【希儀】罠
マスター名:周利 芽乃香
シナリオ形態: ショート
危険
難易度: 難しい
参加人数: 6人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2012/10/24 07:55



■オープニング本文

 罠だ! と気付いた時には遅かった。
 扉は閉まり、退路が立たれた部屋の中央の床をぶち破って現れたのは、九尺もあろうかという大きな骸骨武者。
 独鈷を握り締め、必死の面持ちで敵を凝視する静波(iz0271)が何故こんな状況に陥ったかと言うと――

●東房国
 資料から魔人のいる遺跡が東房国にあるとわかり、開拓者ギルドは至急人員を派遣した。
 その中の1人、雲輪円真は血気盛んな東房国の僧兵を纏めるという名目でこの場にいる。
「円真様。先に向かった者達が戻って参りました」
 出来るだけ準備は行う。
 そう円真が発言した事を受け、数名の者達が遺跡に向かっていた。
 そして今、その彼等が戻って来たと言う。
 彼等は円真の前に立つと、急ぎ報告を始めた。
「遺跡の入口を3つ発見しました。簡単ではありますが、それぞれを調べた所、内部はかなり複雑に分かれているとの結果が出ています」
「そうか‥‥」
 円真はそう零すと思案気に後方を振り返った。
 開拓者ギルドからの人員を含め、此処には多くの者達が控えている。
 これならば行けるだろう。
「人手を3つに分け、対応する‥‥」
「承知」
 円真の声に多くの者達が頷きを返す。
 こうして東房国内で発見された遺跡に、開拓者等を含む多くの者達が足を踏み入れる事となった。

●閉じ込められて
 武天の砂浜で発見された漂着船には多くの珍しいものが収納されていた。生存者は既におらず、白骨化した遺骸のほかには、二百〜三百年前のものと思われる調度品や文書が残されているのみだった。
 回収された物品に含まれていた文書から、『ふぇねくす』なる魔人が眠る遺跡の存在が明らかになる。
 場所は東房。遺跡探索にあたり遺跡調査を通達された東房側は、開拓者ギルドを通じて探索員の募集を募った。集まった開拓者達をいくつかの班に分け小隊ごとに行動させる――静波がいた班も、そうした小隊のひとつであった。

 東房という地は遺跡が多く眠っている場所なのだろうか。
 不動寺旧院とされる遺跡探索の記憶も新しく、静波は意気揚々と遺跡内部に足を踏み入れた。
(平気です! だってこの間も遺跡探索しましたもの!)
 正体不明の遺跡内部を踏破するのは中々に度胸がいるものだ。一歩先に罠があるかもしれないし、その罠は致死力を持つやもしれない。
 だが静波は楽観的だった。油断していたと言ってもいいかもしれない。
「あれ、あそこに何かありますよ?」
「静波、待ちなさい!」
 壁の中ほどに起動装置らしきものをみつけて、仲間の同意なくポチっと押し込んだ。
 起動装置は生きていたらしく、慌てる仲間を他所に壁の一部が開いてゆく。
「わあ、部屋がありました!」
「ちっとは反省しろよ‥‥あ、勝手に入るな!」
 危機意識など全く無さげな静波の様子に溜息吐いた仲間達は、先立って隠し部屋へ飛び込んで行った静波を追った。

 部屋は、埃っぽさはあるものの殺風景な四角い空間だった。調度品らしいものもない。
 何やら危うい気配がする――静波以外の開拓者達は、そう感じた。
「んー、何に使われてた部屋なのでしょう‥‥あ、床に何か埋まっています!」
「待って! 静波ちゃん!」
 興味津々部屋を眺めていた静波が、明かりに反射して光った部屋の中央へ駆けてゆく。

「「「あ」」」

 慌てて静波を追って全員が部屋に入った途端――静波が部屋の中央にある床を踏んだ。
「静波、下がれ!」
 誰かが叫んだ警告に素早く反応した静波が後ろに跳び退ったのと同時に、中央の床が崩れた。素早く陣形を組み、中央の変化に目を凝らす一同の前で、床の下からアヤカシがその姿を現す――
 巨大な人骨だった。頭蓋骨は人間より一回りくらい大きいだろうか、そいつが宙に浮かぶと次々と床下から出て来た人骨が人の形を形成し始めた。
 見上げんばかりの高さにある頭部からするに、相当巨大な骸骨になるに違いない。しかし人骨の形成は中途で終了した。下半身にあたる骨がなかったのだ。
 地上五尺ばかりの所で浮遊した骸骨は、形成完了とばかりに両拳を打ち合わせた。
「侵入者撃退トラップに瘴気が憑いたか‥‥」
 誰かの呟きに頷く一同。
 つまりこれは骸骨を倒さねば部屋の外へは出られない。あるいは部屋の外へ出る手段を探すには、敵意むき出しの骸骨を倒してからにせざるを得ない。
 開拓者達は生き残りを賭けて、一斉に骸骨へと向かって行った。


■参加者一覧
アレーナ・オレアリス(ib0405
25歳・女・騎
神座早紀(ib6735
15歳・女・巫
エルシア・エルミナール(ib9187
26歳・女・騎
ヒビキ(ib9576
13歳・男・シ
二式丸(ib9801
16歳・男・武
宮坂義乃(ib9942
23歳・女・志


■リプレイ本文

●排除する者される者
 為すべき事は己が身体が覚え込んでいる。
 経験の差こそあれ、皆一様に開拓者だ。一瞬にして状況把握を済ませた開拓者達は戦闘配置に就いた。
「わっ、皆さん待ってください! 私も‥‥」
 皆から大きく遅れを取った今回の元凶は、一人出遅れて盛大に慌てた。つい前へ飛び出そうとした静波の背を、後方から伸びてきた手がひょいと捉えて引き退けた。
「静波さんは私達の傍にいてくださいね」
 神座早紀(ib6735)の声に首だけ後ろへ巡らすと、早紀と二式丸(ib9801)がいた。
(静波‥‥意外と、行動、派?)
 静波の拘束に片手を取られた二式丸は、もう片方の手で頬を掻いている。
 顔には表れぬ二式丸の心の内を静波は知る由も無かったけれど、仕草で何となく伝わるものはあって、素直な気持ちが口に出た。
「ごめんなさい‥‥」
 しょぼんと凹んだ元気娘を、早紀は気丈な笑顔を向けて励ました。
「謝るのは後です。今は目の前のアヤカシを倒して脱出です!」
「‥‥うん。とにかく、今は。生きて、この部屋を出ない、と」
「はい!」
 元気に返事して再び飛び出して行こうとした静波を、二式丸と早紀が慌てて引き止めたのは言うまでもない。

 前方にアヤカシ、退路はない閉鎖空間。
 全員が入室できたのは不幸中の幸いか。何らかの拍子に扉の閉まるのが早まって班が分断されていれば、空間外の仲間も気掛かりになるし何より今以上に苦戦する事になったであろう。
(閉じ込められたのは不覚でありましたが、致し方ありませぬ)
 目前のアヤカシを穏やかな黒の瞳で見つめるエルシア・エルミナール(ib9187)は思う。大きさといい、荒っぽい動作といい、力だけはありそうなアヤカシだ。
 エルシアと並び立ち、アレーナ・オレアリス(ib0405)が言った。
「がしゃどくろのようですわね」
「がしゃどくろ?」
 以前戦った事のあるアヤカシによく似ているのだとアレーナは微笑した。全く同じアヤカシとは限らないとしても、歴戦の開拓者が発した言葉は場の皆に安心を与えた。
「力強く、打たれ強く、更には自己修復も行う巨大な骨型のアヤカシですわ」
 さっさと浄化して差し上げたいところですが、とアレーナは美しい刀身の刀を構えなおした。きら、と水の如き宝珠が輝いて、アヤカシは避けるかのように片腕を翳した。
「エルシア殿、何やらお考えですわね?」
 エメラルドを思わせる翠の瞳に見つめられ、エルシアは小さく頷いた。ちら、と後方に下がっている静波達に視線を向ける。彼女らの背後は進入した扉があった場所だ。
「‥‥力だけはありそうですし、この者に壊させてみますか」
 彼女の言葉はアヤカシには解るまい。しかし仲間達には作戦として正確に伝わった。
 刀身三尺の刀と円盾を構え、集中力を高めていた宮坂 玄人(ib9942)が「ああ」言葉少なに応えを返す。それでいいよと言うかのようにヒビキ(ib9576)が頷いた。
(やれやれ、とんでもない事に巻き込まれたもんだね)
 後方で泡を食っている静波に視線を遣り、何処か他人事のように小さく笑う。不思議と此処で命果てる気はしていなかった。
「切り込みを合図に」
「承知しました」
 騎士達の短い遣り取り、ただそれだけで各々には為すべきが伝わる。
 目前のアヤカシ、そいつを倒す為に必要な事は、各々の身体が知っていた。

●力自慢は使いよう
 一瞬、アレーナは振り返った。
(ふふ、可愛らしいこと)
 緊張の面持ちで控える静波は、戦い慣れていないのが丸解りなガチガチっぷりだ。
 あまりの初々しさが愛らしく、嫣然と余裕の微笑を浮かべたアレーナは、その表情のまま一歩踏み出した。合わせてエルシアが防御姿勢を保ちつつ歩を進める。
 きらり、きらり。
 騎士達の得物が誘うかのように光を反射させた。
『オオオォォ‥‥』
 雄叫びとも轟音とも付かぬ音を立てた骨アヤカシは、ぎちりぎちりと頚を巡らせ騎士達を捕捉した。
 そう、それでいい。骸骨の窪んだ眼窩が凝視しているのを盾越しに感じつつ、エルシアはじりじりとアヤカシへ近付いてゆく。
 あと少し、もう少し引き付けて――ちらとアレーナの方向へ視線を動かす。
「‥‥参ります」
 言葉短くそれだけ言って、エルシアは横飛びに動いた。
『オオオォォ‥‥!』
 エルシアを追っていたアヤカシが、彼女の動いた先に居たアレーナをも捕らえた。二人纏めて叩き潰さんと力ごなしに発した一撃が、ごぉんと音を立てて床にめり込んだが、易々と掠られるような騎士達ではない。
「浄化は待ってさしあげますから、ひと仕事なさい」
 アヤカシの一撃を軽やかにかわしたアレーナはそう言って、更に誘うように己が身を後ろへと退いた。

 目前で騎士達が囮役を買って出ている。二式丸の背越しに、静波は手に汗握る思いで彼女達の一挙手一投足を凝視していた。
「静波、動くぞ」
「え?」
 戦いに視線を向けたまま二式丸が声だけを掛けて来る。一瞬意図が飲み込めず、静波は間の抜けた問い返しをした――が、早紀が二式丸の言葉を補う。
「アレーナさん達は、敵を此方へ誘導しているんです。邪魔にならないよう退かないと!」
 骨アヤカシが人語を解するかは解らないが、大声で説明するのは憚られる気がして早紀は静波へ耳打ちした。いつでも援護ができるよう戦況を見据えながら囁かれ、漸く思い至った静波は一丁前に心得顔して道を開けた。
「ほらほら、当たりませんでしてよ」
 アレーナが舞うように軽やかなステップでアヤカシの攻撃をかわして誘い、決して油断はしていないとばかりにエルシアが盾をかざす。がつんがつんと床に穴を開けながら、二人は仲間達が退く間を縫って小部屋の端へと移動していった。
 じりじりと後退し、壁を背に二人はアヤカシに対峙した。一見、追い詰められた格好だ。
「あらあら、追い詰められてしまいましたわ」
「しかし惜しいかな、一撃は重そうですが当たらなければ、何とも」
 ほら、とエルシアが盾をずらして顔を覗かせる――骨アヤカシはエルシアの顔目掛けて、上腕を大きく振り上げた。
 一歩、あと一歩――

「「今です!!」」

 瞬間、二人の騎士が横飛びに退いた。
『オオオォォ!!!』
 派手に空振りしたアヤカシは人間の代わりに小部屋の壁をこれでもかと叩き付け、手首から先を壁に残してよろめいた。床に飛び散った腕の骨は、すぐに本体へ戻ろうと動き始めた。
 足元に転がった骨をぎりりと踏んで、玄人が目を凝らす。
「‥‥どうなった?」
 気になるのは壁の耐久だ。あわよくば骨アヤカシに破壊させれば脱出も叶う。骨をひとつ踏み潰し、風塵の収まった壁に目を遣ると、本体へ戻り損ねた拳骨が刺さった箇所に小さな穴が開いたようだ。
「‥‥悪くないようだな」
「皆さん、外の光が見えます!」
 今の衝撃で負傷者が出ていないか、注意深く様子を見ていた早紀が気付いた。あと一、二撃も叩かせれば更に脆くなるだろう。一撃で崩れた箇所から壁の厚みを伺って、エルシアは再び壁の前で盾を構え、言った。
「このまま続けましょう」
 では今暫く浄化は待って差し上げますかとアレーナ、骨アヤカシの動きを見ていたヒビキが動いた。
 上半身のみで浮遊している骸骨に力では敵わないかもしれないが、素早さならば。
 つい、とヒビキはアヤカシの至近に寄った。
「ひ、ヒビキさん!?」
 大胆不敵な近付き方に、静波が思わず悲鳴を上げた。それと言うのも、ヒビキはアヤカシの足元――上半身しかないアヤカシの真下にいたのだ。
「今度はおいらの番だ」
 高らかに戦場へ宣言した、その生命力に満ち溢れた声にアヤカシが反応した。きょろきょろした後、声の主が真下にいると悟ったか一気に押し潰さんと上半身を床へ落としてきた。
「お、っと!」
 どしん、と重々しい音がしたがヒビキとてそう易々と潰されてやるつもりはない。くるりと前転しヒビキは扉へ走った。
「鬼さんこちら、手の鳴る方へ! ってね」
 床を這うような格好でアヤカシはヒビキを追った。彼の目指す場所は閉鎖した扉だ。
「エルシア、退いて!」
 咄嗟に飛びのいたエルシアが立っていた場所へ、ヒビキは突進した。

 ほんの一瞬だった。
 土埃が収まった後に潰されていたのは、ヒビキではなく骨アヤカシの方であった。
 どおんと衝撃音を立てたのは挑発に乗ったアヤカシであり、ヒビキはアヤカシがぶつかる寸前に軽々と跳躍していた。扉を蹴り、至近距離に迫っていたアヤカシの頭を踏み台にして衝撃を逃れていたのだ。

 瓦礫と化した壁と扉、そして埋もれたアヤカシの骨片。
 玄人が踏み潰した骨は再構成しなかった。つまりは粉砕してしまえば再生しない。二度と再構成する事のないよう完全に動きを止めなければ。
「あと、は。止め。静波、は。負傷者に、回復、の、支援を」
 早紀に静波を託し棍を構えた二式丸の身に宿る精霊力が脈動を始める――この身は精霊と共に。
 燃やし尽くさんとばかりに得物へ炎を纏わせて、玄人はちろりと唇を舐めた。
「ああ、さっさと成仏させてやるぜ」
 据え物斬りの要領で、壁にめり込んだアヤカシの背を全力で袈裟に斬る。炎の軌跡に水の軌跡が交差した。アレーナの太刀筋だ。
「浄化して、塩に変えて差し上げましょう」
 その言葉通りに、斬り飛ばされた人より大きな頭蓋骨は塩と化してさらさらと崩れ去った。それでも尚、首から下だけでアヤカシは動いている。
「さすが、首は関係ありませんか」
 生命体とは別種の理があるのだろう、ならばひとつ残らず解体するまでの事。
 エルシアが誓いと共に繰り出した一撃はアヤカシの肩関節へと入り、まるで細工か何かのように易々と腕の骨が外れた。更に胴体部分の脊椎目指して力いっぱい突き入れる。
 己が騎士の誇りに賭けて。高々と挙げた細身剣は戦場に咲く一輪の薔薇の如く。
 欠片となった脊椎が床へ散る。偽りの番人が完全に動きを止めるまでに、そう多くの時間は掛からなかった。

●小部屋の謎
 アヤカシを倒し、閉鎖した扉も破壊して。
 脱出手段が確保された今、探索の続行――の前に、皆にはやっておく事があった。
「気持ちは解ります。出っ張ってる物があると押したくなる、人間の心理ですよね」
 理解を見せる早紀。静波は「ですよね!」調子に乗りかけて皆の視線に縮こまった。静波とて、此度の監禁の原因が自身だという自覚はある。
「軽率な行動は仲間を危険にさらす事になるんですから、慎重にいかないと駄目ですよ」
「はい‥‥」
 年下の少女の落ち着いた物腰に呑まれて殊勝な返事をする静波へ、旧院探索を共にした二式丸が、此度の遺跡は前回のものとは少し勝手が違うと思うと言った。遺跡内部は遺跡ごと違うのだから油断してはならない。
「人一倍頑張ろうって気持ちは、凄く良く分かるよ。でも、折角仲間がいるんだから、おいら達を頼ったり、話は聞いて欲しいな」
 ね? と静波を見上げるヒビキの金の瞳が優しい。何かあれば手伝うからと。
 皆、静波が心配だから注意するのだ。決して憎い訳じゃない。早紀が淹れた桜の花湯で一息ついて、お説教の時間はおしまい。
「次、気をつければいいんですよ!頑張りましょう!」
「調査は帰るまでが調査‥‥さあ静波殿、調査に戻りましょう」
 手を差し伸べられて、漸く静波は玄人が女性である事に気が付いた。

 扉付近で、粉砕したアヤカシの骨を調べていた玄人が見るに、瘴気が抜けた破片はただの骨としか思えなかった。
 小部屋の中央ではアレーナが床を調べている。静波が踏み、アヤカシが出没した床だ。
 床下を少し掘ってみて、二式丸は土の柔らかさに首を傾げた。
(入口の、扉。床、穴‥‥)
 容易く掘れる土に、何処か別の場所へ繋がっているのではないかという思いが過ぎる。色合いを見ようと、松明を掲げているエルシアへ土を掴んだ手を近づけた。
 湿った色をしている。松明の光を近づけ、エルシアが言った。
「特に異常は感じませんが‥‥骨が埋まっていた、のですよね」
 瘴気を纏って変化したかもしれないが元々何かが埋まっていた事は間違いなく、残ったものから判断するにそれは人骨で。
 誰が、何の為に――謎は深まるばかりだった。