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■オープニング本文 月の美しい頃、人々集いて月を愛でる。 秋草を飾り餅や作物を盛り御酒を供えて眺める月は、中秋の名月とも呼ばれている。 ●兎の餅 とげつあん、という名の茶店がある。 兎月庵と表記するこの店は、屋号よろしく亭主が搗く餅の美味さに定評がある。 そして今年も、夫婦二人で切り盛りしている小さな店にとって一番の稼ぎ時がやってきた。観月だ。 「おまえさん、ありがたいねぇ。もう注文が来てますよ」 妻のお葛が亭主に餅の予約を告げた。 「‥‥‥‥」 「おかげさまで去年は売り切れちまいましたからねぇ、今年は去年にも増して沢山あつらえましょう」 奥で仕込みをしていた平吉は黙って作業を続けているが、彼が内心喜んでいる事を妻は知っている。寡黙な平吉にとって己の菓子が評価される事は何よりも嬉しい事なのだから。 客が途切れた頃合に奥へ下がったお葛は、平吉と観月用の相談を始めた。 夫婦二人三脚で歩んできた二人に意見の相違はなく、ほどなくしてお葛は手伝いを求めて開拓者ギルドへ足を向けたのだった。 「開拓者でなくてもできる仕事なんですけど‥‥お願いしても良いかしら?」 女の問いに快諾する係。してどんな仕事ですかと尋ねられて、お葛は笑顔で答えた。 「観月のお供え餅を作ったり売ったりするお手伝いが欲しいのよ」 かくして――開拓者ギルドの壁には、ごく普通の求人が張り出されたのであった。 『手伝い人募集』 ※業務一日限り、経験不問 ・調理手伝い ・接客販売 |
■参加者一覧 / 天津疾也(ia0019) / 月夜魅(ia0030) / 北條 黯羽(ia0072) / 星鈴(ia0087) / 水鏡 絵梨乃(ia0191) / 井伊 貴政(ia0213) / 犬神・彼方(ia0218) / 静雪 蒼(ia0219) / 奈々月纏(ia0456) / 橘 琉璃(ia0472) / 柚乃(ia0638) / 鷹来 雪(ia0736) / 佐上 久野都(ia0826) / 玖堂 柚李葉(ia0859) / 鳳・陽媛(ia0920) / 福幸 喜寿(ia0924) / 巳斗(ia0966) / 天宮 蓮華(ia0992) / 奈々月琉央(ia1012) / 静雪・奏(ia1042) / 礼野 真夢紀(ia1144) / 巴 渓(ia1334) / 四方山 連徳(ia1719) / 花流(ia1849) / 錐丸(ia2150) / 斉藤晃(ia3071) / 凛々子(ia3299) / 赤マント(ia3521) / 平野 拾(ia3527) / 真珠朗(ia3553) / 慄罹(ia3634) / 柏木 くるみ(ia3836) / 瀬崎 静乃(ia4468) / 奏音(ia5213) / 御凪 祥(ia5285) / 神鷹 弦一郎(ia5349) / 設楽 万理(ia5443) / 菊池 志郎(ia5584) / パルテータ(ia5635) / 当麻(ia5737) / 千見寺 葎(ia5851) / 慧(ia6088) / 不嶽(ia6170) / 猪井 眞暮(ia6223) / 炎鷲(ia6468) / からす(ia6525) / 白桜(ia6571) / 綾羽(ia6653) / 天駆(ia6728) / 麻績丸(ia7004) |
■リプレイ本文 ●月の兎達 今日は兎月庵にとって年で一番慌しい日。 「おてつだい〜なの〜です」 あどけない少女が、とてちて駆けてゆく。のんびりした口調が微笑まくて、仲間や客達は自然に笑みを浮かべた。 「いっしょ〜けんめいに〜がんばるのです♪」 奏音(ia5213)は店内に和やかな空気を齎してゆく―― 「‥‥繁盛しているようで何よりだな」 賑やかな雰囲気を感じて、洗い場の神鷹弦一郎(ia5349)は呟いた。 目の前には積み重なった洗い物。これだけ多くの団子が売れたという事か。膨大な皿の山にも動じる事なく黙々と手を動かす。 並んで拭いていた凛々子(ia3299)が今日は月見だものねと返した。 「お供え用に持ち帰られる方が多いかも」 月見の本番は夜、まだまだこれから沢山の団子が作られ売られてゆくだろう。皿や湯呑みだけでなく、調理器具や道具の洗浄も増えそうだ。洗浄用に、あらかじめたっぷりめの水を汲み置きしていた凛々子に抜かりはない。 昨年は売り切れてしまったと聞く。先に買っておけば良かったか。 「‥‥いっそくれないだろうか」 「ん?弦一郎殿、何か言った?」 「‥‥いや、何でもない」 洗い場班は役割分担して効率の良い水場を構築していた。洗い専門の弦一郎、洗いや皿拭きの凛々子、そして食器運び等の移動担当は真珠朗(ia3553)だ。 「妙齢の女性が手荒れの心配はないんですかぇ?」 「どうせ物心付いた時から刀剣を手にしてる、剣ダコだらけの手だからね。気にしないよ」 真珠朗に尋ねられた凛々子はあっさりしたものだ。地味だけど大切な仕事だからと縁の下の力持ちに回った理由を語る。 拭き上げた皿を抱え上げた真珠朗は皮肉っぽく自嘲した。 「お兄さん接客とか苦手ですしねぇ‥‥」 「‥‥俺も故郷で愛想が無いとよく言われていた」 うむと相槌を打った同僚、怖がられては営業妨害になるかと裏方を希望した弦一郎だ。 「まぁ何にせよしっかり働きますがね。貰うもの貰うからには自分の仕事をきっちりこなすのが『ぷろ』って話で」 意外に真面目な小悪党は団子生成の仲間の許へ食器を運んでいった。 ここの甘味も好物のひとつですのと礼野真夢紀(ia1144)は嬉しげに立ち働いている。長く美しい黒髪を結い纏め手ぬぐいを姉さん被りにして、店の評判落とすまじと幼いながらも一人前の働きだ。 運ばれた清潔な皿へ串だんごを並べ、湯呑みに茶を淹れる。 (「団子かぁ‥‥お茶が欲しくなるなぁ」) 願望の具現化に星鈴(ia0087)は思わず手を止めて。何事もなかったかのように手元の団子を丸める。 「おいしそうですわよね」 盛り付けをしていた真夢紀に声を掛けられた。そうねと素っ気無い様子で返す星鈴だが、普段から愛想が無いだけで他意はない。パルテータ(ia5635)も黙々と団子を作り続けているが、こちらも人と接するよりも裏方仕事が気楽だという理由での志願である。 一心不乱に、ひたすら団子を丸めてゆく。 案外細々した作業が好きと見えて、星鈴の手元は止まらない。 「‥‥ふん‥‥♪‥‥ふふん〜♪」 おや、無意識に鼻歌が混じり始めた。調子が良いようだ。 真夢紀に笑みを向けられて、星鈴は自分が寛いだ笑顔を見せていた事に気付く。 「‥‥あ、い、いや、うちは別に、ただ単にこういうちまちました作業好きっていうか、料理とかも好きな方っていうか‥‥」 つまり好きなんだ。 頬赤らめる星鈴に「いいんじゃないですか」飄々と返すのは料理上手の井伊貴政(ia0213)。 「『今日はいつもより美味しいな』って言わせるくらいの勢いで頑張りましょう」 店主の平吉には聞こえないように小声で言って笑いを誘う。当の平吉は漉し餡を練っているところで、鍋にかかりきりだ。 「こちらのお店では月見団子に餡を入れないのですね」 少し残念そうなのは真夢紀。料理好きの貴政が興味を引かれて尋ねると、真夢紀の故郷では芋餡や栗餡を用いるとの事。 「棲家の家主さんや顔馴染に、お土産を買って行こうと思っていましたが、なるほど。芋餡や栗餡を添えるのも面白そうです」 料理人のやる気に火が付いたかもしれない。 慄罹(ia3634)の手解きを受けながら、拾(ia3527)は慣れぬ手付きで団子を形作る。最初は格好が付かなかったものの、一生懸命に教えを請う拾はすぐに商品として出せるものを作れるようになった。 教え子の成長に気を良くした慄罹、普通の団子を作る傍ら兎型の変わり団子を作ってみせた。食紅で目まで入れている凝り様だ。 「わあ‥‥」 目を輝かせる拾に気を良くして二個三個と作る。休憩時間に持って行って構わないと許可を貰ったので、店先に出て拾と食べよう。 店先に出た、兎餅を持った方三つ編みの青年は――色々な意味で子供達に大人気だったとか。 「纏ーそっちはどうだー?」 琉央(ia1012)の声を聞いて藤村纏(ia0456)は「はわわ」あからさまに慌てた。 「お菓子美味しいおすえぇ〜…食べはった?」 抱きつき引っ付き中の静雪蒼(ia0219)に、文字通り甘い誘惑をされていたのだ。 「うぅう〜食べたいけどな‥‥」 甘味大好きの纏に摘み食い衝動発生。食べたいが食べてはいけない、箱に詰めている団子は商品だ。 「‥‥う、うち箱入り団子運んで来る〜」 うずうず落ち着かない纏、蒼をくっつけたまま店頭へ持ち帰り用の団子を運び始めた。 暫くして戻って来た纏の口元を見て、琉央は黙って手拭を取り出す。 「纏、何か付いてるぞ」 少し照れながら口元を拭ってやった。 「火の加減はこのくらいでいいか」 不嶽(ia6170)の問いに、千見寺葎(ia5851)は平吉の表情を伺って後、もう少し強めの方が良いのではと答えた。竈に薪を足す不嶽の傍に薪を積み上げた白桜(ia6571)は、次いで倉庫から米を出しに向かう。白桜と共に米を仕込みながら、葎は平吉に尋ねた。 「こちらでは、米を浸す時に砂糖をお入れになりますか?」 「砂糖水に浸すのか?」 白桜の問いは平吉の問いでもあるようだ。興味深い視線を向けた二人に葎は、柔らかい餅に仕上がると聞いた事があると答える。今日は無理だが今度試してみようと、平吉は感心して呟いた。 「そろそろ次を」 蒸し上がりを不嶽が知らせる。白桜に生米の蒸篭を持って貰い、葎は蒸しあがった蒸篭を持ち上げた。 (「やっぱり、熱い‥‥」) だが手を離す訳にはいかない。蒸米の状態が良いまま、熱いうちに早く搗き場へ運ばねば。葎は足元に現れた猫に謝ると庭へ蒸篭を運ぶ。 この忙しさはまるで戦場のようだ。 橘琉璃(ia0472)は手際よく団子を丸めながら周囲を見渡した。餅がそろそろ尽きそうだ。竈と庭を見遣って走りだす。 店にとって一番の掻き入れ時は命を張った戦と同じ。無事戦い抜いたら皆で勝利を祝おう、お茶と団子で祝杯を。 「おー待ってたでござるよー」 搗きたての餅を引き取りに来た琉璃を四方山連徳(ia1719)が迎えた‥‥が、重そうに杵を持つ腕が、心なしかぷるぷるしているようだ。代わりましょうかと言い掛けた琉璃の前に、天駆(ia6728)が三毛猫に誘われて現れた。 「そこなお姉さん、大丈夫ですかぁ」 誰が見ても細身の連徳の様子は辛そうだ。しかし当の連徳は、むむむ。 「陰陽師の連徳お姉さんには筋力が足りないと申すかー餅搗きで筋力アップするでござる!」 誰も言ってない。言ってないが、連徳の願望はよくわかった。半ば自棄になって杵を打ち下ろす。 ぺったんぺったんぺったんぺたぺたぺたぺたぺたたたた‥‥‥‥ 「こ、これは何というか腕とか腰に優しくないでござるね‥‥」 「わ、ごめん‥‥っ、通して貰うよ。餅米っ、持ってきました‥‥!」 出会いがしらにたたらを踏ませた足元の猫に謝って、葎が蒸した餅米を運んできた。まだまだ搗かねばならない蒸米は沢山ある。 「ほらほら、お姉さん。うちに代われと、お猫様も言うてます」 息も付かずに餅搗いて一気に疲れた連徳から天駆が杵を引き取って。厨房に入れず回れ右してきた猫が、にゃぁと鳴いてみせた。 ●庵の兎達 さて、表の様子も賑やかだ。 「さあさあ、いらっしゃいいらっしゃい。今年も兎月庵の月見餅が販売やで!」 天津疾也(ia0019)の威勢の良い呼び声が人々の足を止めた。 「食べたことある人もない人も一度食べればほっぺたがおちるで!」 昨年売り切れたという件の餅、人気があると踏んだ自信と商家出身の疾也らしい口上の巧みさに、一人また一人と店に入ってゆく。 負けじと、生活のかかっている当麻(ia5737)も客引きに精を出す。助けて貰った開拓者に憧れて自らも開拓者になったは良いが、定収入があるでなし現実は厳しい。しっかりこなして稼がねば。 「名月にも負けない、まあるくて美味しい、兎月庵のお餅はいかがですかー?」 からす(ia6525)は持ち帰り用の一角で幼い声を張り上げる。少女の愛らしい姿に年配の客が沢山買ってくれた。 「お餅はよく噛んで食べてくださいねー」 手渡して笑顔を向けた。幼くとも開拓者、接客と共に店の警備も怠りない。 「いらっしゃいませーおいしいお餅ですよ」 子供好きする麻績丸(ia7004)の笑顔に、街ゆく子達が寄って来た。小柄な少年は子供達と同じ目線に膝を曲げ、無邪気に誘った。 「お父さんやお母さんにもお餅食べさせてあげよっか」 立派な営業である。味見したいという子には「後でね」といなして送り出した。ややもすれば親子連れで戻って来てくれるだろう。 炎鷲(ia6468)は素早く客の人数と店内の空き席を確認すると案内に立った。団体の客には品書きを手渡して事前に御用聞きを済ませておく。空き席に案内と同時に注文を申し送れば時間の短縮だ。 外と店内を何往復かした頃、炎鷲は慌てて持ち帰り客同士の仲裁に入った。 「お客様、列の最後尾はこちらです。今年は沢山ご用意しております、並んでお待ちください!」 「せや、まだあるでぇ。さぁ、さぁ、買って行った、見て行った。食べて行ったってやぁ!」 持ち帰り用の一角で露天商さながらの呼び込みで活躍するのは斉藤晃(ia3071)。仕事後の一杯の為に働いている男の気魄に、人々が集まってくる。 どんどん減っていく箱詰めの月見団子だが、奥から次々運ばれてくるので問題なしだ。晃が呼び込みをしていると、纏が箱に詰めた団子を運んできた。 「どや、そっちは」 少し疲れた様子の纏に声を掛ける。呼び込み班の喉を潤す為に置いている茶を淹れて、口に団子を詰めてやった。 「はわ♪‥‥て、ええのん?」 「おやつや。茶もあるからゆっくりとしとけや」 甘味で英気を養って、纏は元気良く厨房へ戻って行った。 一方、兎月庵を離れて営業に回る面々もいる。 お葛に見送られて店を出て来た設楽万理(ia5443)の手には紙の束。兎月庵の広告を配ろうという訳だ。あまり量は作成できなかったが、許可を取って人通りの多い場所に張り出せば目を引く事だろう。幟も作って目立つ事請け合いだ。 「しっかし、その煽り文句はどうなんだ?」 指差した広告には『神楽の都のナウなヤングにバカウケ!兎月庵の月見団子』の文字。指差した本人には被り物の兎耳。 「渓さんこそ、そのお姿はいかがなものかしら?」 「言うな」 巴渓(ia1334)から裁縫道具を受け取って、お葛は似合ってますよと笑いながら代わりに一口大に切った餅を入れた小籠を手渡した。 「似合うか?‥‥いや、『わたし、似合ってるかしら?』」 可愛く小首を傾げてみる二十五歳。胸元をさらしで覆い巫女袴を穿いて兎耳を付けた『和風ばにーがーる』な姿は、なかなかどうして。 「似合っていらっしゃいますよー」 お団子が好物の綾羽(ia6653)はおっとりと同意。お葛に差し出されたおやつの団子は三食で、ちょっと嬉しくなってくる。 「美味しいーでは、頑張って来ますねー」 三人で少し遠出、夕飯のお菜を求めに集まる奥様方に狙いを定めて、市場まで出張だ。万理が立てた幟の傍で三人は営業を始めた。 「兎月庵の観月のお供え餅、ありますよーどうぞ寄ってってくださいなー」 綾羽の呼び込みに合わせて、渓が近付いてきた人に声を掛けつつ脈のありそうな相手に試食を勧める。 「おや、このお餅美味しいねえ」 「でしょう?わたしのお勧め。今夜はお月見、是非兎月庵に寄って行ってね♪」 普段の男勝りが想像できないほど乙女っぽい仕草で、渓は主婦を兎月庵へ誘った。 訪れる客を出迎える楽の音――ころころころと軽やかな笛の音。 佐伯柚李葉(ia0859)の奏でる音色は、どこかお団子を思わせて。楽しい気持ちになってくる。 「今夜は名月!お月見といえば、お団子さねっ♪」 福幸喜寿(ia0924)が楽しげな踊りを調べに合わせて舞う。 ころころころ。 そんな喜寿の踊りに合わせて一緒に踊る兎の式。操るは陰陽師の月夜魅(ia0030)だ。 「いらっしゃいませー美味しいお団子でも如何ですかー♪」 今夜は月見日和。兎耳を付けて集客に勤しんでいると、月夜魅の魅力に引き寄せられた不埒な客もちらほら。 「‥‥わあっ!?」 誰かにお尻を触られた。思わず放り出した試食用の餅が入った籠が宙に―― 「よっと‥‥つきみーはうっかりものさんさね♪」 あやうく惨事になりかけた籠を難なく受け止めた喜寿、さり気なく扇子で元凶を軽く叩いた。 「お客さん♪楽しむのは、お月様とお団子だけにしてくだせ〜♪」 喜寿の可愛らしい物言いに、不埒者も苦笑して手を引っ込めた――が、給仕の女性にちょっかいをかけるのは客だけとは限らない。 (「黯羽は…真面目に手伝いしてぇるなぁ、感心感心」) 犬神・彼方(ia0218)は愛妻の立ち働く姿に頬を緩めた。日頃は任侠一家の頭の彼方、接客時に威圧感を与えぬようにと思っていたが、自然に浮かぶ笑みは充分に親しみやすく、店に馴染んで時折ちらちらと黯羽を眺めながら茶のお代わりを注いでいる――が、彼方、遂に我慢がならなくなった。 妻がちっとも見てくれない。 さり気なく近付いて髪に触れてみた。黯羽は気付かぬ振りで注文を取っている。 もしもーし。肩に触れてみた。腕に触れたら後でと言われた。 あんまり反応がつれないので通りすがりに尻を撫でてったら、厨房まで引きずっていかれた。 「やぁっと相手してぇくれたぁな」 「あのな‥‥仕事中なんでそんな事しなさんな」 う、と拗ねた目で見つめる彼方。真面目に仕事する‥‥そう言った後で一言。 「だが黯羽‥‥後でぇ覚悟してろよ?色々と、な」 (「覚悟ってなんだろう‥‥」) 黯羽の背に冷たい汗が流れ落ちていった―― 「‥‥お待たせいたしました。何をお求めでしょうか?」 瀬崎静乃(ia4468)が落ち着いた様子で問うと、客は混雑の怒りをぶつけるより先に少女の丁寧な接客給仕を褒めた。 静乃のこの落ち着きは、努力の賜物である。お葛から事前に接客の手解きを受け、又自らの頭にも商品知識を叩き込んだ静乃であればこそ醸し出せる代物。 「お嬢さん、ご注文は?」 ぎこちなく女性客から注文を取る猪井 眞暮(ia6223)。実は彼、接客業は苦手である。だが苦手克服と果敢に挑戦する。食い逃げする輩もおらず一安心。何組目かの女性客の応対をこなして、眞暮はふと考えた。 (「男性客は‥‥そもそも男は甘味を買いに来るのか?」) 店内で飲食するは女性ばかり、これでは甘味好きな男性は来辛かろう。 仕事にあたり兎月庵のお勧め商品の名を覚えた。これを機に甘味を嗜むのも悪くはないかもしれぬ。尤も‥‥この空気に慣れればの話だが。 「お客様、お団子とお茶をお持ちしました」 応対した少女に客が寛いだ笑顔を見せる。鶯色の着物に白い清楚な前垂れをした礼儀正しい少女――この春風の如き暖かな笑顔を湛えた少女が、実は少年であると言って誰が信ずる事だろう。 柔らかな淡茶の髪を揺らして厨房に戻って来た巳斗(ia0966)を迎えた白野威雪(ia0736)は、ほんわり笑んで見事な女装を褒めた。 「みーくん、よく似合っていますわ」 「雪さんも、とってもよくお似合いです」 女装を褒められるのには少々抵抗を感じるお年頃のみーくんこと巳斗だが、実のところ密かに憧れに思っている雪に褒められて悪い気はしなくて、張り切って新しい盆を運んで行った。 愛らしい後姿を微笑みで見送った雪、身に纏う水色の着物に目を遣った。巳斗とは同柄色違いの着物で、今回仲間内で揃いで誂えた。 (「みーくんが似合うと仰った色‥‥」) だから選んだ水色の生地。雪は満足そうに微笑むと、気に掛けている初々しい恋人達に自らの想いも重ねて、くすりと微笑んだ。 件の恋人達はいずこ―― 「年がら年中見える月、名月と呼べる月は今日だけ、さあさ兎月庵の月見団子はどうだい?」 黒の着物をイナセに着こなした錐丸(ia2150)が通りの注目を集めている。 その肩に掛かるは『月見団子を愛でる会』の襷。何となく説得力を感じて近付いた三人連れの娘達に、快活に話しかけた。 「月で兎サンが餅つき始めたのは俺らに食べさせるためって考えたことはねェかい?」 「「「あたし達に‥‥」」」 気さくな好青年にぽーっとなる娘達だが、無論営業トークである。 「せっかくの名月。美味しく頂くトコを兎サンが見りゃ喜ぶだろうし、月もより輝くかもしれねェぞー?」 あんた達みたいにな。 きゃーと黄色い声が挙がったのをやきもきしながら見つめている視線がひとつ。深紅の着物に身を包んだ天宮蓮華(ia0992)、恋人が女性客を口説き‥‥もとい大人気の様子が気が気でない。 揃いの襷に桃色の着物を着た柏木くるみ(ia3836)は日頃世話になっている蓮華の様子を気に掛けつつも、老舗和菓子店の娘に恥ずかしくない手付きで持ち帰り箱を綺麗に包む。 「お買い上げ、ありがとうございました。今日も夜空が澄んでますように」 くるみの言祝ぎを喜んで客達は家路についた。澄んだ夜空に輝く月を観た客達は、手に取った団子にくるみの優しさを知るだろう。 まだ手が止まったままの蓮華の襷を、店内から出て来た巳斗がちょちょいと曳いた。我に返って、手に持ったままだった見本用の月見団子を盛った大皿を台に飾る。 「みーくん、中の様子はどうですか?甘味のお店で働けるだなんて、夢のようですわね」 この二人、甘味好き仲間である。摘み食いしたくなってしまいますがジッと我慢ですと蓮華に言われて、巳斗の我慢に亀裂が入ったようだ。 「積み上げた見本のお団子、この辺りなら食べても大丈夫でしょうか‥‥?」 「み、みーくん!ダメですわっ!」 蓮華にほっぺをむにゅっとされて、今度は巳斗が我に返る番。 甘味大好き姉弟がじゃれあっている間に女性客を振り切った(?)錐丸が二人の傍へやって来た。 途端に強張る蓮華の表情に、何となく空気を読んで撤退する巳斗。錐丸も思う所はあるようで、恋人の額をつん、と突いた。 「や、妬いてませんっ!」 その言葉が如実に真実を示している。真っ赤になって照れる蓮華を愛おしく感じながら、身を屈めた錐丸は彼女の耳元でそっと囁いた。 「仕事が終わったら‥‥団子片手に月見しよう」 付き合い始めて初めて二人で観る名月は、きっと忘れられぬ思い出となるに違いない。 皿が空になっているのを、下げに来た柚乃(ia0638)は嬉しく思う。 見渡せば、甘味を食す人々の笑顔。 「‥‥美味しそうに食べてるの見てると、柚乃も嬉しい‥‥」 清潔感ある前垂れに髪はふんわりと束ねて、楚々とした姿に育ちの良さが滲み出る。他人の幸せを自らの喜びに還る事のできる少女は、同時に周囲にも幸せを齎していた。 歳の離れた兄の許でその助けとなっていた御凪祥(ia5285)は気働きができる青年だ。 淡々とした口調ながらも人当たりよく御用聞きをしたり、困っている仲間に手助けしたり。多くは語らぬが育ちの良さが彼の礼儀作法に現れていた。 蒼が舞うような軽やかな足捌きで席々を回る。甘味を見ているだけでも幸せと言った様子で仕事に励む友人と仲良く盆を運びながら、鳳・陽媛(ia0920)は自身もまた嬉しい気持ちになっていた。 美味しいものを食べると自然に顔が綻ぶし、嬉しそうな人を見ると自分も嬉しくなる、だから。 (「頑張らないと」) 清き乙女は健気に思う。 そんな二人の様子を、兄達が見守っていた。下げる食器を運びつつ陽媛の様子を危なっかしく思う兄、佐上久野都(ia0826)は同じように誰かを気にしている様子の静雪・奏(ia1042)に話しかけた。聞けば妹と仕事に来たのだと言う。 「‥‥おや。貴方も妹さんをお持ちで?」 「うん、そこの可愛い子が妹の蒼だ」 「うちの妹は‥‥ほらあそこで。おや、妹さんと友達のようですね」 改めて挨拶を交わす兄達。共に妹大事の兄ゆえに気が合うようで妹話に花が咲く。 「陽媛はしっかり者で頑張り屋なのですが、どうも入れ込み過ぎるきらいがあって‥‥」 「蒼はしっかりしてるんだけど目が離せなくてね」 まだ危なっかしい。心配性の兄達だ。 「でも、その純粋な直向さが可愛くもあり心配なのですよ」 「可愛いから目が離せないんだよね」 親馬鹿ならぬ兄馬鹿である。蒼が客から団子を分けて貰おうとしているのを見つけて、慌てて止めに入ったり、陽媛へ話しかける下心ありそうな客にさり気なく割り込んだり、何やかやと忙しい。 そんな兄達を、妹達は嬉しいやら恥ずかしいやら大好きやらで容認しているのだ。兄妹仲の良い事である。 (「お席を待ってるお客さんが、少しでも気が紛れますように」) 柚李葉の優しい気持ちが音となって秋空に溶け込んでゆく。その音色は待つ人達の気持ちを和ませた。 そろそろ緩やかな調べに変えてゆこう。お日様がお月様に変わる頃にはゆったりと、細く遠くへ響かせて。 曲の合間にくるみを見つけて手を振った柚李葉は、頑張ろうと愛用の笛を構え直した。 優しい気持ちは人々を幸せにする。 菊池志郎(ia5584)が願うのは、ここで楽しい時間を過ごした人々が幸せな気持ちのまま帰宅する事だ。座席に残された巾着を見つけた志郎はすぐさま駆け出した。 あの席にいたお客様は‥‥見つけた! 「こちらの巾着はおねえさんのものじゃないですかー?」 見知らぬ青年に声を掛けられた女性は驚いて立ち止まる。兎月庵の従業員と知って、追って来てくれた事に礼を述べた。 「すっかり忘れてたわ。わざわざありがとう」 「ご来店ありがとうございました。気をつけてお帰りください!」 志郎の気持ちの良い笑顔に見送られ、女性は快い気分で家路についたのだった。 「いらっしゃいませ、お嬢様♪」 買い物帰りの主婦達を出迎えたのは『めいど服』の水鏡絵梨乃(ia0191)。お嬢様と呼ばれた主婦達の反応も上々で、張り切って注文を取る。マントを靡かせて赤マント(ia3521)が優雅に給仕を行うと、主婦達は何やら乙女に戻ったかのようなはしゃぎ振りで喜んだ。 一区切り付いたところで、メイド服の娘がマントの少年(に見える少女)を誘った。 「ねえ、赤マント。仕事が終わったら、月を眺めながら団子を食べないか?」 まぁボクとしては、可愛い女の子と綺麗な月を眺められればそれで満足だけど。 絵梨乃の口説き文句に赤マントはうんと頷いて、でも‥‥と続けた。 「兎月庵って人気あるんだよね?売れ残りはないかもしれないけど、できれば僕もお団子食べてみたいなあ」 あ、売れ残って欲しい訳じゃないから!! 売るのが仕事で売れない事を望んでいる訳じゃない。慌てる赤マントに、お葛は大丈夫だと目配せした。 「ねえ、おはぎもある?おはぎ大好きなんだ!」 「もちろん、おはぎもあられも大福も」 販売用とは別に、従業員用は用意してある。店仕舞いの後、皆で揃って月見をしよう。 今夜は名月。一年で最も月が美しく輝く日―― |