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■オープニング本文 赤と白とは限りゃせぬ 庭に似合うは どの色ぞ ●乙女の園の目付役 北面は仁生にその詰所はある。 女性有志で結成された非公式の北面諸隊、花椿隊。 冷泉家の姫を隊長に戴くこの隊を構成するのは、目付役の老爺を除いて殆ど一般家庭の婦女子だ。貴族の姫君に大店のお嬢様、町娘も出入りしている。 前線で戦ったりはしないけれど、慈善活動から近所のお悩み解決まで何でも対応してくれる。女性らしい細やかな諸隊だと仁生っ子達が好意的に認知している、乙女の園なのであった。 入梅前のある日、開け放した障子の向こうに庭を臨み、目付役は七宝院 鞠子(iz0112)の話に耳を傾けていた。 「‥‥ほう、姉上様にお会いなされましたか」 はい、と微笑む鞠子の様子が何とも愛らしい。幸せを態度に出せる素直さを、老人は良い事だと思った。 鞠子の姉は七宝院傍家の一ノ姫、人前に姿を現さぬ事で有名な今輝夜である。深窓の姫が外部との接触を持たない事は珍しくない事だが、家族とも顔を合わさぬ姉姫は筋金入りの箱入りで、鞠子はこれまで話もした事がなかったと聞いていた。 「お優しい、涼やかなお声をしていらっしゃいました」 乳母を通してでなく直接言葉の遣り取りをしたとか。世の噂では鞠子を成らせたような美女との触れ込みだが、扇で顔を隠しており未だ直接顔を合わせはしていないのだとか―― 花椿の娘達が聞けば根掘り葉掘り質問攻めにして困らせるであろうなと、目付役はほんの少し苦笑して庭へ視線を向けた。つくばいの下に這う露草が青々しい。 「良う、ございましたな」 鞠子に向き直り、相談相手は微笑した。 ●庭木に薔薇を いつもながら詰所は賑やかだ。北面訪問のついでに立ち寄った開拓者達を交えて、花椿の娘達は何時ものように手仕事をしたりお茶を飲んだり、情報交換したりと忙しい。 お茶請けにと出されたものに鞠子は目を細めた。淡紅色を留めるそれは砂糖をまぶして乾燥させた花弁、薔薇の砂糖漬けだ。口に含むと花の香りがふわりと立った。 「これは店で購ったものですが、いつか自家製の砂糖漬けをお出ししますわね」 商家の娘がはにかんで言った。 薔薇にも色々あるが、娘の家では観賞用の色様々な薔薇は勿論、可食薔薇の挿し木も始めたらしい。所謂金持ちの道楽である。 「自家製の? それは素敵ですわ」 「薔薇を育てて? お姉様のおうちは凄いですのね!」 艶やかかつ可憐な薔薇を好む少女は多い。薔薇の繁る庭を空想してうっとりする少女やら、実際に栽培を妄想する少女やら、どうやって育てるのか尋ねる少女もいて、父親の趣味なのに商家の娘は質問攻めだ。 「えーっと‥‥割と簡単そうでしたわ? 枝を挿すだけでしたもの」 今度父に分けて貰って来ましょうと安請け合いして、娘は詰所の庭に目を向けた。紫陽花にはまだ少し早い詰所の庭は、躑躅がそろそろ終わりそうだ。 「詰所にも薔薇を植えませんこと?」 娘に釣られて視線を遣った少女達の、誰が言い出したかは最早分からない。 良い事を思いついたとばかりに異口同音言い始めて、誰とも無しに賛成して。気付いたら薔薇を植える事になっていた。 「ねえ、じじさま、かまわないでしょう?」 「おお、構わぬぞ。他の植物と喧嘩しないように植えてやるがいい」 年少の娘に許可を求められ、目付役の老爺は笑顔で応じた。 そうなると後は早い。騒々しく挿し木する薔薇の種類を決めた後、商家の娘は店へ使いを走らせた。午後には丁稚が穂木を届けに来るはずだ。 たまにはこういう午後も良いだろう。開拓者達は訪問の成り行きで園芸に付き合う事になったのだ。 |
■参加者一覧
玖堂 柚李葉(ia0859)
20歳・女・巫
礼野 真夢紀(ia1144)
10歳・女・巫
玖守 真音(ia7117)
17歳・男・志
ニノン(ia9578)
16歳・女・巫
紺屋雪花(ia9930)
16歳・男・シ
明王院 千覚(ib0351)
17歳・女・巫
長谷部 円秀 (ib4529)
24歳・男・泰
御簾丸 鎬葵(ib9142)
18歳・女・志
音羽屋 烏水(ib9423)
16歳・男・吟
ブリジット・オーティス(ib9549)
20歳・女・騎 |
■リプレイ本文 ●黄薔薇 北面・仁生は花椿隊詰所の午後。 「挿し木が発根してるのがいいらしい‥‥ああ、これだな」 中庭に筵を敷いて真剣に穂木を餞別していた玖守 真音(ia7117)が、穂木の切り口が盛り上がっているのを見つけて歓声を上げた。切り口の変化を興味深く覗き込む鞠子の後ろからニノン・サジュマン(ia9578)が、ぽふりと帽子を被せて言う。 「姫も帽子を被らねば焼けてしまうぞ」 「‥‥に、のんさま?」 振り返った鞠子の視界に入ったニノンは口元に手拭を巻いて帽子を被った似非アル=カマル装束で。 思わず首を傾げた鞠子を正面向かせて、ニノンは帽子のリボンをあご元で結んでやった。 「日焼けは乙女の大敵じゃぞ?」 「まあ‥‥日焼け、ですの?」 「そうですね、鞠子様はお肌が白いですから‥‥赤く腫れてしまっては大変です」 明王院 千覚(ib0351)が縁側に出て鞠子の襟元に手拭を差し挟んで言うと、妹分の礼野 真夢紀(ia1144)がお茶の仕度を続けつつのんびり突っ込んだ。 「そういう千覚さんも色白ですよ」 千覚と真夢紀、いずれ劣らぬ餅肌だ――というより詰所にいる人間の殆どは女子、しかも花も恥らう年頃の娘達ばかりで。 他愛ない遣り取りを和やかに聞きつつ中庭へ入って来た長谷部 円秀 (ib4529)が、抱えていた道具箱を下ろして和やかに言った。 「いっそ皆さん帽子を被っておしまいなさい」 皆等しく乙女なのだから。青年に女子と扱われた花椿の娘達はほんのり頬を染めて、いそいそと帽子だの手拭だのを庭弄り隊に提供し始めた。 濃い色合いの手拭を選んで口元に巻きつけるよう促すニノン。ほどなく似非アル=カマル姿だらけになって、誰が誰だか謎な集団の出来上がりだ。 「皆さん、その格好は‥‥」 「見た目は暑苦しいがな、意外と涼しいものじゃ」 水盥を運んできた佐伯 柚李葉(ia0859)がぎょっとする。次いで吹き出した柚李葉にニノンは事も無げに言ったものだった。 穂木では分からぬが、薔薇は黄色の花が咲くという。 そっと穂木を地に挿して、御簾丸 鎬葵(ib9142)は瞼を伏せて祈った。 「綺麗に花開きますように‥‥」 再生し始めた根が地に根付き、養分を糧にして美しく生長しますようにと願いを掛ける。 (「いつかまた、この地を訪れた時に今日の事を想えますように‥‥」) 今日の思い出を未来で想う、それはきっと幸せな事だから。 ひと枝手に取った紺屋雪花(ia9930)、見た目では判断付きかねるその穂木が己の知る黄薔薇の品種と同じであればと健やかな生長を願いつつ地に挿した。 「私が知っている品種だったなら強健で、実は茶にも油にもなろう」 「雪花さまは花にお詳しいのですか?」 鎬葵の隣で雪花の白い手元を見つめていた鞠子が顔を上げて訪ねた。鎬葵も瞳を興味深く輝かせて雪花を見て微笑んだ。 「私の故郷では成育していない植物でしたので、実際に目にするのは初めてなのです」 これからの生長を心待ちにしている少女達に、少女の成りをした少年は花が好きなのだと応えた。 「一番好きなのは桜だが、薔薇も好きだ。美しく、香りも良い」 先日、食用薔薇の加工も体験してきたのだと聞いて、花椿の娘達も興味津々聞き耳を立てて、うっとり溜息など吐いている。 「わしは見た事ないが、綺麗なんじゃろうなぁ」 縁側で三味線の調弦をしていた音羽屋 烏水(ib9423)が、背の羽根をぱたぱたさせて言う様子が剽軽で、庭の娘達はころころと笑い声を立てた。 三味線を置いて庭へ出て来た烏水にも穂木を渡して、千覚は円秀と支柱の相談。薔薇は育つ過程で支柱に添って生育すると聞いたとか。 「アーチにもなるよとの話を聞いて‥‥華の門になると素敵ですよね」 「半円形ですか‥‥やってみましょう」 細工に使えそうな竹などの材料はあったから、枝葉をしっかり支えられるような形状のものを立ててやれば――あるいは。 円秀は竹を曲げたり束ねたりの作業を始めた。助手はブリジット・オーティス(ib9549)だ。 「力仕事なら、お役に立てます」 同年代の少女達と過ごすよりも武術馬術に明け暮れてきた騎士家系のブリジットにとって少女だらけの世界はどこか気後れしがちな場所で、どちらかと言えば希少な男性陣に近い立場の気分だ。それだけに女子会よりも力仕事の方が気楽に感じられる。 (「浪志隊の騒動から離れて、息抜きのつもりだったのですが‥‥」) 神楽で起こっている一連の騒動に気疲れした果てに訪れた場所は、別の意味で気疲れしてしまいそうだ。 「日々戦いで過ごしていると、別世界のようですね」 割いた竹を紐で縛りながら、円秀は人好きのする笑顔で言った。 円秀の身体のあちこちに膏薬や包帯が巻かれている。普通の人であれば死していたかもしれない修羅場を、彼もブリジット達も渡り歩いて来ていた。 (「戦場働きで生きるよう教えられて、開拓者ギルドに所属して」) 花椿の娘達のような生い立ちではないかもしれない。だけど心根の優しさに志体の有無は関係ない。 「上手く芽が出るといいですね」 ブリジットはぽつりと言った。彼女の記憶にある挿し木は決して簡単だとは言えないものだったから、心配なのだ。 穂木を運んできた丁稚は詳しい事を知らなかったし、話の発端となった花椿の娘も親の庭弄りに精通している訳でない。芽が出ても枯れてしまう事だってあるし、枯れてしまっては勿体無い。何より少女達ががっかりするさまなど見たくはなかったから。 そうですねと円秀は不器用な娘に柔らかく笑んだ。 挿したばかりの穂木の傍へ竹細工の半円を立てたが、生長前でもあり未だ物足りなく感じられる。 いずれ支柱を覆うばかりの花門となるだろうか。 「穂木が上手く根付いて、アーチになって‥‥このお庭の新たな名所になるといいですね」 健やかにな生長を祈りつつ注水する一同は千覚の言葉に黄薔薇が繁る花門の幻を夢見る。庭へ出た真夢紀にあまよみを任せ、柚李葉は鞠子に向き直り微笑した。 「鞠子様、久しくお会いしない間にとても、とてもいいお顔をされるようになりましたね」 「柚李葉さま?」 ほっとしたという柚李葉の表情も和やかで、鞠子の微笑を誘う幸せに彩られている。杓子を手に地面へそっと水を含ませていた真音が茶々を入れた。 「佐伯の姉様も、いい顔してるぜ!」 「真音さんこそ。お子様の誕生おめでとうございます」 互いに近況を伝え聞く間柄の真音と柚李葉、どちらも慶事があったらしいと皆が興味深く聞き耳を立てるまでもなく、真音は朗らかに報告した。 「そうなんだ! 俺、去年の秋に娘が生まれたんだ!」 年上の妻との間に第一子誕生。父となった若者に次々と祝辞の言葉が掛けられて話は尽きる事がない。 そこへ、お茶の仕度ができましたと中で呼ぶ声がした。 ●乙女の内緒 餡玉が透けた涼やかな寒天饅頭が並んだ器を卓に出し、真夢紀が言った。 「陽気によってはもう冷たい物が美味しいですもの」 「今日は少し暑いからのう、旬の琵琶とサクランボで作ったジャムを包んだ白玉を作ってみたのじゃ」 ぽってりした小鉢に艶やかな白玉をよそいつつ、ニノンが同意した。小鉢には牛乳が満たされており、白に白玉の組み合わせの仕上げにミントの葉を乗せれば、何とも涼しげかつ愛らしい仕上がりだ。 花椿隊の茶会は巫女の参加率が高い事もあり、夏場に冷えた茶菓子を供される事も珍しくない。庭弄りの間に他の冷菓も一緒に冷やしておいたから、どれも良い具合に冷えている。 氷を削ればカキ氷にもなる。持参の白玉はトッピング用にと千覚はせっせと氷を削って樹糖を溶いたシロップを垂らす。 「薔薇の砂糖漬けを散らしてみては?」 「干し棗はどうだ?」 真音が掻いた氷に棗を添えて真夢紀が薔薇の花弁を散らすと、特製カキ氷の完成だ。 女子ばかりの諸隊、常に少女達が屯している場所には酒より甘味がよく似合う。 草に黄な粉、みたらしも。着替えを済ませてさっぱりした円秀が用意した団子は何処かほっとする味わいで、新茶にも水出し緑茶にもよく合った。 歓声を上げる少女達のあどけない様子をにこにこと眺める目付役に新茶を勧めて、柚李葉は微笑んだ。 「お茶請け‥‥色々なお味があって、お家ごとの味ってあるんですよね」 「そうじゃの、家ごとに味も拘りも、思い出もあろうな」 例えば水割りシロップを皆に勧めている真夢紀。氷砂糖で漬けてみたのだという青梅は、彼女の生家から送られてきたものだ。 梅雨の合間の晴れ間はもうすっかり夏の陽気だ。円秀が梅シロップを喉に落とす。力仕事の後に甘味と酸味が心地良い。 「あたしの地元じゃもう梅を収穫できますの」 ちょっぴり自慢げに言って、三姉妹の末娘は生家に残った姉二人に思いを馳せた。 虚弱な長姉としっかりものの次姉、そして真夢紀。三姉妹は仲が良かった。 (「ご姉妹なのに‥‥」) 鞠子は、つい先日初めて姉の声を聞いたのだとか。聞いたのは声ばかり、姿を見るは言わずもがなで、そんな状態は真夢紀には想像も付かない事で。 (そんなのだと、ご家族の好みなんか知らないですよね‥‥) 姉達が摘み取って送ってくれた青梅に視線を落とし、鞠子の境遇を寂しく思う真夢紀である。 当の鞠子は鎬葵と飾り紐を結びながら料理上手達の話に耳を傾けている。 「神楽に出回るようになったら、果実酒を仕込んでみましょうかね」 「梅シロップに梅酒‥‥菓子にも使えるのう、ジャムにしても良いの」 青梅の涼しげな色合い、爽やかな酸味と糖分は、どんな甘味へと姿かたちを変えるだろう。人の手を経て滋味を増す旬の食材、手間隙掛けた末に到達する美味への想像は何とも心躍るものがある。 「ほほう、梅の菓子かの!? それは楽しみじゃっ」 べべん。円秀とニノンの会話に烏水がわくわくと三味の音を乗せた。 「鎬葵さま‥‥こうですか?」 鞠子が打紐を交差させて鎬葵に問う。逆に交差していたのを直してやって、鎬葵は皆様も如何ですかと声を掛けた。 「扇子や太刀飾りなどにも使えましょうし、蜻蛉珠など飾りに通しても素敵だと思いますよ」 私も兄上にひとつ、とこそり呟く兄想いの鎬葵。 大切な人へ、あるいは自分用に――結びは縁、繋がりを表すものだから。 「飾り紐か、それもいいなあ」 こっそりと鎬葵に耳打ちする真音。目付役の飾り紐を依頼した彼が内緒で手掛けているのは目付役への感謝を綴ったカード作りだ。手元で黄色の折り紙を弄びつつ、表向きは愛娘にメロメロの新父の話で盛り上がっている。 「絵姿、見るか? 俺と奥さん足して2で割った感じの美人だぜ♪」 「真音兄様に似ているのでしたら、お可愛らしいのでは‥‥? きゃあ、可愛い!」 「この辺りが真音様に似てませんこと?」 赤子の絵姿にきゃいきゃい騒ぐ花椿の娘達に紛れて、茉莉花茶のクッキーを咥えた真音は黄色い薔薇を折り上げると、至ってさりげない風で葉っぱ型のカードを皆に配っていった。 「どれどれ、この爺にも見せてくだされ」 「お、おじじ様!?」 焦って微かにクッキーを膝に散らしたものの、素早く折り紙の薔薇を隠して目付役に絵姿を差し出した。 「ほう、これは愛らしい‥‥や、将来はさぞ美しくなられよう」 目尻を下げる目付役。大丈夫だ気付かれていない。その間に密命を帯びた隊員達はそれぞれの手仕事の影で目付役への感謝の言葉を書いてゆく。ニノンが鞠子に目配せして囁いた。 「おなご同士の秘密は楽しいのじゃ♪」 「ほんに‥‥」 頷く鞠子に、時にと話を変えるニノン。姉姫と言葉を交わしたと伝え聞いたのじゃがと曙と称する姫の顔を覗き込み、笑顔をほころばせた鞠子に安堵する。 「良かったのう、姫」 「これから少しずつでも姉妹の絆を深めて行けるといいですね」 世間の姉妹関係とは随分違う七宝院家の様相だけれど、それでも姉妹の心が通い合ったのであれば重畳というもの。 御山の桜に捧げる歌舞音曲、平和への願い、そして各々の想い。御簾越しに交わされた姉妹の会話は実に他愛ないもので、それだけに何気ない幸せが鞠子の声音に滲み出ている。 乙女達のさえずりを円秀は笑顔で聞いている。新茶の水羊羹に楊枝を入れて、飾り結びや手仕事に熱中する少女達をにこやかに眺めた。今日だけは物騒な話は無しで、互いに楽しいひとときを過ごせればいい――そう思いながら。 ●花椿の父へ 乙女達が無邪気な秘密を共有している間も一大企画は進行している。 「おじじ様」 やがて仕度が整った頃――真音に呼ばれた翁の瞳が見開かれた。 そこにあったのは、黄色い薔薇咲く一服の画。 色紙で折られた薔薇の花には青々とした葉が繁り、色紙の葉には花椿の娘達や開拓者達からの言葉が書き添えられていた。 目付役の翁は感極まった様子でその一枚一枚に目を通している。 ちょうどそこへ雪花が厨房から作りたての枝豆ぷりんを持って現れた。 「目付役殿は愛されているんだね。俺からはこれを。さっぱりした味わいだよ」 そっと近付いて差し出せば、千覚は薔薇の模様を石鹸に彫刻して花椿の父に。削った欠片も無駄にせず、小さな巾着に入れて香袋に仕立ててあった。巾着に施された薔薇の刺繍は烏水の発案だ。 「これからも末永く元気で、私達を見守ってくださいね」 「庭の薔薇が咲くのはまだ先じゃが、皆の薔薇は美しいのう」 嬉しげに目を細める翁の耳に烏水が奏でる三味線の調べが楽しい。三味の楽に柚李葉の笛と鞠子の筝が加わり、茶会は益々華やかになった。 そんな賑やかな様子を眺めてブリジットはぼんやり考える。 (「世の父親というものは、皆ああいうものなのでしょうか‥‥」) 目付役の立ち位置に己の父親を置き換えてみる。喜ぶ父というのが想像できない。 女子らしい育ち方はしていないと思う。ゆえに同年代の少女達とこのような機会を持った事自体が初めてなのだが、目付役の存在は彼女に父性を考えさせる事にもなった。 三味線を掻き鳴らしつつ、父に想いを馳せる烏水。 (「‥‥父様は元気にしておるかのぅ」) 厳しい人だった。家出して随分経つが息災にしていようか。早く腕を上げ、胸張って帰宅できるようになりたいと、烏水は撥に気合を入れた。 「また、こうして皆様にお会いしたいのですが、宜しいでしょうか?」 控えめな問いかけは鎬葵。楽の音を表情を綻ばせて聴いていた彼女の願いを拒む者などなく、新たな友人の誕生に喜ぶ者ばかりだ。 ニノンは庭へ目を向けた。 「黄色の薔薇、か」 花言葉や色に纏わるいわくなど、人は物に意味と願いを持たせるものだ。黄色に籠められた意味合いは『なりたい自分になる』だとか。 (「曙姫や若い娘たちの集まる場所にふさわしい、前向きな色じゃな」) いつか花開く蕾達を思い浮かべ、ニノンは優しく微笑んだ。 |