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■オープニング本文 前回のリプレイを見る 子供が居た。 子供は、どこからも爪弾きにされつつ成長した。彼は虚しさを胸に宿し、荒れていた。 そして彼は、盗賊となり野放図に、無軌道に生きていた。何かを愛しく思う事など、馬鹿げた事と思いつつ。きまぐれで女をひっかけ、戯れに子供を設けた事もあったが、そこに愛情など無かった。 しかしある日。矛陣でアヤカシに襲われ、仲間の盗賊たちは皆殺され、自身も死にかけた。 やがて、男は助けられた。助けてくれたのは、妻の面影を持つ、一人の老女。彼女は、自分を助けてくれた。ただ死にかけているのを気の毒だ、そういう理由だけで。 彼は、ここでようやく気がついた。他者のため、何かを行う行為の尊さを。 そこで、警邏隊募集を知り、彼はそれに応募した。そこで粉骨砕身の思いで仕事に励み‥‥いつしか、隊長の座につくように。 男の名は、轟現といった。 「というわけで、隊長の過去がわかった」 ギルド、応接室。 いまや実質的な次期隊長となった座羅が、君達へと情報を伝えていた。 「凛無殿から聞いた事だが、轟現隊長の過去はかなりのものだったらしいな。で、その妻は、轟現隊長に捨てられた後、心労を重ね、それが元で亡くなったという‥‥」 無念というか、やるせない表情で座羅はかぶりをふった。 「で、残された子供二人‥‥弟は復讐を誓い、そのまま家を出て行ってしまった。その姉は、父と弟とを探し、こうして見つけたと」 座羅の隣には、凛無‥‥轟現の娘が佇み、座っていた。悲しさと、辛さとが混じった表情を浮かべている。 「皆様、わたしの弟‥‥頼無が迷惑をかけたようで、本当に申し訳なく思っています。まさか、生ける屍を作る手助けをしていたなんて‥‥」 「ともかくだ。前回の依頼にて手入した、櫓岸の資料。そのほとんどは屍人に関するものだったが、轟現隊長の事、そして頼無の事も記されていた。櫓岸はどうやら轟現の過去のことを、そして頼無の事を知り、頼無に近づいて利用したらしいな。櫓岸の日誌を推測も含めて纏めると、今回の事態はこういう事になる」 櫓岸は、屍人の研究を行っていた。いかに瘴気を宿らせると、どういう屍人になるのか、という研究だ。それが明るみに出て問題視され、追放されてしまったが。しかしそれでも、表の職業に付きつつこっそりと研究を行っていた。 そして、ある時。遠くに‥‥石鏡に向かった時に凛無と偶然出会い、轟現の過去、そしてそうと知らず部下になっている頼無の事を知ったのだ。 「今にして思えば、わたしも迂闊でした。心細かったとはいえ、見ず知らずの人に家庭の事情を話してしまうとは、我ながら注意が足らなかったと自戒する他ありません」 無念そうな表情で、凛無は言った。 とにかく、凛無から矛陣に戻った彼は、轟現が仇と知らなかった頼無にその事を知らせ、協力させた。 頼無は櫓岸の言うとおりに動き、死体を集めて屍人を多く作り、警邏隊を、ひいては矛陣の一部の海域を混乱させる。その激務にて轟現を疲労させ、然る後に拉致。こうすれば、屍人の、アヤカシの仕業に見せかけられる。そして後で、隊長である轟現の名前にも泥を塗ってやれる。 轟現は評判を落とされ、そして子供に殺される故の無念さを込めて殺される。そうした死体に瘴気を宿らせたら、どのような屍人に、アヤカシになるだろう‥‥。それこそが、櫓岸の企みであった。 それに、頼無も加わっていた。幼い日に、父親は散々酷い事をして、そして自分たちを捨てた。母はそのために死んだのだ、同じくらいの、否、それ以上の苦しみを味あわせてから死なせてやるのがふさわしいと言うものだ。 「‥‥と、頼無は櫓岸に言っていたようだな。しかし‥‥炉岸は何らかの過ちにより、屍人に逆襲されて殺されてしまった。以後、我々は逃げた頼無を探しているわけだが‥‥」 彼は、行方不明になっていたのだ。 「轟現隊長も生きているとしたら、どこにいるのか。いや、そもそも生きているならどうして姿を現さないのか。今までその点が分からなかったが、このたびにようやくその理由が分かった」 座羅は、地図を出した。 「これは、矛陣の海岸線を描いた地図。そして、ここに海上に頭を出している岩礁がある。かつては漁場で、船をもやう小屋も作られていた。が、魚や貝の採れる量も減り、船での行き来も面倒かつ危険であるために、現在は漁師たちから疎遠になっている。船で一〜二時間ほどの距離にあるが、ここには誰も住み着いていない、はずだった」 はずだった? 「ああ。ここで目撃されたのだよ。頼無と轟現隊長の姿がな」 座羅によると、この岩礁からもう少し沖に出た海域は、朱藩方面へ向かう船の航路に近い。 そのため、航路を外れて付近を漂う船も少なくない。 「で、航路を外れた商船が、この岩礁の近くを漂った時。何者かが取り残され、助けを求めている様子を目撃したとの事だ。助けようと接近したら、海から死体が湧き出てきて、近づけなかった‥‥という」 その報告が来たのが、つい先日。そして、警邏隊もそれを確認せんと向かったところ、確かに水中から湧き出た大量の屍人‥‥土座衛門に阻まれた。 「目撃した商船の乗組員の証言から、その岩礁に取り残された二人は、間違いなく轟現隊長と頼無と思われる。だが、状況が状況ゆえに、我々の力だけでは助けだせるかどうか、心許ない」 岩礁の周囲には、どのくらいの土座衛門が漂っているか分からない。 いや、土座衛門だけならまだ何とかなる。問題は、出現した新たなアヤカシ。 「まるで土座衛門の瘴気に惹かれてきたように、鬼面鳥も姿を現したのだ。情けないとは思うが、我々だけでは対処できないのだ。土座衛門の群れは後で何とかできるだろうが、鬼面鳥まではなんともならん」 空には、数羽の鬼面鳥。そして海面からは、無数の土座衛門。これらをなんとか突破し、二人がいる岩礁まで向かい、救出して戻る。確かに、警邏隊だけでは歯が立たないかもしれない。 土座衛門の総数は不明だが、後で人海戦術を用いて殲滅する事は可能だろう。だが、現状で鬼面鳥に対処するのは正直難しい。 「そこで、お主らに頼みたい。鬼面鳥と土座衛門の群れを何とか突破し、轟現隊長と頼無とを助け出してもらいたい。おそらくは、その岩礁もまた櫓岸の研究所か、あるいは死体の隠し場所だったのだろう。そして、轟現はそこに監禁されていた。頼無はそこに向かったが、土座衛門の群れに囲まれて‥‥といった状況なのだろう」 全てが、推測。しかし、はっきりしている事は一つ。助けを求めている者が、危機に陥っている状況にある事。そして、それは目前の凛無という女性の父親と弟。過去の動向がどうであれ、彼女の肉親を見殺しにはできない。 「皆様、どうか父と、弟を助けてください。お願いします」 「私からも頼む。二人を、助けて欲しい」 凛無と座羅は、君たちへと懇願し、頭を下げた。 |
■参加者一覧
紙木城 遥平(ia0562)
19歳・男・巫
セシル・ディフィール(ia9368)
20歳・女・陰
日御碕・かがり(ia9519)
18歳・女・志
日御碕・神音(ib0037)
18歳・女・吟
デニム・ベルマン(ib0113)
19歳・男・騎
盾男(ib1622)
23歳・男・サ |
■リプレイ本文 海原。二そうの船が、青色の水面を進む。 乗船しているのは、それぞれ三名ずつ。そしてその中の一名づつが櫂を受け持ち、水面をかき分けて船を進行させていた。 船に乗るは開拓者。六名中三名は、この事件を調べ、関わっていた。が、残る三名は今回が初参加。事情は聞いたものの、まだ実感はわいていない。 彼らは小一時間ほど前に交わした会話を、思い出していた。 「では皆、頼んだぞ」 警邏隊の建物、その一室。 警邏隊隊長代理・座羅は、開拓者たち六名と、凛無とを残し、部屋を後にした。 今回初参加する三人‥‥紙木城 遥平(ia0562)、デニム(ib0113)、日御碕・神音(ib0037)へと今までの状況は伝え終わっている。 座羅はこれから、警邏隊の打ち合わせを行なうという。彼女はあの海域に大量の油をまいて火矢を放ち、土座衛門の群れを火責めにするという作戦を立てていた。 が、実行するにしても二人の生存者を、頼無と轟現との助け出さねばならないのは変わらない。 「まあまあ〜、大変な事情があったんですね〜」 いささか呑気さすら感じさせる口調で、神音は妹へ‥‥すなわち、日御碕・かがり(ia9519)へと語りかけた。 「そうです姉さん。だから一刻も早く、二人を助けないと!」 「ええ。船は、座羅さんが手配してくれました。あとは、現場に向かい、作戦を実行するのみです」 セシル・ディフィール(ia9368)の口調には、恐れはない。が、少しだけ、ほんの少しだけ焦りめいたものが含まれていた。 「皆さん、どうか‥‥よろしくお願いします」 不安そうに、凛無‥‥轟現の娘にして、頼無の姉は懇願していた。 「安心してください、凛無さん」 力づけるように、デニムは請合った。 「助けを求める声に応えるのは、騎士の義務。僕の誇りにかけて、必ず助けだしてみせます」 彼に続き、紙木城も言葉をかける。 「僕も、出来るだけのことをします。うまくいくかはわかりませんが、全力を尽くしましょう」 「とはいえ」言葉に出さず、盾男(ib1622)は心で呟いた。 「助け出したとしても。家族の問題が解決するとは限らないアルけどね」 船上の開拓者たちは、岩礁が見えてくるとともに気を引き締めた。 そしてそれとともに、遠くの水面が徐々に沸き立つような動きをしているのを確認する。 一そう目の船には、かがりと紙木城、デニムが乗っていた。デニムが櫂で漕いでいる。 二そう目は、神音とセシルが乗り、盾男の手により漕がれている。 「どうやら‥‥出てきたようアルねえ」 盾男は、その様子を見ている‥‥海面に頭を出した、それの様子を。 それは、腐りかけた人間の頭部。海原の水面を割って出てきたそれらは、海そのものにより吐き出されたかのよう。皆が皆、うつろな目つきで中空へと視線を泳がせていた。それらは二そうの船を発見すると、不器用な泳ぎ方で接近しつつあった。 腐臭漂う泳ぐ死体‥‥土座衛門。 誰もが逃げ出したくなるその情景を目前にして、開拓者たちは一歩も引こうとはしていない。神音が直前に「騎士の魂」をかけておいたことも手伝い、皆の心には勇気が湧き上がっていた。 一そう目の船では、かがりが長脇差「無宿」を手に、船首に立つ。すでに脇差の刀身には「炎魂縛武」がかかり、炎の剣と化していた。 紙木城も、己の武器を構えている。バーストハンドガン、片手で扱える小型のフリント・マスケット銃。鬼面鳥に用いる前に、必要とあらば土座衛門にも用いるつもりであった。 そして、櫂をこぐデニムもまた、武器を携えていた。殲刀「朱天」、大業物のその刃、戦いの時には役立つだろう。 かがりの船にやや遅れ、二そう目には白弓を手にしたセシルが、同じく船首に立っていた。構えた弓には矢がつがえられている。 セシルの後ろ、船の中央部には神音が控える。彼女が携えているのは、武器ではなく楽器‥‥平家琵琶という、五本糸の特殊な弦楽器。 盾男は、櫂を持ち漕ぎ手を担当。スパイダーシールドが、太陽の光を受けてきらりと光った。 やがて、最初の土座衛門がかがり達の船へと接触した。腐りかけの死体の手が、かがりの船の縁をつかむ。 斬。 そのまま上がりこもうとする死体を、かがりは薙ぎ払った。首を切断され、不快な動く屍は海原へと消える。 が、それを皮切りに次々に新たな土座衛門が、まるで餌を求める鯉の群れのように群がってきたのだ。 斬、斬、斬! かがりは右へ左へと、枯れ草を刈り取る鎌よろしく刃を凪ぎ、それらを切り払う。あらかたの泳ぐ死体が、動かぬ死体に戻った刹那。 船が揺れた。激しく横に揺れ動いた。たまらずかがりは、船上で安定を失い尻餅をつく。 それは、船の両脇を掴んだ土座衛門の仕業。やがて一体目が、船にその腐った身体を引き上げるのに成功。船上の三人に襲いかかろうとしたが。 「はーっ!」 デニムの鋭い声とともに、朱天が一閃された。胴体を真っ二つにされ、その土座衛門は水中へと再び没する。 「‥‥貫け!」 もう片方の土座衛門は、船上に這い上がる前にセシルの放った矢に貫かれた。白弓から放たれた矢は、土座衛門の腐敗したぶよぶよの身体へと突き刺さり、それを再び水中へと叩き落した。 「‥‥あちゃー、まだまだ居るアルねえ。土座衛門は」 盾男が指摘した通り、かがりの進行方向には新たな土座衛門が姿を現していた。かなりの数だ。 「どうやら、土座衛門さんたちをひきつける必要がありそうね〜」 口調は呑気、しかし表情は本気の神音が、平家琵琶を奏で始める。 琵琶からは何の音も発していない。だが、何かを発している事は事実。それがすぐに明らかとなった。 かがりの船に向かって泳いでいた土座衛門の群れが、神音の方へと方向を変えたのだ。 「怪の遠吠え」、アヤカシのみに聞こえる音を発し、引き付ける技。狙い通りにかがりの船から離れ、土座衛門どもは神音の船へと向かう。 「姉さん! ‥‥お願い、無理しないでね」 その様子を見て、かがりは引き返したい衝動に駆られた。船に乗る直前、お互いに抱きしめあった時のぬくもりを思い出す。 だが、今は助けを求める者が居る。彼らの救出が先。己の気持ちを振り払い、かがりは前方を、そびえる岩礁を見据えた。 まるで、大男がここに座り込み、そのまま岩になったかのよう。岩礁を最初に見たかがり、そして紙木城とデニムは、そんな感想を抱いていた。 岩礁に上陸したかがりは、心眼で周囲を見た。そして、穴のひとつに何かが動いたのを発見した。 「轟現さん? 頼無さん? 助けに来ました、居たら返事をしてください!」 かがりが声をかける。あとの二人は、かがりの後ろについていた。後ろや周囲からの襲撃を警戒しつつ、岩礁を登り、穴へと接近する。 「‥‥誰だ?」 しわがれた声、そして警戒するような口調。頼無ではない。少なくとも、何度か頼無と顔を合わせたかがりは、声の主が頼無と異なると聞いてわかった。 「轟現さん‥‥ですね? 助けに来ました!」 岩礁にできた洞窟内。そこは、確かに櫓岸の研究所跡らしい。 内部には、うずくまるようにして轟現がいた。話に聞いていたより大柄だが、げっそりとやせこけており、良い状況とは思えない。 そして、轟現から少し離れた場所。そこに頼無が横たわっていた。かろうじて息はしているものの、意識が無い。 「鬼面鳥に襲われたんだ」轟現が、その理由を述べた。 「俺は目隠しをされて、ここに連れてこられた。だが、こいつが陸に戻ろうとしたとたん、鬼面鳥がいきなり襲い掛かってきてな。しかも土座衛門の群れも集まって船は沈められるし、仕方なく二人で篭城することになったわけだ」 幸い、保存食と飲料水の貯えがここにはあった。櫓岸はおそらく、犯罪で追われた場合にここを隠れ家にするつもりだったのだろう。 しかし、最後の水と食料は三日前に無くなった。そして、二日前に鬼面鳥が頼無を襲い、重傷を負わせてしまった。 「俺は残っていた薬を全て用いて、応急処置を施した。だが、これでもう打つ手が無い。ここで俺たちは死ぬしかないと思っていた‥‥お前さんたちが助けてくれれば、話は別だが」 「大丈夫、もちろん助けますとも」 岩清水を轟現に含ませた紙木城は、薬草を頼無に当て、手を当てる。その腕が、淡い光を放ち始めた。 恋慈手。精霊の力を手に宿し、傷を癒す技。かがりとデニムは見た。血の気が無くなっていた頼無の顔に、赤みが戻ってくるのを。 「さ、次は轟現さん。あなたの番です」 轟現もまた、恋慈手の手当てを受けた。が、あまり嬉しそうな顔をしていない。 「あとは二人とも戻るだけですね。すぐにここを出て‥‥」 かがりの言葉は、そこまでだった。 外から、邪悪な叫びが響いてきたのだ。 かがりは、洞窟の入り口から外を見た。 何も見えない。周囲の海原にも、土座衛門らしきものの姿は無い。 気のせい? いや、そうではない。晴天の下、別の岩礁の影からそれが、翼を広げて空に飛び上がるのを見た。 念のためにと心眼を用いていたが、その必要はなかったとかがりは思った。それは鬼の顔と、人の胴体、そして鋭い爪を備えた怪鳥。そいつらが悠々と空を舞っていた。 鬼面鳥。その名を持つ空の怪物の一匹が、新たな獲物を発見し降下してきたのだ。 「くっ!」 そいつが接近し、かがりは頭を引っ込めた。その直後、すぐ近くをそいつの爪がかきむしるのを音で知った。再びそいつは、空に舞い上がる。 「下がって!」 入れ替わり、紙木城が洞窟の入り口に立つ。彼はハンドガンを取り出して、敵に向けて構えた。 再び襲い掛かるそいつが、迫り来る。十分に引き付け‥‥紙木城はハンドガンの弾丸を、そいつの脳天へ撃ち込んだ。 後頭部へと弾丸が貫通し、脳漿がぶちまけられる。海面に墜落した鬼面鳥は、そのまま海中へと没していった。 残り四羽の怪鳥は、威嚇するかのようにしわがれた泣き声でわめき散らしている。襲い掛かりたいが、警戒しているのは明らかだ。 「ここで待っていてください。必ず、助け出します!」 デニムは轟現にいそう言い残し、外に出た。続けて紙木城、そしてかがりと続く。 「‥‥!」 かがりは、何か伝えたかったが、言葉が出なかった。その代わり、轟現を見つめ力強く頷くと、そのまま外へと飛び出していった。 外では、旋回するようにして鬼面鳥が空中を舞っている。そのうちの二羽が、降下してきた。明らかに、襲撃するつもりだ。 次の攻撃は、二羽同時。どちらかを倒しても、どちらかに襲われる。紙木城は迷った。迷い、片方へとハンドガンを向け、撃つ! 今度は、翼に命中! 飛行能力を失った化け物一羽は、そのまま岩礁の岸に墜落した。 が、当然ながらもう片方は無傷。そいつの爪が迫り来る直前‥‥。 「はーっ!」 セシルの弓から矢が放たれ、それは翼へと当たった。針刺しのようになった鬼面鳥は、やはり飛行能力を失い墜落した。 「セシルさん!?」 紙木城が顔を向けたそちらの方には、弓を構えたセシルと、彼女を乗せた船があった。 「かがりちゃ〜ん、怪我はない〜?」 続き、神音の声が届く。彼女もあの声の様子では、何事もないようだ。 だが、二羽の鬼面鳥が岩礁に上ったため、かがりはそちらへと注意を向けた。 吼える鬼面鳥は、翼を広げて噛み付こうと迫る。が、かがりはたくみにその攻撃をかわし、逆に怪鳥の首へと刃の一撃を叩き込んだ! 首をはねられ、一羽が地獄へと送り込まれた。 「ふんっ!」 もう一羽も、最初と同じ運命をたどっていた。デニムのスマッシュによる一撃が、怪鳥の腹部を深くえぐり、切り裂いたのだ。断末魔の鳴き声とともに、二羽目も沈黙した。 「姉さん、無事だったのね!?」 「ええ。土座衛門さんたちからは、なんとか逃げてきたわ。轟現さんたちは?」 「それなら大丈夫、見つけましたよ‥‥」 紙木城が言いかけたその時に、残る二羽の鬼面鳥が攻撃してきた。かなり近くまで接近されている。銃の弾を込めなおしている時間は無い。 「‥‥痛っ!」 肩口を切り裂かれた。鬼面鳥の爪による一撃を喰らったのだ。 「はっ!」 だが、その窮地を救ったのはセシルだった。放った斬撃符が怪鳥の翼を直撃し、飛行能力を奪い取る。 符により、鬼面鳥は海面に叩きつけられるようにして墜落した。 「ぐっ!」 もう一羽は、盾男が受け持っている。が、鬼面鳥の爪は彼に容赦なく襲い掛かり、傷を負わせた。 再び空へと舞い上がった鬼面鳥。紙木城は銃の弾込めを完了し、再び撃つ! 「‥‥よし!」 命中! そいつもまた無様に墜落した。 飛べなくなった邪悪な鳥へと、かがりとデニム、セシルと盾男が向かっていく。 その二羽が葬り去られるのもまた、時間の問題であった。 「‥‥なぜ、俺を助けた」 「‥‥罪滅ぼしをしたかった。許してもらえるとは、思っていないがな」 警邏隊の施設、その一室にて。 回復した頼無は、やはり回復した轟現と机をはさみ、向かい合って座っていた。 その周囲を、座羅と凛無、そして開拓者たちが囲んでいる。 あれからセシルの治癒符が仲間の負傷を回復し、開拓者たちは轟現と頼無とを、船に乗せて脱出した。帰りにも土座衛門が襲い掛かってきたが、盾男のオーラショットやかがりの炎魂縛武により、それらは撃退。そして、帰還した轟現と頼無は、丁重な治療を施されて回復したのだ。 だが、まだ親子関係は回復していない。それはこれからだ。 「ふん、ああそうさ、許さないとも。お前のようなやつは‥‥」 「やめなさい、頼無! もうこれ以上そんな事をしても、母さんはもどってこないのよ!」 「けど、姉貴! ‥‥悔しいじゃねえか、こいつのせいで‥‥おふくろは‥‥」 頼無の声が小さくなり、凛無もまたうつむいた。そして轟現も、二人から視線を外し、罪の意識に苛まれているかのように顔をしかめた。 親子の再会だというのに、その周囲に漂う空気は、空虚なそれだった。 「‥‥頼無は櫓岸に協力していた事から、おそらく、追放処分という事になるだろうな」 部屋を出て、座羅は皆に今後の事を説明していた。 「轟現隊長も、今回の責任を取ることとなり、おそらく平隊員に格下げとなるだろう。だが、少なくとも今まで矛陣の平和を守るため、尽力していた。それを鑑みて、おそらくはそれで済むだろうな。‥‥親子の絆を取り戻すのは、時間がかかるだろうが。ともかく」 座羅は、皆に対し頭を下げた。 「今回の事件、解決に尽力してくれて感謝する。本当にありがとう」 その後、岩礁付近の土座衛門の群れは一掃され、轟現と頼無の処遇は座羅の言ったとおりになった。 助け出せはしたものの、親と子の絆までは回復できずに終わった。だが、命あれば、それらもいつかは回復するかもしれない。 それを信じたいと思う、開拓者たちだった。 |