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■オープニング本文 伝説の武器がある。 物語の中に出てくる勇者にしか抜けない剣やら、一振りで野火を払っただのといった、神秘に過ぎる尾鰭が付いた最強の武器の事ではない。 シノビがシノビの為に造る現在となっては現存も曖昧な――暗器と呼ばれる武器の存在の事であった。 ●猛暑来たる 天儀歴1012年、夏。 陰殻は名張の里に強い日差しが照りつける。段々畑へ水を運ぶ民の姿が痛々しいほどだ。 「今年も厳しいかのう‥‥」 懸命に水を運ぶ民の姿を遠目に見、里長の名張 猿幽斎(iz0113)は呟いた。 陰殻の地は耕作に適しているとは言い難い。苦労して苦労して――育てた末に収穫できるのはほんの僅かだ。おまけに他国へ輸出できるような産出物もない。 国全体が貧しい国、陰殻。痩せた土地、枯れた資源。国内で得られる収穫だけでは民を養う事など到底できはしない。そんな過酷な生活環境でありながら、陰殻の民からは殆ど餓死者というものが出なかった。 陰殻の輸出物は人である。 民そのものを他国へ派遣する。傭兵、諜報員、色子に女郎――物として人を送り出す事で収入を得、国民を養う。それが陰殻の遣り方だった。 杖を支えに畑を見遣り、猿幽斎は溜息をひとつ吐く。そのさまはまるで隠居爺のようだったが、控えていた直属の中忍には爺らしい振りをしているようにしか見えなかった。 「笑ン狐や」 「‥‥長、何度も言わせてもらいますが、俺の名前はエンコやなくてショウコです」 神妙に控えている癖に、お約束の突っ込みは忘れない中忍――笑狐は早い事用件を切り出してくれまいかと、湯気立たんばかりの地面の間近で顔を伏せたまま考えていた。 ●裏千畳 「さて、お主を呼んだのはほかでもない」 日陰に移動した猿幽斎は笑狐を招き寄せて言った。割れの出た陰殻西瓜を切り分けて、自身は当然として配下の笑狐にまで振舞った――これは相当機嫌が良さそうだと、笑狐は内心身構える。 これは何かの前触れだ。でなければ笑狐など下僕に奴隷、吝い爺ィの猿幽斎が、割れとはいえ貴重品の陰殻西瓜を分けてくれるはずがないではないか。 「どうした。食うて良いのじゃぞ?」 遠慮していると取ったのだろう、優しい言葉まで掛けてくる。恐る恐る切れ端を手に取ったところで、漸く猿幽斎は本題を切り出した。 「裏千畳という集団がおっての」 「陰殻に、ですか?」 笑狐は素早く記憶を辿った。現存する里の中に裏千畳という名の里はない。余程周到に潜んだ隠れ里なのだろうか。 猿幽斎は頷くと、表には出ぬ国が秘する特殊組織なのだと説明した。曰く、陰殻シノビの武器製造を担ってきた一族なのだと言う。 「四大流派どの組織にも属さぬ、完全な中立組織じゃ」 依頼があれば武器を造る。依頼人の望むままの武器を造る。同じ武器でも流派ごとに微妙な癖があったり、また個人が独自の工夫を付け加える事もあったから完全な特注品だ。 シノビの得物を造る仕事だけに守秘が原則。裏千畳の者は己が請けた仕事内容を墓場まで持って行くのを掟とし、シノビ達も裏千畳を狙ったりはしなかった。抜け駆けたが最後、他流派から全面攻撃されるのが目に見えているからだ。 シノビ達は互いに牽制し合い、裏千畳不可侵の不文律の下、時は流れた。 「儂のこの杖は、昔誂えたものじゃ。開拓者共が居らなんだ頃じゃて、五十年以上は前になるかのう」 己が身に立てかけていた杖を示す。それが仕込み剣である事は、笑狐をはじめ里の有力なシノビ達は知っている。 五十年以上前――初老に差し掛かった猿幽斎が裏千畳の刀匠に作らせたものだと言う。 「笑ン狐」 里長に呼ばれて、笑狐はいつものように訂正しようとした。 だが、その言葉を飲み込んでしまったのは、続いた言葉に呆然としたからだ。 「お主、裏千畳に暗器を誂えて貰え」 尤も、現在では名も知られていないほど隠蔽された集団である。それに少々手順が厄介だった。 「裏千畳は中立じゃと言うても攻めようとする阿呆が居っての、奴らに依頼するには手順が要るのじゃ」 「手順ですか」 「うむ。笑ン狐、まずは裏千畳の繋ぎ役を探せ。奴らは正体を隠して伊宗と根来寺に潜伏しておる」 街中に潜む繋ぎ役を見つけ出す事。それが発注の為の第一の試練だ。 ただし潜伏している街以外の情報は一切ない。性別年齢職業等々、一切不明だ。笑狐は生唾を飲み込んだ。海に落とした釣針を探せというに等しい難題ではないか。 「繋ぎ役と話が付いたらば、刀匠の許へ案内してくれるじゃろう。刀匠の眼鏡に叶えばお主の暗器を作ってくれよう」 発注者に足るシノビだと認めた者にしか武器は造らない――それが裏千畳の言い分なのだ。 眼前の里長は、かつてこの試練を乗り越えて暗器を手にしたのか。笑狐は陰殻国有数の長寿者を呆然と見た。 「開拓者と呼ばれる者達がギルドを設立して今年で丁度五十年になる。この五十年の間に世界は変わった。志体持ちが多く集まる開拓者ギルドの活躍は、めざましい」 裏千畳は現在の陰殻シノビ達を試しているのだと猿幽斎は言った。百にひとつの出生率とも言われる稀な体質、志体を持つ者が大勢活躍する時代、裏千畳武器を手にするに足る陰殻シノビはもう居ないのではないかと。 笑狐には志体はない。所持者に比べ身体的に劣るため中忍に甘んじているが名張のシノビだ。かつて裏千畳が武器を造ってきた陰殻シノビだ。 お前は開拓者と誼があったなと猿幽斎は淡々と続けた。 「笑ン狐よ。開拓者と共に裏千畳を探せ。己が試練と共に、開拓者達が裏千畳に認められるかどうかも見届けて来い」 |
■参加者一覧
崔(ia0015)
24歳・男・泰
睡蓮(ia1156)
22歳・女・サ
羽喰 琥珀(ib3263)
12歳・男・志
ディディエ ベルトラン(ib3404)
27歳・男・魔
神座真紀(ib6579)
19歳・女・サ
紫乃宮・夕璃(ib9765)
20歳・女・武 |
■リプレイ本文 ●宿 暗器製造を生業とする独立流派・裏千畳。 探し出すのに情報らしい情報は何もない。羽喰 琥珀(ib3263)の提案で一同は数日根来寺に逗留するつもりで宿を取っていた。 宿屋とは名ばかり、宿泊先は他国の宿屋とは到底比べ物にならないほど粗末な作りだ。板敷きの大部屋を間仕切りで区切っただけの部屋は他客と相部屋と言って差し支えない。間仕切り越しに聞き耳を立てられていても不思議はない状況だ。 「そんで、アテとかはあんのか?」 琥珀の問いに、笑狐は困ったように首を振った。指令内容しか聞いておらず、割符も符丁も過去の体験談すら聞いていないと言う。 「五十年も昔の話は参考になるまいと、教えてはくださいませんでした」 まあ想定内かと崔(ia0015)は笑狐へ苦笑してみせた。猿幽斎直属と言えば聞こえは良いが、彼が日々猿幽斎の気紛れ難題に振り回されているらしい事は、長い付き合いを通して何となく察している。 (‥‥つか、毎度ながら無茶な仕事やってんな‥‥) 割れの出た陰殻西瓜を分けて貰ったのだと嬉しそうに語った笑狐がいじらしい。 「信頼されてんなぁ、藤次郎サン?」 こっそり彼の本名で耳打ちすると、一瞬驚いた笑狐は、はにかんだ笑みを浮かべた。吝いこすい爺ィでも、仕える主に信頼されていると第三者に言って貰えるのは嬉しいものなのだ。 暗器は秘する仕掛けがあるだけに職人の存在も秘匿される。探し出すのは並大抵の労ではないだろう。 (幻の暗器職人‥‥) 神座真紀(ib6579)は笑狐を見た。 彼女はかつて彼との約を違えた事があった。違えた選択に後悔はなかったし今も間違ってはいなかったと思っているが、しかし笑狐の立場も充分理解していたから、申し訳なく思い続けている。 (どうしても見つけ出さな、ね) せめてもの罪滅ぼしに――絶対に成功させなければ。 「根来寺言うたら、お寺さんが多いんやんね?」 「ええ、東房の上人様が開かれたとか‥‥」 真紀の呟きに応じ有難い事ですと神妙に手を合わせる娘。紫乃宮・夕璃(ib9765)は探索に根来寺を選んだのは武僧ゆえという安易な理由なのですがと、やんわり笑んだ。 「なあ、うち探索前に祈願しに行きたいんやけど」 「それは良い心がけです。わたくしも参りたいと思っておりました」 (不可侵の組織『裏千畳』‥‥暗器の製造を任とした集団‥‥それほどの方々の業の行く末‥‥) 「ねーちゃん、目がキラキラしてるぜ?」 まだ数の少ない武僧を目前にして、興味津々夕璃を覗き込んでいた琥珀が夕璃の様子に突っ込んだ。 寺社の位置を記した地図を手に真紀と夕璃が連れ立って出て行った。気軽な様を装って、崔とディディエ ベルトラン(ib3404)が付かず離れず宿を発つ。 「さて、私達はどうしましょう」 残った琥珀に笑狐は尋ねた。琥珀に何か考えがあるように伺えたからだ。琥珀は金の瞳をくりくりさせて笑狐に言った。 「んっとなー、俺らが動いてる間、笑狐には諏訪の者を見つけて欲しーんだ」 「諏訪、ですか? それは容易いですが‥‥」 笑狐は琥珀の真意が掴めなくて怪訝な顔をしている。 陰殻は閉鎖的な国であり、根来寺は街全体がシノビに見張られているような場所である。流派は違えどシノビ同士の見知りくらいは街中を歩いているから、諏訪流の知人を捕まえるのは容易なはずだ。 「何故、諏訪なのですか?」 「俺に考えがあるんだ!」 解せずに首を捻る笑狐と合点している琥珀は、一緒に宿を出て行った。 後に残されたのは、聞き耳を立てていたシノビ達のみ―― ●寺 さて、夕璃と真紀は宿から最も近い場所にある古寺を参拝していた。 東房と縁あると思えばありがたい場所にも思えるが、寺自体はどちらかと言えば破れ寺に近い。華美さは勿論、手入れもあまり行き届いておらぬように見受けられる。 形ばかり棲みついている坊主に挨拶し、二人は試練の成功を願った。 「ほほう、これは信心深いお客人だ。陰殻には何用で?」 「探し人がおりまして‥‥こうして祈願に参じました。古の上人様の足跡を、この目に見られて光栄に存じます」 ありがたいこと――と手を合わせる夕璃と差し向かいに合掌する坊主は、一見すると荒寺参拝を喜ぶ住職のようだが、注意深く観察していると警戒を滲ませる視線に余所者扱いを改めて感じる。陰殻の排他仕様は承知の事、真紀は思い切って尋ねてみた。 「和尚さん、裏千畳って聞いた事あらへんかなぁ?」 「真紀さん!?」 単刀直入な口火の切り方に、夕璃が驚いて真紀を見た。 視線を外せば負けだ――何となくそう感じた。 ただ視線を交わしているだけの時間が、随分と長く感じられる―― 緊張の末に動いたのは坊主の方だった。 「陰殻シノビ五十三家も入らない、それどころかどの流派にも属さない、しかし誰もが一目置いたと言う‥‥幻の集団の名前ですね」 「和尚さん、何か情報知らへん?」 「生憎、拙僧も子供の頃に祖父母に聞いた程度です。そんな在るかどうかも判らない集団を探しに来られたのですか!?」 それくらいなら二人も笑狐から聞いて知っていたし、驚く坊主の様子からは真偽のほどは判断付きかねた。欲しいのは彼らの所在なのだが。 声で破られた緊張を機会に、夕璃は本堂へ視線を向けた。瘴気が籠もれば即座にアヤカシでも憑きそうな、襤褸な造りをしている。 (御住職が知らずとも、寺には歴史がある) 夕璃が口を開きかけた瞬間、真紀が坊主に礼を言って参門へと身を翻した。正直なのか誤魔化しているのか、いずれにせよ彼からはこれ以上の情報は入らないと踏んだらしい。 「そんなら、あたしは職人街へ行ってみるわ。おおきに、和尚さん」 「職人街?」 怪訝そうな坊主に、真紀は、にっと笑った。その表情に諦めた様子はない。 「うん、畳屋。裏千畳言うくらいやから関係あるかもしれへんやん?」 悠々と寺を去る真紀を見送った坊主は、夕璃に向き直って「貴女はよろしいのですか」と尋ねた。てっきり二人連れ立って行動しているものと思っていたらしい。 「はい。わたくしは此方をはじめ、根来寺の歴史ある御寺にお参りしたく‥‥ですがその前に、ご無礼を承知でお願いします」 夕璃は次の寺へ向かう前に寺内の掃除をさせて欲しいと坊主に請うた。 宗派は違えど僧籍の身。これも縁、修行の一環と思いお許し願いたいと頼む真摯な様子には、真面目な夕璃ならではの誠意が籠もっている。坊主は本堂の床磨きを任せる事にした。 「ありがとうございます」 (寺の作りの違いなどから何らかの手掛かりが掴めれば‥‥) 合掌して、夕璃は根来寺各地の寺巡り一件目を開始した。 ●街 一方、寺を辞して職人通りへ入った真紀は、宣言通り畳屋を訪れていた。 開店休業状態らしい畳屋は真紀を見て目を丸くした。客だと思ったらしい。 「忙しい所お邪魔して、ほんまごめん。客やないんやわ、あたし」 これで畳屋はがっかりしたが、道具や材料を見せて欲しいと真紀が請うと素直に見せてくれた。 「こんなものを見に来たのか? 見た所、余所者らしいが」 矯めつ眇めつ畳針やら綴じ糸やらを観察している真紀に畳屋は首を傾げた。真紀はぶっとい針を置いて、手近な紙に『裏千畳』と書き付けた。 「うん。あ、そうや。おっちゃん裏千畳って知らへん? こんな字書くんやけど」 「ウラセンジョウ? 知らないな‥‥千の畳と書くのか」 ふーむと唸る畳屋に、そうなんよと真紀は畳屋に行き着いた推察を述べて藺草の入手先なども丁寧に聞き取って書き付けていった。 「おっちゃん、ありがとう。行ってみるわ」 「ああ、頑張りな」 気のいい畳屋に見送られ、真紀は次の目的地へと向かって行った。 真紀を見送って暫く後、畳屋は作業を再開する。畳の裁断に、練力を送り込んだ綴じ糸を使って。 シノビの国、陰殻。 崔は職人通りを歩いていた。 単刀直入に裏千畳ですかと問うてはい私ですと答えるはずもなし、全く情報がない中を探し出せとはやはり無茶だと思う。 (シノビの流儀は俺には解らんが‥‥上に言われたら問答無用ってか) 藤次郎に拒否権はないのだろう、当たり前のように請け当たり前のように遂行を試みる。失敗すれば死あるのみ。何とも忍びない立場だ。 余所者監視の視線を痛い程感じながら、崔はこの中に試練の見張り役もいるかもしれないなと思った。見られているという事は、眼鏡に叶えば向こうから接触してくる可能性もあるという事だ。 (‥‥ま、そのくらいしか判別とか接触の機会がないんだけどな) この通りに鍛冶屋があると聞いている。最寄にあった小さな一角の敷居を跨ぐと一瞬背後に慌てて動く影の気配を感じたが、飄々とした表情を崩さずに、彼は角を曲がって日陰に入った。 「すまんな、ちと見て貰いたいモンが‥‥って、姐さんがこの店の鍛冶師か?」 「そうだよ? あたいじゃ不満かい?」 作務衣を着た婀娜っぽい女が、皮手袋を嵌めて立っている。利き手と思しき右手に握っているのは確かに槌だが―― 「いや、あんまりいい女だったんで驚いただけだ‥‥と、それは置いといて」 崔は抱えていた長物を包みから取り出した。ギルド関係者には腰帯剣と呼ばれている刀身の薄い両刃剣だ。 「もっと細く長い形状の片刃にして、更に丸腰に見える拵えに細工を直せねえかな?」 「なんでまた?」 女鍛冶師が目を細めたのを崔は見逃さなかった。腰帯剣はその薄さゆえベルトのように擬態させる事のできる隠し武器だ。それを更に細く長くとは、どのように使うつもりなのか。 「‥‥ま、下手打ちゃ自分の首がさくっと飛ぶんだが。それ位愉快なモンにならねえかと」 「あんた、こいつを首元に巻くつもりかい!?」 「使いこなしてナンボ、いいじゃねえか」 下手すりゃ死ぬよと言えば、そいつは上等だと返す男。何とも奇妙な客であった。 女鍛冶師は難しい顔をしている。自在に曲げられるのが利点の腰帯剣だが、それだけに他の剣よりも強度に劣る。それを更に細く―― 「悩ませて済まね。鋳掛屋も探してみるわ」 難しい顔をしている女鍛冶師に背を向け、崔は鍛冶屋を出て行った。 藤次郎から聞いた噂を思い出したのだ。 (『慕容王が丸腰で人前に出るなど、考え難いですよね』‥‥か) 公式の場に姿を現す慕容王は美々しく妖艶な姿をしているが、あの装飾のどれかに暗器が――あるとするならば、鋳掛屋もあながち間違いではないだろう。 崔が出て行った後、残された女鍛冶師はぽつり独りごちた。 「まぁ、出来なくはないけどねぇ‥‥面白い男だね」 その頃、琥珀は笑狐に諏訪忍を探させる一方で行動を開始していた。 根来寺でも繁華な場所のひとつ、飯屋に琥珀は入った。決して食事のつもりではない。手当たり次第、片っ端から『裏千畳』について尋ねて回りはじめたのだ。 「俺の雇い主が裏千畳って名前の集団が今まで造った武器の製造方法と、依頼人の名前が書かれた本を手に入れたんだけどさ、何か大事そうな代物なんだ。返そうにも手掛かりがなくて困ってる‥‥誰か知らないか?」 何とも怖い物知らずな行動である。 多くは首を傾げ、裏千畳の名に聞き覚えがある者は関わりを避けて知らない振りをした。しかし琥珀は強気の姿勢で尋ねて回る。 「有力な情報持ってきてくれたら、雇い主が金一封渡すみてーなんだ。おっちゃんら小遣い稼ぎと思って手伝ってくんねーか?」 雇い主――笑狐が聞いたら目を回しそうな話である。当然ながら笑狐に金一封を支払うだけの甲斐性はない。 誰彼に知らないと言われ続けても、琥珀は尋ね続けた。彼の本当の目的は情報操作にあった。 (繋ぎ役、早く接触しないと俺どんどん拡散しちゃうよ?) 挑発気味な余裕の表情で、琥珀は飯屋から酒場へと移動して笑狐が諏訪忍を連れて合流するまで行動を続けていたのだが。 「ちょ‥‥っ! 琥珀さん何やってんですか!?」 余所者ゆえに監視の目もあろう。ならば利用すれば良い。 奇妙な客の出現に、露天の親仁は面食らって目を白黒させた。 見た所、この辺では少ない人種――おそらくは他儀の人間だ。そいつが天儀風の地味色作務衣で細身の身体を包んでいた。 頭巾に手甲脚甲の所謂忍び装束と呼ばれる典型的な格好をしている癖に、首元には目立つ事この上ない真っ赤な超ロングマフラーを巻いている。 ディディエが取った手段は大胆かつ繊細だった。 「ワタシ、じるべりあ流シノビネ! ワタシにふゥさわしィ武具を求めてマイリマシター」 「おい、危ないから振り回すのはよせ!」 「ウーン、コレは少し重いデスね‥‥カタチは良いのデスガ。ソチラも見せてクダサーイ」 聞く耳持たず、しゅっしゅっ、とその場で素振りなんぞしている。見せてと言いつつ親仁の返事を待つつもりもない。 他儀の者として目立つ容姿、ならば監視上等で利用すれば良いというのが彼の作戦だ。 「コチラは軽いデスが、充分なイリョクは望めそうにナイデスネ‥‥エート、アレは‥‥オゥ! ニンジャトー!!」 目を輝かせた様子は少年のよう。 しかし彼は一向に満足しなかった。とても楽しそうに興味深く弄り倒す癖に、見た目に拘るかと思えば威力を気にし、使い勝手を重視する。結局気に入った武具を見つけられずに露店から露店へ移動するのだ。 時間が経つにつれ奇妙な客に興味を惹かれた野次馬達が増えている。生温かい目で眺めつつ、ひそひそ。 「こいつ‥‥もしかして、間違ったシノビ像に憧れる他儀の奴なんじゃ‥‥」 「ああ、偶にいるよな。そんな奴」 奇妙な他儀人が露店を冷やかしている。そんな噂を立てる事こそがディディエの狙いだった。 野次馬達を注意深く観察する――面白がって付いて来る者の大半は普通の野次馬だが、大勢に紛れて一人二人不審な気配が混じり込んでいるのを感じた。根来寺を監視するシノビか、あるいは―― 「ふゥ、チョト疲れてしまいマシタ‥‥こんな時はチャヤへマイリマショウ!」 メシモリ、ゲイシャ、と相変わらず間違った期待をアピールしながら、ディディエは賭けに出てみる事にした。 甘味屋の長椅子に腰を下ろして、一言。 「お嬢サーン! ダンゴとオチャをお願いネ!」 ――が、暫くして盆を運んできたのは、看板娘ではなく猫背のおっさんだった。 ●繋 「オォゥ、せっかくデスガ、ワタシにそんな趣味はアリマセーン」 ディディエは大袈裟にがっかりしてみせたのだが、内心では茶屋娘以上の大物が釣れた事に気付いていた。 客商売特有の愛想笑いを浮かべて、おっさんは盆を置いた。 「すみませんねぇ、むさいおやじが給仕で。じるべりあ流シノビのあなたとお話がしたくてね」 そのまま赤いマフラーの由来だとか、伝説のシノビ武具ジャスティスブレードの与太話などに耳を傾けている。 そうして、ひとしきりディディエに語らせている最中に、おっさんは彼に耳打ちした。 ――作ってくれる人をご紹介しましょうか―― |