見つからぬアヤカシ
マスター名:塩田多弾砲
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: 普通
参加人数: 6人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2010/01/31 10:11



■オープニング本文

 五行・三陣。
 海路にて、他国からの輸入・輸出を唯一扱っている、五行の商業都市。
 
 さて、ここは三陣の一角にある、とある作家の住まう家。
 作家、珀輔。作家とは言っても、まだ卵。子供向けの考え物や絵物語を描き、生活するための路銀を稼ぐ毎日。いつの日にかは、百のアヤカシが登場する、百篇の物語を記し出版したいと夢を持つ。
 そんな彼が、悪友の持ってきた素描に興味を持つのは当然といえば当然であった。

 きっかけは、珀輔の悪友、遊岩が転がり込んだことから。
 遊び人の彼は、いつものように酒と金を無心していた。だらしないが、決して悪人ではない。いつものように、わずかばかりの金を渡し帰した。
「礼だ。俺にはわかんねえが、お前さんなら興味を持つだろうよ」
 帰り際。そう言って、彼は巻物を手渡した。
 開いてみたところ、それはアヤカシらしきものの絵、墨の素描だった。
 しかしそれは見事なもので、珀輔は思わず何時間も見入ってしまった。
「このアヤカシ‥‥鼠と、狼と、それに大蛇? 何か、物語を思いつきそうだ」

 さて、数日後。
 働き口である、書店。そこで草紙などを仕事で書いていた珀輔は、警邏隊の者たちに呼び出された。
「珀輔殿、ちょっと話がある」
 ひげを蓄えた、警邏隊の小隊長・怨叉。最近知り合った、珀輔の友人。
 警邏隊に巻物について聞かれ、珀輔はその証言を求められた。なんでも巻物は、とある画家が描いたものらしい。
 その画家、盆水は、結陣から三陣に移り住んだ。しかし彼は、三陣のすぐ外で野垂れ死んでいた。
 アヤカシによるものか? そう思われていたが、すぐに容疑者が見つかった。それは遊岩だったのだ。
 盆水は、外でアヤカシの姿を見つけては、遠くからそれを素描していた。そして、近づきすぎて殺された、らしい。
 そして、死ぬ直前に会っていたのが、遊岩だったというのだ。

 遊岩は、外をぶらぶらしていたところ、自然を素描していた盆水と出会っていた。
 盆水が越して来た時から二人は仲が悪く、事あるごとに喧嘩をしていた。
 遊岩が「絵なんざ食えもしねえ無駄なもんを、よく描きやがるな。この暇人が」と悪態をつくと、「暇をもてあまし、仕事もせずにぶらぶらとしているあんたに言われたくないね」と返す。
 当然、喧嘩になる。だが、大抵は捨て台詞を吐き、遊岩がそのまま去っていく事で終わっていた。遊岩は基本的に臆病で、殴り合いになる前に折れるか逃げるかしてしまうのだ。

 しかし、その後しばらくして。
 遊岩が再びその近くをぶらついていたら。襲われている盆水を見つけたのだ。
 遠くだったので、助けに近寄る事もできなかった。そして見ているうち、盆水は自力でそこから逃げ出したのを確認。すぐにその近くへいったが、すでに手遅れであった。
 
 当初は驚き、悲しんだ。が、次第にざまみろという感情が高まった。そして、盆水の懐に忍ばせていた財布と、金になるという事から素描の巻物を奪い、そのまま逃亡。
 その時に、遊岩は自分のお守りを落としていた。そこから足がつき、御用に。彼の証言から、警邏隊は素描の巻物を珀輔に手渡されたと知り、珀輔の元に向かい、こうして話を聞いたわけだった。

 だが、ここで問題が。
 遊岩は「襲われた」と言っていたが、警邏隊の多くの隊員はそうは思わなかった。
「この遊び人は、盆水画家を殺し、そして金と絵を奪ったのだろう」
 ‥‥と、そのような見解が成されたのだ。
 そもそも、遊岩は以前から何度もけちな犯罪を行い、何度も警邏隊に捕まえられていたのだ。もっとも、その多くが無銭飲食や万引き、酔いつぶれて路上で騒いだり寝込んだりといった程度だが。
 また、盆水とのいがみ合いも目撃されていた。
 さらに加え、遊岩自身も警邏隊を良く思っていなかった。

「僕は何度も、警邏のみなさんに事実を話しました。遊岩は遊び人で嘘をつくこともあるけど、決して人を殺める事はしないと。でも、聞き入れてくれないのです」
 開拓者ギルドにて、珀輔が訴えかける。
「俺も、彼の‥‥珀輔殿の意見をできる事なら信じたいと思う。俺は遊岩を何度もしょっぴいた事はあるが、俺も奴には人を殺せるとは思えない。だが‥‥それならばその証拠がほしいのだ」
 珀輔と同席している、怨叉も続き言った。
「正直なところ、遊岩が行ったかどうかは分らない。が、動機はあるし、それに遊岩の証言に食い違いがあるのだよ。そこで、彼の証言が正しいと証明されたら、遊岩を釈放できる」

 遊岩は、このように証言していた。

「‥‥ああ、あの生意気な画家野郎がいたさ。そこで俺はこう言ってやった。『こんなところで何を描いてやがるんだ? どうせ描くんなら裸の姉ちゃんでも描いたらどうだ?』ってな」
「そしたら、こう返してきた『ぼくはアヤカシを書きに来たんだ。君のような下衆で無粋な者にはわからないだろうがね』とな」
「『アヤカシなんざどれも同じだろうが、この暇人が』と、俺はからかってやった。そしたら奴は『だからきみは莫迦なんだ』とかなんとか言って、てめえで描いた素描を俺に見せた」
「俺は絵の事なんざさっぱりだが、そこに三種類のアヤカシが、それぞれ鼠と狼と、大蛇のアヤカシが描かれてる事だけは見えた。くどくどと説明してるから、俺は面倒になってそのままそこから消えたんだ」
「で、そのしばらく後の事だ。俺は沼のあたりを散歩してたんだが、遠くで大蛇みてえなのが見えた。それがなんかに巻きついている様子もな。よく見たら、そいつはあの画家野郎じゃねえか。遠くだからどうにも出来なかったが、見ているうちにあいつは自力で振りほどき、そのまま逃げやがった」
「でだ、俺はそれに近づいていった。するとそこに、あの莫迦が倒れていたってわけさ。俺は介抱しようと思ったが、こいつはいつも俺を見下してたからな。だから金と、金になる絵を頂いて、そのままトンズラしたってわけだ」

「‥‥で、警邏隊は、その遭遇したアヤカシとやらを探しに行ったが、探しても見つからないのだ」と、怨叉。
「警邏隊の皆さんが言うには、鼠のアヤカシ、狼のアヤカシは見つかりましたが、殺した犯人である大蛇のアヤカシはいまだ見つからないとの事です。皆さんにお願いしたいのは、その大蛇のアヤカシを見つけてほしいのです」
 盆水は、三陣に程近い場所にある沼地で素描していた。警邏隊はそこで、鼠と狼らしき獣を確認した。が、大蛇のそれはいまだに見つかっていない。
「どうか、お願いします。大蛇のアヤカシを見つけて、遊岩の無実を証明してください。このままでは、遊岩は牢に入れられてしまいます。助ける価値など無いと思われるでしょうが、自分にとっては大切な友人。なにとぞ、皆様のお力をお貸し下さい」


■参加者一覧
桔梗(ia0439
18歳・男・巫
氷海 威(ia1004
23歳・男・陰
上杉 莉緒(ia1251
11歳・男・巫
喪越(ia1670
33歳・男・陰
菊池 志郎(ia5584
23歳・男・シ
紅咬 幽矢(ia9197
21歳・男・弓


■リプレイ本文

 警邏隊の、死体保管所。ここには、調べる必要がある遺体が運ばれ、一時的に保管される場所。
 布がかけられた遺体が、いくつも並んでいる。そしてその一つを、数名の人間が覗き込んでいた。
「これが‥‥」
 その中の一人。細身の、落ち着いた雰囲気を周囲に漂わせている少年が、遺体にじっくりと視線を投げかけていた。
「そうです。被害者の盆水の遺体には、このように首や胴体に、紐または綱のようなもので締め付けられた痕が残されています」
 隣の警邏隊の一人が、彼‥‥桔梗(ia0439)に告げた。
「咬傷はなし、毒による変色もなし。この死体にアヤカシが憑依してる、‥‥その、可能性は?」
「真っ先にそれも調べましたが、間違いなく『無い』です」
「無い? 本当に?」
「はい。警邏隊が懇意にしている専門家に、遺体に憑依してないかを何度も確認してもらったところ、その反応はありませんでした。憑依しているという可能性は、まず無いと断言できます」
「ふうん‥‥」
 遺体を見つめ、桔梗はじっくりと考え込む。この遺体の様子から、何か考えられる事はないか、どういう結論が導き出されるべきか、そういう思考が、彼の脳内をかき回っている。
「あと、被害者の盆水ですが。心臓に病を持っていたそうです」と、思い出したように警邏隊員の一人が付け加えた。
「心の臓が弱く、蛇のアヤカシに締め付けられた時に負担になったのかと。で、アヤカシを振りほどいたものの、心臓が耐え切れず‥‥」
「‥‥参考に、なった。ありがとう」
 そう言って、桔梗は顔を上げて見回した。
「で。参考ついでに、もう少し頼みがある‥‥けど」

「‥‥そういうわけで、蛇のアヤカシを見つけて、その存在が確認できれば解決‥‥って事になる、と思う」
 警邏隊、その施設内の一室にて、開拓者たちは準備を整えていた。
「桔梗、警邏隊からも、同行してもらうんだな?」
 氷海 威(ia1004)の問いに、桔梗はうなずいた。
「隊の人に確認してもらい、納得させられればいいからね。あとは‥‥頼んでおいた地図や、件の絵もあれば良いんだけど」
 しかし、そちらの方は期待できないかも、と桔梗は付け加えた。あの沼地は、小道が複雑に入り組んだ迷路のような場所で、位置の確認がしづらいと言っていた。そのため、地図も正確ではないかもしれないとの事だ。
「他の皆は?」
「さっき依頼人の珀輔と怨叉とともに、遊岩のところに行った。そろそろ戻ってくる頃だろう」

「いやいや、景気はさっぱり、懐しょんぼり、なもんだからついうっかり火事場ドロボー。よくある事だよなあアミーゴ?」
「さあ、それはどうでしょうね。というか、こういうところではもう少し言葉を選んだほうが良くはないでしょうか」
「同感だな。ボクもおまえの発言は不穏当に思う。それより話を先に進めるぞ」
 珀輔は、少々困惑していた。怨叉の立会いのもと、遊岩が捕らえられている牢の前で話を聞きたい‥‥というので、同席を願い出た。
 ‥‥のはいいのだが、その三人はいささか個性的で、あっけに取られてしまっていたのだ。怨叉もまた、「何だこいつらは」と、困惑を隠せない。
 歓楽街のような、軽はずみでうかれた空気を纏わせている男、喪越(ia1670)。悪ふざけな態度をとるその男は、陰陽師だという。喋る内容は不遜なれど、喋り方と言葉の律動は、どこか奇妙な魅力をもかもし出していた。
 その隣の菊池 志郎(ia5584)は、整った顔立ちだが、特徴があまり見受けられない容姿をしている。穏やかでおとなしく、周囲の空気に自分を合わせとけこんでいるため、そういう意味では喪越とは対照的にも思えた。
 三人目の紅咬 幽矢(ia9197)。弓を携えた弓術師の少年は、少女のようにも見える顔。が、ぶっきらぼうな口調と態度は、どこか挑戦的。
 彼は、責めるように遊岩へと質問した。
「‥‥それで遊岩。アンタは本当に殺してないんだな。何度も聞かされてうんざりしてるだろうが、一応本人の口から聞いておきたくてね」
「あ、ああ。そうだよ。確かに俺はけちな盗みくらいはやるさ。けど、物は取るけど命までは取らねえ。命にかけて、誓って言うよ」
「いやー、誓って言うってか。まーだいたいケチな盗み働く奴は、その誓いはかーんたんに破られちまうっつーのも常識なんだけどなー。で、その台詞何度目だ? かける命ってのはいくつ持ってるんだ? ん? ん? ん?」
 軽い口調で、喪越はあからさまに意地が悪い質問をぶつけた。さすがにそれには、珀輔と怨叉も顔をしかめざるを得ない。
「‥‥すみません、彼はどうも口が悪くて。それで、蛇のアヤカシが出た時の事を、もう少し詳しく聞きたいんですが‥‥」
 菊池の質問が、その場を取り繕う。珀輔は少し不安になった。
 彼らに任せて、大丈夫だろうか‥‥?

「任せろ任せろ、この俺たちがばっちり探し出してやるっからよっ。大船に乗ったつもりで安心しなっ! ってもその船、底に穴開いて沈没寸前ってオチなんだけどな! ‥‥おいおい軽い冗談だって、笑えよアミーゴ。笑顔は心の調味料だっぜ?」
 怨叉もまた、不安を禁じえなかった。沼地であっても、喪越の悪ふざけめいた口調は止まらない。
 証人として、警邏隊からは怨叉本人が同行する事となった。開拓者たちは彼らとともに、蛇のアヤカシを探し出す事となったのだ。
 簡単にだが、地図も描かれた。と言っても、かなり大雑把なものではあるが。しかし、殺害現場と思われる場所や、倒れていた位置など、それらの場所の特定には大助かりであった。
 その地図を手に、桔梗と菊池、紅咬は周囲を見回し、あちこちへと視線を向け、探していた。‥‥アヤカシの痕跡を。
「遊岩の証言によると、ここが盆水の死んで倒れてた場所‥‥か。まだ足跡や痕跡がある」桔梗が、地面の残されている痕跡を見る。
「ええ。盆水さんの足跡が、ここにまだ残ってますね。沼のこのあたり、もう少し水辺に近いところで、何かに巻きつかれ、もがいて‥‥」
「‥‥で、振りほどき、ここまでよろめいてきた。そこまでは間違いないな」
 菊池と紅咬が続き言った。
 盆水が絵を描いていたのは、ここからさらに離れた場所。どうやらそこで絵を描き、アヤカシに見つかり逃げて、そしてここまでやってきた。が、ここでいきなり水の中からアヤカシが現れて、盆水に巻きついた。
「‥‥うむ、状況はわかってはきたな。だが‥‥」
 氷海のつぶやき通り、状況は大体判明してはきた。が、事実と、それを証明する証拠はまだ見つからない。
「‥‥沼がこれじゃあ、隠れる場所には困らないな。水中に居るの‥‥かも」
 桔梗もまた、沼のあちこちへと視線を投げながらつぶやいた。茂った木や小さな穴など、蛇、または蛇のアヤカシが潜んでいそうな場所を探してはいたが、まるっきり見つからないのだ。
「ようよう! 見つからねえんならよ、とっととあきらめて帰ってゴロゴロしよーぜ‥‥ってのはおいといて、とっとと術でも使おうぜ。ここでぼさっとしてるのは、割りに合わねえからYO!」
「‥‥まったく。だが、俺もやつの言うとおりだと思う。人魂‥‥使うしかあるまい?」
 喪越の言葉に続いて、氷海も言った。
「あの、桔梗殿。皆さんは何を?」
「怨叉。これからちょっとばかり術を使う。俺も『瘴索結界』を使うから、ちょっと‥‥下がってて」

「‥‥」
 桔梗は、目を閉じ立っていた。心を他の場所へと飛ばし、まるでこの場所に居ない物を見ようとしているかのようだと、怨叉は思った。
 やがて、怨叉は見た。彼の身体が、微かにだが光ったのを。
「‥‥いる!」
 かっと目を開き、桔梗が叫んだ。
「すぐ近くにいる! その沼の中に!」
「わかった! 『人魂』ッ!」
 桔梗の声に従い、氷海が符を飛ばした。
 符が形をとり、沼の水面へと着水する。それは紙ではなく、生物の姿となって水に飛び込んだ。
「人魂」、符を小動物へと変化させ、その目と耳を用いて見聞きするという術。氷海が飛ばした符、ないしはそれが変形した蛙は、水中へと没した。
「‥‥どうです?」
 刀を携えた菊池が、油断無く周囲を見回しつつ尋ねた。沼だけでなく、側面や後方にも目を向けている。別の方角から襲い掛かってくることを、用心しての事だった。
「‥‥水はそう濁ってはいないが、底の方は泥が舞っている‥‥」
 軟泥が底に溜まっているため、降り立つと泥が舞い、水が濁ってしまう。氷海は用心深く、蛙を泳がせた。
 水そのものも、濁っていないとは言っても「透明」ではない。魚や水棲生物が見えるが、件のアヤカシらしきものは見当たらない。
 桔梗の言っている地点とは違う場所を探しているのか‥‥? 
 その考えが頭に浮かんだ、その瞬間。
「!」
 底の軟泥が盛り上がり、かっと開いた口が蛙へと襲いかかった。

「おおっと、残念賞〜♪」
 しかし、襲撃者は氷海の蛙にかみつく事はできなかった。
 喪越の飛ばした「人魂」の符、黒っぽいガマガエルがそいつの頭に飛び掛り、タイミングをずらしたのだ。
 混乱したそいつは、水中でのたくり、更に泥で濁らせた。
 そのまま、水中から水上へ、そして空中へと飛び出す。長く白っぽい蛇の姿が、沼の水面を破り水上に躍り出た様を、開拓者たち、そして怨叉はしっかりと見た。
「‥‥見た? まちがいなく、あれが犯人だろうよ」桔梗が、そいつを見つつつぶやいた。
「え、ええ。確かに! まさか、水中に隠れていたとは‥‥」
 怨叉は思った。確かにあれだけの大きさならば、人一人を絞め殺せるだろう。大蛇のアヤカシが着水し、再び水中に潜ったのを見て、ようやく彼は我に帰る。
「‥‥確認は取れました。それでは」
『引き返しましょう』とまでは、怨叉は言えなかった。水上へと鎌首をもたげたアヤカシは、もの凄い勢いで岸へと泳ぎ始めたのだ。その先には怨叉、そして桔梗の姿があった。
 あっと思ったその時には、アヤカシは岸へとたどり着き、空中へと躍り出ていた。桔梗と、怨叉の目前にいる。
「危ない!」
 怨叉は思わず叫ぶが、桔梗はぎりぎりのところで後退し、それをかわしていた。
「‥‥『月歩』をかけておいて、よかった」
 しかし、怨叉は後ろに尻餅を付いてしまった。自衛用にと持ってきた刀をなんとか抜くが、逆に大蛇が振るった尻尾に、弾かれてしまった。
 やられる。噛みつかれるか、締め付けられるかを覚悟したその時。
 まるで疾風のように、目前を何かが走りぬけた。それが通った後には、大蛇アヤカシの鼻面に深く切れ目が走っていた。その痛みのせいか、大蛇は混乱したように頭部を地面に打ち付ける。
「大丈夫ですか!?」
 疾風が、怨叉に問いかける。『早駆け』を用い、珠刀・阿見にて切り付けた菊池の声だった。
「‥‥とっとと、消えろ!」
 アヤカシに、更なる攻撃が加えられた。紅咬の弓から放たれた矢が、大蛇の胴体へと突き刺さったのだ。攻撃が効いているかのように、アヤカシはその身体をのたくらせた。
「怨叉さん、下がって! ‥‥『水遁』ッ!」
 菊池の攻撃が、更に大蛇へと炸裂した。アヤカシの周囲に水柱を発生させ、それをぶつけたのだ。
 強烈な水の奔流を浴び、アヤカシは混乱している様子だった。そのまま沼へと飛び込み、大慌てで水中へともぐりこむ。
「待てっ!」
 弓を引き絞る紅咬だが、矢は放たれなかった。どのみち、放ったとしても無駄だろう。アヤカシはそのまま、水中へと没し姿を消してしまった。
「‥‥どうやら、任務は終了したと思っていいの‥‥かな」
 桔梗の言葉に、怨叉はようやく我に帰り‥‥。
「あ、ああ。見事だった」
 呆然としたまま、そう答えるのみだった。

「お説教なんてガラじゃないけど、遊岩も気をつけな。火事場泥棒なんてするから疑われるんだよ。‥‥友達も心配してたんだし、迷惑かけんなよ」
「ええ。今回の事は、遊岩さんも疑われて仕方の無いところはあります」
 紅咬と菊池が、遊岩へと言葉をかける。
 町に戻り、怨叉は蛇のアヤカシを目撃し、遊岩の疑いが晴れた事を報告書にして作成。こうして、遊岩は薬方された。
「ま、疑われるのは、普段の行いからの因果応報――あれぇ? 何だか耳が痛い話だぜ。くわばらくわばら」
 喪越がはやし立てたが、それをさえぎるように菊池が言葉を続けた。
「珀輔さんは貴方が人を殺めることはないと、警邏隊や開拓者ギルドに懸命に訴えていました。家族でもない人のために動いてくれる人は中々いませんよ。ご友人の信頼に足る行動をこれからは心がけて下さいね」
「あ、ああ。わかったよ。これからは、こんな事は二度としない、約束する」
 菊池の言葉に、遊岩はうなだれた。
「‥‥俺からも、言わせてくれ。遊岩」
 氷海が進み出る。
「生ける者には可能性がある。だが死した者は‥‥もはや新しく何かを為す術は無い。‥‥己が守るべきもの、今ならば自ずと分かる筈。」
「? えっと、どういう事ですだ?」
 頭をひねる遊岩に、珀輔が説明した。
「死んだ人の分まで、一生懸命に、誠実に生きろ。この人はそう言ってるんだよ」
「そうか‥‥すまねえな、珀輔。迷惑ばかりかけちまって」
「いいって事さ。友達だろう?」
 遊岩の言葉に、微笑みながら答える珀輔。その珀輔へと、今度は桔梗が進み出た。
「珀輔」
「はい?」
「人を憎むのは、悲しい。けど‥‥人から人に、想いが伝わるのは、温かい」
 桔梗の手には、この事件の発端となった素描があった。彼はそれを、珀輔へと手渡す。
 盆水に遺族はなく、弟子らからも要らないと言われ、引き取り手が無かったのだ。
「アヤカシの、絵。盆水から、遊岸に。遊岸から、珀輔に。珀輔の手で、最後の作品が世に出るなら、盆水も、救われる‥‥と、思う」
「‥‥はい。僕もそう思います」
 桔梗の手から、珀輔はその素描を受け取った。
「僕も、僕のやり方で盆水さんのこの絵を、最後の作品を、世に出したいと思います。それができるようになったのは、皆さんのおかげです。ほんとうに、ありがとうございました!」
 遊岩とともに、礼を述べる珀輔。それを見て、満足を覚える開拓者たちであった。

「‥‥で、結局どっちが受けでどっちが攻めなんだ? うーむ、やっぱ遊岩攻めかもしれねえが、俺的には珀輔のヘタレ攻めっつうのも有りかなと思うんだよなあ。わからねーなあ」
 ‥‥約一名、別の意味で不満を覚えている者も居たが。