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■オープニング本文 何時の頃だったか、姉代わりでもある里長が言っていた事がある。 兎にも角にも、金は天下の回りもの。何時、如何なる時、自身に貧困が襲ってくるか分からない。 それならば、回るよりも早く、金を稼げば良いだけの事。金が全て。 「お給料貰えなかったらぁ〜、この籠の里も終わりですしねぇ〜」 と、里長の口調を真似して呟く。怠けた口調だが、言ってる事は何とも。 しかし、実質彼女の指揮の下、里は上手く回っていた。 規模は小さくとも、貧しくはなかった。寧ろ、少し裕福な方だったのかもしれない。 こうして彼方此方を転々としていると分かる。一年程だが、色々な所を見てきたのだ。 間違い無く、籠よりも貧しい村は沢山在った。 眼下に広がった村も、その例には漏れないのだろう。 まぁ、もしかすれば――自分のお陰でほんの少しだけ、少しだけ豊かになるかもしれないのだが。 昨日の事である。 諸事情に因り、燕子は金を稼ごうと神楽の都の開拓者ギルドに立ち寄った。 「あら、燕子ちゃん。この頃、精が出るわね」 大路と言う職員に声を掛けられて、燕子は「あぁ」とだけ挨拶をした。 どうもぶっきらぼうだが、大路は気にした様子も無く、懐から依頼書を差し出したのだった。 「いや、今日中に燕子ちゃんが来たら、この依頼を進めようかなぁと思ってね」 大路は屈んで燕子に目線を合わせながら、なるべく優しい声色で「どうかな?」と問う。 燕子は差し出された依頼書を奪って、黙ったままそれを読み進める。 そうして一言。 「払いは特別高くないな。普段なら断ってるぞ」 そうなんだけれども、と大路は苦笑して頬を掻く。 「が、良くやったぞ、神子。まさか『飛空船』を見られる依頼を紹介してくれるなんてな!」 「まぁ、落ち着いて見学出来るかどうかは分からないけどね」 燕子は、一つ咳払いをして、大きく頷く。良いのだ、と。 「高いお給料は貰えないが、アタシにとってはそれと同等の価値が有る! 有難う! あ、有難う御座います!」 下見みたいなものかしら。大路は、はしゃぐ燕子の姿を見て、笑う。そして、思い出した様に一言。 「あ、保護者…じゃなくって、他の開拓者も一緒だからね?」 「今、保護者って言っただろ」 駆け出しかけた燕子は、ゆっくりと振向いて不服そうに頬を膨らませる。 大路が口を滑らせたのも、そりゃあ、仕方がない。 何と言っても、燕子は未だ十一の小娘なのだから。一応、シノビではあるのだが―― 危なっかしく、心配である事は間違いなかった。 眉間に皺を寄せて、険しい顔で睨まれても、そんな感想は決して拭えなかったのだ。 最近、村に集る空賊が居る。如何にかならんものか。村が食い潰されてしまう。 そんな事が書かれた依頼書を丸めて投げ捨てる。そうして、控えた開拓者達を見やって、頷く。 尊大な態度の燕子は、更に尊大な言葉を投げ掛ける。 「お前等、事は上手く運べよ?」 そうして、頭上に広がった空を指を差す。 その先には、件の空賊が乗っていると言う飛空船の姿が見えていた。 |
■参加者一覧
朝比奈 空(ia0086)
21歳・女・魔
琥龍 蒼羅(ib0214)
18歳・男・シ
九条・亮(ib3142)
16歳・女・泰
杉野 九寿重(ib3226)
16歳・女・志
ルー(ib4431)
19歳・女・志
沖田 嵐(ib5196)
17歳・女・サ
フランヴェル・ギーベリ(ib5897)
20歳・女・サ
アルバルク(ib6635)
38歳・男・砂 |
■リプレイ本文 頭上高くに見える黒い点。その船底を眺めて九条・亮(ib3142)は思う。 一介の賊如きが飛空船持ちだなんて。 だからこそ、空賊と呼ばれるのであるが―― 少々、納得のいかない事である。何となく壊してしまいたい気持ちも有る。 「まぁ、そういうのは呑み込んで」 お仕事しましょ、と呟く。 盗品等の事を考えれば、あまり飛空船自体に損傷を与えられないのだ。 飛び立つ際に、琥龍 蒼羅(ib0214)が言っていたのを思い出す。 その蒼羅と、他の仲間の居る遠くの方へと目を向ければ、日光が目を眩ませてくる。 彼らが別行動を取った理由は至極簡単、かつ適当な判断だったと言えよう。 陽動と突入。それらを分けて行えば、この作戦に置ける船内侵入は容易になるのだ。 「あまり乱暴はしたくありませんが」 杉野 九寿重(ib3226)が声を張って、蒼羅達へと確認する様に問う。 「抵抗してきたら止むを得ないでしょうか」 風を切って、同じ空域を飛ぶ姿は自分を含めて四人。その中には燕子の姿も在った。 「何も問題無いなっ」 盗品を全部取り返して、まぁ、あわよくばあれあれこれこれと。 それ以外も根こそぎ貰えれば、それはそれで僥倖と言うやつなのだろう。 燕子は、そんな意図を隠して言葉にしてみる。 「敵は賊。言ってみれば悪人なんだからな!」 とは言え、隠し切れる程に熟してはいない子供。九寿重は了解した振りをして頷く。 取り合えず、賊行為は許せるものではない事は確か。 抵抗するならば、有る程度の無力化は必要だと言う事だ。 「十一歳か…」 やんややんやと声を上げる燕子の後方を飛びながら、女は微笑む。 フランヴェル・ギーベリ(ib5897)は、燕子を見る目がどうも他の者とは違う。 口にしてしまいそうになりそうなのだ。美味しそ――いや、可愛いなぁ、と。 尊大で打算的な態度でさえも、彼女にとって魅力的な一面であると言える様だ。 「聞いてるのか? 良いか、今回の敵は金蔓的な空賊だからな!」 「はいはい、お嬢様」 そんな彼女達のやり取りを背に、蒼羅は手綱を片手に顎を擦る。 過去、似た様なシノビの女と共に戦った事が有った。まさか、関係者では? そんな感想を抱きつつ、蒼羅は徐々に近付いてくる敵影を睨んだ。 頭の悪い連中であっても、流石に気が付く。そんな距離にまで近付いていたのだった。 丞四郎が他の面々に追跡者の存在を知らせる。 彌六は丞四郎に船の舵取りを任せて、砲台へと走る。 「備え有れば、憂い無しってか」 そうして、砲身を叩いて気合を入れる。船体が傾いて、開拓者達の姿が視界に入る。 狙って、撃って、落とす。その時、彌六の思考は至って単調であった。 「普段通り…任せるぞ、陽淵」 蒼羅の言葉を聞くと、陽淵は叫び、前方より飛来する砲弾に備えた。 賊にしては乱雑ではなく、丁寧な射線を描いて此方に飛んできている。 前情報で聞いていた様に、精度は高く、当たったら面倒な事になりそうだった。 陽動隊は宙空で四散し、其々飛空船へとじわりじわりと距離を詰めていった。 しかし、どうも次弾の到着が予想よりも早かった。 蒼羅を狙ったその弾は明らかに初弾のすぐ後に放たれた物だ。 陽淵は当たらぬ様に大きく旋回をして、正面に船を捕捉する。 その蒼羅達を追い越す形で影が一つ。鷲獅鳥の白虎が前に出たのだ。 「船や大砲の設置されてる位置を考えれば、あの辺りが境界線だね!」 望遠鏡を片手にフランヴェルが声を上げる。九寿重は其処に向かって飛ぶ。 大砲の射線目一杯の所を飛び、狙われ易く、かつ避け易い位置に着けた。 九寿重は「良し」と頷くと、肉薄する様に白虎に加速を促す。 高速で飛来する砲弾を避け、何とか態勢を立て直す。 「来るぞ!」 燕子が叫ぶと、九寿重は確りと白虎に捕まり、振り落とされない様にする。 その様子を見て、フランヴェルが代わりに前へと出る。 近付かれるのを嫌って、飛空船は速度を上げつつ旋回している。 それでも、大砲の精度がそれ程落ちてないのは彌六の腕もあるのだろう。 強い風に息を止めて、フランヴェルは滑空艇の進路を変える。 「空賊め! 許さんぞ!」 そうして、フランヴェルはまた舵を切って急旋回する。 そうした働きによって、上手く此方に注意が向いている。 しかし、このままでは埒が明かない。蒼羅はそう感じると陽淵に一つ、指示を出のであった。 「このままなら私達の出番は無さそうね」 いつ菜は甲板の手摺に捕まりながら、余裕を滲ませて言う。 一郎太や二郎坊も彌六の手伝いをしながら、頷く。油断であった。 中々、此方に近付いて来ない開拓者の姿がそうさせていたのであったのだ。 勿論、近付かれたとしても乗り込ませない様にする自信だってあったのかもしれない。 そんな訳で、蒼羅と陽淵が砲弾を掻い潜ってきても、特に焦ったりする事は無かったのだ。 「上手く避けるなぁ」 「彌六さん、感心すんなって」 そうして、彌六が笑った時だった。船体が大きく揺れて、逆の方向に傾いたのだ。 如何した事かと、空賊達は丞四郎の方を向く。 「罠だ! ありゃ、囮ですよ!」 操舵に集中していた丞四郎だからこそ気付いたのかもしれない。 彌六達が相手している者とは、また別の、明らかに此方に向かってくる集団が。 彌六が舌打ちをすると、喜三郎が甲板まで出てきて、反対側の砲台へと向かう。 二郎坊に喜三郎の手伝いをする様に命じると、彌六には妙な焦りが生まれてきた。 小気味良い音と共に、船体側面にフランヴェルの射った一本の矢が刺さる。 「丞四郎! 来るぞぉ!」 何が、と言う暇は無かった。その前に船体が揺れたのだから。 先程の揺れと違ってこれは拙い揺れである事を各々が察知した。 九寿重の駆る白虎が放った真空刃だった。幸い、掠った程度だが当たれば厄介だ。 「もう、如何するの――」 いつ菜がそうやって叫び声を上げると同時に、もう一匹の鷲獅鳥が鳴く。 朝比奈 空(ia0086)の黒煉。その上で空は手を翳し、その身を白く輝かせていた。 丞四郎がそれに反応出来る訳も無く、飛んだ氷の矢や槍は次々に船の甲板へと降り注ぐ。 「してやられたっ!」 一郎太は早くも野太刀を抜いて、声を荒げて気を吐いた。 空の術式で一気に乱れ始めた様子の賊。その隙を衝いて、突入隊は攻勢に打って出た。 「上から突っ込め!」 アルバルク(ib6635)は沖田 嵐(ib5196)に指示を出すと、そのまま飛空船へと近付く。 他の突入隊も嵐に続いて上空へと飛ぶ。 「連中、負けはしねぇだろが…ってな」 空が攻撃している間に、アルバルクは船の外観を望遠鏡を使いながら探る。 当然だが未だに脱出する気配は無い。脱出しても、逃がすつもりも無かった。 サザーと自分であれば、それが可能なはずだ。己の得物の温度を確かめて、備えた。 甲板に降り立った嵐は開口一番、大声でこう言い放った。 「空賊共め! 大人しく降参しやがれ! さもないと手足の一本は覚悟してもらうぞ!」 甲板の板が軋み上がる様な嵐の闘気に当てられ、二郎坊が飛び出した。 十字槍の穂先を遮る様に、嵐は身の丈よりも大きい斧を振るった。 交差した影は甲高い金属音と共に火花を散らす。 その様子を見てルー(ib4431)と亮が強引に飛空船の上に滑空艇を滑り込ませる。 そして、ルーは辺りを見回して状況を確認する。 片方の大砲から、既に喜三郎と二郎坊は離れている。となれば、向かうべきはもう一方。 此処で食い止めるべきだ。そんな思いを胸に、駆け出す。 そのルーの後姿を見送って、また別の方向へと駆け出した亮。 厄介な人間から叩くのは、こういう乱戦の定石とも言える。狙うは巫女のいつ菜。 床を思い切り蹴って、いつ菜の懐まで一気に潜り込む。 「ちょっ…!」 いつ菜は手に持った杖で亮を牽制するが、所詮は並みの巫女程度の実力者の攻撃。 亮は構わず、右脚を大きく踏み込み、その右脚に体重を掛ける。 肘は杖の胴に当たり、そのままいつ菜を奥へと押し込む様に衝撃を与えたのだった。 競り合う嵐と二郎坊、亮に捉えられたいつ菜、恐らくルーは彌六と一郎太の下だろう。 喜三郎は悪態をつきつつも、船上での数の有利を上手く使おうと動く。 ルーを潰そうと考えたのだ。あちらを手早く片付けて、砲台に戻る。 一郎太を他の奴の所に回せば其方もカタが付くはず。 問題はそれをどれだけ迅速に行えるか、なのだが。 喜三郎は取り合えず動く事にした。が、しかし。事が上手く運べないのは世の常。 自身の進攻方向に灰色の球体が表れて、その空間を喰ってしまったのだ。 前後左右に術者の姿は無い。となれば、上。 「先程の女か…」 確かに、空と喜三郎の目は合った。 角度は有るが大砲でアレを先に落とそうか、如何か。 そう考えた所で喜三郎の足が数瞬止まる。それは好機だった。 鉛弾が一発、喜三郎の足元へと刺さったのだ。 見事な体捌きで相棒を乗りこなしたアルバルクだ。 その更なる隙を衝いて、空はダメ押しを大砲へと向けて落とした。 次の瞬間には、この船の強みである大砲一つを呑み込みながら灰色の球体は消える。 それを確認したアルバルクは、自身も一度船へと向かい、舵を如何にかしようとする。 空に援護を任せて、船上へと着地すると、アルバルクは丞四郎の下へと向かったのだった。 「来たぞ一郎太!」 「分かってるよ、任せろ!」 ルーの接近に気が付いた彌六の怒声に、一郎太は彌六で返すと野太刀を構えて走る。 一刀。ただの一刀で斬り伏せる自信は有る。 ぴりぴりとした感覚の中、ルーは向かってくる一郎太に向けて銃を構えた。 構えた、のだがそれを一郎太が察知するまでに少しの間が有った。 と言うよりも、ルーが得物を抜いたと気付いたのは撃たれた後だった。 馬鹿野郎が。彌六は舌打ちをすると、止むを得ず大砲の下から離れて銃を構える。 硝煙のニオイが風に流される中、遂にルーは彌六を大砲から引き剥がしたのだ。 仲間のフォローとしては的確だった。しかし、開拓者達にとって好機になったのだ。 「クソがっ!」 頭に血が上ったらしい一郎太がルーを斬り捨て様と間合いをを詰める。 ルーは密かにロングソードの柄に手を掛ける。 しかし、斬り合いになれば、膂力に差が有るので少々分が悪い事は確かだ。 一郎太は馬鹿なりに考えて、飛び込んだのだ。野性の勘に近いものがあるのだろう。 だからこそ、立ち止まった。 上空の龍から飛び降りて、割って間に入った人間が居るのだ。 蒼羅。自分と同じ様な野太刀を持ち、自分よりも線の細い開拓者だ。 蒼羅と一郎太は睨み合いながら、じりじりと間合いを計り始めたのだった。 ルーは即座に引金を引く。銃身が小さく跳ね、弾丸は一郎太の頬を掠め、彌六へと届く。 勿論、彌六もただ黙って撃たれる訳にはいかない。すぐさま大砲の陰に身を隠す。 そして、ルーの隙を窺がいつつ反撃すべく、銃を抜いた。 その交差する射線上で膠着しているのも危険だと判断した蒼羅は、少しずつ横にずれていく。 一郎太は、どんな考えも無かったのだろう。単に蒼羅に合わせて動いていく。 「鬱陶しいのよっ」 其処よりも船の頭に近い所で、転ばされてしまった状態のままいつ菜が声を上げる。 翳した手から放たれる光弾が亮を襲い、充分な衝撃を与える。 上手く防御出来たものの手痛い攻撃だ。 それでも、亮は逃がすまいと地面を蹴る。そして、いつ菜の懐へと再度潜り込んだのだ。 肘をいつ菜の胸、その中心部に向かって突き出そうとする。 しかし、寸での所でそれはかわされてしまう。 運良くいつ菜の読みが当たったと言うのもあるが、それ以外の要因の方が大きい。 眼前を払う様に、亮は手を左右に動かして、後ろへと跳ぶ。 喜三郎の術が、その視界を一時的に塞いだのだ。邪魔な黒い霧である。 しかし、亮は焦る事は無かった。 理由は一つ。 空の術が降り注いで揺れていた船体が、先程からあまりそうならなくなったのだ。 恐らく、この船の操舵権を奪ったからに違いない。 アルバルク、乗り込んできたフランヴェル、燕子が舵へと向かったのが見えたのだ。 これなら残った大砲が空に無力化されるのも時間の問題でもある。 何より、数は此方の方が上だ。もしかすれば、実力だってそうだ。 亮が焦る事はないのだった。 ほんの少し前。 嵐が斧を振り抜いて、見事に甲板を割る姿を眺めて、アルバルクは物陰に身を潜めた。 舵を取っているのは丞四郎一人。このまま強攻策を選択しても問題無い。 (「狙うのはお宝…ついでに船も船員もぶんどっちまうのも悪くねぇな」) 「まぁ、言いたい事は分かるぞ」 燕子は後ろに居るフランヴェルに気付かれぬ様に耳打ちをする。 「まぁ、アレだ。恐らくそういう好機は少ない。機を窺うぞ」 どっちが賊なのか。そんな思考の仕方だ。 (「しかし、このお嬢ちゃんは…若いのにしっかりしていると言うか」) しっかりし過ぎなのである。そういうのは嫌いではない、とは思うのだが。 「それじゃあ、まぁ」 フランヴェルにも目配せをして、アルバルクがタイミングを取る。 「行こうや」 「応っ」 「任せて」 結果、丞四郎に対する奇襲は成功した。 多数の手裏剣を抜き、向かってくる敵に投げたまでは良かった。 しかし、標的にしたフランヴェルは如何にも退く気配が無かった。 しかも、命中した手裏剣が致命傷になっていない。不退転の決意がそうさせたのだ。 燕子は抜き放った刀を丞四郎の太腿へと走らせる。 丞四郎は何とか、それを避けるが、抵抗もそれまで。次の瞬間には地に伏していた。 逆の太腿を深く斬られたのだ。フランヴェルは白銀の刀に付いた血を払う。 丞四郎はすぐに立ち上がろうとするが、首に当たった冷たい物に気付き動きを止める。 これは刃物だ。 見上げればアルバルクがニヤリと笑って立っている。 「それじゃあ、コイツと舵取りは任せた」 背中で言って、アルバルクはフランヴェルと燕子にこの場を託す事にした。 このまま空に戻って、脱出者が居ないか監視する為だ。 フランヴェルは頷いて丞四郎の腕を締め上げる。 「これを使おう」 燕子は持っていた手拭を丞四郎の手首に巻くと、簪を抜いて閂代わりにして刺した。 「あぁ…その髪型も美味しそうだ」 「美味くはないだろ。髪だぞ」 本音を隠しきれなかったフランヴェルを不思議そうに見て、溜息を吐く。 もさもさとした長髪は、確かに団子にしておかなければ邪魔なのかもしれない。 そう思うとアルバルクはその場を後にした。 喜三郎は早々に退散を決め込んだ。 未だ落ちてはいない。が、落ちるのは時間の問題なのではないかとも思ったのだ。 「よし…彼らには悪いが…このまま逃げて金や宝は一人占めだ」 船内に在る物は諦めても、問題無いくらいには拠点に隠して有る。 誰かが捕まって場所を自白する前に。自分が持って逃げようと思ったのだ。 滑空艇を引っ張り出して、船底にある脱出用の大扉を開ける。 そして、何の躊躇いも無く空へと身体ごと飛び出した。 が、甘かった。考えも、警戒の仕方も。 「…………」 空中に居ると言うのにも関わらず、冷たい視線を感じた喜三郎は左右を見回す。 そうして、その存在を思い出した。 拙い、と思う前に喜三郎は滑空艇を滑らせた。それでも遅かったのだが。 「迂闊ですね…落ちなさい」 本当に冷静な声は、正に灰色を連想させる様だ。 そんな事を考えながら喜三郎は呑まれた片翼部分を眺める。 そうして、引力とやらに身を任せる事にした。諦めたのだった。 空は落ちる喜三郎を眺めて、戻ってきたアルバルクにそれを任せた。 「そろそろでしょうか」 こういう脱出する者が出てきたと言う事は、此方の優勢である事は間違いない。 上手く捕縛するならば今が一番良いだろう。 空は黒煉を甲板へと急がせたのだった。 (「この鎧は違うよな」) その甲板では二郎坊を思い切り弾く嵐の姿が在った。 流石に盗品を足や手に、ましてや傷付く事が前提の鎧として着る訳が無い。 ならば、目の前の賊を叩き潰すのみだ。 そうするには、瞬息の間隙を作ったり、見つける必要が有る。 しかし、二郎坊は意外と冷静で、体力も有る。中々、隙を見せないのだ。 如何するか。そう悩んだ時だった。 「お覚悟!」 二郎坊の死角から九寿重が飛び出してきたのだった。 背中に背負う様に刀の柄を高々と上げると、二郎坊の兜目掛けて刀を振るう。 黒い刀身は薄っすらと桜色の斬線を描いて兜を裂く。 鈍い音と共に、二郎坊が足元をぐらつかせる。 「よっし!」 力を溜めるのに充分な時間が有った。嵐は気を吐いて、斧を振り上げる。 兎に角、戦闘不能に追い込めれば良い。 その一心を込めて、全身全力で斧を振り降ろす。 乾いた音が甲板の一部崩壊を伝えて、金属音が二郎坊の槍の裂傷を告げる。 狙った箇所が良かったのだ。運良く武器を潰せたのだ。 「きゃあっ!」 それと同時に悲鳴が聞こえ、反射的に嵐と九寿重は後ろへと退いた。 いつ菜が亮の一撃で吹き飛ばされてきたのだ。 二郎坊がそれを上手く受け止めると、折れた槍で戦う意思を見せる。 しかし、カチャリと言う音が耳元で鳴ったのに気が付けば動く事は出来なかった。 これ以上は無駄な抵抗と言う事なのだ。 「……彌六は如何した?」 「あの砲術師なら、大砲の近くで眠っているわ」 頬の掠り傷から滲んだ血を拭って、ルーは呟く様に言う。構えた銃は下ろさない。 そのルーの後ろには空の姿が在る。 「残りは…丁度、決着が着きそうよ」 視線の先には、一郎太と蒼羅である。 「おい、テメェは何故抜かねぇ」 蒼羅は一郎太との会話に応じる気配は無い。 「おい…」 反応の無い蒼羅に苛立ちを感じたのか、先に動いたのは一郎太だった。 剣速はその膂力の為か、尋常ではない速度だったが―― 「斬竜刀…抜刀両断」 鞘を刀身が擦る音。紅い燐光。重く、何かが崩れる音。火花の橙色。 「……俺の負け、だ……」 野太刀を折られ、どうやら心も折られた様だ。ただの馬鹿ではなかったと言う事だろう。 二郎坊といつ菜は黙ったまま、如何すべきか考えた。 が、何かの結論に辿り着く前に、記憶が途切れる事となってしまったのだ。 次に二人が目を覚ました時は、如何いう訳か逆さに吊るされていた。 勿論、他の仲間も同じ様に並んで吊られていた。 「さて、金目の物が有るなら全部喋っちまった方が楽だぜ?」 「おいおい、それじゃあ賊と変わらないぞ」 燕子はアルバルクの言い草に呆れつつも、代わって前に出てくる。 「金目の物の安全は保障しよう」 「いや、それもどうよ」 心底不思議そうに嵐の方を向くと燕子は首を傾げる。 そんな仕草も愛らしい。フランヴェルはニヤニヤしつつ、燕子を見守っている。 「船に在る物で全部のはずだが…」 彌六がぶっきらぼうに答えると、亮が数枚の紙を捲って溜息を吐く。 「どうやら、未だ足りない様ですけど?」 「確り探したんですけどねぇ」 九寿重がわざとらしく肩を揉む。その様子を見て、明らかに彌六の様子が変わる。 「まぁ、正直に答えないなら…」 空はそれだけ言うと、丞四郎の後ろに回る。 「な、何をするつもりですか…?」 「指を折っていこうかと」 「っ!? 彌六さん!!」 「良いぞ、やれやれー!」 焦る丞四郎と煽る燕子。そんな光景に彌六ではなく、いつ菜が折れたのだった。 その後、お宝も金も、売られてしまった物以外は無事に回収出来たと言う事だった。 燕子は色々な妨害(主に擽り)に有った為か、お宝を拝借する事は無かった。 嵐は「駆け出しの頃、懐かしい感じがする」と言いつつ、乾いた笑いを漏らすだけだったそうな。 |