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■オープニング本文 「あー、そのー。私の息子の馬鹿さ加減には、頭が痛いのではありますが‥‥決して悪意があるわけではないので、一つその‥‥お願いできないでしょうか」 君たちの目前にいるのは、恰幅の良い中年男性。 彼は画家であり、同時に画商でもあった。そして彼にとって大切な人間の一人が、危機に陥っていたのだ。 その男は、五行の安雲近くに住む絵描き、跳梁と言った。 それなりに有名な絵描きとして、五行、および周辺地域の市街地で彼の絵は売り買いされ、人々の目を楽しませている。 もっとも、跳梁も今は筆を取ってはいない。「描かない」のではなく、「描けない」のであるが。 数年前、アヤカシに襲われて、利き腕を傷つけてしまったのだ。傷は完治したものの、傷がもとで微妙な筆使いができなくなってしまい、満足する絵が描けなくなってしまった。 かくして、懇意にしていた画商「颯商会」の娘にして妻・風子の仕事を手伝う事となった。 のちに跳梁は風子とともに商会を発展させ、副会長の座に座り、後進の若き画家を育成する仕事にもついている。 さて、跳梁には息子・跋扈がいた。 彼もまた幼少時から絵画に魅せられ、画家を志すように。そして父親や兄弟子たちとともに絵を学び、今や彼はかつての父親に劣らぬ実力を持つ画家へと成長していた。 実力はあっても傲慢にはならず、自慢するより鍛錬、遊ぶ暇があったら技術の修練。努力のかいあって、彼の絵の実力は申し分ないほどに。 だが、彼には一つ問題があった。 努力しすぎるのだ。それも、努力の方向性がいささか危険かつ異常なそれに。 たとえば、「大空を飛ぶ竜の絵を描きたい」と思い立ったら、実際に竜に乗った開拓者を探し出し、乗せてもらい一緒に空を飛ぶ‥‥だけでなく、空中にいきなり飛び出し、落ちながら竜の飛ぶ姿を素描する(ちなみに、自分の足に命綱を結び付けていたため、この時には事なきを得た)。 勇猛な雄牛を描きたいと、突進してくる猛牛の目前に飛び出し以下略。 水中の魚や大蝦蟇を描きたいと、石に体を結び付け川や海に飛び込み以下略。 腐りかけた屍人の姿を描きたいと、アヤカシが出る墓地にでかけては以下略。 「アヤカシに囲まれ絶望の空気を描きたい」と、魔の森に出かけては以下略。 もちろん、無傷ですまない時もあったが、「利き手が傷ついた時のために、もう片方の手、それに両足や口で絵をかく練習もしている」と豪語しており、実際それらの絵も利き手のそれと引けを取らない。 なにより、そういう取材や体験を行ったあとの跋扈の絵は、確かに見事なものではあった。迫真性と写実性は、並みの画家では再現できないほどの見事なものがある事は、誰の目にも明らかであり、そして好評。 跳梁も風子も、心配ではあったが、画家としての彼の可能性を狭めたくないため、これを容認せざるをえなかった。実際、跋扈は欲が無く、稼ぎのほぼすべてを寄付するくらいなのだから。 とはいえ、両親の心配が的中してしまった。 以前に向かった墓地。そこに跋扈は再び向かっていったのだ。そして、二日経っても戻ってこない。彼は必ず「何時までに帰る」と書置きしており、その時間を厳守して帰宅しているのだが、今回は遅れていた。 その墓地には、アヤカシ‥‥食屍鬼が出るとのもっぱらの噂。そして跋扈は食屍鬼の絵を描くために、色々と素描を残していた。 「それで、ですね。その墓地へと向かったのですが‥‥魔の森の中で迷ってしまって、たどり着けませんでした。それに、途中でかなりのアヤカシを見ました。まず間違いなく、何かがあったに違いありません」 跳梁は、息子を案じる口調で君たちへと懇願した。 「素人では、あの森に行くことだけでも大変です。ましてや周囲を捜索し、息子を探し出すなどととてもとても。どうか皆さん、生きていても死んでいても構いませんので、息子を連れ戻してきてはくれないでしょうか」 |
■参加者一覧
ワイズ・ナルター(ib0991)
30歳・女・魔
緋姫(ib4327)
25歳・女・シ
リーゼロッテ・ヴェルト(ib5386)
14歳・女・陰
和亜伊(ib7459)
36歳・男・砲
ミルシェ・ロームズ(ib7560)
17歳・女・魔
アルシャイン(ib7676)
26歳・男・騎 |
■リプレイ本文 魔の森。瘴気漂う危険な場所。 件の絵描き、跋扈が向かったと思われる墓場‥‥の場所を示した地図。 しかし、それが導く墓場がある場所は、かなり危険で怪しげな場所。現にたった今、野犬をはじめとした、野生の獣の死体が転がっているのを見たくらい。累々と転がっているそれらは、死後それほど経っていないようだ。瘴気が宿らなければいいが。 「あ、あの‥‥えと‥‥」 ミルシェ・ロームズ(ib7560)、エルフにして魔術師の少女が、自信なさげな声で仲間たちに語りかける。彼女は、これが初めての依頼参加。冒険に出る事も、そして魔の森に踏み込む事も、すべてが初めて。手に持つクリスタルロッドの感触が、妙に心細い。 「跋扈さん‥‥大丈夫でしょうか‥‥その‥‥この、動物さんたちみたいになっていたら‥‥」 「さあね、そればっかりは確かめないとわからないわ」 逆に、余裕のある口調でミルシェに返答するのは、シノビの女性、緋姫(ib4327)。 「そうそう。仮に死体になってたとしても、それはそれで仕方ないってものよ。見つけてもいないのに、今から気にしていると身が持たないわよ?」 同じく、余裕のある口調の陰陽師にして元貴族の女性、リーゼロッテ・ヴェルト(ib5386)。他の仲間たちよりも、彼女たちは場数を踏んでいるためか。その口調から自信が伝わってくる。 「ミルシェ殿。俺も冒険には初参加です。気を楽にして行きましょう」 アルシャイン(ib7676)、騎士の青年が励ますように言った。 「そうそう、悩んでいても始まらないって。その時になりゃあ、何とかなるもんだぜ?」 和亜伊(ib7459)、砲術士の男がミルシェを元気づけるように、からっとした口調で問いかける。 「は、はあ‥‥」 二人の言葉を聞いても、悩みは晴れない。顔を地面に向け、ミルシェは所在無げに視線をさまよわせた。 「‥‥ふむ、そろそろ墓場に近くなってきましたわね。みんな、十分注意してください」 地図を手にして、周囲を警戒していたワイズ・ナルター(ib0991)が、注意を促した。 ジルベリア出身の魔術師である彼女の言うとおり、周辺の瘴気が濃くなった気がする。肌に感じる殺気めいた何か、危険な何かが、確実に濃くなった‥‥。感覚的に、皆はそれを実感した。 森の中は、木々の生え方がまばらで、結構遠くまで見渡せた。また、墓場への道も、道沿いに進めば到着する場所にあるらしいが、獣道が曲がりくねっている事に加え、周囲の情景が似ているものだから、正確に森内部のどの位置にあるのかは把握しづらかったのだ。 周囲にアヤカシは居るのか。襲撃されないようにと、リーゼロッテが瘴索結界で、周囲に注意しつつ進むものの、場所が場所なだけに探知しづらかった。 が、今のところは何もない。緊張していたミルシェですら、あまりに何もないものだからかえって拍子抜けしてしまったくらいに。 「どうしました?」 ミルシェを護衛するかのように、傍についていたワイズが声をかけた。 「あ‥‥いえ、その‥‥アヤカシが、襲ってこないので、ちょっと意外だなと思いまして‥‥」 「まあ、歩けばすぐに遭遇する‥‥ってなものではないですからね。というか、そろそろ墓場に到着する頃ですよ」 「え‥‥あっ‥‥はい‥‥」 ワイズが促した先に、ミルシェは視線を向けた。 そこには、森の中に開けた広場があった。広場には、墓石や墓標らしきものが、ぞんざいに置かれている。 「どうやら、到着したようね」 緋姫が、周囲を見回した。人はもちろん、動物も、アヤカシらしきものの気配も、今のところは感じられず見かけない。 だが、気のせいか。墓石や墓標は陽炎のように歪んで見え、周囲の森の木は心なしか、苦しんでいるかのようにねじれている。枝が無い分、快晴の青空が頭上には広がっているが、なぜか不気味な圧迫感がある。陽の光が照っているのに、なぜ薄暗く感じてしまうのか。 不快。表現は異なるも、皆が受けた印象は共通していた。 「‥‥さて、それじゃ行きましょう」 不快さをねじ伏せつぶやいたリーゼロッテに、皆うなずき‥‥捜索を開始した。 「きゃっ!」 埋もれた墓石の一部に、ミルシェはつまずきそうになった。 「おっとっと‥‥大丈夫ですか?」 ワイズが彼女の体を支え、 「ふう‥‥あんた、足元に注意してよ?」 緋姫が、少しだけ強い口調で彼女に言葉を投げる。 「は、はい‥‥すみません‥‥」 しゅんとして、ミルシェはため息をつく。これで数度目。うまく依頼を解決できるのだろうか。 事前の打ち合わせ通り、墓場に来たら二手に分かれて捜索する事になっていた。リーゼロッテとアルシャイン、和亜伊は別の場所を探しているはずだ。ミルシェは緋姫、ワイズとともに探索しているが、今のところ何も見つからず。 やっぱり、私じゃあだめなのかな‥‥。悲観的な考えに落ち込みかけた、その時。 「いたわ! アヤカシよ!」 緋姫が、大声を上げた。 リーゼロッテが、緋姫の声を聞いた。 が、それどころではなかった。通り過ぎたすぐ後ろから、すなわち、緋姫の元へ向かおうとした方向の地面から、そいつらが起き上がってきたからだ。 地面そのものが不浄を産み落としたかのように、そいつら‥‥狂骨が地中から湧いて出てきた。 それは、すぐ近くにいたアルシャインの足首をつかんだ。 「なっ‥‥!」予想外の出来事に、若き騎士は剣を抜く暇もなく動揺し、動きが固まる。 しかし、すぐにその狂骨は頭と腕とを失った。和亜伊の銃が、そいつの頭部と腕とを打ち抜いたからだ。 「大丈夫か!? すぐに次のが来るぜ!」 そういうと、リーゼロッテとともに背中合わせになる。すでに和亜伊の両手には、バーストハンドガンが収まっていた。 リーゼロッテもまた、アゾットを握り、いつでも呪文を唱えられるようにしていた。 やがて、アルシャインは状況を悟った。三人の周囲を、地面から起き上がった五体の屍人が囲っていたのだ。 「これが‥‥実戦!」 周辺に漂う戦いの空気を、アルシャインは肌で感じ取る。模擬戦ならば、何度も行って常に勝利してきたが、実際の戦いにおけるそれとは遥かに異なる。 その空気にしばし驚愕し、震えすら覚えた。そして‥‥彼は剣を抜き、構える。 「‥‥アルシャイン・ロードナイト! いざ参る!」 目前によろめく狂骨、そして屍人へと、アルシャインは両手に握ったグレートソードを振り下ろした。 そいつらは、墓石の中を微動だにせず突っ立っていた。 いや、ただ立っていたわけではない。石造りの小さな小屋‥‥納骨堂を、囲い込むようにして立っていたのだ。 そいつらの半分は腐肉がつき、半分には腐肉がこそげ落ちている。 「屍人と狂骨、それぞれ五体ずつってとこかしら‥‥」緋姫が即座に、状況を把握する。携えていた忍刀を抜き構えると同時に、そいつらがこちらを向いた。 視線を受けて、ミルシェは恐怖を覚えた。あのおぞましい、歩く死体。それがこちらに注目している。手のクリスタルロッドを構えるが、なかなか練習の時みたいにうまく構えられない。杖自体も、ワイズの持つ霊杖「カドゥケウス」に比べて頼りなく感じてしまう。 が、怪物どもがゆっくりとこちらに歩み寄ってくるのを見て、ミルシェは自分が次第に冷静になるのを感じていた。 「た、助けなきゃ‥‥でなきゃ、跋扈さんが‥‥」 冷静になるにつれ、覚えた呪文が脳裏に流れる。 「‥‥魔術師たる我が名において、電流よ。我が言葉を聞け‥‥」 呪文を詠唱するとともに、ミルシェは見た。自分がクリスタルロッドを、怪物どもに対し誇らしげに掲げるのを。 「‥‥我が名において、我は命ずる! 我が言葉に従い、我が意のままに流れよ! 『サンダー』!」 呪文により発生した電流が、屍人の一体に流れ痛手を喰らわせた。死肉を焼く時の悪臭が、墓場に漂う。そいつはそのまま歩みを止め‥‥地面へと倒れこんだ。 その攻撃の前に、怪物どもは躊躇したかのように足を止めた。 「上等よ、ミルシェ!」 緋姫が、そいつらへと切り込んだ。忍刀「暁」と、手裏剣「八握剣」。それらを両手に屍人と狂骨に切り付け、腐った身体を切断し、朽ちた骨を薙ぎ払う。 動きの鈍い屍人と狂骨の群れが片付くのも、時間の問題であった。 アルシャインの剣が、最後の狂骨を打ち据えた。 「‥‥ふう」 初の実戦で勝利したことをかみしめつつ、高揚した心を呼吸とともに整えた。動く死体という事で、最初は面食らったものの、すぐにコツをつかんだ。のろく単純な動きを見切ったら、それらから防御しつつ攻撃に転ずる事など簡単なもの。スタッキングとスマッシュにより、彼の攻撃が、怪物どもすべてを薙ぎ払ったのだ。 「よくやったな、アルシャイン! たいしたもんだ」 和亜伊が勝者への祝福の言葉をかけるが、リーゼロッテがすぐに言葉を続ける。 「さあ、のんびりしてはいられないわ。すぐに合流するわよ」 そうだ、仲間たちもまた同様に襲われている。すぐに助けに向かわなければ。 気持ちを切り替えると、若き騎士は剣を手に仲間たちのもとへと急いだ。 だが、彼らが去ったあと。 墓場の奥、墓石の影の暗がりの中から。闇に蠢いていたものが立ち上がり、陽光へと己の身体をさらけ出した。 「なるほど、父様の依頼で‥‥それは大変、申し訳ない事をしました‥‥」 跋扈はうなずき、和亜伊の差し出したパンにかぶりついた。咀嚼しつつ、別のパンを紙に写生している。 納骨堂の歪んだ扉を開くと、そこには足を折り身体中が傷だらけの青年が一人、倒れていた。‥‥その手に子犬を抱えて。 リーゼロッテの神風恩寵により、彼の負傷は八割方回復した。そして空腹を訴えたので、和亜伊が持参したパンを受け取り、がつがつと喰らっている。 そのすぐそばでは、子犬も同様にパンにかじりついていた。 「情熱はわかるが、命を軽々しく扱うな」 「ええ。猛省しましたよ。不死の姿より、命の姿‥‥これこそが、僕が描くものにふさわしいとね」 アルシャインの言葉に、跋扈はうなずく。 「で、でも‥‥生きていて、くれて‥‥良かったです」 それは、ミルシェの心からの言葉だった。 衰弱しかかっていた彼が言うには、ここで不死の怪物どもを写生する事には成功したものの‥‥別の問題が起こったというのだ。 いざ帰ろうとしたその時、すぐ近くから動物の鳴き声が。 近寄ったら、墓石にうずくまっている子犬。見ると、けがをしているらしい。 助けようとしたら、現れた不死のアヤカシに襲われ、傷を。そればかりか、崩れた墓石を足に受けて骨折し、彼は子犬とともに納骨堂に逃げ込んだ。 動けないところに、アヤカシが集まってくる。なんとか石を運んで、扉を閉めて籠城したものの、そのまま動けず、逃げる事も出来ず‥‥現在に至っていた。 子犬もまた、ミルシェの包帯と薬草で事なきを得ている。 「努力は、素晴らしいです‥‥けど‥‥無謀な事をしては、功績も‥‥残せません‥‥」 途切れつつも、はっきりとした口調で、ミルシェは跋扈へと言葉を紡ぐ。 「何より‥‥待っている人が‥‥いるのですから‥‥その‥‥やめてください、とは‥‥言えませんが‥‥」 「いや、そうですな。エルフの魔術師さん。絵描きとして邁進するのに夢中になるあまり、少々道を外してしまったようです。面目ない」 そう言って、跋扈はからからと笑った。 「まったく‥‥。さあ、食べて落ち着いたならとっとと帰るわよ莫迦画家」 リーゼロッテが促したが、とたんに顔が曇った。 すぐに、仲間たちもそれに追随する。彼らも見たのだ。新たなる恐怖を。 それは、腐りかけた体の不死の化物。屍におぞましきかりそめの命が宿り、改めて歩き出した存在であることは明らか。 「また屍人か? ならば切り捨ててくれよう!」 再び剣を手に、アルシャインはそいつらに向かっていく。 「待て! そいつは‥‥」 和亜伊が警告しようとしたが、その言葉は届かなかった。一番手近の歩く屍に、すでにアルシャインは切り付けていたのだ。 腐りかけた体に刃が食い込み、動きを鈍らせた‥‥と思いきや。 「なっ‥‥なんだと!?」 そいつは、痛みなどないかのように、身体に食い込んだ刃を手で握る。予想外の動きに、アルシャインは驚愕し‥‥一瞬、動きを止めた。 その隙を見逃さず、怪物はアルシャインの肩をつかみ、爪を食い込ませた。痛みが彼の身体に流れ、正気に戻させる。 「ぐっ!‥‥不覚!」 「おい! そいつを放しやがれ!」 和亜伊の銃が火を噴き、怪物の頭部と腕とを狙い撃つ。眉間を撃ちぬかれると、ようやくそいつは偽りの死体から、本物の、物言わぬ普通の死体へと戻った。 グレートソードから怪物の死体を払うと、アルシャインは下がった。幸い、傷は浅い。 「傷を見せて‥‥どうやら、屍人じゃあないわね。たぶんあいつは‥‥食屍鬼よ」 リーゼロッテが、アルシャインの傷を見つつ神風恩寵をかける。それは先刻の、跋扈についた傷痕と同じものだった。 ミルシェが墓場の奥へと視線を転じると、更に別の食屍鬼が数体、墓石から這い出てくる様子が見えた。いや、あるいはあれは屍人か? 数体いるのか、十数体いるのか、定かではない。 見ると、すぐ近くまでそのうちの二体が接近していた。ミルシェは再びサンダーを唱えんとするが、リーゼロッテの叫びがそれを遮った。 「あなたはアルシャインと一緒に、跋扈と子犬を連れて墓場の外へ逃げて!」 「は、はいっ!」 入れ違いに、ワイズと緋姫が立ち向かっていくのを、ミルシェは見た。 「ファイヤーボール!」 ワイズが火球を生じ、食屍鬼を焼き殺し、 「雷火手裏剣!」 緋姫の手から、手裏剣のような雷撃が食屍鬼を貫いていく。悪臭とともに燃える食屍鬼の身体から煙があがるが、その煙を通してさらなる数の食屍鬼、あるいは屍人と狂骨が墓場から起き上がるのが見えた。 「そろそろ、潮時ね」 「ええ、退散するとしましょう」 魔術師とシノビ、二人の女傑は仲間たちが安全な場所に逃れた事を確信すると、自らも退却した。 後に残されたアヤカシどものうめき声が、開拓者たちの耳にいつまでも残っていた。 「いや、みなさん。ありがとうございました。これより先は、絵画の道を究めるにはより穏やかな方法を取ることをお約束します」 跋扈が、跳梁や他親族たちとともに礼を述べる。その傍らには、子犬が寄り添っていた。 「この命の喜び、生きていることの素晴らしさ。これから先自分が描く絵は、それらを主題にしたいと思います。‥‥むむっ、霊感が降りてきた!? ちょっと失礼!」 そう言いつつ、手近の紙にさらさらと写生し始める跋扈。 開拓者たちは、その様子を複雑な様子で見るしかなかった。 「‥‥うまく、できました、よね‥‥?」 ミルシェは、その様子を見つつ‥‥依頼をやり遂げた事を実感していた。 |