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■オープニング本文 子供は、度胸試しにとわざわざ行かなくても良い場所に赴き、そして親兄弟を心配させるもの。ここ石鏡の伊堂でも同じである。 伊堂は、石鏡で最も古い歴史を持つ都市。そしてそこは、歴史ある神殿の研究と捜索、保護などを生業とする敬虔な人々が、常日頃から出入りしている。当然、その周囲に点在する小さな洞窟や廃墟や地下迷宮にも、同様であった。 が、時に子供は悪気が無くとも、騒動を起こしてしまう事も往々にしてあるもの。 今回、末三が起こしてしまったのは、悪意や悪戯からではなかったのだ。 末三の両親は、伊堂の神殿研究員であり、毎日忙しく働いていた。両親は決して末三に愛情が無いわけではなかったが、仕事が忙しく‥‥彼を見てやる暇が無かったのだ。 何せ、とある神殿の奥深くに、新たな地下神殿を発見し、内部に数多くの書物や宝物が発見されたというのだ。それを分類するのみならず、それらの記録を作るだけでも精一杯。人手が足りず、毎日働いても不十分。 少年は、両親が有意義な仕事をしていると知っており、あえて不満を口にしなかった。が、それでも寂しさを感じるのは事実。 いつしか、彼は家に戻らず、近くで拾った動物たちとともに過ごすようになっていた。 末三の秘密基地は、伊堂からほど近い森林内の屋敷。廃墟と化したそこは、かつて伊堂におちついた成金商人が、別荘として建てたもの。 だが、建てている最中に財産を失い、そのまま放置されていた。それを末三が見つけ、自分の隠れ家として使うようになったのだ。 自分の持ち物や、お菓子や玩具、子供向けの読み物などを持ち込み、同年代の友人も連れ込み、暇なときにはずっとそこで過ごすように。次第に、捨てられていた犬猫を集め飼いはじめた。 そのうち、犬猫の数は合計で十匹以上に。さすがにこのままでは飼いきれないと思い、末蔵は両親が在宅している時に一〜二匹でも飼えないかと聞いてみた。 「いいか、うちは貴重な資料や品物がいっぱいある。だからこの家で動物を飼う事は出来ない。わかったな」 そう聞いた末三は、打ちひしがれ、あきらめざるを得ないと悟った。 そうこうしているうち、猫の一匹、黒猫のタマルが行方不明になったのを末三は知った。タマルは子猫で、隠れ家にて飼っている犬猫の中では一番小さく、一番病弱。 家から食べ物やら何やらを持ち込むのも限界だったため、末三はせめてタマルだけでもと思っていた。が、そのタマルがいなくなったのだ。 「どうする末三。あいつ、森の中に出て迷ってるに違いないよ」 隠れ家でいつも一緒に遊んでいる、幻造が心配そうに言った。 「探してくるよ、僕の声を聞いたら、タマルも戻ってくるに違いないさ」 そして、止めるのも聞かずに末三は、タマルを探しに森の中に。 夕方になり、夜になった。幻造も家に戻らなくてはならないので、仕方なくその日は家に戻った。 が、次の日に寺子屋へ幻造が行くと末三が戻ってないと知り、彼はあわてた。 幻造は自分の両親に聞かれ、末三の両親‥‥赤辰に蒼蛟に、事情を説明した。 「‥‥そうか、末三が‥‥」 ここ毎晩、ほぼ徹夜続きで眠っていなかった二人は、彼から話を聞き‥‥項垂れるしかなかった。 「ええ、我々が末三に親らしい事をしてこなかった事が、此度の原因だという事は承知しております」 ギルドにて、赤辰は依頼に来ていた。末三を探し出してほしい、と。 「動物を飼いたいと言った時に、少しでいい、話を聞いてやるべきだったと思います。三日ほど眠っていなかったため、ついあんな言い方をしてしまったのは、失言でした」 同行した蒼蛟が、夫に続き言う。 しかし、なぜそこまで忙しいのか、少しは休めないのかという問いに、二人は答えた。 「実は、伊堂で『全ての神殿に対し保全し研究する事は難しいので、重要性の低いものはその対象を外す』という話がでておりまして。今回せっかく見つけた地下神殿に関しても、研究に値しないものと判断されそうなのです」 「この地下神殿は、私たちの上司が長年研究を重ねて、ようやく突き止めたものなのです。ある神官の墓所には、隠し部屋があり、そこでは未知の宝物を隠している、と。ようやくそれを発見し、これから内部を探ろうとした矢先に『ただの隠し部屋で、内部の遺物も大したものではなさそうなので、研究を打ち切れ』と、上層部が言ってきたのです」 「我々はそれにくいさがり、『数日以内に何らかの結果が出たら、研究の存続を認める』と約束を取り付けました。あと少しで、何らかの発見が出来そうなのです」 「そうでもしないと、私たちの上司がやってきた事が、全く無駄に終わってしまう。何年も仕事に打ち込んだ結果がこれでは、あまりに不憫でなりません」 しかし、末三にまで気を回せなかった。その結果がこうなったわけだ。 「無論、だからといって我が子を蔑ろにした理由にはなりませんが‥‥」 ともかく、今は末三を探さねば。 ギルドに同行した幻造によると、森の内部で。 末三の隠れ家の近くには縦穴があり、末三はそこに近づかないようにしていた。が、幻造は末三のものらしい足跡が、その周辺で見つかったという。 詳しく調べる事は出来なかった‥‥縦穴のすぐ近くに、アヤカシが出現したからだ。 そして、赤辰と蒼蛟は、地下神殿で「猫を発見した」という。 発見した地下神殿の壁の一方には亀裂があり、そこはさらに奥深く続いている様子。その中から、傷だらけの黒猫が這い出てきた‥‥というのだ。 「ひょっとしたら、この黒い子猫は、末三の言っていたタマルではないかと思いまして‥‥今、知り合いに手当てさせているところです」と、赤辰。 が、これだけ傷だらけという事は、内部に何かがいるのは間違いない。 そして、おそらくは末三に関係あるのでは、と。 「どうか、お願いします。皆さんのお力で、末三を助けてください」 そう言いつつ、両親と友人は、頭を下げて依頼した。 |
■参加者一覧
四方山 連徳(ia1719)
17歳・女・陰
露羽(ia5413)
23歳・男・シ
晴雨萌楽(ib1999)
18歳・女・ジ
山奈 康平(ib6047)
25歳・男・巫
和亜伊(ib7459)
36歳・男・砲
高尾(ib8693)
24歳・女・シ |
■リプレイ本文 新しく踏み倒された草と、足跡。それをたどると、そいつらの姿が現れた。 「これはまた、一段と醜い面だねえ」 遊女のような艶めかしさを感じさせる、色白の女性。彼女は、嘲笑と嫌悪とを混ぜた言葉を吐いた。 そいつら‥‥アヤカシ・小鬼どもは、さびて欠けた小刀を振り上げ威嚇する。 「ふん、まずはこいつらを片づけるとするかね」 隠れ家の近く、森林にて。修羅のシノビである高尾(ib8693)は‥‥静かにつぶやいた。 「そうだな‥‥調査の前に、一仕事と行くか」 高尾の隣に控えるは、山奈 康平(ib6047)。巫女でもある青年は、神刀「青蛇丸」の鞘を払う。 「おう、俺も仕事に参加するぞ」 短銃を両手に構えるは、獣人の砲術士、和亜伊(ib7459)。すでにその両手には、愛用の短銃「サイレントワスプ」が。 小鬼どもは吠え‥‥駆け出した! 「ここが‥‥」 神殿の中かと、三人の開拓者は、改めて感嘆していた。 ギルドから依頼現場に赴くに当たり、開拓者たちは最初に神殿に到着していたため、参加者三名はまずこちらから調べる事にしたのだ。残りの三名‥‥高尾、和亜伊、そして山奈は、森林の縦穴へ先行している。 「‥‥で、子猫が出てきた場所というのは、どちらでござろう?」 四方山 連徳(ia1719)が、神殿内部を探りつつつぶやいた。 「もう少し‥‥先のようですね」 露羽(ia5413)、女性と見間違えそうな美貌を持つシノビの青年が、彼を促す。暗視を用いて視界を確保し、超越聴覚で音を聞き逃すまいと気を張っていた。 「ふーん‥‥それにしても‥‥この神殿、なかなか面白そうだね。何か見つかるかな?」 赤毛が印象的な少女、モユラ(ib1999)。彼女もまた、神殿内部をあちこち見回していた。 そうこうしているうちに、三名は神殿の奥、猫が出てきた壁の亀裂のある場所にたどり着いた。亀裂は深部までは光が届かず、どのあたりまで続いているかは確としない。 「‥‥空気の流れがあります。それに‥‥何か、弱い呼吸音も聞こえます」 露羽が手をかざし、中をできるだけ覗き込みつつ言った。 「‥‥モユラさん。お願いできるでござるか?」 「はいな、あたいにお任せ!」 元気さが弾け出るような笑顔とともに、モユラは術をかけ始めた。その姿は、衣装や様相を含め、一見するとまるで魔女。 しかし、彼女は陰陽師。四方山と同様、使うのは陰陽の術。 「‥‥よっし、行けっ!」 放った符が、モユラの人魂の術により鼠の形になる。命に従い、鼠は亀裂内へと入り込んでいった。 「‥‥どうですか?」 「‥‥見えるよ、奥の方に‥‥あったあった。結構広い部屋だね」 思った通りだ。亀裂の先にあったのは、広い空間。間違いない、洞窟の一部だろう。 鼠の形をとった人魂は、その暗い空間をそそくさと走り出した。 山奈の剣が舞い、高尾の拳がうなる。とどめに和亜伊の短銃から放たれた一撃が、小鬼どもに引導を渡していた。 「‥‥ふん、まったく歯ごたえがない相手だったねえ」 「ああ。剣を使う事すらもったいなかったな」 「弱すぎだぜ。さてと、それじゃあ‥‥ったったった」 和亜伊が、短銃をくるくると回転させ、ホルスターにストンと納め‥‥穴に落ちかけた。 地面に空いている縦穴に、脚を踏み入れかけたのだ。すんでのところで山奈が腕をつかみ、落下を免れる。 「‥‥ふー、あぶねえあぶねえ。ありがとよ」 「大丈夫か‥‥それにしても、これでは、な」 縦穴の縁には、雑草が密生していたのだ。 中を覗きこんだ。かなり、深い。そして子供のものらしき足跡が、この縦穴で消えているのが見えた。 山奈が、神殿のある方角へ顔を向ける。 「あとは、仲間たちと合流し、中を調べるだけだな」 「救出しに来た」と書き付けた紙切れをくわえ、人魂の鼠が走る。 「‥‥まずいね。急がなきゃあならないだろうよ」 彼女は見たのだ、少年の姿を。 モユラは鼠を少年の、末三の周囲を走り回る。が、壁際に倒れたまま、ぐったりして動けない様子だった。かすかに息はあるものの‥‥立ち上がれるほどの体力は残されてなさそうだ。 人魂を戻らせ、書付を書いた紙切れを持たせると、再び向かわせる。その手に紙切れを握らせたが、その体には力が全くない。 「‥‥ぐずぐずしてはいられないでござるな、急ごう!」 四方山の言葉と共に、皆は駆け出した。 「これでは‥‥子供が落ちたら出られませんね。助けた後に、早急にふさがないと」 綱で縦穴の底に降り立った露羽は、横に長く伸びる洞窟の先へと視線を向けた。 じめじめして、あまり良い環境とは言えない。それに、先刻モユラが見た限りでは、少年の様子はあまり良い状態とはいえないもの。焦りは禁物だが、ゆっくりなどしていられない。 山奈の松明に、火がつけられた。四方山がそれを手に、真ん中に位置する。さらに、松明の他、モユラが夜光虫を唱え、さらなる光を生み出した。これで明かりは十分だろう。 前衛は露羽。続き和亜伊、高尾。四方山にモユラ、しんがりを山奈。迷宮探索のごとき隊列を組むと、皆は先に進み始めた。 空気が湿り、黴臭い臭いが充満している。そして、まぎれもない瘴気の気配が充満しているのを、皆は肌で感じていた。 すでにモユラが、新たな人魂を作り出し、それを先行させている。洞窟はほとんど一本道なので、現在は迷う心配はない。しかし‥‥それは言いかえるなら、潜んでいるだろうアヤカシに、必ず遭遇してしまう事。 優先すべきは末三少年の無事。露羽は手にした刀「血雨」の柄を握りしめ、気を張った状態で洞窟内を歩き続けていった。 「‥‥道が、分かれている?」 一本道だった洞窟が、二つに分かれている場所にたどり着いた。 「‥‥左の方に、何かがいる」 瘴索結界を唱えた山奈が、何かをとらえたようだ。 「瘴気が濃いため、確たる事は言えないが、間違いなく何かが潜んでいる。それも、複数な」 その数、ざっと三〜四体。そして、それは動いているとの事。 「私の超越聴覚でも、こちらからは何かがいるのを聞き取れました。ですが、人でない事は確かです」 水っぽい、ずるずるぴちゃぴちゃという、明らかに普通ではない音。末三少年が、否、人間が立てられる音では断じてない。 「なら、こっちの道だね。‥‥大丈夫、人魂で見ても、今のところ何もないよ。行こう!」 モユラの言葉に、誰も反対などしない。アヤカシらしきものがいる方の通路を避け、もう片方の通路へと開拓者たちは歩を進めた。 そして、歩く事更に数刻。 モユラだけが先刻に見た光景に‥‥広く、大きな空間の部屋に、開拓者たちは到着した。 「末三くんっ!? 大丈夫かい?」 そして、モユラは人魂と夜光虫とを、まず最初に部屋に入り込ませ、横たわっている少年の元へと接近する。間違いない、末三だ。 安堵し、皆は室内に入り込んだ。その次の瞬間。 「!」 全員が、凍りついた。 「瘴気が濃い! なにかいる!」 山奈の叫びが響く。それとともに、部屋の中心部に何か、濃密な瘴気が渦を巻き始めるのを皆は肌で感じ取った。 が、それが何なのか。目には見えない。霧か煙が、集結していくかのよう。明らかにそこになにかあるのに、どんなに目を凝らしても、実体のある何かは見えない。 ‥‥いや、徐々に「何か」の姿が明らかになってきた。幽鬼めいた、さばらえた人のように見える霧状の何かが集まり、どことなく人間めいた姿となりつつある。 松明と夜光虫との光に照らされたその頭部は、悪夢で歪曲させた狂乱した人間のそれ。下に行くにつれ体が徐々にうすくなって、下半身は霧状の気体の中に溶け込み判然としない。 それは腕を振るい、モユラの人魂を握り潰し、夜光虫を消滅させる。 そして‥‥開拓者たちへと襲撃した。 とっさに散開し、開拓者たちは戦闘態勢を取った。 四方山と高尾は術をかけようと身構え、露羽と山奈、モユラはそれぞれ剣を構えた。露羽の血雨、山奈の青蛇丸、そしてモユラの陰陽刀「九字切」の刃がきらめいた。 和亜伊は短銃を抜き、そいつに向けた。が‥‥撃てない。 「‥‥くそっ。この位置からじゃあ、末三くんに当たりそうだ」 「‥‥和亜伊、少しばかりあいつを引きつけといて。あたしがあの坊やを助けてくる」 「‥‥わかったよ、頼む!」 彼の言葉を聞き、高尾は駆けだした! 高尾が突撃すると、地縛霊は驚いた表情を浮かべた‥‥ように見えた。 が、アヤカシが吠えると、高尾はなぜかそいつに恐怖を覚えかけた。 ‥‥いや、そんなことは無い。それはまやかしだ。あんなもののどこが怖い? ここで依頼に失敗し、銭の種を無くして稼げなくなり、おまんまが食い上げになる方がずっと怖い。 「はっ!」 露羽が、刹手裏剣を放った。投擲された刃にアヤカシは気を取られ、そのすぐわきを高尾はぎりぎりのところで駆け抜けた。 「おおっと、子供は返してもらうよ!」 莫迦にした口調でアヤカシに言い放つ高尾だが、地縛霊は吠えつつ、高尾の周囲を取り囲むようにして旋回した。 「‥‥『木葉隠』!」 取り囲まれそうになった瞬間。高尾の周辺に木葉、ないしはその幻影が舞った。それは地縛霊を取り囲み、幻惑させる。 「‥‥いいよ、やっちまいな!」 末三を抱え、高尾はアヤカシより離脱した。 「大丈夫でござるか?」 「ああ、あたしはね。この子は別だ」 高尾の言うとおり、末三の体はぐったりとしていた。 「はっ!」 素早く銃を装填し、弾丸を放つ。 和亜伊の短銃、二丁のサイレントワスプから放たれた弾丸が、地縛霊へと命中した。そいつの苦悶の表情から、明らかに苦しんでいるのが見て取れた。 「『斬撃符』!」 続き、モユラの術。カマイタチがごとき式が飛び、アヤカシの体を切り裂いた。 「末三さんに、手出しはさせませんっ! 『漸刃』!」 破れかぶれにと、露羽に迫ってきた地縛霊だが‥‥彼の振り上げた刀の一斬が、アヤカシへのとどめとなった。 「‥‥『神風恩寵』をかけ、岩清水と薬草も使った。もう大丈夫だ」 山奈の施した治療で、末三は回復し目を覚ました。体中に、水と薬草とともに和亜伊が提供してくれた包帯が巻かれ‥‥傷のほとんどは治っている。 「‥‥みなさん、ごめんなさい‥‥」 憂鬱そうな顔の末三だが、モユラは笑顔でそれに答えた。 「もう大丈夫。さ、おうちに帰ろうか」 「でも、アヤカシが‥‥」 「そいつなら、みんながやっつけたでござるよ。地縛霊はもういないでござる」 しかし、末三はかぶりをふった。 「ちがうよ‥‥僕が襲われたのは、泥みたいなアヤカシ。そいつから逃げて、ここまで来たんだ」 山奈が加護結界をかけた後、皆は洞窟の道を逆に戻っていった。 間違いない。あの分かれた道の、もう片方から感知された瘴気。あれが、少年を襲ったアヤカシに違いあるまい。 少年は逃れられたが、気を付けなければ帰り道に皆全員で襲われるかもしれない。注意して進まねば。 松明の火も、勢いが弱い。露羽が暗視と超越聴覚とをかけ、急ぎ皆を先導していた。 そして、先刻の分かれ道。そこに差し掛かった時‥‥「そいつら」がすぐ近くまで迫っているのを、山奈は見た。 「‥‥粘泥か!」 「あいつらだよ! あいつらが、僕を襲ったアヤカシ!」 洞窟の奥から液体の滴る音とともに、それが姿を現しつつあった。それは、つい先刻に通った洞窟本道へと、不定型な体を伸ばしつつある。 「『斬撃符』!」 モユラが再び術を放ち、粘泥の一匹を切り裂いた。が、粘泥はあとからあとから、洞窟の奥から湧いて出ては接近しつつある。 「逃げろ! 戦うより、逃げてしまえ!」 回復したとはいえ、末三に無理を強いるわけにはいかない。 山奈の言葉に、皆は行動で賛同の意を述べた。すなわち、縦穴へと走ったのだ。 ありがたい事に、綱は何事もなく下がっていた。そして、周囲には地上へ帰還するのを邪魔する存在は無い。 しかし、後方から邪魔する者が迫りつつある。どろどろとした粘泥が、群れを成して迫りつつある。距離をとってはいるものの、ぐずぐずしていては絡みつかれるだろう。 四方山が末三少年を背負い、綱を上る。綱を上るのは、一度につき一人づつ。じれったくなるほどゆっくりで、そうこうしているうちに粘泥はすぐそばまで接近してきた。 「いいかげんに、しろーっ!」 再三モユラが放った斬撃符を受け、粘泥がひるんだ隙に、彼女は綱に飛びついた。 「いいよ、上げて!」 地上へと引っ張りあげられる。 のたくる悪夢を眼下に見つつ、モユラは思った。こんなところは、絶対に封じるべきだ、と。 「父様、母様‥‥ごめんなさい‥‥」 その後、両親と再会できた少年は、泣いた。 「‥‥いいんだ、謝る事は無い」 赤辰と蒼蛟夫妻は、息子を責めることなく、ただうなだれていた。 事前にモユラより言われた言葉。それが二人の心に、思った以上に突き刺さったのだ。 『家にだーれも居ないのって、子供にゃ想像以上に応えると思うんです。これからはもう少しだけ‥‥末三君に優しくしたげて下さいね』 そうだ、仕事に夢中になりすぎて、子供の事を蔑ろにしてしまってはいなかったか。謝るべきは、むしろ自分たち。 『怒らないで、たくさん抱きしめてあげてくださいね。末三さんの求めていたものは、そういうものなのでしょうから』 そして同じく、露羽からの言葉。 息子を抱きしめた二人は、我が子との抱擁が心地よい事を、改めて知った。 「‥‥なあ、末三」 仲間たちと、その様子を見守っていた山奈。彼は声をかけた。 「犬猫の世話をするのはいい。が、手に負えなくなれば、寂しい思いをさせてしまうんじゃないか?」 「そ、それは‥‥」 「‥‥寂しさを紛らわすためだけに世話するのなら、やめなさいと言いたいのだろう。でも‥‥」赤辰が、山奈に続き言った。 夫に続き、蒼蛟が付け加える。 「でも‥‥タマルだけならいいわよ。あなたの恩人‥‥いや、恩猫なんですし」 「ほ、本当に?」 「それから、ご両親」うなずきつつ、山奈は両親へと向き直る。 「犬猫の世話が出来るんだ。親の仕事を嫌がっていないなら、手伝わせてやればいい」 開拓者からの言葉に、親は子供に問うた。 「‥‥手伝うか?」 「‥‥やってみたい。タマルと一緒に」 「両方やるのは、大変よ。でも‥‥」 不可能じゃない。やりたいのなら、構わないわ。両親はそう告げた。 再び、親子は抱き合った。その様子を見て、開拓者たちは思った。この親子は、もう大丈夫だろうと。 後に、件の穴。そこは大きな岩で塞がれた。 神殿はそれなりの発見があったものの、結局は閉鎖される事になった。 が、この神殿から見つかった地図により、別の個所で新たな地下神殿の存在を知り、赤辰と蒼蛟、そして末三の親子は上司とともにそこを調べる事に。 タマルとともに、末三は忙しい毎日を送るようになった。が、彼はもう二度と、寂しさを感じなかった。 |