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■オープニング本文 冒険者ギルド 様々な依頼が集まるこの場所に、今日も一つの依頼が届けられた。 「ジルベリア帝国の山村の一つで問題が発生した」 女性は平らな胸に手を当てると、開拓者たちを睨むように見据え説明をはじめる。 場所は鉱山のある山岳地帯一画である。 村では採取した鉱石から銑鉄を作り村の主要な生産物として、暮らしを立てているという。 「麓に向かう道のひとつにアヤカシが目撃されたのです」 アヤカシの姿は炎に包まれた身長3m程の人型。 幸いアヤカシの脚は遅く、目撃した村人は全力で走って逃げたため事なきを得たという。 ならば話は早い、じっくりと腰を据えてアヤカシを討伐して道の安全を確保すべきだろう。 だが、事情が簡単ではなかった。 「期日までに荷を届けなければいけないそうだ」 荷の内容は村で精錬された銑鉄。重さは相当なもので、荷車を馬で引かせても歩みは遅い。 これを山の麓の先、平地の工房のある街まで届けなければならない。 届けられた銑鉄は鋼に加工され、様々な機械や道具の材料となる。 だから、荷が届がなければ工房の職人、さらには職人に製作物を依頼している方々にまで迷惑を掛けてしまう。 「麓までの間、何としても荷を運ぶ一行を護って欲しい」 だからこそ、荷が期日に到着することを最優先に願って依頼を出したという。 道は谷間の斜面の下り続きだそうだ。横に飛び出るカーブもそれなりにあり、見通しが悪い場所もある。 アヤカシを倒せれば最良であるが、戦いに巻き込まれて、荷が無事に届けられない事態となれば、本末転倒だろう。 女は胸に当てていた手を真下に下ろすと、開拓者の方を改めて見据えて言った。 「お願いできますか?」 |
■参加者一覧
幸乃(ia0035)
22歳・女・巫
月村 梓(ia0164)
20歳・女・志
春風霧亥(ia0507)
24歳・男・巫
十河 茜火(ia0749)
18歳・女・陰
天寿院 源三(ia0866)
17歳・女・志
松本 歳三(ia1050)
20歳・男・サ
上杉 莉緒(ia1251)
11歳・男・巫
アルティア・L・ナイン(ia1273)
28歳・男・ジ |
■リプレイ本文 ●出発 「敵は前から現れるとは限りませんから」 月村 梓(ia0164)は無骨な作りの荷車を前に頷く。 荷車は木製である。車輪には鉄の輪、心棒と輪軸受けにも鉄が用いられ回転に対する耐久性が上げられている。 荷は粗い作りの木箱に入っている中身は銑鉄。屈強な男であっても一人で持ちあげることは困難だろう。 「奇襲を受けたらひとたまりも無いな」 ならば、先に斥候を出しながら先に進めばよいだろうと、松本 歳三(ia1050)は右目があった場所に手を当てる。 (「へへ‥‥闘争本能を満たす仕事だな。護るための戦とは」) 前向きに勝つ事だけを考えるようにしているのだろう。過去の傷への思いを打ち消すように僅かに浮かべ、そんなことを歳三が思っていると、十河 茜火(ia0749)がのそのそと連れられている驢馬に何か話しかけている。 「ソッチの驢馬ちゃんもアタシ達にビックリしちゃダメだよー」 明るい表情で驢馬の肩をぽむぽむと叩くと、茜火は再び集落の中へと姿を消す。 そこに何処からとも無く笛の音が響き、こころなしか驢馬の尾が軽いリズムで左右に揺れはじめた。 「あ、ハル、ちょうどいいところに」 幸乃(ia0035)は春風霧亥(ia0507)の姿を認めると、唇に押し当てた縦笛をそっと離す。 そして、見知った者にのみにしか見せないような打ち解けた表情をする。 「そうだね、きみには必要ないかもだけど、世話を焼かせてもらおう」 楽をさせてもらえそうだねと、笑みを零す幸乃に霧亥は人の良さそうな淡い笑みを返す。 村の全景を見渡すと高炉のある建物から煙があがり続けており、中では火が燃やされている様子が伺われる。 (「開拓者に開拓者の生き方があるように、村の人々にも人々の生き方があるのですね」) そんな村の様子に意識を向けながら、天寿院 源三(ia0866)は額の汗を拭う。 地に根を下ろし過去から未来への連続のなかで何かを守り継承しながら生きる人達、広い世界を駆け回る事などほとんどないだろう。一方、開拓者は生き方が自由であるかも知れないが、いつも危険と隣り合わせである。 「大勢の人が困るのは見過ごせることではないですね」 霧亥は村の人達の他に多くの人が荷を待っている事に思いを巡らせている。 そんな中、茜火は村の中を水汲み用になにか空容器が借りられないか訊ねて回っている。 その目的は炎を纏っていたと言われるアヤカシに対して、水がひょっとしたら効果を薄められるかもしれないという淡い希望。‥‥無論、賭けであり、効果は無いかも知れない。 「ボク、もっと強い立派な男になりたくて――頑張ります!」 上杉 莉緒(ia1251)はそう言うと小さな胸をドンと叩いて見せると、 『そうか、そうか、君も頑張ってくれるのだな』 着衣の袖を可愛らしく揺らしながら力説する莉緒に溢れるような親しみを込めた視線を向けている。 (「‥‥なんだかあまり頼りにされていません」) 「桶、借りてきましたよ。何をやっているのですか?」 古ぼけた木製の桶を両手に抱えて帰ってきたのは茜火が、村の人に囲まれている莉緒に声を掛ける。 「なんとしても成功させて、立派な男に一歩近づきます!」 好意に応えようと、莉緒は決意を込めた笑顔を返す。初依頼だと言う莉緒の一生懸命な気持ちが通じたのかに村人たちも信頼を寄せ始めるのだった。 いつの間にかに村中の人達が開拓者達の一挙一動に関心を寄せ始めていた。そんな気配を察した源三は建物の陰からの子供たちの視線に軽く応えてから、集合しているメンバーの元に合流する。 「拙者、天寿院と申します。どうぞよしなに」 道中の護衛、お任せ下さいと言う源三にとっても今回は初めての依頼だった。 ほんの少しの会話、僅かな時間であったが、村人達にとってよい思い出となったようだ。 「さてさて、お仕事の時間だ。精々気張って行こうか」 出発の準備が整った事を確認すると、アルティア・L・ナイン(ia1273)が皆を促す。 ●荷物輸送中 下りの続く道。木漏れ陽が道の土の上に斑を描き、風が吹くとその斑が揺れる。 「いつもどの辺りで休憩を入れるのでしょうか?」 お昼が近い事は日差しでなんとなく分かった。源三が休憩の話を切り出すと村人は、もう少し進めばよい場所があると言う。 荷馬車を囲む位置取りで幸乃、霧亥、茜火、源三、莉緒の5人が並んで歩き、荷馬車から10〜15m離れた前方をアルティアと梓の2人が先行、さらにその先に偵察を買って出た歳三が進んでいた。 (「危ないな」) 仲間たちや荷馬車との距離を意識していたアルティアにとって、所々にあるカーブや見通しの悪い場所で、一人先を進む歳三の姿を見失いそうになる事は懸念の種であった。 「敵襲があるかわからんからな。休憩時もある程度警戒するぞ」 そう言って水を汲みに行く歳三の姿を見送ると、源三は周囲を見渡す。 「そうですね、確かに休憩といえど気を抜く訳には参りません。警戒を怠らずにですね」 少し開けた広場からは霞の掛かった平野が遠く見渡せ、今向かっている山の麓の集落なんかも確認することができる。 「おおーあそこまで行けばいいんだなー」 身体を伸びほぐしながら茜火は自然な笑顔を見せる。 (「アヤカシはなぜ人を襲うのだろう」) 誰もがあたりまえだと思うことを霧亥は疑問を感じていた。 慎重に村人たちに考えを聞いてみるも、アヤカシは人間を食料と捉えていており、自分たちに襲いかかってくる脅威でしかなく、自分たちとは相容れない存在であるというありきたりの答えしか帰ってこなかった。 そんなアヤカシへの恐怖を口にする村人たちの不安を察してかアルティアは気軽に、しかし確信を持った口調で言う。 「何、僕らがいれば大丈夫、絶対に無事に行かせてあげるよ」 ●戦い 最初の休憩を終えて先に進み始めると間もなく異変が起こった。 「何だ?」 後方で石が落ちる気配に歳三が立ち止まると、次の瞬間状況は一変した。突然、土色の固まりが落ちてくる。 「危ない、後ろだ」 斜面の状況に注意を払っていた梓はいち早く異変を察知して叫ぶ。だが、その声は届かない。距離が離れすぎているのだ。 梓は同時に駆け始め、その動きに気づいたアルティアも慌てて駆け始める。 瞬間、ズズーンという轟音が響き、舞い上がる灰と煙の中に真っ赤な巨体が現れた。 「来たか‥‥敵襲ッ! げほっ、げほっ」 巻き上がる土煙の中で水筒の水を被る間など無い、歳三は鬨の声を上げようとする。 (「貴様らのようなアヤカシなんぞに負けることは許されんのだよ! 俺は! 怯えろ! すくめ!」) 精一杯の力を振り絞り、後から来る仲間の為に少しでもダメージを与えようと太刀を振るうも1人では効果的な打撃を与えられずにいた。刹那、巨人の横殴りの一撃と炎の直撃を受け身体が炎に包まれる。骨の砕けるような嫌な音が響き拳の威力に押されるように吹き飛ばされる。 (「力任せか‥‥わかりやすくはあるし巨体を考えれば効果的ではある」) 梓は強烈な攻撃で窮地に陥った歳三を助けようと駆けながらも、落ち着いて敵の姿を分析する。 時間にして、十数秒の秒の短い時間の後、駆けつけたアルティアが地面に倒れ伏した歳三に追い打ちを掛けようとする巨人と歳三の間に割って入り、振り下ろされる拳に刀を当て擦るように勢いを殺ぐ。 「これ以上はさせんぞ」 梓の振るう刀刃が巨人の右腕を捉える。切り裂かれた指が宙を舞うと炎を帯びたまま地面に落下しやがて黒い塊に変化する。 「アハハハハ! とびっきり派手に爆ぜろー!」 茜火の放った砕魂符の痛烈な直撃を受けながらも巨人は表情を変える事無く迫る。 「タフな奴だねー」 「鈍いやつだが‥‥拳の速度は意外に速いな、耐久力もある」 茜火の言葉に梓が続け、巨人の繰り出す拳の間合いを目測する。 「加護法、ゆきますっ!」 莉緒が追いついたとき、巨人の正面に対峙している梓に精霊の加護を与える。直後、巨人の口から炎が吹き出され周囲には熱を帯びた風が吹き荒れる。 「治し、戻して‥‥」 火の粉と灰が降る中、霧亥、そして本職である幸乃が発動した神風恩寵の風が蔵三を優しく包むと、蔵三の削られた体力が補われる。 「安心してください。荷車は後ろに下がってもらいました」 最後に合流した源三は、村人たちの安全を確保した事を告げる。そうか、とアルティアは安堵の表情を見せ、幸乃は士気を鼓舞する舞で後押しする。 「頑張りましょう!」 幸乃の神楽舞に力づけられた源三は刀を鞘から引き抜くと炎を吐き終えた直後の巨人に向かって掛け出す。 「いけない、来ます!」 次の瞬間、梓の警告と同時に炎が吐き出された。巨人の予備動作に気づく事ができたのは、観察を怠らなかったからだ。アヤカシは普通の生き物とは違う。だが瘴気から生まれたとはいえ、何かしら生物と同様の動きがある筈だ。 難なく炎を避けた源三に巨人の注意が釘づけになった刹那、 「こっちだ」 ノーマークとなった梓が一気に踏み込んで振るう横薙の一閃、炎を帯びて輝く刃が巨人の下腹部に一筋の傷を残す。 瞬間巨人が息を吸い込むと、風が巻き起こる、間もなく起点に横凪の炎が吐き出された。 「なんなのこれ、全然倒せそうじゃない」 懸命に支援を続ける莉緒の口から思わず弱音が漏れる。 確かに、早期決着を目指す期待は裏切られ戦闘は長引き始めていた。 巨人の下腹部のあたりが開拓者たちの頭の高さであり、炎を帯びていない下半身に攻撃は当てやすい。 しかし、分厚く強靭な皮膚がダメージの浸透を阻み、敵の動作は関節など推測される弱点を狙う意図を狂わせる。 四肢を狙う判断は結果として巨人へのダメージを少ないものとしていた。 そして、炎の熱は容赦なく。炎の直撃を受けるまでもなく巻き起こる熱風で被った水は蒸発し、着衣を通り越して巨人の炎の熱を感じる。 (「こうなったら、最悪、荷だけでも先に」) 本当に倒せるのか? 歳三は思った。長引く戦いで仲間の治療可能な回数が少なくなっていた。 「ここで、時間をかけすぎる訳にはいかん‥‥だが」 遥か後方に下がった村人に連絡をどうやって取ればよいのか‥‥。そしてこの狭い道を通過する時間をどうやって稼げばよいのか? 思いがあっても手段がなければどうすることも出来ない。せめて右の谷底に巨人を突き落とす策だけでもあれば様々な可能性に対応できたかもしれない。 「こっちですよ」 巨人の背面、体を捻っての一撃を身に纏った精霊力で逸らしながら、源三は素早く大腿部を斬り裂く。ここまで巨人の容赦の無い拳を巧みにかわし、時に打たれながらも、少しずつダメージを与え続けていた。 左手には登り斜面、右手に下り斜面。狭い山道である。4人が横並びに事を起こすには狭すぎた。 僅かしかダメージを与えられない。やりにくい相手だ、とアルティアも思っていた。それでも脚の速さを生かそうと、道の側面、登りの斜面も活かして立ち回る。 敵は癒しの術を持たない。敵は癒しの術を持たない。だからこそダメージを与え続ければいつか倒れる。外傷が増え、繰り出す攻撃が次第に雑になってゆく巨人の様子を梓は見逃さない。 「利いてきたみたいだねー」 茜火の最後の砕魂符が巨人の胸元に直撃する。瞬間、巨人の体が左右に揺れる。間髪を入れずに莉緒からの精霊の加護を得た蔵三が巨人の懐に入り込み、必殺の地断撃を叩きこむと、巨人は前のめりに膝を着く。 「いけるか‥‥?」 「一気に畳み掛けましょう」 幸乃が最後の1回となる神楽舞を見せる。その力を得たアルティアは巨人の側面に回り込む。瞬間、大胆に距離を詰めて空気撃を放つ。 横からの不意の直撃を受けた巨人は尻餅を着くように仰向けに倒れる。 そのとき予想外の事が起こった。先の歳三の地断撃で緩んでいたのだ。突然、地面が崩れはじめ巨人は尻餅をついたままの姿勢で斜面を転がり落ちてゆく。 「倒せたのでしょうか?」 崖下を見ると転がり落ちた巨人が突き出た大岩に背中から激突していた。 くの字に折り曲がった巨人の上半身からは炎の輝きは失せ、土色に戻った身体は徐々に黒い固まりに変わりはじめていた。 「貴様のために迷惑していた者たちが解放されるのが我の最高の喜びだ。あの世で仲間にそう告げておけ」 歳三は吐き捨てるように言葉を投げた先、黒い塊は空気の中に溶けるように存在が薄まってゆく。 「消えてしまうのですね」 アヤカシとは何なのか? 本当に生き物なのか? そんな迷いを胸の中にしまって幸乃は戦いの終わりを告げる笛を響かせる。 「んふふふ、満たされる満たされるー」 満足げに細い身体をブルリと震わせる茜火に源三のツッコミが入る。 「先を急ぎましょう、荷物を届け終わるまでは安心出来ませんよ」 アヤカシは倒した事で役割はほぼ果たしたと言ってよいだろう。だが、村人たちの仕事は続く。 「源三ちゃんも堅い事いうねー」 「いえ、堅いとかじゃなくて、拙者はこんなときだからこそ」 明るいが響く、そんな様子をみながら、梓は軽く息を吐く。 今のペースなら、期限には充分間に合うそうだと村人は感謝の気持ちを込めて言う。 自分とそこに関わる人達が幸せを享受できるようにする。そんな世界を護る事が力ある者に与えられた本来の使命なのかもしれない。 |