出番はありそうだな」 背中にアーマーケースを背負ったニクス、振り向いて口の端で微笑。 「後は、弓兵の配置なんか……」 「なあ、馬の準備はできたゼ?」 幸久が地図で再確認したところで、烈花が呼びに来た。 「よし」 一堂が振り向き、声が被る。 出撃だ。 皆で一緒に帰るために。 神楽の都へ。 仲間の元へ。 ● どどどどど……。 大地に蹄の音を轟かせ、軍馬に乗った開拓者と香鈴雑技団が東進している。 「飄霖、近付く敵だけ蹴散らせばいいからな」 蒼羅、相棒の上級迅鷹「飄霖」にそう声を掛けて空高く放った。飄霖は刃のように鋭く尖った二対四翼で羽ばたき、氷を思わせる水色の体で高く舞った。 そのうち、丘の向こうで戦の気配がした。 「ヴァルさん、お願いしますね」 霞澄はそう声を掛けて、首元に優しく纏いつく宝狐禅「ヴァルコイネン」をなでた。ヴァルコイネンは頷くと、装備している鳥の羽の御守りの色に合わせ、青い鳥に姿を変えて空高く舞った。 やがて戻ってくると、元の姿に戻り霞澄に頬ずりするように身を寄せて報告した。 「まあ……こちらにやって来てますか」 霞澄、仲間を振り返って先に出た洪白翌たちが苦戦していることを伝えた。 「だったらここで迎撃する」 なんとニクス、馬を下りた。そしてアーマーを展開する。 「駆鎧兄ィ、無茶だ!」 前然から言われ、色眼鏡の奥で意外そうな目をするニクス。すぐに「ああ、そうだったな」と理解。前に南野白陽で海賊を蹴散らした時もアーマーを使っていた。そう覚えられたのだ。 「見ているといい」 ニクス、細かなことは言わない。迅速起動でアーマー「人狼」改「エスポワール」を立ち上げると素早く乗り込み、アーマーマスケット「アメイジング」を構えた。 「来た。来ました!」 前では闘国の叫び。 前面の丘からばらばらと広がって正規軍の騎馬が姿を現していた。 まずは高い場所をとって振り返り、攻囲しようという動きだったがこちらに気付いて慌てている。 「利のある内に叩くべきだろうね。燎幻、行くよ」 慧介、ふわふわ浮かんで付き従う相棒の鬼火玉「燎幻」に優しく声を掛けて軍馬を突っ込ませる。火勢を盛んにした燎幻も続く。 「やる気があるようだね」 横目で様子を見た慧介、再び前を見る。 もう、敵は慌てていない。 こちらを迎撃すべく丘を駆け下りていた。 矢も飛んできているが、槍を前に突っ込んでくる者もいる。 対する慧介、いつもの殲刀「秋水清光」。 武器の長さの差が酷い。 「そう思って安心して攻撃してくれると嬉しいかな?」 いつもどこ吹く風の慧介、秋水清光をゆらりと構えて……。 ――ごうっ! 瞬風波を放った。 油断した敵にモロに入る。 自身は、放った風の勢いも利して横に逸れている。 これが開戦の合図となる。 無論、後続が来ているが……。 「燎幻?!」 果敢に燎幻が前に出激しい炎を身に纏い、高速回転。炎を振り撒き主人のために牽制する。 慧介の後続は。 ――ごうん……。 黒い機体の構える真紅の銃がついに火を噴いていた。 ニクス、いつもの白金から今回だけ黒に塗り替えたエスポワールで長距離射撃。大地の土が跳ね、高速走行をしていた敵の霊騎がひひんと歩を止める。 「陳新、着心地はどうだ?」 幸久は志体のない陳新に馬を寄せた。事前に忍帷子「風魔」を貸していたのだ。 「大丈夫。無茶はしない」 雨射で弓「瑞雲」の射程を延ばし射る幸久の技に注目しながら陳新が頷く。 そこに新たに呼子笛も投げ渡された。 「義賊団の撤退の合図は知っているな? 機会を見極めて吹くんだ此処で学んだ事が無駄じゃなかった証に」 それだけ言い残し、幸久は前に駆けた。 「ちくしょー。遠距離戦は苦手なんだよナァ」 「近寄られたら頼りにするわね」 嘆く烈花の前に真名が庇うように出る。陰陽外套「図南ノ翼」をひらめかせると迫り来る敵に氷龍を放つ。 それでも敵は速度を変えて接近する。 「こういう技もある」 蒼羅も護衛についていた。 斬竜刀「天墜」を風を巻くように振るい、瞬風波。敵の霊騎を狙って牽制する。 「やるね、蒼兄ィ」 「烈花もこれからいろんなスキルを身に着けるといい」 目を細め、はしゃぐ烈花を見る。 「あとは、一発かましてやればいいわけだ」 飛鈴は馬首を巡らせた。 「雑技団の連中の護衛と回復……いや、賑やかしだナ」 『んむ、まかせておくがよい』 狐鈴にそれだけ言い残して馬を走らせる。 「あ…飛鈴さん?」 気付いて振り向く霞澄。どぉん、と焙烙玉を炸裂させて敵の馬をびっくりさせていた。 「護衛は任せタ」 護衛に専念するつもりらしい仲間を尻目に、先行して後続が逃げる時間稼ぎの戦闘を展開する洪白翌の部隊を目指した。 ● 戦場は、先行した洪白翌部隊。 「……専守防衛の土地の軍にしては、やる!」 白翌、槍をぶん回しながら食いしばった歯の間から吐き捨てている。 「長引かせてくれましたよね」 瞬膳はこの攻撃を受けていなし、距離を取った。 「まあな……よし、もういいぞ!」 これを機に撤退の、というより脱出に切り替えるよう指示を出した。 しかし、動く者は少ない。 瞬膳たちが巧みに動き逃がしてくれないのだ。少数の奇襲を止められ、冷静に対処されている。 「畜生!」 白翌、戦うしかない。 もちろん、これまでどおり引いては受け、引かれれば寄せるを繰り返した瞬膳だが……。 「ん?」 今度は念入りに引いた。 ひゅん、と矢が通り過ぎる。 「いい勘をしてるみたいだね」 遠くから幸久が狙ったのだ。 それだけではない。 「隊長だナ」 飛鈴が苦無「獄導」を周囲に適当に投げて牽制しつつ一直線に迫っている! 「新手か」 「馬の上からじゃ馬に悪いしナ」 瞬膳が気付いて槍を構えたところで飛鈴、なんと馬から飛び降りた。 そのまま大地を這うように低姿勢で走り寄ると……。 「馬に悪いしナ」 トリッキーな動きで飛び上がり、真っ赤な炎に包まれた腕を目一杯引いた。 ――ケーン! 炎が鳳凰の羽ばたきのように広がり、けたたましい鳴き声を響かせ体重を乗せた拳を繰り出す! しかしッ! 「おわっ!」 瞬膳、槍で受けつつ落馬してかわした。 いや、勢いで槍を取り落としている。すぐさま膝立ちになって腰の剣を抜いたが。 「隊長!」 親衛隊がすぐさま馬体を入れて護衛に入る。 「お、賢いナ」 飛鈴、馬がすぐに戻ってきて驚いている。瞬膳の馬もそうだ。すぐに乗る。 一方、白翌。 「洪白翌氏か?」 幸久が馬を寄せていた。 「そうだ」 「すぐに白陽へ」 頷く白翌に進言する。 「あん?」 「白陽には前回の貸しがある。ある程度は手を貸して貰えるかも知れない。……もう一度、子供達と会うんだろう? あの子達は俺たちが連れて帰る安心してくれ」 幸久、ここで例の恩義の話を持ち出した。 「あの子らだけじゃない。もう一度会うのはここに来た義賊団の仲間すべてだ。皆、孤児から立派に成長した、『必要な子供達』だ」 白翌、大きく声を出して南を指し示した。気付いた周りの義賊団が南へと進路を取る。 敵の親衛隊もこの動きに呼応。 「馬鹿馬鹿しい、戻るゾ」 ここで飛鈴がやって来た。 「馬鹿馬鹿しい?」 「消耗戦をする気はないナ。のらりくらりダ」 聞き返した幸久に肩を竦める飛鈴。彼女としては正面から打ち合いたかったようでもある。 こちら、開拓者後続。 「そう……ありがとう、ヴァルさん」 花束を投げ放つように手を高々と上げていた霞澄の下に、小鳥から姿を戻したヴァルコイネンが戻ってきた。愛束花で皆を回復した後の主人の腕に巻きつくようにしていつもの居場所に戻る。そして霞澄に偵察の結果を報告。 「白翌さんたちは南に向かったようです…」 「雪姉さん、分かった」 うん、と頷く陳新。呼子笛を吹き鳴らす。 「撤退か。……進路は北へ。目指すは砦、か」 振り向いた慧介が戻ってくる。敵も引き始めている。 「撤退はいいが……ニクスはどうするつもりだ?」 「何とかするでしょ? そのつもりでアーマー出したんでしょうし」 心配する蒼羅だが、真名は意にも介さない。 その、ニクス。 目立つ分徹底的に狙われていた。 「アーマーとて回避できない訳じゃない」 動体感知を活用して、裏に回りこまれないようこまめに動く。 それだけではなく、位置取りを変える踏み込みをわざと力強くして牽制する攻めの防御を見せる。 結構やられたがいまだ転倒していない。 おかげで皆への攻撃はやや少なくなり、撤退する今もかなり楽になっている。 その、撤退しつつある味方。 「ねえ、狐耳姉さん」 真名がびっくりしたのは、烈花がいつもと違う呼び方をして泣きそうな目で背後のエスポワールを指差していたから。 「安心して。ニクスはちゃんと付いてくるわ」 真名がそう諭した時だった。 どんっ、とエスポワールが加速したのだ。 「……オーラ、ダッシュ?」 「そうだな。敵も引き際を弁えたらしい」 前も見た光景に、スキルの名前を呟く闘国。うむ、と頷く蒼羅。 「勝ち戦で怪我をしては割りにあわんだろう?」 操縦席では、ニクスはそう呟いていたという。 ● その後。 「何だ? 敵襲にしては随分小部隊だが」 南那北部で紅風馬軍の頭領、紅風山千(コウフウ・サンセン)は眉を捻じ曲げていた。 椀那側から請われて北の砦を突破し、眞那攻撃に参戦すべく南進していたところ、真っ直ぐ向かってくる騎馬部隊を遠くに捉えていた。 開拓者と香鈴雑技団である。 「装備がばらばらで組織立った動きではないです。逃げているんですかね」 「貴人や宝物を載せた馬車などはいるか?」 部下の報告に語気を強くする山千。 「いえ。……馬に乗った子どもを庇ってはいるようですが、貴人ではなさそうです」 「逃げ、か。瞬膳の野郎、俺たちに援軍を要請しておいて、到着する前に決着を付ける気か?」 ぎり、と鬼のような形相をする山千。 「……んなこたぁさせんぞ! 全軍、速度を上げろ。目の前の雑魚どもに構うな。一発で蹴散らして眞那へなだれ込め!」 本気になった馬賊が最大戦速で駆けて来る。 こちら、開拓者たち。 「ど、どうしましょう…」 霞澄が右手を胸の前に当てて聞いた。すでに紅風馬軍が前にいることを察知している。 というか、この間に速度を上げて突っ込んできているのだ。 「この先に『北の砦』があるのだろう?」 馬上のニクス、暗に収めたエスポワールを温存したいことを伝える。 「そうだね。こんなところでもたもたしてられない」 慧介が頷く。 「最初は時間稼ぎだったが、今は脱出。時間を掛けるものでもない」 「いいダロ」 蒼羅が言い切り、飛鈴が手短に了承した。 「じゃ、行きましょう」 真名が前に出る。 終始無言の幸久、弓を構える。 もう、馬軍は目の前だ。 「派手にいくよ、紅印!」 真名、狐獣人変化を解いて現れた玉狐天に声を掛けて冷気を纏う龍のような式を召喚。紅印の方は銀色に輝く九つの尻尾を妖しく揺らめかした。 「驚きなさい。『氷炎乱華』!」 ごう、と龍の式が冷気を一直線に吐き、紅印の九尾炎の炎が寄り添うように舞い乱れ物凄い勢いで迫りくる紅風馬軍を襲った。 「くっ……こいつらぁ!」 「まずい。敵に勢いがある」 矢を射掛けていた幸久、危機感を覚え雑技の子供たちに身を寄せた。 「正念場だな」 蒼羅、鋭く前を見据えた。そこに飄霖が舞い降り、きらめく光となって主人の持つ斬竜刀「天墜」と同化した。 「蒼羅さん、前然さん。結界の加護を…」 「雪姉ェ、ありがとう」 慌てて霞澄が加護結界。前然、感謝して前に出る。 それを抑えるように蒼羅が前に出た。 「前然、霞澄、ついて来い。真名の空けた穴からまかり通る」 そのまま接敵。激しい攻撃が来る。 蒼羅、掠った肌から血をにじませながらも雪折で道を作る。 「燎幻?」 慧介は相棒の様子を気にした。 鬼火玉は、「やばい。強い。帰って寝たい」と言ってるかのように身を震わせていたが、主人の視線に気付いた。いや、陳新の視線にも気付いた。 ぶる、と身を震わせる。炎が湧き立った。 まるで「頑張って皆で帰ろう」と言うが如く。 「よし。遊火や火炎閃光で攪乱してくれ」 慧介、相棒を信じ敵に向かう。 ――どどどどど……。 戦いは、ほぼ一瞬だった。 紅風馬軍は、開拓者たちが要人でも豊かな物資を運んでいるのでもない、脱出組と見たようだった。すれ違いざまの攻撃だけで、目指す眞那へと一直線だ。 ただし、その勢いと防御力、そして攻撃力は凄まじいものがあった。 『おわんのか?』 「戻ってどうすんダ?」 馬軍の駆け抜けたほうを振り返り、狐鈴が主人に聞いてみる。飛鈴の返事がつれないのは、離脱に手裏剣を投げただけで山千と戦えなかったのが原因だ。 ニクスは草原に長い足を投げ出していた。 「ニクス、大丈夫」 「ああ。次はどうでもエスポワールを出すさ」 落馬したニクスの様子はごく普通で、声を掛けた真名はほっとした。 こちらは、前然と霞澄。 「前然さん達が義賊団に入ったのは以前から知っていましたが、人と人の争いに関与するべきでは無いと思い、ここに来るのは控えていました…」 「優しいね、雪姉ェは」 霞澄は、やはり落馬した前然の横に座って優しく話し掛けていた。 「皆さん、無事でほっとしました。訓陶さん、そして白翌さんに感謝を…。そして皆で帰りましょう、神楽の都へ…」 眩しそうに自分を見る前然に、霞澄は優しく、柔らかく微笑した。 そして、陳新。 「そう…洪さんは養子にした香者だけでなく、陳新たちみんなも家族のように見てくれてたんだね。負けちゃったのは残念だけど、洪さんが生きてるならまた何度でも頑張れるよね」 慧介が隣に座って優しく陳新に話し掛けている。 「ええ。ちょっと誤解してました。……凄い人なんだなあって、改めて」 「それじゃ、帰ろうか。在恋達が待ってるよ」 立ち上がった慧介、相棒にも「よくやったよ」。燎幻はこれを聞いて、ぼぼぼと燃え盛る。 「急ぐぞ」 「おお」 蒼羅と烈花は元気なまま。再出発を促す。 「闘国?」 幸久は、どこかしんみりしていた。 「はい?」 「…訓陶氏は自分の首で内乱を終らせるのだろうか」 闘国、無言。 意識的に、気にしないようにしていた話題だった。 ● そして、北の砦。 『ほんけのたかとちがって、わたいならことばでせつめいできるしのー』 むふふん、と狐鈴が薄い胸を張っている。 人魂で鷹に変身し、様子を探ってきたのだ。 「で、どうなんダ?」 イラっ、として飛鈴が聞く。 『せんいそうしつちゅう』 「よし、一気に出る」 ニクス、生き生きとしてエスポワールを起動。偽装で黒く塗っていたが、これまでの激しい戦いでところどころ白金の元の色が出ている。 「霞澄、いざとなったらお願いね」 真名は振り返って回復役を頼り、前に出るべく動き出す。 「はい」 「でも、雪姉ェは誰に頼ればいいンだ?」 霞澄、唇を尖らせた烈花ににっこり。 「雑技団の皆さんとヴァルさんにお願いしましょうか…」 最後の戦いは、あっけなかった。 「駆鎧は大丈夫そうだな」 援護する幸久は、主に弓兵を狙っていた。 ――ゴゥン! 「アーマーに射撃されると焦るだろう?」 エスポワールの中で、ニクスがニヤリ。 狙った敵は盾で耐えたが、その横で飛鈴が練り上げた気を全身に張り巡らせふわりと跳躍しているのを確認したからだ。 「飛鈴の奥義…だったな」 何と言ったか、と口ごもる。 「これでも食らってロ」 飛鈴は奥義の名を口にしない。 が、すぐに分かった。 稲妻をも切り裂くかのような鋭い蹴りが敵の関節に入り、あまりの蹴りの早さに衝撃が反対側に突き抜けたような幻を見るようだった。 「雷斬脚…か」 ニクスの見る前で敵アーマーが倒れ、飛鈴が綺麗に着地していた。 「時間を掛けるわけにはいかないんでね」 慧介は殲刀「秋水清光」で三連突き。隠逸華で敵アーマーを黙らせる。 「追撃を受ける可能性がある。機動力を潰せ!」 蒼羅は霊騎狙い。 背後では真名と紅印の氷炎乱華が猛威を振るっている。 そして。 「思うんだ。よそ者を嫌うとしても、一度外に出た身内が何かを得て戻ってくるなら…あるいはってさ」 突破した北の砦を遠く見ていた幸久が背中越しにそうこぼした。ぽり、と練力回復の豆をかじっている。 「そうだね。小鳥兄ィ」 烈花は今まで決めかねていた幸久のあだ名を決めたようだ。 南に向かった義賊団は無事に船を借りて脱出できたという。 |