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■オープニング本文 「あの頑固爺が元締になってから、湯治客がめっきり足が遠くなったなぁ」 「これ信三、龍蔵さんも大事なお客様だ。何て口利くんでぇ」 つるりつやつや禿頭の番頭にこれまた見事なおでこをぴしゃりと叩かれた小僧。 頭の形も綺麗で良く似ている、初対面も一目でああ血を引いているなと判る顔立ち。 「だってよぉ……」 「無駄口叩いてないで、ほら道の雪さ、掻いてこい」 「誰も客なんて他に来ないじゃんかぁ」 「いつ誰が来るかなんて社の精霊様でも判んねえべ。せっかく近くまでいらっさって雪で登ってこれねぇなんて申し訳ない事したら俺ぁ、お前さ都に送り返すぞ」 「やだよ、おいらじっちゃんの跡を継ぐんだいっ」 山深いこの里を出た息子が所帯を持って。設けた末の孫が孝行な事に一人で爺の元へ飛び込んできた。 勝気でやんちゃなとこはあいつ譲りだなぁ……と信吉は年老いて皺に隠れた目を細める。 里の外れに位置する、湯元『石積郭』は信吉が若い頃に掘り当てた温泉を囲うように立てた宿。 郭なんて立派な名前は付いてるが、鄙びた小屋が幾つか建つだけの質素なものである。 囲う塀も無い。里の者がちょいと野良仕事の後に入るような類であったが。 傷の治りが早くなるというのを、都へ出た息子が喧伝したせいか他所からも湯治客が来るようになり。 冬になると毎年やってくる龍蔵も、息子が繋いだ縁である。 険のある初老の大男。年に似合わぬ鍛え上げた筋肉には無数の古傷。 口数も無く、愛想も悪いが。息子が言うにはアヤカシに襲われた時に助けて貰った大恩人だという。 ここまで徒歩でやってくる程健脚だが、だらりと下がった右腕は動かない。 腕をやられて以来、稼業を引退して或る道場の食客となっているそうな。 気が向けばこれと見込んだ者に指南もするが、余程でないと彼の目には留まらない。 気ままにふいとこの里で冬を過ごしていても何も言われないのだから。相当の人物なのだろう。 ……だが気難しい。 源泉そのまま湧き出す熱い湯を岩で囲った風呂は、大抵は皆、井戸の水や周囲の雪でうめるのだが。 龍蔵はとにかく熱い湯が好き。火傷しそうな熱さに無言でじっくり浸かり。 険しい顔で食事の膳も、戦いに挑むような気迫で箸を動かし。 ものすごい高鼾で眠る。朝も異様に早い。夜も早い。無駄口をきけば睨まれる。 正直、一緒になった湯治客は辟易してしまう。 そんな話は都の息子にも届いていて。彼も里の温泉は自慢である。一計を案じた。 龍蔵さんも孤独なんだし、少し打ち解けるようになったら彼の態度も柔らかくなるのではないか。 帰ってきたら宣伝して貰うのも兼ねて、彼とも馬が合いそうな開拓者に湯治体験でも。 「有名な楼港の温泉宿みたいに豪勢じゃないけど、どうですゆっくり山の中でひとっ風呂でも」 龍蔵については予め説明を受けている。 東房の出身で、泰国人だった妻は早くに流行病で亡くし。 旅路に小さな一人息子を連れていた頃もあった。その頃は今では想像し難い程に朗らかで。 強い父に憧れて同じ道を歩み進んだ彼はアヤカシに襲われた村に駆けつけ。 齢十二で、村人の盾となって冷たい骸となった姿で。別の依頼から戻った父と対面した。 「でも聞いた話ですがね、アヤカシと戦った話とか聞くのは嫌いじゃないみたいだそうですよ」 たぶん、だから開拓者だったら大丈夫じゃないのかなぁ……。 |
■参加者一覧
紫夾院 麗羽(ia0290)
19歳・女・サ
柚乃(ia0638)
17歳・女・巫
秋霜夜(ia0979)
14歳・女・泰
鞍馬 雪斗(ia5470)
21歳・男・巫
御陰 桜(ib0271)
19歳・女・シ
九条・颯(ib3144)
17歳・女・泰
フランヴェル・ギーベリ(ib5897)
20歳・女・サ
愛染 有人(ib8593)
15歳・男・砲 |
■リプレイ本文 「温泉、温泉〜♪寒い時期の温泉依頼はたまらないわよねぇ♪」 頑固なお爺ちゃんが居るみたいだけど、の〜んびりお湯に浸かって楽しむだけ。ん、もちろん後で宣伝するのも忘れてないからねぇ〜。 どんなとこかなと桃色の髪を揺らし、足取りも弾む御陰 桜(ib0271)。 その頑固爺が問題なのだが。 「どうせ、今時の若いモンはとかグダグダ言われるに決まってるんだろうが」 空を見上げてぼやく紫夾院 麗羽(ia0290)。まあ羽根伸ばしがてら相手をしてやるか。 煙たがられて話す相手も居ないんだろう。こっちだってそれくらいでは遠慮などせぬぞ。 「入浴の作法はもちろんみんな守るよねぇ、身体先に洗ったりとか髪を湯船に付けないとか基本だもの〜」 「都の銭湯ならそうだが。露天だけなら洗い場は無いんじゃないか?掛け湯もしないで飛び込むような無作法はともかくとして」 「そうねぇ〜」 (あの残念妖精……やっぱりか) 今は神楽でお留守番の相棒に上手い事乗せられて、受けた訳だが。 マスケット銃を肩に担ぎ、とぼとぼと最後尾を歩く愛染 有人(ib8593)。 どう見ても、自分以外全員……女性である。自分が少女にしか見えないのは棚に上げて。 (面倒な事にならないといいけど。一目で龍蔵さん、ちゃんと気付いてくれるかな……) 「やあお客様、寒い中さ、こんな山の上までご苦労様ですだ。お部屋の支度はギルドさんの方から連絡があったべ」 どうぞまずは荷物を置いて寛ぎくださってくんなせえ。入浴の手拭やらはこちらで用意しますんで。 小柄な老人、信吉が揉み手で迎えて、雪道を歩いてきた開拓者を労う。 「鞍馬さんと愛染さんがこちらですな。龍蔵さんと一緒で」 「え……?」 きょとんと鞍馬 雪斗(ia5470)の横顔を見上げる有人。あ、この綺麗な人も男性だったんだ……。 自分の事は棚に上げて。少年という頃合を過ぎても尚、服装も袖や裾より露出した肌も透明な中性さを失っていない。 そんなものだろうと薄く苦笑、微笑にも見える表情を浮かべる雪斗。よくある事、今更気に病むつもりもない。 「龍蔵さんと同室ですね。宜しくお願いします」 さらりと雪景色に似合う髪が頭と共に垂れる。 「信三、ぼさっとしてねえでお嬢さん方の案内さしろ」 「あ、あいっ。こっちの二つの小屋を使ってく、くださいでさぁ」 髪も翼も、袖から露になった腕も。黄金色に包まれた龍人。九条・颯(ib3144)の姿に少年はぽかんと口を開けていた。 「我の姿は珍しいか。気にする事はない、翼と尾があろうが習慣は一緒だ。普通に接してくれ」 「では、雪斗さん有人クン後ほど。信吉さん、食事についてご相談があるのですがお時間はとれますでしょうか」 品の良いお嬢様といった仕草でゆったりと問う柚乃(ia0638)。小屋の広さを見てからじゃないと何とも言えないけど。 できれば龍蔵さんと女性陣も交流しやすくする為に、食事は全員一緒が叶えば。 「とりあえず小屋に荷物置いちゃいましょう。離れてるんですね〜、ばらばらでは寂しいから寝る時以外はどっちかに集まりませんか」 幼い信三を困らせても仕方がないから、というか要領が悪い。さっくりと場の取り仕切りを買って出る秋霜夜(ia0979)。 「どっちでもいいから。はい、麗羽さんと柚乃さんはこっち。そっちは桜さん任せましたっ!」 「は〜い。じゃ、颯ちゃんとフランちゃんはこっち〜♪ねぇ、夕食前にあたしひとっ風呂行ってもいいかしらぁ?」 「龍蔵さんは食後と聞いてるから大丈夫じゃないかな。ボクはまずご指南を戴きに先に挨拶を済まさせて貰うよ」 小屋の屋根より丈がありそうな朱槍を携えたフランヴェル・ギーベリ(ib5897)。 特に置くような荷物も持ってきてはいないが、少し間を置こうか。 次々と見知らぬ者に来られては、龍蔵さんも気分が落ち着かぬだろうからな。 挨拶はしてみたものの、むっつりと黙ったまま囲炉裏の火にあたる龍蔵。 声を掛けてみれば一応返してくれるが、迷惑そうなのは隠さない。 それならと静かに一緒に火にあたる雪斗。まだ初日だ、無理に会話する必要もないだろう。 きっかけは自ずと巡ってくるはず。機ではないのだ、きっと今は。 心に描いた札は、逆さになった隠者。 「銃の置き方」 「は、はいっ」 何か話さないと間が持たないよね。でも何話そうと思索に入っていた有人の声が裏返る。 え、ボク変な置き方した!? 「そこは布団を敷く時邪魔だ。この部屋で寝るのだろう?邪魔にならぬ場所に置け」 「えっと……そうですよね三人分敷くと場所が無いから。荷物一緒に置いても構わないですか?」 「構わん。というか邪魔だから同じ場所に置け」 そう邪魔、邪魔言わなくてもとは思うが。別に意地悪く言ってるつもりもないのだろう。 龍蔵の槍と並べておくのが収まりがいいだろうか。 (この白布に包まれた棒状の物がもしかして……息子さんの槍なのでしょうか) 龍蔵の背中を振り返るが、彼は此方を見てもいない。静かに横に自分の銃を並べ。 コンコン。 小気味良い固い音。すかさず立った雪斗が板戸を開け。 「こちらに槍の名人がおられると聞きました。是非、ご指南をお願いします!」 まるで新兵のように背筋を伸ばして声を張り上げるフランヴェル。 雪斗が身体をずらして龍蔵を振り返る。姿勢はそのままに眉間の溝は険しく。 「来て早々からに騒々しい。それに名人など居らん」 「失礼しました。戸口で話しては室内が冷えてしまいましょうし、お邪魔します」 深く律動的な礼。立ったまま見下ろすのは失礼なので座ってもいいでしょうかと、龍蔵から視線を外さずに話し。 許可を貰って戸口前の冷たい床に天儀風に膝を揃えて座す。そして指を突き再び礼。 「知らぬ者に頭を下げられるような覚えはない」 煙たそうな顔をしているが、あくまで礼を尽くして頼み込んでくるフランヴェルを追い返すでもない。 しばし問答の末、指南ではなく日を改めて手合わせならと承知させる事には成功した。 日を改めて、昼時前に運動がてらという約束で。 「ありがとうございます。是非よろしくお手合わせ願います」 「今日、開拓者一行が来るとは聞いていたが」 何をしに来た。近隣にアヤカシが出たとも何も聞いてないが。 フランヴェルが去った後、龍蔵の方から尋ねてくれた。良い会話の機になったようだ。 自分達が宿の主人の息子から頼まれた経緯を、龍蔵の件は抜きにして正直に語る雪斗と有人。 一緒に来た八人はその依頼を受けた仲間で、数日ここに滞在させて貰う事。 決して騒がしく湯治の邪魔をするつもりもないので、容赦して貰いたい。 「もしかしたら女性も同じ時間に入浴という事もあるかもしれませんが」 それが気に入らなければ、彼女達にもそう言い含めておきますし。 「好き勝手に入ればいい。爺が居て目障りなら時間をずらすなり勝手にしろ」 ● 「あたし熱いお湯でも結構いける方だと思ってたんだけど、本当に熱いわぁ〜」 火照った顔で小屋に戻ってきた桜。岩風呂から小屋まで少し歩いても全然寒さを感じない。 「すぐ脱げる格好で行った方がいいわよぉ。脱衣所も衝立も何にもないから」 「桜が出てからあの子供が籠と浴衣、羽織に手拭一式を持ってきたぞ」 颯が指さした先に籠が重ねられている。 「聞けば良かった、先に自前の使っちゃったわぁ」 「持ってきてるのならどっちでもいいんじゃないか」 「でも籠は必須よぉ。無いと木の枝に掛けとくしかないもの。それで、フランちゃんは首尾どうだったぁ〜?」 「指南は断られたけど、明日昼食前に手合わせして戴ける事になったよ。胸を借りるのが楽しみだ」 フランヴェルも装備を解き、楽な格好で今は寛いでいる。 「暗くなってきたし、後はお夕飯食べてのんびりしてからお湯を楽しみながら作戦会議ねぇ」 「人数多いから膳を運ぶのも大変だろう。ボクも手伝いに行ってくるよ」 「それなら皆で行こう。どうせここにじっとしてても退屈だ」 初日の夕食は各小屋にて。何事もなく慎ましく済まされた。 女性陣の方が人数多いし、入浴の時間が被るのも嫌ですからと。それを口実に龍蔵と風呂の時間を共にする雪斗と有人。 「あ、あの〜尻尾とか湯に漬けても大丈夫ですよね?」 「神威に尻尾を漬けるなとか無茶を言うように見えるか」 言うかと思ったんですけど。鼻で笑われた事に逆に安心して。手拭を頭に乗せてほっこりした気分で湯に身を浸す。 熱めな湯は好みだから全然平気。たっぷり堪能していこう。 「龍蔵さんも湯は熱めが好きなんですか」 「うむ。熱くても冷たくても。自然に沸いた物はそのままが良い。都合でいじるなら入らなければ良い」 後から湯に入った雪斗の胸を一瞥するが何も言わず目を閉じる。視線の行き先ははっきりしていた。消えない傷痕。 しばらくして呟く。雪斗に向けた言葉か、それとも独り繰り言か。 よく聞こえなかった。が、再度問い直すような言葉にも思えなかった。 この湯は古傷の引き攣れを和らげ、痕を目立たなくしてくれる。そんな内容も混じって聴こえたが。 「ボク達は龍蔵さんと一緒に湯に浸からせて貰いましたよ。後は女性陣、ごゆっくりどうぞ」 知らせに来た有人。出てきた霜夜が籠を抱えて。 「向こうはあたしが知らせに行きますよ〜。合流してそのまま湯に向かっちゃいますから」 「お願いしますね。龍蔵さんもう布団敷いてるから、ボクは今日は早寝ですっ」 「掛け湯で慣らして……っと。あ、熱っ。でも待ってたら身体が冷えちゃう」 「龍蔵さん居ないんだから無理せずに雪で調整しても構わんだろ。直接湯を薄める訳じゃないんだから」 「それもそうですね。うん熱めもいいけど……過ぎるとお肌にも良くないもの」 無造作にざばーっと薄めた湯を掛ける麗羽を見習って、柚乃も周囲の綺麗な雪を利用する。 「って入るにもお湯が熱い、熱いですよ〜っ。桜さんよく入れましたね!」 真っ赤になった足先を引っ込める霜夜。裸で湯の外に居たら寒いっ。でも熱いっ。 「これは短時間でのぼせそうだな……」 気合で既に湯の中に入った颯が呟く。鱗の隙間からじんと染みる。 そう広くもない露天風呂。 六人で湯を揉んだら湯気がもうもうと、互いに手の届く距離くらいしか見えない。 必然的に作戦会議は手早くという感じになってしまいそう。だがしかし、やっぱり温泉はいいよねと。 のぼせれば岩に腰掛けて足湯にしてみたり。湯に浸かったりしながらも。時間を引き延ばし。 冷え冷えとした夜空を見上げながら女性達の会話は続く。 「そんなもんはな、無理矢理にでもこっちの間合いに引っ張ればいいんだ。そこまで持ち込めば尻尾巻いて逃げはせんだろう?」 ほどよく冷えたとこでまた湯に身体を沈める麗羽。そっけない口ぶりだが、龍蔵を何とかしてやりたいという想いが汲み取れる。 「フランヴェルが手合わせするというが、私も願い出ようかな。ま、怒らすかもしれんが」 「挑発はほどほどにお願いしますよ〜。で、ご飯の席どうします?」 「食事を共にするのは重要なコミュニケーションだね。泊まる部屋じゃ全員一緒は無理そうだけど」 ● 雪に照り返す陽射しが眩しい。 脚を開き、両の腕に大槍をしかと構えたフランヴェル。 対峙する龍蔵は右腕をだらりと垂らしたまま、左手に持った槍の穂先を地に当てて立つ。 だが気迫は感じる。フランヴェルが飛び込むのを待ち構え、あの槍は即座に閃を描くだろう。 あの腕なら軽々と片手だけでフランヴェルの槍を受け止めるかもしれない。 雪を蹴り、間合いを一気に駆けるフランヴェルの槍が弧を描き、跳ね上がる龍蔵の槍。 空いた隙間に滑り込むように姿勢を低くして払う足。が、その脚を逆に狙われ蹴られそうになるのをかわす。 交差を許さず秀でた体格により押し切ろうとする龍蔵の槍を守りの構えでいなし。 渾身の突き。 「ふん、負けだ。こんなもので手合わせになるかな。所詮とっくに引退した老いぼれよ」 「いえ勉強になりました。無理を申し上げたにも関わらず手合わせに付き合って戴きありがとうございました」 自嘲するように吐き捨て背を向けた龍蔵に深々と最敬礼するフランヴェル。 手応えとしては、現役の開拓者と真剣に打ち合わせるには衰えが隠せない。動かぬ右腕という枷もある。 しかし真面目に相手をしてくれた心は感じた。 (これ以上、手合わせを願うのは無粋だな。背中が随分と寂しそうではないか) 立ち会っていた麗羽。様子次第では自分が遠慮無くとも思っていたが。間近で見て、龍蔵が現役ではないという事実をひしと感じる。 「お夕飯はみんなで食べませんか?あ、いやその迷惑じゃなければなんですけど〜」 だって、ご飯はみんなで食べた方がきっと美味しいし楽しいのです! つい拳に力が入って説いてしまう有人。まっすぐな輝く瞳が龍蔵を見上げている。 食事が美味しくて楽しいという事はどれだけ大事か。食事は心にだって栄養になる。 同じ回数ご飯食べるのならどれも美味しく食べる方がいいじゃないですか! 話の中身より、むしろ有人の熱の籠もった話っぷりの方に彼は耳を傾けたように端からは見える。 口元が苦笑を形作るまで至らないものの、僅か柔らかに線を結んでいる。と、雪斗は眺めていて思った。本当に僅かな差である。表情を観察し言葉にならぬ想いを読む。 二日目が暮れ、三日目が過ぎ。帰る予定の日も迫りながら。 食事や湯を共にして重ねてきた機。 何かと纏わり世話を焼く麗羽。傍に侍り、酌をしながら我が父を嬉しそうに語る霜夜。 それに応じる龍蔵も顔を合わせたばかりに比べれば随分と頑なさを解いたように思われた。 自ら話題を振る事は無くとも、唇は幾分か滑らかになり。開拓者の話を聞いては先を促す。 昨夜、有人に武勇伝と言われて語りたがらなかった龍蔵も。フランヴェルが赴いた苦難の依頼の話を聞き。 一夜経ってみて語る気になったか。彼らは今別の小屋だが。 語り始めた辺りから予感はあった。息子を失った時に龍蔵が赴いていた依頼。 淡々と語り、合間には飲めと居合わせた者に促し。昨日とは別の顔ぶれの四人だ。 雪斗も水盃でせめて形はと付き合う。 語るだけ語って苦いものを吐き切った顔で宿の安酒を煽る龍蔵。 ここからは、と。空気を変える桜の調子に合わせ。柚乃が琵琶を爪弾く。 気が付けば龍蔵は酔い潰れて高鼾。 明日はもう出立せねばならぬが、彼の心に少しは雪融けは訪れてくれただろうか。 |