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■オープニング本文 前回のリプレイを見る ネス・アグネ・ヒポクラス・デイジア。 生まれは安雲。ジルべリア貴族の養子になり、家督を継いで戻ってきた貴族。孤児院「愛善館」を経営する、孤児たちのための団体「愛善会」の責任者。 が、従者の雛罌粟(ひなげし)は、「チャン」を名乗り、自分の意に沿わぬ者たちを惨殺していた。恨みを持つ女性「サミ」に狙われていると知ると、サミを悪人に仕立て、サミを保護した人形商会「濁屋」を襲いもした。 濁屋の会長・偽瑠。彼は事件に関わった後に愛善会、そしてネスに関する重大な秘密を知り、再び愛善館へと赴いていた。 「ワタシは何も知りません」 愛善館の、豪勢な応接室。対応に出たネスは、とぼけていた。 「‥‥あんた‥‥かつてのわし並みの、守銭奴だな」 何度かネスと相対し、偽瑠はネスについてわかった事がいくつかあった。一つ、この女の善悪の基準は、自分の気分次第。 「守銭奴!? 正しい事しているのに、その言い草はなんですか! だいたいアナタのような卑劣な人に、何が‥‥」 二つ。都合が悪くなると、怒鳴り散らし相手を黙らせる。 「話になりません! ワタシ、これで失礼しま‥‥」 「‥‥愛善会の事、調べさせてもらった」 立ち去ろうとする彼女だが、偽瑠のその言葉に止った。 「卒院した子供たち、大したものだ。勉強も運動も優秀で、有名どころの商店や学院に入って、活躍している。だが‥‥卒院した子供たち『全員』が、そういう優秀な高給取りの仕事ばかりに就いている。おかしいですな、なぜ、庶民的な仕事に就いた者がいないのか」 「‥‥‥‥」 三つ。相手が黙らないなら、ネスは逃げるか、自分が黙る。 「入り嫁入り婿になった子供たちも多いが‥‥確認できた限りでは、全員が愛善会の金持ちや権力者たちばかり。それに、歳の差婚があまりに多い。で、ちょっと表にできない方面から調べたら‥‥」 「‥‥‥‥」 「‥‥儲けの何割かをあんたに上納するように契約した上で、奴隷商やら娼館やらにも、子供を売っていたそうだな。反抗的だが容姿が良い子供たちを、そうしていたんだろう? 売った実行犯と、売られた子供たちから証言を取ってある」 「‥‥‥‥」 「だがそれらを含めても、まだ卒院してない行方不明な子供もかなりいる。その子ら‥‥自分らの意に沿わぬ子供たちや、出来の悪い子供たちは、殺して事故や病気で死んだ事にしていたとはな。ジルべリアに居た頃から、やり方は全く変わっとらん‥‥ああ、ジルべリアで元傭兵だった商人仲間から聞かせてもらった。『ネス・アグネと言えば、子供を用いた悪質な金儲けで有名な女だった』とな」 「‥‥‥‥」 「だが、わからん事がある。‥‥なぜ、親が存命の子供も、無理に誘拐してくる? 神庭瑠からも、無理やり娘の鳴子を誘拐し、自分たちの孤児院に入れたと聞いた。そこから『娘を返して欲しければ言う事を聞け』と、神庭瑠を密偵としてあんたらは使っていた。なぜ、こんなことをした?」 「‥‥貧乏人には、親になる資格が無いからです」 ようやく、ネスは返答した。 「貧乏な人間は、必ず子供を不幸にします。この世で確実な事は、お金と権力。それらが無い者には、愛情や人への思いやりを持てるだけの余裕も生まれません。だからワタシのような、正しいお金持ちだけが持てる正しい愛情を、この世のすべての子供に注いでやらねばならないのです」 「なんだと?」 「あの女どももそうでした。神庭瑠もサミも、仕事も無く、お金も無く、子供を不幸にするだけ。だからワタシが、子供たちに一杯の愛情を与えて育てようとしたのです。貧乏人たちの見せかけだけの愛情から子供たちを助け、お金をかけて、本当の美しい愛情を注ぐ。これこそが真理であり善行。違いますか?」 ネスの顔に、笑みがいっぱい浮かんでいた。整った彼女の顔は、当初は美しいと感じたが、今は違った。あるのはこれ以上にない‥‥醜悪さ。 「サミには邪無という娘がいました。貧乏だったからワタシが引き取ってやったのに、サミは何度も何度も取り返しに来ます。だからワタシは雛罌粟に命じ、正式にサミの口から孤児院に入れる許可を取らせました」 明るく快活に、ネスは言う。「自分の行動のどこが悪か?」と、本気で思っているようだ。 「‥‥拷問、したんだな。あの体中の傷はそれか!」 「ちょっとだけ圧力かけて、『自分が子供を育てる』なんて身の程知らずな事を思いつかないようにさせただけです。命だけは助けてやったのに、またハエのように湧いて出てきて‥‥。生き汚い貧乏人など、この世からいなくなればいい。貧乏と言う不幸から世界中の子供全てを救い出し、安心と安全だけを与える。それができるのはこの世でワタシ一人だけ。なのに世の中、それが理解できない悪い大人ばかり。その影響で、悪い子も出てきてしまう。嘆かわしい事です」 「だからといって母親から子供を誘拐したり、気に入らない子供を殺したり売ってもいい理由にはならん!」 「いいえ、良いんです。作物にも時には出来損ないができるように、子供も同じ。でも、出来損ないは出来損ないなりに、ワタシのお金を稼ぐため役立てなければ。ただ消すだけは勿体ないでしょう?」 「‥‥なるほど、あんたの言う愛情やら善行やらの正体は、良くわかった。警邏にこの事全てを伝えておく。ああ、もしわしの身に何か起こったら、店や外に待機している人間に‥‥」 「外の人間? 『これ』の事ですか?」 いきなり応接室の扉を開き、雛罌粟が姿を現した。そして、手に持った「それ」を投げつけた。 それは、護衛の人間たち全員の首。 「安心して下さい。貴方の汚い血で、ネス様の応接室を穢させはしません」 雛罌粟が指を鳴らすと‥‥応接室の床がいきなり開いた。ネスは脇に飛びのいたが、偽瑠は家具ごと‥‥奈落の底へと落ちていった。 「困りましたね、新しい応接家具をまた一式そろえなければ」 「大丈夫、ワタシがこないだ良いのを見繕っておきました。少々高めですが、娼館からの収入がありますから、それで買いましょう‥‥」 偽瑠が最後に聞いたのは、その言葉だけだった。 ネスと雛罌粟は、これで事態を知る者は誰ひとりいなくなったとたかをくくっていた。偽瑠? 帰る途中で行方不明になるのは、よくある事。 が、偶然にも、話を全て聞いていた子供がいたのだ。窓辺にて、彼女‥‥邪無は、全てを聞き、そして悟った。 「サミ‥‥あれ、母ちゃんだったんだ‥‥!」 「‥‥この子が、濁屋に一人で来た時には驚きました。ですが‥‥その話を聞いた時には、もっと驚きました」 ギルドの応接室で、亜貴に連れ添われた邪無がそこにはいた。 「‥‥ネス様、あたいの事『役立たず』って言ってた。だから近いうちに、洞窟に入れるって言ってた。‥‥怖いよ、アヤカシになんか、なりたくないよ!」 「どうか、お願いです。父と、子供たちを助けてください!」 君たちへと、亜貴は頭を下げた。 |
■参加者一覧
鷲尾天斗(ia0371)
25歳・男・砂
梓(ia0412)
29歳・男・巫
鴇ノ宮 風葉(ia0799)
18歳・女・魔
不破 颯(ib0495)
25歳・男・弓
リィムナ・ピサレット(ib5201)
10歳・女・魔
津田とも(ic0154)
15歳・女・砲 |
■リプレイ本文 「すいませェん、偽瑠迎えに来たんですけどォ」 「こんな夜中に来るのは、少々常識外れではないでしょうか。それにワタシは、偽瑠さんの事は知りません」 愛善館。 ネスが出迎える。時刻は夜。子供たちはすでに寝込み、夢の中。 出迎えられた鷲尾天斗(ia0371)は、わざと悪意あるように睨んだ。 鷲尾と同行しているのは、梓(ia0412)と不破 颯(ib0495)。梓は厳めしい表情で、ネスと、その後ろに控えている‥‥チャンの影とに視線を向けている。 「知らない? おっかしいなあ、こっから出てから行方不明なんだけどなあ」 ネスの顔が強張った。 「何が言いたいんですか! そんな事で来るなんて、なんて非常識‥‥!」 ヒステリックにわめきたてるネスだが、鷲尾が手にしている書類の束を認めると、言葉を止めた。 「非常識? ま、どーでもいいけどよォ。だったらこっちのコレも、どーなっても知らないよォ?」 「‥‥何ですか?」 「ま、ちょっとした話があってな」 応接室のソファに、ネスは座っていた。それを見て、油断なく鷲尾もまた向かいに腰を下ろす。 目には目を、歯には歯を。悪には悪を。子供を利用している悪党に対し、遠慮など無用。 しかし‥‥。鷲尾はネスの邪悪をやや見くびっていた事を実感した。 「その書類が悪業の証拠? ワタシは知りません」 「とぼけんなァ、全部てめェのやった事だろうが? あ?」 「それが、ワタシを陥れようとする嘘だとは考えなかったのですか?」 「‥‥ハッ、この書類は、テメェを陥れるためのでっちあげだとでも?」 「そうです。それを公開したところで、ワタシが頼めば、友人や賛同者たち、何より送り出した子供たちがワタシを弁護し、ワタシのために色々とやってくれます。アナタ、やりたければおやりなさい。ワタシには怖いものなど、これっぽっちもありません」 「‥‥成程なァ、テメェが金持ち連中や権力者にガキどもを送っていたのは、そのガキどもを通じて権力持ってる奴らを操り、ひいてはテメェ自身が権力握るためかよォ」 証人を恫喝したり金で懐柔させれば、証言などいくらでも変えられる。ネスに躾けられた‥‥いや、洗脳された子供たちは、ネスに有利に証言するだろう。加えて、慈善家という名声と実績、そして大金があれば、いくらでももみ消しは可能。 鷲尾は、最初にこの屋敷に訪れた時に感じた、「違和感」の正体を知ったと思った。ネス・アグネ、こいつ自身の邪悪さ‥‥自分自身が絶対的な正義だと信じ込み、顧みない傲慢さ、身勝手さ。それらが「違和感」の正体だったのだ、と。 こいつ‥‥外面は整ってるくせに、内面の醜さはマジ半端ねェ。 だが、こいつの邪悪さは予想以上だったが、「作戦」は予定通りに進行している。 後ろをちらっと見ると‥‥。怒り心頭な顔の梓の姿はあったが、不破の姿は消えていた。 同刻・洞窟内部。 「‥‥本当に、反吐が出ちゃいそうだわ」 洞窟内部に充満する瘴気。その内部を夜光虫の明かりで照らしつつ、鴇ノ宮 風葉(ia0799)は内部を探っていた。 洞窟の扉は、すぐに見つかった。その扉を閉ざしていた鍵は頑丈ではあったが、叩き壊せないものではない。が、その中はひどいものだった。漂い出た濃い瘴気に、風葉は臆することなく内部へと歩を進めた。 リィムナ・ピサレット(ib5201)、津田とも(ic0154)が、風葉に続き地獄の中へと入っていく。 「‥‥‥‥」 リィムナが、無言で怒りをこらえつつに歩いているのを、風葉は背中で感じていた。 「‥‥その、ネスとかいうやつがどんな奴か知らないけど、気に入らないね。自分の思うとおりにならないと、子供をこんなところに放り込むなんてさ」 今回初参加の津田は、話に聞いていた邪悪さを目の当たりにして、怒りとともに言葉を吐き出した。 「‥‥風葉さん」 リィムナが、立ち止まり耳を澄ませる。彼女が自身にかけていた超越聴覚が、何かを聞き取ったらしい。 「‥‥偽瑠さんの声です!」 それだけ聞けば十分。そして、風葉は自分の声が考えるのと同時に口からほとばしるのを知った。 「どっちの方向から!?」 愛善館内部。 「こっちの方ですかね〜‥‥やれやれ、状況は予断を許さずとも、今んとこは作戦通り、ってなとこですか〜」 不破は時折、鏡弦を用いてはアヤカシがいないかを確認しつつ、暗い邸内を探索していた。 なんとか鷲尾が交渉しつつ時間を稼いでくれている。この間に、証拠探しを行っていたが。 途中で見つけた、座敷牢。そこには、ひどくぶたれた子供たちが、まるで死体のようにうずくまっているのが見えた。 「‥‥ふん」 その光景に、胸が悪くなった不破だったが‥‥さらにその先にあった、小さな資料室。 そこで彼は、発見した。目的のものを。 「ぐああっ!」 広い洞窟の一角。偽瑠は悲鳴を上げていた。わずかだが、強酸の霧を顔に受けてしまったのだ。 はるか天井には穴が開き、月や星の明かりが届いている。そのため、洞窟内といえどもかろうじて視界は確保できた。 が、子供だった食屍鬼が数匹、自分をとらえ殺さんと迫ってくるのが見えた。それに付き従い、岩の手も迫っている。 今現在立っている場所は、低い崖の上。崖下には、悪臭を放つ粘泥が待ち構えている。それは強酸を分泌させ、周辺の岩壁を腐食させつつ、偽瑠が落ちてくるのを待っていた。 前方には食屍鬼や岩の手が、じきにこちらに駆けつけてくる。加えて、今彼は一人ではなかった。 「助けて‥‥怖いよ!」 数名の生き残った子供たちが、偽瑠にしがみついていたのだ。この子らを見捨てる事などできない。‥‥もう、逃げられやしないだろう。 覚悟し、観念し、目を閉じた次の瞬間。 発砲音とともに、何かが放たれた。それはとびかかろうとした食屍鬼の足をすくい、転倒させる。 「!?」 驚きの偽瑠が、目を開く。そこには、転倒し折り重なった食屍鬼たちが。 「はっ! 自慢の火縄銃『轟龍』の威力、思い知れ!」 更なる銃撃が、岩の手の群れへと炸裂し、それを一掃した。 「斬撃符!」 空撃砲と銃の一撃に続き、鋭き符がアヤカシへと飛び、切り裂いた。 「『ア・レテトザ・オルソゥラ(魂よ原初に還れ)』!」 そして響き渡るは、リィムナが奏でる聖なる音色。フルート「ヒーリングミスト」が響かせる調べが洞窟内部に木霊し、アヤカシの淀んだ身体へと伝わっていく。 清浄なる調べが、その場にいたアヤカシを滅ぼし‥‥その場にいた人の命を救った。 「大丈夫、もう大丈夫よ。さあ、落ち着いて‥‥」 風葉が声をかけるものの、子供たちは一向に落ち着く様子を見せない。他の子供たちも、恐怖におののき、疲労困憊しているだけでなく、例外なく酷いけがを負っていた。 「‥‥早く、脱出しないとな。急ごう!」 津田がうながした。が、戻ろうとした途端。 洞窟入口の方向から、何かが大量にやってくる「音」が響き始めた。 「何?」 夜光虫の光が、音を立てる何かへと光を投げかける。 そこには、元子供の食屍鬼の群れが迫る様が。 「‥‥おとなしくしろ。つまらぬ命でも、失いたくないのならな」 その集団の中には、チャンの姿をした大勢の人間もいた。 そのうち一人は、子供を盾にして、にたりと笑っていた。 愛善館、応接室。 「それは!」 不破が再び応接室へと戻ると、ネスが声をあげ、立ち上がった。 「おおっと、動くんじゃあねェぜ。てめェが保管していたこの書類は、証拠になるんじゃねェか? あ?」 「‥‥ふ、やはりアナタたちは泥棒でしたね。これでワタシたちは被害者。アナタたちを殺しても、なんの咎めもありません。雛罌粟!」 ネスの後ろに控えていた「チャン」が、反応して進み出ようとしたが。 「待ちな。分からんことがもう一つある。‥‥何処でグールを造る術を知った」 「ジルベリアにいた頃に、そこの友人たちと話し合ったのです。穀つぶしの役立たずを利用するにはどうするべきか、を。瘴気が濃い場所に放り出し、しばらく放置していたら勝手に死んで食屍鬼になってくれるだろうと思い、それを実践しただけです」 「誰だ、その友人ってェのは」 「そこまで言う必要はありません。‥‥ワタシこそわかりません。なぜこんな何の得にもならない事をしたのか、理解に苦しみます」 「はっ。まあ確かに、『得』にゃならねェだろうなァ。アンタの言い分も、ある意味ではもっともだと思う。もっともな正論だ」 言葉を切り、鷲尾は更なる言葉をつづける。 「だがなァ‥‥その正論は、悪党が吐く対極の正論としてもっともだ。ま、ぶっちゃけ俺としては、アンタが何を言おうがカンケー無ェ。アンタがどこで何をしようが、俺の知った事じゃあ無ェしィ」 「ならば、なぜ‥‥?」 「誰がどこで何しようが、俺の知った事じゃ無ェ。だが俺のような悪党でも‥‥許せない奴らはいる。それはガキを餌にして、肥え太る外道! てめェの様な、吐き気のする極悪野郎どもだァ!」 凶眼に、凶笑を浮かべつつ‥‥鷲尾は、「座敷払」を仕掛けた。座ったままでの、武器の一撃。霊剣「御雷」での切り払いが、ネスへと襲い掛かった。 だが‥‥それはネスの頬をわずかに切っただけですみ、代わりに、ネスが取り出した石弓から放たれた矢が鷲尾の体をかすった。 鷲尾は見たのだ。雛罌粟がひそかに、矢を装填した石弓をネスへと手渡したところを。 「へっ‥‥やはりな。アンタは相手を屈服させなきゃ気がすまない、身勝手な悪党以外何モンでもねェぜ!」 切りかかった鷲尾だが、雛罌粟が立ちはだかる。が、それに対し鷲尾は、用意していた麻袋、ないしはその中身をつかみ、投げつけた。 「‥‥蛇!」 「そうだ、テメェの嫌いな怖い蛇だぜェ!」 投げつけられた蛇を、雛罌粟は切り捨てる。 「嫌い? 確かに。だが怖いんじゃあない、こんな醜さに虫唾が走るのだ! 醜いものは、存在は許されない。貴様と同じようにな!」 「へっ! ネス同様、てめェもドス黒いぜ!」 鷲尾の霊剣と、雛罌粟の刀。それらが打ち合い、切り結ぶ。 「加勢するぜ、天斗!」 駆けつけようとした梓と不破の前に、後方から、応接室の扉全てから、武装した者たちがなだれ込んできた。 「ネス様と雛罌粟様の邪魔はさせん!」 その言葉とともに、そいつらは襲い掛かってきた! 「全員武器を捨てろ。おい、偽瑠。こっち来い」 「待って‥‥人質なら、あたしがなるわ。年寄やちびっ子より、あたしの方がいいんじゃない? 偽瑠も子供たちも弱ってる。死なれたら、人質にならないわよ」 足元へと、符を投げ捨て‥‥両手を頭に乗せつつ、風葉は進み出た。 「いいだろう。下手な真似はするなよ。こっちにこい」 風葉は、その言葉に従うふりをしつつ、敵の集団を観察する。 覆面とマントを着用したその男は、数名とも同じ姿をしていた。その数は三名。 その後ろに、元子供だった食屍鬼の群れ。 偽瑠、そして子供たちは、津田とリィムナとがそばに。リィムナは、フルートを足元に捨てさせられていた。 まずい状況だが、打破は‥‥できる。 「きゃっ!」 「お、おい! 何する!」 「リィムナ殿! おいお前ら、離れろ!」 偽瑠が抗議の声を上げるが、そいつらに聞く耳は持っていない。食屍鬼が、皆を無理やり分断していたのだ。 「感謝するぞ、馬鹿ども。人質はこの小娘だけで十分だ、偽瑠、お前は死ね!」 一人がへらへらと笑い、食屍鬼に攻撃させんとしたが。それは不発に終わった。 リィムナ自身の声が、清浄なる響きと調べとを奏でたのだ。 「『ア・レテトザ・オルソゥラ(魂よ原初に還れ)』!」 セイレーンネックレス。彼女が身に着けていたその装飾品の力が、フルートが無くともその力を発揮し、アヤカシが倒れていく。 「なっ! これは!」 戸惑う「チャン」の姿をした悪漢へと、余裕とともに風葉が言い放った。 「命が惜しくば、逃げなさい‥‥。あたしの術、アヤカシほど優しくないわよ‥‥!」 逃げる代わりに、彼らは剣を抜いた。 「いいでしょう。これさ、仲間に被害が出るから、使ったことなかったのよね‥‥」 リィムナの術で、多くの食屍鬼が倒されたのを風葉は見た。津田が火縄銃で生き残ったアヤカシを打ち、血路を開くと、そこから逃げていく。十分距離を開けたし、使っても大丈夫だろう。 「今こそしかとその耳で、聞き取りなさい。あたしの姫の初舞台!『悲恋姫』!」 取り出した符より、怨念の集合体が出現した。それは呪いの悲鳴とともに、周囲へと無差別の攻撃を。 「チャン」どもは両耳を押さえて倒れ、動かなくなる。食屍鬼たちもまた、恐るべき妄想や想像が、自身の体を貫いては、暴れまわるのを身をもって実感していた。 やがて、倒れた者たちは、声とともに消え‥‥悲恋姫の歌が敵を倒しつくしたところで、終わった。 ネスは、外に逃げた。 雛罌粟たちに後は任せ、自分はしばらく様子を見よう。何、あとは雛罌粟たちにまかせておけばなんとかなる。 そう考えていた矢先。 「動くな」 偽瑠の声が、外に逃れたネスの前に響いた。 「偽瑠? そんな、馬鹿な! アナタは‥‥」 「殺したはず、か? いいや、開拓者様たちが助けてくれた。それに、これを見ろ‥‥」 屋敷の周囲には、多くの人間が取り囲んでいた。 「不破殿が用意しておいてくれた、見回り組や浪士組のみなさんだ! お前の悪行の証拠をつかんだら、すぐに動けるようにと不破殿が用意しておいてくれたのさ!」 更に逃げようとするネスを、偽瑠のそばから現れた風葉の拳が、ネスの顔へと叩き込まれる。 「あんたのような悪党は、どんなにしても殴り足りないわ!」 それでも無様に、さらに逃走しようとしたネスだったが、リィムナの「夜の子守歌」で眠らされた。 ネスは、眠りについた。それとともに彼女は悟った。もう、逃げられないと。 「‥‥あの村のこと、少し思い出しちゃってさ。悪いけどこの後、お茶でも付き合ってくれない?」 事後、偽瑠を迎えにやってきた亜貴へと、声をかけている風葉がいた。 「ええ。もちろんです」 「じゃ、決まりね‥‥って、え、今からギルドに報告? あーあ、せっかく休めると思ったのにさー‥‥」 続々と運び出される、館からの証拠品。そして、切り捨てられ、気絶させられている雛罌粟たちが運ばれているのを見つつ、風葉はぼやいた。 「終わりましたら、私たちの自宅へと来てください。お茶くらいならご馳走しますよ」 それに、と、亜貴は続ける。 「あの子供たちの事は、私たちが助けます。だから、後のことはお任せください」 その後。 ネスと雛罌粟は有罪となり、投獄される事が決まった。 が、留置所に収監されたその日に。外部から何者かにより放たれた炎が、留置所を丸ごと包んだ。それは収監された二人を包み込み、大やけどを負わせたという。 そして、炎を放ったのは、サミらしき身元不明の女性だったらしい、と。 |