狙われたイノシシ
マスター名:瀬川潮
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: 普通
参加人数: 7人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2009/12/14 19:40



■オープニング本文

 寒い。
 秋も終わりこれから寒くなるのは当然のことではあるが、それにしても寒い。比較的今年の秋は穏やかな天気が続いていたので体感として余計に寒く感じるのかもしれない。
 開拓者ギルドに出入りする開拓者たちの反応は、なべてそのようなものだ。温泉に絡む依頼がもてはやされているのも当然だろう。
「ほう。ぼたん鍋」
 ある開拓者が、一枚の依頼書を見ながら声を弾ませた。
「ぼたん鍋‥‥」
 その言葉に反応したほかの開拓者が顔を上げ、言葉を口にしてみる。
「おお、ぼたん鍋」
 別の開拓者も声にしてみる。
「むむ、ぼたん鍋」
「ぼたん鍋かァ」
「ぼたん鍋ね♪」
「ぼたん鍋♭」
「ぼたん鍋、ぼたん鍋!」
 ある者は遠くを見るように、ある女性はえくぼに人差し指を添え考える風に、ある年配者は唸るように、ある若輩者は頬を上気させ飛び跳ねながら‥‥。
 開拓者ギルドは、「ぼたん鍋、ぼたん鍋!」の大合唱で沸騰するのだった。

 時は数日、遡る。
 とある場所の、山裾にあるとある村。
 毎年イノシシ被害に悩まされるのだが、今年はどうしたものか被害もなく農作物はよく取れた。
 それはそれで良いことではあるが、寒さが増すとある問題が発生する。
「ことしゃあ、イノシシがおらんけんぼたん鍋もできんのう」
 食と暖を一度にとることができる季節料理が、味わえないのだ。
「狩りに行っても、いつもおるようなところにおらん。どうしたもんじゃ」
 里に下りて来ないばかりか、里山にも姿を見かけないと言う。
「里山にえさが豊富で下りて来ん、というわけじゃないということか」
 いつもなら、畑に被害がなければ里山にえさが豊富で、そこにいるのであるが。
「まさか‥‥」
 寄り合いで一人の民がぶるっと身を振るわせる。
「今年は鬼がおるのかもしれん」
 過去にも同じ現象はあった。その時の原因は、鬼だった。
「鬼が食いよるんか!」
「間違いなかろう」
 瞬間、寄り合いは憤怒で沸騰したッ!
「わしらのイノシシ、食いよるんか」
「何さらすか、鬼ども」
「余計なことしくさりおってぇ〜」
「おい! わしらのイノシシ、守るでぇ」
「おおよ。鬼どもを退治して、わしらのイノシシを保護するんじゃあ」
 食い物の恨みは恐ろしいようで、異様な盛り上がりを見せる。このあたりのイノシシは通常、大柄ではなくあまり凶暴でなく、襲われるなどの意味では怖れられてはいない。‥‥ところで、ボタン鍋にして食うのだから「守る」とか「保護する」とかはないだろうに。
「ほんじゃ早速、開拓者に依頼するでぇ」
 おお、と一同。食い物の恨みはともかく、鬼の恐ろしさは知っているようだ。

 時と場所は戻り、開拓者ギルド。
「当然この依頼、ぼたん鍋が振舞われるんだよな」
「え、ええ。イノシシがいて狩ることができれば」
 開拓者の剣幕に押されながら、担当者が答える。
「イノシシがいないというオチは、ないな?」
「山奥に足を伸ばして調べると、痕跡はあったそうです。‥‥鬼の痕跡も、ですが」
「よっしゃあ!」
 というわけで、急げ!
 ちなみに、依頼をざっくり要約すると「鬼退治とイノシシ狩り、ぼたん鍋付き」である。


■参加者一覧
朝比奈 空(ia0086
21歳・女・魔
土橋 ゆあ(ia0108
16歳・女・陰
那木 照日(ia0623
16歳・男・サ
篠田 紅雪(ia0704
21歳・女・サ
天河 ふしぎ(ia1037
17歳・男・シ
月酌 幻鬼(ia4931
30歳・男・サ
趙 彩虹(ia8292
21歳・女・泰


■リプレイ本文


「人間程度の大きさの鬼と言うが、はたしておっさんは人間程度の大きさなのかねぇ」
 木々茂る山中の道で、月酌幻鬼(ia4931)が酒を飲みながら、いい気分だった。すでに開拓者たちは依頼のあった村に到着し、作戦行動に入っている。
「さあ? 幻鬼殿には期待するが‥‥」
 篠田紅雪(ia0704)は、人間としては破格の大きさである幻鬼の横を歩いていた。そこまで言ってちらと幻鬼の酒を見る。特に気分を害しているというわけではなそうだが、多くは語らない。ちなみに、紅雪も女性にしては長身だ。
「気付けの酒さぁ。おっさん、これがないと駄目でなぁ」
 紅雪が酒を見ている事に気付いた幻鬼。ニヤニヤと説明する。
「鬼を退治しに来たんだ。やる気を出さねぇとなぁ」
「そうですね。ぼたん鍋が待ってます。鬼は手早く片付けてしまうとしましょうか‥‥」
 ひょい、と話の流れを引き寄せる朝比奈空(ia0086)。冷静そのもの。
「寒いのには慣れてますが、温かいものはやはり食べたいものですよね‥‥」
 土橋ゆあ(ia0108)が呟くように続き、紅雪を見る。同意を促しているのだ。
「さて、どうだろうな‥‥?」
 ふ、と微笑する紅雪。果たして何が動機でやって来たのか。知るは腰に差した愛用の煙管だけかもしれない。
「そうそう。まずは鬼を片付けてしまわんとなぁ」
 おっさん、あ、いや、幻鬼が代わりに同意した。あれから酒は口にしていない。すでにやる気は満々のようだ。
 ここで、四人の前方から大声が響いた。

 時は若干、溯る。
「ふんふんふん♪」
 村に近い、人の手が入っている里山の道を開拓者三人が歩いていた。前述の四人が後方部隊で、こちらは先行部隊だ。
「ぼたん鍋♪」
 鼻歌交じりで歩いていたのは、趙彩虹(ia8292)だった。彼女の言葉に那木照日(ia0623)と天河ふしぎ(ia1037)が驚いたように振り返る。
「‥‥けふん。村人の楽しみを奪う鬼は退治しなければなりませんよね」
 普段クールな彩虹、この時ばかりは真っ赤になって取り繕う。
「おおっ。鬼達を退治して、猪狩りに挑戦し、美味しいぼたん鍋を食べる!」
 ふしぎは、普段通り元気いっぱい。照日は無言で彼女、もとい、彼・ふしぎをじっと見る。他意はない。いつもの彼女、もとい、彼・照日だった。
「べっ、別に僕が、ぼたん鍋をお腹いっぱい食べたいからってわけじゃ、無いんだからなっ!」
 照日の視線に、あくまで村人さん達のためと強調するふしぎ。誤解されたことを悟った照日は、「あわわ」と慌てたかと思うと、こくこくと肯くのだった。
「あ、そろそろですね」
 主に足跡に注意しながら索敵していた彩虹が、手近な樹木の幹に持参した炭で×印を書いた。後続部隊への道標だ。
「おっ。ちょっと静かに」
 不意に、ふしぎが腰を落とした。‥‥とはいえ、背中の旗が目立っているといえば目立っている。本人談では、「いつもはドクロの旗だけど、今回は鬼退治の伝統に則ってみたんだ」とにっこり。文字は元気良く、「天儀一」。
「ふしぎ、どうしました?」
 照日が周囲に気を配りながら聞く。
「このゴーグルが全てを見通すんだからなっ!」
 皮兜上部に手を当て、ふしぎ、心・眼!
「いたッ! 多分鬼三匹」
 木々のほんの狭い隙間の向こうの異変も見逃さない。
「鬼さんこちらッ!」
 びっくり、した。彩虹とふしぎが。
「‥‥手の鳴る方へ‥‥」
 照日の咆哮で、一瞬ののちにはいつもの照日に戻っていたのだが。
 そして、鬼が殺到するっ。


 もしかしたらこの時、開拓者たちは異変に気付いていたのかもしれない。
「鬼達が狩りをしてるなら、猪がいる所にいると思うんだ」
 とは、ふしぎの言葉。村で事前に猪の居場所について聞いていた。
 結果は、「里山にはいないので、奥の山になる」とのこと。
 つまり、まだ里山であるここで遭遇するはずはなかったのだ。
 しかし、いた。
 ともかく、戦闘である。
「あわわわわ」
 照日を筆頭に、逃げる。
 追うは、筋肉は盛り上がりがっしりした体格の鬼。世にも恐ろしい形相で、手にした棍棒を振り回し軽やかな移動を見せる。開拓者との距離は詰まるが、最初に距離が離れすぎていたため追い付くには時間がかかっている。
「‥‥来ましたね」
 逃げていた彩虹の口の端が緩む。後方部隊の駆け付ける姿が見えたのだ。
「空気撃っ」
 きききと止まったかと思うと、殺到する鬼に手甲・飛手の拳を見舞う。どうと転倒する鬼。
「紅・葉・剣‥‥Vの字斬りっ!」
 この隙に、もらったとばかりふしぎが突っ込む。必殺の意気込み。燐光散らす紅蓮紅葉の斬馬刀が派手にうなる。起き上がり際の鬼に成す術はない。
「んっ」
 両刀の照日は、十字組受けで鬼の棍棒を防いでいた。続けて、左右同時攻撃を見舞う。
「肆連撃・爻(シャオ)」
 なんと、さらに踏み込み連続弐連撃に行く。
「鬼には鬼を‥‥おっさん達が相手さねぇ。精一杯戦い散れ。ガキ共」
「『羅漢』、出番だ」
 ここで、後続部隊前衛が最前線突入。太刀の幻鬼と槍の紅雪だ。たちまち、激しい突撃と槍さばきで敵を圧倒する。
(‥‥予定通り、数的優位をもって戦えていますね)
 手裏剣などで後方援護をしていた朝比奈は、戦いが当初予定の通りに進んだ事にほっとしていた。
 そう。予定。
 ここで彼女が瘴索結界で索敵をしたのは、敵に挟まれた場合などさまざまな戦況を想定したことを思い出したから。その予定では、交戦中に新たな敵との遭遇の可能性も、入っていたのだ。
「アヤカシ?」
 そして、新たな敵の出現に気付くのだったッ!


「イノシシ?」
 朝比奈の言葉に気付いたのは、やはり後方で戦況を見ながら戦っていた土橋ゆあだった。金の長髪を躍らせ体の向きを変え、構える。
「霊魂砲‥‥」
 猪突猛進してくる狂暴な面構えをした化猪に、霊魂砲射撃。
「清浄なる炎よ‥‥其の力を以て邪なる者を焼く尽くせ!」
 朝比奈も奥の手、浄炎を出す。
 しかし、化猪の闘志は消えることはない。ざりっ、ざりっと大地を慣らし次なる突貫へと準備する。
「うまく落ちて‥‥」
 ゆあが続けて岩首を落とす。丸々とした、いや、まさしく丸顔の人のような形をした岩が空中に出現し、どすんと落下した。見事、化猪に命中する。
「はっ!」
 対鬼戦では、彩虹が大地をしっかり踏み込んで鉄拳をぶち込んでいた。これが止めとなる。
 確かな手ごたえが拳から伝わるが、鬼の姿はふっと黒い雲のようになり、地面へと下がっていきやがて土中に吸い込まれるように消えた。
 他の開拓者が退治した鬼も、同じ様子。
 唯一、化猪だけがどうと倒れ死体を晒した。
「これはつまり、このイノシシがアヤカシに取り付かれていたということだな?」
 彩虹の言うとおりである。というか、それは見たまま。
「ふむ」
 とは、紅雪。勘違いしてはいけない。これは「まあ、こんなものか」という、退治した鬼の手ごたえの話だ。イノシシの話ではない。
 まずは鬼を一掃する予定だったが、図らずもイノシシを狩ることができたので一旦村に戻る開拓者たちであった。

 しかし、村にて。
「もしかしたら、里山にイノシシがおらんなって、今度は村が狙われとったのかもしれん」
 とは、村人たち。以前は「鬼ども、わしらのイノシシに余計なことをしくさって〜」と怒りに燃えていたが、今度は自分たちが標的かもしれないと分かると手の平を返したように震え上がる一方だった。
 再び里山に出向く開拓者。
 呼子笛が響き、紅雪の咆哮が響き渡る。
「ほれ、ぼさっとしとると、首が刎ね飛ぶぞ?」
 今度は後方部隊が鬼の一団と遭遇していた。幻鬼が嬉々として迎撃する。が、地断撃後に突出したため少々痛い目を見る。
「精霊よ‥‥癒しの風の恵みを」
(あ‥‥。今なら命中しやすいかも)
 朝比奈の神風恩寵による回復援護に、ゆあの岩首落とし。
「抜かせん!」
 紅雪はどっしり腰を落とし、槍構の技術で凌ぐ。
 やがて、先行部隊が到着。きっちりと止めを刺す。
「生まれ変わって、いつか酒を交わそうぞ‥‥」
 鬼の死んだところへ、幻鬼はそう言いながら酒をかける。
「さぁ、もう鬼はいないでしょう」
 彩虹の言うとおり、ほぼ一帯の鬼はこれで一掃された。
「べっ、別に僕、さっきからお腹なりっぱなしとか、ぼたん鍋の事ばっか考えてたわけじゃ、無いんだからなっ!」
 真っ赤になって肯定、もとい否定するのは、ふしぎ。
(帰ったら、一杯やるか‥‥)
 そんなにぎやかな仲間を傍らに、沈みゆく夕日を見上げしみじみ思う紅雪であった。


「ようやってくれた。さあさ、夕げの支度がしてあるのでごゆるりとしてください」
 村に帰ると、すでにボタン鍋の用意がしてあった。薄切りされた赤身の肉が皿に盛られる様は、たとえて牡丹の花のようであった。
「あ‥‥。えっと、もう入れていいのですか」
 土橋ゆあ、16歳。女性。
 料理は、苦手だったりする。
 先に「味付けとか重要なことは‥‥」など、逃げを打ったまでは良かったが、すでに鍋の味付けはされていたのが計算外だった。誰が言ったか、「じゃあ、味付けはいいからお肉入れて」と。皿の中央から取るか端から取るかといった些細なことに迷ったり。
(お鍋、一つですか‥‥)
 内心残念そうなのは、彩虹。故郷の泰式、辛い鍋を用意したかったのだ。村人と一緒に改めて狩りに行く次の日以降の楽しみになるかな?
「お、良い匂い」
「おおい、呑めるのは集まれ集まれ。お前さん、実はいける口だろう」
「あ、いや‥‥」
 くんくんと鼻をきかせるふしぎに、とにかく楽しく酒をやりたい幻鬼。紅雪は何だか酒を辞退しているが、さて。
 やがて、鍋のふたが取られた。
 もふんと上がる蒸気。
 鼻をくすぐるふくよかな香り。
「はふはふ‥‥、美味しい‥‥。これ、屋敷にも持って帰れるでしょうか‥‥?」
「ふふっ。自分で狩った猪での鍋は美味しさもひとしおですね‥‥」
 照日は、あったか滋味たっぷりの肉をほおばって満面の笑顔。 それを見た朝比奈もにっこり。
「ちぇっ。僕も鬼だけじゃなくイノシシ退治もしたかったな」
「うむ、絶品さねぇ。おっさん感動だ」
 残念がりながらも「うまい」を連発するふしぎと、きゅっとやりながらしみじみ言葉を搾り出す、幻鬼。
(ちょっと、硬いですか)
 小食のゆあは、もそもそと食べながらそんなことを思ったり。
「あら、あんたら。ボタン鍋は話を楽しみながらゆっくり食べるものよ」
 追加の食材を持ってきた村のおばちゃんが、そんなことを言う。どうやら、煮込めば煮込むほど肉が柔らかくなるのだそうだ。
「じゃあねぇ、次は辛くしてみましょ」
 彩虹が調味料を取り出していろいろはじめた。というか彩虹さん、微妙に口調が変わってますよ。
「おう。おっさん、楽しみだ」
 幻月が、彩虹の近くにあった猪口に酌をする。‥‥どうやら彩虹、呑んだらしい。普段クールな彼女はどこにいった。
「ん。‥‥確かに柔らかくなった」
 箸の先で摘んだイノシシの肉を食べながら、紅雪。じっくり味わった後、きゅっと猪口を傾けたりするのだった。

 翌日、村人ととにもイノシシ狩りに出掛けた。
 遭遇したのはすべて化猪だったようだ。
 開拓者は存分に働いたという。