人形奇譚一:銀蝦の章
マスター名:塩田多弾砲
シナリオ形態: シリーズ
相棒
難易度: 普通
参加人数: 6人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2011/10/24 19:14



■オープニング本文

 人形。
 それは、人を模したもの。出来の良い人形は、見た人間に自身を投影し、人の心、人の欲、人の望みをそこに見出させる力がある。だからこそ、人は幼少期に人形を欲しがる。
 そして、石鏡の陽天を行き来する商人や観光客も、またいろいろな理由で人形を欲しがり、売り買い、やり取りをしていた。

 明寺という、人形師がいた。
 彼の作る人形はそれは見事な出来で、木彫りをして人の肌のような柔らかさが感じられるほど。ただの木彫り人形でも、細かい彫刻が見事で、子供のおもちゃにしておくにはもったいないと思う者も少なくはなかった。
 とはいえ、明寺の商才は人並みかそれ以下。技術はあっても売れない毎日が続き、次第に彼らは困窮し始めた。そこへ、さらなる不幸が見せかけの希望とともに舞い降りたのだ。

 明寺には、友人がいた。その名は偽瑠。彼もまた人形師として明寺と同門で、同じ師匠に学び、人形師として独立した者。だが、並以上ではあったものの、彼には明寺ほどの技術は持っていなかった。
 代わりにあるのは、商才。そして野心。
 出来は良くともなかなか売れない明寺の人形を、偽瑠は方々の商店へと売り込みはじめたのだ。優れた彼の商才のおかげで、人形は売れ始めた。やがて「明寺」の名と工房、「明寺工房」はそれなりに有名になったものの、問題が発生した。
 明寺が、失踪したのだ。一番弟子と愛娘を連れ、明寺は消えた。

 そしてしばらくして、明寺は亡くなったという噂が流れた。偽瑠はそれを確かめんと、人を雇って調べさせたが、その結果事実と判明した。とある安長屋にて、服毒自殺したということが判明したのだ。
「まあいい。奴の技術はわしの部下の人形師たちが習得している。今更亡くなったところで、こちらが困るものでもない。これで奴との縁は切れたかな」
 ‥‥と思った偽瑠だが、雇った人間が持参したものを見て、気が変わった。
 持参したものとは、とある場所を指し示す地図であった。

『壱番工房』
 それは、魔の森に近い内部にあった。洞窟を改造して作り出したものらしく、内部には偽瑠が未だ知らぬ人形が多数保管されている。
「隠し工房か。‥‥ふん、失踪してから何をやっていたかは知らんが、また随分と金にならん事に血道を‥‥?」
 人をともない、直接地図の場所へと赴いた偽瑠だったが、保管されていた『それ』を見て言葉を失った。
『それ』は、人形。それも、等身大の人形であった。
 まさしく『それ』は芸術品。美しくも見事な意匠は、偽瑠に眠っていた人形師としての血をたぎらせた。
「これは‥‥なんと‥‥なんと、美しい‥‥」
 いや、美しいというだけではない。まるで生きている人間そのものをそのまま形にしたかのような、緻密にして繊細なつくり。これを作り出すには、並大抵の技術や材料では不可能‥‥と、偽瑠は直感で悟った。自分の部下の人形師たちに、これを複製しろと命じても、まず無理だろう。いや、作ったとしても、出来の悪い模造品しかできない。奇跡でも起こらぬ限り、これと同じものを複製することはおろか、手にすることなどないに違いない。
 ‥‥欲しい。
 偽瑠の心に、欲望が鎌首をもたげた。これほどまでに見事なものならば、自分の手元において、独占したい。そのためなら、大金をつぎ込んでも惜しくはない。
 いや、金の心配はいらない。これを手にできるのは、今のところ自分だけだ。
 しかし、問題があった。それも、かなり重要な問題が。
 偽瑠が手にしていた『それ』は、頭部のみだったのだ。

「『それ』‥‥すなわち『伍番・黒龍』と銘が記された、人形の頭部です。どうやら、『壱番人形』の頭部と思しきものなのですが、一緒にこれらも保管されておりましてな」
 ギルドの応接室にて、偽瑠は懐から取り出した二つの品を、机の上に置いた。
「『壱番工房』には、鍵と地図とが、『黒龍』と一緒に保管されておりました。それによると明寺のやつは、『壱番人形』の頭以外の部品、おそらくは手足や胴体を分解し、隠していたようなのです。これが次の部品を隠している‥‥と思われる、『弐番蔵』の位置を書き記した地図。そして、そこを開ける為の『ろ番鍵』です」
 差し出された地図には、それらしい場所が描かれている。『弐番蔵』と記された箇所には、扉に『弐番・物干竿』と、そして蔵内部には『左腕・六番・銀蝦』と記されている。大振りな鍵には、大きく『ろ』と刻まれていた。
 しかし、それらがそろっているのに、なぜ自分で行かないのか?
「行きました! 行きましたとも! もちろん、大急ぎで地図の場所に行きましたとも。しかし‥‥その場所が、ですな」
 周囲に瘴気が漂う、非常に危険な場所だというのだ。当然ながら、自衛のために腕に覚えのある連中を数人連れていったが、蔵にいたるまでにアヤカシが何匹も出現し、襲われたという。
「それでも、なんとかして『弐番蔵』にたどり着きました。ですが、蔵の扉を開けますと、そこに置かれていた人形がいきなり動きだし、襲ってきたのですよ!」
 弐番蔵の扉には、錠が下りていなかった。そこで大きく重い扉を開いたところ‥‥等身大の人形が、そこから飛び出して襲いかかった、というのだ。
「見たところ、扉の奥にもう一つ扉があるようでした。つまりは、あの人形を排除しない事には、蔵を開けられないわけでして」
 言いつつ、偽瑠は持参した金を差し出した。
「蔵まで行って、あの人形を倒してください。よろしくお願いします」


■参加者一覧
緋炎 龍牙(ia0190
26歳・男・サ
玲璃(ia1114
17歳・男・吟
風鬼(ia5399
23歳・女・シ
リューリャ・ドラッケン(ia8037
22歳・男・騎
不破 颯(ib0495
25歳・男・弓
アマリス・L=S(ib7201
27歳・女・騎


■リプレイ本文

 アヤカシの群れ、発見。
 それを認識し、皆は気を引き締めた。
 みたところ、怪狼の数は十体くらいか。6人の開拓者たちは、武器を手に立ち向かった。

「それで、偽瑠さん。ちと聞きたいんですが」
 出発前。
 風鬼(ia5399)、死人の肌持つシノビが、偽瑠の商店にて質問していた。
「具体的に、どんなアヤカシが出たんで?」
「ああ、犬か狼のような姿をしておりましたな。そやつらが群れで襲ってきたもので」
 そう言いつつ、偽瑠は愛想の良い笑顔を浮かべた。
「‥‥で、もう一つ。弐番蔵に関してですが‥‥『蔵』で間違いないんですかい? 『洞窟』じゃあなく?」
 念を押すように、風鬼は偽瑠へと問いかける。
「おお、そうですな。あれは建物でした」
「ふ〜ん。そんなとこに建ってたんなら、よほど古いものなんでしょうなあ」
 半ば上の空な口調で問うは、赤き髪のサムライ、緋炎 龍牙(ia0190)。だが、彼の言葉に偽瑠はかぶりをふった。
「いえ、それほど古くは無かったですな」
「ふむ‥‥」
 妙だ、と、風鬼は思った。アヤカシの出るところに、なんで蔵を?
「‥‥その、建築にあたった大工から情報聞けないもんかね。妙な仕掛けでもあったらと思うと、気になるんだよな」
 竜哉(ia8037)が懸念を口にする。が、やはり偽瑠はかぶりを振った。
「さすがにそこまでは‥‥。そもそもあの蔵は、誰が建てたかすらわからんのですよ。‥‥いや、明寺なら‥‥」
「え? 今なんと?」
 偽瑠が言いかけた言葉に、玲璃(ia1114)、巫女の美青年が反応した。
「あ、いや。あるいは明寺が、自分で建てたんじゃないかと」
「ふむ‥‥やはり」
 たかが一介の人形師が、そこまでやれるものだろうか。精巧な人形を作り出すだけでも怪しいのに、蔵まで建てられるとは。明寺にアヤカシの黒幕が居ると見て間違いないだろう。
 アマリス・L=S(ib7201)、黒き肌の美しき女傑は、己の推測を更に確信した。
 そしておそらく、貴様もな。そう思って偽瑠を睨みつけた彼女だが、
「‥‥ええ、明寺は子供のころから天才肌でしてな」偽瑠が、言葉を続ける。
「人形以外にも、彫刻やら建築やらに関しても造詣が深く、地元ではちょっとした神童だったそうです。本人が目立つ事を嫌っていたので、あまり有名にはならずじまいでしたが」
「じゃ、子供の頃に作った人形ってのも、スゲーもんだったのかなぁ」
 不破 颯(ib0495)、弓術師の青年が何気なく聞いた言葉に、偽瑠はうなずいた。
「もちろんです。わしとともに師匠に学んでいた子供の頃、明寺が自作の人形を屋外に並べ虫干ししていたら、通りがかりの商人に作者を聞かれ、答えたら『たかが子供に、これほど見事な人形が作れるわけがない』と怒り、最後まで信じなかった‥‥という事がありました。これが、その時の人形です」
 そう言って、彼は奥の部屋に赴き、木彫りの人形を持ってきた。確かにそれは、幼少時に作ったとは思えない見事なもの。
「今も一部のお客に『たかが一介の人形師ごときが、これほど精巧な人形を作れるわけがない』などと言われる事がありましてな。いやはや、困ったものです‥‥アマリス様、どうかしましたか?」
「‥‥いや。何でもない」
 アマリスは気恥ずかしさを感じ、偽瑠から視線をそらしていた。

「私の思い過ごしか‥‥いや、まだ推測で、確定しているわけではない」
 まずは、目前の敵を倒すことに集中しなければ。迫る怪狼に対して魔槍砲「瞬輝」を構えると‥‥アマリスは突撃した。
「シュテルン家が長女、アマリス! いざ参る!」
 右手の魔槍砲、左手のベイル。飛び掛かるアヤカシを、電光石火の勢いで突き出された槍の穂先がとらえ‥‥その命を奪い取った。
「俺も行くぜ、はっ!」
 竜哉、黒髪のサムライが、己の得物を手にして躍り出た。彼が手にするは、漆黒の鞭「ターゼィーブ」。落雷のように、素早い鞭の一撃が宙を舞う。
 太い鞭が、怪狼の一匹を激しく打ち据え、二匹目の胴体に蛇がごとく巻きついた。
「喰らいなっ‥‥!」
 卓越した鞭さばきにより、巻きつかれた怪狼は宙に投げ出され、三匹目にもろにぶち当たる。
 それでもよろよろと立ちあがるアヤカシに、矢が突き刺さった。不破の放った矢だ。苦しげにうめくと‥‥四匹の怪狼は倒れ、霧散した。
「‥‥さあ、死にたいやつ、切り刻まれたいやつからかかってくるがいい」
 別の方向から、さらに怪狼が現れた。が、緋炎はそれらに対しても不敵に笑みを浮かべ、駆け出した。両手に握った忍刀が、瘴気漂う周囲の空気すらも切り裂かんと、その刃をきらめかせる。
 彼に続き、風鬼もバトルアックス‥‥重く鋭い戦闘斧とともに、アヤカシへと向かっていった。
 とびかかる怪狼の牙を、緋炎の刀が砕き、狼を模した瘴気の獣を切り捨てる!
 襲いくる怪狼の爪を、風鬼の斧が弾き、邪悪なる姿の獣を叩っ切る!
「‥‥どうやら、私の出番は無くて済みそうですね」
 五名の仲間たちが怪物どもに引導を渡すのを見て、玲璃は微笑み、安堵した。
 最後のアヤカシが霧散するのを見届けると、玲璃は改めて視線を投じる。
 その先には、「蔵」があった。
 小さな蔵。しかし、強烈な「気配」を発している、「弐番蔵」が。

 蔵は偽瑠の言うとおり、確かに「建物」だった。
 それは、普通に「蔵」と呼ぶには小さすぎる代物。しかし「小屋」でも「物置」でもなく、建築物としては「蔵」以外の何物でもない。白い壁に瓦葺き、窓らしきものは見えず、おそらくは内部に入る手段は一つしかないのだろう。一方の壁にある、巨大な扉。その表面には、大きく『弐番』と刻まれている。
「‥‥」
 全員が沈黙し、感じ取っていた。その小屋から漂い出る気配を。
「さて‥‥ちょっくら待ってて下せえ」
 忍眼を発動させ、蔵、蔵の扉、蔵の周辺、その他考えられるだけの場所を調べた風鬼だが、それらは徒労に終わった。怪しい点など全くない。
 玲璃は、自らの持ち物から節分豆と岩清水とを配り終えていた。加護結界も施しており、大抵のアヤカシならば返り討ちにできるはず。
 さらに、瘴策結界「念」を用い、風鬼とともに蔵をも調べていた。
「‥‥ふむ。瘴気は感じます、しかし‥‥」
 どうも、気になった。それがどうしてなのか、そこまではまだわからない。しかし、妙に胸騒ぎがしてならない。
『アヤカシとこれから戦う』という意味での胸騒ぎではない。
『あえてアヤカシと引き合わせられる』という、陰謀に巻き込まれたかのような、そんな胸騒ぎ。
 巫女の青年は、その胸騒ぎを押しとどめた。これ以上の不安材料と躊躇は、失敗のもとだろう。

「!?」
 開拓者たちが位置につき、一人が扉を開こうと一歩踏み出した時。
 扉が、ひとりでに開いた。何かが内側から、扉を押し開けたのだ。
「‥‥出やがったな、アヤカシの糞人形が!」
 緋炎が憎悪とともに唾を吐き、そいつを見据える。
 そこに、いた。銀色の甲冑に身を包んだ人形が。

 そいつからは、瘴気が目に見えるほど濃く漂っていた。それを除けば、銀色の甲冑を着込んだ大柄な人間、血肉を持ち、普通に歩き喋る人間が、そこに居るものだとだれもが感じ取り納得するもの。
 だが、すぐにその幻想は壊れた。それは明らかに人の血肉ではなく、冷たい材料で形作られた人のまがい物であることが見て取れた。‥‥その造形と意匠があまりに精緻で迫真性があるため、一瞬本物の人間かと錯覚してしまったのだ。
 アヤカシを憎む緋炎も、その造形には一瞬だけ見事と思わせたくらいに。
 そしてそいつは、携えていた。長大な棒、「物干竿」を。
 長大な点のみは、確かに物干竿を連想させる。が、こんな竿があったとしても、誰も洗濯物など干そうとしないだろう。あまりに太く、禍々しく、殺気と凶気と瘴気とにまみれていた。長さはおそらく、アマリスの槍の二倍近く。それでも、本体もまた大柄なために、ちょうど良い長さの棒に見えた。
 いや、そいつを見ているだけで錯覚してしまった。まるで自分たちが矮小で、無力な存在なのだと。
「くっ‥‥面妖な! いざ、参る!」
 それを感じ取ったアマリスが、槍とともに突撃した。見たところ、装甲や関節部は人間のそれと同様。ならば、こちらの攻撃も通用するはず‥‥!
 が、彼女はすぐにそれを失策と悟った。
「なっ‥‥!? 早い!」
 槍の穂先を、そいつ‥‥「物干竿」はいとも簡単に棒で弾き返したのだ。それを見た次の瞬間。彼女の脇腹に激痛が走った。
 槍を弾いた棒が、そのまま薙ぐように回転し、アマリスの胴へと打ち込まれたのだ。それは威力を殺ぐことなく‥‥アマリスを横ざまに吹き飛ばした。
 地面を転がり、土をなめ、折られた肋骨の激痛が走り、彼女はようやく悟った。自分が弾き飛ばされたのだと。
「‥‥っざけんな! この糞が!」
「てめえっ!」
 緋炎と竜哉とが、同時にかかる。アマリスには玲璃が駆け寄り、治療にあたる。
「物干竿」が、迎撃せんと踏み出す。が、困惑したように首をかしげた。
「忍法‥‥影縛り! その動き、制限させていただきますぜ!」
 シノビの技が、人形の動きを抑える。それとともに、竜哉が天狗礫を放った。
「関節に撃ち込んでやるぜ。動きを止めて‥‥」
 が、「物干竿」は棒を回転させ、礫をたやすく弾き返した。
「なっ!‥‥くっ!」
 高速で繰り出された、棒の突き。驚いた拍子にそれをかすめ、竜哉は悟った。己の頬を切られた事を。
「なら、これはどうだ!」
 ターゼィーブ、金属片を埋め込んだ鞭が、毒蛇のように襲い掛かる。が、それもまた「物干竿」はたやすく受け止める。鞭を棒に絡ませたのだ。
 人形はそのまま、ぐいぐいと手繰り寄せようとする。歯を食いしばる竜哉は見た。「物干竿」の面相が、憎しみと恨みのこもったそれである事を。
「人形の弱点‥‥こいつも一緒かねぇ?」
 不破が長弓・レンチボーンにて矢を放つ。放った矢は甲冑の表面と、「物干竿」の片腕で弾き返された。
「後ろががら空きだ! 終わりにしてやる‥‥龍ノ顎!」
 その隙を狙い、後方から緋炎が踏み込み‥‥弐連撃で足を狙った。まずは機動力を奪う策、完全に後ろをとれた、今がその好機‥‥!
 そう、狙いは悪くなかった。しかし、その人形の行動など、予想つかない。つくはずがない。
「!?」
 棒をふるって鞭をほどいた「物干竿」は、‥‥「体の後面を、そのまま前面に変化させた」
 手足の全ての関節、それを回転させ、逆方向に曲げ、「後面」を「前面」にしたのだ。頭部のみ、ぐるりと半回転させる。
「がっ! ‥‥っはぁっ!‥‥」
 振り向く間を計算に入れての接近・攻撃だった。が、それが崩され、緋炎は間合いに入る前に棒の一撃を胸に喰らってしまったのだ。
 運良く、装着していたブリガンダインが彼を守る。が、運悪く、鎧でも守りきれなかっただけの打撃と衝撃とが、彼の肉体に多大なる痛手を食らわせた。
 血潮を吐出し、後方に吹き飛ばされ、緋炎は昏倒した。両手の忍刀も、追随するように地面に転がる。
 だが、緋炎の攻撃は無駄ではなかった。痛手を負わせはしなかったものの、「物干竿」に隙を作れた。そして、その隙に仲間たちの攻撃が放たれる。
「今度こそ、当たれよぉっ!」
 不破の矢が放たれたが、それは回転した棒に弾かれた。
「‥‥『鬼切』ッ!」
 すかさず竜哉の鞭に練力が宿り‥‥必殺の一撃が繰り出された。
 不破が矢で陽動してくれなければ、この攻撃も弾かれたであろう。しかし今回は、敵の足、それも関節部に直撃させ‥‥切断することに成功した。
 倒れた「物干竿」に対し、畳み掛けるように風鬼が攻撃する。今度は「物干竿」の腕、巨大な棒を握った腕の関節部に向けて、バトルアックスの刃を打ち込んだ。
「‥‥次は、外さない!」
「今度こそ‥‥終わりだ!」
 武器と片腕、片足を失った「物干竿」に対し、アマリスと緋炎とが向かっていった。玲璃の「精霊の唄」により治癒され復活した二人は、そいつへと槍と刀を振りおろし‥‥完遂した。
「人形の破壊」を。

「内部には、本当にそれだけしか無かったか?」
 疲れた口調で、緋炎が訊ねる。
「へい。中にもう一つ錠前があって、そいつに『ろ番』と刻まれてたんでさ」と、風鬼。
 そして、ろ番鍵を用いると。錠前が開いた。
「‥‥中には‥‥アヤカシらしい気配は、無さそうですね」と、玲璃。
「物干竿」が倒れると、それは霧散していった。その様を見て、皆は確信していた。
「こいつは‥‥付喪人形だというのか?」竜哉が、確信を口にする。
 瘴気が宿った人形。それが、この「物干竿」の正体。
 が、ともかく。本来の依頼内容を完遂しようと、彼らは蔵内部に入りこみ、ろ番鍵を用い‥‥中に入った。
「‥‥どんなに探しても、これだけか‥‥」
 丁寧に梱包された、鍵付の箱が一つ。先刻の「物干竿」の片腕が丸のまま一つ入りそうなくらい、大きく細長いそれ。
 掛け金を開け、開いてみると‥‥。
「こ‥‥れは‥‥!」
 白銀に輝く、銀色の蝦がそこにはあった。が、よく見ると‥‥それは、巨大な「腕」だった。実に見事な意匠。同時に、怪しげで凶悪な何かも内包しているような意匠でもあった。
 箱の銘には『伍番・銀蝦』。
 そして同封されているは、鍵と地図。
「‥‥『は番鍵』、それに地図‥‥」玲璃が、同封されたそれに目を通す。
 は番鍵に、どこかを描いた地図。地図には『参番蔵』とある個所に記され、扉には『参番・枝垂柳』。蔵内部には『右腕・七番・青鰐』。
 皆が、見入っているところに。
「いやいや、皆様! ご苦労様でした!」
 偽瑠の声が、響いてきた。彼は十人ほどの武装した人間たちを連れている。
「地図と鍵、肝心の人形の部品は手に入りましたかな? ‥‥おお、それが『銀蝦』! いやすばらしい、貴方がたならやると思っておりました!」
 戦いが終わり、疲れたところにやってきた偽瑠に対し、皆は相手したくない心情だった。が、偽瑠は半ば強引に「銀蝦」の箱と鍵とを取り上げると、上機嫌で言い放った。
「皆様。その時になったら、またよろしく願いますわ」
 帰っていく彼の姿を見て、開拓者たちは複雑な想いにとらわれていた。
 

「自殺時は、一人暮らし。時折、近場に住む娘と弟子とに世話してもらっていた。しかし‥‥人形の権利ほとんどを、偽瑠に奪われている‥‥ですかい」
 依頼完遂後。風鬼は独自に調査していた。
「弟子に娘は、今は行方不明‥‥?」
 臭う。まるで、何かから逃げ出しているかのよう。
「明寺は、自殺する前から、あちこちを飛んでまわり、そして、人形を作っていた‥‥ふむ、どういう事さね」
 あの付喪人形みたいなのを、作っていたというのか。
「‥‥こりゃ、もうしばらく調べてみない事にはわからんようですな」
 どんな事実と事情が隠されているのか。それに身震いする風鬼だった。