水明戯画
マスター名:東雲ホメル
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: やや易
参加人数: 6人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2010/04/29 23:41



■オープニング本文

 一寸、其処なアンタ。
 あたしの頼み、聞いちゃくれないかい?
 お前は誰だって‥‥?
 そ、そんな、アンタ‥‥忘れたってのかい?
 夜な夜なあたしの所に通って、嬉しさで身の毛もよだつ――
 じゃなかった、嬉しさで身体が震える様な愛を耳元で囁いてくれたじゃないか。
 ‥‥覚えてない?
 ‥‥‥‥いや、まぁ、からかっただけだけどね。
 あぁっ!
 行かないでくれよっ!

 改めまして、あたしゃ逢島院 水明ってしがない絵師の端くれだよ。
 変な名前だって?
 そりゃ、アンタ。
 名前が普通じゃ面白く無いだろう?
 勿論、本名じゃ――っと、話がまた逸れる所だったね。
 まぁ、他でもないアンタへの頼みってのはね。
 ほら、あれ、アヤカシ。
 一度で良いからねぇ‥‥描いてみたいんだよっ!
 あぁ、あぁ、分かってる。
 危険な奴には近付かない。
 そう、そう、自己満足の為だけに描くんだよ。
 でもさ、ほら、あたしみたいなか弱い女一人じゃ、どうにもならないだろう?
 か弱いに引っ掛かるんじゃないよ。
 兎にも角にも、開拓者のアンタの力が必要でね。
 襲われたら一溜りも無いじゃない。
 だから、ね?
 頼むよぉ〜。
 ほ、ほら、あそこに突っ立ってる奴も連れてさ!
 金なら有るって、何なら身体で――其れは良い、って断るのが早すぎだよ!!



 変な奴に捕まってしまった、と開拓者は頭を掻く。
 しかし、あの様な『子供』が結構な大金を持っているとは。
 世も末、と言ったところだろうか。
 開拓者はそんな事を思いながら、歳は十四、五位にしか見えない娘の背中を眺める。
「ほら、ボーっとしてないで他の奴にも声掛けるよ!」


■参加者一覧
有栖川 那由多(ia0923
23歳・男・陰
鬼灯 仄(ia1257
35歳・男・サ
風鬼(ia5399
23歳・女・シ
アリステル・シュルツ(ib0053
17歳・女・騎
櫻吏(ib0655
25歳・男・シ
燕 一華(ib0718
16歳・男・志


■リプレイ本文

 夕日に染まる空を見上げ、水明はポツリと呟く。
「夕焼け空ってのは綺麗だけど不気味だねぇ‥‥」
 朱、橙、紫などと続ける。
 アリステル・シュルツ(ib0053)は流れる様な銀髪を揺らす。
(「変な子に捕まっちゃったけど‥‥こういう子の方が大成するのかな?」)
 ぶつぶつと呟いている水明。
 案外そうなのかもしれない、と思えてきてしまう。
「出来上がった水明の絵、見せてねっ」
 燕 一華(ib0718)は無邪気に笑い掛ける。
 そんな一華に対して水明も嬉しそうに笑う。
「へぇ、分かってるじゃないかっ! 若いのに大した目利きだよっ!」
(「何と言うか、最近の子は‥‥と言うか、君も一華君と同じ位じゃないか」)
 水明を見ていると、苦笑するしかない有栖川 那由多(ia0923)。
 何とも言えない気分になる。
 それは他の同行者も同じ様で――
「‥‥‥‥まぁ、子守も仕事の内、と言った所で御座いましょう」
「面白い奴だし、金も払ってくれるっつーんだ、問題は無ぇだろ」
 少し前を歩く、櫻吏(ib0655)と鬼灯 仄(ia1257)は振り返りつつ言葉を交わす。
「アンタ達も容姿端麗、眉目秀麗、才色兼備な逢島院 水明様の依頼を受けたんだ、十分な目利きだよ」
 仄は顎を擦りながら、更に付け足す。
「変わっちゃぁいるけどな‥‥」

「ところで、例のアレ‥‥『善宗と忠助、時々忠行』の続編は出るんですかねぇ?」
 風鬼(ia5399)は徐に水明に近付き、耳打ちする様に言う。
 そして、水明は表情一つ変えずに風鬼に耳打ちを返す。
「アンタ、他の奴らより全然詳しいみたいだね‥‥」
 水明は少し考えた後、ニヤリと笑う。
「あぁ、あぁ、勿論出すさ‥‥此処だけの話、もうすぐ完成しそうでね」
 水明は胸元に手を突っ込んで、紙束を取り出す。
「それはそれは‥‥」
 何のお話かは割愛。

 森は暗く、陰鬱とした雰囲気を醸し出していた。
 未だ陽は在るが、夕刻のそれでは十分な明るさは保てない様だった。
 水明は時々、立ち止まってしゃがみこんだり、明後日の方へと駆け出す事も有った。
「ほらほら、あんまり遠くに言っちゃ駄目だよ?」
 那由多が声を掛けると、水明は渋々と言った感じで戻ってくる。
 危険な場所だという事は理解しているらしい。
 その様子を見て、アリステルはからからと笑い、視線をその奥の一華にやる。
 きょろきょろと、辺りを見回しては、息を吐いている。
「一華君、万が一が有っちゃいけないからね。 よろしくね」
 アリステルがそう声を掛けると、一華は左手の松明を僅かばかり揺らし笑う。
 そして――
 ハッとして振り返る。
「さぁて」
 仄が鉄傘自身の肩を叩く。
「早めに頼むぜ、嬢ちゃんよ」
 刹那、仄は思い切り鉄傘を振り下ろし、飛んで来た『それ』を地面に叩きつける。
 滑りで妖しい光沢を放つ、舌。
 暗がりから現れたのは気味の悪い声で鳴く、大蝦蟇。
「動く時は一声掛けてくださいね」
「あぁ、承知してるよ」
 返事はするものの、水明は一華の方を向く事は無い。
 アヤカシだけを見つめている。
 へぇ、と感心しつつも一華は持っていた鉄傘を握り直す。
「それでは‥‥私は其方様のお相手して差し上げましょうか」
 櫻吏は組んでいた腕を崩し、弓と矢に手を掛ける。
 視線の先には一匹の鴉。
 更に上空。
「もう一匹、みたいですな」
 風鬼は目を細めて、赤い空に映る黒い影を見やる。
 どちらも一般的な鴉よりも、一回りほど大きいだろうか。
 もうちょっと見易けりゃねぇ。
 水明のそんな一言を皮切りに、鴉が鳴き始める。

 薄鈍色の風魔手裏剣が木々に深く突き刺さる。
 小気味良い、乾いた木の音。
 その音と共に、漆黒の影が風鬼に迫る。
 暗いはずの森の中で、影の、鴉の姿がはっきり確認出来る。
 外れたと思われた風魔手裏剣が大きな枝を落とし、薄暗い森の中に赤い光を誘い込む。
「うーん‥‥こっから見る限りじゃ、殆ど普通の鴉と変わらないんだねぇ‥‥」
 もう少し、もう少し、と一華とアリステルに頼み、アヤカシに近付く。
 二人は水明を挟む様に立っている為、完全な不意を衝かれない限り、水明を護れる。
 これなら、水明の頼みを有る程度まで聞く事が出来る。
 ゆっくりと、ゆっくりと、気取られない様に慎重に近付く。
 水明が何度か不用意に枝を踏み、音を立てたが、風鬼が適当に鴉の気を引いてくれていたお陰で特別何事も無かった。
「おい、姐ちゃん! そっち行ったぜ!」
 アリステルは咄嗟に水明の正面に立つ。
 びたん、などと些か気の抜ける音。
 だが、想像以上の衝撃にアリステルは苦笑する。
 蝦蟇だ。
「あっははは、きついかな‥‥っと、どうだい? 先生さん?」
 水明はそうっと、アリステルの肩越しに蝦蟇の顔を見る。
 形容し難い顔をしながらも、ちょっとずつ近付いていく。
 途中、一華に腕を掴まれ、我に返り、頭を掻く水明。
 一度、アリステルは蝦蟇を引き剥がし、仄と那由多にその相手を任せる。
「まぁ、蛙だしねぇ‥‥気味悪いよねぇ‥‥」
 水明がそう言いながら指差す先。
 アリステルの両手剣にはべっとりと粘液が付いていた。
 それに乾いた笑いを漏らすアリステルと一華だった。

 弦を目一杯引いて、弓を軋ませる。
 そして、正直に真っ直ぐ矢を飛ばす。
 避けてくれと言わんばかりの軌道。
 鴉は一声鳴くと、右に避け、櫻束に近付いてくる。
 もう一射。
 また、右に避け、近付く鴉。
 もう一射。
 そうしていく内に、鴉は一華の頭の上までやってくる。
「少々、荒っぽいでしょうが――」
 気張ってお守り下さい、と櫻束は一言。
 鴉が眼下の三人を見つけ、標的を其方へと切り替える。
 鉄傘を開いて、鴉の急襲に備える一華。
 傘に爪を立て、けたたましい声で威嚇を繰り返す鴉。
 それに怯む事無く、一華は上手い事、攻撃を捌いていく。
 頃合を見て、風を切る音。
 櫻束が放った矢だ。
 鴉の右目に深々と刺さり、赤黒い血飛沫が飛ぶ。
 おぉ、と水明が身を乗り出して鴉に近付く。
「いや、アヤカシっぽいねぇ!」
 傷をこさえて、血を流し、おどろおどろしい雰囲気になったのが良かったらしい。
 鴉は一旦上空へ飛び上がると、櫻束に怒りの矛先を向け、一気に飛んでいってしまった。
 その鴉とは、別の鴉が上空で旋回している。
「いやぁ、アレですな。 これは少々骨が折れる仕事ですな」
 いつの間にか、側に佇んでいた風鬼が呟く。
「そうですねぇ、俺みたいな貧弱者には結構厳しいかな?」
 仄と蝦蟇の相手をしていたはずの、那由多もひょっこり現れる。
「あ、ほら蝦蟇より鴉の方が動きが素早いからね」
 人手を此方に割いた方が水明の為になるのではないか、との事だった。
「確かにもうちょっとだけしっかり見てみたいんだよね」
 そう言うと、水明はくるりと仄の方を向く。
「ちょいと旦那っ! もうちょっとばかし待ってておくれよ!」
 水明の声に仄は、此方を向かず片腕を上げて応えただけだった。
 蝦蟇にへばり付かれてそれ所じゃ無かった様だ。
「来ますっ」
 一華が叫ぶと、鴉が急降下しながら迫ってきた。
 風鬼が手裏剣を飛ばし、鴉の降下の邪魔をする。
 その間に、那由多が操るシキが鴉を取り囲む様に現れる。
「ほら、遅くなった」
 鈍る。
 鴉のスピードが鈍る。
 アリステルがその嘴を難無く受け切ると、水明はその姿を凝視する。
 ぶつぶつと呟きながら。
 次の瞬間。
 了、とだけ水明が風鬼に告げる。
 鴉はもう一度、上空へ上がり、急降下してくる。
 しかし、那由多の掛けた呪縛の所為で然程スピードは出ていない。
 後は、呆気無かった。
 一華に襲い掛かろうとした、鴉は割って入ってきた風鬼の斧で両断されてしまったのだ。
「骨が折れるー、なんて言ってた割には‥‥」
「まぁ、そう言うこってすな」
 どういう事だよ、と那由多は突っ込まずにはいられなかった。

「おや、鴉の方はもう良いので御座いましょうか?」
 離れた所で、鴉が両断されるのを見届けた櫻束は、木の陰から自分の相手を見やる。
 枝に止まって、此方の様子を窺っている様だった。
「何と、利口な事で」
 そう言いつつ、櫻束は矢に手を掛け、弦の張りを確かめる。
 備える。
 水明達が動き、鴉が其方に気を取られる瞬間に。
 一つ数え、二つ数え――
 三つ数えた時だった。
 都合良く、風鬼が此方に向かって歩き出したのだ。
 鴉はそれに気を取られ、一瞬、注意が逸れる。
「迂闊で御座いますなぁ」
 刹那。
 ひゅん、という音と共に矢が一直線に鴉を襲う。
 気付きはしたものの、時既に遅し。
 矢は羽に突き刺さり、鴉に取っては十分過ぎる程の痛手となった。
 一射、二射。
 更に矢がもう一本突き刺さり、鴉は樹上から下に落ちる。
 櫻束はゆっくりと獲物に近寄る。
 弱弱しく鳴く鴉を見下ろし、溜息一つ。
 頭を掻きつつ、矢を至近距離から急所に向かって撃つ。
「何です、終わってましたか」
「あぁ、今丁度終わった所で御座いますよ」

 舌を叩いて、距離を詰めるのは仄。
 実力的には取るに足らない相手では有るが、倒してはならないというのが面倒。
「ちったぁ、大人しくしててくれりゃあな」
 そう言うと、後方で待機している面々が大きく頷く。
「そうだよ、そしたらあたし一人でも来るってのに」
「いや、それはどの道危ないよ」
 水明の台詞に、那由多は苦笑する。
 若い彼から見ても、水明は子供なのである。
「おっと」
 仄が蝦蟇の体当たりをかわし、蝦蟇はそのままアリステルの方へと向かってくる。
 舌を伸ばし、攻撃をしてくるがアリステルは両手剣を目の前に構え舌を巻き取る様にする。
「これならどうだい?」
 すっかり陽も落ちていたのだが、一華や那由多の焚いていた松明のお陰でその姿がはっきりと見える。
 妙な光沢でてらてらと輝いているのが、気持ち悪いらしく妙な顔で観察する水明。
「‥‥‥‥も、もう良いよっ。 十分、十分」
 そう言って退く水明。
 待ってましたと言わんばかりに仄がにやりと笑う。
「そんじゃあまぁ」
 鉄傘をその辺に捨て、刀を抜く。
 蝦蟇は恐怖を感じたのか勢い良く、仄に飛び掛る。
 振れば紅葉。
 横に薙がれた刀は、紅葉の様な紅い燐光を散らしながら蝦蟇を斬り裂いた。
「うっ」
 水明は短く呻いた。


 翌日。
 町に戻った面々に水明は絵を描く所を見せると言い、自分の家に呼びつけた。
「まぁまぁ、こんな昼間っから良く集まったもんだね」
 随分な言い草ではあるが、誰も気にする様子は無かった。
 慣れ、である。
 水明はそんな面々を眺め、うん、と頷く。
 すると、徐に大き目の筆を取り、足元の硯に用意された墨にそれをつける。
「えぇっと、何処に描くの?」
 一華が首を傾げる。
 紙も何も無い。
「ココだよ」
 水明はにやりと笑うと、目の前の屏風に筆を走らせる。
「おいおい、こりゃ」
 酒を呑みながら、胡坐をかいていた仄が顎を擦る。
 雅号まで有る絵師。
 そうは言っても十四、五の子供。
 だとは思っていたが、中々どうして。
「‥‥圧力と言うか、そうだ、迫力か‥‥今にも動き出しそうだよ」
 アリステルが感心した様な声を上げる。
「水墨画ってのも、風流だろ?」
 ほんの僅かな時間で描き終わった水明は、振り返り、笑う。
「その調子で立派な絵師になってください‥‥勿論、艶やかな女人であれば申し上げる事など御座いませんよ」
 櫻束はそう言うと、クックッと笑い、頭を掻く。
「何て言うか、見かけに由らないね」
 那由多はそう言いつつ、水明の頭をぽんぽんと叩く。
「はっ、天下の逢島院 水明様だよ? その辺の奴らと持ってるモノが違うのさ」
 水明は那由多を見上げて笑う。

 帰り際。
「そう言えば、以前‥‥絵描きの護衛をしくじりましてなぁ」
 風鬼がポツリと呟く。
「?」
「そりゃあ、もう、目も当てられないくらいバラバラで」
「っ!? な、な、なんで先にそれを言わないんだよっ!!」
 慌てる水明を見て、風鬼はニヤニヤと笑うだけだった。