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■オープニング本文 金は充分払う。そう言った男の顔を思い出す。 鶺鴒は顔の次に、その服装、刀等の身形をつぶさに思い出していく。 志士。その名の通り、志を持つ者、通す者。 思ってみれば、その誇りを護ろうとしたのだろう。合戦の途中だと言うのに、妙に小奇麗であった。 小規模な隠れ里とは言え、長である自分に対しての礼儀とでも言うのだろうか。 そう考えれば、少し申し訳無い気持ちが湧いてくる。が、その礼儀に使った金も報酬に乗せてくれれば―― そんな打算も生まれる。 鶺鴒は頬に手を当てて、改めて思った事を口に出して呟く。 「志士の偉い方とは〜、気が合いそうにないですねぇ〜」 仕事をする上でならば、大丈夫なのだろうけれども。いや、金に対する考え方が信念であればあるいは。 と、そこまで考えた所で鶺鴒は首を振るって苦笑する。それは万が一にも無い、と。 自分の考えはどうも俗過ぎるのではないのか、と。 北面と東房の関係性については、最早周知の事実である事は間違いない。 東房の成り立ちから考えれば、お互いの間に明るい関係が築ける訳もなく、それは今現在とて同じ事だ。 しかし、それでも志士達は、北面と言う国は、東房の力を必要としたのだ。 背に腹は変えられぬ、という事だろうか。国と言う誇りを護る為に、己と言う誇りを捨てたのだ。 使者を東房へと送ろう。 アヤカシとの戦いが激化していく中、志士達の下した決断は、彼らにとって歴史的に重大な事であった。 志士である自分達が向かっても、話はまともに聞いてはくれないだろう。 そういう訳で、開拓者に白羽の矢が立ったのだ。その案内役として呼ばれたのが鶺鴒。 報酬以上の働きをしない、しかし、報酬分の働きは遂行する。都合の良い人材であったという事だ。 「しかし、この書簡がそんな重要な物ですかぁ〜…」 まぁ、売れないだろう。売値が付かないだろう。 鶺鴒は溜息を吐くと、受け取った一つの書簡を眺めながら歩き始める。 とりあえず、使者として集められた開拓者達の下へと向かわねばならなかった。 東房国、不動寺周辺。最前線に位置する簡易屯所。その日、雲輪円真は朝から血を吐いた。 天儀天輪宗武僧派の長。それが円真であった。 原因不明の病に冒されながらも、戦闘集団の長に若くして就いた円真の実力は確かなもの。 己の力を無闇に振るう事なく、それに従う下の者達の事も考えればその統率力も充分。 しかし、天輪宗に害を為すものであれば徹底的に潰すとの話も有る。 危うさと苛烈さ、更に多くを語らぬその姿が武僧派僧侶の支持を集めているのかもしれない。 そんな円真が血を吐いたのだった。これで二日続けての事である。 どうにも具合が悪く、特に今日は酷いものだった。それでも此処に滞在し続ける。 もう一つの派閥、説法派の長である時雨慈千糸には、この前線の警戒を頼まれているのだ。 血を吐いても、交代の仲間が来るまでは此処を去る訳には行かなかったのだ。 数名の仲間に見張りを任せて、円真は屯所の奥で静に目を閉じるのであった。 |
■参加者一覧
羅喉丸(ia0347)
22歳・男・泰
ヘラルディア(ia0397)
18歳・女・巫
喪越(ia1670)
33歳・男・陰
風鬼(ia5399)
23歳・女・シ
和奏(ia8807)
17歳・男・志
无(ib1198)
18歳・男・陰 |
■リプレイ本文 无(ib1198)は独りごちる。 「遺恨からの判断は、未来に禍根を残す事が多いのですが」 懐の管狐に語りかけた様だったが、果たして聞いていたのだろうか。 しかし、无の言う事は最もである。それは、誰とて分かっていた。 使者として訪れた開拓者の共通の意識であった。 それでも東房が沈黙している状況は、明らかに過去の史の尾を引いている。 何も過去の戦いを体験した人間ばかりではないだろう。しかし、とまで考えて風鬼(ia5399)は首を振る。 「まぁ、北面の不器用なお国柄からして、接すれば意見が変わるはず、と言うもんでもないですが」 「長きに渡る確執がそう簡単に水に流されるとは思えんしな」 風鬼に答えたのは羅喉丸(ia0347)だった。 「人類皆兄弟。いや、俺的には世界全てひっくるめて兄弟とイキたい所なんだけど」 喪越(ia1670)はそう言いつつ、鶺鴒の肩に手を掛けようとする。 「あぁ〜、お触りは厳禁ですよぉ〜。あ、いえ〜、現金を支払ってくれるならぁ〜」 ロクでもない人種である事は分かっていたが、やはりロクでもない答えが返ってきた。 喪越は手を引っ込めると、大袈裟に肩を竦めた。 「上手くはねーなー」 「お金が取れると思いましたのにぃ〜」 緊張していないのか、それとも緊張を紛らわせようとしているのか。二人の会話を聞き、和奏(ia8807)は唸る。 目的の場所に行く前に不動寺へと立ち寄ったのだが、何とも言えない雰囲気が其処には在ったからである。 雲輪円真の身体の事は、どうも既知の事ではある様なのだが、やはり原因は分かっていない。 その為なのか、色々な噂が飛び交っている状態であった。それでも、円真を批判する様な声が聞けなかったのは確か。 それと、北面の事。 これも、道行く人間ですらも知っている様だった。が、しかし。その事について、何か話したがる人間は居なかった。 困った様に笑って誤魔化す人間も居れば、用事が有ると言ってそのまま立ち去る人間も居た。 見回りの僧兵に至っては、何も答えようとはしなかった。 「あぁ〜、アレですねぇ〜」 和奏の思考を遮ったのは鶺鴒の声。 その先には階段があり、それを上った所に目的の屯所が在るらしかった。よし、と声に出して羅喉丸が頷く。 さて、開拓者は無事に使命を果たす事が出来るのか、否か。 予想通り、門を潜る前に二人の僧兵によって足止めを喰らう事になる。 階段を上り切った先、少し広い空間の奥には朽ちかけた門が在り、其処は物々しい空気が降りていた。 「来客とは珍しい事ではありますが…はて、一体、この様な所に何の御用で御座いますかな?」 足止め、とは言っても、いきなり邪険に扱われた訳ではない。 「いやはや、早急な事態で有るのでしょうか?」 それくらいは分かるのだろうが、しかし、目の前の開拓者達がよりにもよって隣国の使いだとは想像もしていなかったのだ。 「雲輪円真様に面会をお願いしたいのですが」 「円真様ですか? どうでしょうね、奥の御堂に篭ったきりですからねぇ」 「そもそも会って如何するんですか?」 「この書状を読んで頂きたいのです」 和奏がずいと、鶺鴒から手渡された書状を門番の目の前に突き出す。 ヘラルディア(ia0397)は上品に微笑むと念を押す様に聞く。 「円真様にお話を通して頂きたいのですけれども…宜しいでしょうか?」 「はぁ…しかし、皆様の素性を言って貰えぬ限りはですね…」 「北面からの使いだ」 臆する事無く、羅喉丸が言う。東房と北面の間に横たわる事情を知っての上で、だ。 門番は、始めの内はぽかんと口を開けたまま呆然としていたのだが、徐々に表情を戻していく。 「北面、ねぇ…」 それ以上は何も答えなかった。やはり北面の置かれている状況は理解している様だった。 「お取次ぎを」 无の言葉を聞いても、門番は苦い顔をするばかりだった。 「円真様の体調は良くないし、そうでなくてもアンタ達に会ってくれるとは思えないけどなぁ」 「ならば、体調が良くなるまで待たせてもらう事は」 食い下がる无に、門番の片方は溜息を吐いて地面を指差す。 「いやぁ、此処は目と鼻の先が魔の森なんだよ。幾ら他国からの使者だからと言ってもな…」 「だからこその開拓者だ。何、中に入れないのならば、此処で待たせてもらう事にしよう。迷惑は掛けない」 羅喉丸はその場に座り込み、門の奥、恐らく円真の篭っていると言う御堂を見据えて座る。 喪越も頭を掻くと、誰にという訳ではないが一言投げる。 「座ったりするくらいのスペースは在りそうだしねぇ」 「こっちなんかは、風も凌げますぜ?」 風鬼の言葉に喪越は「おぉ」と声を上げると、其方に歩み寄っていく。 「おーい、居座る事は迷惑だって思えねーのかい」 「これも一つのお願いの形ではあります。では」 進展は無いと判断したのか、優雅に頭を下げるとヘラルディアも移動する。 無言の主張。話を通し、円真の下へと連れて行くまでは此処を動かない、と言う意思の表れ。 それから数刻、門番との間には何の言葉も交わされなかった。 鶺鴒が術で薪に火を点けて、それを囲んで寒さを凌いで居た所、門番の一人がとうとう音を上げた。 「何なんだ! アンタ達は! お互いの因縁を知らねぇって訳じゃあないだろう!」 「しかし、アンタさん…見た所、相当お若い様ですが、アンタさんだって私達だって実際の事ぁ知らない」 「そりゃそうだ! だが、しかし、それは事実だ」 風鬼の言葉に、勢いを殺されてしまったのか門番は難しい顔をして固まってしまった。 「天儀天輪宗の教えですが」 无が風鬼に続いて口を開いた。切り口は、彼らの信仰する宗教の教えであった。 「精霊と自身を対等のものとして捉えて、大いなる力へとその信仰を集めているそうですね」 「それがどうした」 「精霊が対等と認めてくれる行いをする事も、一つの信仰ではないのでしょうか?」 「そうなんだが…」 やはり、遺恨か。そう思うと、无は苦笑するしかない。 風鬼の言う様に、過去の戦の事は実際には知らない。果たして、どんな惨状だったと言うのか。 しかし、実際に経験した事のない戦から彼らは一つ学んでいる事が有るのだ。 「自分は北面の使い、と言うだけではなく…志士です」 門番は答えない。 「戦が起こす悲劇は、直接己が身に降り注いでいなくとも、どういうものなのかは少なからず知っているはずです」 だからこそ、お互いの間に溝が出来てしまっているのだが。 「そうそう、ラブ&ピースの精神は何処へ行った?」 「らぶ? ぴーす?」 「通じてませんよぉ〜?」 「博愛ってやつだぁね」 喪越が門番の前まで出てきて、両手を広げて上空を見上げる。既に茜色に染まっている。 来た時は薄曇だった空模様も、今では雲が晴れてしまっている。それ程待ったのだ。 「既に一国のみで戦えるものではありません。それは貴方様も分かっておいででしょう…」 ヘラルディアの言葉に、門番は諦めた様に頭を掻いた。 分かっているのだ。力を信仰の対象とし、崇めて来た訳だが、それでも東房は追い込まれている。 それと同じ様に、己の志を貫き通さんと戦ってきた北面も追い込まれている。しかも、他国の助力を得てもだ。 そう考えが至った時、門番は遂に折れたのだった。 「分かったよ…仕方無ぇ」 「おい」 「良いだろ。書状を見せるだけだ。幾ら円真様でも、書状一つで動こうなんて思わねぇだろ」 一言、二言交わした後に、門番は重い門を開けたのだった。 「どうせ、本当に円真様に会うまで此処に居るつもりだったんだろ?」 「そうだ。つまりは誠心誠意ってやつだ」 羅喉丸は首を揉み、立ち上がる。そうして、門番に連れられて屯所内へと足を踏み入れたのだった。 「さて、それじゃあ俺達は井戸端会議でもしようじゃないの」 「話す事は特に無いと思うけどな」 その場に残ったのは喪越と鶺鴒、それともう一人の門番だけだった。 「有るだろ? 景気はどうだい?」 「…見ろよ、廃寺を屯所だぞ? 良い訳ないだろ。飯も味が殆ど無ぇ」 「うちの里も〜、西瓜が売れないと御飯が美味しくないんですよねぇ〜」 そりゃ、どうも。お互い様って事で。そんな風に喪越は笑う。 残った門番もどうでも良くなったのか、釣られて笑ってしまっていた。 それは存外小さな御堂であった。 待っていろと言われ、更に和奏は書状を門番へと渡す。 「円真様」 門番がそれだけ言うと、御堂の中へと入っていく。无はそれを確認すると、改めて屯所内を見回す。 前線の簡易屯所とは言え、殺風景過ぎる気がしてならなかった。其処まで東房も困窮していると言う事なのだろう。 念の為。そんな考えの下に无は密かに式を屯所内に放つのであった。 「――!」 そんな折、御堂の中で先程の門番が声を上げたのが聞こえた。そして、戸が開く。 「円真様、養生下さい! 今の御身体の調子では…!」 「……問題無い」 開拓者五人の目の前に現れたのは、門番を引き連れた細身の男。 顔は青白く、唇まで白い。口数も少なく、絵に描いた様な病弱であった。 武僧派とは何か。和奏はイマイチ、その響きから推し量れれぬものがあったのだが――しかし、分かる。 原因不明の病に冒され、見た目もこの様な男ではあるが、纏う空気が違う。 その辺りの僧兵とは段違いで苛烈で鋭い。恐らく、強い。 天儀天輪宗の教えである、大いなる力への信仰。色々在る「力」の形だが、その中でも「戦う力」を重視した集団なのだろう。 「済まないが、本堂にてもう少しだけ待ってもらおう…」 円真はそう言うと、門番に案内を任せて、またも御堂の奥へと引っ込んでしまった。 「そういう訳だ。全く、自分の身体の事は二の次なんだよ、あの人…ほら、こっちだ」 溜息を吐いて、門番は開拓者達を連れて本堂へと向かったのだった。 「改めまして、その書状からもお分かり頂けるかと思いますが。我々は北面から任を受けて此処にやって参りました」 本堂の広い空間の中心に、開拓者五人と円真が一人、その部下である僧兵がその後ろに控えていた。 羅喉丸の真っ直ぐな言葉を受けて、円真は静かに問い返す。 「隠すつもりはないのだな…?」 「はい」 円真は羅喉丸以外の開拓者の顔を見て、成る程と思う。 どうやら、開拓者の意思は統一されているらしい。隠し事をせず、正面から此方を説得しようと言う腹らしい。 「東房と北面の因縁は分からぬ訳ではないだろう…」 「勿論です。朝廷との関係も分かっております」 ヘラルディアはその上で、開拓者が此処に赴いた事を伝える。 「そうか…では、何故だ…?」 「北面の置かれている状況は切迫しております。アヤカシの目的も最悪なものです」 「北面が魔の森に呑まれりゃ、東房は更に危うくなりますし」 羅喉丸に続いた風鬼は円真の答えを待たずに続けた。 「そもそも東房の経済は他国の宗徒からの寄付に依ってる所も大きい。しかし」 風鬼の言わんとする所は分かっている。他国の宗徒は北面を嫌っている訳ではない。 しかし、此度の戦で北面が落ちれば、東房が北面の援軍を断った事も要因の一つとして上げられる事は間違いない。 それが天儀天輪宗の教えに即すか、そうでないかは最早関係の無い事なのだ。 経済状況が悪くなれば、アヤカシの手が無くとも、何れにせよ国は潰れる。そもそも弱った東房をアヤカシが見逃すはずも無い。 「北面が落ち、北からだけではなく西からの圧力が強まれば、状況は圧倒的に不利になります」 時間的な問題になってしまうのだが、アヤカシによって潰されたとすれば、天儀天輪宗の信仰の意味は無くなってしまう。 確かに、ヘラルディアの言う通りなのだ。 「今のままでは北面と東房、その二国間の人間の感情をアヤカシに利用されてしまいます」 弓弦童子。无は、それの思惑通りになってしまうと言ったのだった。 「助けられれば、北面も東房もより良い関係を築く事が出来るはずです」 「そういう事では無い…人間である以上の問題が存在するのだ…その志士、和奏と言ったか…彼がどう思っているかは知らんが…」 怨み辛みがあれば、と思っていたが、それは和奏も理解はしている。しかし、この態度でハッキリとした事もあった。 円真自身、如何すべきか悩んでいるのだ。不動時周辺の戦況、遺恨。それらが枷となっているのだ。 「皆で詮議して頂いた方が良いかもしれません。しかし、無辜の民を見殺しにするような決断が有るとは思えません」 和奏はゆっくりと、落ち着いた声で円真に答えた。 「精霊と共に歩み、人々を守り導く、それが天儀天輪宗の教えと私は解釈しております」 「五行は既に兵を出しております。それは迅速な対応であったかと」 无とヘラルディアの言葉に円真は黙って腕を組んで、何かを考えている様だった。 「北面を救いに行くんじゃない。折角出張って来たんだ、大物の首を取りに行くんでさ。その戦場が偶々北面だってだけで」 動かずに守る事ではなく、動いた結果が守る事。風鬼は円真の考えを察して、転換の切欠を出したのだ。 「…………」 志士が志士たる所以は、その揺るがぬ志に有る。そんな志士の王が、こうして開拓者を使い、東房に援軍を求めてきた。 しかし、それに応える必要は無い。 「だが…そうだな…」 咳込み、円真は目を開ける。 もう一押しだった。羅喉丸は座ったまま、床に頭を着ける勢いで頭を下げる。 「平に」 「其処までする理由が有るのか…?」 「助けられなかった者が居ます。あの絶望を止めたいのです」 それ以上は語らなかった。 和奏もそれに倣って、頭を下げる。いや、和奏だけではなく、他の面々も同じ様にしている。 「…………」 暫しの沈黙の中、无が顔を突然上げた。 「アヤカシです」 その言葉に開拓者達は、素早く顔を上げる。最前線である以上、アヤカシの襲撃は覚悟していた様だった。 円真は後ろに控えた僧兵を見やると、その僧兵は素早く大薙刀を円真に手渡した。 「少々お待ち下さい。せめて治癒を」 ヘラルディアが円真の前に出ると、円真は静かに首を振った。 「世の中にはどうにもならぬ事は、確かに存在するのだ…」 即ち、円真の病はアヤカシのものでもなく、ましてや毒に因るものでもない。 「しかし、己の力で覆す事が出来ようものならば…そうしてしまった方が良いだろう…」 またも咳き込んだ後、円真は開拓者と僧兵を引き連れて本堂から出る。 「王には俺が話をしよう…時雨慈は…お前達の仲間がどうにかするのであろう…?」 振り返らずに円真は言う。そして、大きく息を吸い込んで大声を上げる。 「雲輪円真である! 北面の使者よ! 悪いが、アヤカシ退治に付き合ってもらうぞ!」 果たして、先程まで目に見えて弱っていた男なのだろうか。 円真の背中を見て、開拓者達は続いて武器を抜くだけだった。 |