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■オープニング本文 春は桜。 桜を見ると「春が来た」って感じがしませんか? ●花見の誘い 麗かな神楽の春――の開拓者ギルド。 それはギルド職員見習いの少女の一言から始まった。 「みーなさーん、はーるでーすよ〜」 言われなくても分かっている。既に卯月――日に日に水ぬるみ、花が咲き始める、春だ。 しかも梨佳(iz0052)が言わんとしているのは行楽のお誘いで、それも開拓者達には凡その予想が付いていた。 何せ桜の時期である。おおかた花見の誘いであろう。中には何処へ行くかも既に気付いている開拓者だっている。 「今年も、もふら牧場に行くのかい?」 誰かの言葉に、梨佳は満面の笑みを浮かべて頷いた。 神楽郊外に、梨佳と縁の深いもふら牧場がある。 世の倣いに違わず、その牧場のもふらさまも食いしん坊でなまけもの。世話をしている人達に我侭放題甘え放題、毎日毎日もふもふもふもふ姦しく暮らしている。時折、振り回された世話係がギルドへ仕事を持ち込んだりして、開拓者達とも縁が深くなっていた。 「そう言えば、あそこの桜はまだ咲いているのかな?」 牧場には桜の樹が一本と、三年前に開拓者達が植樹した桜桃の樹があるはずだ。 ギルドから郊外は見えやしないだろうに、開拓者の一人が窓から身を乗り出し小手を翳した。案の定、見えはしなかったが、ギルド周辺の桜はまだ完全には散っていないようだし、きっと牧場の桜も見頃だろう。 「おべんと、おべんと‥‥♪」 わくわく口ずさむ梨佳。開拓者には料理上手も多いから、おすそ分けをいただくのもまた楽しみのひとつなのだ。 花見かと、暇そうにしていた吾庸(iz0205)が呟いた。 「相棒を連れて行っても構わないか」 勿論ですよと梨佳が請け合う。ならば、最近港に置き去りを続けていた迅鷹の杜鴇(トットキ)を気分転換させてやるのも悪くないかもしれない。 「あたしも七々夜も連れて行くですよー」 下宿先で留守番している白一色の大福もふらを連れて行くと梨佳は言う。元々もふら牧場の外れで発見された仔だから、これはある意味里帰りと言えるかもしれない。 「ね、行きますよねっ♪」 梨佳が誰彼構わず捕まえて誘いを掛けている――そしてあなたの所へも。誘いに応じるかどうかは、あなた次第だ。 |
■参加者一覧 / 崔(ia0015) / 赤銅(ia0321) / 羅喉丸(ia0347) / 桔梗(ia0439) / 柚乃(ia0638) / 秋霜夜(ia0979) / 礼野 真夢紀(ia1144) / 菊池 志郎(ia5584) / からす(ia6525) / リエット・ネーヴ(ia8814) / 村雨 紫狼(ia9073) / フラウ・ノート(ib0009) / アグネス・ユーリ(ib0058) / エルディン・バウアー(ib0066) / 明王院 未楡(ib0349) / 羽流矢(ib0428) / 西光寺 百合(ib2997) / 神座亜紀(ib6736) / エルレーン(ib7455) / ラグナ・グラウシード(ib8459) / フタバ(ib9419) / 黒曜 焔(ib9754) / ルース・エリコット(ic0005) / 佐藤 仁八(ic0168) / 江守 梅(ic0353) |
■リプレイ本文 ●春の日に。 晴れた空の下、草原に遊ぶもふらさま。 「も‥‥もふもふだあv」 これがラグナ・グラウシード(ib8459)の第一声である。 整った顔立ち、均整の取れた体躯――の背中にはウサぬいのうさみたん。戦闘時の様相からは考えられない蕩け切った顔で、彼はもふらさまの群れに飛び込んだ。ダイブして、飛び付いて、抱き付いて、それから―― 「まったく‥‥相変わらず情けない男だ」 かぁいいもの狂いな騎士の痴態を一瞥し、羽妖精のキルアは冷ややかに言い捨てた。しかしラグナは聞いちゃいない。 「‥‥‥‥」 この牧場には、相棒との絆を深めに来たのではないのか? もふもふに惑溺する主を憮然と見遣り、キルアは不機嫌そうに牧場内を散策し始めた。 晴れた日に、ちょうど見頃の桜の樹。 「きれいだねぇ、もふもふ」 これがエルレーン(ib7455)の第一声である。 中性的なスレンダー体型、可愛らしい顔に小手を翳して、もふらのもふもふと一緒に小屋前と敷地端に立っている桜樹を見比べた。 さて、どちらの桜樹で花見をしよう――と、その時。 「お前は‥‥主の宿敵、エルレーン!」 ラグナの許を離れて散策中だったキルアが立っていた。すわ戦闘か! と思いきや、何だかキルアは寂しそう。 「あのお馬鹿さんが迷子になっちゃったの?」 さらりと兄弟子をこき下ろすエルレーン、しかしキルアは気を悪くした様子もなく、黙ってもふら溜まりを指差した。 成程。相棒放置でもふもふぱらだいすを決め込んでいるのだろう、あのかぁいいもの好きは。 「まったく‥‥頭が沸いてる主など持つものではないぞ!」 「うんうん、わかるのぉ‥‥かぁいいものだいすき、ってかおじゃないよねー あんなのほっといて、いっしょにこない?」 速攻で頷いたさびしんぼのキルアも連れて、奇妙な取り合わせのお花見開始。 屈託無くエルレーンが笑って弁当を勧める。 「うふ‥‥がんばってつくったんだよ! いっぱいたべてね!」 優しい娘だ。 しかしもふもふの顔は引き攣っていた。もふもふは知っている、エルレーンの料理が五分五分の確率で激マズだという事を! 「美味そうではないか。では遠慮なく‥‥うむ。なかなかだ」 ハズレ(?)だったらしい。 もふもふは安堵して同じ物に手を出した――が。直後、花樹をも揺らす悲鳴が聞こえた辺り、どうやらアタリを引いたらしい。 ●桜桃の樹のそばで。 しらさぎのおかげです――と、礼野 真夢紀(ia1144)は傍らのからくりを見上げ、駿龍の鈴麗に積んだ荷を降ろした。 「良い相棒さんを迎えましたね」 茣蓙の上には心尽くし。明王院 未楡(ib0349)は微笑んで真夢紀から花見弁当を受け取り茣蓙の上に並べた。 旬の食材を用いた春らしいお菜の数々、ご飯もの三種、焼き物は鶏で唐揚げを二種類の味に仕立てている。種類の多さもさることながら、これらを大量に準備したのだからさぞ大変だっただろう。未楡は民宿を営んでいるから下拵えや調理の大変さは容易に想像が付く。 「沢山作ったから皆さんにあげても大丈夫なのです」 真夢紀は疲れた様子もなくきびきびと花見席の仕度中。顔を出した真っ白仔猫又の小雪が真夢紀の懐から飛び出して、邪魔をしない気遣いなのか賑わいが気になったのか、鈴麗や未楡の駿龍・斬閃が待機している辺りへ駆けて行った。 ちょうど駿龍達の傍では、梨佳の手を離れた七々夜が春の匂いをくんくん嗅ぎながら開拓者の相棒達に挨拶をしていて。真夢紀に促され、しらさぎも真白な髪を揺らして小雪の後を追う。 「ねーねー、もふらさま、なにがすき?」 「なー? なー! なーもふ♪」 成立しているのかいないのか、小雪の問いに七々夜は懸命に応えている。ころんと転がったのは何かの意思表示だろうか。白い毛玉にちょちょいと手を出す小雪、恐る恐る撫でたしらさぎは何を感じただろう。 相棒達の様子を微笑ましく眺めながら、未楡は頃合を見て声を掛ける。 「皆様‥‥そろそろ、お昼やお茶にしては如何ですか?」 皆の腹がぐぅと鳴った。 あの時の樹は立派な若木に成長していた。 感慨深く羅喉丸(ia0347)は若木を見上げた。 三年前、このもふら牧場へやって来た時に開拓者と相棒達の手で植えた桜桃の樹は、今や花の見頃を迎えている。そして彼自身は開拓者ギルドの依頼を請け始めて次の水無月で丸四年を迎えようとしていた。 「光陰矢の如しというが、早いものよ」 羅喉丸の肩に座っていた人妖の蓮華が、彼の耳元で瓢箪をちゃぷんと揺らして言った。 本当にと彼は四年間ずっと戦いの供をした相棒、甲龍の頑鉄を見上げる。そこには甲冑を纏った小さな戦乙女が――羽妖精のネージュがちょこんと乗っていた。 「おめでとうございます。羅喉丸」 生真面目な口調でネージュが寿いだ。雪を司る妖精のネージュは頑鉄の上から牧場のもふら達を興味深く眺めている。草原に点々と転がる白いもふもふは何だか愛らしくネージュの目に映ったようだ。 「気になるなら後で遊びに行くといい。さあ、花見にしよう」 春のこの日、行楽にと用意した重箱弁当と秘蔵の希儀産酒を樹の根元に置いて、羅喉丸は腰を下ろした。栓を抜くや、蓮華がこれはと舌なめずりする。 「おお、これは良い。飲め、羅喉丸。五年目の始まりを祝おうではないか」 「そうだな、五年目の始まりを祝して、乾杯」 満開の桜の下、この一年を振り返れば数多くの事件に遭遇したものであった。そして多くの出逢い、相棒との縁も。 頑鉄と仲良く分けるネージュ、酒にご満悦の蓮華――花と酒、相棒達に囲まれて、今日の酒は楽しいものになりそうだ。 ●自由な風の下で。 春の草原はどこまでも広く、心地良い風が吹いている。 駿龍のレグレットを伴い、ルース・エリコット(ic0005)はもふら牧場を訪れていた。 人見知りな彼女は律儀な性分でもあった。殆ど消え入りそうな声で感謝と挨拶を済ませ、そそくさと人の少ない場所へと移動する。 きょろきょろと周囲に誰もいない事を確認してから、ルースは草原へ身を投げ出した。 「わはー♪ こんな、に‥‥植物が多い‥‥場所、で寝転がる‥‥の初めて‥‥です♪」 さっきまでの緊張が嘘のよう。ころんころんと草原を転がって、草に絡まって左右に揺れてみたり突っ伏してみたり。 何せ側にはレグレットしかいないから誰に遠慮し緊張する必要もないのだ――否、そのはず、だったのだが。 「もふー?」 群れからはぐれて草を食んでいたもふらさまと目が合った! 途端にルースは身を強張らせ、突っ伏したまま後ずさり。 「ふわぁ!? これは‥‥その、違う‥‥んで、す! 大地‥‥との交信を‥‥」 「もふ?」 真っ赤になって必死に言い繕う――たとえもふらさまでもルースにとって他者は他者なのだ! レグレットの影に隠れて、ルースは小さく身を縮こませて今にも泣き出しそう。もふらさまは首を傾げて草を食んでいる―― その頃、羽流矢(ib0428)は川辺で相棒の忍犬・銀河と一休み。 「お前も疲れたろ、お疲れ様」 遠目に花見の開拓者達を眺めつつ、手を洗い、銀河の足も濯いでやる。 合戦も一段落し、里の使いの帰り道であった。しかし今だけは。頭巾と忍面を外し、一介の開拓者とその相棒としてひとときを過ごそう。 冷たい小川の水で気持ちを切り替えて、羽流矢はほんの僅かだが人心地ついた。銀河にもそれは伝わっていて、尻尾を振って彼を見上げている。小さな荷から取り出した布の切れ端を巻き直し、思いっきり投げた。 銀河が弾丸のように布球を追いかけてゆく。ひとしきり銀河の相手をして羽流矢はごろりと寝転がった。 「いい天気だなぁ‥‥」 空が青かった。身体の上を春の風が撫でてゆく。風が気持ちいいなんて感覚は久々だった。 「飯にするか」 布球で一人遊びをしている銀河に声を掛けて荷を解く。羽流矢の分は握り飯、銀河には干し肉をいつもより多めに。夢中で咀嚼している忍犬を優しく見遣る。 今だけは――開拓者と相棒として休息を得たい。どうせ里に戻ればまたこき使われるのだから。 再び空を見上げる――今度は青が目に滲みた。 「‥‥解ってるよ」 空が目に滲みる理由。 陽の下に生きるにも闇に沈みきるにも、己が中途半端だという事を。 「‥‥‥‥元気かな」 独り呟いた言葉は、空へ向かって消えていった。 広い広い草原に、一人と一匹と一体。 「こう‥‥ゆったりとした時間に身を委ねていると」 誰にともなく柚乃(ia0638)は呟いた。からくりの天澪が澄んだ紫の瞳を大きく見開いて柚乃を見上げている。桜色の小袖がよく似合う、流れる蒼みがかった銀髪を指で梳いてやって、柚乃はくすくすと笑った。 「なんだか長生きできそうな気がしてきません?」 「‥‥?」 人とは違う時を生きる天澪には少し難しい話かしら、なんてお姉さんぶってみたりする十五歳の少女は只今戦闘は控えよう月間中。心身ともに休息を欲しているのだ。 聞こえるのは風の音、それから時折風に乗ってくる花見のざわめき――しかし、ちびもふらの八曜丸は至極退屈そうで。 「退屈もふ。なんか面白いコトないかもふっ」 そうは言っても広い草原に寝転がるのが大事なのであって。 起き上がった柚乃は、お弁当にしましょうかと包みを持ち上げた。包みが弁当であるならば、一人と一匹が食すには多過ぎる大きさだ。 「皆さんといただきましょう」 そう言って人が集まる場所へと移動を始めた柚乃の足元を、やっと面白い事がとばかりに八曜丸はくるくる走り回る。一人と一匹の後に付いて行きながら、天澪は首を傾げた。 「お花見‥‥楽しい?」 柚乃が弁当を食べ始めたら周囲の人に尋ねてみよう。目覚めたばかりの血肉なき少女には、まだまだ理解できない事柄が沢山ある。 ●桜の樹のそばで。 最も多く人が集まった作業小屋前の桜樹周囲では、あちこちで花見や宴が行われていた。 「大した事していないのにお礼なんて‥‥」 そう言って、西光寺 百合(ib2997)は鷹揚に微笑する。横座りした真横には忍犬のラミアが伏せている。ラミアが放つ剣呑な雰囲気に、佐藤 仁八(ic0168)が「つれないねえ」手酌で一升枡を呷って苦笑交じりに言った。 「そんなに警戒されちゃ酌も頼めねえな」 「?」 「貴女の騎士は、随分と騎士道に忠実なようだね」 首を傾げた百合に、人妖のエレンが冗談とも本気とも付かぬ補足をした。百合の騎士――即ちラミアは、一見性別の判らぬ中性的なエレンをも男性と認識して警戒しているのだ。 知らぬは百合ばかりなり、まあまあとアグネス・ユーリ(ib0058)が二人をいなして足首に光る金の鈴をしゃらりと鳴らした。 「そこの飲んだくれ、良い楽器持ってるわね?」 「おう、いつぞやの約束通り、一曲合わせてみるかい」 腕に覚えあり。仁八はにやりと笑んでバイオリンを取り上げる。鯔背な物言いの男だがジルベリアの楽器にも精通している。 「こちとら箸より先に楽器の扱い仕込まれたクチだ。陽気にいこうじゃあねえか、桜の花が、散るのを躊躇うくれえな」 そう来なくっちゃとアグネスが足で拍子を取り始め、衣を風に靡かせて、ゆるりと舞い始めた。 「‥‥綺麗。幻みたい」 ね? と傍らのラミアを撫でた。この時ばかりはラミアも大人しく鑑賞している。少しずつ早くなる調子は宴に相応しい華やかさで、興に乗ったかエレンも専用のリュートを手に取って併せ始めた。 花の下、桜の精が舞う。 蕾から花へ、咲き誇る姿、そして儚く散る様を―― 「お? やるねえ」 バイオリンが更に速度を増した。そっちがその気ならとアグネスも精霊力を高めて応戦だ。 舞も音曲も、高みに上る鼓動も全て、いずれ劣らぬ遅れも取らぬ。 「素敵な才能を持っていて羨ましいわ」 仲良さそうな二人を見つめ百合は微笑した。二人の競い合いに併せるのに飽きた人妖に「私は‥‥何にもなくって」と困った風に微笑むと、エレンは百合の真横で牽制して来るラミアを示して言った。 「貴女は、こんなにも愛される才能を持っているじゃないか」 誰かに愛されるのも立派な才能。そう言ってエレンは百合と彼女の騎士を木陰へと誘う。木陰では炎龍の熊が真白の体躯を横たえて、長い毛足を風に遊ばせ昼寝していた。 「うわー、もふらさまぎょうさんおるなぁ!」 「いっぱいもふもふしてるよ、かわいいなあ〜!」 桜の樹のそばに立ち、牧場を一望したフタバ(ib9419)が歓声を上げる。隣で黒曜 焔(ib9754)も相好を崩した。 晴れた空には満開の桜が雲のよう、地上へ目を向ければもふらさまが雲のよう。何と絶好の花見日和だろう。茣蓙を敷きつつフタバは考える。 (今年はお花見してばっかやなぁ) 「この所お花見尽くしだね」 同じ事を考えていた。それもそのはず、先日も二人で一緒に出かけたのだから当然と言えば当然か。 「でも、まあそれだけ平和って事なんかもしれんけどね」 平和なのは良い事だ。茣蓙の上に荷を置いて、相棒達を座らせて。 荷から弁当を取り出した途端、焔の相棒もふらのおまんじゅうが待ちきれない様子で言った。 「お弁当食べて皆でころころするもふ〜」 「食べてすぐ寝ると牛になりますよ」 冗談めかして言いながら、焔が重箱の蓋を開けると、中には煮付けや玉子焼きがぎっしり並んでいる。 「わあ、おいしそうやねえ。こくよーさん、おかず分けてえな」 「勿論ですとも」 「ふたばはくいしんぼもふ。ゆきもごはんほしいもふ」 フタバの相棒もふらのゆきも、おっとりおねだり。主従の趣味で甘めが多いおかずを肴に焔は葡萄酒を空け、フタバは大きなおにぎりをのんびりと齧る。 「ほんま、ええ日和やねえ‥‥」 春風が心地良い。いい具合に腹もくちくなり、フタバは小さく欠伸した。 もふらさまが一匹、もふらさまが二匹―― 『『おべんとくださいもふ』』 『ええどうぞ、お裾分けいたしましょう』 そんな焔の声が聞こえる――やがて、ゆきが見つけたのは牧場のもふらさまにもたれて眠るフタバの姿。 「ふたば、ねてるもふ? じゃあゆきもねるもふ‥‥」 おまんじゅうと遊んでいたゆきがフタバに寄り添って丸くなる。そうなると、おまんじゅうも――眠りの三連鎖。 「あの、フタバちゃん? お弁当を分けてくれないかな?」 牧場のもふらさま達にすっかりお裾分けし切ってしまった焔が困惑気味に振り返る。夢路からフタバが「ええよ」と返すのに微笑して、焔はフタバの大きなお握りを美味そうに頬張った。 賑やかな調べに耳を委ねつつ、空を舞う花弁を追うともなしに眺める。 (満開もいいが、桜はやっぱ散りだしてからが見頃だよな) 「たまには親子水入らずもいいもんだな」 そんな崔(ia0015)の風流は、育て親の声で粉砕された。息子の心境露知らず、赤銅(ia0321)はご機嫌で極辛純米酒の徳利を抱いている。 「珊瑚にも、綺麗なものを見せてやれるいい機会だ」 赤銅は羽妖精の珊瑚を崔に預けて気分良く手酌で一献。家族サービスにと家族を行楽地へ連れ出して満足している休日のお父さんさながら――なれば崔はさしずめ母親役か。 (‥‥コレ膝上の悪ガキが二倍じゃねえか) 崔に甘える迅鷹の月光はもとより珊瑚まで預かって、息子は「まあ、良いけどな」小さく溜息を吐いて珊瑚に大福を取ってやった。 早く自分にもと急かす月光に裂きイカを与えていると、向こうから梨佳が七々夜を抱えて歩いてくる。弁当を抱えておいでおいですると、気付いた娘は即座に寄ってきた。 「こんにちはー いいお天気ですね〜」 「なー♪」 梨佳から七々夜を受け取ってもふりつつ、崔は今更だがと職員見習い昇格を寿いだ。照れる梨佳に弁当の蓋を開けて勧める。 弁当箱の中身はおにぎりが沢山、しかもかなり大きい。初めましてだなと笑い掛けた赤銅が説明しつつ崔には酒を勧め。 「おかずを包んでいるからな‥‥と、お前も呑め」 「下戸じゃねえが、どうにも性に合わね」 拒まれたが赤銅は気にした様子もない。 「‥‥と、好き嫌いが多い息子らの好き嫌い対策で作ったのが最初でな?」 「崔さん、好き嫌い多いですか‥‥」 違うから! ガキの頃と今の酒とは話が違うから! おにぎりの中身を聞いている梨佳の視線が痛い――しかも。 「おうよ。大概スレたが、こいつも昔は目ぇきらっきらさせた素直で純情な子で‥‥」 「ちょ! 余計な事吹き込むなあぁぁっっ!!」」 ――絶対わざとだろ、これ。 ご機嫌な赤銅と色々暴露されて頭を抱える崔を残し、梨佳と七々夜は楽しい散策継続中。 吾庸がいる。何やら揉めている女性形人型相棒の集団に混ざっているようだが――? からくりお嬢様と土偶娘達の攻防。ボクっ娘土偶娘がアイリスで紫狼の夫を名乗っているのはミーアのはずだが、ミーアは少し雰囲気が変わっている。この相棒ハーレムの中心は勿論、村雨 紫狼(ia9073)だ。 「タマもママやお姉ちゃんたちとお花見するのお〜!」 どうやら人見知りする子らしい、ミーアに抱き付いていた猫耳からくり少女が主張後速攻でミーアの背に隠れた。そこへ梨佳が乱入したものだから更に姦しくなるのは確定で。 「わぁ、ミーアさん遂にお子さんが! おめでとうございます〜」 改めて挨拶し、お嬢様がカリンで猫耳娘がタマミィだと紹介された梨佳は笑顔で断言した。 「カリンさんもタマミィさんも、土偶シスターズさん達みたいに、きっと幸せになるですね♪」 勿論さと請合う紫狼は「だけどな‥‥家族サービスも楽じゃねえぜ」小声で零す。 「マスター、何か言った?」 「いや、別にー な、俺より遺跡に通いまくりの暇人アーくんっ☆」 「アーくん言うな。それに俺は別に暇ではない」 律儀に無愛想な応えを返す、紫狼と何度となく繰り返して来た戯れだ。仕事にありつけない時は遺跡探索で仕送り資金を稼いでいるらしく、生真面目に説明などしている。 「トッポギも遺跡じゃ出番ねーし暇だったろ〜」 「‥‥‥‥」 「いや、悪気はないからマジで凹まないでくれ。ほれ呑め、な?」 相棒名を訂正する余裕なく黙り込んだ意外と繊細な神威人の肩を抱き、紫狼は苦笑した。 そんな賑やかな様子を遠目にフラウ・ノート(ib0009)は団子を齧る。「‥‥お酒飲めると少しは別な雰囲気で楽しめると思うんだけどね〜♪」 「にゃー」 猫又のリッシーハットは尻尾振り振り生返事。いつになく上の空。 (‥‥むぅ。ゆうべの事、根に持ってるわね) 昨夜、フラウのパジャマに潜り込もうとしたリッシーを拒んだから拗ねているのだ。こういう時は―― フラウは徐に弁当箱を開けて鰤の煮物を箸で割った。 「‥‥!」 ほら、匂いに気付いた。他愛ない。リッシーの反応を見計らい、フラウは含み笑いして。 「今朝煮たんだけど‥‥どう? 食べる?」 猫又と主が仲直りしている頃、赤い髪のからくりが感慨深げに桜花を眺めていた。美しい顔立ちに艶やかな容姿の彩衣、内気で大人しい彼女は桜樹に集う人や相棒、もふらさま達に気後れ気味ではあったものの、彼女なりに花見を楽しんでいる様子だ。 「彩衣。日頃は留守番ばかりですみません」 「いえ、そんな‥‥」 反省混じりな菊池 志郎(ia5584)の声音に穏やかに首を振る。自然に触れられる事、その機会を与えてくれた志郎に感謝こそすれ何故責められよう。 茶を勧める彩衣に、志郎は最近の出来事を尋ねた。 「そうですね‥‥主殿がおられない時は‥‥」 晴れた日は庭を作り、縁側で針仕事をする。衣替えの仕度はもう済んで、次は夏に向けて羽妖精の天詩と揃いの浴衣を縫いたいのだと楽しげに話す。 「揃いの、ですか」 からくりと羽妖精では大きさが違うから、揃いの柄は難しいのではと志郎は思ったが、楽しげに予定を話す彩衣に水を注してはいけないと微笑を浮かべて聞いている。 穏やかな陽射しに散り初めの桜――春の巡りに、感謝を。 「わぁ‥‥」 優しく温かく慈愛に満ちた舞。桔梗(ia0439)の一指しに梨佳は息を呑んで見入った。 まるで精霊が降臨したかのよう。呼応するかのように、もふらさま達が桔梗に合わせて地面に身体を擦り付け始めた。 ころころり。 「僕も踊るもふ。見るもふよ」 負けじと幾千代もころころり。見ていた七々夜がもぞもぞと梨佳の腕から這い出した。皆してころんころんと楽しそう。 やがて一指し終えて、桔梗は幾千代を抱き上げた。 「ん。居てくれるだけで、可愛いって、知ってる」 「当然もふ。もっと褒めても良いもふよ」 照れる幾千代を膝に乗せ、桔梗は弁当を広げた。色とりどりで見目も華やかな太巻き寿司だ。お相伴に預かりつつ、梨佳は桔梗の問いを繰り返した。 「あたしが、ギルドで働きたい理由、ですか‥‥?」 改めて考えてみると明確な答えというのは難しい。思案する梨佳が寿司をゆっくり咀嚼している間が桔梗には随分と長く感じられた。 やがて嚥下し口を開いた少女は、ゆっくりと想いを確かめるように話し始めた。 十三歳になって独り立ちする為に神楽へ出て来た事。働き口を探しに行った場所が普通の口寄せ屋でなかった事。志体持ち向けの口寄せ屋、開拓者ギルドに通う内に開拓者と呼ばれる彼らの活躍に胸躍らせ応援したいと思うようになった事―― 「初めて七夕祝いをした時の事、覚えてるですか?」 良かれと思った行動を邪険にされた梨佳を庇ってくれた開拓者達。凄く嬉しかったんですと彼女は言った。ささやかな積み重ねが確固な意思になって、梨佳は四年を神楽で過ごして来たのだ。 恐る恐る、梨佳は問うた。 「‥‥待ってて、くれるですか?」 まだまだ未熟だけども。いつかきっと正規の職員になってみせるから――と。 ●いつか実のなるその日まで。 からす(ia6525)の茶席は、今や皆にとってすっかり見慣れた馴染みの光景だ。 しかしながら毎回新しい出会いがあったりする――例えば今回の彼女。 「からすはんも植えるの見てたんでやすな」 赤眼白狐の面をつけたからくりの女は洒脱な物言いで火鉢の薬缶を持ち上げた。その湯を茶器へと笑喝に教えつつ、からすが言った。 「もう三、四年前だね」 「もうそんなに経つですね〜」 一向に成長の兆しが見えない職員見習いの少女が感心している。桜桃の樹は年ごとに成長し続けているが開拓者達や梨佳の見目は三・四年では中々変わらない。 温めた茶器に量った茶葉、湯を注し蒸らして暫し――丁寧に淹れたそれを梨佳とからすの湯呑みに注ぐ。 「ほな、梨佳はんどうぞ。お菓子もありますえ」 「どうかね?」 笑喝に勧められるまま湯呑みを手に取り飲み干す梨佳に、からすは淡々と問い、自らも一口含んだ。 「美味しいです♪」 「悪くはないね」 双方に褒められて笑喝はホホホと袖で面の口元を隠した。狐面の下はわからないが、喜んでいるのだろう。 「淹れ方ひとつで味が変わる。これは慣れだね」 「勉強になりますわぁ。おおきに‥‥アレ、花弁が」 ほろほろと散った桜の花弁が一枚、からすの湯呑みに入った。風流だねと言う主に機微を知る笑喝は、そうどすなぁと返した。 そんな遣り取りの側では、もふらさまが集まりつつある。中心で客寄せもふらをしているのはエルディン・バウアー(ib0066)の助祭もふら、パウロだ。 「もふ〜! かみしばいやるでふ〜 おかしもいっぱいあるでふよ〜」 もふらさま達の突撃から守るべく立てられた柵の外側に止めたリヤカーには、大福や煎餅など、お菓子が沢山積んである。 「「おかしもふ!!!」」 そう、紙芝居屋と言えば、見物の良い子達に配るお菓子は付き物だ。神父様あらため紙芝居屋さんのエルディンは、リヤカーに群がるもふらの真ん中で―― 「えー 押さないで下さいねー ‥‥‥‥っ、ぎゃぁぁぁ」 ――あ、潰された。 騒ぎを他所に桜桃の若樹をしげしげと眺める娘が一人。 「これがエルディンせんせが植えた桜桃ですか」 しっかりものの忍犬が守ってくれるから、もふ壁の脅威からは隔絶されている。妹を守る姉気分な忍犬の霞に守護されて、秋霜夜(ia0979)は背伸びして枝を見つめた。 「今年は少しでも結実するといいなー♪」 尤も、結実した端から食べられてしまいそうであるが。誰に食べられるかは言わずもがな――しかしこれからの時期、桜桃の敵は食いしん坊達だけではないのだ。 「もふ〜 しんさくかみしばいでふよ〜!」 潰れるエルディンお構いなしで、パウロは客寄せに余念が無い。 特売の露店もかくやの騒ぎを眺めつつ、からすはのんびり茶を啜る。 「紙芝居をやるようだね」 「そうですね〜 からすさんと笑喝さんも見に行きませんか?」 「な〜? なー、なー!」 腕の中で、なーなー騒ぎ始めた七々夜を宥めつつ梨佳が誘うと、からすは笑喝に行っておいでと促した。 空は晴れ、青く揺れる草原に、もふもふ元気なもふらさま。 七々夜を抱えた梨佳と笑喝は、紙芝居舞台の最前列で開始を今かと待っている霜夜に気付いて寄ってゆく。 「こんにちはー」 「なー♪」 「あ。七々夜ちゃん、こっち来ません?」 膝をぽんぽんと叩いて誘う霜夜に七々夜を預けて、二人はリヤカーから少し離れた安全地帯に佇む、小柄な老婆へ近付いて行った。 「梅おばあちゃん♪」 「紙芝居が見れると聞きましてのぅ」 ほほほと優しい笑顔を浮かべた江守 梅(ic0353)は桜の花湯を周囲の皆に振る舞いながら、紙芝居の始まりを待っている。草の香りの特等席、大人しく待機姿勢で丸まっている駿龍の四髭が、ちょうど良い背当てになってくれそうだ。 「おとなしい子ですね〜」 「頭を撫でてごらん?」 言われるがまま梨佳が四髭の頭を撫でると、四髭は猫よろしく「なぁ〜ん」と鳴いた。 「ほほ、良い天気じゃのぅ。四髭も心地良いかえ?」 陽射しを浴びてうとうとする四髭の丸まった身体を借りて腰を下ろす。向こうから、神座亜紀(ib6736)が白い髪のからくりと何やら言い合いながらやって来るのが見えた。 「紙芝居、見ないのですか?」 「‥‥っ 紙芝居で喜ぶほど子供じゃないもん!」 本当は興味津々な癖に妙に背伸びしたいお年頃の亜紀は素直じゃない。本音を見透かしフォローする雪那は、さすが亜紀の扱い方に慣れている。 「そうですか‥‥某が見たいのですが、主が見ないというなら諦めるしかないですね」 「え、雪那見たいの? じゃあ仕方ないなぁ♪」 言葉尻に嬉しさを滲ませる亜紀の誘導に成功し、内心やれやれと苦笑する雪那。亜紀は主であると同時に難しい年頃の娘子でもあるのだ。 「亜紀さん、もうすぐ始まりますよー」 「ほら雪那、始まるって!」 慌てて亜紀は梨佳の隣に腰を下ろした。そろそろかな? さてさてそれでは紙芝居『サクランボ戦隊チェリンジャー』はじまりはじまり―― 『美味しいサクランボは、どうやってできるか知ってるかい? 小さな小さなサクランボの樹、こいつが立派に育つまでには何年もかかる。 チェリンジャーは、サクランボが立派に実るまで、桜の樹を見守ってくれるんだ』 「「もふもふ‥‥」」 もふらさま達、お菓子を食べながら大人しく紙芝居に没頭している。さりげなく雪那にジャム煎餅を手渡されて齧った亜紀も釘付けだ。 『おっと、ケムシンダーが現れた!』 エルディンは、色鮮やかな絵図が描かれた紙を一枚抜いた。葉桜になり始めた樹の枝で、ケムシンダーが葉っぱに襲い掛かっている。 『ケムシンダーのモグモグ攻撃! 大変だ、みんなで呼ぼうチェリンジャーを!』 「チェリンジャー助けてぇっ!!」 思わず口走った亜紀が口元を抑えて赤面した。 「‥‥雪那の代わりに応援したんだからね」 「はいはい」 純真可憐な観客の声援を受けて、エルディンの声は更に熱を帯びた。 『気をつけろチェリンジャー、ケムシンダーには毒がある。 触ってしまうと危ないぞ! 急がないとサクランボが危ない!!』 「もふ〜 ケムシンダーなんてやっつけるでふ〜」 「「やっつけるもふ〜!!」」 前脚を振り上げて応援するパウロの後に続いて、もふらさま達が一斉に大合唱。もふもふもふもふ、食べ散らかしたお菓子を踏んづけて懸命に応援し始めた――そして。 『みんな応援ありがとう!』 「「もふーッ!!!!!」」 『みんなの応援のおかげでチェリンジャーは今日もサクランボの平和を守ったのでした。めでたしめでたし』 はいおしまい、と顔を覗かせたエルディンの目に映ったのは、最前列で拍手している霜夜と瞳をキラキラさせたあどけないもふらさま達。四髭が蹲る辺りで亜紀や梨佳が立ち上がって拍手していた。 「エルディンせんせ、最高でした!」 「なー♪」 霜夜の膝上で七々夜もご機嫌だ。 場の盛り上がりに目を開けて頚を伸ばした四髭に、梅は微笑いかけた。 「おや、四髭も楽しいのかぇ? ばぁばも、幸せじゃ」 何だか大勢の孫に囲まれているような気分だ。久し振りに感じた感覚を落ち着かせるかのように、梅は花湯を一口飲んだ。 大喜びの梨佳はまだまだ話を聞き足りない様子だ。物聞きたげな梨佳に笑喝は狐面を傾けて問うた。 「そんなら、何ぞお話ししまひょか」 「お話、知ってるですか?」 「では、主の姉君の心尽くしをいただきながら、いかがでしょう」 目を輝かせる梨佳と亜紀。弁当の仕度をしていた雪那がくすりと笑う。料理上手な亜紀の姉が用意してくれた春色おにぎりは桜でんぶが混ぜてある。 「苺とカスタードクリームを包んだ甘い春巻もあるんだよ。梨佳さんや皆もよかったらどうぞ♪」 年相応の無邪気さで弁当を勧める亜紀からおにぎりを受け取って、梅はにこにこ顔。 「どれどれ、ばぁばも何か話して進ぜましょうかのぅ」 頬を撫でる春風、孫のような年代の子達と相棒達――のんびりと過ごす時間は、長閑で幸せに満ちていた。 |