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■オープニング本文 燕子が行商人である理知留に出会ったのは、東房の安積寺近くの山中での事であった。 そもそも、燕子が其処に居合わせたのは偶然の出来事。別件の依頼を遂行している時の話だ。 安積寺より延石寺へと向かう道すがら、開拓者の仲間と共に休憩小屋に立ち寄った。 寒風が酷く、天候も良い訳では無いので、様子を見ようとしていたのだ。 魔の森が近い事もあってか、其処を利用する僧兵や開拓者が多い様で、小屋の中は割と綺麗にされていた。 其々が思い思いの場所に座ると、他愛の無い会話で時間を潰す事にした。 山の天気の様は変わり易い為か、曇ってから雨が降り出すまで然程時間は掛からなかった。 ぱたぱたと山小屋の屋根を叩く微弱な雨音が続き、暫くしてからだった。 「…ん?」 大の字に寝転がっていた燕子が、唐突に起き上がったのだ。 そうして、開拓者が如何したものかと問えば、何も答えず、口元に指を当てるだけだった。 静かにしていろ、との事らしい。 「遠くの方で声が聞こえるな…聞こえない? そうか? 確かめてみるか?」 燕子はそう呟くと、小屋の戸を開けて軒先へと出る。寒風はすっかり弱くなっていた。 「裏手の崖の方だ」 燕子は何人かの仲間と小雨の中、小屋裏手へと回ると、確かにそれを目撃した。 大きな荷物を背負った人影が、複数の獣に追い掛けられているのだ。 その人影と言うのが、理知留、その人であった。 一人が声を上げると同時に、残りの仲間が外へと出てくる。 金にはならない。ならないが、捨て置く事も出来ない。 いや、よくよく考えてみればあの荷物だ。何かしらの謝礼は期待出来るだろう。 燕子は一頻り唸った後、崖を滑り降りて行く仲間達の姿を見て、ようやっと動く事にしたのだった。 「しかし、妙だな。獣が綺麗に隊列を組んでいる様に見えたが…気のせいか?」 |
■参加者一覧
柊沢 霞澄(ia0067)
17歳・女・巫
羅喉丸(ia0347)
22歳・男・泰
風鬼(ia5399)
23歳・女・シ
琥龍 蒼羅(ib0214)
18歳・男・シ
杉野 九寿重(ib3226)
16歳・女・志
アルバルク(ib6635)
38歳・男・砂 |
■リプレイ本文 雨と風の音で聴覚が埋まりつつある中、やはり狼の唸り声は一際低いものだった。 狼と狼の狙う獲物の姿を捉えるや否や、開拓者達はすぐにでも動き出した。 泥水を跳ねさせて、崖前に立った羅喉丸(ia0347)は小さく呟く。 「弓とて言えど、武器は腕の延長、何ら支障は無い」 彼の手の中に収まった得物は、奉拳士の得意とするものではない。 しかし、それでも彼がいの一番に飛び出さんとするのは、昔日の残照なのかもしれない。 「悠長にしている暇は無さそうです」 笠の端を抓んで、杉野 九寿重(ib3226)は刀の柄にもう一方の手を掛ける。 足場は最悪ではあるのだが、やはり追われている人間を助けるには―― 「此処を降りる以外に道は無さそうだな……」 琥龍 蒼羅(ib0214)は懐から手裏剣を取り出すと、崖下を覗く。 蒼羅の言葉通り、迂回する為の道が無いのならば崖を滑り降りる以外に方法は無い。 「行こう」 「あの……」 雨音と風音の中に、消え入りそうな声と共に柊沢 霞澄(ia0067)が手を挙げる。 どうやら、加護結界にて保険を掛けようという事らしい。 羅喉丸、九寿重、蒼羅の其々に術式を掛けると、次に控えていた仲間の方を向く。 「しかし、妙だな。獣が綺麗に隊列を組んでいる様に見えたが……気のせいか?」 燕子が訝しみながら、霞澄の加護を受ける。 風鬼(ia5399)はその発言を聞きながら「ふむ」と唸る。 獣が狩りにおいて、ある程度の組織的な動きをする事に何ら疑問は無い。 が、燕子の言う様に、まさか人間の兵隊の様な隊列を組む可能性は偶然でも低いはずだ。 「皆さんがその気みたいなので、手伝いますかな」 自身達の請け負った任務を完遂するに当たって、人数が欠けるのは頂けない。 何が有るか分かったものではないが、早めに解決した方が良い事は間違い無い。 「雨の中、元気なもんだねぇ」 アルバルク(ib6635)は銃身で肩を叩いて、燕子に聞く。 「金にはなりそうかい、嬢ちゃん」 「さて?」 お互い肩を竦めると、燕子は霞澄や風鬼と共に崖から飛び降りて行く。 その後姿を見送るとアルバルクは、漸く崖前に立って銃を構える。 「こんな時になぁ……コイツがちゃんと働いてくれるかねぇ」 火薬でなければ、そういった思いでアルバルクは引金に指を掛けたのだった。 「燕子さん、そっちの警戒を考えてもらえますかな?」 着地と同時に風鬼が燕子に「そっちの警戒」とやらを頼み、地面を蹴った。 特に説明は無かったが、燕子にも、聞いていた霞澄にも合点はいった。 つまり、隊列の妙を考えれば、狼の中か、近くにそれを統率する頭が居る筈なのだ。 先行していた仲間も同じ考えにあったらしく、九寿重は心眼にて周囲の気配を探っていた。 とりあえず、今の所は目の前の人間を助ける事が優先すべき事項である。 羅喉丸は足を止めて、泥濘に足を取られながらも矢と共に弦を引く。 走った勢いをそのままに蒼羅が手裏剣を投げると、直後に矢が雨風を縫って飛ぶ。 手裏剣も矢も外れてしまったが、それでも充分な効果を発揮した事は間違いなかった。 狼の群れが此方に気付き、足を止めて威嚇をし始めたのだ。 更に、本当に今更ではあるのだが、開拓者の存在に気付いた人影が、大声を上げる。 「た、助けてくださいっス!!」 その言葉に続いて、光弾が狼の一体を捉えて強く弾ける。 霞澄は再度精霊力を充填しようと、杖を振るい、地面に突き立てる。 「青龍、いざ参らん!」 九寿重が今にも飛び掛かってきそうな狼の群れに向かって、間合いを詰める。 黒い光を帯びた抜き身の白刃を振り翳し、それまでよりも大きく踏み出す。 その九寿重に向かって、四匹同時に攻撃を仕掛けようとするのだが―― 風による爆音が響いた刹那に、一匹の身体が跳ねる。 「おぉ、上手い事働いたな」 牽制のつもりでばら撒いた弾丸が、運良く一匹に命中したのだ。 アルバルクはその結果に頷くと、味方と敵の状況を見て、崖を降りる準備をする。 それにしても、狼の群れは各個撃破を指針に動いている様だった。 「こいつはタダ事じゃねぇな」 荒縄を伝って、アルバルクは崖下に降りつつ、辺りを見回す。 他の敵の姿は未だに見えない。そうなれば、やはり狼の中に頭が居るのか。 アルバルクは顔についた鬱陶しい水気を切る様に、手の甲で拭う。 視界の中に収まったのは、泥を跳ねさせて、高速で駆ける風鬼の姿。 直後、一度は突撃を躊躇った狼達は、再び九寿重に襲撃を仕掛けたのだった。 「助太刀が必要でしたかな?」 戦斧が一匹を薙ぎ、転がった岩に叩きつける。 風鬼の到着に、九寿重は頷いて答えると初撃の爪を半歩横に退いてかわす。 狼が横をすり抜ける刹那には、その胴に刀の切っ先で斬線を丁寧に描く。 そして、援護する様に次撃の牙を蒼羅が抜いた刀で弾き返す。 「良かった、無事な様で何よりだ」 「助かったぁ〜……いや、ホントすいませんっス」 羅喉丸は、引っ掛けて切れ目の入った笠の隙間から覗く角を見るなり問う。 「どうやら、貴女は修羅の様だが」 「修羅の理知留。行商をしてるっス」 何をしているか、と問えば「行商の途中」と答えるだろう事は明白。 その背負った荷物を見ても、特に嘘ではないのだろう。中身が何かは判らないのだが。 「まぁ、今は俺達から離れない方が安全やもしれん」 大袈裟に頷くと、理知留は羅喉丸の背中に隠れる様にして、狼達の動向を探っている。 狼は前に出て戦っている仲間に気を取られて、此方には向かって来ていない様だ。 その隙に霞澄が羅喉丸と理知留の下へと駆け寄ってくる。 「怪我をなさっている様で……」 「あ、いや、このくらいは何ともないっスよ」 そうは言うものの、理知留の膝や肘からは血が滲み出ている。 確かに擦り剥いただけではあるのだが、怪我は怪我である。 霞澄は練力を治癒の術式と練り上げて、理知留に投げる。まるで花を渡す様に。 僥倖であった。自身が招いた結果であれど、助かったのは確か。 痛みの引いた膝や肘を擦って、理知留は深く安堵の息を吐いたのであった。 そして、羅喉丸が仲間の援護に矢を放った時だった。それが起こったのだ。 元々、嵐の様な雨ではあったが、更に勢いが増したのだ。 矢の狙いは狂い、大きく逸れて水溜りに落ちる。目が開けられない程に視界も悪い。 まるで生きているかの様に雨や水溜りが逆巻いて、開拓者達の行動を阻害しているのだ。 この好機に、狼が羅喉丸目掛けて突進を仕掛ける。当然、弓を射る暇は無い。 それどころか、足場は最悪で回避すら難しい。 羅喉丸は背中に霞澄と理知留の気配を感じながら、身構える。 そして、如何いう訳なのか目を閉じた。息を吐く頃、僅かに白む視界。 羅喉丸が目を開くと狼は眼前にてのたうち回っている。 「今の光は?」 理知留の問いに霞澄は正面の狼の、その奥の奥を指差す。その先にはアルバルク。 仲間が戦っている間に、狼の群れの裏を取っていたのだ。 そして、危機を好機に変えるべく、閃光練弾にて狼の視覚を奪ったのだ。 一歩、震脚を泥濘の下の硬い地面に突き刺して、再度、飛ぶ狼に半身を開く羅喉丸。 狼は鳴き声を上げて吹き飛ばされると、追い討ちに精霊砲の光がその身体を包む。 「此方も片付けてしまおう」 視覚は未だに万全ではない狼。それでも向かってくるのは、獣であるからか。 蒼羅は刀を納めて、狼の殺気を読む。 所詮は、人間よりも知能は圧倒的に劣っているのだ。器用な真似は出来ない。 その証拠に、風鬼の扱う戦布に容易く翻弄されているのだから。 つまり、群れの中には、整然とした隊列を組ませる知能を持った個体は居ない。 そうなってくると、裏で操っている存在が何処かに居る筈なのだが―― 「隠れるのが上手い奴、と言う事か」 燕子は辺りの様子を窺っているのだが、それらしい異常は無いのだ。 そうした不安感は拭えないが、燕子は仲間の援護に加わるべく、行動を開始する。 燕子の前方では、紅色の炎が九寿重の握る黒色の刀の身を呑み込んでいた。 九寿重は正眼に構えて、じりじりと狼との間合いを詰める。 お互いに威圧していたが、先に根負けをしてしまったのは狼の方だった。 唸り声を上げて、九寿重に向かって奔ったのだ。しなやかな身体が、宙を舞う。 だが、直線的な動きで捉えられるほどではない。 九寿重は狼の攻撃を刀を振り下ろす事でいなし、返す刃で斬り上げる。 先程は仕留め損なったが、今度はそうならない様に、地面に落ちた狼に追い討ちを掛ける。 突き立てられた刀から炎が消えると、狼も抵抗を止めて、その骸を晒すだけだった。 一匹、二匹と減り、残りの二匹は確実にうろたえ始めた。 今までの統率が失せて、本来の獣の行動に戻りつつあったのだ。 動かぬ蒼羅の喉を食い破らんと、狼は地を全力で駆け抜ける。 成る程。そう感心するも、蒼羅は殆ど表情を崩さず、深呼吸をする。 「揺ぎ無き境地、澄み渡る水の如く……」 拍を取り、好機に抜刀し、狼の身体を横一文字に斬り裂く。 断面から瘴気は飛沫としてすらも溢れてこない。見事な一刀であった。 いよいよ、残りの一匹となってしまった狼は、遠吠えで自らの存在を示す。 仲間を呼んでいるのか、それとも自らを鼓舞する為にそうしているのか。 前者であっても、後者であっても問題は無い。 風鬼は一気に間合いを詰めると、斧を振り被って、そして脳天へと目掛けて振り下ろす。 狼にしてみれば、運悪く頭蓋が潰れ、それ以上戦う事、生き長らえる事は不可能だった。 崩れ落ちた狼を足元に、風鬼はもう一度周囲を見渡した。 気が付いてみれば、先程よりも雨が弱まり、小雨程度のものになっていた。 「よーし、早速だが荷物を此処に置いてってもらおうか」 「もうちょっと丁寧に言えないのか? 謝礼をくれ、と」 休憩小屋に戻るや否や、アルバルクと燕子はまたも物騒な事を言い出す。 「これは置いてけないっスよ! 堪忍!」 「おう、間違えたぜ。ま、これでも食えよ」 揶揄いを受けて焦る理知留に、笑いながら休憩小屋に有った干し肉を渡すアルバルク。 理知留の反応を見る限り、余程大切な荷物なのであろう。 「ところで皆さんは如何してこんな所に?」 理知留の問いに霞澄は少し考えた後、静かに、濁しながら答える事にした。 「……ギルドの依頼で……あの、理知留さんこそ……」 「あ、私っスか? 私はこれを売りに行く所だったんっスよ」 そう言うと、荷物の中身の一つを取り出して開拓者達に見せてくれた。 「刀、か。となると、他の荷物も……?」 蒼羅の言葉に頷くと、理知留は得意気になって話を進める。 「いやー、如何も東房と北面、それと陰殻が物資を集め始めているって聞きまして」 壁に寄り掛かっていた風鬼が、それを聞いて納得する。 やはり大勢が動いている事は間違い無く、理知留はそれに乗った形であったのだ。 「まぁま、商売敵に負けじと近道をしようとした結果」 「襲われた……」 理知留は霞澄の顔を見ると、恥ずかしそうにそっぽを向いてしまった。 結局は、理知留の自業自得であったのだ。 開拓者達は呆れ混じりの溜息を吐いていると、窓から外を覗いて羅喉丸が言う。 「雨が完全に止んだ様だな。早く此処を発とう」 隊列の件を考えれば、呑気にしている場合ではないのだ。 また違う追手が此方に来るやもしれないのだから。 「理知留さんも一緒に如何ですか?」 「目的地は一緒みたいなんで、同行させてもらっても良いっスか?」 つまり、理知留も延石寺へと向かう予定だったのだ。 特に反対する理由も意見も無く、こうして八人となった開拓者達が小屋を出る。 「きゃっ……!」 「おっと、申し訳ないです」 九寿重が戸を開けて、外に出ようとした時だった。 女が一人、小屋に入ってきたのだ。身形からするに尼僧であると思われる。 「残念だが、此処には留まらない方が良い」 羅喉丸の一言で、何かを察した尼僧は「そうですか」と小声で頷くと、頭を下げる。 そうして、山中の、安積寺へと向かう道を進んで行ってしまった。 「さ、行こうぜ」 アルバルクが先に表に出て、尼僧とは逆方向へと向かい歩き出す。 目指すは延石寺。あの階段上の寺院、その本堂だ。 理知留に対する追っ手の存在を振り切る様に、開拓者は出発したのだった。 「……?」 「どうかしましたかね?」 燕子は進む先の綺麗な泥の地面を眺めて首を傾げ、風鬼に一つ聞く。 「さっきの尼僧は元々どっちから来たと思う?」 「……はて?」 風鬼と燕子は安積寺へと向かう道を振り返り、その足跡を確認する。 尼僧のものと思われるものが、一つ。一つだけ在ったのだ。 「やはり、何か企てが有る様ですね……」 尼僧は頭巾と口布を取ると、その場に捨てる。 「万紅様に知らせるべきでしょうね」 そう言うと、尼僧は瘴気の塊とも呼べる黒色の尾を腰元から覗かせる。 懐から狼の仮面を取り出し、それを付けて、そのまま樹上へと飛び上がる尼僧。 尼僧――いや、その爪、瞳、牙は人間や神威人のそれではない。 渦巻く瘴気を纏ったその姿は、正しくアヤカシと呼べるものだったのだ。 |