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■オープニング本文 紅色を景色の内に捉えていると、妙に空が高い事に気が付く。 夏よりも青い。地平に見える空はあれ程までに遠くに在っただろうか、と彼女は思う。 陽光で深緑に光る前髪を左手で避けて、進路を確認する。 未だ残る道程に疲れも感じるが、依頼人が同行している手前、そうも言ってはいられなかった。 しかも、依頼人にはこの楓の見事な姿が見えていない。 何時の頃からか、その両の眼の上には白い包帯を巻く様になったのだと話してくれた。 それ以上の訳は聞かなかったが、もしかすると今回の依頼に関係の有る事なのかもしれない。 楓の木から下りると、彼女は依頼人の方へと歩み寄った。 「あら、漆原さん‥‥道の確認は終わりましたか?」 「充分だ。未だ少しだけ歩く事になるが」 そう言うと漆原、名は鼎と言う、その剣客は依頼人の手を取った。 「面倒な事をお頼みしてしまって‥‥」 そんな言葉を受けて、鼎は後ろを振り返った。そうして、立ち止まる。 「いや、拙者は彼方此方を流浪している身。未だ見ぬ土地へと足を踏み入れるのは楽しい事」 確かにそうだった。依頼人の事も、踏破していぬ土地の事も。 兎にも角にも、依頼人、白黒の右羽を連れて進む他に道は無かった。 話の始まりは、鼎は何時振りかに神楽の都に帰った時だった。 路銀が底を突き、空腹絶倒の中、彼女は数少ない友人を頼りにギルドへと至った。 「大路殿は居るか‥‥」 刀を杖代わりとして、頼む、の一言と共に頭を下げる。 何事かと呆然としていた受付の女だったが、はたと気が付くと声を上げる。 「はーい、私にお客様、ですか?」 「久方振りだな‥‥大路殿、な、何か食べる物を‥‥」 友人の姿を確認すると、既に歩くのが面倒なのか地を這う様に大路と言う女に近付く。 「うぉ‥‥か、鼎ちゃん久し振おぎゃぁああぁぁぁあああぁぁぁぁ!?」 「流石、大路殿‥‥! 漆原 鼎、感動の極み‥‥! 鶏肉とは僥倖‥‥!」 「やめてっ! 脛を齧らないで! 私、鶏じゃないから!」 「私の知り合いからの依頼なんだけれども‥‥あ、これが内容ね」 感動の再開から少し経って、鼎と大路は都の蕎麦屋で向かい合って、何やら話し込んでいた。 蕎麦を啜りながら、鼎は懐から眼鏡を取り出して、掛けたその目で上品な雰囲気の字を読む。 東房の山奥に在る廃寺へ行く道中の護衛をして欲しい、と言う旨が書かれてある。 目的の場所は比較的平和な所だと聞いた事があった。 此処までは特に問題は無かった。しかし、次の文に重大な事が書かれてある。 依頼人は盲目であるらしい。いいや、盲目であるならば鼎が負ぶれば良い。 そうではない。依頼人はどういう訳か、其処まで自身の足で歩きたいと言うのだ。 ただ護るだけではない。護り、自身が目となり、依頼人を件の場所まで連れて行かなければならないのだ。 「‥‥路銀も無い。それに、大路殿の知り合いの依頼だ」 「それじゃ」 「あぁ、受けよう」 確率は低いとは言え、アヤカシと遭遇する可能性も考慮すれば、少々厄介な依頼になる。 しかし、我侭は言っていられない。 眼鏡を懐に戻し、汁を飲み干すと、重厚な造りの刀を手に鼎は立ち上がる。 「馳走になった」 「あ、やっぱり奢るのね、私」 依頼内容の書かれた紙を受け取るや否や、では、とだけ言い残して、鼎は店を出て行く。 そんな相も変わらない後姿を見て、大路は安心した様な溜息を吐くのであった。 そうして、鼎と白黒の右羽が廃寺に向かった直後。一枚の依頼書が張り出された。 内容は、北面方面から逃亡した大型の付喪人形一体と小型の付喪人形二体の討伐。 場所は――正しく彼女達の向かった廃寺付近であった。 |
■参加者一覧
ヘラルディア(ia0397)
18歳・女・巫
巴 渓(ia1334)
25歳・女・泰
鈴木 透子(ia5664)
13歳・女・陰
ニクス・ソル(ib0444)
21歳・男・騎
天野 瑞琶(ib2530)
17歳・女・魔
リーゼロッテ・ヴェルト(ib5386)
14歳・女・陰
仁志川 航(ib7701)
23歳・男・志 |
■リプレイ本文 それでは何故、白黒の右羽が護衛を引き連れてまで廃寺へと向かったのか。 出掛けの際に、鈴木 透子(ia5664)は受付に居た神子に聞いてみる事にした。 彼女の目的、ですか。そう言ったまま神子は唸ったまま、暫く何かを言い淀んでいた。 無理に聞きたい、という事ではない。何より時間が無いのであるから。 「そうですね…彼女の行き先、廃寺に行けばその理由が分かると思います」 これ以上は、私の口からは、と神子は申し訳なさそうに頭を下げた。 透子はニクス(ib0444)と目を合わせ、神子に顔を上げる様に言った。 「それでは、鼎と言うサムライについてだが――」 透子に言われて、顔を上げた神子は一息吐くと、鼎の事について話し始めた。 先程とは打って変わって饒舌。 そんな様子にきょとんとしていた二人だが、気が付けば苦笑交じりの相槌しか出てこない。 事、鼎に関しては、どうにも苦労を掛けられている様子だった。 一言で言えば、馬鹿力の風来娘(?)と言う事らしい。 さく、と落ち葉を踏みヘラルディア(ia0397)は後列を歩く。 定期的に辺りを見回し、聞き耳を立てるも、未だにアヤカシの気配は無い。 大型であるものが居るのならば、確かにシノビの技でなくともその活動音くらいは聞き取れるはず。 「願掛けあたりかしらねぇ」 軽く息を吐いて、リーゼロッテ・ヴェルト(ib5386)が呟く。右羽の事だ。 目が見えていないと言うのにも関わらず、態々、自分の足で山中深くへと向かったのだ。 開拓者の護衛付きとは言えども、何かしらの特別な理由が有るに違いない。 天野 瑞琶(ib2530)は浅く頷いて、リーゼロッテの言葉に答える。 「きっと、何かの想いが其処に在るのだと思いますわ」 その右羽の想いを無へと還さぬ為にも。今は鼎と右羽に合流し、件のアヤカシを倒す他に道は無かった。 まぁ、兎に角、放ってはおけないさ。そう言って、巴 渓(ia1334)は邪魔な枝を払うのであった。 そうして、少しばかり進んだ後、地図上では山の中腹に当たるのだろうか。其処で透子の足がぴた、と止まる。 何か来る。 「これは」 「どうかしたのかい?」 仁志川 航(ib7701)が振り返り、透子の返答を待つ。暫くの沈黙の後、透子の目線が動くのを航は見逃さなかった。 鳥が、何の種類の鳥なのかは分からないが、何羽も飛び立ち戦慄く。 人魂なんて代物は操れないが、航は何が此方に向かってくるのかは分かっていた。 曲刀の鋭利な刃が鞘を擦る。 「まさか、ねぇ」 リーゼロッテが短剣を抜いて、構える。自身の練り上げた魔術を、出会い頭にぶつけるのも良いだろう。 しかし、枝を折って、頭上から降りてきたのは白色を背負った濃紺の影。漆原 鼎と白黒の右羽だった。 良かった、と思った次の瞬間には鼎の声でそれは掻き消されていた。 「っ、退けぇ!」 風切り音。それは何か刃の様な物ではなく、もっと尖って鋭い物。 全員が鼎の警告に反応し、迅速に後方へと退いていく。 そして、その数瞬後には無数の鉄槍が上空から降り注ぎ地面を穿ったのだった。 「こりゃあ…」 渓が鉄槍の飛んできた、正確に言えば落ちてきた方に目を向けて、唸った。 一つの黒い点が緩い速度で大きくなっていく。 討伐対象であるアヤカシが、北面から東房に逃げた際に通った経路の上には大きな川があったとされている。 果たして、どう渡ったのか。迂回したのか。それとも、泳いだのか。 追手が川の淵まで辿り着いた時、既にアヤカシの姿はその一帯に無かったと言う。 どちらでもなかったからだ。 「其処まで考えが至りませんでしたね」 ヘラルディアは、低空に浮く大型の付喪人形・甲を見つめて少々呆れた様な色を滲ませた。 そうして、すぐさま結界を目一杯展開させる。上空には大きな瘴気の塊のみ。その中に小さな物は隠れていない。 ニクスは霊剣を握り、視線を真っ直ぐ、木々の間隙に向けた。恐らく、付喪人形・乙はこの先から来るであろう。 「此処は一度、後ろにお逃げ下さい」 透子の提案に、鼎は大きく頷く。 「やはり開拓者であったか。察するに、アレを追ってきた、という所だろうか」 「まぁ、二人の事もね」 航の一言に合点がいったのか、大きく頷くと鼎は右羽に何か言葉を掛けると、小走りで駆け出す。 「気を付けろ、先程は上手く撒いたが…アレは落ちた方が断然早い」 だからこその射出系暗器だとでも言うのだろうか、確かに甲の飛行速度は大分間抜けな感じだ。 が、次の瞬間には甲はまるで糸が切れたかの様に落下し、大きな音と共に視界から消失した。 落ちたとすれば、甲が此方に向かってくるのは時間の問題。乙も然程距離は開いていないのだろう。 「後ろには通さんよ。此処で行き止まりだ」 ニクスは盾を突き出し、迫り来る脅威に対して戦意を吐いた。 乙との邂逅は、やはり早いものだった。 甲が動き出すまでに、ヘラルディアの瘴索結界内に二体の侵入者の気配が浮かび上がったのだ。 リーゼロッテは一つ、推測を立てて、それを口にしてみた。 「出来るだけ、頭は低くね」 チリチリ、と何かが弾ける様な音と共に閃光が走る。奥の方から飛んできたのは一筋の光。 電撃は伏せた開拓者の頭上を照らし、周りの木々を裂き、焦がしていく。 やはり、乙の使った妖術の形跡は雷に因るもの。間違ってはいなかった。こうして、何とか初手はやり過ごせた。 航とニクスが迎撃の為に前方へと走り出す。次の手も打ってくるだろうが、その点は透子に任せてある。 再度、電撃が航とニクスを襲う。しかし、その光は、山の中にしてはかなり異質な闇の中に呑まれてしまっていた。 結界術符、その防護は充分。航は土を蹴り、飛び出してきた乙に斬り掛かった。 乙はその不規則な斬線を読み、回避は不能と判断したのか手首から突出させた仕込み刀でそれを受けた。 それでも態勢が悪かったのは、瑞琶の仕掛けた魔力の蔓が乙の身体に巻き付いていたからであろう。 火花を散らして、乙は航の剣圧に圧されて奇妙な声と音を立てて、後方へと転がった。 もう一体は、ニクスの盾に喰らい付く様にしていたのだが、突如として後ろへ下がると電撃を跳ねさせる。 灰色の地場がニクスを包み、その威力を軽減させてくれるが、やはり物理的な攻撃よりも痛い。 「下がって! アレが来るよ!」 渓が声を上げる前から、妙な土煙が上がっていたとは思っていたが――どうやら、甲が到着してしまったらしい。 黒い影が木々を薙倒し、その姿を現す。このまま、開拓者の面々を巻き込んでしまいそうな勢いだ。 しかし、そう甘くないからこそ開拓者なのである。 リーゼロッテは魔剣を握った右手に、左手を添えると今度こそ練り上げた魔術を前方の空間へと叩き込む。 乙の使う電撃よりも、更に強力な一撃。それが上手く仲間を避け、甲を襲い、その身体に命中したのであった。 それでも、甲は勢いを殆ど殺さずに進む。痛覚が無ければ、怯む事も無い。 鉄槍の群れが高速で飛ぶと、それは空気の層を裂いて、眼前まで迫ってきていた渓の頭上へと落ちる。 普通ならば完全に決まっていた。が、渓は拳を握り締めて、更に前進をする。 罅割れる様な音と共に、甲の勢いが無くなる。 渓の深紅の拳が甲を、不気味に装飾された仮面の上から直撃したのだ。 そして、ダメ押しと言わんばかりに、瑞琶がホーリーアローで甲の身体を押し込む。二歩、三歩、と。 「術士達への間合いに、デクを入らせない様にせんとな」 渓の口から漏れたのは、手応えの有った者の言葉とはまた毛色の違うものだった。 剣の柄尻で頭を掻く航も、同じ様な感じだ。 殴った瞬間、斬った瞬間。正確に言ってしまえば、甲と乙が自身達から離れる瞬間。反撃を受けていたのだ。 渓の頬、脇腹には何かが掠った痕が、航の短剣を握った左腕も鋭利な物で切り裂かれている。 どうも、一筋縄ではいかない。流石に、北面の追手から逃げ切っただけの事は有るのだろう。 乙は、思わず舌打ちをしてしまう程に鬱陶しい奴だった。 動きが素早く、狙いが定まらない上に、当たっても特に効いているのか分からず、全く手応えが無かったからだ。 防御や治癒に関しては透子やヘラルディアの支援が有る。後は攻撃で封殺出来れば良いが、怯まぬ分、攻撃の手が緩まないのだ。 それに、結界術符や閃癒とて隙が無い訳ではない。 面倒な事だ、とリーゼロッテが忌々しげに魔剣を翳す。轟く雷鳴が乙を捉えて、その身体を徐々に焦がしていく。 魔術に対しての抵抗力が有るようだが、それでもリーゼロッテの無比な威力の電撃はその想定以上だ。 その衝撃で動きの止まった乙に、ニクスは紅い剣閃を閃かせる。 ガシャリ、と音を立てて、乙の片腕が地面に落ちる。付喪などと冠している割に、その腕が勝手に動く事は無い。 やっと、底が見え始めた。そう思い、瑞琶は三度聖なる矢を乙へと放つ。 当たったかどうか、それを確認する前にその場から後退する事を余儀無くされる。今度は甲だ。 流石に歴戦の渓と言えども、重戦車の様なアヤカシを一人で押さえ込む事は出来なかった。 今度こそ、本当に渓は舌打ちをする。これ以上の甲の前進は、拙い。 甲の前に立ちはだかり、呼吸を整える。力は骨より発し、剄は筋より発す。沈着した心で、ゆるりと構えを取る。 一つ、二つ、拳を甲に叩き、三つ目には蹴り上げる様にして脚を出す。どれも速度こそ違えど、触れただけの様に見える。 が、剄の速度と拳脚の速度は違うもの。それと同じ様に、剄の威力と拳脚の威力は違うのだ。 身体を跳ねさせて、甲の動きが止まる。甲は苦し紛れに全身から鉄槍を射出して、追撃を嫌い、渓を追い払う。 「努々、油断はなさらぬ様に」 ヘラルディアが閃癒を使い、渓やニクス、航の傷を癒していく。 傷は癒えども、疲れは癒えず。航には、戦いが伸びれば伸びるほど、不利になっていくのが分かっていた。 ならば、一人一体などと言っている場合ではない。曲刀を構えたまま、電撃に膝を突きつつ、ニクスの方を確認する。 先ずはアレを一気に落とす。 自分が相手をしていた乙の隙を衝いて、航はニクスの下へと走る。 させまいとする電撃は、航の意図を汲んだ透子が全て阻む。ニクスも灰色の地場から一気に飛び出して、剣を振るう。 放電に次ぐ、放電。しかし、勝機は目の前。足を止める事は許されなかった。 乙の肩口に剣を喰い込ませて、そのまま払い除ける様に振るう。転がった先、航は炎を纏わせた曲刀を高々と掲げる。 地面ごと貫かれた乙は、刀身を掴んで抵抗していた様に見えたが、暫くしてそのまま動かなくなった。 残りは、デカ物と同じ様なのが一体ずつ。 その残った方の乙が、瑞琶の方へと電撃を放ちながら迫る。このまま行けば、危険である事は間違い無い。 瑞琶は咄嗟に、自身と乙との間に石壁を造り出して、その攻勢を止める。勿論、ただ止めるだけではない。 「これでどうでしょうか」 上手く壁の向こうに放り投げたのは、焙烙玉。 壁に張り付いてしまっていたのが運の尽き。乙は爆風と鉄菱の嵐に呑み込まれて、羽織った黒い布を燃やされる。 何が容赦無かったかと言えば、乙の突破に気付いたリーゼロッテが追い討ちを掛けた事だろう。 崩れる様に倒れた乙を見て、透子はその手に持った人形に一言、二言掛ける。念入りにも止めの為に何か、を呼んだのだ。 ニクスと航は、改めて甲の方に向き直る。残りは、アレだけだ。 それを理解したのか、甲は渓を腕で吹き飛ばし、鉄槍を空高く打ち上げて、雨の様にして降り注がせた。 開拓者達にとっては、何度も見た攻撃で芸の無い事の様に思えた。 しかし、頭上に打ち上げた鉄槍は本命ではなかったのだ。 ヘラルディアが鋭い痛みに、自身の腕を見る。無数の鉄針。これが本命だったのだ。 「成る程、射出系の暗器、ね…」 盾を降ろして、ニクスが呟く。 「今更ながら、厄介な事ですわ」 瑞琶はじりじりと後退しながら、他の面々の位置を確認する。前衛を張る人間と自分達の間が、大分縮んでいる。 果たして、態勢を整えられるのか。いや、もうそんな暇は無いだろう。 「どの道、次で何とか仕留めないと拙いかね」 「まぁ、そういうこった」 航が構えを直した所で、木に叩きつけられて倒れていた渓が立ち上がる。 どうも、彼女は肋を痛めたらしい。その辺りを擦りながら、血を吐く。 不幸中の幸いとも言うべきか、折れてはいない。 もう一度、今度は止める為ではなく、沈めるつもりで肉薄する。渓は深く息を吸い込んで、吐いた。剄は充分に走る。 跳び上がる二人の男の影、雷光と共に、目の前のアヤカシとの雌雄を決する時が来たのであった。 湿った落ち葉には独特の香りが有る。航がそう言うと、右羽は楽しそうに頷く。 ヘラルディアから水を受け取った鼎は、何処か疲れた様子だった。 「忝い。どうも、こういう事は慣れない」 気疲れらしく、苦笑しつつ頭を掻く鼎。 普段、気儘にしているからか、追われるのには慣れていないらしい。 瑞琶に腹の減り具合を尋ねられて、頭を掻いたまま目を逸らしている鼎を見つめて、リーゼロッテは独りごちる。 「はぁ…皆、お人好しねぇ…」 恐らく、そう言う彼女もそうなのであろう。確りと後ろについて来ていた。 そうして、進む一行の視界が急に開ける。目的地を上から見下ろせる高台の方へと出たらしい。 「どうも、間が良過ぎるとは思いましたが…」 眼下に広がっていた光景は何とも言えぬものだった。 魔の森。廃寺はその入り口に建っていたのだ。アヤカシが、鼎と右羽と同じ地域に逃げてきたのはこういう事らしい。 「どうするのだ?」 鼎が右羽に問うと、右羽は高台の先まで自分を連れて行く様に頼む。 彼女は懐から、何か、それは紫苑の花の銀細工であろう物を取り出し、そうして下の廃寺へと向かって落とした。 「過去に、此処で約束を交わした方が居りました…身も心も強い方でした。いえ、強過ぎたのでしょうか」 右羽の両目が、廃寺が、未だ健在だった頃の話。右羽は確かに此処に住んでいたと言う。 魔の森の侵攻と共に、強力なアヤカシが出る様になり、果ては―― 「寺を守れる人間が次々と倒れていく中、私もまた倒れ、気が付けば麓の村でした」 右羽と約束を交わした人間、開拓者であろうその男は、倒れた右羽を仲間に託し、独り此処に残ったのだと言う。 その故や彼の行方など知る由も無い。 願掛けではなく、墓参りに近いものがあったのだろう。 手を合わせる右羽の背を眺めて、鼎は思う。やはり、交わす約束は、時として残酷なものだ、と。 だからこそ、一所に留まる事は必ずしも幸せとは言えないのだ。そうして、一言。 「行こう。日が暮れてしまう」 山紫水明。秋深まる山。一行は夜の帳が下りる前に、その場所を発ったと言う。 |