|
■オープニング本文 ある晴れた昼下がりの道。 「少しでも高く売れれば良いのだけどな」 父がそう言うと少年は無言で頷く。 その家では老齢だが力持ちの黒い牛と若く元気な黒い牛が飼われていた。 力もちの牛の名はスパーチ。眠そうな目をしている事から名付けられ、長い間、家族の一員として生きて来た。 しかし、働き者のスパーチも老いが進み、一家は手放す事を決意する。やはり、牛と人の扱いは違う。 市場へ続く道を父子が牛の手綱を引いてゆっくりと進む。 老齢の黒い牛は自分がこれから何処につれて行かれるのかを知っているかのように、悲しそうに瞳を潤ませている。 「スパーチ、どうしたんだ?」 橋の前で急に立ち止まり、老齢の牛は首を振って、悲しげな声を上げる。 2人がかりで綱を引いて先に進もうとするも、びくとも動こうとしない。 「あつ!」 突然、スパーチは身体を左右に大きく震わせると父子を体当たりで後方に突き飛ばす。そして、信じられない程の脚力で橋の上を駆け十数メートル進んだところで正面に向き返る。 「に、にげた?」 父子が困惑した刹那、水柱が上がり、衝撃音が響き渡る。 橋を構成していた木材が砕片となって父子の周りにパラパラと降ってきた。 川の中から何かが飛び出してきた。 「スパーチ!!」 少年が牛の名を呼ぶ。 傾き、崩れ始めた橋の上で老いた牛は2人の方を見ながらモー・モーと、別れの声をあげる。 2つ目の水柱があがり、今度は銀色に輝く巨大魚の姿がはっきりと見えた。 「アヤカシかっ!!」 巨大魚は空中でくるりと身体を捻らせると向きを変え‥‥、刹那、衝撃波を伴う無数の刃を放つ。 木材が砕ける乾いた音と水をぶちまけたような轟音が響くなか、スパーチの鳴き声はいつの間にかに聞こえなくなっていた。 3度目の水柱が上がる。橋柱が強靭な背びれで抉られた。橋桁が傾きはじめた。 牛に突き飛ばされ、尻もちをついた少年の足先の地面に刃で抉られたような痕が残っていた。 もう少し先に進んでいたら、無事ではなかったかもしれない。 ●冒険者ギルド 「でっかい魚釣りってわけか?」 「そうとも言えるかもしれないけど、少し違うかもですね」 朱真(iz0004)の胸のあたりに視線を向けると胸の小ささに悩みをもつ婦人はちょっと優位に立ったような気持ちで説明を始める。 アヤカシは最低でも3体が目撃されており、水辺に近づく者に体当たりや、刃のような衝撃波で攻撃を掛けて来るという。その威力は牛を一撃で殺害してしまうほどだという。 「どうでもいいけど、あんたの視線が気になるんだけどな」 「いえ、変わった鉄甲をお持ちだとおもいまして‥‥」 鋭いと大粒の汗を流すも、胸に悩みをもつ婦人は冷静に考えて、朱真がそこまでは考えていないだろうと話をはぐらかした。 「ああ、これかぶっ壊れてしまってな。直せるところをしらないか?」 「しりませんね、自業自得のようですから」 あっさりと話題をはぐらかされた上にキツい言葉を投げかけられた朱真は凄惨な姿と化した特殊鉄甲をしまいながら途方に暮れる。 (「仕事してがんばるか‥‥」) そう考えて前に進むしかない。進んだ先にはきっと希望がある。 |
■参加者一覧
無月 幻十郎(ia0102)
26歳・男・サ
御剣・蓮(ia0928)
24歳・女・巫
鍋島 瑞葉(ia0969)
17歳・女・志
胡蝶(ia1199)
19歳・女・陰
王禄丸(ia1236)
34歳・男・シ
細越(ia2522)
16歳・女・サ
忠義(ia5430)
29歳・男・サ
陛上 魔夜(ia6514)
24歳・女・サ |
■リプレイ本文 ●道程 鉛色の空の下。開拓者の一行は問題の川に向かっていた。 「まどろっこしいからって、水に飛び込んだりしないでよ」 「そ、そうだな何か考えないとな」 胡蝶(ia1199)は朱真(iz0004)を指差すと突然に言い放った。 図星であった。壊れかけているとは言っても橋がある。だから直接ぶん殴るチャンスはあると思っていた。 そんな考えを見透かされた事を朱真は悔しく思った。 (「まぁ僅差で私の勝ちだな」) そして胡蝶は洗濯板としか形容できない自分の事を棚に上げると、心のなかで別の事に勝利宣言する。具体的に口に出していればタダでは済まなかったかもだが。 (「少しでも早くかたきを取ってやらないとな」) 細越(ia2522)はアヤカシ発見者の父子の無念さは如何ばかりのものだったかと思いを巡らせる。 依頼人にとっては早く平和な日常に戻れること事。それが何よりも嬉しく、2人を守った牛への供養にもなる筈だ。そう信じて先に進む。 (「牛を一撃で‥‥くわばらくわばら」) 王禄丸(ia1236)はいつも被っている牛の面の下で複雑な表情をしていた。今回牛が犠牲になっているのは全くの偶然ではあるのだが、ふしぎな因縁があると感じてしまうのかもしれない。 橋への接近方法には土手の上を川の流れに沿って進む方法と橋に繋がる街道を進む2通りがあった。今回はそこに意識する者も居なかったため、一行は橋につながる街道を道なりに進んだ。 「まあ、アレですよね。交通の便が図られねぇと俺としても困ると申し上げるっつーか、なんつーか」 奥歯に物を挟んだような言い回しで口をモゴモゴさせているのは忠義(ia5430)だ。その横柄な態度にイラッときたのか朱真がプリプリとした様子で路上の石を蹴ると僅かに土煙が舞った。 道幅は6m程、砂利や砂が踏み固められている様子から普段はそれなりに人や物が行き来しているのだろう。 陛上 魔夜(ia6514)は畑の広がる風景を見渡しながらジルベリアにやって来た事を実感する。 「少し寒いような‥‥そういえば、そろそろそんな季節でしたね。もう一枚、羽織るものを持ってくるべきでしたか‥‥」 そう呟きながら、道の両側の畑に点在する積み藁に視線を止める。それらは先端が尖った家のような形に整えられており、脱穀が済んだ藁を保存するためにそうなっていると思われた。 ●橋へ 「分かりきった事だが、壊れかけた橋、水の中は見えない、はっはっはっは、問題だらけだな」 無月 幻十郎(ia0102)が明るい声で笑い飛ばす。 「さて‥‥水の中は厄介ですね‥‥」 御剣・蓮(ia0928)は神妙な面持ちで呟く。瘴索結界で確認できる範囲は半径20m程度と狭いことが懸念だ。 「あれじゃないか? 問題の橋は」 幻十郎は道の先に見える橋を指差した。 「み、みなさん」 鍋島 瑞葉(ia0969)が皆を呼び止めた。 「不束者ですが何卒よろしくお願い致しますね」 アヤカシとの戦闘は今回が初めてだという瑞葉はそう言うと丁寧に頭を下げる。 最悪でも味方の足を引っ張らないように、出来る限り役割を果たしたいという前向きな気持ちからでた言葉だった。 「まぁ作戦どおりできれば、なんとかなるっスよ」 根拠があった訳ではないが、忠義が軽い調子でそう言うと、 (「未熟なれど、どこまで通用するものか‥‥試させていただきます」) 魔夜もやれるだけの事はやろうと気合いを入れる。 「自分に出来ることか‥‥」 真摯に問題に立ち向かう若い開拓者の姿を見ながら、王禄丸は仮面の下で呟く。 「まだ、気配はありません」 瘴索結界を発動した蓮の身体が淡く光っているように見える。水辺までの距離は遠くまだアヤカシを捉える事はできないだろう。 蓮の言葉に一行は頷き合うと、武器を構え、無造作に川の方向へと進みはじめる。 「あ、皆さん」 魔夜は言いかけた。 できれば敵に気付かれないように、そっと近づきたいと思っていたからだ。 「皆の作戦に従いましょうや」 忠義が屈託のない調子で言う。 「どうした、怖じ気ついたか?」 王禄丸もまた自分よりも怖いものなどそうは居ないだろうと魔夜の方を見る。 まだ堤防の手前だ。水辺までは50メートル以上離れており、心眼を使うにはまだ早い。 「い、いえ、なんでもありません」 見通しの利かない川の中で潜むアヤカシはどうやって獲物を探知しているのだろう? 足音が探知されるという可能性を認識出来ていれば皆を説得出来たかも知れない。しかし確固たる理由もなく、慎重に近づくべきであると先輩達に主張する事は出来なかった。 対照的に壊れ掛けた橋の上での戦いは危険だろうという幻十郎の意見は皆が受け入れられ、一行は橋には足を掛けずに河川敷に降りてゆくのだった。 河原と川の境目は明確で、水の流れる部分はすぐに深くなっているように見える。 風が吹いた。 次の瞬間、耳障りな轟音とともに水柱が上がった。銀色の魚の姿がはっきりと見えた。 (「やりにくいわね‥‥」) 蓮は瘴索結界が瘴気を捉える前に怪魚が現れた事に苛立を感じながらも、すぐに次の段取りへと気持ちを切り替える。 「さて皆様、用意はよろしいですね? 幻十郎様、細越様お願いいたします!」 蓮がそう言った時には細越は番えた矢を放っていた。 水辺から距離にして40m程度。衝撃波を伴う刃が一行の頭上から降り注ぎ地に傷痕を刻む。 だが、同時に細越の放った矢が飛び跳ねた巨大魚の鰭を弾き飛ばす。 続けて胡蝶が呪殺符を取り出すと、それは禍々しい姿をした毒虫の姿に変わり怪魚に襲いかかる。 「ふん! 面白くも無いわね」 位置取りをする猶予もないまま戦いは始まった。 続けて川の中央付近で2本の水柱が上がり、再び無数の刃が降って来た。 「牛を一撃で屠る衝撃波‥‥凄まじいものですね」 幸いにも誰にも当たらなかった。だが、地面に刻まれた痕から魔夜はそれが自分の持つ太刀の一撃に匹敵する威力がある事を容易に想像した。 怪魚の放つ攻撃が永遠に外れ続けることは無い筈。同じ場所から動かないのは危険だ。 「忠義、跳ねた直後に『水遁』を打てる?」 胡蝶が思いついたように言う。 問題ないと頷く忠義に、胡蝶はそれじゃ頼むわねと一方的に告げると水辺との距離を目測しながら駆けはじめる。 先に駆けはじめた王禄丸は幻十郎とともに川縁に向かいながら心眼を発動する。 「4体は確実だな」 川全体を把握出来た訳では無い。だが、数が大幅に増えることは無いだろう。 「ふむ、そうか」 幻十郎は頷くと、間近に王禄丸、その他のメンバーもそれぞれに位置取りをした事を確認すると、呼吸を整え、大気を揺るがすような雄叫びを上げる。 刹那、2つの水柱が上がり、2人を含めた一帯に刃が降り注ぐ。 直後に忠義の発動した水遁の水柱が蛇のよう立ち登り怪魚の姿勢を崩す。 「大丈夫か?」 「火蝶! 雷蝶! 行きなさい!」 王禄丸は攻撃の射線に割り込み後衛を護るつもりでいた。 しくじった。そう思っ振り向くと、胡蝶が呼び出した2体の式から炎の輪と稲妻がほぼ同時に放たれて、怪魚に向かって飛翔を開始する。 次の瞬間、胡蝶の開かれた口からごぷっと血が溢れ出た。 胡蝶が膝を付き崩れ落ちるまでの刹那に怪魚が再び水の中に落ちる轟音が響く。 どちらの式が効果的であったかを見極める間もなかった。だが、怪魚の1体は白い腹を見せて、湯気のような瘴気を漂わせながら下流へと流れてゆく。死んでいると判断してもよいだろう。 充分な成果だった。 だが、胡蝶を直撃した形の無い刃は下腹部に突き刺さり腹膜を突き破っていた。溢れ出た血が河原の乾いた地面に黒い潤いを広げてゆく。 「ここは私に任せて」 蓮が膝を着く胡蝶の背に手を回し仰向けに体重を支えると、風の精霊の力を借りて傷を癒しはじめる。 (「これは‥‥ひどいわね」) 胡蝶は喉元にまで込み上がる痛みを叫ぶ声を押しとどめている。一回では到底癒しきれない。 刃の一撃は胡蝶の生命の殆どを消し飛ばす程のものだった。身を護る手だてが皆無であることが致命的と言えた。蓮はそんな胡蝶の額の汗を拭いてやりながら、なだめるように癒しの術を重ねてゆく。 護れなかった。癒してやる事も出来ない。王禄丸はそんな事実を噛み締めて羅漢の柄に力を込める。 怪魚の背びれが鮫のように水面から突き出ていた。潜っていればまず見えないが水面近くならば話は違ってくる。 間抜けな敵だ。 王禄丸は背びれを目印に、近づいて来た怪魚に渾身の力を込めて羅漢を突き下ろした。 既に2体の怪魚が倒された。 幻十郎の咆哮が効果を見せた事は、開拓者側に戦いの主導権を一気に引き寄せた。 但し、魚の形をしたアヤカシが、水を出て地面の上を歩く事はない。 「そこです!」 瑞葉は素早く脚を踏み出すと水面から覗く怪魚の背びれを目がけて業物を振り下ろす。 瞬間、ダメージを受けた怪魚は空中に飛び上がり無数の刃をまき散らす。 「くっ!」 瑞葉は間近から繰り出された凶刃をショートソードで受け流そうとするも間に合わない。 怪魚が重力の加速を活かして再び水中に潜ろうとした刹那、水柱が立ち登る。 忠義の水遁だ。 「我が矢、その身で喰らうがいい」 不意を突かれた怪魚を奇妙な姿勢のまま空中に放り上げられ、細越が繰り出す矢の餌食となる。 「瑞葉!!」 全身に直撃した刃は胴巻の草摺を切り落とし全面をボロボロに切り刻んでいた。 「これがなければ危なかったですね」 見た目程は深刻なダメージに至っていなかった。そして、朱真が形成させた治癒符によって身体の傷は瞬く間に癒される。 安価なものであっても鎧を身につけている意味は大きいのだ。 「はっはっはっは、さぁこっちだこっちだ」 魔夜の咆哮に引き寄せられる怪魚に幻十郎は思わず声を上げる。 心眼や瘴索結界に頼らなくとも咆哮に誘われた怪魚の動きが、水面から突き出た背びれで手に取るように見える事はある意味愉快とも言える。 そんな怪魚に忠義は容赦なく水遁を繰り出すと、 「今度はこっちが馳走するぜっ! 遠慮なく喰らえ!」 続けて幻十郎は、空中に飛び上がった怪魚に向かって最上段に構えた『河内善貞』を振り下ろす。 怪魚は刃を繰り出す前に、真っ二つに切断されると水中に没する。 傷の癒えた胡蝶が戦列に戻って来た。 ここまでで、合計3体の怪魚を倒されていた。 「私のことはいいから、早く終わらせましょう」 すでに大局は決したとはいえ、再び直撃を受ければ命も危ないかもしれない。だが、死の恐怖よりも負けたく無い気持ちが勝った。そして、誰独りとして今回の戦いで引く事を想定していた者は居なかった。 この後、一行は加えて2体の怪魚を倒す。 そして、蓮の瘴索結界を頼りにするほか、念のためにと、壊れかけた橋を渡り対岸からも咆哮をあげてみる。しかし、近寄ってくる怪魚は居なかった。 「もう、居ないようですね」 瘴索結界からは瘴気の存在は認められなかった。倒された怪魚の残骸は下流に流されて残っていない。残骸も下流のどこかで消滅するだろう。 怪魚が好戦的であり、己が能力だけで戦いを挑んで来た事は開拓者達にとって僥倖であり、そんな好戦的な怪魚が姿を見せない事は『居ない』と判断するのに充分な根拠だ。 こうして開拓者達の見事な活躍によって、全ての怪魚は討ち取られ、街道に掛かる橋は平穏を取り戻した。 ●終わりに 戦いの後、一行は依頼人の村を訪れ討伐完了の報告を行った。 村の子ども達は王禄丸の特異な自身の特異な外見に興味を示し近づいてきた。 「私かね? 眷属の仇討ちに来た化身か何か、じゃないかな」 王禄丸は道すがら、そんな事を言って子どもをからかってみせる。 一方、細越や胡蝶はアヤカシの第一発見者の家を訪れていた。 「そうでしたか、そんなに沢山のアヤカシが潜んでいたのですか」 5体ものアヤカシが居たにも関わらず、犠牲が老牛一頭であった事は不幸中の幸いだった。 「スパーチは最期まで本当に働きものだったよ」 その牛は主人を庇ったのでしょうと言う胡蝶に主人はそう言うと、熱いお茶を勧める。そして、スパーチという名が『眠そう』という意味である事や自身の結婚のエピソードなども交えて懐かしげに語るのだった。 そんな話を聞きながら、細越は自分が考えていた程は家族の悲しみは深くは無いようだと感じる。 牛の通常の寿命は15年程度だと言われる。スパーチは12歳だったと言うから残された時間は短かった。 人ならば最期まで看取られるが、裕福ではない農家で働けなくなった家畜を最期まで看取る事はまず無いだろう。 食肉として売られる運命を知りながら自然な行為として他人の為に一生を捧げた一頭の牛の生き方に、細越は貴高く生きる事の意味をみせられたような気がした。 |