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■オープニング本文 それは、いつもの日常だった。 警邏の帰りに、老人の屋敷に赴き、縁側で茶を飲む。ただそれだけのこと。ささやかな、平和な日常のひとこま。 だが、それは彼女の命を危険に晒す結果となったのだ。 石鏡・歴壁の郊外。そこには小さな村があり、そしてその端には屋敷があった。 それは、とある老人の持ち物。その内部には、様々な品物が蓄えられていた。 歴壁の女性警邏隊員・蔵光。彼女は、警邏隊にて様々な雑務をこなす隊員の一人。戦闘よりも、事態の後処理や机での書類仕事を主に受け持っている。 そして、歴壁の身寄りが無い老人。蔵光は彼と知り合いだった。知り合いだったことから、とある事件にまきこまれるはめになったのだ。 蔵光は、かつてアヤカシの小集団が出現し、それを駆逐するための仕事を受け持った時から、かの老人‥‥覚狂と知り合いになった。 歴壁の郊外に、覚狂は屋敷を構えていた。二階建てのそこは、大きく広く、周囲には塀を立てて、用事の無い者は誰も近づけさせない異様さをかもしている。 ある時小鬼が数匹、この村の屋敷近くまで逃げ込んだため、当時見習いだった蔵光は警邏隊の仲間達とともにこの屋敷へと向かった。 屋敷の庭、ないしはそこの蔵の影に、小鬼どもは逃げ込んでいた。蔵光たち警邏隊は庭で戦闘を繰り広げ、小鬼を退治。 覚狂、庭と屋敷の持ち主である老人とは、その時に知り合った。それがかれこれ一年前。 それから蔵光は、戦闘よりも書類整理や資料整理、周囲の村落や歴壁周辺地域の警邏、その地域周辺の住民達のちょっとした事件(野良猫に魚を取られた、など)を解決したり相談にのったりといった仕事を受け持ち、やがて見習いから正式な隊員となっていった。 そして、蔵光は警邏の帰りには覚狂の屋敷へと赴き、身寄りの無い彼と言葉を交わすことが多くなっていった。いつしか彼女は、覚狂とは茶飲み友達になっていた。 だが、知り合って一年後。そして、警邏隊見習いから警邏隊正式隊員となって半年後。事態は急変した。 その日も、蔵光は警邏に回っていた。彼女はとある商店で購入した高級茶葉を手にしており、覚狂とともに飲もうと思っていたのだ。 覚狂はこのところ、具合が悪かった。家事は雇っている家政婦がやってくれているが、心の方はどうにもならない。力づけようと彼女なりに思い、覚狂の好きな茶葉を購入し、元気付けようと思っていたのだ。 「おじいさん、いますか?」 やがて、蔵光は屋敷にたどり着き、門の外から声を掛けた。 ぱたぱたと、足音とともに家政婦がやってきて、彼女を縁側に案内する。そこではいつもの通り、覚狂が庭を眺めつつ座っており、歓迎の言葉とともに彼女を縁側へと招く。 蔵光はそこに座り、茶と茶菓子を口にしつつ、他愛の無い世間話をして、小一時間ほどしたら別れる‥‥というのが、いつもの事。 だが、今回はそうではなかった。家政婦がやってこないのだ。いつまでたっても、彼女は姿を現さない。足音も響いてこない。 何度か呼びかけるが、返答はなし。何かあったか? 沈黙に、なにやら怪しげな予感を覚えた蔵光は、腰に下げた剣を抜いた。それを構えつつ、注意深く庭へ、縁側へと歩を進めていく。 怖い。 何が起こっているのかわからない、それが怖い。明らかに危険が、得体の知れない危機がすぐ近くに潜んでいるのに、それが見えてこない。それが怖い。 空気が張り詰め、息がつまりそう。ごくりとつばを飲み込み、庭へと入っていった。 緊張感の漂う空気は、変わらない。どこからか漂ってくるのは、ねっとりとした‥‥血の臭い。 しかし、縁側から臨む庭園はそのまま、いつもの情景。優しい緑が葉を茂らせ、池には鏡のように水を湛えている。 しかし、蔵がおかしい事に彼女は気づいた。いつもの蔵は、扉を固く閉ざして錠を下ろしている。なのに、今は扉が開け放たれていた。中の様子は、ここからでは遠くて見えない。 蔵光は一度、覚狂に中を見せてもらったことがあった。内部には唯一の楽しみだという、集めた骨董品がぎっしりと詰め込まれていたのだ。屋敷の中にも、多くの陶器やら骨董やらがしまわれているらしい。 「‥‥?」 縁側に視線を移すと、そこには変わらず覚狂の姿があった。うずくまっていたのが、顔を上げてこちらへと視線を向ける。 「あ、おじいさん。いたんですかー。いたんなら、返事くらい‥‥」 してくださいよ、とまでは言えなかった。 「‥‥おじい‥‥さん?」 覚狂と呼ばれていた老人の顔は、普通ではなかった。そしてそれは、乱れた髪に狂った目、鮮血を滴らせた口には、何かの肉片をもぐもぐと噛んでいる。 それを見て、先刻から漂っていた臭いの正体、そして危険な空気の原因を知った。既に覚狂は、人ならざる存在になっていたのだ。その片手には、食べかけの人間の片腕をつかんでいる。 あとずさった蔵光だが、ふいに何かが自分に攻撃したのを知った。 「痛っ!」 見ると、何かが転がって去っていくのが見えた。 「‥‥皿?」 再び、何かが背中に体当たり。硬い石か何かを投げつけられたかのような鈍痛が、彼女の身体を苛む。 足元を徳利が、まるで彼女を嘲るかのように転がって庭の草木の中へと消えていった。 一体、何が起きているのか。誰かが陶器を投げつけている? だが、彼女はその考えを改めた。 庭からぞくぞくと出現する陶器や、古ぼけた道具やらが、「自らの」意志を持つように動き、迫ってくるのが見えたのだ。 「というわけで、私は逃げてきたんです」 警邏隊の隊長とともに、蔵光がギルドの応接室で事の次第を語っていた。 隊長が、逃げてきた蔵光の様子がおかしいと感じ取り、何人かの部下を連れて覚狂邸へと向かったのだ。 そして、多くの陶器の前に肝をつぶし、逃げ帰ってきた。 「蔵光が言ったとおりでした。そして、彼女の知り合いのあの老人や、村人。彼らの変わり果てた姿も‥‥」 苦々しい表情を浮かべつつ、隊長が語る。村人達もまた、怪物と化して 「お願いします。どうかあの館に潜む危険なアヤカシを、皆さんのお力で退治してはいただけませんか? そして、村人達と、おじいさんの仇も‥‥」 君たちの前で、蔵光は依頼した。 |
■参加者一覧
檄征 令琳(ia0043)
23歳・男・陰
鴇ノ宮 風葉(ia0799)
18歳・女・魔
忠義(ia5430)
29歳・男・サ
メグレズ・ファウンテン(ia9696)
25歳・女・サ
オラース・カノーヴァ(ib0141)
29歳・男・魔
春風 たんぽぽ(ib6888)
16歳・女・魔 |
■リプレイ本文 村には、瘴気がそれと分かるくらいに漂っていた。得体の知れない何かが、眼に見えない何かが、邪気とともに村そのものを包み込んでいるかのよう。 実際、案内役として同行していた蔵光は、その怖気に当てられていた。 しかし六名の開拓者は、臆する事無くその澱みへと挑んでいった。 「やれやれ、貴方達警邏が居て、この不始末ですか」 紳士的な口調で、檄征 令琳(ia0043)は慇懃無礼な言葉を投げかけた。 「そ、それは、そう‥‥ですけど‥‥」 「ま、過ぎてしまった事を言っても、仕方の無い事ですけどね」 しどろもどろになった蔵光に、檄征は更に言葉を重ねる。 「ちょっと! あんまり女の子を苛めるんじゃあないわよ」 蔵光へ、鴇ノ宮 風葉(ia0799)が助け舟を出す。 「そいつの言う事は気にしないでよ。悪気は無いからさ、多分」 「‥‥でも、村の皆さんは‥‥」 春風 たんぽぽ(ib6888)が、沈んだ声で、悲しそうに呟いた。 「村の皆さんは‥‥最後の時に何を思ったのでしょうね‥‥」 この様子では、おそらくは覚狂以外の村人達も、アヤカシに襲われたか、あるいはアヤカシと化している可能性が高い。そしてそうなっていたら、彼または彼女を討ち取らねばならない。 蔵光は見た。たんぽぽの瞳に、悲しげな光が宿るのを。 「‥‥あの、たんぽぽさん。それにみなさん」蔵光は、おずおずと口を開いた。 「どうか、よろしくお願いします。アヤカシを討って、村のみんなの仇を討って下さい。檄征様の言うとおり、このような事態に陥ったのは私たち警邏の力が及ばぬため。それは間違いありません」 「‥‥」 「どうか村の人たちのために、お力をお貸しください。お願いします」 「わかりました、蔵光さん。私たちにお任せください」 メグレズ・ファウンテン(ia9696)が、蔵光へと穏やかに声を掛けた。 「村の皆さんのため、力を尽くしましょう」 「おう、俺もやるぜ!」 「ああ、俺たちに任せるがいい」 メグレズの言葉を聞き、忠義(ia5430)、オラース・カノーヴァ(ib0141)も頷く。 「さて、それでは参りましょうか」 檄征の言葉が、新たな気持ちを呼び起こし、気力をたぎらせた。 「‥‥気に入らないな。どうも、気に入らない」 オラースは、不快だった。 先刻より漂う気配、雰囲気、空気の流れ。そういったものが、彼を不快にさせていた。履いているブーツが踏む土の音すら、不快さを増しているかのよう。 現在彼らは、隊列を組んでいた。メグレズが先頭、忠義が最後尾に並び、他の者たちはその中間に位置している。どこからアヤカシが襲ってきても、対応できるような陣形を組んで、村へと歩を踏み入れたのだ。 だが、村に入ったところ‥‥その瘴気の濃さに、彼は辟易していた。何が原因かわからないが、何かが瘴気を増やしたのか、あるいは瘴気の源となる何かがあるのか。 だが、今となってはそれを判明させるより、それで生じたアヤカシを狩るのが先。油断することなく、開拓者は瘴気にまみれた村の内部を歩く。 鴇ノ宮が瘴索結界をかけて、周辺に何かが潜んでいないかを確認しながら進んでいる。そのため、不意打ちを食らう確率は低い、そのはずだ。 「ふむーっ。人の気配、感じられんですなあ」忠義が何気なく口にしたが、まさに彼の言うとおりだった。 人の気配どころか、生命の気配がまるっきり感じられない。日常の空気すらも瘴気に侵され、乗っ取られたかのように。 「ったく、辛気臭いな。昼のこの時間帯だったら、もう少し居心地も良いってもんだろうに」 毒づいた忠義の言葉に、心中でオラースは同意した。 彼の言うとおり、余りにも辛気臭い。というか、空気が重苦しい。 「で、お嬢さん。屋敷はどの辺りだ?」 「はい。村のこの通りを突っ切れば、すぐに通じる道に出ます」 オラースへ返答した蔵光の言葉どおり、やがて前方に道が見えてきた。 木々に囲まれた、並木道。それは普段なら、のどかさすら感じさせる風景となろう。 だが、今はのどかさなど微塵も無い。あるのはそれと真逆なもの、死と殺気とが伴った、邪悪なる静寂。 その静寂の先に、それはあった。 覚狂の屋敷が。 「む、中々に良さそうな屋敷じゃあねぇですかい」 屋敷に近づくにつれ、忠義がそんな事を口にする。 「ま、御館様の館に比べりゃまだまだですがね! 少なくともあの程度なら、俺にとっちゃ掃除には困らない‥‥」 「静かに!」 鴇ノ宮の鋭い叱責が、その場に飛んだ。 「みんな、注意して! 感じるわ。いるわよ‥‥うじゃうじゃと!」 瘴索結界。それにより鴇ノ宮は、感じ取ったのだ。アヤカシの存在を。 やがて、門までたどり着くと。その重たい扉を開き、皆は敷地内へと入り込んだ。 それとともに、周囲の草木の陰、藪の中から、潜んでいた「そいつら」が姿を現した。うめき声をあげつつ、腐りかけた皮膚が所々から垂れ下がっている、生ける屍‥‥食屍鬼。 屋敷の玄関からドスッドスッと、足音を立てて接近する一匹の食屍鬼。そいつは威嚇するような雄たけびをあげた。まだまばらに残っている白髪を、まるで廃屋にかかるクモの巣のように広げている。そいつの顔は、死人のそれ、顔半分が爛れ、腐りかけているそれだった。 「‥‥覚狂さん」 蔵光の悲痛な呟きが、そいつの正体を皆に伝えた。 覚狂は再びうなると、開拓者達へと迫った。仲間の、村人達の成れの果てである食屍鬼たちもまた、それに続く。 そのおぞましき異様な群れに、思わず蔵光はひるみ、恐怖し、身体がすくんで動けなくなった。 そして、開拓者達も同じように恐怖で身体が動けなくなった‥‥ほんの二秒ほど。一秒を使い立ち直ると、一秒で戦闘準備を完了した。武器を持つ者はそれを構え、呪文を使う者はそれを唱え始める。 蔵光は見た。絶望を超えた勇気の光が、彼らの瞳の中で輝くのを。 最初に叫んだのは、メグレズ。「鬼神丸」とベイル「翼竜麟」、刀と盾で武装した彼女は、まず咆哮したのだ。その叫びを聞き止めた数匹の食屍鬼が、腐りかけた爪で盾表面の翼竜をかきむしる。 だがメグレズは十字組受で爪を受け止めると、鋭い切っ先で一太刀浴びせ下がった。 「お願いします!」 「任せろっ‥‥!」 魔杖「ドラコアーテム」を構えたオラースが、食屍鬼へと力を解き放った。ブリザーストームの冷気が、歩く屍へと直撃し、数体が氷とともに歩かない屍へ戻る。 別方向から迫る食屍鬼は、長柄槌「ブロークンバロウ」を振るう忠義が迎撃した。怪物の脚を長柄で払って転倒させ、石突で突きを食らわし、先端部のハンマーで重い打撃を食らわす。 正面から迫るは、かつて覚狂だった食屍鬼。それに立ち向かうは、霊杖「カドゥケウス」を手にした鴇ノ宮と、陰陽槍「瘴鬼」を握った檄征。 鴇ノ宮へと迫る覚狂の前に、檄征が立ちはだかった。 「招鬼符!」 放たれた符が、生ける屍を襲う。間髪いれず、瘴鬼の刃が一突し、一閃した。 まるで痛みにあえぐような、悲痛なうなり声を放ち、覚狂は符を受け倒れ、刃の一撃を食らう。腐肉が飛び散り、死体の腐臭と悪臭を撒き散らしつつ‥‥覚狂は事切れ、霧散していった。 「くっ‥‥」 蔵光は、思わず眼を背けた。例え怪物に変わったとしても、それは元はあのおじいさん。それが切り裂かれ、傷つき倒れる様子を見るのは、やはり忍びなかった。 「蔵光さん‥‥大丈夫、ですか?」 たんぽぽが、伺うように言葉をかける。優しいその口調に、蔵光は感謝を覚えつつ無言で頷く事で返答した。 「新陰流!」 覚狂が倒れ、他の食屍鬼も倒れた。メグレズからの最後の一撃が放たれると、それを受けた最後の食屍鬼は崩れ落ち、動かなくなる。 瘴気が漂う中、鴇ノ宮は「瘴気回収」でいくばくか練力を回復させると、油断なく周辺を見渡す。 目前には、屋敷が。そして、その内部から。今度は人や人型のアヤカシとは異なる、何かの物音が響いてきた。 「行くわよ、みんな。まだ、何かが‥‥いるみたい」 「どうやら、そのようですね」と、檄徹。彼もまた、内部に何かの気配を感じて仕方が無かったのだ。 「来るか‥‥!?」 オラースが、ドラコアーテムを身構える。そして、しばしの静寂の後‥‥。 食屍鬼ではない、「そいつら」が現れた。 最初に出てきたのは、ずりずりと己の身体を引きずるような、大きな壷。陶製の壷に続き、陶器の皿、陶器の茶碗や食器が数多く出現してきたのだ! 「な、なんだありゃ?」 「来ました!」 蔵光の声で、あっけに取られていた忠義が我に帰る。聞いてはいても、その異様な光景に、圧倒されたのだ。 巨大な飾り皿と、いくつもの小皿や食器、だったものたちが、回転しながら接近すると‥‥体当たりを仕掛けてくる。それは、鴇ノ宮の事を狙うかのようにして襲い掛かった。 『骨董品は、貴重なものや大切なものも混ざっているに違いない。ならば、できるだけ壊さずに済ませよう』 事前の話し合いで、皆はそのように決めていた。 「あたしにまかせて! 浄炎!」 蒼き炎が、襲い来る陶器のアヤカシ‥‥イタンプンキを逆に襲い返す。瘴気を浄化する聖なる火炎がほとばしり、陶器の一つを包み込んだ。 とたんに、それは地面に転がった。瘴気が入り込み「アヤカシ」と化した先刻の人々と同様に、それらも瘴気を除かれ、ただの物体に戻り地面に転がったのだ。 二度三度と、浄炎を放つ鴇ノ宮。そのたびに陶器に込められた瘴気が浄化され、アヤカシの呪縛から解放されていく。 だが、いかんせん数が多すぎた。鋭く回転する、別方向からのイタンプンキが、鴇ノ宮へと襲い掛かる。 「斬撃符!」 だが、接近する直前。檄征が飛ばした符によるカマイタチが、陶器へと放たれ牽制した。その隙を突いて、「瘴鬼」による薙ぎ払いが決まり、イタンプンキは欠片と化した。 「あ、あによ檄征? 陶器壊れちゃったじゃない!」 「けど、あなたは怪我せずにすみました。そんなことになると、楓さん‥‥いえ、団員の皆さんが心配しますからね。それに‥‥」 槍を構え直し、檄征は言葉を続けた。 「それに、この辺で倒れてもらっても困ります」 他の方向からも別のイタンプンキ、陶器に宿ったアヤカシは容赦なく迫り、開拓者達へと容赦なく襲い掛かった。 「く‥‥地味に高そうな骨董品に化けやがってからに!」 忠義は、槍で攻撃を弾き返す。しかし、押され気味だ。 「これは‥‥ちょっと、まずいかもしれませんね‥‥くっ!」 メグレズの盾も、イタンプンキの攻撃を幾度も受けて防御した。できるだけ骨董品を残すよう、壊さぬようにと心がけていた彼女達だが、どうやらそれは考え直さねばならないようだ。 古い意匠の短刀が、宙を舞い襲い来る。再び「十字組受」でそれを受け止めたメグレズではあったが、別の方向から飛んできた古い手裏剣までは防げなかった。 「‥‥痛っ!」 脚に切りつけられ、痛みに顔をしかめる。 「み、みなさん! ‥‥もういいです! 陶器を残すより、アヤカシを倒してください!」 悲痛な面持ちでその光景を見ていた蔵光は、思わず叫んでいた。 「‥‥いきます!」そして同じく、悲痛な面持ちでそれらを見ていたたんぽぽが、行動に出た。 「サンダー!」 雷が、彼女からほとばしった。それは動き回る陶器に直撃し、表面を焼き焦がし、ひびを走らせる。狂いもだえるように動き回ると、イタンプンキは粉々になって果てた。 「勿体ねえがっ‥‥やはり、こうするしかねえな!」 忠義は、己の槍に込めた「スマッシュ」に「払いぬけ」、そして「剣気」による一撃によって、次々にイタンプンキをしとめていくのを実感した。 「‥‥ウインドカッター!」 攻撃を受けて、二の腕を怪我したたんぽぽだが、そのお返しとばかりに今度は鋭い風の刃を放つ。 細かく動く、小さなイタンプンキ。風の刃による攻撃が決まり、それらも砕け、引導を渡された。 ガチャン、ガチャンと、陶器が割れ、砕け、破壊される音が幾度も響き渡る。 そして、時間が経ち‥‥陶器の破壊音が止み、それとともにアヤカシとの戦いも止んだ。 「うーっ、まさか陶器なんぞから攻撃食らうとはなあ。人生わからんもんですぜ‥‥」 忠義が、一人で納得するかのようにうんうんと頷いていた。その横では檄征が、治癒符によって仲間の受けた痛手を治療していた。 「‥‥これでよし、と。具合はどうです?」 「‥‥ありがとう、もう大丈夫よ」 「あ、ありがとうございました」 怪我をしたのは、メグレズ、そしてたんぽぽ。二人とも切り傷や痣をこしらえていたが、治癒符のおかげですぐに回復できたのだ。 「さ、一休みが終わったら‥‥後始末するわよ」 鴇ノ宮に促され、疲労の残る身体で皆は立ち上がった。 「‥‥おじい、さん‥‥」 だが、蔵光は立ち上がれずに居た。覚狂が死んだことをようやく実感し、涙があふれてきたのだ。 「何をしているのですか? 貴方は私と来てください」 そんな彼女を、檄征は手をとって立ち上がらせた。 「他の方も、一人にならないように手分けして、確認してください」 「‥‥確認? 確認って?」 涙声の蔵光に、檄征は答えた。 「もしかしたら居るかも知れないでしょう? 生存者が」 屋敷周辺をもう一度、そして村周辺をもう一度探し、確認したが。生存者は一人もいなかった。 それが終わった後。開拓者達は散らばった陶器の欠片を、一箇所に拾い集め片付ける作業に入る。 「‥‥ったく、こんな屋敷で、ガラクタに囲まれて何が楽しかったんだか」 鴇ノ宮はぶつくさつぶやきつつ、陶器を片付けていく。その多くが砕けてしまった今となっては、価値があったとしても判別する術はない。 そして、最後に。 彼らは瘴気が抜けた遺体を集め、埋葬し始めた。 「どうか‥‥安らかに」 「村人の皆さん‥‥せめて、ゆっくりお休みください」 メグレズが祈り、たんぽぽも鎮魂の意を表し手を合わせた。それにあわせ、オラース、忠義、そして鴇ノ宮と檄征もまた合掌し、死者たちを悼んだ。 「‥‥うっ、ううっ‥‥」 蔵光は、泣いた。彼女もまた、死者を悼みつつ、泣いた。 去り際。 蔵光は気づいた。村人達を埋葬したあたりに、小さな何かを植えている檄征の姿に。 「檄征さん、何を?」 「ああ、これですか。花の種、ですよ」 そう言って、彼は掌に乗せたひまわりの種を蔵光に見せる。 「‥‥時々で構いませんので、ここに植えた花を見に来てください」 この花が、二度とこういう悲劇を起こさぬように、願いを込めて。 涙を拭いた蔵光は、檄征の言葉にうなずき、笑顔で返答した。 「はいっ! 必ず、見に来ます! きっと来年には、このあたりは花畑になっているでしょうね」 蔵光は誓った。警邏として、今後はこのような悲劇を起こさせないと。 そして、植えられた花を見に来る事で、亡くなったおじいさんの事をいつまでも心に留めるように努めよう、と。 |