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■オープニング本文 石鏡・陽天。 都の側にある都市。多くの人間が行きかいにぎわう場所だが、それゆえに犯罪もまた多い。 陽天は、各地の特産品を多く揃えている。隊商が運んできた、各地で仕入れた商品。卸されたそれらは、町の市場で商人たちにより売りさばかれる。 様々な商品が彩る様は、見るものの目を奪い、そして購買意欲をそそらずにはいられない。 だが、全ての人間が金を払い、まっとうに商品を購入するわけではない。欲にかられ、あるいは貧乏ゆえに、非合法な手段で欲するものを手に入れる輩もまた多かった。 蒲生商店の、蒲生譲二朗。 彼は今、悩んでいた。価値ある商品を仕入れ、それを売らんとした矢先。盗人に盗まれてしまったのだ。 当然、取り戻すべき。それが今どこにあるか、そして誰が盗み出したかも分っている。 だが、取り戻すのはためらわれた。危険すぎたのだ。少なくとも、わずかな商品を取り戻すために、アヤカシの潜む場所に向うのは、得策とは言えまい。 しかしそれでも‥‥彼にとっては、その商品は大切なものだった。 「五行で、それを仕入れました」と、ギルドにて譲二朗は語り始めた。 五行の結陣にて発見した、木彫り細工。 譲二朗の父親、譲一は、一代で商店を起し、店を大きくした苦労の人だった。彼から商人としての技術や心構え、全てを叩き込まれた譲二朗は、いつかは父親を越える商人になりたいと考えていた。 その父親が、生涯最後に見つけ、そして仕入れた商品。それが、五行の小さな店で発売されていた、細工物。 その店、「五里工房」の規模は小さかったが、その商品を作り出す技術は確かなもの。譲一は老齢に差し掛かっても、部下を引き連れて可能な限り動いては、仕入れる商品の品定めを行っていた。 五里工房と交渉し、蒲生商店は陽天でそれらを販売。その売り上げの何割かを受け取る‥‥と話はまとまった。蒲生商店が、陽天での販売代理店となるのだ。 当初、小さな根付から販売したが、これが当たった。出来の良さと手軽な価格から、五里工房の商品は人気を呼び、現在に至る。 そして、譲二朗に店主の権限を譲った直後、譲一は病気で亡くなった。 譲二朗は、多少の欲目を出してしまった。わずかだが、商品の価格を上げたのだ。 それでも売れるものだから、ますます値をつりあげ、とうとう最後には二倍の値になった。儲かり、商店の規模も広げられる。これで親父も喜ぶだろう‥‥。そう思っていた矢先、彼はしっぺ返しを食らった。 盗賊の羅亜一味が、商品をごっそりと奪い取ってしまったのだ。 結陣から石鏡に入り、陽天まで運ぶには、かなりの距離がかかる。 その行路は、まず海路で北面に入り、そこから遭都を横断する街道を進む。そして暦壁から石鏡国内へと入り、陽天に。 北面までの海路、北面・遭都の街道を行くまでが一番気を使う。暦壁に入ってしまえば、あとは目的地まですぐ。そこで、隊商は襲われてしまったのだ。 「隊商は暦壁で温泉につかり、次の日に出発しました。護衛も暦壁までで契約しており、あとは自力でも大丈夫だろうとたかをくくってしまったのです。ですが、そこで‥‥羅亜一味に襲われたのです」 譲二朗は、言葉の節々で歯を食いしばりつつ言った。 「羅亜一味は、暦壁から陽天までの街道に出没している盗賊団です。最近は出没しなくなったので、安心していたのですが‥‥浅はかでした」 隊商が到着しないので、気になった店の部下たちが様子を見に赴いた。すると、傷つき、商品を奪われて途方にくれる隊商の姿があったのだ。 「幸い、死者は出さずにすみました。しかし、商品はそっくり奪われてしまいました。陽天の警備団にこの事を報告し、そして我々は羅亜一味がどこに潜んでいるかを探したのです」 結果、彼らはすぐに見つかった。比較的陰殻に近い、遭都との国境近く。そこにある小さな村が、彼らのねぐらだった。 だが、そこには既に羅亜一味は居なかった。すでに、何かの襲撃を受けていたのだ。 調べに赴いた、蒲生商店の部下たち、そして警備団の団員たちは、その「何か」と遭遇していた。 数匹の、巨大な虫。それは両手から血を滴らせ、盗賊たちを血祭りに上げていたのだ。 「部下や警備団の話によると、それは両手に鋭い鎌を持っていたそうです。そして、村のあちこちに数匹がうろついては、盗賊たちを餌食にしていたとか」 遠くからそれを目撃していたため、部下や警備団の皆はそのまま逃げ帰る事ができた。が、商品はそのまま、その村に置かれているのみ。近づこうにも、あのアヤカシが潜んでいるのを見た部下や警備団員は、あまり乗り気ではない。 「自分が行くべきでしょうが、私は戦い方を知りません。自分の愚かさが招いた事件とは重々承知ですが、どうか皆様に、この仕事を引き受けていただきたく‥‥」 彼は、頭を擦り付けるように下げ、君たちに懇願した。 「あの商品は、亡き父が最後に仕入れ、契約した店のもの。五里工房の皆様や、あの細工物を買いたいと思うお客様たちを裏切りたくないのです。どうか、お願いします‥‥」 |
■参加者一覧
薙塚 冬馬(ia0398)
17歳・男・志
俳沢折々(ia0401)
18歳・女・陰
北条氏祗(ia0573)
27歳・男・志
巳斗(ia0966)
14歳・男・志
千王寺 焔(ia1839)
17歳・男・志
星風 珠光(ia2391)
17歳・女・陰
水月(ia2566)
10歳・女・吟
鞘(ia9215)
19歳・女・弓 |
■リプレイ本文 その村は、まさに「寂れた」という言葉が似合う様相をかもし出していた。「生気」というものを欠いていたのだ。 かわりに漂うのは、「不安」の空気。心を侵食する毒のような「不安」が、そこにはあった。 村を遠くから目にしつつ、依頼人から借りた馬に乗った開拓者たちは、気を引き締めた。あの中にアヤカシがいる事は事実。そして彼らは、今からそこへ足を踏み入れるのだ。 八名の男女が、村へと足を踏み入れた。がりっと、砂利を踏んだ時の乾いた音が妙に大きく、空しく響く。 前方に四人。 「さて‥‥アヤカシどもは、どこだ?」 薙塚 冬馬(ia0398)。刀を携えた彼は、注意深く抜け目なく、視線を村の内部へそこかしこへと向けていた。その瞳の色は青く、左右の濃淡が異なるそれ。 「‥‥出てくるがいい、アヤカシめ。我が剣の鋭さを教えてくれよう」 薙塚に続くは、やはり刀を、それも二刀を携えたる猛き剣士、北条氏祗(ia0573)。 「それにしても、嫌な雰囲気が漂ってるね。そう思わない?」 星風 珠光(ia2391)。長く赤い髪と死神の二つ名を持つ、陰陽師の少女。 「‥‥ああ、そうだな」 少ない言葉の内に、多くの感情を込めし男。彼は黒衣を纏う志士、千王寺 焔(ia1839)。 そして、後方に四人。 「ふむ、確かにあまり良い雰囲気ではないな」 俳沢折々(ia0401)。眠そうな瞳と白銀の髪、そばかすを持つ少女。陰陽師の彼女は、戦う相手を想像していた。果たしてどのようなアヤカシが、この村に潜んでいるのか、と。 「今のところ、人の気配も、アヤカシの気配も無いようですね‥‥」 巳斗(ia0966)。弓使いにして、少女と見まごう姿を持つ少年。寒々した周囲に比べ、彼の周辺だけは暖かい春風が舞っているかのよう。 「水月ちゃん、どう?」 隣にいる仲間に、巳斗は尋ねた。 「‥‥‥‥(ふるふる)」 彼の隣に佇むは、春風ではなくまるで白き風の小さき可憐な少女。白き装束に白い肌、美しき白い髪の巫女。彼女の名は、水月(ia2566)。 「まだ村の入り口、中に入らないとわからないか‥‥」 鞘(ia9215)。手にしているのはやはり弓。凛として、冷静さが感じ取れるその表情。そこから漂うは、年相応の娘が持つ輝きをも内包した、開拓者としての打たれ強さ。 「‥‥じゃあ、行くぜ。みんな、警戒を怠るなよ」 前衛の薙塚の言葉とともに、開拓者たちは危険の中へと歩き始めた。 どのくらい時間が経っただろうか。 実際には一時間程度であろうが、それでも開拓者たちにとっては、長い時間に感じられた事はいうまでもない。 しかし、それは唐突に訪れた。心眼を用いていた千王寺が立ち止まったのだ。 「どうした?」 北条が、敵を警戒し周囲に目を配る。 「‥‥近くに、何かがいる」 千王寺の言葉に、皆の間に緊張が走った。 敵のアヤカシが、近くにいたのか? それを確認すべく、水月が瘴索結界を用いた。かすかな光が、彼女の身体から放たれる。 「アヤカシはいる?」 星風が、背中越しに水月へと問う。 「‥‥(こくこく)!」 彼女の態度の変化に、皆は驚愕し、混乱に陥った。‥‥二秒ほどの間だけは。 そして、あと一秒を用いてそれを直し、もう一秒をかけて、整えた‥‥。 敵を迎え撃つための、準備を。 最初に聞こえたのは、かさこそしたかすかな音。それは次第に大きくなり、「不安」の空気が変化した。 「確信」、そして「恐怖」に。 「こっちへ!」 巳斗と俳沢、水月と鞘が、後ろへ下がる。そしてその前に、薙塚、北条、星風、千王寺が、皆を守るように立ちはだかった。 「‥‥へっ、来るなら来てみろ。化け物め!」 不敵に笑みを浮かべつつ、薙塚は言った。彼の手には、鋭い刀が握られている。 「来るがいい、北条二天流の錆にしてくれよう」 北条の武装は、二振りの刀‥‥「乞食清光」。鋭き切っ先を、アヤカシへと向けんと二刀流を構える。 「出来るだけ頑張るけど‥‥いざと言うときは、ボクを守ってねぇ?」 星風の言葉が、夫へと向けられる。千王寺の妻の得物は、長大な「死神の鎌」。 「‥‥ああ、わかっている」 名刀・河内善貞を携えるは、千王寺。直刀がごとき真直ぐな刃は重厚で、厳かなる剣圧をまとわせている。 後衛の四人も、戦いに備えた。鞘と巳斗は弓を構え、水月と俳沢はいつでも術をかけられるように集中した。 「来るぞ!」 千王寺の言葉とともに、素早き足音とともに、悪夢がそこに顕現した。 小屋と小屋との間をすり抜けるようにして、そのアヤカシは素早く、そしておぞましく移動していた。 それは宙に跳躍し、開拓者たちへと文字通り「切り込んだ」。 「やはり、カマキリみたいなやつ‥‥!」 俳沢の言葉どおり、そいつの姿は巨大なカマキリのそれ。いやらしく輝く複眼は邪悪の意思に光り、両手の鎌には鮮血がこびりついていた‥‥まだてらてらと光る、擬固してそれほど経っていない血が。それが盗賊たちの血である事は、考えるまでも無い。 それが、三匹現れたのだ。空中へと躍り出たその怪物どもは、またも活きの良いごちそうを見つけた事を喜ぶかのように、カチカチッと大顎を鳴らしていた。 が、開拓者たちはおぞましき化け物たちにひるむ事無く、己が武器を振るい、戦いに挑んだ! 横一列で空中に飛び出したカマキリのアヤカシ。そのうちの真ん中のそいつへと、俳沢の炎が襲いかかった。 「火輪!」 炎を操る小さな式、それがカマキリへと向かいぶち当たった。香ばしい悪臭が漂い、アヤカシの身体が燃えるのが臭いでわかった。 「はっ!」 左右のカマキリには、鞘と巳斗の弓から放たれた矢が襲い掛かった。鞘の即射で放たれた矢は、カマキリの胴体に深く突き刺さる。 しかし、カマキリ二体はそれらをものともしない。痛手は負ったが、まだまだ戦える。 地面に転がった三体のカマキリは、すぐに持ち直し逆襲に転じた。両腕の鎌を振りかざして、開拓者たちを切り刻まんと迫ったのだ。 真ん中の、火輪を食らったカマキリが迫り来た。両手の鎌を、まるで二刀流のように空を切りつつ開拓者たちへと切りかかる。 「我は三嶋大社の武神、北条氏祗! いざ、参る!」 同じく二刀流の北条が、その挑戦に応じ、双刃をもって切りかかった! カマキリの鎌と、北条の剣とが切り結ばれ、拮抗する。きらめく複眼とおぞましく開閉する大顎は、北条を欲しているかのようにせわしく動き、気味の悪さを感じさせた。 が、北条はそんな事に気を取られない。豪胆な彼は、恐れる事なくよどみなく、ゆるぎない安定した一撃をカマキリへと放った。 「こしゃくな虫め! その程度で拙者を食おうなど、片腹痛い!」 怒号とともに、片方の鎌を切り落とす。そして返す二刀目で、その首を切断した。 首と片腕を失ったカマキリは、そのまましばらく立ち尽くし、そして倒れ、果てた。 「‥‥得点、壱‥‥」 その様子を見ていた俳沢は、小さくつぶやいた。 二番目のカマキリは、薙塚が相手していた。彼の武器は一刀。対するカマキリは、両腕の鎌ふたつ。 その連続の斬撃は、全てをかわしきれるものではない。剣で受けきれず、防御の隙を付かれる。 「ちっ! かすったか!」 が、鎌は彼の胴丸を貫くほどではない。わずかにちらりと後ろを見ると、そこでは水月がゆったりとした舞を舞っていた。 神楽舞「防」の効力、そして己の術である受け流しが効いている。カマキリの鎌は、鋭くとも防御を破るほどではない。 「とどめ‥‥行くぜ!」 薙塚は数歩後方へと下がり、刀を鞘へと収めた。とたんに好機とばかり、カマキリが接近する。 「‥‥雪折っ!」 が、それとともに薙塚もまた接近。すれ違いざまに抜刀し‥‥刃を一閃させた。 斬ッ! 空気そのものが切断された。 そして胴を真っ二つにされ、二匹目のカマキリもまた引導を渡された。得点、弐。 「得点、参」となるだろうカマキリは、両方の鎌で一人づつを相手にしている。 「蒼き炎よ‥‥我が鎌に灯りなさい‥‥霊青打!」 カマキリの鎌より鋭き、死神の鎌。星風の得物、ないしはその刃に蒼き炎が燃え灯った。 「はーっ!」 鋼の鎌が、アヤカシの鎌と打ち合わされる。鋼が打ち勝ち、それはアヤカシの鎌そのものを切断した。痛みを感じたかのように、アヤカシはたまらず再び跳躍する。 「あっ! 待て!」 その速度は速かった。そして跳躍の着地点は、後衛の皆が居る場所。 しかし、それはアヤカシの最後の悪あがきに過ぎなかった。 「‥‥桔梗突!」 千王寺の刀が、鋭き烈風の刃を放つ! 文字通り風を切り裂く刃が彼から放たれ、それはアヤカシの胴体部へと深く切り込まれ‥‥貫いた。 断末魔の悲鳴とともに、三匹目のカマキリは事切れ、屍と化した身体が後衛の四人の周辺に散らばり霧散した。 「‥‥アヤカシの数は、俺が見た限りでは四匹か五匹はいるはず。なあ、あいつらは仲間を片端から切り刻みやがったんだ、嘘じゃねえ!」 ひどい脱水症状と傷を負っていたが、彼は鞘の止血剤と薬草、包帯での治療で、落ち着きを取り戻しつつあった。 その盗賊の生き残り、根餓という名の男はひどく怯えていた。怪我と飢え、渇きが、彼を苛んでいた。蔵の中で、彼は膝を抱えつつ、怯えていたのを開拓者たちが発見したのだ。 「仲間はどうした?」 北条の問いに、彼はかぶりをふった。 「皆あいつに殺されたよ。あいつら、逃げる暇すら与えてくれなかった。なあ、頼む。助けてくれよ。あんな化け物に追われるくらいなら、捕まって牢に入れられた方がましだ」 「‥‥まあ、どうやらこいつに関しては、警告する必要は無さそうだな」 生き残りの盗賊を見つけ、捕縛した時に脅かし警告する事で、逃がさないように‥‥と考えていた薙塚だったが、その必要がなくなったと知り安堵した。 「もう大丈夫ですからね、ボクたちがあなたを助けます」 「ああ、助けてくれるなら、あんたらに従うよ。もう足を洗って、堅気になるともさ」 巳斗の言葉に安心したのか、根餓は口が軽くなりぺらぺらと喋り始めた。 「それじゃあ、蒲生商店から盗んだ品物のありかを教えてください。 「わかったぜ、嬢ちゃん」 「はい‥‥って、嬢ちゃん? あの、ボクは男ですよ?」 全員の間に、笑いがもれた。 根餓の案内で、盗んだ品を溜め込んだ蔵へと案内された。内部には確かに、箱が積まれていた。 「アヤカシにとっては、役に立たないものだからな。不幸中の幸いといったところか」 俳沢が、細工物を一つ手に取った。なるほど確かに、出来が良い。これが安価で手に入るのなら、一つ二つほど購入しても良いだろうという気にさせる。箱も数個は壊され、中身がこぼれてはいた。が、ざっと数えてみたところ、ほぼ全部揃っていると見て間違い無さそうだ。 根餓によると、『お頭や仲間の何人かが、箱を開けやした。箱そのものを壊しちまったのもありますけど、品物自体は全部揃ってます』との事。今彼は、巳斗、北条、水月、鞘の四人に連れられ、蒲生商店が手配した馬車を取りに向っている。 「まあ、中の商品が無事ならいいか」 薙塚は、打ち捨てられた小屋からいくつかの籠を失敬していた。それを利用すれば、箱が無くとも何とか運べるだろう。 俳沢、千王寺、星風もまた、それを手伝う。 「ふうん、これはかわいいねぇ。ね、ボクにこういうの買ってくれない?」 「‥‥この仕事が、終わったらな」 千王寺と星風、夫婦の様子をほほえましく、面白そうに眺めていた俳沢だったが。 「‥‥!」 蔵の屋根に、「そいつ」を見て驚愕した。 警告を発そうとしたが、遅すぎた。他の三人が気づいた時。大カマキリは俳沢の目前へと接近していた‥‥。 「!」 北条は、焦っていた。 村から出ようとした矢先、襲われたのだ。間違いなく、残っていたアヤカシに違いない。そいつは一瞬姿を現し、鎌で切りつけては暗がりの中へと逃げ込んでしまう。 「くっ、こしゃくな奴!」 円陣になり、皆は周辺を警戒していた。その円の中で、根餓は震えている。 「お、俺はまだ死にたくねえ! もう金輪際盗まねえ、悪い事しねえ! だから助けて!」 「大丈夫です、言ったでしょう? ボクが助けるって」 巳斗の言葉が終わらぬうち、再び物陰からそいつが出現した。それは、巳斗へ向かい鎌を振り上げる。 「炎魂縛武!」 が、巳斗はそれを迎え撃った。自らがつがえた弓の矢に炎をまとわせ、放ったのだ。 炎の矢が、大カマキリに突き刺さる。火炎がカマキリの胴体をなめ、燃え広がるのを巳斗は見た。 「これでとどめだ!」 北条の刀が、炎ごとカマキリに切りつけられ、その化け物を縦に両断した‥‥! 俳沢に襲いかかった大カマキリ。 しかし、その鎌が届く事はかなわなかった。カマキリの足元に、俳沢の自縛霊が発動していたのだ。 「見事に、引っかかってくれたね」 地面から現れた式が、アヤカシに襲い掛かり地面へと引きずり込む。予想外の攻撃を受けたカマキリは、まるで躊躇しているようだと俳沢は思った。 もがく大カマキリ。その止めをささんと、開拓者たちは刃を振り上げた。 「ありがとうございました。ほんとうに、ありがとうございました」 何度も何度も礼を述べる、蒲生譲二朗。 アヤカシを退治し、そして退治した証人として盗賊の生き残り、根餓を連れて戻った開拓者たちは、盗まれた商品の一部を見せた。 あとはこれを人を使って運び、商店で売れば良い。開拓者たちの行動に、譲二郎は感謝の言葉もなかった。 「あの、すみません」 そんな彼に、巳斗が言葉をかけてきた。 「ボクも、実家は商店です。ですから、今回のこの仕事、他人事とは思えませんでした。それで、失礼とは承知で言いますが‥‥自らの選んだ最後の品を、全て他人に託してお父様は喜ぶのでしょうか?」 「巳斗‥‥様?」 「出来る事なら現地へ向かい、商品達を早く安心させて頂きたいのです。きっとあの子達も、あなたに会いたがっているでしょうから」 商人ならば、商品を可能な限り自分の目で確かめ、自分の手で選び、運び、店で売る。こんな当たり前の事を、自分は怠ってきた。父がやっていた事を、自分は忘れてしまっていた。 「そう‥‥ですね。商人ならば、それは当たり前。父の教えを、私はすっかり忘れていたようです」 この方のご実家と、ぜひお取引したいものだ。こんなにしっかりしたご子息なら、さぞや立派な商店に違いない。そのような商店を目指し、また一からやり直そう。 「ありがとうございました。あなたは、そしてあなた方は、商品だけでなく、私の父が教えてくれた商人としての心得までも取り戻してくれました。本当に、ほんとうに‥‥ありがとうございました」 巳斗の手をとり、そして開拓者たちの顔を見回し、譲二郎は改めて礼を述べた。 「‥‥『日脚伸ぶ 村の隅にて 父偲び』 俳沢折々」 |